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希望(2)*
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予約していたビジネスホテルは当然ながらシングルだから、純也を入れることはできない。けれど彼が「変更できるよ」とあっさり言うのでダメ元で部屋替えを頼んでみると、聞いた通り簡単にダブルルームが取れた。
男ふたりで、ダブル。
どうだろうと思ったけれど、部屋でふたりきりになると外聞なんてもう気にならなくなった。
「明良さん、明良さん、明良さん……!」
掻き抱かれ、必死に呼ばれ、幸福を感じないはずがない。再会に、全身が喜ばないはずがない。
「純也。……純也。会いたかった」
言葉の合間にキスを交わしてるのか、キスの合間に言葉を落としているのかわからない。どうでもよかった。彼がいれば、なんだってよかった。
その肌も、目も、髪も愛おしい。
渦巻く何かが命じるままその体を抱きしめると、純也もそれに応えてくれる。
唇を離したのは、互いに酸素が足りなくなったからだ。ふたりで肩を上下させながら、明良は言い訳するように告げた。
「もうあのアパートしか接点がないって分かってたんだけど、いろいろあって、出なきゃいけなくなって……だからもう、会えないって覚悟してた」
「樹さんでしょ?」
純也は見ていたように言い当てる。
「また興信所に頼んで身辺捜査とか、そんなことをされたんでしょう。あの人、意外にバカのひとつ覚えだから」
「…………」
「俺がいなくなったら明良さんが追われると思ってた。引っ越ししてても仕方ないなって。けど、今日アパートまで行ったのは……」
純也は「明良さん」と呼んだかもしれない。わからない。口を割って、舌を絡ませるキスをされてしまったから呼ばれたとしても聞こえない。
「っ、う、ん……っ」
性急な、必死の舌はただ甘い。明良はうっとりと受け入れながらも「ベッドに」とどうにか頼んだ。それは寝台で行うべきことだ。――昼間なのはいただけないが、三年ぶりだ、それくらいは許容範囲だろう。
純也は明良を半分抱くようにしながら狭いホテルのベッドに向かった。
硬いスプリングにそっと倒され、キスが一層深くなる。
「ふっ、う、う……」
「っ明良さん、明良さん。大好き」
三年前と同じ言葉、声だけれど、その「好き」の中身が違う。
求め、奪う好意じゃない。与えて満たして、幸福にして、それで自身も幸せにしたい「好き」だった。
「っあ!」
服の上から胸の先をいじられ高い声が出てしまう。口を抑えた明良に純也は薄く笑った。
「明良さん、全然変わってない。キスも、好きなところも、出ちゃう声もそのままだ」
「じゅ、純也だって変わってない。……誰も知らないか? 僕の他には、誰も……」
彼のはじめては明良がもらった。狭量にも独占欲から問えば、純也は「どう思う?」と無邪気な意地の悪さを見せる。
「俺の手は明良さんが教えた以外のことする? 明良さんが教えた以外のキスしてる?」
「わか、わからない」
三年ぶりの行為だ。キスと優しい愛撫だけで思考が溶けて、頭が働かない。
純也は耳たぶに口付けながら、それ以上は意地悪せず教えてくれた。
「誰も知らない。明良さんだけ。頭の中でだって浮気してないよ」
「ふ……っ」
囁き声もその中身も、明良の胸をくすぐった。顔色を見たのだろう。純也はやわらかな笑みを浮かべて、明良の目尻に唇を落とす。
こめかみへ、頬へ、鼻の頭へ。たくさんの回り道をした口付けは、やがて待ち望んでいた場所に与えられた。
興奮のない、穏やかで静かな、まるで何かを誓うようなキスだ。
「ん……ん、ん」
片手をつないだまま何度もキスを繰り返す。
耐えられなくなって相手の下唇を食んだのは明良だった。小さな炎が燃料をもらい燃え上がるように、歯の感触を燃料に純也のキスが深くなる。
そのうち、彼の手がシャツの裾を探った。
「……明良さん、脱がせていい?」
「ん……いいよ。平気だ」
気をつかう声に頷けば、純也は恭しく明良の長袖シャツを脱がせた。露出する過去をいたわるように、優しいキスが星のひとつひとつに与えられる。
「純也……」
そこには愛と憐憫しかなく、明良はそっと彼の頭を抱いた。
痛みは覚えている。悲しみも、苦痛もなくならない。
けれどその上に、純也の愛情が降り積もる。雪が路面を静かに隠していくように、絶望も嫌悪も、彼の愛情に覆われてしまう。
「大好き、明良さん……」
肩口のヤケド全部に唇を与えて、純也のキスは唇に戻ってきた。これが気持ち悪かったのが信じられない。最初から深いキスは、ただ甘く優しい感触がする。
「っふ、う、ッ……」
奪うのでなく与えるキスを交わしたまま、純也は残る服に手をかけた。まるで大切なプレゼントの梱包を解くように、ジーンズと下着をゆっくり脱がされる。
三年前より薄まった過去の痕跡をやさしくさすり、純也は明良の屹立に触れた。急く気持ちや飢餓のない、優しいばかりの手つきに明良は思わず彼を呼ぶ。
「ん、んっ……純也、純也……!」
「うん」
ただ名前を呼びたかった。相手が彼だと実感したかった。そしてもっと深いところで、確実に彼を得たかった。
純也は穏やかな声で答えて、わかっているように明良の奥に触れた。いつの間にか手近に置いておいたらしいアメニティのボディーローションを、まずは手のひらに伸ばして温めている。
男ふたりで、ダブル。
どうだろうと思ったけれど、部屋でふたりきりになると外聞なんてもう気にならなくなった。
「明良さん、明良さん、明良さん……!」
掻き抱かれ、必死に呼ばれ、幸福を感じないはずがない。再会に、全身が喜ばないはずがない。
「純也。……純也。会いたかった」
言葉の合間にキスを交わしてるのか、キスの合間に言葉を落としているのかわからない。どうでもよかった。彼がいれば、なんだってよかった。
その肌も、目も、髪も愛おしい。
渦巻く何かが命じるままその体を抱きしめると、純也もそれに応えてくれる。
唇を離したのは、互いに酸素が足りなくなったからだ。ふたりで肩を上下させながら、明良は言い訳するように告げた。
「もうあのアパートしか接点がないって分かってたんだけど、いろいろあって、出なきゃいけなくなって……だからもう、会えないって覚悟してた」
「樹さんでしょ?」
純也は見ていたように言い当てる。
「また興信所に頼んで身辺捜査とか、そんなことをされたんでしょう。あの人、意外にバカのひとつ覚えだから」
「…………」
「俺がいなくなったら明良さんが追われると思ってた。引っ越ししてても仕方ないなって。けど、今日アパートまで行ったのは……」
純也は「明良さん」と呼んだかもしれない。わからない。口を割って、舌を絡ませるキスをされてしまったから呼ばれたとしても聞こえない。
「っ、う、ん……っ」
性急な、必死の舌はただ甘い。明良はうっとりと受け入れながらも「ベッドに」とどうにか頼んだ。それは寝台で行うべきことだ。――昼間なのはいただけないが、三年ぶりだ、それくらいは許容範囲だろう。
純也は明良を半分抱くようにしながら狭いホテルのベッドに向かった。
硬いスプリングにそっと倒され、キスが一層深くなる。
「ふっ、う、う……」
「っ明良さん、明良さん。大好き」
三年前と同じ言葉、声だけれど、その「好き」の中身が違う。
求め、奪う好意じゃない。与えて満たして、幸福にして、それで自身も幸せにしたい「好き」だった。
「っあ!」
服の上から胸の先をいじられ高い声が出てしまう。口を抑えた明良に純也は薄く笑った。
「明良さん、全然変わってない。キスも、好きなところも、出ちゃう声もそのままだ」
「じゅ、純也だって変わってない。……誰も知らないか? 僕の他には、誰も……」
彼のはじめては明良がもらった。狭量にも独占欲から問えば、純也は「どう思う?」と無邪気な意地の悪さを見せる。
「俺の手は明良さんが教えた以外のことする? 明良さんが教えた以外のキスしてる?」
「わか、わからない」
三年ぶりの行為だ。キスと優しい愛撫だけで思考が溶けて、頭が働かない。
純也は耳たぶに口付けながら、それ以上は意地悪せず教えてくれた。
「誰も知らない。明良さんだけ。頭の中でだって浮気してないよ」
「ふ……っ」
囁き声もその中身も、明良の胸をくすぐった。顔色を見たのだろう。純也はやわらかな笑みを浮かべて、明良の目尻に唇を落とす。
こめかみへ、頬へ、鼻の頭へ。たくさんの回り道をした口付けは、やがて待ち望んでいた場所に与えられた。
興奮のない、穏やかで静かな、まるで何かを誓うようなキスだ。
「ん……ん、ん」
片手をつないだまま何度もキスを繰り返す。
耐えられなくなって相手の下唇を食んだのは明良だった。小さな炎が燃料をもらい燃え上がるように、歯の感触を燃料に純也のキスが深くなる。
そのうち、彼の手がシャツの裾を探った。
「……明良さん、脱がせていい?」
「ん……いいよ。平気だ」
気をつかう声に頷けば、純也は恭しく明良の長袖シャツを脱がせた。露出する過去をいたわるように、優しいキスが星のひとつひとつに与えられる。
「純也……」
そこには愛と憐憫しかなく、明良はそっと彼の頭を抱いた。
痛みは覚えている。悲しみも、苦痛もなくならない。
けれどその上に、純也の愛情が降り積もる。雪が路面を静かに隠していくように、絶望も嫌悪も、彼の愛情に覆われてしまう。
「大好き、明良さん……」
肩口のヤケド全部に唇を与えて、純也のキスは唇に戻ってきた。これが気持ち悪かったのが信じられない。最初から深いキスは、ただ甘く優しい感触がする。
「っふ、う、ッ……」
奪うのでなく与えるキスを交わしたまま、純也は残る服に手をかけた。まるで大切なプレゼントの梱包を解くように、ジーンズと下着をゆっくり脱がされる。
三年前より薄まった過去の痕跡をやさしくさすり、純也は明良の屹立に触れた。急く気持ちや飢餓のない、優しいばかりの手つきに明良は思わず彼を呼ぶ。
「ん、んっ……純也、純也……!」
「うん」
ただ名前を呼びたかった。相手が彼だと実感したかった。そしてもっと深いところで、確実に彼を得たかった。
純也は穏やかな声で答えて、わかっているように明良の奥に触れた。いつの間にか手近に置いておいたらしいアメニティのボディーローションを、まずは手のひらに伸ばして温めている。
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