海の底のマリア

奥猫かえる

文字の大きさ
上 下
1 / 3
1

しおりを挟む
 閉めきれてないドアの隙間から、僅かに声が漏れている。はあまりにも淫猥でーーー、ぞわりと背筋が粟立つ。

 知らない、こんな声。

 でも、これは。これは、知っている声だ。

 見るな、見てはいけない、と警鐘が頭の奥で鳴り響くが、止められなかった。音を立てないようにそうっと僅かに開いたドアの隙間を覗き込む。

 そこには思った通り、親友の姿があった。思ったのと違うのは彼が裸になって男ともつれあっているというとこだろうか。
 背中しか見えないが親友ともつれる男は明らかにおじさんだった。ぶよぶよとした腹の肉がブルブルと揺れている。シャツしか着ておらず晒された足は太ももまで濃い体毛に覆われていて肥えていて、見ていて不快でしかなかった。その体を、親友はおいしそうに脚で、腕で、食いついてだらしなく嬌声をあげている。普段真っ白な肌が淡い桜色に色づいていた。おじさんの肌はどこか汚く黒ずんでいるように見えるほど親友の肌は透き通っていた。どことなく光っているようにすら見える。

 俺は気づけば親友の魅入られていて、その場を動くことができなかった。行為は気持ち悪いとしか思えなくて
逃げたくて、仕方なかったんだが。

 親友の体は、たしかに快楽に溺れていた。男に触れられ気持ちいいと全身で哭いていた。

 ーーーなのに。

 ぐずぐずになり、空を見つめ快感を貪っているはずの彼の目は、らんらんと輝いていた。快楽を伴っていなかった。どこまでも強い光を放つそれが不意に、こちらに向かった。たしかに、真っ直ぐに、俺を捕らえーーーまぶたがぶるりと震えた。しかしそれはすぐにふにゃりと蕩けて歪む。声が、より一層甲高くなるのが遠くに感じた。
 ぞく、と心臓が大きく鼓動する。同時に動かなかった足が一歩下がった。金縛りが解けたような気分だった。それが合図になって踵を返した。



 彼の艶やかな声が、柔らかい肢体が、脳裏にこびりついて離れない。振り払おうとしてもあの野生動物のような眼が俺を逃がさない。

 どうやって帰ったのかすら覚えていなかった。耳の奥では慌ただしい自分の足音が響いていて。家の鍵を震える手で開けて勢いよく入ると扉が大きな音を立てた。背中に当たる金属の冷たい感覚にほんの少し安心感を覚える。あれは夢なのではないか。しかし下腹部に籠った熱は夢ではないと教えてくる。そのことに俺は微かな嫌悪を覚えた。思わず頭を抱えた俺は考えるのを放棄する。そうだ、やめよう。

「······忘れよう」

 忘れるんだ、と弱く首を振り俺は夕飯を食べる気にもなれず布団に潜り込んだ。



 カーテンの隙間から光が俺の顔面を容赦なく刺してくるのがつらすぎてがばりと身を起こした。閉まりきっていないカーテンに悪態をつきながらベッドに乱雑に放り出されたスマホを手に取る。時刻を確認しようと画面を開くとメッセージが届いていた。欠伸をしようと口を間抜けに開けたまま、びしり、と俺は固まった。
 親友からだった。

『今日ちょっと話したいことあるんだけど時間空いてる?』

 どことなくそっけないその文にぶるりと背筋を震わせた。慌てて何も考えずに指を動かす。
『えっどうしたん急に?なんかあった?』
 そのまま送信する。
 あれ、ちょっとこれは言い方まずかったかな……送ってから後悔する。取り消そうと思ったがそれはすぐに既読とついてしまった。返信はすぐに来た。
『昨日のことだよ……見られちゃったし、一応話しときたいと思って。ダメ?』

 夢じゃなかったーーーーーーー!!!

 現実を突きつけられ、軽くパニックを起こした。返信を少し考えさせて頂きたいが既読をつけてしまったからそういう訳にもいかない。内容が内容だけにまずい気がする……。
 いやしかし。正直聞きたくない……。
 闇しか感じないんだよな。
 悩みに悩んで俺はこう返した。

『夢だと思ってたわ!HAHAHA!無理して話すことないぞ、そのまま夢ってことにしてもいいし!俺にはお前が後暗いことしてたって誰にも言わないぞ!ただお前がそれで悩んでるなら相談には乗るぞ!!!』

 送ってから俺最低じゃね?と思った。たっぷり時間をかけたのにこの程度か、と自分で呆れる。と、いきなり電話がかかってきた。親友からだった。慌てすぎてワンコールも鳴らないうちに通話を始めてしまった。そもそも親友かどうかすら確認しないままだった。
「あのさぁ」
 電話の向こうで親友が凄んでいる。こころなしいつもより低めな声だ。思わずごめん、と謝りそうになるがそれを遮るように違うから!と言われた。
「なんでそう僕に都合悪いことかもって思ったらすぐ逃げようとするの?悪いことしてないんだから話くらい聞いてよ」
 黙って聞けばいいのに悪いことしてない、という言葉に思わずのってしまった。


「どう見たっておっさん相手にしてるお前は危ないヤツだよぉ……」

 いや違うってば!と電話口で叫ぶ彼の声はどこか遠い。俺は夢ではなかった現実に悲しみを覚えながら「でも、俺とお前はズッ友だぞ……☆」なんてアホみたいなことを言って電話を切り、そのまま電源も落とした。
 よろよろと固定電話へと向かう。




「あ、すいません1年C組の瑞穂なんですけど、担任の黒口先生居ます?あ、いない?いや、今朝からちょっと体調が優れなくておやすみ頂きたいんです。え、親?うち両親いないんでそういうのはちょっと……明日は行くんで……はい、はい、すみませんご迷惑をおかけしてしまって。診断書?いや多分寝たらなおるんで、え?それなら学校来い?いや明日から行くんで。え、無断欠席になる?いや今伝えてるじゃないですか。体調悪いんです。あれ、せんせ?どうしたんですか……あ、黒口先生おはようございます。あのおやすみ頂きたいんですけど、というか休みたいんですけど。症状?頭痛と腹痛です。あ、OKですか?すみません先生、ありがとうございます、明日は行けるようにするんで、あっあっありがとうございます」

がちゃ。
……。寝よう。もう1回。
問題は先延ばしになってしまったが明日ならきっと冷静に対処出来るはずだ。ごめんよ親友。また明日会おう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

咳が苦しくておしっこが言えなかった同居人

こじらせた処女
BL
 過労が祟った菖(あやめ)は、風邪をひいてしまった。症状の中で咳が最もひどく、夜も寝苦しくて起きてしまうほど。 それなのに、元々がリモートワークだったこともあってか、休むことはせず、ベッドの上でパソコンを叩いていた。それに怒った同居人の楓(かえで)はその日一日有給を取り、菖を監視する。咳が止まらない菖にホットレモンを作ったり、背中をさすったりと献身的な世話のお陰で一度長い眠りにつくことができた。 しかし、1時間ほどで目を覚ましてしまう。それは水分をたくさんとったことによる尿意なのだが、咳のせいでなかなか言うことが出来ず、限界に近づいていき…?

隠れSな攻めの短編集

あかさたな!
BL
こちら全話独立、オトナな短編集です。 1話1話完結しています。 いきなりオトナな内容に入るのでご注意を。 今回はソフトからドがつくくらいのSまで、いろんなタイプの攻めがみられる短編集です!隠れSとか、メガネSとか、年下Sとか…⁉︎ 【お仕置きで奥の処女をもらう参謀】【口の中をいじめる歯医者】 【独占欲で使用人をいじめる王様】 【無自覚Sがトイレを我慢させる】 【召喚された勇者は魔術師の性癖(ケモ耳)に巻き込まれる】 【勝手にイくことを許さない許嫁】 【胸の敏感なところだけでいかせたいいじめっ子】 【自称Sをしばく女装っ子の部下】 【魔王を公開処刑する勇者】 【酔うとエスになるカテキョ】 【虎視眈々と下剋上を狙うヴァンパイアの眷属】 【貴族坊ちゃんの弱みを握った庶民】 【主人を調教する奴隷】 2022/04/15を持って、こちらの短編集は完結とさせていただきます。 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 前作に ・年下攻め ・いじわるな溺愛攻め ・下剋上っぽい関係 短編集も完結してるで、プロフィールからぜひ!

僕がサポーターになった理由

弥生 桜香
BL
この世界には能力というものが存在する 生きている人全員に何らかの力がある 「光」「闇」「火」「水」「地」「木」「風」「雷」「氷」などの能力(ちから) でも、そんな能力にあふれる世界なのに僕ーー空野紫織(そらの しおり)は無属性だった だけど、僕には支えがあった そして、その支えによって、僕は彼を支えるサポーターを目指す 僕は弱い 弱いからこそ、ある力だけを駆使して僕は彼を支えたい だから、頑張ろうと思う…… って、えっ?何でこんな事になる訳???? ちょっと、どういう事っ! 嘘だろうっ! 幕開けは高校生入学か幼き頃か それとも前世か 僕自身も知らない、思いもよらない物語が始まった

とろけてなくなる

瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。 連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。 雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。  無骨なヤクザ×ドライな少年。  歳の差。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

世話焼きDomはSubを溺愛する

ルア
BL
世話を焼くの好きでDomらしくないといわれる結城はある日大学の廊下で倒れそうになっている男性を見つける。彼は三澄と言い、彼を助けるためにいきなりコマンドを出すことになった。結城はプレイ中の三澄を見て今までに抱いたことのない感情を抱く。プレイの相性がよくパートナーになった二人は徐々に距離を縮めていく。結城は三澄の世話をするごとに楽しくなり謎の感情も膨らんでいき…。最終的に結城が三澄のことを溺愛するようになります。基本的に攻め目線で進みます※Dom/Subユニバースに対して独自解釈を含みます。ムーンライトノベルズにも投稿しています。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

処理中です...