【完結】ずっと遠くの暗闇に見つけた、

にのまえ

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デート(1)

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 年長者とはいえ、精神的にグロと呼ばれる小説家にデートスポットなどわからない。だから明良は休日一日の主導権をそのまま純也に渡した。

 今までは明良の思う通り、想定通りに関係を進めていたから不安だったが、純也はちゃんとエスコートした。

 まあ多少、歳相応に幼いが。

「あき、明良さん! 撃って! 撃って! 俺の方休みなんだよ!」

「う、う、撃ってるんだけど、弾が出ない」

「リロードしてない! さっきから撃ってないと思ったら!」

 純也はうるさい店内でも聞こえるくらい大きく笑って、背後から明良の手を取った。長袖のシャツに包まれた腕を画面外へ向けさせて、「引き金引いて!」と愉快そうに言う。

 ガション、と音がして画面端のゲージが満ちる。なるほど弾切れという表現か、と合点がいったところで、大きな画面が真っ赤に染まった。ゲームオーバーという用語くらいはわかる。

「あ、ああ……負けちゃったか。ごめんね、純くん」

「なんで? 謝らなくていいよ。明良さんはじめてだったんだもん。よく進んだほうだよ」

 そう言って純也は所定の位置に銃を模したコントローラーを置いた。

 ふたりがいるのは駅前の小さなゲームセンターだ。ガンシューティングと呼ばれるらしいゲーム以外にも、一見では遊び方のわからない台がぎゅうぎゅう詰めになっている。

「もう一回やろうか? それとも別の見て回る?」

 楽しそうな純也は明良の腕を引いて問う。男同士には奇妙な接触だが、狭い店であることや、純也の子供みたいにはしゃいだ態度のせいか、ふたりを気にする人はいない。

「プリクラ撮る? 格ゲーやる? クレーンゲームもいいけど、ぬいぐるみ、どっちが持って帰る?」

「そんなに次々聞かれても……僕ちょっと今、耳が痛い」

 苦笑すれば、純也は慌てて明良の手を引き店を出た。

 帰宅ラッシュ真っ最中の町に飛び出し、純也は髪をすくって明良の耳を覗きこむ。

「大丈夫? 明良さん。耳鳴りする?」

「外に出たから大丈夫。っていうか、そんなに心配しなくても」

「明良さん繊細そうだから、うるさいのってダメだったよね。ごめんね、気付かなかった。放課後とかよく通ってたから、明良さんにいいところ見せられると思って、俺」

「いいって、大丈夫」

 店内ならともかく、広々とした駅前では距離が近すぎる。さりげなく手を遠ざけて、明良はわざと怒ってみせた。

「それにうるさいのダメってどういうこと? ああいう店が似合わないほど歳いってるように見える?」

「そ、そうじゃなくて……! なんていうのかな、アメリカ映画とフランス映画ならフランス系っていうのか、ライブ会場と美術館なら美術館っていうのか……」

 例えはわからなかったが、褒めているつもりではあるようだ。明良は「ありがとう」と一応笑う。

 今何時だろうかとモニュメントにもなっている時計を見上げたとき、ふと純也は言った。

「けど、そういえば明良さん、何歳なの?」

「言ってなかった? 二十五だよ。ところで……そろそろお腹が空いたね」

「あ、じゃあ何か食べにいこうか」

「そうだね」

 次の予定はそうアッサリと決まったが、純也は歩き出そうとして固まった。「何?」と問えば、悲壮な声がぼそぼそ答える。

「俺、ご飯を食べるお店調べてない……」

「…………」

 しおれる花の映像を早回ししているように、純也の首がどんどんうつむく。明良は小さく吹き出してしまった。

「な、何、純くん。今日のデートで行った場所、前もって調べておいたの?」

 映画を見て、喫茶店でお茶を飲み、ゲームセンターで少し遊ぶ。今の子はこんなに豪華に遊ぶのかと何の気なく付き合っていたが、もしかして事前によく調べ、万全整えたデートコースだったのだろうか。

 純也は真っ赤な顔で抗議する。

「わ、笑うなんてひどくない!? ただ明良さんが本当に一日付き合ってくれると思わなくて、夕食のことまで気が回らなかっただけで……!」

「違う違う。それで笑ったんじゃない。そうか……ちゃんと考えてくれたんだ」

 路上だから意味深な接触は行えない。大切にされて嬉しいという気持ちを触れて伝えたかったけれど、明良は代わりに瞳に込めて彼を見る。

「明良さん……」

 気持ちは正しく伝わったのだろうか。純也は真っ赤な顔のまま俯いた。動揺した手が真新しいシャツを何度も握る。

「えっと、どうしようか……あっ、ほ、本屋で雑誌立ち読みしない? それで、で、デート雑誌ならいいお店載ってるかもしれない」

「そうしようか」

 そう決め、ふたりはまず本屋を探すことにする。

 純也は、どうやらこの辺りに土地勘があるらしい。明良の部屋に通うようになるまで遊んでいた街なのかもしれない。特に探す様子なく混雑した道を進んでいく。相変わらず恥ずかしそうだけれど、明良が歩きやすいように人の合間を選んでくれている。

 彼は周囲に注意を向けていた。だからいち早く気づいたのは彼だった。

「明良さん、こっち」

「え?」

 急に手を引かれて何かと思えば、横断歩道のむこうからサラリーマンが近づいてくるところだった。黄昏に沈む濃紺のスーツは平凡で、明良の意識には入っていなかった。

 示されたら周囲の人の嫌悪感が見える。サラリーマンはその指に発光する赤い粒、タバコを挟んで歩いていた。

「タバコの煙、嫌いだったよね、明良さん」

「……うん。そう。よく知ってるね」

「明良さんのことだから」

 忠実な犬のような高校生は、そう言って無言で顎を引く。苦笑しながら明良はその頭に手を伸ばした。子どもにするように撫でてやれば、彼は「気持ちいい」と嬉しげに笑った。

 じゃれあいながら歩けばさすが駅前というべきか、すぐに一軒の本屋にたどりつく。

「明良さん、なに系の店がいい? イタリアンとか、そういうの?」

「年上みんながテーブルマナーに詳しいと思われると困る……。カジュアルな店がいいな。種類はなんでもいいから」

 語りながら店に入ると、純也はまっすぐ雑誌コーナーへ向かった。ここもいつも来ていた店なのかもしれない。
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