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仕事は不調だが、プライベートは安定した。バカなことはしなくなった……というより、やりたくなくなったというのが正しい。求めれば純也は応じるだろう。タバコは一本だけ減ったまま、キッチンのコンロ下にしまわれている。
けれど、したいと思わないのだ。
カタカタ、バタン、と音を立て、有耶無耶のままそうなった同居人が帰宅する。気を使っているのはわかるが、安い単身者用賃貸なので彼の音は仕事部屋まで響くのだ。
リビングに入ってきた人間が仕事部屋を伺っている気配がする。わざと椅子をきしませて休憩の体勢を取ると、今度は相手にその音が届いたのだろう、扉がそっとノックされた。
「明良さん、お疲れさま。……仕事、どう?」
「おかえり。一応は本文に着手してるけど、どうかな。編集さんもあまり満足してない気配がしたし書き上がってもボツかも」
「希望のある感じ、わからない?」
「……うっすら、って感じ」
ぎしりと安い椅子を鳴らしてドアを振り返る。何も言わずとも忠実な純也は意図を察して、明良のもとまでやってきた。
学校帰りの制服。最近作った合鍵を、彼はもう当たり前のように使ってこの部屋へと帰ってくる。
「こうして、純也が僕の手の中にいる」
学生で、一応進学予定である彼は、明良の家に居候している状態だった。
家出なのかもしれないが、明良のもとにいると樹は知っているだろうし、なら連絡方法はあるだろう。暗黙のうちに了解されている、と明良はそう解釈していた。
「僕と一緒にいる」
先のことがどうなるかさっぱりわからないけれど、この状態は、明良にとって十分満足のいくものだ。
「純也は僕のこと、好き?」
「好き。大好き。愛してる」
「……うん」
まっすぐそそがれる瞳と言葉に、胸が暖かくなる。甘い満足が全身に満ちた。
「幸せってこれのことかな、とは思うよ」
「明良さん」
純也は柔らかく微笑んだ。前々から時折見せていたこの表情が幸せの顔だと、明良はようやく理解する。自分がこの顔になっていないことを純也は案じていたのだといまさら気づく。
同じ表情になっていればいい。ぎこちなく微笑みながら、明良は純也の頭をなでた。
「……夜」
唯一問題があるとすれば、これだ。
彼はそういうことを隠すから、ちゃんと気にしてないといけない。嘘は許さないというように見つめながら明良は問う。
「僕、変なことしてないか?」
「大丈夫だよ」
甘い声が穏やかに言う。
「俺がいるよ。俺がいるから、大丈夫」
「…………」
していない、と答えないのが答えだった。
何をしてしまっているのだろう。毎日肌をあわせるとき新しい傷がないか調べているから、刃傷沙汰はないはずだ。けれど明良は表面に出ないいじめ方もたくさん知っている。
そのどれを、自分はしてしまっているのだろう。
不安な顔にそっと触れ、純也は服の上から明良の肩にキスして言った。
「毎日じゃなくなってるよ。頻度は減ってる。大丈夫。きっとすぐに終わっちゃうよ」
「純也……」
「愛してるよ。大好き」
「……僕も、きみのこと」
嘘が得意だからこそ、嘘をつけない。まだこれがそうだという確証が持てない。だから気持ちに一番正直なことを、明良は小さく、低く告げた。
「嫌いじゃないよ」
「…………」
最高の告白を聞いたように純也は笑む。その顔には一片の曇りもなく、明良への愛を疑う余地はない。
このまま、自分は幸福になるのだろう。愛され、愛を知るだろう。
それは甘い展望だと、数日後のメールが告げた。
けれど、したいと思わないのだ。
カタカタ、バタン、と音を立て、有耶無耶のままそうなった同居人が帰宅する。気を使っているのはわかるが、安い単身者用賃貸なので彼の音は仕事部屋まで響くのだ。
リビングに入ってきた人間が仕事部屋を伺っている気配がする。わざと椅子をきしませて休憩の体勢を取ると、今度は相手にその音が届いたのだろう、扉がそっとノックされた。
「明良さん、お疲れさま。……仕事、どう?」
「おかえり。一応は本文に着手してるけど、どうかな。編集さんもあまり満足してない気配がしたし書き上がってもボツかも」
「希望のある感じ、わからない?」
「……うっすら、って感じ」
ぎしりと安い椅子を鳴らしてドアを振り返る。何も言わずとも忠実な純也は意図を察して、明良のもとまでやってきた。
学校帰りの制服。最近作った合鍵を、彼はもう当たり前のように使ってこの部屋へと帰ってくる。
「こうして、純也が僕の手の中にいる」
学生で、一応進学予定である彼は、明良の家に居候している状態だった。
家出なのかもしれないが、明良のもとにいると樹は知っているだろうし、なら連絡方法はあるだろう。暗黙のうちに了解されている、と明良はそう解釈していた。
「僕と一緒にいる」
先のことがどうなるかさっぱりわからないけれど、この状態は、明良にとって十分満足のいくものだ。
「純也は僕のこと、好き?」
「好き。大好き。愛してる」
「……うん」
まっすぐそそがれる瞳と言葉に、胸が暖かくなる。甘い満足が全身に満ちた。
「幸せってこれのことかな、とは思うよ」
「明良さん」
純也は柔らかく微笑んだ。前々から時折見せていたこの表情が幸せの顔だと、明良はようやく理解する。自分がこの顔になっていないことを純也は案じていたのだといまさら気づく。
同じ表情になっていればいい。ぎこちなく微笑みながら、明良は純也の頭をなでた。
「……夜」
唯一問題があるとすれば、これだ。
彼はそういうことを隠すから、ちゃんと気にしてないといけない。嘘は許さないというように見つめながら明良は問う。
「僕、変なことしてないか?」
「大丈夫だよ」
甘い声が穏やかに言う。
「俺がいるよ。俺がいるから、大丈夫」
「…………」
していない、と答えないのが答えだった。
何をしてしまっているのだろう。毎日肌をあわせるとき新しい傷がないか調べているから、刃傷沙汰はないはずだ。けれど明良は表面に出ないいじめ方もたくさん知っている。
そのどれを、自分はしてしまっているのだろう。
不安な顔にそっと触れ、純也は服の上から明良の肩にキスして言った。
「毎日じゃなくなってるよ。頻度は減ってる。大丈夫。きっとすぐに終わっちゃうよ」
「純也……」
「愛してるよ。大好き」
「……僕も、きみのこと」
嘘が得意だからこそ、嘘をつけない。まだこれがそうだという確証が持てない。だから気持ちに一番正直なことを、明良は小さく、低く告げた。
「嫌いじゃないよ」
「…………」
最高の告白を聞いたように純也は笑む。その顔には一片の曇りもなく、明良への愛を疑う余地はない。
このまま、自分は幸福になるのだろう。愛され、愛を知るだろう。
それは甘い展望だと、数日後のメールが告げた。
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