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第二話「新しいファン、律さん」
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――朝早く起きた綺咲はスマホを見た。「ん...あれ、新しいファン...?」新しいファンからはメッセージが来ていた。【初めまして、ましゅまろさん。律といいます。あなたの恋愛漫画読みました。とても素敵なお話で感動しました!これからもお話の展開を楽しみにしてますね!】丁寧な文章で凄くいい人なんだと分かった。「わ、私が初めて描いた恋愛漫画でファンが増えた...!」嬉しすぎて綺咲は舞い上がっていた。そして今日は早く学校に行こうと準備をして家を出た。
朝早く学校に着くと教室の扉を勢いよく開けた。いつもはこんなことしないが、今日は一番乗り...だと思ったが...扉を開けると黒板を綺麗にする飛馬がいた。「はっ...あ...!」「あ、おはよ双葉さん。今日は早いんだね」朝から太陽より眩しい笑顔をする飛馬。やはりこの笑顔には負けてしまう綺咲は目を逸らして自分の席についた。凄く気まづすぎて本を読んでいると、ふと飛馬が声を上げた。「あ!そういえばさっき双葉さん...テンション上がってたよね?勢いよく扉開けてたし」ニコニコしながらこちらに来る飛馬。「な、ななな...何でもないですよ...ッ」「ほんとに?何かないとあんなふうにしないでしょ?」言えなかった...実は漫画を連載していて、新たに恋愛漫画を描いたのだが...それはあなたとの物語です。そしてそれを投稿したらファンが増えたからテンション高いんだ...なんて言えるわけがない。「す、少し...早起きが出来たので...ッ」「なるほど...俺も今日は早く目が覚めたんだよ。昨日凄くいい事があったからさ!」目をキラキラさせながら話す飛馬に綺咲はまたもや溶けそうになっていた。「そ、そう...なんですか...!」そんな話をしているとそろそろ他の生徒たちがやって来る頃になり、綺咲は自分の席についてスマホを見た。
昨日、新しく増えたファンはどんな人なんだろう...と綺咲は考えていた。律儀に感想をくれるし、律さんというペンネーム。綺咲は昨日来たメッセージを読み返していた。すると...「おはよ!綺咲!」「あ、桜...おはよ!」桜が登校してきた。「あ!昨日見たよー?新しい新作漫画投稿してたでしょ?しかも恋愛漫画!」「しーっ...声が大きいよ、桜...ッ」綺咲は桜に顔を近づけると周りに誰もいないか確認した。「ごめーん...ッそれより...昨日の漫画さ、あれってノンフィクションでしょ?」「え...!?」「私は綺咲から色々聞いてるし、分かるよ?飛馬とのこと描いてるでしょ?」桜はニヤニヤしながら聞いてきた。「...う、うん」「え!じゃあ昨日一緒に帰ったんだ!」「何か...成り行きで...」「凄い進歩じゃん!」桜は綺咲の手を握ると自分の事のように喜んだ。「でも...まだそんなに進展はないよ?連絡先知ってるとかじゃないし...」「それはこれからだよ!というか、漫画の展開気になるし!漫画読めば大体分かると思うし?」そう言うと桜はスマホを開くと綺咲のSNSのページを見せてきた。「それよりさ、この律って人新しいファン?」「あ...そうなの。昨日更新した新作を気に入って...ファンになってくれたの」「よかったじゃん!恋愛漫画はファンが増えると思うから、まだまだ来ると思うよ?」それだけ話すと桜は自分の席に戻った。「...増えるといいな」綺咲がそう呟いたと同時にチャイムが鳴った。
授業中、綺咲は考えていた。恋愛漫画を投稿し始めたがまだ全然ネタが無い...それどころかあれはノンフィクションであって、私に進展がない限り漫画にも進展がないのだ。せっかく描き始めたんだから嘘偽りは描きたくないため、綺咲自身に何かないと描けないのだ。「...進展か...」「はい、じゃあ今日の放課後にクラス委員はノートを集めて職員室へ来てください」「何か進展...」先生の話も聞かずに考えていた。すると先生から名前を呼ばれた。「双葉、わかったか?」「えっ!?あ、は、はい!」「双葉と飛馬は放課後に職員室な」「え...」チャイムが鳴り、授業が終わった。
授業が終わると桜が席にやってきた。「綺咲、大丈夫?」「え、な、なにが?」「クラス委員でしょ?綺咲と飛馬」桜の言葉に綺咲は思考が停止しそうだった。「まさか綺咲...覚えてない?」「覚えて...って...ん?」「一ヶ月前に決めたでしょ?クラス委員。その時に誰もやりたがらないからクラスで成績トップの二人、つまり綺咲と飛馬が選ばれたでしょ」綺咲は今の今まで信じられなさすぎて夢だと思っていたことを思い出した。――
――あれは一ヶ月前。『みんなもクラスに馴染めてきたことだし、そろそろクラス委員を決めようと思う。』先生のその一言でクラス委員決めが始まった。『『えぇー...』』もちろんクラスのみんなはやりたくない様子だった。そりゃクラス委員と言ったら新学期は色々と会議とかで忙しいし、夏休み前や体育祭など学校行事の度に会議があり、クラスに報告や放課後残って準備などしなければいけないからだ。そんなのしたい生徒なんていなかった。しかし担任としてもクラス委員を決めなければならない。立候補も推薦もいない...どうしようかと思っていた時に先生はひらめいたようだ。『なら...クラス委員だからクラスで成績トップの男女二人にするか』その言葉でクラスのみんなは教室の後ろに貼り出されてるクラスの成績順が書かれた紙を見た。綺咲ももちろん自分だということを忘れていたため、誰だろう?などと呑気なことを考えながら後ろを見た。すると...その紙にはドンと【飛馬律】【双葉綺咲】と書かれていた。『じゃあ...クラス委員は飛馬と双葉な』先生は早く帰りたかったのか『それじゃ、解散』とだけ伝えると教室を出た。誰も反論する暇もなく飛馬と綺咲はクラス委員になることに決まってしまったのだった。そこから綺咲の思考はストップして知らぬうちにその記憶をリセットしていたのだ。――
「そ、そうだった...今の今まで記憶から消してた...ッ」「もぉ...早速進展の予感かな?」不安そうな綺咲をよそに桜は嬉しそうにニヤニヤしていた。「し、進展って...そんな早くになるものじゃ...ないでしょ?」「分かんないよ?飛馬も最近よく綺咲に話しかけてるし...友達になりたいって言われたんでしょ?」桜は綺咲の描いたノンフィクションの漫画によって綺咲と飛馬がどこまでいっているのか分かっている。「そ、そうだけど...何で私なんかと友達に...」綺咲は不安そうな顔でいつも通り女子に囲まれている飛馬を見た。すると飛馬は綺咲の視線に気付いたのか綺咲の方を振り返った。「あっ...!」思わず反射的に目を逸らしてしまった綺咲だったが飛馬は女子を置いて綺咲の方に歩いてきた。「え...えっ...!?」「じゃ、頑張ってね」桜はそれだけ言い残すと綺咲から離れていった。「双葉さん」「はっ...は、はい!」「今日の放課後のことなんだけどさ...ノートを集めて職員室に持っていくってやつ...」飛馬は少し気まずそうに話した。「あ、は、はい...」「俺一人で行くよ」「え...」内心舞い上がっていた綺咲はまたもや思考が止まった。「だから...双葉さんは先に帰っていいよ」それだけ言うと飛馬はまた自分の席に戻っていった。「...先に?なんで...?」飛馬の言ったことの理解が追いつかないまま次の授業が始まってしまった。
綺咲は授業中、飛馬の言葉が頭から離れなくて困っていた。『俺一人で行くよ』『双葉さんは先に帰っていいよ』なぜそんなことを言ったのか...彼なりの優しさなのか?それとも一人で行った方が楽?やっぱり私なんかと歩きたくない?友達になりたいなんて嘘?私が目を逸らしたり逃げたりしてたから...もういいやって思っちゃった?そんなことを考えながら半日を過ごしていた。
あっという間にお昼休みになり、桜は綺咲の席の前の席に座った。「お腹空いたー!綺咲、お昼食べよ...って綺咲?」「...あ、う、うん」少し上の空になっている綺咲に心配そうな顔をする桜だった。「なんかあった?飛馬と」桜はお弁当を食べながら綺咲に聞いた。「え...!?」「さっき飛馬と話してから授業中もずっと上の空だし...」「あ...えっと...えっとね...?」綺咲はお箸を一度置くと桜の方を向いて先程あったことを話した。
「なるほどね...一人で行くって言われたんだ」「うん...それってどういう意味かな?やっぱり飛馬くんなりの優しさ?それとも...」「んー...でも飛馬みたいなタイプなら綺咲と行くと思うんだよね...友達になりたいって本人に直接言うくらいだし」桜は真剣に考えていた。「もしかして嫌われた...?」「それはないと思うよ?だって嫌いなら一人で行くなんて言いに来ないよ。勝手に行くと思うよ?飛馬ならね」そう言うと桜は「だから大丈夫!元気だして」と自分のお弁当に入っていた卵焼きを綺咲に食べさせた。「...うん」綺咲はとりあえず考えないようにしようと思い、残っていたお弁当を食べ始めた。
お昼休みが終わると、午後の授業は体育だったため着替えを済ませた綺咲は桜と体育館に向かっていた。「男子は外かぁ...キツそうだね」体育館に向かう途中で外を見た桜がそう言った。「そうだね...今日暑いもんね」あれから飛馬は全く綺咲に話しかけてはいない。人に話しかけられないことなど慣れてはいるし、今まで飛馬と話せることすらなかった綺咲は気にしないようにすることは簡単だった。しかし...飛馬に初めて話しかけられてから、その幸せに慣れてしまっていた。知らぬ間に飛馬と話せることが一日の楽しみになっていた。「今日女子はバスケだね!私は得意だけど...綺咲はバスケ苦手だもんね...」「うん...小学生の頃にバスケットボールでメガネ割られて...それからボールが怖くなってるんだ...」そう、綺咲は小学二年からメガネをかけている。視力が悪くなった理由は恐らく絵の描きすぎ...そして本の読みすぎだった。冒頭で言うのは忘れていたが、もちろん今もメガネをかけている。綺咲はいわゆる地味系オタクメガネ女子だ。これは綺咲自身が自分で言っている名前だった。
体育の授業、桜とチームが離れてしまった綺咲はとてつもなく不安を感じていた。「さ、桜と離れた...」綺咲には桜以外、話せる人が一人もいなかった。チームでは試合前に準備運動と少しの練習が行われた。「双葉さん、バスケしたことある?」「へっ...あ、えっと...な、ないです...」「うーん...どうしよっか...とりあえずパス練しよ」綺咲のチームのリーダー的存在の瀧口さんは綺咲とのパス練習に付き合ってくれた。彼女はバスケ部に入っており、一年でエースになったという噂もある。誰にでも声をかける熱血体育系女子でクラスでも桜の次に人気がある方だった。「よし、じゃあ...私が投げるボールを受け取ってね」そう言うと優しくボールを投げてくれた。綺咲は勉強は出来るが運動は全くできず、その優しく投げられたボールですら上手く受け取れず落としてしまった。「ご、ごめん...なさい!」「大丈夫大丈夫!もう一回行くよ?」今度は先程よりもっと優しく投げてくれたおかげでボールを受け取ることが出来た。「や、やった!」「その調子!双葉さん、大丈夫!取れてるよ!」瀧口は綺咲に笑いかけると綺咲も自然と笑っていた。「あ、ありがとう...!」「双葉さん...笑うと可愛いんだね!もっと笑えばいいのに」ふいに可愛いと言われ綺咲は顔を真っ赤にした。「え...!?」「あんまり笑ったとこ見たことないから怒ってるのかと思ってた」おかしそうに笑いながら話す瀧口は綺咲とっては飛馬と同じくらいキラキラ輝いていた。「もしかしたら...こんな人と...」「ん?どうしたの?」「あっ...いえ!な、なんでもないです...ッ」綺咲は思った。もしかしたら...こんな人と飛馬がお似合いなんじゃないかと...。
そうこうしてるうちにバスケの試合が始まった。少し練習してパスを受け取ることと渡すことは出来た綺咲だったが...「双葉さん!パス!」「は、はい...ッあ!」練習では瀧口が亀くらい遅いボールを投げてくれていたから受けれたものの、試合ではそうはいかない。もちろん練習とは比べ物にならないくらい早いパスが来る。もちろんそれを受け取る能力がない綺咲はボールを落としまくり、相手チームに運動神経のいい桜がいたこともあり綺咲のチームは惨敗してしまった。
「はぁ...」「どんまい、双葉さん!」「あ...瀧口さん...」瀧口は綺咲の肩をポンっと叩くと先生に呼ばれて体育館を出ていった。試合に負けたチームが最後の片付けをしなければいけないというルールがあったため、綺咲は片付けを始めようとしていた。桜は手伝うと言ってくれたが綺咲はそれはダメだと桜を先に教室に帰した。瀧口は先生に呼ばれたため、あとのチームのメンバーで片付けをすることになったのだが...。「双葉さんさ、片付けしてくれる?」綺咲がボールを拾っていると他のチームメイトが声をかけてきた。「え...?」「今回の試合、双葉さんのせいで負けたわけだし、あと、これくらいは一人で大丈夫でしょ?」「むしろ私らいると片付け遅くなると思うよ?」「そうそう、喋りながら片付けると思うし」綺咲は色々考えたが、確かに一人の方がスムーズに片付くと思い「わ、わかりました...!」そう返事した。「じゃ、よろしくねー」軽く手を振ると当たり前のようにその場を出ていく女子たち。その後ろ姿を見送ると綺咲はさっさと片付けてしまおうと急いだ。
その頃、外で授業をしていた男子も終わり教室へ帰ろうとしていた。「明日大掃除だろ?めんどくせー」「でも大掃除終われば終業式で明後日から夏休みだから頑張ろ」友達とそんな会話をしていた飛馬はふと体育館の扉が開いていることに気がついた。「ちょっと先に行っててくれ」友達にそう告げると飛馬は体育館の方へ走った。
中を覗くと綺咲一人で得点板やボールを片付けているのを見つけた。「双葉さん?」その声に綺咲は扉の方を振り返った。「あ、飛馬くん...?」「一人で片付けてるの?俺も手伝うよ」そう言うと飛馬は体育館の中に入ってきた。「も、もうすぐ終わるので...だ、大丈夫です...ッ」「二人の方がもっと早く終わるでしょ?」飛馬は綺咲が持っていた四つのボールの二つを持つと体育倉庫の方へ歩いた。「あ、ありがとう...ございます...」小さくお礼を言うと綺咲も続いて後ろを歩いた。
片付けを終えると倉庫の扉を閉めた。「よし、これで着替え間に合うね」「は、はい...」綺咲は朝のことが気になっていた。一人で行くと言われたこと、何故そんなことを言われたのかということ...。前を歩いていく飛馬に綺咲は思いきって声をかけた。「あ、あの...飛馬...ッくん!」「ん?なに?」足を止めて振り返る飛馬に綺咲は少しだけ近づいた。「や、やっぱり...あの...ッ」言うのをやめた方がいいか...そう思ったがここで逃げたら漫画の進展もない。それに明後日は終業式でその後からしばらく会えなくなる。そう思い、綺咲はジャージの裾を握りしめて飛馬を見つめた。「わ、私も...今日の放課後...ッい、行きます!」「え...でも...」「ひ、一人で行くなんて...い、言わないで...ください...ッ」声を震わせながら必死で喋った。こんなこと言ったら嫌われてしまうかもしれない、うざいと思われてしまうかもしれない。でも後悔はもうしたくなかった。何度も何度も...友達を作ろうと、話しかけようとしたがやっぱりダメだと諦めてしまっていた。そんな人生はもう嫌だと...今度こそ自分から変わるんだと綺咲は決心した。すると飛馬の口から飛び出したのは意外な一言だった。「...いいの?」「え...」「...またリア充とかってからかわれるかもしれないよ?」飛馬の方を見ると少し申し訳なさそうな顔をしていた。そうか...飛馬は綺咲と一緒にいるのが嫌なのではなくて、この前一緒に職員室にノートを届けに行った時に青春だなんだとからかわれ、逃げ出してしまった綺咲のことを気にかけていたのだ。「あ...そっか...そうだったんだ...」「嫌だったでしょ?この前...だから...ッ」「だ、大丈夫です!だって...」綺咲はまた強くジャージの裾を握った。「だ、だって...お、お友達じゃないですか...ッ!」顔を真っ赤にしながら伝えると飛馬は一瞬ドキッとしたような表情をしたが、またすぐに笑顔になり「うん、そうだね」と言った。そんな話をしていると予鈴がなってしまい、二人は着替える暇もなく体育ジャージのまま次の授業を受けることとなった。
もちろんその後、瀧口に心配され...同じチームだった女子が片付けを綺咲に押し付けたと疑われたが綺咲は自分が一人で大丈夫だと言って彼女らを帰したと嘘をついたおかげで全て丸くおさまった。
放課後、授業が終わると飛馬は綺咲の元へ来て職員室へ行こうと誘ってくれた。「じゃあ私は先に帰るね!また明日!」桜には体育のあとの事情を全て話した。「うん、また明日ね」そして綺咲と飛馬は二人で職員室へ向かった。
「双葉さん、桃瀬さんとは普通に仲良く話してるよね?」「そ、そそ...そうですか?」「うん、いつも楽しそうに」それは...つまり、楽しそうに話している綺咲を飛馬は見ているということになる。綺咲は内心そんなことを考えつつも自惚れてはいけないと考えを改めることにした。「さ、桜は...とても優しいんです...あんなにキラキラ輝いているのに私とずっといてくれて...」「そっか、大切なんだね」「はい、凄く大切なお友達です」桜の話をしていたからか、ふと飛馬の方に笑顔を向けた。飛馬は綺咲の笑顔を見ると驚いたような顔になった。「...俺も」「えっ...?」「俺も大切なお友達になれたらいいな...」そう言うといつもの笑顔に戻った。
職員室へノートを届けるとやはりからかいはあった。けど綺咲はもう逃げはしなかった。まだ恐れ多いが飛馬とは友達になったのだから...。
明日の大掃除のことを聞くと二人は帰るために教室へ戻った。「明日は終業式だね」「そう...ですね」「双葉さん、夏休みは予定あるの?」飛馬はきっと軽く聞いたつもりなのだが綺咲にとっては何故夏休みの予定を聞くのだろう...と少し疑問に思った。「...あ、えっと...特には...ないです」もちろん桜と遊ぶ予定はなくはないのだが、夏休みといったら海や祭りなどリア充的イベントがたくさんなため、桜はいろんな所から誘われていた。もちろん行くつもりはないと言っていたが...。彼氏がいる桜は夏休みのイベントは彼氏と行くだろうと思った綺咲は遠慮していた。「そっか...夏祭りとかあるけど行かないの?」「そ、そのようなイベントは...あまり行かないんです...」「嫌い?夏祭りとか」急に顔を覗き込まれて後ずさった綺咲は慌てて答えた。「き、きき...嫌いじゃないです!」なにを聞かれたのか覚えていないが、反射で答えた。「じゃあ、行かない?夏祭り」「え...?えぇぇ!?」「あ、大丈夫!もちろん何人かでだよ?」二人でと思われたかと思った飛馬は訂正した。「な、夏祭り...ですか?」「うん、もちろん無理にとは言わないけど...」また来た。この無理にとは...の言葉。これは綺咲のような断れない系女子にはダメな言葉だった。無理にとは言わない...そんなこと言われたら行くだろう。むしろ行きたい...予定もないし、桜を誘っていいなら尚更。「さ、桜も...いいですか...?」「もちろん、いいよ。たくさんの方が楽しいしね」たくさんの方が怖いしねの間違いじゃないかと綺咲は思った。人が苦手な綺咲にとっては大勢いると話せないからだ。
「とりあえず...連絡先聞いてもいい?夏祭りの予定とか決まったらメールするから」「へ...?」人はこんなにも簡単に連絡先を交換するのか...と思った。「だめ...?」「い、いえ...ッ」綺咲はスマホを出すと飛馬と連絡先を交換した。
教室に入ると飛馬の友達が待っていた。「おせーぞ、早く部活行くぞ」「あ、うん!ごめん双葉さん、俺行くね!また連絡する!」そう言うと鞄を持ち友達と教室を出ていった。また連絡するね。という言葉が綺咲の頭の中でリピートする。「...連絡先...」スマホを見ると電話帳に弟以外の初めての男の人の連絡先が入っていた。【飛馬律】その文字を見る度に顔がにやけてしまう綺咲であった。
真っ直ぐ家に帰るとリビングに弟がいた。「おかえり、姉さん」「あ、ただいまー」部屋に入るとすぐにパソコンを開いた。「今日はたくさん進展があった...!」綺咲は楽しそうに漫画を描くと夕飯前にSNSに投稿した。リビングに降りると夕飯までまだ少しあったため、ソファに座ってスマホを開いた。学校では気づかなかったがいつもの人からメッセージが来ていた。「あ、感想かな...?」メッセージを開くと【こんにちは!昨日、ましゅまろ先生が恋愛漫画を描いていらっしゃったので、感動しました!内容も素敵で...これからの展開が凄く気になりました!描いてくれてありがとうございます!】「そんなに喜んでくれるなんて...」嬉しくなった綺咲はメッセージを返した。【こちらこそ、ありがとうございます!恋愛漫画を描く勇気がなかった私に描いてみてというリクエストをくれたおかげで新しい自分になれた気がします!これからも楽しみにしていてくださいね!】返信をするとスマホを閉じた。
夕飯も食べ終わり、お風呂から上がった綺咲は弟の部屋を訪ねた。「そうー?入るよ」「あぁうん」ドアを開けると勉強をしている弟、宗和が綺咲の方を向いた。「明日大掃除と終業式だけだから私、帰り早いと思うんだ。」「うん、俺も早いよ」「お母さん帰り遅いし、夕飯私が作ることになったから...何がいいかな?って」そう聞くと宗和は少し考えた。綺咲は弟と母の三人家族で母は仕事をしており、帰りが遅い日は綺咲がご飯を作ったりしていた。小さい頃からそうしていたからか、弟の宗和もしっかり者に育った。「安くて簡単なやつ...かな」「安くて簡単...?」「ほら、野菜炒め的なやつ」「...そう、育ち盛りなのに食べないんだね」綺咲は宗和の体の細さを見るとため息をついた。「だって姉さんまん...ックラス委員で忙しいでしょ?」「まぁ...じゃあ明日は適当に作るね」それだけ言うとドアを閉めた。「あぶなかった...」ドアが閉まったあと、宗和が呟いた言葉は綺咲には聞こえていなかった。
次の日、大掃除をする配置などをクラス委員が発表すると大掃除が始まった。掃除中、桜と同じ掃除場所についた綺咲は桜と話をしていた。「え!?ほんとに飛馬と連絡先を交換した!?」「う、うん...」「漫画で見た時はマジ!?って思ったけど...まさか凄い進展だね...」桜は嬉しそうに綺咲の話を聞いた。「あ、夏祭りの件だけど大丈夫だよ!彼氏と行くのはいつでもいいし」「ほんと!?よかった...桜がいてくれて...」そんな話もしつつ他の夏休みの予定も桜と話していた。大掃除が終わると次は終業式があった。綺咲の学校の終業式は他と違って体育館で校長の長い話があったり、先生からいろんな話があったりするわけではなく...クラス各自で夏休みの課題の確認や担任の先生からの連絡事項が終わると、学校も終わりなのだ。
綺咲のクラスの担任は面倒くさがりなため、連絡事項も手短に終わらせていた。「じゃ、次は、九月になー」「「はーい」」先生が教室から出ていくとみんなも帰る準備をした。
「綺咲、帰ろー」「うん!あ、待って...メッセージ来てる」綺咲はスマホを確認するとメッセージを開いた。すると新しく増えたファンの律さんからだった。【おはようございます。昨日の更新された漫画読みました。素敵な進展がありましたね!自分も同じように嬉しいことがあったので親近感が湧きました!今後も楽しみにしてます!】「嬉しいな...さっそくこんな感想が...」「ねぇ、その人ってさ...」桜は後ろから画面を覗くと律のプロフィールを開いた。「ん?どうしたの?」「...女子?男子?」「多分...女の人じゃないかな?」綺咲はプロフィールを見ながら答えた。「凄くいい人なんだよ?律さんって...」「俺が...なに?」すると横から声がした。声のした方を向くと飛馬がいた。「え...ッ!?」「ごめん、二人いるし夏祭りのことどうなったか直接聞こうと思ったんだけど...俺がどうしたの?」申し訳なさそうに言う飛馬。「え...?な...なんですか?」「綺咲、まさか知らないなんて言わないよね...?」「えっ...ん!?」「律...って...俺の名前だよ」飛馬ははっきりそう言うと少し照れたように頭をかいた。「...え、えぇぇ!?」三人しか残っていない教室に綺咲の声だけが響いた。
朝早く学校に着くと教室の扉を勢いよく開けた。いつもはこんなことしないが、今日は一番乗り...だと思ったが...扉を開けると黒板を綺麗にする飛馬がいた。「はっ...あ...!」「あ、おはよ双葉さん。今日は早いんだね」朝から太陽より眩しい笑顔をする飛馬。やはりこの笑顔には負けてしまう綺咲は目を逸らして自分の席についた。凄く気まづすぎて本を読んでいると、ふと飛馬が声を上げた。「あ!そういえばさっき双葉さん...テンション上がってたよね?勢いよく扉開けてたし」ニコニコしながらこちらに来る飛馬。「な、ななな...何でもないですよ...ッ」「ほんとに?何かないとあんなふうにしないでしょ?」言えなかった...実は漫画を連載していて、新たに恋愛漫画を描いたのだが...それはあなたとの物語です。そしてそれを投稿したらファンが増えたからテンション高いんだ...なんて言えるわけがない。「す、少し...早起きが出来たので...ッ」「なるほど...俺も今日は早く目が覚めたんだよ。昨日凄くいい事があったからさ!」目をキラキラさせながら話す飛馬に綺咲はまたもや溶けそうになっていた。「そ、そう...なんですか...!」そんな話をしているとそろそろ他の生徒たちがやって来る頃になり、綺咲は自分の席についてスマホを見た。
昨日、新しく増えたファンはどんな人なんだろう...と綺咲は考えていた。律儀に感想をくれるし、律さんというペンネーム。綺咲は昨日来たメッセージを読み返していた。すると...「おはよ!綺咲!」「あ、桜...おはよ!」桜が登校してきた。「あ!昨日見たよー?新しい新作漫画投稿してたでしょ?しかも恋愛漫画!」「しーっ...声が大きいよ、桜...ッ」綺咲は桜に顔を近づけると周りに誰もいないか確認した。「ごめーん...ッそれより...昨日の漫画さ、あれってノンフィクションでしょ?」「え...!?」「私は綺咲から色々聞いてるし、分かるよ?飛馬とのこと描いてるでしょ?」桜はニヤニヤしながら聞いてきた。「...う、うん」「え!じゃあ昨日一緒に帰ったんだ!」「何か...成り行きで...」「凄い進歩じゃん!」桜は綺咲の手を握ると自分の事のように喜んだ。「でも...まだそんなに進展はないよ?連絡先知ってるとかじゃないし...」「それはこれからだよ!というか、漫画の展開気になるし!漫画読めば大体分かると思うし?」そう言うと桜はスマホを開くと綺咲のSNSのページを見せてきた。「それよりさ、この律って人新しいファン?」「あ...そうなの。昨日更新した新作を気に入って...ファンになってくれたの」「よかったじゃん!恋愛漫画はファンが増えると思うから、まだまだ来ると思うよ?」それだけ話すと桜は自分の席に戻った。「...増えるといいな」綺咲がそう呟いたと同時にチャイムが鳴った。
授業中、綺咲は考えていた。恋愛漫画を投稿し始めたがまだ全然ネタが無い...それどころかあれはノンフィクションであって、私に進展がない限り漫画にも進展がないのだ。せっかく描き始めたんだから嘘偽りは描きたくないため、綺咲自身に何かないと描けないのだ。「...進展か...」「はい、じゃあ今日の放課後にクラス委員はノートを集めて職員室へ来てください」「何か進展...」先生の話も聞かずに考えていた。すると先生から名前を呼ばれた。「双葉、わかったか?」「えっ!?あ、は、はい!」「双葉と飛馬は放課後に職員室な」「え...」チャイムが鳴り、授業が終わった。
授業が終わると桜が席にやってきた。「綺咲、大丈夫?」「え、な、なにが?」「クラス委員でしょ?綺咲と飛馬」桜の言葉に綺咲は思考が停止しそうだった。「まさか綺咲...覚えてない?」「覚えて...って...ん?」「一ヶ月前に決めたでしょ?クラス委員。その時に誰もやりたがらないからクラスで成績トップの二人、つまり綺咲と飛馬が選ばれたでしょ」綺咲は今の今まで信じられなさすぎて夢だと思っていたことを思い出した。――
――あれは一ヶ月前。『みんなもクラスに馴染めてきたことだし、そろそろクラス委員を決めようと思う。』先生のその一言でクラス委員決めが始まった。『『えぇー...』』もちろんクラスのみんなはやりたくない様子だった。そりゃクラス委員と言ったら新学期は色々と会議とかで忙しいし、夏休み前や体育祭など学校行事の度に会議があり、クラスに報告や放課後残って準備などしなければいけないからだ。そんなのしたい生徒なんていなかった。しかし担任としてもクラス委員を決めなければならない。立候補も推薦もいない...どうしようかと思っていた時に先生はひらめいたようだ。『なら...クラス委員だからクラスで成績トップの男女二人にするか』その言葉でクラスのみんなは教室の後ろに貼り出されてるクラスの成績順が書かれた紙を見た。綺咲ももちろん自分だということを忘れていたため、誰だろう?などと呑気なことを考えながら後ろを見た。すると...その紙にはドンと【飛馬律】【双葉綺咲】と書かれていた。『じゃあ...クラス委員は飛馬と双葉な』先生は早く帰りたかったのか『それじゃ、解散』とだけ伝えると教室を出た。誰も反論する暇もなく飛馬と綺咲はクラス委員になることに決まってしまったのだった。そこから綺咲の思考はストップして知らぬうちにその記憶をリセットしていたのだ。――
「そ、そうだった...今の今まで記憶から消してた...ッ」「もぉ...早速進展の予感かな?」不安そうな綺咲をよそに桜は嬉しそうにニヤニヤしていた。「し、進展って...そんな早くになるものじゃ...ないでしょ?」「分かんないよ?飛馬も最近よく綺咲に話しかけてるし...友達になりたいって言われたんでしょ?」桜は綺咲の描いたノンフィクションの漫画によって綺咲と飛馬がどこまでいっているのか分かっている。「そ、そうだけど...何で私なんかと友達に...」綺咲は不安そうな顔でいつも通り女子に囲まれている飛馬を見た。すると飛馬は綺咲の視線に気付いたのか綺咲の方を振り返った。「あっ...!」思わず反射的に目を逸らしてしまった綺咲だったが飛馬は女子を置いて綺咲の方に歩いてきた。「え...えっ...!?」「じゃ、頑張ってね」桜はそれだけ言い残すと綺咲から離れていった。「双葉さん」「はっ...は、はい!」「今日の放課後のことなんだけどさ...ノートを集めて職員室に持っていくってやつ...」飛馬は少し気まずそうに話した。「あ、は、はい...」「俺一人で行くよ」「え...」内心舞い上がっていた綺咲はまたもや思考が止まった。「だから...双葉さんは先に帰っていいよ」それだけ言うと飛馬はまた自分の席に戻っていった。「...先に?なんで...?」飛馬の言ったことの理解が追いつかないまま次の授業が始まってしまった。
綺咲は授業中、飛馬の言葉が頭から離れなくて困っていた。『俺一人で行くよ』『双葉さんは先に帰っていいよ』なぜそんなことを言ったのか...彼なりの優しさなのか?それとも一人で行った方が楽?やっぱり私なんかと歩きたくない?友達になりたいなんて嘘?私が目を逸らしたり逃げたりしてたから...もういいやって思っちゃった?そんなことを考えながら半日を過ごしていた。
あっという間にお昼休みになり、桜は綺咲の席の前の席に座った。「お腹空いたー!綺咲、お昼食べよ...って綺咲?」「...あ、う、うん」少し上の空になっている綺咲に心配そうな顔をする桜だった。「なんかあった?飛馬と」桜はお弁当を食べながら綺咲に聞いた。「え...!?」「さっき飛馬と話してから授業中もずっと上の空だし...」「あ...えっと...えっとね...?」綺咲はお箸を一度置くと桜の方を向いて先程あったことを話した。
「なるほどね...一人で行くって言われたんだ」「うん...それってどういう意味かな?やっぱり飛馬くんなりの優しさ?それとも...」「んー...でも飛馬みたいなタイプなら綺咲と行くと思うんだよね...友達になりたいって本人に直接言うくらいだし」桜は真剣に考えていた。「もしかして嫌われた...?」「それはないと思うよ?だって嫌いなら一人で行くなんて言いに来ないよ。勝手に行くと思うよ?飛馬ならね」そう言うと桜は「だから大丈夫!元気だして」と自分のお弁当に入っていた卵焼きを綺咲に食べさせた。「...うん」綺咲はとりあえず考えないようにしようと思い、残っていたお弁当を食べ始めた。
お昼休みが終わると、午後の授業は体育だったため着替えを済ませた綺咲は桜と体育館に向かっていた。「男子は外かぁ...キツそうだね」体育館に向かう途中で外を見た桜がそう言った。「そうだね...今日暑いもんね」あれから飛馬は全く綺咲に話しかけてはいない。人に話しかけられないことなど慣れてはいるし、今まで飛馬と話せることすらなかった綺咲は気にしないようにすることは簡単だった。しかし...飛馬に初めて話しかけられてから、その幸せに慣れてしまっていた。知らぬ間に飛馬と話せることが一日の楽しみになっていた。「今日女子はバスケだね!私は得意だけど...綺咲はバスケ苦手だもんね...」「うん...小学生の頃にバスケットボールでメガネ割られて...それからボールが怖くなってるんだ...」そう、綺咲は小学二年からメガネをかけている。視力が悪くなった理由は恐らく絵の描きすぎ...そして本の読みすぎだった。冒頭で言うのは忘れていたが、もちろん今もメガネをかけている。綺咲はいわゆる地味系オタクメガネ女子だ。これは綺咲自身が自分で言っている名前だった。
体育の授業、桜とチームが離れてしまった綺咲はとてつもなく不安を感じていた。「さ、桜と離れた...」綺咲には桜以外、話せる人が一人もいなかった。チームでは試合前に準備運動と少しの練習が行われた。「双葉さん、バスケしたことある?」「へっ...あ、えっと...な、ないです...」「うーん...どうしよっか...とりあえずパス練しよ」綺咲のチームのリーダー的存在の瀧口さんは綺咲とのパス練習に付き合ってくれた。彼女はバスケ部に入っており、一年でエースになったという噂もある。誰にでも声をかける熱血体育系女子でクラスでも桜の次に人気がある方だった。「よし、じゃあ...私が投げるボールを受け取ってね」そう言うと優しくボールを投げてくれた。綺咲は勉強は出来るが運動は全くできず、その優しく投げられたボールですら上手く受け取れず落としてしまった。「ご、ごめん...なさい!」「大丈夫大丈夫!もう一回行くよ?」今度は先程よりもっと優しく投げてくれたおかげでボールを受け取ることが出来た。「や、やった!」「その調子!双葉さん、大丈夫!取れてるよ!」瀧口は綺咲に笑いかけると綺咲も自然と笑っていた。「あ、ありがとう...!」「双葉さん...笑うと可愛いんだね!もっと笑えばいいのに」ふいに可愛いと言われ綺咲は顔を真っ赤にした。「え...!?」「あんまり笑ったとこ見たことないから怒ってるのかと思ってた」おかしそうに笑いながら話す瀧口は綺咲とっては飛馬と同じくらいキラキラ輝いていた。「もしかしたら...こんな人と...」「ん?どうしたの?」「あっ...いえ!な、なんでもないです...ッ」綺咲は思った。もしかしたら...こんな人と飛馬がお似合いなんじゃないかと...。
そうこうしてるうちにバスケの試合が始まった。少し練習してパスを受け取ることと渡すことは出来た綺咲だったが...「双葉さん!パス!」「は、はい...ッあ!」練習では瀧口が亀くらい遅いボールを投げてくれていたから受けれたものの、試合ではそうはいかない。もちろん練習とは比べ物にならないくらい早いパスが来る。もちろんそれを受け取る能力がない綺咲はボールを落としまくり、相手チームに運動神経のいい桜がいたこともあり綺咲のチームは惨敗してしまった。
「はぁ...」「どんまい、双葉さん!」「あ...瀧口さん...」瀧口は綺咲の肩をポンっと叩くと先生に呼ばれて体育館を出ていった。試合に負けたチームが最後の片付けをしなければいけないというルールがあったため、綺咲は片付けを始めようとしていた。桜は手伝うと言ってくれたが綺咲はそれはダメだと桜を先に教室に帰した。瀧口は先生に呼ばれたため、あとのチームのメンバーで片付けをすることになったのだが...。「双葉さんさ、片付けしてくれる?」綺咲がボールを拾っていると他のチームメイトが声をかけてきた。「え...?」「今回の試合、双葉さんのせいで負けたわけだし、あと、これくらいは一人で大丈夫でしょ?」「むしろ私らいると片付け遅くなると思うよ?」「そうそう、喋りながら片付けると思うし」綺咲は色々考えたが、確かに一人の方がスムーズに片付くと思い「わ、わかりました...!」そう返事した。「じゃ、よろしくねー」軽く手を振ると当たり前のようにその場を出ていく女子たち。その後ろ姿を見送ると綺咲はさっさと片付けてしまおうと急いだ。
その頃、外で授業をしていた男子も終わり教室へ帰ろうとしていた。「明日大掃除だろ?めんどくせー」「でも大掃除終われば終業式で明後日から夏休みだから頑張ろ」友達とそんな会話をしていた飛馬はふと体育館の扉が開いていることに気がついた。「ちょっと先に行っててくれ」友達にそう告げると飛馬は体育館の方へ走った。
中を覗くと綺咲一人で得点板やボールを片付けているのを見つけた。「双葉さん?」その声に綺咲は扉の方を振り返った。「あ、飛馬くん...?」「一人で片付けてるの?俺も手伝うよ」そう言うと飛馬は体育館の中に入ってきた。「も、もうすぐ終わるので...だ、大丈夫です...ッ」「二人の方がもっと早く終わるでしょ?」飛馬は綺咲が持っていた四つのボールの二つを持つと体育倉庫の方へ歩いた。「あ、ありがとう...ございます...」小さくお礼を言うと綺咲も続いて後ろを歩いた。
片付けを終えると倉庫の扉を閉めた。「よし、これで着替え間に合うね」「は、はい...」綺咲は朝のことが気になっていた。一人で行くと言われたこと、何故そんなことを言われたのかということ...。前を歩いていく飛馬に綺咲は思いきって声をかけた。「あ、あの...飛馬...ッくん!」「ん?なに?」足を止めて振り返る飛馬に綺咲は少しだけ近づいた。「や、やっぱり...あの...ッ」言うのをやめた方がいいか...そう思ったがここで逃げたら漫画の進展もない。それに明後日は終業式でその後からしばらく会えなくなる。そう思い、綺咲はジャージの裾を握りしめて飛馬を見つめた。「わ、私も...今日の放課後...ッい、行きます!」「え...でも...」「ひ、一人で行くなんて...い、言わないで...ください...ッ」声を震わせながら必死で喋った。こんなこと言ったら嫌われてしまうかもしれない、うざいと思われてしまうかもしれない。でも後悔はもうしたくなかった。何度も何度も...友達を作ろうと、話しかけようとしたがやっぱりダメだと諦めてしまっていた。そんな人生はもう嫌だと...今度こそ自分から変わるんだと綺咲は決心した。すると飛馬の口から飛び出したのは意外な一言だった。「...いいの?」「え...」「...またリア充とかってからかわれるかもしれないよ?」飛馬の方を見ると少し申し訳なさそうな顔をしていた。そうか...飛馬は綺咲と一緒にいるのが嫌なのではなくて、この前一緒に職員室にノートを届けに行った時に青春だなんだとからかわれ、逃げ出してしまった綺咲のことを気にかけていたのだ。「あ...そっか...そうだったんだ...」「嫌だったでしょ?この前...だから...ッ」「だ、大丈夫です!だって...」綺咲はまた強くジャージの裾を握った。「だ、だって...お、お友達じゃないですか...ッ!」顔を真っ赤にしながら伝えると飛馬は一瞬ドキッとしたような表情をしたが、またすぐに笑顔になり「うん、そうだね」と言った。そんな話をしていると予鈴がなってしまい、二人は着替える暇もなく体育ジャージのまま次の授業を受けることとなった。
もちろんその後、瀧口に心配され...同じチームだった女子が片付けを綺咲に押し付けたと疑われたが綺咲は自分が一人で大丈夫だと言って彼女らを帰したと嘘をついたおかげで全て丸くおさまった。
放課後、授業が終わると飛馬は綺咲の元へ来て職員室へ行こうと誘ってくれた。「じゃあ私は先に帰るね!また明日!」桜には体育のあとの事情を全て話した。「うん、また明日ね」そして綺咲と飛馬は二人で職員室へ向かった。
「双葉さん、桃瀬さんとは普通に仲良く話してるよね?」「そ、そそ...そうですか?」「うん、いつも楽しそうに」それは...つまり、楽しそうに話している綺咲を飛馬は見ているということになる。綺咲は内心そんなことを考えつつも自惚れてはいけないと考えを改めることにした。「さ、桜は...とても優しいんです...あんなにキラキラ輝いているのに私とずっといてくれて...」「そっか、大切なんだね」「はい、凄く大切なお友達です」桜の話をしていたからか、ふと飛馬の方に笑顔を向けた。飛馬は綺咲の笑顔を見ると驚いたような顔になった。「...俺も」「えっ...?」「俺も大切なお友達になれたらいいな...」そう言うといつもの笑顔に戻った。
職員室へノートを届けるとやはりからかいはあった。けど綺咲はもう逃げはしなかった。まだ恐れ多いが飛馬とは友達になったのだから...。
明日の大掃除のことを聞くと二人は帰るために教室へ戻った。「明日は終業式だね」「そう...ですね」「双葉さん、夏休みは予定あるの?」飛馬はきっと軽く聞いたつもりなのだが綺咲にとっては何故夏休みの予定を聞くのだろう...と少し疑問に思った。「...あ、えっと...特には...ないです」もちろん桜と遊ぶ予定はなくはないのだが、夏休みといったら海や祭りなどリア充的イベントがたくさんなため、桜はいろんな所から誘われていた。もちろん行くつもりはないと言っていたが...。彼氏がいる桜は夏休みのイベントは彼氏と行くだろうと思った綺咲は遠慮していた。「そっか...夏祭りとかあるけど行かないの?」「そ、そのようなイベントは...あまり行かないんです...」「嫌い?夏祭りとか」急に顔を覗き込まれて後ずさった綺咲は慌てて答えた。「き、きき...嫌いじゃないです!」なにを聞かれたのか覚えていないが、反射で答えた。「じゃあ、行かない?夏祭り」「え...?えぇぇ!?」「あ、大丈夫!もちろん何人かでだよ?」二人でと思われたかと思った飛馬は訂正した。「な、夏祭り...ですか?」「うん、もちろん無理にとは言わないけど...」また来た。この無理にとは...の言葉。これは綺咲のような断れない系女子にはダメな言葉だった。無理にとは言わない...そんなこと言われたら行くだろう。むしろ行きたい...予定もないし、桜を誘っていいなら尚更。「さ、桜も...いいですか...?」「もちろん、いいよ。たくさんの方が楽しいしね」たくさんの方が怖いしねの間違いじゃないかと綺咲は思った。人が苦手な綺咲にとっては大勢いると話せないからだ。
「とりあえず...連絡先聞いてもいい?夏祭りの予定とか決まったらメールするから」「へ...?」人はこんなにも簡単に連絡先を交換するのか...と思った。「だめ...?」「い、いえ...ッ」綺咲はスマホを出すと飛馬と連絡先を交換した。
教室に入ると飛馬の友達が待っていた。「おせーぞ、早く部活行くぞ」「あ、うん!ごめん双葉さん、俺行くね!また連絡する!」そう言うと鞄を持ち友達と教室を出ていった。また連絡するね。という言葉が綺咲の頭の中でリピートする。「...連絡先...」スマホを見ると電話帳に弟以外の初めての男の人の連絡先が入っていた。【飛馬律】その文字を見る度に顔がにやけてしまう綺咲であった。
真っ直ぐ家に帰るとリビングに弟がいた。「おかえり、姉さん」「あ、ただいまー」部屋に入るとすぐにパソコンを開いた。「今日はたくさん進展があった...!」綺咲は楽しそうに漫画を描くと夕飯前にSNSに投稿した。リビングに降りると夕飯までまだ少しあったため、ソファに座ってスマホを開いた。学校では気づかなかったがいつもの人からメッセージが来ていた。「あ、感想かな...?」メッセージを開くと【こんにちは!昨日、ましゅまろ先生が恋愛漫画を描いていらっしゃったので、感動しました!内容も素敵で...これからの展開が凄く気になりました!描いてくれてありがとうございます!】「そんなに喜んでくれるなんて...」嬉しくなった綺咲はメッセージを返した。【こちらこそ、ありがとうございます!恋愛漫画を描く勇気がなかった私に描いてみてというリクエストをくれたおかげで新しい自分になれた気がします!これからも楽しみにしていてくださいね!】返信をするとスマホを閉じた。
夕飯も食べ終わり、お風呂から上がった綺咲は弟の部屋を訪ねた。「そうー?入るよ」「あぁうん」ドアを開けると勉強をしている弟、宗和が綺咲の方を向いた。「明日大掃除と終業式だけだから私、帰り早いと思うんだ。」「うん、俺も早いよ」「お母さん帰り遅いし、夕飯私が作ることになったから...何がいいかな?って」そう聞くと宗和は少し考えた。綺咲は弟と母の三人家族で母は仕事をしており、帰りが遅い日は綺咲がご飯を作ったりしていた。小さい頃からそうしていたからか、弟の宗和もしっかり者に育った。「安くて簡単なやつ...かな」「安くて簡単...?」「ほら、野菜炒め的なやつ」「...そう、育ち盛りなのに食べないんだね」綺咲は宗和の体の細さを見るとため息をついた。「だって姉さんまん...ックラス委員で忙しいでしょ?」「まぁ...じゃあ明日は適当に作るね」それだけ言うとドアを閉めた。「あぶなかった...」ドアが閉まったあと、宗和が呟いた言葉は綺咲には聞こえていなかった。
次の日、大掃除をする配置などをクラス委員が発表すると大掃除が始まった。掃除中、桜と同じ掃除場所についた綺咲は桜と話をしていた。「え!?ほんとに飛馬と連絡先を交換した!?」「う、うん...」「漫画で見た時はマジ!?って思ったけど...まさか凄い進展だね...」桜は嬉しそうに綺咲の話を聞いた。「あ、夏祭りの件だけど大丈夫だよ!彼氏と行くのはいつでもいいし」「ほんと!?よかった...桜がいてくれて...」そんな話もしつつ他の夏休みの予定も桜と話していた。大掃除が終わると次は終業式があった。綺咲の学校の終業式は他と違って体育館で校長の長い話があったり、先生からいろんな話があったりするわけではなく...クラス各自で夏休みの課題の確認や担任の先生からの連絡事項が終わると、学校も終わりなのだ。
綺咲のクラスの担任は面倒くさがりなため、連絡事項も手短に終わらせていた。「じゃ、次は、九月になー」「「はーい」」先生が教室から出ていくとみんなも帰る準備をした。
「綺咲、帰ろー」「うん!あ、待って...メッセージ来てる」綺咲はスマホを確認するとメッセージを開いた。すると新しく増えたファンの律さんからだった。【おはようございます。昨日の更新された漫画読みました。素敵な進展がありましたね!自分も同じように嬉しいことがあったので親近感が湧きました!今後も楽しみにしてます!】「嬉しいな...さっそくこんな感想が...」「ねぇ、その人ってさ...」桜は後ろから画面を覗くと律のプロフィールを開いた。「ん?どうしたの?」「...女子?男子?」「多分...女の人じゃないかな?」綺咲はプロフィールを見ながら答えた。「凄くいい人なんだよ?律さんって...」「俺が...なに?」すると横から声がした。声のした方を向くと飛馬がいた。「え...ッ!?」「ごめん、二人いるし夏祭りのことどうなったか直接聞こうと思ったんだけど...俺がどうしたの?」申し訳なさそうに言う飛馬。「え...?な...なんですか?」「綺咲、まさか知らないなんて言わないよね...?」「えっ...ん!?」「律...って...俺の名前だよ」飛馬ははっきりそう言うと少し照れたように頭をかいた。「...え、えぇぇ!?」三人しか残っていない教室に綺咲の声だけが響いた。
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