異世界で探がす愛の定義と幸せカテゴリー

彦野 うとむ

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鬼子と縫いぐるみ編

孤独な者の秘密と孤独だった者へと変わる美酒①

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 大三郎は妖精の泉の畔に座り、月明かりで宝石のように輝く水面を見つめていた。
 宿泊施設の宴が終わっても帰って来ないパニティーを迎えに泉まで来たのだが、何処で承継の儀が行われているのか知らなかった。
 あまり深く考えない大三郎らしく、ターニャと一緒ならここで待っていれば来るだろうと、安直な考えで妖精の泉の畔に腰を下ろし待っていたのだった。

 どのくらいボーッと泉を見ていたのだろう。既に深夜0時は過ぎていた。
 妖精の森ではなく、別な場所、例えば森の外でパニティーが帰って来ないとなったら、大三郎はこんなにのんびりと待ってはいないだろう。どちらかというと、半ばパニック状態のはず。
 妖精の森の中でターニャと一緒だという事もあり、パニティーの身に危険があるなどの心配はしていなかったが、笑顔が見たかったのか、声が聞きたかったのか、ただずっと待っていた。
 
 不意に、リーン。リーン。と優し気な音がした。
 音のする方を見ると、ウエストポーチから聞こえる。
 「何だろう?」とウエストポーチを開き中を見ると、パハミエスから貰ったコンテ・ビオが淡く光り、優し気な音を鳴らしていた。
 大三郎はコンテ・ビオを手に取ると、逆円錐状の淡い空色の光の中にパハミエスが現れた。

 「じーさん。どーしたの?」
 「何処に居る?」
 「ん? 妖精の泉に居るよ」
 「そうか」

 パハミエスはそれだけ言うと、コンテ・ビオの淡い空色の光りは消え、「寝れんのか?」と真後ろからパハミエスの声がした。

 「うお! びっくりしたーっ!」

 大三郎は勢い良く振り返り、いつの間にか後ろに立っているパハミエスを目を丸くして見上げた。
 驚いている大三郎を気にするでもなく、「ここで何をしておる?」と、何時もの無表情で尋ねた。

 「パニティーを待ってるんだけど」
 「そうか」

 パハミエスはそう言うと大三郎の隣に腰を下ろす。

 「どうしたの?」
 
 隣に座り無表情のまま泉を見るパハミエスに問いかけると、パハミエスは泉を見たまま「去って行く前に、一応声を掛けておこうと思ってな」と答えた。

 「そっか。てか、どこ行くの?」
 「まずは透破の里に行く」
 「すきは……? ああ、サイガさんトコか」
 「透破の者達に霊流を探してもらう」
 「れいりゅう? 何それ?」
 「魔力の回復を促す地だ」
 「ああ。パワースポットみたいな所ね」
 「そうだ」
 「そこに行けば、すぐに帰って来れる?」
 「すぐには無理だが、早まる事は確かだ」
 「そっか。見つかると良いね。てか、見つけてもらわないと俺が困る。あはは」
 「うむ。サイガ達なら必ず見つけるだろう」
 
 パハミエスはそう言いながら、徐に酒瓶を取り出した。

 「飲むか?」
 「果実酒?」
 「そうだ」
 「それなら、ちょっと飲もうかな」
 「ふむ」

 パハミエスは小さなコップを大三郎に渡し、果実酒を注いだ。
 大三郎も酒瓶を受け取り、パハミエスの大き目なコップに果実酒を注ぐ。 
 大三郎は乾杯をするようにコップを差し出すと、パハミエスは大三郎のコップに軽くコップの口を当てた。そして二人は宝石のように輝く泉を肴に果実酒を飲む。

 「うっま! なんか、リビングで飲んだ果実酒より味が濃いけど、マジで美味いねこれ。下戸の俺でもいける」
 「度数が高い割には飲みやすいからな」
 「え? アルコール度数、高いのこれ?」
 「64%だ」

 それを聞いた大三郎は眼球が飛び出るほど驚いた。
 普段、酒を飲まない下戸の大三郎でも、アルコール度数64%がどれだけ高いか知っている。正しく、下戸の人間にとっては小さなコップ一杯だとしても危険値レベル。
 
 「も、もも、もしかして、お祝いの席で飲んだ果実酒も64%だったの?!」
 「いや。あれはビアより低い」
 「ビア?」
 「大三郎は青星のどこ出身だ?」
 「日本ってトコだよ」
 「にほん……。確か、日本と言う国ではビールと言うはずだ」
 「この世界にもビールはあるんだ。へー」

 大三郎は驚きと感心が混じる顔で、パハミエスの話に耳を傾けた。

 「この世界は様々な星との異文化交流があるからな。特に青星の文化は日本問わず、優先して取り入れられている」
 「そうなの?」
 「うむ。それだけ青星と言うのは、この星では特別なのだ」
 「そうなんだ」
 「昔から青星出身の勇者や英雄の活躍は、他の星の出身者などとは比べ物にならんからな。特別な目で見られても不思議ではない」
 「そうなんだ。てかさ、今も居るの?」
 「何がだ?」
 「青星出身の勇者や英雄って」
 「居るぞ」
 「マジで?!」
 
 大三郎は持っているコップを落としそうなほど驚き、パハミエスの顔を見る。
 
 「うむ。確か……、四,五人は居るはずだ」
 「その中に日本人は居る?」
 「大三郎の他にか?」
 「うん」
 「一人居ったはずだな」
 「そうなんだ! へぇー」

 大三郎はそう言いながら再び泉の方へ顔を向け、チビリと果実酒を飲み「やっぱ美味いなこれ」とコップの中身を見る。パハミエスはその姿を不思議そうに見ていると、それに気付いたのか、大三郎は「ん? なに?」とパハミエスに顔を向けた。

 「……。もう酔ったか?」
 「え? 酔ってないよ? どうして?」

 大三郎はキョトンとした顔でパハミエスを見ると、パハミエスは不思議そうな顔で答える。

 「大三郎が女子かどうか聞かぬからな」
 「俺って、そんなに女の子を気にしているように見える?」
 「何かある度、何時も何時も女子かどうか聞くではないか?」
 「そ、そうですね」
 「それが聞かぬからな。もう酔ったのかと思ったぞ」
 
 大三郎はパハミエスに向けていた顔を泉の方へ向け、「青星の女性には興味ないから」と呟くように言った。 

 「そうか」
 「うん」

 大三郎の横顔を見て、パハミエスは深く聞く事はしなかった。 
 大三郎にとって、地球の事はもうどうでも良いものになっていた。特に地球の女性に関しては、二次元以上の別次元の存在として認知されており、最早、自分には全く関係の無いUMAレベルの架空の存在でしかなかった。
 リア充やリア充を体験した者には、大三郎の感覚は笑い話か過剰な被害妄想と思われてしまうだろうが、リア充を経験した事の無い社畜休日引きニートで、女性の優しさを一度も体験した事の無い魔法が使えない魔法使いにとって、一番現実味の無い存在が『地球の女性』なのだ。
 それに、今まで関わってきた地球の女性がとる態度を思い出すと、寧ろ、関わりたくないと思ってしまう。
 
 パハミエスは話題を返るように、徐に「大三郎」と名を呼んだ。

 「なに?」
 「お主に我の秘密を一つだけ教えてやろう」
 「え?! マジで?!」

 大三郎はその言葉を聞き、飛び跳ねるくらい興味を示し、喰らい付かんばかりにパハミエスの方を向くと目を輝かせた。

 「そんなに大した事ではないぞ」
 「良いよ! 良いよ! じーさんの秘密って言ったら、多分この世界で俺だけが知ってるって事になるじゃん?」
 「まぁ、そうだな」
 「それを教えてくれるんでしょ?!」
 「そうだが、他言無用だぞ?」
 「分かってるって!」

 大三郎は、待ちに待った待望のアニメを見る様な眼差しでパハミエスを凝視する。
 パハミエスはそんな大三郎から泉に視線を移し、話し出す。

 「大三郎」
 「なになになに?」
 「我の名を知っているな?」
 「じーさんの名前?」
 「そうだ」
 「え~。パパミエス……、だよね?」
 「パパではない。パハだ」
 「パハミエスだね。ごめん。んで、それが?」
 「我の名、全部を言ってみろ」
 「全部? フルネームってこと?」
 「そうだ」
 「エスカが言ってたような……。確か……、え~」

 大三郎は夜空を見上げるように考え込む。
 しかし、パハミエスは知っている。大三郎がおバカであることを。
 考え込んだ瞬間、いくら待っても答えが出ないか、全く違う名を言い出すと知っているパハミエスは、大三郎の答えを待たずに名を告げる。

 「我の名は、パハミエス・マルク・ロダリアだ」
 
 それを聞いた大三郎は「そう! それ!」と、閃いた時のようにポンと手を叩いた。

 「それが我の秘密だ」
 「はい?」

 キョトンとした顔でパハミエスを見る。
 パハミエスはもう一度、「パハミエス・マルク・ロダリア」と自分の名を告げた。大三郎は「それが秘密?」と、更にキョトンとした顔をすると、パハミエスは少し間を置き、泉を見ながら語り始めた。

 「パハミエスと言う言葉は、我の故郷で『報復』をさす。語源は古言で、『復讐を必ず果たす者』の意味を持つ、パディラミンスからきている」

 大三郎は、名前の意味が余りにもダーク過ぎて、思わず「えっ?!」と言うような驚きの表情をした。だがパハミエスは、そんな大三郎を気にするでもなく、更に驚く事を言う。
 
 「そして、マルクは我の息子の名。ロダリアは我が妻の名だ」

 それを聞いた大三郎は表情が固まってしまうほど驚いた。 

 「我は我の名を捨てた。悠久の時の中で忘れぬ為にな」

 パハミエスはこんな冗談や嘘を言う人物ではない事を知っているが故、思いもよらない衝撃的な秘密に大三郎は言葉が出ない。
 
 「大三郎に言ったな。我の姿は拒絶された姿だと」
 「う、うん……」

 パハミエスの秘密に驚き過ぎている大三郎は、返事を返すのがやっとだった。

 「もう、どのくらい生きたのか、生きてきたのか分からん」

 その言葉に何も言えない。ただ黙って聞く事しか出来ない。
 だが、パハミエスの口から更に驚愕する言葉が出てくる。

 「生き返らせたかった。見るも無残に殺された我が妻を……。そして、最愛の息子を……」
 「こ、ここ、殺された?」
 「そうだ。大三郎の年の頃に妻と子を失い。その時から生き返らせる研究に没頭した。そして、齢60を疾うに過ぎた頃、生き返らせる最初の試みをした。そして失敗した。その影響の所為で、我は悠久の時を彷徨う事になった。それでも、復讐も果たせずにいる我には、妻と子を生き返らせる、それしか出来なんだ」

 宝石のように輝く妖精の泉の水面を見つめていたパハミエスは、持っているコップに視線を移し、コップに入っている果実酒を少し見つめた後、ゴクリと果実酒を飲み、果実酒の風味を味わうように鼻からフゥと息をゆっくり吐くと話を続けた。

 「研究を初めからやり直し、また没頭した。何年も何十年も何百年も……。何時しか我の噂を聞き付けた者達が集まり、アウタル・サクロと言うものが出来た。誰が付けたのか知らんが、意味は何かの祭壇と言うらしい。そんな名など我には興味など無かったがな」 

 無表情のまま溜息をつくように話すパハミエスは、泉の水面を見つめ、ゴクリゴクリと果実酒を飲み干すと、酒瓶を手に取りコップに果実酒を注ぐ。そして、持っている酒瓶を「飲むか?」と言うように無言のまま差し出すと、大三郎は小さなコップに入っている果実酒をクピリ飲み、注いでもらった。
 パハミエスは酒瓶を置くと、再び泉の水面を見ながら話を続ける。
 
 「長い年月をかけ集めた膨大な資料。研究に必要な素材があれば何処にでも行った。天界、魔界、地上界。天界の者とは知識で戦い、魔界の者とは力で戦い、地上界の者とはその両方で戦った。本当に様々な者達と戦った。知識で屈服させれぬのなら相手が屈服するまで知識や知恵を身に付け、力で勝てぬ相手が居たら勝つ為の魔法を身に付けた。それで手に入れた資料や素材を使い、幾多の実験をした。それを何十年と、何百年と繰り返した。……そしてある日、辿り着いたのだ」

 大三郎はゴクリと息を飲む。

 「生き返らす事など不可能だと言う事に」

 パハミエスが話をしている最中、大三郎はパハミエスなら生き返らせる方法を見つけたのだろうと、心の何処かで無意識に思っていた。仲間になる前「我は知らねばならんのだ」と言っていた言葉を思い出していたからだった。そして、生き返らせる方法を更に進化させるのに必要な何かが何処にあるのか、そう言ったものを知る事だと思っていたのだが、結果は既に出ていた。

 「初めから分かっていた事なのにな。認めたくなかったのだろう」

 無表情のままそう話すパハミエスの目は、自分を嘲笑するような、だが、どことなく悲し気な目をしていた。
 大三郎は話の内容にも言葉が出ないほど驚いていたが、泉の水面を見つめるパハミエスの横顔から見える目を見て、自分に話をしてくれるパハミエスは、世界中が恐れ戦いたこの世界の魔法使いには見えなかった。
 
 悠久の時の中を生きてきたパハミエスにとって、大三郎との年の差など些末な事。友と語らうように話してくれるパハミエスは、今の大三郎にとって一番身近に感じる存在だった。
 それはパハミエスも同じなのかもしれない。世界中がパハミエスを敵視している中、唯一と言って良い『普通に接してくる者』など居なかったのだから。その上、魔族ですら道を譲ると言われるアウタル・サクロのメンバーでさえ、何処かパハミエスを恐れ一歩引いた接し方をする。 
 そんな中、頭を叩いてきたり、抱き着いてきたり、遠慮なくツッコんできたり、パハミエスに対し普通に怒り普通に笑顔を見せ笑う。そして、自分を仲間と言ってくれたその言葉に、パハミエスは悠久の時の中で久しく聞いていなかった『人の声』を聴いたのだろう。
 心を許し見せるように、パハミエスは大三郎に話を続ける。

 「我の研究に興味を示した者達は、純粋に魔法の到達点でもある、『死者を生前の時と同じく生き返らせる究極の魔法』と言う目標を掲げていたが、時が経つにつれ、その目標は風化し、気付けばアウタル・サクロは独り歩きをしていた」

 大三郎は、どゆこと? と言うようにキョトンとした顔で「独り歩き?」と尋ねた。

 「最初に居った者達は、素材集めの時に命を落としたり、病死や研究中の事故死、老衰など様々な理由で一人また一人と居なくなっていった。更に時が経つにつれ、当初の目的などどこ吹く風。初めの者達とは違い、志も何も無い者共が勝手に集まり、勝手に何かをしておった。そんな連中だ。我が興味など持てるはずもない。故に好きにさせていた。そして、気付けば全く別物と化したアウタル・サクロに成っておった。まぁ、不可能だと言う事に気付いた我には、アウタル・サクロが何処に向かおうとしているのかどうでも良い事だった。我が作ったモノでもないしな」

 パハミエスがアウタル・サクロを抜ける事を簡単に決めたのは、アウタル・サクロ自体に興味も未練も全く無いからだと大三郎は理解した。そうでなければ、中心人物とまで言われていた者がそう簡単に抜けるはずもない。パハミエスがアウタル・サクロを抜けた事を知っている者には『謎のベールに包まれた大事件』として受け取られているが、実際は、周りが思っているほどパハミエスにとってアウタル・サクロは何の重要性も無く、寧ろどうでも良いモノであった。
 それもそのはず、パハミエスの言葉にもあるように、自分で作ったモノではないし、何より、当初は同じだったかもしれないが、今のアウタル・サクロは、パハミエスが探し求めるもの、目指す所が全く違うのだから。
 大三郎は心の何処かで、アウタル・サクロのメンバーがパハミエスを取り戻しに来たり、何らかの口封じのため暗殺しに来たら、それこそどんな手を使ってでも撃退するつもりでいた。ただ、その覚悟とは別に、パハミエス本人の意志で何時かアウタル・サクロに戻ってしまうのではないか? と、重圧にも似た不安があった。だがそれは取り越し苦労だった。その事に関しては何の心配もないと、大三郎は心の中で胸をなで下ろす。
 そして、仲間と言うよりは一番身近な身内としてパハミエスの話を聞く。

 「今から二百年前のある日、研究室から出て本城を歩いていると、アウタル・サクロのメンバーだと名乗る者に名を聞かれた。一瞬だったが、自分の名を思い出せず、何より自分が誰だったか忘れかけていた」

 パハミエスが話の中にさらっと言った言葉に、大三郎は目を見開き小刻みに震えるほど驚愕する。

 「に、にに、二百年前?!」

 大三郎は驚きの余りどもりながら聞き返すと、パハミエスは「そうだ」と、またまたさらっと答え、顎が外れそうなほど開いた口が塞がらない大三郎を気にするでもなく話を続ける。

 「その者は我の事を知らず、名を告げぬ我を曲者だと思ったのだろう。我に挑んで来おった」
 「こ、殺したの?」
 「いや。礼の代わりに生かしてやった」
 「礼?」
 「うむ。我が誰だったかを思い出させてくれたからな」
 「そ、そっか」
 「何を求め研究をしていたのか、何の為に様々な者と戦い続けていたのか……。いつの間にか我自身が風化していたのだ。その者のお陰で最初の気持ちと言うやつを思い出した」
 「最初の気持ち……?」
 「うむ。生き返らせる事は不可能だと悟った我に、残されたもう一つの思い――それは、復讐」
 
 パハミエスが復讐という言葉を口にすると、この世界の人々が畏怖し、最凶の魔法使いだと言わしめた雰囲気が漂う。大三郎は復讐という言葉とその雰囲気にゴクリと息を飲んだ。
 パハミエスは泉の水面を見つめていた顔を少し上げ、無表情ながら真剣な目をし言葉を続ける。

 「思い出せぬ自分の名などいらぬ。自分の名を忘れても忘れなかった名さえあれば良い。どんな事をしてでも復讐を必ず果たす。そして、その復讐を誰の為に果たすのか。その名さえあれば良い」
 
 パハミエスはそう言うと大三郎に顔を向け、「その名が今の我の名。パハミエス・マルク・ロダリアだ」と告げた。すると、大三郎はパハミエスの目を見返し、「分かった。じーさんの名前、ちゃんと覚えたよ」と言うと、パハミエスは微かな笑みを浮かべ、酒瓶を手に取り「飲め」と言うように差し出すと、大三郎は手に持っている果実酒をグイッと飲み、空になったコップを差し出すとパハミエスはそれに注ぐ。そして、パハミエスも果実酒をゴクリゴクリと飲み干し、そのコップに大三郎は新しく果実酒を注いだ。
 
 地球に居た頃、誰かと酒を飲むというのは、上司や取引先のお偉いさんなどの接待で、気を使いながら飲めない酒を飲まされたり、ご機嫌取りのためよいしょしたりと全く楽しくないモノであった。
 同僚や後輩などに飲みに誘われても、職場以外で愚痴ですら仕事の話は聞きたくなかったし、キャバやスナックに行っても、自分を相手にしている店の女の子と会話が弾むわけでもなく、つまらなさそうにしている女の子や、盛り上がっている周りの雰囲気を壊したくないと気を使い過ぎて気疲れしてしまう。それなら家に帰ってゲームをしていた方が何千倍も良いと心底思い、ていの良い理由を作っては何時も誘いを断っていた。もともと酒が得意ではない事もあり、宅飲みすらしない下戸になっていた。
 極稀に数合わせで呼ばれるコンパでも一滴の酒も口にする事はなく、一次会で必ず帰っていた。ただ一度だけ、クソ長い二次会に無理矢理付き合わされた事があったが、それはタクシー代をケチる為に大三郎を足代わりにするためだった。

 そんな大三郎にとって、差しの男同士で酒を酌み交わすなど初めての経験。それは、パハミエスも同じであった。
 地球で孤独だった男と、この世界で孤独だった男が互いに気を許し、差しで飲む酒。不味いはずがない。二人は初めて気持ちの良い酒の味を楽しんでいた。
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