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鬼子と縫いぐるみ編
魔術師の頂点に立つ者と大剣豪と懲りない真の救世主
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その体格と風格は本来の身長より遥かに大きく見せた。
大木のような腕を組み、対峙する者を見下ろすその眼光は、並みの者なら一睨みされただけで戦意喪失してしまうだろう。
これほど『強者』と言う言葉が似合う人物はいないと思わせる元帝国大将軍で歴戦の大剣豪、ビックマウド・アキ・ハズバンド。
「何の用だ?」
低い良い声でエスカ以上に対峙する者を押し潰す程の殺気と威圧感をぶつける。
「貴様に用はない」
ビックマウドの殺気と威圧感を意に介さず、無表情で答える全ての魔法使いの頂点に君臨する、パハミエス・マルク・ロダリア。
「では、何故ここに来た?」
妖精王の住まいがあるぺリスヘデスの園の入り口で仁王立ちをし、パハミエスを見下ろす。
「妖精王に用がある」
パハミエスはビックマウドに全く興味が無いような無表情で答えた。
「何の用かは知らんが、そう簡単に会わせる訳にはいかんな」
そう言った途端、ビックマウドは最終通告と言わんばかりに『必殺の間合い』の範囲を示す殺意を一気に噴き出した。必殺と聞くと大技などを連想してしまうが、実際は言葉通り、『一太刀で必ず殺ろせる間合い(距離)』を意味する。
ビックマウドはその範囲に捉えられている事を敢えてパハミエスに伝えた。
「愚か者が」
パハミエスがそう言うと、持っている杖の先端が、バキン! と音を立て、バグパイプのような管を突出させた。その刹那、仁王立ちの残像が残るほどの右薙ぎの一閃がパハミエスの胴を切り裂く。
残心の剣があたかも既にそこにあったかのような錯覚に陥るほど、抜刀の瞬間、太刀筋が全く分からない、剣術、体術における最終到達点とも言える無拍子の動作。
容貌魁偉なビックマウドの無拍子の一太刀は、手を剣に添える音、鞘から剣を抜く音、剣が空気を切り裂く音、鎧や衣類がこすれる音、踏み込みの音などがその動作について来られず、残心の剣の時に全てが同時に聞こえた。
しかし、パハミエスの胴体は斬られる事はなかった。
切り裂かれたように見えたのはパハミエスの残像。
戦いの時、高位の魔法使いは常に防御結界を体の周りに張り巡らせている。
パハミエス程の魔法使いは、種類別に幾重にも防御結界を張り巡らせていた。
その中で、最終防衛ラインとも言える危機感知魔法が物理魔法問わず、自身の体に直接的なダメージを負わせる攻撃を感知した場合、パハミエスの意志に関係なく転移魔法を即座に発動させる。
その転移魔法が発動し、パハミエスを別な場所へ転移させていた。だが、転移させた場所がビックマウドの攻撃範囲外ではなく残心の剣先。
無拍子の動作から繰り出された『二の太刀要らず』と評される刹那の抜刀をいとも容易く躱し、その抜刀にもビックマウド本人にも興味が無いように残心の剣先に無表情で立っているパハミエスを鋭い視線で見据え、「逃げ足だけは早いな」と、ビックマウドは皮肉を言う。
それに対し「前より遅くなっている。そんな程度で我を斬れると思うな小童」と返した。
ビックマウドは四股立ち横一文字の姿勢からスッと立ち上がり、血糊を払うように剣をビュッと一振りすると鞘に納めた。
「ふん。素振り程度の抜刀で貴様を斬れると思っとらんわ」
虚勢でも見栄ではなく、あの抜刀をただの素振りと言ってしまう辺り、大剣豪らしい言葉だった。
剣を納めたからと言って、戦いが終わった訳ではない。
素人目には、一軍をたった一人で壊滅させたパハミエスが有利に見えるだろうが、実際はビックマウドが優勢であった。
この世界でパハミエスは大魔導士や賢者の上に君臨する者。だが、ビックマウドも伊達に大剣豪の称号を得ている訳ではない。並みの剣豪では瞬殺されてしまう強敵でも、ビックマウドはその剣技で幾多もの強敵を屠ってきた。
「貴様の素振りに付き合うほど、我は暇ではない」
数度、ビックマウドと戦ったパハミエスも実戦の抜刀ではない事に気付いていた。様子見、ではないが、転移魔法が無意識に発動する前に、敢えて残心の剣先に転移を調整したのは『こちらは戦う意志は無い』と言う、無言の提示。
ビックマウドも、下手をすれば討ち取られてしまう間合いに自ら足を踏み入れたパハミエスの行動を見て、何となく「戦う気は無さそうだ」と気づいてはいたが、長年の宿敵に挨拶くらいはしておかなければと剣を抜いたのだった。
もし、パハミエスが最初から戦う気であれば、相手の間合いに自ら入り込む様なまどろっこしい真似をせず、手も足も出ない距離から魔法を打っ放す。
それに、妖精王を殺す気であれば、それこそここに来ず、森の外から森ごと消滅させる魔法を容赦なく叩き込んでいたはず。
ビックマウドは腕を組みながら、ロマンスグレーに染まった自分の顎鬚を摘まむように手を当て、見下ろすようにパハミエスを見る。
「……。パハミエス」
「何だ?」
「雰囲気が変わったな」
その問いにパハミエスは無言で返す。
「ふむ、儂の気の所為ではないようだな。貴様を変える程の事があったか? それとも何か企んでいるのか?」
パハミエスは自分を見下ろすビックマウドを無言のままジロリと見る。
ビックマウドはその目を見て、侮蔑するような目でニヤリと笑う。
「ふん。やはり何か企んでいるようだな。また、浅ましいアウタル・サクロの奴等が貴様に泣きついたか? 貴様もアウタル・サクロの中心人物と煽てられ、その気になって手助けしてやっているのだろうが、最強の魔法使いも我儘なガキどものただの飼い犬に等しい存在だと言うこ――――」
ビックマウドの言葉を最後まで聞かず、面倒臭そうにパハミエスが言葉を被せるように一言告げる。
「我はもうアウタル・サクロの者ではない」
その言葉を聞き、ピクリと眉を動かし言葉を止めた。
数秒の沈黙。
ビックマウドはゆっくりとした口調で「なに?」と聞き返すと、パハミエスは面倒臭そうに「二度も言わせるな」と、吐き捨てるように言った。
意味の無い冗談を言う者ではない事は知っている、そんな人物ではない事も。
(――本当の事なのか?)そう脳裏を過る。
しかし、にわかには信じ難い。だが、嘘をついても意味がない。
パハミエスの言葉を真実と受け止めている自分と、疑問が膨らみ疑いが払拭しきれない狭間で、ビックマウドはパハミエスを見据えたまま自問自答を繰り返していた。
そんなビックマウドを見て、パハミエスは「埒が明かん」と、溜息交じりにぼそりと呟く。
「ビックマウド。年老いて耳が遠くなったのか知らんが、一度しか言わん。一度で理解しろ」
高圧的でも威圧的でもないが、上官が部下へ命令を出すような口調で告げると、そのまま言葉を続ける。
「貴様に説明する気は無い、貴様を構ってやる気もない。貴様がどう思おうと我には関係ない。用があるのは妖精王ただ一人。連れて来るか、ここへ呼ぶか、そこをどくか、どれか一つ、3秒以内で決めろ」
そうパハミエスが告げると、ビックマウドは「貴様の言葉など聞く気はない」と、見下ろすように鋭い眼光を向け即答で言い返した。
その途端、パハミエスとビックマウドの間の空間が歪むほど、殺気がぶつかり合う。
普段なら暖かい日差しの中、妖精達の笑い声や唄声と共に小鳥の囀りが聞こえ、安らぎが満ちる穏やかな場所。それが、妖精や小鳥達は声を潜め、二人の殺気で死の地と化す前触れのように日の暖かささえ凍り付くような場所となった。
その時、「私に用とは?」と、ビックマウドの後ろにあるぺリスヘデスの園の入り口から、マリリアンの優しく透き通る声が凍り付くような雰囲気をかき消した。
「女王陛下!?」
ビックマウドは驚き、パハミエスの気配に注意しながらマリリアンに振り向く。
「ふむ。やっと出て来たか。急ぎ、泉へ来てもらう」
パハミエスの言葉と同時に、ビックマウドは再び剣を抜き、片手に持った剣で道を塞ぐように対峙する。ビックマウドの目と雰囲気は先ほどまでとは比べ物にならないほど静かなる殺気に満ちていた。
激しい殺意や殺気より、静かなる殺意や殺気ほど恐ろしいものはない。
ビックマウドは完全な戦闘態勢に入った事を示していた。
「相変わらず面倒臭い男だな」
本当に面倒臭そうな溜息交じりな言い方で、パハミエスはぼそりと呟く。
しかし、ビックマウドの耳にその言葉は入って来なかった。
パハミエスを見据え、ゆっくりと剣技の構えをとる。その動作は一部の無駄も隙も無い。
剣術、体術に置いて素人目にはゆっくりに見える動作でも、達人と向き合った時、同等、もしくは近し技量を持っていなければその動作に反応できないと言われている。正に、ビックマウドの動作がそれだった。
「ビックマウド閣下。お待ちください」
マリリアンの言葉にピタリと動きを止める。
「どうなさいました? 女王陛下」
パハミエスを見据えたままビックマウドが答える。
「少し、その方とお話をさせてください」
「しかし……」
「話をしなければなりません。どうか、私の我儘を聞いてください」
ビックマウドは少し間をあけ、「……。分かりました」と言うと、剣を納めた。が、左手は鞘に添えてあり、何時でも抜刀できる体勢をとっていた。
ビックマウドが道を開けると、マリリアンが姿を現した。
「お初目にお目にかかります。妖精の森の女王、マリリアン・ソケットと申します」
マリリアンは粛々と礼法を取ろうとした時、「そんな事はせんで良い。大三郎が待っている。急ぐぞ」と、杖を構えた瞬間、ビックマウドの抜刀が杖の動作を制する。
「それ以上動くな。パハミエス」
ここに大三郎達が居たとしたら、ビックマウドがいつ剣を抜いたのか、いつの間に剣が杖を制したのか分からないだろう。
無表情だったパハミエスの顔が少しだけ苛ついたように見えた。それはパハミエスの雰囲気からそう見えたのかもしれない。
「大概にしろ。童」
パハミエスの苛立ちをゲームに例えると、急いでいる時に一歩進むたび敵と出会ってしまう酷いエンカウント率のフィールドやダンジョンを歩かされている様な苛立ち。
今のパハミエスが感じている感情は「鬱陶しい」その一言。
どうでも良い敵に一歩進むたびに遭遇してしまえば、パハミエスだけではなくどんなプレイヤーでも「鬱陶しいなぁ!」と思ってしまうだろう。
しかし、逆の立場であったらのならどうだろうか? 例えば、護衛任務で敵が目の前に居るのに護衛する者が前に出て来てしまったら、「おい! マジかよ!?」と、今のビックマウドのように必死になって敵の行動を妨害するだろう。
お互いがお互い譲れない自分の役割をこなしているに過ぎないのだが、マリリアンにしてみればこんな場所で最終決戦のような戦いをされては困る。
”一滴の神酒を御神々に捧げ給い、我の声を聞き届給え”
マリリアンは目を閉じ、右手を前に出し握りこぶしを作ると、その握りこぶしから一滴の血が滴り落ちた。マリリアンの血が地面に落ちると眩いばかりの光を発し、天へと昇って行く。
”御神々の使者にして森の巫女、道々を繋ぐ者、名はマリリアン・ソケット。御神言を賜りたく、神酒を捧げ給う”
これにはビックマウドどころかパハミエスさえも目を見開き驚いてしまう。思わずパハミエスは「神言の儀……か」と、ぼそりと呟いた。
神言とは『神託』の事なのだが、大三郎の神託と違うのは、大三郎の場合、神々から神託の紙を通してほぼ一方的に告げられるに対し、神言の儀は自らその神託を賜る事ができ、尚且つ神々と直接会話が出来ると言うもの。
ただ、本来なら祭壇のある神木の聖地にて行うのだが、自分の血を媒体にして即席の聖地にしたのだった。
呆けるようにマリリアンを見ていると、あの声が聞こえる。
”我らの使者にして道々を繋ぐ森の巫女、マリリアン・ソケットよ”
”汝の言葉を聞きこう”
マリリアンは地面に降り立ち、神々の声に「感謝いたしまする」と、跪き頭を垂れる。
「光の妖精、ティターニア・ラーシェルードから聞き及んだパハミエス・マルク・ロダリアなる者に、どうか御神々のご加護を」
それを聞いたビックマウドは持っている剣を落としそうなほど度肝を抜かれ、パハミエスは不思議そうな顔をした。
「なっ!?」
「む?」
”我らの救世主と共に歩む者、パハミエス・マルク・ロダリア”
パハミエスは名を呼ばれたが、興味無さげに神々の声を聞き、何をするでもなく立ったまま。
”汝はこれより、ハイ・クラウン・リッチとして認めよう”
”汝は救世主と共に、この世界を救う道を求めよ”
”ハイ・クラウン・リッチ、パハミエス・マルク・ロダリアに幸運を”
神々の声にマリリアンは手を合わせ、深々と頭を垂れ、ビックマウドは信じられないと言うような表情で剣を落としてしまった。
当のパハミエスは、何事もなかったかのように無表情のままだった。
そして、光が消え静寂が戻る。
マリリアンは祈りの言葉を口にし、ビックマウドは時が止まった様に固まっていた。
「もう良いか?」
溜息にも似た言葉でパハミエスが二人に言い、少し間を置いて言葉を続ける。
「我は十分お主らの茶番に付き合った。だが、お主らに付き合うのはこれまでだ。妖精王マリリアンよ」
頭を垂れ神々に感謝の祈りを捧げていたマリリアンが顔を上げる。
「はい」
「行くのか行かないのか、はっきりしてもらおう」
「行かないと言っても無理やりにでも連れて行くのでしょう?」
「うむ」
「では、行きましょう」
マリリアンの言葉を聞き、固まっていたビックマウドが「待たれよ!」と大声を上げた。
「本当に面倒臭い男だな……」
パハミエスは溜息をつくとジロリとビックマウドを見る。
ビックマウドはパハミエスを見据え「貴様だけには言われたくないわ」と吐き捨てた。
「お主も来い」
パハミエスはそう言うと杖を掲げた。
そして三人の足元に転移魔法の魔方陣が現れると三人の姿が消えた。
◇
「ふわ~あ。じーさん遅いなぁ」
宝石のように輝く泉の畔で胡坐の上にターニャを乗せ、大三郎は欠伸をする。
「終わったみたいだから、もう来るわ」
ターニャは大三郎の太ももに寄り掛かりながらにこりと微笑む。
「終わった? 何が?」
キョトンとした顔でターニャを見るが、ターニャはパニティーの様な美少女の笑顔を見せたままその問いには答えなかった。
その時、魔方陣と共にパハミエス、マリリアン、ビックマウドが姿を現した。
「待たせたな」
パハミエスの声に大三郎が振り向き、(え? な、なんかデッカイ人も居るんですけど……)とビビる。
大三郎の胡坐の上に居たターニャがふわりと飛ぶと、マリリアンの下まで行き「ごめんなさい。貴女を連れて来るように頼んだのは私なの」と申し訳なさそうに微笑む。
「ティターニア様からお話をお伺いした時から、ここに来なければならない事になると分かっていましたから」
マリリアンはターニャに微笑みを返すと、「流石、森の巫女」と微笑む。
「え? 二人は知り合いなの?」
大三郎は驚いた顔で質問をすると、ターニャは「この森でマリリアンを知らない妖精は居ないわ」とクスリと笑い答えた。
「ま、まぁ、そうだよね。女王様だもんな」
大三郎はそう言いながら、マリリアンの隣に居るビックマウドをチラリと見て、パハミエスに近づき「あのデッカイ人は何……?」と小声で尋ねた。
「ん? 小童の事か?」
「こ、こわっぱ?」
ビックマウドの事を小童扱いするのはこの世界でパハミエスだけだが、もしここに他の者が居たとしたら流石にビックマウドの事を言っていると思わないだろう。
そのくらいパハミエスの言葉にビックマウドは不釣り合いだった。
だが、4ビット頭脳の大三郎は(こわっぱさんて名前なのかな?)と思うのだった。
「む? 監視人エスカは何処へ行った?」
「ああ。メルとソフィーを迎えに行ったよ。ついでに銀の聖杯を取ってくるって」
「そうか。ふむ……。我が迎えに行こう。その方が早い」
「そうしてくれると助かるよ」
「では、もう暫し待て」
「うん」
パハミエスはそう言うと転移魔法でエスカ達の所へ行った。
ここで大三郎は気付く。
――知らないデッカイ人はどうすれば良いの……?
ゴクリと息を飲み、チラリとビックマウドを見る。
――こ、怖そうなんですけど……。てか、むっちゃ怖いんですけど。
大三郎の目に映るビックマウドは、本来の身長より遥かに大きく見え、その体格と風格はガンフよりも巨大に感じさせた。
マリリアンとターニャは二人で何やら楽し気に会話をしている。
取り残された大三郎。
もう一度、チラリとビックマウドを見る。
目と目が合う。
大三郎は心の中で(ヒッ!)と短い悲鳴を上げ、即座に目を反らし空気と化す。
だが、ジッと見られている。ロックオン状態だと分かるくらいジッと見られている。
大三郎は額から大量の冷汗を垂らしながら必死に空気と化そうとする。
「一つ尋ねても良いか?」
ビックマウドの低く良い声に大三郎は飛び跳ねるように直立不動の姿勢になり、「はい! 何でしょう!?」と答えた。
大三郎の過剰な反応に少し驚いたビックマウドだったが、気を取り直すようにコホンと一つ咳ばらいをし質問をする。
「エスカが言っていた救世主と言うのは、君だね?」
エスカの名が出て目を丸くし、ビックマウドを見る。
「は、はい!」
「やはり……」
ビックマウドは大三郎を見つめたままロマンスグレーの顎鬚を摘まむように手を添える。
「……あ、あのぉ~」
「ん? 何かな?」
「エスカを知っているのですか?」
「ああ」
「そうですか――って、も、もしかして!!」
大三郎の大声にビックマウドは少し驚く。そして次の言葉に更なる衝撃を受ける。
「エスカのお父様!?」
今まで流石にそこまで言われた事など無かったビックマウドは、目をこれでもかと言うほど見開き驚いてしまう。
「いつもお嬢様にはお世話になっています! 色々、ほんと、色んな意味で、ほんと、お世話になっています!」
大三郎は勢いよく深々と頭を下げた。
ビックマウドは驚き過ぎて言葉が出ない。
「少し暴力的ではありますが、良く出来たお嬢様です! 少し冷たい言葉を浴びせられますが、それでも良く出来たお嬢様だと思います!」
「そ、そうか……」
「はい! こんなにご立派なお父様がおられるとは存じませんでした!」
「い、いや……」
大三郎は極度の緊張でパニック状態だった。
「SМ好きなお嬢様ではありますが、僕が責任を持って幸せにします! どうかご安心なさってくださブッ!」
大三郎の頭にエスカの踵落としが炸裂し、劇画タッチの顔で鼻水を吹き出し、何時もの如く地面に転がる。
「あ、あなたは何を言っているのですか?!」
エスカは顔を真っ赤にしながら憤慨する。
ビックマウドは突然の踵落としに驚きはしたが、何食わぬ顔でエスカを呼ぶ。
「エスカよ」
「は、はい」
「SМ好きなのか?」
「なっ!? 何を仰るのですか!!?」
「ほう。監視人エスカはSМ好きなのか……どうりで」
「なっ!? パ、パパ、パハミエス! な、ななな、何がどうりでなのですか!!?」
パニック状態のエスカ。
「エスカー。えすえむってなんだ~?」
パニティーは大三郎の頭の上で治癒の祈りをしながら不思議そうに尋ねる。
「パ、パパ、パニティーさんは、し、ししし、しらしら知らなくて良いのです!」
「なんで?」
「な、なな、何ででもです!」
転がっている大三郎がボソリと呟く。
「エスカの性癖です」
「せいへき?」
パニティーは小首を傾げ、更にキョトンとした顔をする。
「はい。性癖です」
その言葉を聞き、ビックマウドは空を軽く見上げ、「大人に成った、と言うべきか……」と呟き、パハミエスは「ふむ。そうか……」と小さく頷いた。
エスカの後ろに居たメルロは「せいへきって何だ?」とソフィーアに尋ね、ソフィーアは顔を真っ赤にしていた。
エスカは大三郎の頭の上に居るパニティーをそっと両手で包むように持ち上げると、メルロの手のひらに乗せ、大三郎のローブを脱がせ始めた。
「ちょ、ちょちょ! なに、なにすんの!? エ、エスカ? ちょ、ちょちょ、エ、エスカ?」
エスカは無言のまま大三郎を剝く。
パンツ一丁になった大三郎の顔面を掴み、皆より少し離れた場所まで連れて行った。
「え、えふか。ちょ、ちょっろまっへ! み、みんひゃが見てる前で、エッチな事ひゃ、マズひって! え、えふか!?」
エスカは無言のまま連れて行くと、ゴミを捨てるように大三郎を投げ捨てた。
「いてて……。な、何すんだよ?! てか、エッチな事は、お前、あれだお前、ここじゃマズいって。皆が見てるって」
焦る大三郎を無視するように仁王立ちするエスカ。
「ま、まさか、本気?」
その言葉にも無言のまま。
「そ、そうか……」
大三郎は俯いた後、徐に正座をして「不束者ですが、よろしくお願いします」と、三つ指を立てた。
「……何がですか?」
「え? そ、それは、お前、俺の口からはお前、い、言えないよぉ~。お父様も見てるしぃ~」
頭を掻きながら頬を赤らめ鼻の下を伸ばす。
「そうですか。では、早速始めます」
エスカはそう言うと、髪の毛がぶわりと逆立つ。
「初めてだから! 初めてだから! や、優しくしてね」
いい加減、学習して欲しいものだが、未だに素っ頓狂な事を言う大三郎。
「それと、ビックボスは私の父ではありません。元上官です」
「え?」
その言葉が最後だった。
宝石のように輝く妖精の泉がエスカの魔法の光で更に輝きを増し、大三郎は丸コゲになる。
大木のような腕を組み、対峙する者を見下ろすその眼光は、並みの者なら一睨みされただけで戦意喪失してしまうだろう。
これほど『強者』と言う言葉が似合う人物はいないと思わせる元帝国大将軍で歴戦の大剣豪、ビックマウド・アキ・ハズバンド。
「何の用だ?」
低い良い声でエスカ以上に対峙する者を押し潰す程の殺気と威圧感をぶつける。
「貴様に用はない」
ビックマウドの殺気と威圧感を意に介さず、無表情で答える全ての魔法使いの頂点に君臨する、パハミエス・マルク・ロダリア。
「では、何故ここに来た?」
妖精王の住まいがあるぺリスヘデスの園の入り口で仁王立ちをし、パハミエスを見下ろす。
「妖精王に用がある」
パハミエスはビックマウドに全く興味が無いような無表情で答えた。
「何の用かは知らんが、そう簡単に会わせる訳にはいかんな」
そう言った途端、ビックマウドは最終通告と言わんばかりに『必殺の間合い』の範囲を示す殺意を一気に噴き出した。必殺と聞くと大技などを連想してしまうが、実際は言葉通り、『一太刀で必ず殺ろせる間合い(距離)』を意味する。
ビックマウドはその範囲に捉えられている事を敢えてパハミエスに伝えた。
「愚か者が」
パハミエスがそう言うと、持っている杖の先端が、バキン! と音を立て、バグパイプのような管を突出させた。その刹那、仁王立ちの残像が残るほどの右薙ぎの一閃がパハミエスの胴を切り裂く。
残心の剣があたかも既にそこにあったかのような錯覚に陥るほど、抜刀の瞬間、太刀筋が全く分からない、剣術、体術における最終到達点とも言える無拍子の動作。
容貌魁偉なビックマウドの無拍子の一太刀は、手を剣に添える音、鞘から剣を抜く音、剣が空気を切り裂く音、鎧や衣類がこすれる音、踏み込みの音などがその動作について来られず、残心の剣の時に全てが同時に聞こえた。
しかし、パハミエスの胴体は斬られる事はなかった。
切り裂かれたように見えたのはパハミエスの残像。
戦いの時、高位の魔法使いは常に防御結界を体の周りに張り巡らせている。
パハミエス程の魔法使いは、種類別に幾重にも防御結界を張り巡らせていた。
その中で、最終防衛ラインとも言える危機感知魔法が物理魔法問わず、自身の体に直接的なダメージを負わせる攻撃を感知した場合、パハミエスの意志に関係なく転移魔法を即座に発動させる。
その転移魔法が発動し、パハミエスを別な場所へ転移させていた。だが、転移させた場所がビックマウドの攻撃範囲外ではなく残心の剣先。
無拍子の動作から繰り出された『二の太刀要らず』と評される刹那の抜刀をいとも容易く躱し、その抜刀にもビックマウド本人にも興味が無いように残心の剣先に無表情で立っているパハミエスを鋭い視線で見据え、「逃げ足だけは早いな」と、ビックマウドは皮肉を言う。
それに対し「前より遅くなっている。そんな程度で我を斬れると思うな小童」と返した。
ビックマウドは四股立ち横一文字の姿勢からスッと立ち上がり、血糊を払うように剣をビュッと一振りすると鞘に納めた。
「ふん。素振り程度の抜刀で貴様を斬れると思っとらんわ」
虚勢でも見栄ではなく、あの抜刀をただの素振りと言ってしまう辺り、大剣豪らしい言葉だった。
剣を納めたからと言って、戦いが終わった訳ではない。
素人目には、一軍をたった一人で壊滅させたパハミエスが有利に見えるだろうが、実際はビックマウドが優勢であった。
この世界でパハミエスは大魔導士や賢者の上に君臨する者。だが、ビックマウドも伊達に大剣豪の称号を得ている訳ではない。並みの剣豪では瞬殺されてしまう強敵でも、ビックマウドはその剣技で幾多もの強敵を屠ってきた。
「貴様の素振りに付き合うほど、我は暇ではない」
数度、ビックマウドと戦ったパハミエスも実戦の抜刀ではない事に気付いていた。様子見、ではないが、転移魔法が無意識に発動する前に、敢えて残心の剣先に転移を調整したのは『こちらは戦う意志は無い』と言う、無言の提示。
ビックマウドも、下手をすれば討ち取られてしまう間合いに自ら足を踏み入れたパハミエスの行動を見て、何となく「戦う気は無さそうだ」と気づいてはいたが、長年の宿敵に挨拶くらいはしておかなければと剣を抜いたのだった。
もし、パハミエスが最初から戦う気であれば、相手の間合いに自ら入り込む様なまどろっこしい真似をせず、手も足も出ない距離から魔法を打っ放す。
それに、妖精王を殺す気であれば、それこそここに来ず、森の外から森ごと消滅させる魔法を容赦なく叩き込んでいたはず。
ビックマウドは腕を組みながら、ロマンスグレーに染まった自分の顎鬚を摘まむように手を当て、見下ろすようにパハミエスを見る。
「……。パハミエス」
「何だ?」
「雰囲気が変わったな」
その問いにパハミエスは無言で返す。
「ふむ、儂の気の所為ではないようだな。貴様を変える程の事があったか? それとも何か企んでいるのか?」
パハミエスは自分を見下ろすビックマウドを無言のままジロリと見る。
ビックマウドはその目を見て、侮蔑するような目でニヤリと笑う。
「ふん。やはり何か企んでいるようだな。また、浅ましいアウタル・サクロの奴等が貴様に泣きついたか? 貴様もアウタル・サクロの中心人物と煽てられ、その気になって手助けしてやっているのだろうが、最強の魔法使いも我儘なガキどものただの飼い犬に等しい存在だと言うこ――――」
ビックマウドの言葉を最後まで聞かず、面倒臭そうにパハミエスが言葉を被せるように一言告げる。
「我はもうアウタル・サクロの者ではない」
その言葉を聞き、ピクリと眉を動かし言葉を止めた。
数秒の沈黙。
ビックマウドはゆっくりとした口調で「なに?」と聞き返すと、パハミエスは面倒臭そうに「二度も言わせるな」と、吐き捨てるように言った。
意味の無い冗談を言う者ではない事は知っている、そんな人物ではない事も。
(――本当の事なのか?)そう脳裏を過る。
しかし、にわかには信じ難い。だが、嘘をついても意味がない。
パハミエスの言葉を真実と受け止めている自分と、疑問が膨らみ疑いが払拭しきれない狭間で、ビックマウドはパハミエスを見据えたまま自問自答を繰り返していた。
そんなビックマウドを見て、パハミエスは「埒が明かん」と、溜息交じりにぼそりと呟く。
「ビックマウド。年老いて耳が遠くなったのか知らんが、一度しか言わん。一度で理解しろ」
高圧的でも威圧的でもないが、上官が部下へ命令を出すような口調で告げると、そのまま言葉を続ける。
「貴様に説明する気は無い、貴様を構ってやる気もない。貴様がどう思おうと我には関係ない。用があるのは妖精王ただ一人。連れて来るか、ここへ呼ぶか、そこをどくか、どれか一つ、3秒以内で決めろ」
そうパハミエスが告げると、ビックマウドは「貴様の言葉など聞く気はない」と、見下ろすように鋭い眼光を向け即答で言い返した。
その途端、パハミエスとビックマウドの間の空間が歪むほど、殺気がぶつかり合う。
普段なら暖かい日差しの中、妖精達の笑い声や唄声と共に小鳥の囀りが聞こえ、安らぎが満ちる穏やかな場所。それが、妖精や小鳥達は声を潜め、二人の殺気で死の地と化す前触れのように日の暖かささえ凍り付くような場所となった。
その時、「私に用とは?」と、ビックマウドの後ろにあるぺリスヘデスの園の入り口から、マリリアンの優しく透き通る声が凍り付くような雰囲気をかき消した。
「女王陛下!?」
ビックマウドは驚き、パハミエスの気配に注意しながらマリリアンに振り向く。
「ふむ。やっと出て来たか。急ぎ、泉へ来てもらう」
パハミエスの言葉と同時に、ビックマウドは再び剣を抜き、片手に持った剣で道を塞ぐように対峙する。ビックマウドの目と雰囲気は先ほどまでとは比べ物にならないほど静かなる殺気に満ちていた。
激しい殺意や殺気より、静かなる殺意や殺気ほど恐ろしいものはない。
ビックマウドは完全な戦闘態勢に入った事を示していた。
「相変わらず面倒臭い男だな」
本当に面倒臭そうな溜息交じりな言い方で、パハミエスはぼそりと呟く。
しかし、ビックマウドの耳にその言葉は入って来なかった。
パハミエスを見据え、ゆっくりと剣技の構えをとる。その動作は一部の無駄も隙も無い。
剣術、体術に置いて素人目にはゆっくりに見える動作でも、達人と向き合った時、同等、もしくは近し技量を持っていなければその動作に反応できないと言われている。正に、ビックマウドの動作がそれだった。
「ビックマウド閣下。お待ちください」
マリリアンの言葉にピタリと動きを止める。
「どうなさいました? 女王陛下」
パハミエスを見据えたままビックマウドが答える。
「少し、その方とお話をさせてください」
「しかし……」
「話をしなければなりません。どうか、私の我儘を聞いてください」
ビックマウドは少し間をあけ、「……。分かりました」と言うと、剣を納めた。が、左手は鞘に添えてあり、何時でも抜刀できる体勢をとっていた。
ビックマウドが道を開けると、マリリアンが姿を現した。
「お初目にお目にかかります。妖精の森の女王、マリリアン・ソケットと申します」
マリリアンは粛々と礼法を取ろうとした時、「そんな事はせんで良い。大三郎が待っている。急ぐぞ」と、杖を構えた瞬間、ビックマウドの抜刀が杖の動作を制する。
「それ以上動くな。パハミエス」
ここに大三郎達が居たとしたら、ビックマウドがいつ剣を抜いたのか、いつの間に剣が杖を制したのか分からないだろう。
無表情だったパハミエスの顔が少しだけ苛ついたように見えた。それはパハミエスの雰囲気からそう見えたのかもしれない。
「大概にしろ。童」
パハミエスの苛立ちをゲームに例えると、急いでいる時に一歩進むたび敵と出会ってしまう酷いエンカウント率のフィールドやダンジョンを歩かされている様な苛立ち。
今のパハミエスが感じている感情は「鬱陶しい」その一言。
どうでも良い敵に一歩進むたびに遭遇してしまえば、パハミエスだけではなくどんなプレイヤーでも「鬱陶しいなぁ!」と思ってしまうだろう。
しかし、逆の立場であったらのならどうだろうか? 例えば、護衛任務で敵が目の前に居るのに護衛する者が前に出て来てしまったら、「おい! マジかよ!?」と、今のビックマウドのように必死になって敵の行動を妨害するだろう。
お互いがお互い譲れない自分の役割をこなしているに過ぎないのだが、マリリアンにしてみればこんな場所で最終決戦のような戦いをされては困る。
”一滴の神酒を御神々に捧げ給い、我の声を聞き届給え”
マリリアンは目を閉じ、右手を前に出し握りこぶしを作ると、その握りこぶしから一滴の血が滴り落ちた。マリリアンの血が地面に落ちると眩いばかりの光を発し、天へと昇って行く。
”御神々の使者にして森の巫女、道々を繋ぐ者、名はマリリアン・ソケット。御神言を賜りたく、神酒を捧げ給う”
これにはビックマウドどころかパハミエスさえも目を見開き驚いてしまう。思わずパハミエスは「神言の儀……か」と、ぼそりと呟いた。
神言とは『神託』の事なのだが、大三郎の神託と違うのは、大三郎の場合、神々から神託の紙を通してほぼ一方的に告げられるに対し、神言の儀は自らその神託を賜る事ができ、尚且つ神々と直接会話が出来ると言うもの。
ただ、本来なら祭壇のある神木の聖地にて行うのだが、自分の血を媒体にして即席の聖地にしたのだった。
呆けるようにマリリアンを見ていると、あの声が聞こえる。
”我らの使者にして道々を繋ぐ森の巫女、マリリアン・ソケットよ”
”汝の言葉を聞きこう”
マリリアンは地面に降り立ち、神々の声に「感謝いたしまする」と、跪き頭を垂れる。
「光の妖精、ティターニア・ラーシェルードから聞き及んだパハミエス・マルク・ロダリアなる者に、どうか御神々のご加護を」
それを聞いたビックマウドは持っている剣を落としそうなほど度肝を抜かれ、パハミエスは不思議そうな顔をした。
「なっ!?」
「む?」
”我らの救世主と共に歩む者、パハミエス・マルク・ロダリア”
パハミエスは名を呼ばれたが、興味無さげに神々の声を聞き、何をするでもなく立ったまま。
”汝はこれより、ハイ・クラウン・リッチとして認めよう”
”汝は救世主と共に、この世界を救う道を求めよ”
”ハイ・クラウン・リッチ、パハミエス・マルク・ロダリアに幸運を”
神々の声にマリリアンは手を合わせ、深々と頭を垂れ、ビックマウドは信じられないと言うような表情で剣を落としてしまった。
当のパハミエスは、何事もなかったかのように無表情のままだった。
そして、光が消え静寂が戻る。
マリリアンは祈りの言葉を口にし、ビックマウドは時が止まった様に固まっていた。
「もう良いか?」
溜息にも似た言葉でパハミエスが二人に言い、少し間を置いて言葉を続ける。
「我は十分お主らの茶番に付き合った。だが、お主らに付き合うのはこれまでだ。妖精王マリリアンよ」
頭を垂れ神々に感謝の祈りを捧げていたマリリアンが顔を上げる。
「はい」
「行くのか行かないのか、はっきりしてもらおう」
「行かないと言っても無理やりにでも連れて行くのでしょう?」
「うむ」
「では、行きましょう」
マリリアンの言葉を聞き、固まっていたビックマウドが「待たれよ!」と大声を上げた。
「本当に面倒臭い男だな……」
パハミエスは溜息をつくとジロリとビックマウドを見る。
ビックマウドはパハミエスを見据え「貴様だけには言われたくないわ」と吐き捨てた。
「お主も来い」
パハミエスはそう言うと杖を掲げた。
そして三人の足元に転移魔法の魔方陣が現れると三人の姿が消えた。
◇
「ふわ~あ。じーさん遅いなぁ」
宝石のように輝く泉の畔で胡坐の上にターニャを乗せ、大三郎は欠伸をする。
「終わったみたいだから、もう来るわ」
ターニャは大三郎の太ももに寄り掛かりながらにこりと微笑む。
「終わった? 何が?」
キョトンとした顔でターニャを見るが、ターニャはパニティーの様な美少女の笑顔を見せたままその問いには答えなかった。
その時、魔方陣と共にパハミエス、マリリアン、ビックマウドが姿を現した。
「待たせたな」
パハミエスの声に大三郎が振り向き、(え? な、なんかデッカイ人も居るんですけど……)とビビる。
大三郎の胡坐の上に居たターニャがふわりと飛ぶと、マリリアンの下まで行き「ごめんなさい。貴女を連れて来るように頼んだのは私なの」と申し訳なさそうに微笑む。
「ティターニア様からお話をお伺いした時から、ここに来なければならない事になると分かっていましたから」
マリリアンはターニャに微笑みを返すと、「流石、森の巫女」と微笑む。
「え? 二人は知り合いなの?」
大三郎は驚いた顔で質問をすると、ターニャは「この森でマリリアンを知らない妖精は居ないわ」とクスリと笑い答えた。
「ま、まぁ、そうだよね。女王様だもんな」
大三郎はそう言いながら、マリリアンの隣に居るビックマウドをチラリと見て、パハミエスに近づき「あのデッカイ人は何……?」と小声で尋ねた。
「ん? 小童の事か?」
「こ、こわっぱ?」
ビックマウドの事を小童扱いするのはこの世界でパハミエスだけだが、もしここに他の者が居たとしたら流石にビックマウドの事を言っていると思わないだろう。
そのくらいパハミエスの言葉にビックマウドは不釣り合いだった。
だが、4ビット頭脳の大三郎は(こわっぱさんて名前なのかな?)と思うのだった。
「む? 監視人エスカは何処へ行った?」
「ああ。メルとソフィーを迎えに行ったよ。ついでに銀の聖杯を取ってくるって」
「そうか。ふむ……。我が迎えに行こう。その方が早い」
「そうしてくれると助かるよ」
「では、もう暫し待て」
「うん」
パハミエスはそう言うと転移魔法でエスカ達の所へ行った。
ここで大三郎は気付く。
――知らないデッカイ人はどうすれば良いの……?
ゴクリと息を飲み、チラリとビックマウドを見る。
――こ、怖そうなんですけど……。てか、むっちゃ怖いんですけど。
大三郎の目に映るビックマウドは、本来の身長より遥かに大きく見え、その体格と風格はガンフよりも巨大に感じさせた。
マリリアンとターニャは二人で何やら楽し気に会話をしている。
取り残された大三郎。
もう一度、チラリとビックマウドを見る。
目と目が合う。
大三郎は心の中で(ヒッ!)と短い悲鳴を上げ、即座に目を反らし空気と化す。
だが、ジッと見られている。ロックオン状態だと分かるくらいジッと見られている。
大三郎は額から大量の冷汗を垂らしながら必死に空気と化そうとする。
「一つ尋ねても良いか?」
ビックマウドの低く良い声に大三郎は飛び跳ねるように直立不動の姿勢になり、「はい! 何でしょう!?」と答えた。
大三郎の過剰な反応に少し驚いたビックマウドだったが、気を取り直すようにコホンと一つ咳ばらいをし質問をする。
「エスカが言っていた救世主と言うのは、君だね?」
エスカの名が出て目を丸くし、ビックマウドを見る。
「は、はい!」
「やはり……」
ビックマウドは大三郎を見つめたままロマンスグレーの顎鬚を摘まむように手を添える。
「……あ、あのぉ~」
「ん? 何かな?」
「エスカを知っているのですか?」
「ああ」
「そうですか――って、も、もしかして!!」
大三郎の大声にビックマウドは少し驚く。そして次の言葉に更なる衝撃を受ける。
「エスカのお父様!?」
今まで流石にそこまで言われた事など無かったビックマウドは、目をこれでもかと言うほど見開き驚いてしまう。
「いつもお嬢様にはお世話になっています! 色々、ほんと、色んな意味で、ほんと、お世話になっています!」
大三郎は勢いよく深々と頭を下げた。
ビックマウドは驚き過ぎて言葉が出ない。
「少し暴力的ではありますが、良く出来たお嬢様です! 少し冷たい言葉を浴びせられますが、それでも良く出来たお嬢様だと思います!」
「そ、そうか……」
「はい! こんなにご立派なお父様がおられるとは存じませんでした!」
「い、いや……」
大三郎は極度の緊張でパニック状態だった。
「SМ好きなお嬢様ではありますが、僕が責任を持って幸せにします! どうかご安心なさってくださブッ!」
大三郎の頭にエスカの踵落としが炸裂し、劇画タッチの顔で鼻水を吹き出し、何時もの如く地面に転がる。
「あ、あなたは何を言っているのですか?!」
エスカは顔を真っ赤にしながら憤慨する。
ビックマウドは突然の踵落としに驚きはしたが、何食わぬ顔でエスカを呼ぶ。
「エスカよ」
「は、はい」
「SМ好きなのか?」
「なっ!? 何を仰るのですか!!?」
「ほう。監視人エスカはSМ好きなのか……どうりで」
「なっ!? パ、パパ、パハミエス! な、ななな、何がどうりでなのですか!!?」
パニック状態のエスカ。
「エスカー。えすえむってなんだ~?」
パニティーは大三郎の頭の上で治癒の祈りをしながら不思議そうに尋ねる。
「パ、パパ、パニティーさんは、し、ししし、しらしら知らなくて良いのです!」
「なんで?」
「な、なな、何ででもです!」
転がっている大三郎がボソリと呟く。
「エスカの性癖です」
「せいへき?」
パニティーは小首を傾げ、更にキョトンとした顔をする。
「はい。性癖です」
その言葉を聞き、ビックマウドは空を軽く見上げ、「大人に成った、と言うべきか……」と呟き、パハミエスは「ふむ。そうか……」と小さく頷いた。
エスカの後ろに居たメルロは「せいへきって何だ?」とソフィーアに尋ね、ソフィーアは顔を真っ赤にしていた。
エスカは大三郎の頭の上に居るパニティーをそっと両手で包むように持ち上げると、メルロの手のひらに乗せ、大三郎のローブを脱がせ始めた。
「ちょ、ちょちょ! なに、なにすんの!? エ、エスカ? ちょ、ちょちょ、エ、エスカ?」
エスカは無言のまま大三郎を剝く。
パンツ一丁になった大三郎の顔面を掴み、皆より少し離れた場所まで連れて行った。
「え、えふか。ちょ、ちょっろまっへ! み、みんひゃが見てる前で、エッチな事ひゃ、マズひって! え、えふか!?」
エスカは無言のまま連れて行くと、ゴミを捨てるように大三郎を投げ捨てた。
「いてて……。な、何すんだよ?! てか、エッチな事は、お前、あれだお前、ここじゃマズいって。皆が見てるって」
焦る大三郎を無視するように仁王立ちするエスカ。
「ま、まさか、本気?」
その言葉にも無言のまま。
「そ、そうか……」
大三郎は俯いた後、徐に正座をして「不束者ですが、よろしくお願いします」と、三つ指を立てた。
「……何がですか?」
「え? そ、それは、お前、俺の口からはお前、い、言えないよぉ~。お父様も見てるしぃ~」
頭を掻きながら頬を赤らめ鼻の下を伸ばす。
「そうですか。では、早速始めます」
エスカはそう言うと、髪の毛がぶわりと逆立つ。
「初めてだから! 初めてだから! や、優しくしてね」
いい加減、学習して欲しいものだが、未だに素っ頓狂な事を言う大三郎。
「それと、ビックボスは私の父ではありません。元上官です」
「え?」
その言葉が最後だった。
宝石のように輝く妖精の泉がエスカの魔法の光で更に輝きを増し、大三郎は丸コゲになる。
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