シプニステ

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第4話

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 全員が夏休み中かつ帰省している9月の頭に3泊4日の旅行をすることになった。行先は北海道。主催のイリマ君が飛行機やらホテルやら全部取ってくれたこともあり、特に滞りなく計画されたこの旅行に私は参加している。今日は1日目だ。待ち合わせの空港に早めに着いた私は1人飛行機を眺めていた。春にあったきりみんなには会っていなかった。その間の私といえば相変わらず地獄だ。楽しいことは楽しいが地獄は地獄。死んでしまいたいと泣く毎日。ダイゴとカエデは2人で良いように過ごしているようだが私に対する態度はてんで変わっていない。私の精神状態は、少しでも嫌なことがあったり嫌な人を見たりしたら吐き気を装い泣いてしまうようなくらいになっていた。私は追い詰められて遂には旅行が終わったら死のうと考えていた。正直ここまで生きてこられたのは旅行を楽しみに思う気持ちがあったからだ。旅行が終われば私の全ても終わらせるつもりだ。勿論、そんなこと何があっても皆には知らせないが。
 時間通りにみんな集まった。みんな大学生らしい格好とたたずまいだった。安定の安心感と旅への期待を零れないようにしまいながら重たいキャリーケースを転がして、いつものごとく近況報告をしながら飛行機に乗り込んだ。私は飛行機がとてつもなく怖くてずっと離陸して揺れがおさまるまではカバンを抱き抱えて目を瞑っていた。飛行機が怖くなかったらこの時間、少しだったとしてももっとみんなと話せたのになと思った。
 
 北海道は関西と比べて随分涼しかった。札幌といえども、北海道というイメージで、ド派手な街並みはイメージしていなかったのだが、実際行ってみると想像より遥かに栄えており、着いたのが夜だったのもありホストの人やら飲み屋の人やらでワイワイ賑わっていた。家が厳しめの私は、なんだか悪いことをしてるみたいでワクワクした。札幌の外れにあるホテルまでそんな気分を楽しみつつみんなと歩いた。
 ホテルは本当のアパートみたいだった。キッチン、テレビ、冷蔵庫、バスルームなど、生活するのに必要なものが全て揃っており、部屋は座敷とリビングみたいな構成だった。みんなの家みたいな空間でこれから3日も過ごせるなんて、とても楽しみだなと、普段あまり笑わない私も嬉しくて笑みをこぼしていた。そういえば、このみんなといる時は、よく笑顔がこぼれるな。そう私は思った。
 その夜はみんなで味噌ラーメンを食べて、お酒を沢山買って部屋に戻った。みんなでゲームをしながらワイワイ騒ぎ、お酒を飲んで楽しい時間を過ごした。あとから気づいたことだったが、その時間、私の中の地獄は消えていた。あれだけ何をしても取り除くことができなかった地獄が。5年経った今、その一時は、完全に消えうせていた。

 夜中の3時くらいになると、みんな酔いと疲れでバタバタ眠っていった。私は眠たくなかったので寝室から出て音楽でも聴こうかと思っていた。そこに、「全然寝れんわ」とイリマ君がやってきた。備え付けこマグカップに入れた水道水を飲みながら2人で眠たくなるまで話すことになった。イリマ君は私やナズナちゃんに対して何かと気を使ってしまっているようだった。ナズナちゃんに関しては、合意の上だったが、彼氏がいるのに男女共同部屋にしてしまって申し訳ないと言う気持ち。その件に関しては私もナズナちゃんと話をしてきちんと解決していた事だから大丈夫だよと伝えた。私も関係する事としては、「ちゃんと楽しめてる?」との事だった。私は元々あまり楽しい気持ちを外に出しすぎないタイプだし、人数が増えれば増えるほど口数が減るタイプなので、あまり楽しくないように見えたのかもしれない。イリマ君は、自分たち男は好き放題やっていることで私たちが過ごしにくくなっていないかという心配もしていたようだ。私は驚いた。こんなに私に気を使ってくれてこんなに優しい対応などをされた事なんてほとんど無かったから。「本間に大丈夫?フヨウちゃん、本間に楽しめてる?俺なんかもう心配でさ。仲良なってそんなに会う回数重ねてないのにいきなり旅行ってきつかったかなって。まだどういう人間か掴めてないとこあるやん?俺らのこと嫌じゃない?」なんてことまで心配して言ってくれて。実際私は心底楽しめていたし、地獄が一時的にでも消えてくれる時間を与えてくれたみんなには本当に驚いているので、「本間大丈夫やで、ありがとう。私は本間に楽しいし、ナズナちゃんも同じ気持ちやよ」と言った。本当なのだ。私は、特に最近までの心境ではとてもじゃないけど少しでも嫌な人とか、更には嫌いではない人でも会いたくなくて避け続けるタイプだったのだ。会ったとしても必ず何か悲しい気持ちがそこで生まれてしまって苦しいのだ。だけどこの子達に対しては不思議と何も嫌な気持ちを抱かないし、会いたいと思う。もうそのような人とは出会わないと思っていたので、自分でも本当に本当に驚いているのだ。さらに驚いたことに、人に相談なんてできないし、過去の例の話は絶対にしない主義だった私が、今この瞬間、イリマ君には軽く話してもいいかなって思った。そう思うと目の奥が熱くなって、心が緩んで、具体内容は全く話さなかったが、私のことを話し出してしまった。高校生の時に、信じてた人に酷いことをされてその後も救われることはなくて毎日泣いていたこと、吐いていたこと、死のうとしていたこと、自傷していたこと。今でも毎日死にたいと思って生きていたこと。その事実だけを並べた。やはり詳しいことは喋れなかったが、これだけの話で、イリマくんはすごく悲しそうな顔をした。「そんなこと言わんといてよ…もっとみんな遊ぼう?」と、本当に悲しそうに心配してくれた。この時、私は思った。この子は私が死んだら泣く、と。初めて感じた。私みたいな人間が死んで泣いてくれる友達はいないと思っていた。
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