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闇(1)*
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「きみが一番好きなこの本」
純也をまず寝室へ押し込んでから、明良は仕事部屋から一冊の本を取ってきた。放り投げられ、硬いスプリングに跳ね返ったのはデビュー作の単行本だ。
見てきたような虐待描写。胸が悪くなる悪意の表現。なんの迷いもない絶望のエンディング。
「僕の実体験だよ。完璧ノンフィクション。……誰も信じちゃくれないけどね」
外灯の明かりだけが差す薄暗闇で、明良はかたくなに守っていたシャツを脱ぐ。それだけですべてが明らかだ。
明良は過去、明良でなかった。灰皿であった。豚であった。サンドバッグであった。
肩口から背中にはおびただしいほどの引き攣れがある。丸い、星のような火傷の痕だ。明良が灰皿であった名残だ。
二の腕と鎖骨下あたりの肌はややくすんでいる。縄で柱にくくりつけられたときの擦過傷だ。頻繁だったから治る前に何度も擦れて、そのせいで縄の形のアザが残った。その体勢で腹を殴られたが、そちらは痕跡は残らなかった。ただ今でも腸が弱いのはその後遺症かもしれない。
下まで脱げば、ふくらはぎに十センチほどの白い傷が見えるだろう。這って逃げようとしたときに、刃物で地面に縫い止められたときの傷だ。
パッと目につくのはそれくらいだが、細かな傷になれば全身にある。脱いで行為を行えば隠し切れないほど、ある。
「義理の親とか、捨て子とか、そんな難しい話はないよ。戸籍も経歴もきれいなものだ。ただ、見ての通り、こういうことだ」
なぜか、どうしてなのか、明良にはわからない。わかりたくもない。ただ明良の人生はそうだった。食事とは臭う残飯を土下座して頂戴することだったし、入浴とは冷水か熱湯に頭を沈められることだった。自尊心は芽吹く前に掘りおこされて潰された。楽しく笑う前にご機嫌取りの笑顔を覚えた。
そういう人生だ。
そういう人生だから、純也を愛した。
「……ほら、はじめてのストリップショーだ。どう? 純くん。僕の全裸。勃つ?」
不気味でしかない裸身を晒し、明良はおどけるように腕を開いた。純也は目を見開いたまま明良を見ている。
硬直したようなその体に乗りあがり、明良は彼に構わず服を脱がせた。大きなコートとブレザーだけは無傷にできたが、乱暴すぎて、シャツのボタンは飛んでしまった。
「…………」
傷のないなめらかな肌を優しくなぞる。
彼は温泉に入ったことはあるだろうか。夏、薄手のシャツ一枚で過ごしたことはあるだろうか。厚着の言い訳に苦心したことはないだろう。着たままじゃないと興奮できない変態と笑われたこともないはずだ。
「……僕だけだと思ったから、愛してあげたのに」
本心の言葉は煮えたぎっている。憎悪で、不快で、指先にまで苛立ちがこもった。
彼は同類だと思っていた。死んだ目。濁った視線。仲間だと思った。同じ傷を持っていると。
騙されていたのだ。だって彼には樹がいた。心配してくれる人、案じている人、愛してくれる人。いるじゃないか、と思って、明良は彼の頬を張った。笑顔しかないから、笑いながら叩いた。
不気味だろう。常軌を逸してる。純也は怯えて顔を背けると思った。
「明良さん……」
けれどまだ、見ている。
目を見開いたまま、彼は明良の火傷に触れた。いくつあるのか数える気にもならないそれらを指でたどって、いたわるようにそっと擦る。
「…………」
その手を取り、明良は掌にキスした。優しい明良さんはそれでおしまいだ。
逃げる様子はなかったけれど、逃してやる気ももうなかった。
ふたつの荒い息が寝室に響く。瀕死のケモノが二頭、暗闇で争っているような音だ。明良は喉の奥で笑ってしまった。
服を脱いで、全身を合わせたはじめてのセックス。
最悪だ。考えられる限りの最低だ。
「あ、は……っ」
笑いながら腰を振れば、純也が枕を噛んでうめく。紐で適当にくくられた両手首が枕をそのままかき寄せた。
「痛い? 痛いよねえ。こんなガチガチなのに出せないで……ッ大好きな生でしぼられて……っあ、あ!」
明良は自分に杭打ってるものを探る。熱されたようなそれの根本は奇妙な形にくびれていた。何かについてきた紐で縛ってあるのだ。
「すっごいかたい……ッいちばん大きい……っ! 純くん、っ純也、あ、気持ちいいっ」
「あきらさ、明良さん、明良さん……ッもう出したい、痛い、痛いよ……ッ」
「へんっ、たい」
明良は身をよじって中のものをしめる。純也は悲鳴のようなうめきをあげた。
「痛いって、なにこれ? っガッチガチに、僕の中いじめてるこれっ、じゃあ何なの?」
「ちがっ、ちがう、ちがう……っ明良さん、手、手ぇ離して……ッ」
「ダーメ」
振り払おうとする彼の両手を強く握って、明良はむちゃくちゃに腰をふる。
純也がのけぞってあえいだ。
「っあ、あ、ダメ、出る、出ちゃう、手……ッ!」
「出るわけないでしょ? しばってるんだから」
バカな発言を嘲りながら明良は持っている手段すべてで中のそれをなぶった。純也が暴れるせいで、上に乗っている明良は転げ落ちそうになる。バランスを崩すたび反射的に締まるので純也は何度も悲鳴を上げた。
「バカ純くん。壊死して、ッダメになっちゃうまで……っこれのこといじめてあげるからね? 最後のセックスだから、純くん、いっぱい楽しもうね?」
「っやだ、明良さ、お願い、手……触りたい、明良さんに触りたい」
「なに、きみ」
明良は身を起こしながら嘲笑する。
「本当に変態? こんな体に興奮してるの?」
「っ、あ、ダメ、腰……ッ」
とまんない、と鼻で泣く彼の上で、明良は見せつけるように体をなぞる。変色したアザを、星空のような火傷を、こまかな切り傷を、示して教えるように触る。
「こんなボロボロの……ッ気持ち悪い体に、興奮して……っあ、あ!」
「明良さん、あきらさ……!」
「んっ、ん、あ、熱い……ッ純くんの、これ、すごい熱い……っ」
「いきたい、出したい、っあきらさん……っ」
「ッダメ、まだダメ……っあ! すごいっ、すごい……っ」
純也は血がにじむほど唇を噛んで動きを止めた。死にかけの獣のような息を吐いて、結ばれたままの手を明良の体に這わす。
「あきらさん……」
手の形をした熱いものが心臓の上に触れ、明良は一瞬どきりとした。そこに――その肌に直接触られたことは、覚えている限り十五歳からこちらない。ずっと隠してきた場所だからか、とっさの接触には恐怖すらあった。
「明良さん、あきらさん……」
純也をまず寝室へ押し込んでから、明良は仕事部屋から一冊の本を取ってきた。放り投げられ、硬いスプリングに跳ね返ったのはデビュー作の単行本だ。
見てきたような虐待描写。胸が悪くなる悪意の表現。なんの迷いもない絶望のエンディング。
「僕の実体験だよ。完璧ノンフィクション。……誰も信じちゃくれないけどね」
外灯の明かりだけが差す薄暗闇で、明良はかたくなに守っていたシャツを脱ぐ。それだけですべてが明らかだ。
明良は過去、明良でなかった。灰皿であった。豚であった。サンドバッグであった。
肩口から背中にはおびただしいほどの引き攣れがある。丸い、星のような火傷の痕だ。明良が灰皿であった名残だ。
二の腕と鎖骨下あたりの肌はややくすんでいる。縄で柱にくくりつけられたときの擦過傷だ。頻繁だったから治る前に何度も擦れて、そのせいで縄の形のアザが残った。その体勢で腹を殴られたが、そちらは痕跡は残らなかった。ただ今でも腸が弱いのはその後遺症かもしれない。
下まで脱げば、ふくらはぎに十センチほどの白い傷が見えるだろう。這って逃げようとしたときに、刃物で地面に縫い止められたときの傷だ。
パッと目につくのはそれくらいだが、細かな傷になれば全身にある。脱いで行為を行えば隠し切れないほど、ある。
「義理の親とか、捨て子とか、そんな難しい話はないよ。戸籍も経歴もきれいなものだ。ただ、見ての通り、こういうことだ」
なぜか、どうしてなのか、明良にはわからない。わかりたくもない。ただ明良の人生はそうだった。食事とは臭う残飯を土下座して頂戴することだったし、入浴とは冷水か熱湯に頭を沈められることだった。自尊心は芽吹く前に掘りおこされて潰された。楽しく笑う前にご機嫌取りの笑顔を覚えた。
そういう人生だ。
そういう人生だから、純也を愛した。
「……ほら、はじめてのストリップショーだ。どう? 純くん。僕の全裸。勃つ?」
不気味でしかない裸身を晒し、明良はおどけるように腕を開いた。純也は目を見開いたまま明良を見ている。
硬直したようなその体に乗りあがり、明良は彼に構わず服を脱がせた。大きなコートとブレザーだけは無傷にできたが、乱暴すぎて、シャツのボタンは飛んでしまった。
「…………」
傷のないなめらかな肌を優しくなぞる。
彼は温泉に入ったことはあるだろうか。夏、薄手のシャツ一枚で過ごしたことはあるだろうか。厚着の言い訳に苦心したことはないだろう。着たままじゃないと興奮できない変態と笑われたこともないはずだ。
「……僕だけだと思ったから、愛してあげたのに」
本心の言葉は煮えたぎっている。憎悪で、不快で、指先にまで苛立ちがこもった。
彼は同類だと思っていた。死んだ目。濁った視線。仲間だと思った。同じ傷を持っていると。
騙されていたのだ。だって彼には樹がいた。心配してくれる人、案じている人、愛してくれる人。いるじゃないか、と思って、明良は彼の頬を張った。笑顔しかないから、笑いながら叩いた。
不気味だろう。常軌を逸してる。純也は怯えて顔を背けると思った。
「明良さん……」
けれどまだ、見ている。
目を見開いたまま、彼は明良の火傷に触れた。いくつあるのか数える気にもならないそれらを指でたどって、いたわるようにそっと擦る。
「…………」
その手を取り、明良は掌にキスした。優しい明良さんはそれでおしまいだ。
逃げる様子はなかったけれど、逃してやる気ももうなかった。
ふたつの荒い息が寝室に響く。瀕死のケモノが二頭、暗闇で争っているような音だ。明良は喉の奥で笑ってしまった。
服を脱いで、全身を合わせたはじめてのセックス。
最悪だ。考えられる限りの最低だ。
「あ、は……っ」
笑いながら腰を振れば、純也が枕を噛んでうめく。紐で適当にくくられた両手首が枕をそのままかき寄せた。
「痛い? 痛いよねえ。こんなガチガチなのに出せないで……ッ大好きな生でしぼられて……っあ、あ!」
明良は自分に杭打ってるものを探る。熱されたようなそれの根本は奇妙な形にくびれていた。何かについてきた紐で縛ってあるのだ。
「すっごいかたい……ッいちばん大きい……っ! 純くん、っ純也、あ、気持ちいいっ」
「あきらさ、明良さん、明良さん……ッもう出したい、痛い、痛いよ……ッ」
「へんっ、たい」
明良は身をよじって中のものをしめる。純也は悲鳴のようなうめきをあげた。
「痛いって、なにこれ? っガッチガチに、僕の中いじめてるこれっ、じゃあ何なの?」
「ちがっ、ちがう、ちがう……っ明良さん、手、手ぇ離して……ッ」
「ダーメ」
振り払おうとする彼の両手を強く握って、明良はむちゃくちゃに腰をふる。
純也がのけぞってあえいだ。
「っあ、あ、ダメ、出る、出ちゃう、手……ッ!」
「出るわけないでしょ? しばってるんだから」
バカな発言を嘲りながら明良は持っている手段すべてで中のそれをなぶった。純也が暴れるせいで、上に乗っている明良は転げ落ちそうになる。バランスを崩すたび反射的に締まるので純也は何度も悲鳴を上げた。
「バカ純くん。壊死して、ッダメになっちゃうまで……っこれのこといじめてあげるからね? 最後のセックスだから、純くん、いっぱい楽しもうね?」
「っやだ、明良さ、お願い、手……触りたい、明良さんに触りたい」
「なに、きみ」
明良は身を起こしながら嘲笑する。
「本当に変態? こんな体に興奮してるの?」
「っ、あ、ダメ、腰……ッ」
とまんない、と鼻で泣く彼の上で、明良は見せつけるように体をなぞる。変色したアザを、星空のような火傷を、こまかな切り傷を、示して教えるように触る。
「こんなボロボロの……ッ気持ち悪い体に、興奮して……っあ、あ!」
「明良さん、あきらさ……!」
「んっ、ん、あ、熱い……ッ純くんの、これ、すごい熱い……っ」
「いきたい、出したい、っあきらさん……っ」
「ッダメ、まだダメ……っあ! すごいっ、すごい……っ」
純也は血がにじむほど唇を噛んで動きを止めた。死にかけの獣のような息を吐いて、結ばれたままの手を明良の体に這わす。
「あきらさん……」
手の形をした熱いものが心臓の上に触れ、明良は一瞬どきりとした。そこに――その肌に直接触られたことは、覚えている限り十五歳からこちらない。ずっと隠してきた場所だからか、とっさの接触には恐怖すらあった。
「明良さん、あきらさん……」
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