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第九話 【運命の朝】

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「よし! 忘れ物は無いな」

 ついに最終試験当日となった。
 持っていくものは何度もチェックしたし、準備は万端である。
 ちなみに、昨日の事件で取られそうになったアイテム入りの布袋は、僕の部屋の前に置いてあった。
 布袋の上に置いてあった「死ぬ前にやめとけば?」というありがたい書置きと一緒に。
 まぁ、彼女なりのエールのつもりかもしれない。
 
 用意を整えると食堂へ行く。
 テーブルの上にはクリーム色のシチューやパン、目玉焼きなどが所狭しと置かれ、とてもいい匂いが漂っている。
 僕の好物ばかりであった。
 「おはよう」と叔父さんと叔母さんに声を掛け、いつもの朝食が始まる。
 しかし、そこにキーカの姿は無い。

「あれ? キーカはどうしたの?」
「んー。まだ寝てるんじゃないのかい?」

 アイテムの事だけお礼を言いたかったなと思うが、いないのなら仕方がない。
 そして、叔母さんが作るいつもより少し豪勢な朝食に舌鼓を打ち、全て平らげると、「ごちそうさま」とお礼を言い、そのままの足取りで玄関へ向かった。
 
「精一杯ぶつかってきなよ!」
「……気を付けてな」
「うん。いってきます!」

 少し心配そうな叔父さん叔母さんに後ろから見送られ、僕は外へ出た。
 結局キーカの姿は朝から見ていない。
 きっと興味が無いのだろう……。
 そう思うと、少し顔が俯いてしまいそうになる。
 「いけない。集中だ集中!」
 そう独りごちると、しっかり前を見てまた歩き始めた。
 ギルドに向かういつもの道も、今日はなんだか違って見える。

 しばらく歩いていくと、道の少し先の方に人影が見えた。
 朝霧が濃いため、この距離だと誰かまでは判別できない。
 壁にもたれかかって誰かを待っているようなその影は、僕が近づくとこちらを窺うような仕草を見せた。
 もしかして、カステルの手先か!?
 小さなシルエットだから、カステル本人じゃなさそうだけど…。
 
 僕は少し警戒しながら先ヘ進む。
 やがて、段々とその姿がわかってきた。

「えっ……?」

 影の正体に気づいた僕は、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

「……フン!」

 そこにいたのはキーカだった。
 いつもの不機嫌そうな表情で、外壁にもたれかかっている。

「どうして……?」
「……これ!」

 そう一言だけ言うと、手を伸ばして僕に何か差し出した。
 その手が持っていたのは一つの瓶。
 中には青い液体が入っているようだった。

「これは……。どうしたの?」
「前に道具屋で話した魔物除けの薬よ! どうせアンタ作ってないんでしょ!」

 となぜか怒っているようにそう言った。
 僕は確かに魔物除けの薬は作らず、魔物除けのお香だけ買って持ってきている。
 それは、この前の買い物で怒られた事だ。
 でもなんで、キーカがそれを持ってきたんだ?
 わざわざ作ってきてくれたのか?
 いやいや、僕は嫌われているだろうし、そんなはずはないだろう……。

 考えれば考えるほどわからなかった。
 そうこうしていると、中々受け取らない僕に業を煮やしたのか。

「いいからっ!」

 そう言って、無理やり僕にその瓶を押し付けてきた。

「前も言ったけど、アンタみたいな奴でも死んじゃったらお母さんが悲しむの! それだけよっ!」

 そう言い残し、彼女はくるりと後ろを向いて足早に立ち去る。
 その小さな後ろ姿に向かって咄嗟に叫んだ。

「昨日も迷惑かけてごめん! このアイテムは大事に使うよ、ありがとう!」

 その時、一瞬だけ動きが止まったように見えたが、そのまま朝霧の中に消えていった。
 「キーカ……、いつもカッコ悪いお兄ちゃんでごめんな……」と誰に言うでもなく呟く。
 だけど、今日で変わるんだ。
 そう改めて気合を入れなおし、僕は冒険者ギルドへ向かうのであった――――


 僕が冒険者ギルドに到着したのは、まだクエストの受付も始まってない時間。
 ギルド内は職員たちが、せかせかと一日の準備に追われている頃であった。
 もう一時間も経てば、騒々しい冒険者たちでごった返すだろうこの場所に、今は妙な静寂が支配している。
 この静けさは僕にとって、最終試験への緊張を助長させるものであった。
 何かに助けを求めるように、静寂に包まれたギルド内に目線を彷徨わせる。
 そこに見知った姿を見つけると、ふっと心が落ち着いた。

「ヘルシアさん! おはようございます!」
「あ、セレス君! おはよう!」

 ヘルシアさんは、クエスト受付窓口の奥で書類を整理していたようだ。
 窓口に近づき聞こえるように挨拶をすると、手に持った書類を置き、わざわざ窓口で仕切られたこちら側まで来てくれる。

「昨日の怪我は大丈夫なの?」

 ヘルシアは心配そうに聞く。

「はい! もう大丈夫です!」

 これは強がりではない。
 昨日の痛みからして、なにか後遺症が残るかもしれないと心配だったが、朝起きてみると特に異常も感じられず、体を動かす分には特に問題は見られなかった。
 そして僕はこう続ける。

「僕は準備万端です! この最終試験、絶対に合格して見せますよ!」
「本当に大丈夫? 今ならまだ……」

 彼女は言いかけた言葉を止めて、首を振る。

「ううん、何でもない。じゃあこれ! これがキュクロの森までの地図だよ」

 僕に手渡された一枚の紙。
 これはダンジョンクエストを受ける際に、必ず渡されるダンジョンへの地図であった。
 キュクロの森は、確かこの町を出て二時間ほど歩いたところにあるはず。
 しかし、キュクロの森は初めて行くダンジョンであり、詳しい場所までは知らない。
 この地図を頼りに行くしかなさそうだ。
 僕は、その地図をポケットの中に大事にしまった。
 続いて、試験についての説明を受ける。

「合格の条件はキュクロの森の深層に生える月光花を採ってくること。期限は明日の夜明けまで。あと、森の中だと時間がわからないと思うからこれを渡しとくね」
「はい! ありがとうございます」

 そう言うと、小さな懐中時計を手渡された。
 盤面には長い針が天頂を指しており、時間の経過とともに動く仕組みになっていた。
 右下の方には、くるくると動く別の針もついている。

「この針が一周したら時間切れだから、それまでに帰ってくること。それと、この時計にはコンパスも付いてるの。キュクロの森は迷いやすいから十分注意してね」
「わかりました! じゃあ行ってきますね!」

 その時計も大事にしまうと、ヘルシアさんに行ってきますと告げ、出発するため出口へ向かった。
 その後ろ姿に向かって、彼女は手を前に組み、冒険者の神に祈るようにこう言った。

「頑張ってね……。あなたにレミア様のご加護がありますように……」

 その言葉を背中で聞きながら、冒険者ギルドを出発する。
 もう後戻りはできない。



 彼が去ったあと、ヘルシアは本当にこれで良かったのかと心の中で葛藤していた。
 どうにも嫌な予感がする。
 自分の勘は当たりやすいのだ。
 しかし、「どうか無事で帰ってきてね……」何度も祈るのが精一杯である。

 ふと時計を見ると、ギルドの受付が始まるまで幾分の時間もないことに気づく。
 そこから慌てて仕事の準備を再開し、いつもの仕事モードの自分に切り替えていた。

 ギルドが開いてから少し経った時。
 先輩受付嬢であるニーナが、少し困ったように周囲をうろうろしていた。
 
「先輩。どうかされたんですか?」
「うーん。ヘルシア、ここにあった地図知らないわよね?」
「え? その地図ならさっき……」

 それは、セレスにとって最も不幸であり、最も幸運な出来事の始まりを意味していた。
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