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第十六話 【未知のダンジョン】

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 セレス救出の為にギルドを出発した、Sランク冒険者”エル”を筆頭とした救出部隊は、不休の行軍で未知のダンジョンの入り口にたどり着く。
 そこは、真っ暗な森の入口であった。入口から先は、まるで黒いカーテンで閉ざされたかのように、その奥を窺い知ることが出来ない。
 エルは森の奥から流れ出る尋常ではない瘴気の量に、思わず服の袖で顔を覆う。

「なにっ、この瘴気の量は……!?」

 脳裏によぎったのは最悪の予感。この瘴気の中、彼が生き残っている確率は限りなく低いだろう。この感じだと、高ランクの魔物もウヨウヨいるはずだ。
 そんな悲観的な考えを振り払い、彼を救出することに集中しようとするも、悪い予感は心の隅にべったりと張り付いて取り去ることが出来なかった。

「おいおい、この森の中に入るのかよ!?」
「この瘴気……間違いなくAランク以上のダンジョンだぞ…」

 エルに少し遅れて、続々と他の冒険者達も到着する。
 Bランク以上の猛者達でさえも、森から漂う瘴気に足がすくむ。
 若い命を救出しなければならないという正義感と、自分たちの命を本能的に天秤にかけているのだ。中には、「これはもう助からないよ……」と退却を進言する者まで現れた。
 そんな冒険者達をエルが叱咤する。

「怖じ気づいた者は今すぐ帰りなさい! ワタシは、このままセレス君を助けに行きますっ!」

 急造の救出部隊パーティーでは、少しの動揺が瞬く間に伝染し、士気に関わる。そのことを知っていたエルは、冒険者の統率を図った。
 正直、あまりこうやって前へ出ることは得意では無いのだが、この中では自分が一番ランクが高く、発言権が有るために仕方が無かった。
 彼女は士気を上げる為の秘策を考えつき、皆の前で宣言する。

「ワタシは、これでもSランク冒険者です! どんな魔物が出たって倒せる自信がありますっ!」

 冒険者達の反応を確かめる。やはり、未知のダンジョンへの恐怖心が勝り、冒険者達の顔色は暗い。
 それならと、一つ呼吸を置いて言い放つ。

「ここでワタシが倒した魔物の戦利品ドロップは、皆さんに差し上げますっ! だから、ワタシについて来てください!」

 その言葉に「おおっ!」との声が上がった。冒険者とは現金な者で、目の前の実利に飛びつきやすいたちなのだ。
 このダンジョンは間違いなくAランク以上。魔物一匹の戦利品ドロップでも物によれば一攫千金が狙えるほどである。
 そんな旨い話に、冒険者達が乗らないはずがない。

「俺は行くぞ!」
「お、俺も!」
「こっちにはSランク冒険者がついてるんだ、どんな魔物でも怖くねえ!」

 先程までの悲壮感漂う雰囲気とは打って変わり、冒険者達の士気は昂揚している。エルの大芝居はどうやら成功したようであった。

「……今から行くからねセレス君。どうか間に合って」

 エルは改めて森の入口に向き直ると、そう呟いたのだった。


 救出部隊は森の中を慎重に進む。背の高い木々が、侵入者をはばむように所狭しと根を張っていた。
 道らしい道は無く、木々の間を抜けるようにして奥へと進んでいく。今のところセレスへと繋がる手がかりは無く、先頭を進むエルにも焦りが募っていた。
 幸いなのは、まだ魔物と遭遇していないこと。森の中は異様なほど静かで、ここまで何も起きていないことが不気味でもあった。
 歩みを進めていると、前方に開けた場所が見えた。

「みんな、ここで一旦休憩しましょう」

 エルは後ろに続く冒険者達を確認しつつ、休憩を勧める。
 全員、疲労の色が隠せないようだ。常に最大級の警戒体勢で進んでいるのだから仕方ないだろう。
 周囲を見渡すと、ここは円形の広場のようになっているようであった。ここで暫く休んでも良いだろう。冒険者達を見張り役と休憩組に分かれて、交互に休憩をとることにした。

「ワタシは少し周りを見てきますっ! 何かあったら、大声で叫んでくださいね!」

 そう言い残し、周囲を確認しに行く。すると、円形の広場から離れていない所で、一本の木に目がとまった。

「これは……血?」

 わずかであるが、木に残っている赤色の痕跡。魔物の血かもしれないと考える反面、恐ろしい想像も脳裏によぎった。
 祈るような思いで、その木の周辺を捜索するが、何も見当たらない。
 内心ほっとしつつ、周囲に魔物の気配も感じられなかったので、円形の広場に戻ることにする。
 広場に戻ると、数人の冒険者が一カ所に集まって話をしていた。

「何かあったんですか?」
「おお、嬢ちゃん、こいつを見てくれ……」

 部隊の中ではベテランである冒険者が、地面を指し示した。
 そこにあったのは、真っ二つに裂けた布袋。

「これは……?」
「茂みの中に落ちてたんだとよ……、それと何個かアイテムや食料も見つかったぜ。どれも原型を止めてなかったけどな」
「そ、そんなっ!」

 それは、ここに冒険者が来たという証拠に他ならなかった。しかも、布袋の状態から察するに、ここで魔物と遭遇して、戦った可能性が高い。
「……嬢ちゃん、これは最悪のことも覚悟しといた方が良いだろうぜ」
「そんなっ! まだ決まったわけじゃ――――」

 エルが考えたくも無い結果を否定しようと口を開いた、その時であった。
 森の奥から感じられる、強大な魔物の気配。

「なにっ!?」

 エルは一瞬で戦闘態勢になり、武器を構えた。
 すると、見張り役をしていた冒険者の切迫した声が耳に届く。

「魔物だああああぁぁぁ!」
「こっちに来るぞ! 逃げろぉ!」

 エルは駆けだしていた。
 その速度はまさしく、”神速の白銀ソニックシルバー”に値するものであった。あっという間に、魔物の前に躍り出る。

「嘘っ!? あれって黒妖犬ヘルハウンドじゃ……!?」

 エルはその姿を見て絶句した。
 それは、漆黒に包まれた黒い怪物、頭に携えた2本の角をこちらに向けこちらを威嚇している。あの時、セレスを死に際まで追い詰めた魔物であった。
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