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鬼子と縫いぐるみ編
アネチアの救世主はミックミクにしてくれた君を守るのです。
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エスカは大三郎をしこたま折檻した後、宿泊している自室に何かを取りに行きそのまま何処かへと出かけて行った。
大三郎はパニティーに介抱され、夕食まで大人しくしていた。
夕食を済ませた後、パハミエスが妖精の泉に用があるからと大三郎とパニティーに案内を頼むが、パニティーはメルロ達と一緒に昼間に見せてもらったヘンキロの超絶手品や、腹ごなしのダンス教室を楽しんでいるマーヤとリリーの面倒を見なければならず、大三郎達とは一緒に妖精の泉に行けなかった。
森の景色を堪能しながら妖精の泉に向かう道中、そろそろ妖精の泉に着こうかという頃、大三郎はパハミエスに質問をする。
「じーさんさ、妖精の泉に行って何するの?」
「救世主と銀の聖杯に関わる事だ」
「聖杯に?」
「そうだ。銀の聖杯はただの聖杯と違い、妖精の泉が関わってくる」
大三郎はパハミエスの言葉を聞き、不思議そうな顔で聞き返す。
「銀の聖杯とただの聖杯って?」
「この世界に元々ある聖杯は、何かの儀式に使用したり所持する者の地位を確約する物だ。聖杯自体に特別な力がある訳ではない。それ単体では何の効力も無いただのコップだ」
「ただのコップって……」
この世界の人が崇める物でも、パハミエスにしてみれば食器程度にしか思わないのだろうと大三郎は苦笑いを浮かべた。
「それに比べ、神々から授かった銀の聖杯は神話で語り継がれる物。この世界にある聖杯とは全くの別物と言っていい」
「マジで?」
「この世界に元々ある聖杯など人が作った物。比べ物にならんくて当たり前だがな」
「そっかぁ~」
「銀の聖杯のようにそれ単体で効力がある物は、使用を間違うと何が起きる分からん。その為に用途について調べていたのだ」
「んで、妖精の泉が関係するって事ね」
パハミエスはチラリと大三郎を見る。
それに気づいた大三郎は「なに?」と言うような顔で見返す。
「……。珍しく理解したな」
「僕でもそのくらいは分かりますよ? 銀の聖杯の使用について妖精の泉が関係するから案内を頼んだんでしょ? そうでしょ? ね? そう言う事なんでしょ?」
パハミエスの軽口に、大三郎は顔を近づけパハミエスをガン見みしながら言い返し、パハミエスは無表情のまま「顔が近い」と、持っている杖で大三郎の顔を押し返す。
「しょーゆーこちょなんでひょ? ねぇ? じーひゃん? しょーゆーこちょなんでひょ?」
大三郎は杖に負けじと顔で押し返していると、パハミエスは大三郎の顔を押している杖を引っ込め、押し返す勢いで前につんのめってくる大三郎をスッと躱す。
「救世主よ」
「なに? じーさん。てかさ、救世主ってのはやめてくんない?」
「何故だ?」
「ん~。後でメルにも言おうと思ってたんだけどさ。嫌って訳じゃないんだけど、仲間に救世主って言われるのも何か、違うかなぁ~? って」
「そうか。では、何と呼べばよい?」
「普通に名前で良いよ」
「名前?」
「そ。杉田でも大三郎でも、じーさんが呼びやすい名前で良いよ」
パハミエスは少し考え、「ふむ。では、パブロフ」と無表情のまま大三郎を見て言う。
「やめて!」
「何でも良いと言ったではないか?」
「違うのにして!」
「ふむ。では、パブロフの犬」
「犬?! 人じゃなくなった! てか、じーさん、知ってて言ってるだろ!?」
「冗談だ。大三郎」
「じーさんの冗談はエスカ並みに冗談に聞こえないから怖いわ……」
「そうか」
「んで、俺に関わる事ってなに?」
「ふむ。我は暫く共に行けん」
「は? え? なんで?」
突然の意外な言葉に大三郎は目を見開き驚いてしまった。
「我はここでやらなければならぬ事ができた」
無表情のまま答えるパハミエスを見て、大三郎は不安そうにオズオズと尋ねる。
「……森を燃やすとかはやめてよ」
「違う。そんなどうでも良い事ではない」
「いやいや。森を燃やすとかどうでも良いレベルじゃないから……」
このじーさんは、どのレベルだとどうでも良くない事になるんだろう? と、苦笑いを浮かべながら大三郎は心の中で呟いた。
「神託は見たであろう?」
「うん、見たよ。メルがソフィーを抱き締めて凄い喜んでた」
神託に書かれている事を聞いたメルロがボロボロと涙を零し、燥ぐようにソフィーアを抱き締め歓喜していた事を思い出し笑顔になる。
「その事だ」
「え?」
「我がここでやらなければならぬ事。そして、それが共に行けぬ理由」
「どゆこと?」
「神々は何でもお見通しと言う訳だ」
顔は無表情だが、パハミエスの目は何かを物語るように虚空を見つめる。
「……意味が分からないんだけど?」
「では、大三郎に問題を出そう」
「う、うん」
「妖精の泉、銀の聖杯、我。これに共通するものは何だ?」
「……。全く分からない」
「よく考えよ」
大三郎は歩きながら腕を組み、眉間にシワを寄せ首を傾げながら必死に考える。
「ん~……。パッと浮かんだのは、じーさんが銀の聖杯で泉を汲んでソフィーに飲ませる?」
「違う。我ではない」
「じゃあ誰?」
「銀の聖杯は誰にしか使えん?」
「……俺?」
「そうだ」
「ん~? 俺が銀の聖杯で泉を汲んでソフィーに飲ませる? ……それだったら、じーさん関係ないし。それだけで一緒に行けない理由にはならないし……何だ?」
「本当に分からんのか?」
「……。じーさんが関係あること?」
大三郎は首を捻りながら暫く考え、「……。……分かった!」と手をポンと叩き、「じーさんが妖精の泉の力を復活させる!」とパハミエスを見て言う。
「ほう、正解だ」
パハミエスは顎鬚を摘まみ、無表情ながら少し感心した顔をする。
「おお! じーさんやっぱスゲーな! でも、何で一緒に行けないの?」
大三郎はパハミエスの底知れぬ力に目をキラキラさせながら感動するが、肝心な所は全く理解していなかった。パハミエスは少しでも感心した事に落胆を覚え、溜息交じりにぼそりと呟く。
「分かっておらんではないか」
「えー。正解じゃないじゃん」
「我の魔力を泉に与えるのだ」
「魔力を? 魔法で復活させるんじゃなくて?」
「そうだ。他者の魔力を回復させる魔法はあるが、妖精の泉は生物ではない。それに、生物の魔力を回復させる程度の魔法では泉の力は戻らん」
「え? じゃ、じゃあ、魔力を分け与えるって、じーさんの力そのものを泉にやるってこと?」
「そうだ」
飄々とした返答を聞き、大三郎は心配そうにパハミエスの顔を見る。
「じーさんは大丈夫なの? 死んだりしない?」
「死にはせん。が、泉に力を分け与えた後、暫くは魔力の回復に専念せねばならん」
「どのくらい?」
「それは我にも分らん」
「そっか……」
「それまではヘンキロが大三郎を手助けするはずだ」
「魔力が回復したら戻ってくるんだろ?」
「そうなるな」
「分かった。気長に待つよ、って一年以内には戻って来てね。じゃないと間に合わないからさ」
「ふむ。これを渡しておこう」
パハミエスは懐からペットボトルのキャップほどの大きさがある、淡い空色のクリスタを取り出し手渡した。
「なにこれ?」
「魔晶石で作ったコンテ・ビオと言う通話機だ」
「これが? へー。で、どうやって使うの?」
「それに向かって我の名を言えば良い」
「パハミエスのじーさん」
大三郎がパハミエスの名を言うと、コンテ・ビオから逆円錐状に淡い空色の光が立ち上がり、その中に目の前に居るパハミエスが現れた。
「おお! すげー! ホログラムだ!」
「大抵は出るが、出れん時もある。その時は履歴が残るから、後にこちらから掛け直す」
「分かった。てか、すげーなぁこれ。アニメや映画で見た事はあるけど、実物だとこうなるんだぁ~。へぇー」
「何か困った事があったら使え」
「分かった。ありがとう、じーさん」
大三郎はコンテ・ビオをまじまじと見た後、大事そうにウエストポーチにしまう。
そこから少し歩くと妖精の泉に辿り着いた。
「ここが妖精の泉だよ。てか、俺達だけであんまり長居はしたくないからパパッと済ませて帰ろうぜ」
元とは言え、森を燃やそうとしたアウタル・サクロの有名人と、闇落ちした自分の二人だけだと何もしなくても誤解されるかもしれない上に、その所為でまたパニティーが泣く事になるかもしれないと心配になり、大三郎はそれだけはどうしても避けたかった。
「ふむ。そんなに時間は掛からん」
パハミエスはそう言うと杖を掲げ、大三郎に「少し下がっておれ」と言うと、大三郎は少し離れた場所でパハミエスを見ることにした。
パハミエスが掲げている杖の先端が曼珠沙華のように開く。すると、パハミエスの腹部辺りに帯状の魔方陣が出現し、それを中心に頭から足元まで幾つもの帯状の魔方陣が次々に現れ始めた。帯状の魔方陣に描かれている何の言語か分からない文字や数式のようなモノが次々と姿形を変えていく。
その帯状の魔方陣は左右対称に時計仕掛けのように動き、カチリと金庫のダイヤル錠がハマった様な動きを見せると、その魔方陣を囲むようにまた新たな魔方陣が出現する。それを幾度か繰り返していると、今度は帯状の魔方陣同士が上下左右と立体パズルの様な動きを見せた。
「ス、スゲーな……」
感動と驚きが混ざり合い呆けた顔になる大三郎。
重圧や圧迫感にも似た魔法による波動、その波動による大気の振動がビリビリと体中を包むように刺激する。戦闘機が音速を超えた時のソニックブームや戦車の砲撃を画像で見るのと、実際に目の前で見るのとでは全く違うくらい、アニメや映画の見事なCGでも伝わらない圧倒的な臨場感を肌で感じ、そしてその美しさに目を奪われていた。
立体パズルのような動きをしていた魔方陣が全体的にカチンと止まると、その魔方陣にクインデコミノのような、規則正しいくも不規則な細かい無数の線が走る。そして、その線の形に魔方陣が光の粒のようにバラバラになると、曼珠沙華のように開いた杖の先端へと集まり、妖精の泉へ導かれるように光の尾を引きながら流れていく。妖精の森とも相まって、それは言葉で表せれない程の幻想的な光景。まるで美しい幻想絵画の中に入ってしまったかのような錯覚に陥るほどだった。
パハミエスの魔力でもある無数にある光の粒は、天の川銀河のように泉一面に広がり、ポツリポツリと星の雫のように落ちていき妖精の泉の水面を揺らす。
雫のようにポツリポツリと落ちていた光は、小雨から雨、そして大雨というように落ちる数を増やしていくと、妖精の泉がこれまた美しい輝きを見せ始め、妖精の泉から放たれる輝きが、星の雫を大雨のように泉に振らせているパハミエスの魔力を包み込むほどの光の柱を立ち上がらせた。
大三郎はその圧倒的で幻想的な美しさに言葉が出ない。
光の柱が消えた後、妖精の泉は水面を宝石のようにキラキラと美しい輝きを見せていた。一瞬だったのか数秒ほどだったのか分からないが、時間の感覚が無くなるほどの光景とその出来事に大三郎は呆然と立ち尽くしていた。
そして、キラキラと輝く妖精の泉の中央に人影がある事に気付く。
「……ターニャ?」
大三郎は呆然としながらも、その人影がターニャだと気付いた。
ターニャは光の粒の尾を引きながら大三郎の下まで飛んでくると、「やっぱりあなたで良かった」と、優しい微笑みを浮かべる。
「何が?」
呆けた顔でターニャを見つめる大三郎。
ターニャは大三郎の質問に答えず、パハミエスに視線を移す。
それにつられ大三郎もパハミエスを見ると、パハミエスは項垂れる様に片膝をついていた。
「じーさん!」
大三郎は慌ててパハミエスに駆け寄る。
「大丈夫か? じーさん?」
「問題ない。少し力が抜けただけだ」
もしこの場に魔法の知識がある者が居たとしたら、妖精の泉を復活させるほどの魔力を注ぎ込んだパハミエスの「少し力が抜けただけだ」と言う言葉に愕然とするだろう。それ程の膨大な魔力だった。
地球で比較するなら、普通の魔法使いの魔力が一般家庭の電力だとすると、高位魔法使いの魔力は大手工場の電力、そして妖精の泉は大都市一個分の電力をまかなえる原子力空母級。
それに復活するほどの魔力を注ぎ込んで、少し力が抜けただけだと言うパハミエスの言葉がどれだけ異常なのかが分かる。だが、大三郎にそんな知識があるはずもなく「そっか。んじゃ少し休もう」で終わるのだった。
「まだやる事がある」
パハミエスはそう言うと、大三郎の肩を借りて立ち上がった。
「無理すんなよ」
「案ずるな。む?」
立ち上がったパハミエスの前にターニャがふわりと飛んできて、「礼を言います」と、胸の前で手を組み頭を垂れた。
「光の妖精か。我は我の為すべき事をしたまで、礼には及ばん」
「そうではありますが、私達の救世主に力添えをして頂いた事に感謝しなければなりません」
「そうか。ならば素直にその礼を受け取ろう」
パハミエスはそう言い返礼をする。
「じゃ、俺も」
大三郎はパハミエスの真似をし、ターニャにただのお辞儀する。
「大三郎はせんでいい」
「え~。俺だってちょっとカッコいい事したいもん」
大三郎は記号の大なり小なりのような目で、その間の口を数字の3のようにし文句を言う。
パハミエスは何が格好良いのか理解できず、大三郎の顔がギャグマンガの手抜きの絵の様な間の抜けた顔に見えた。パハミエスの目に映る大三郎の顔は絵文字で表すなら(>3<)こんな感じだろう。
そんな顔の大三郎を見て、世の全てを理解すより大三郎を理解する方が遥かに難解なのだろうと溜息交じりに思うのだった。
そんな二人を見てターニャはクスクスと肩を揺らし笑う。
大三郎はクスクスと笑うターニャを見て、「あっ」と声を上げ、パハミエスに質問をする。
「じーさんさ」
「何だ?」
「ターニャを見て、光の妖精って言ってたけど、パニティー達と違うの? それともここの妖精達の事を光の妖精って言うの?」
子供向けの教育番組並みの質問の仕方に、パハミエスは「ふむ。大三郎には1から教えねばならんな」と、物知り博士のように答える。
「パニティーと言う妖精とそこに居る妖精は一緒だが、皆が皆そうではない」
「へー」
「パニティーと言う妖精は、自分が光の妖精だという自覚は無いようだがな」
「そうなの? てか、他の娘達と何が違うの?」
「大三郎と同じに選ばれた者だ」
「んん? 選ばれた? 誰に? 神様?」
「大三郎はそうだが、パニティーと言う妖精はこの森そのものにだ」
「この森……? 妖精の森に選ばれたってこと?」
「そうなるな」
「パニティーって、実は凄い娘だったんだ!? マジかぁ~。そっか~。でも、何となく分かるなぁ」
「何がだ?」
「パニティーが森に選ばれたこと」
「ほう」
大三郎は微笑みと苦笑いが混じったような顔で、軽く俯くように視線を落とした。
「もしパニティーが居なかったら、多分、俺……。本当の意味で救世主に成ってなかったかもしれないもの」
「ほう」
パハミエスは興味深げに大三郎の話に耳を傾ける。
「ターニャから自分がやる事は聞いたから、それは分かったけど。それ以外の……、例えば自分の体がさ、どんな風に丈夫になったのかさえ分からない。魔弾てやつを撃たれた時だって、おもちゃ屋で売ってるカラーボールを思いっきりぶつけられたような痛みだけだったし、剣で斬りつけられた時だって定規で思いっきり叩かれた感じだった。痛いことは痛いんだけどね。ほんと、めちゃめちゃ痛いんだけどね」
それを聞いているパハミエスは、「ほう」と言いながら更に興味深げに耳を傾ける。
「爆風で吹っ飛ばされて頭から落ちても、ベッドから落ちた程度の痛みだし。感電してもビリビリッとした痛みはあるけど傷一つないし、じーさんに燃やされた時だって、熱かったけど火傷一つしない。凍っても凍傷になる事もない。ギャグマンガの主人公みたいな体に成ったのかな? って、思ってたというか、……そう思わないと頭がパンクしそうだった……って、言った方が良いのかな?」
大三郎の顔は笑顔だが、どこか苦笑いと言うか困った感じの表情を浮かべている。言葉でどう表現して良いのか、伝わり易いか考えながら話しているようだった。
ガチのコミュ症ならそれはそれで個性だが、大三郎の場合、誰かと会話をする事自体は嫌いではないし苦手でもない。ただ、不運な事に趣味が合う人が周りには余り居らず、その趣味もゲームやアニメなどの限定付きな事もあって話し相手が殆どいなかった。更に、社畜な出不精という事もあり、コミケやオフ会などに行きたくても日時が合わず、休日はどこかに出かけるよりもっぱらPCの前に陣取る生活。そんな日常を送っていれば、女性どころか趣味や気の合う人間と出会う事なんてない。
それに35年も生きていれば、少し会話しただけで気が合わないと分かってしまう事も多々あり、次にその人との会話をする場面に出くわすと、良くある社交辞令的な嫌味にならない程度で早々に話を上手く切り上げたり、町中で会っても相手がこちらに気付いていなかったら、こちらも気付かなかったフリをして避けてしまう癖がついてしまっていた。
仕事以外で精神的に疲れたくないと言う、無意識の自己防衛本能なのかもしれないが、そんな事を続けていれば、事前に用意が出来るプレゼンとは違い、自分の気持ちや考えをその場で伝える事が下手になってしまう。今の大三郎がそうであるように。
「上手く言えないんだけど、……。パニティーみたいに、さ。誰かに心底信じてもらった事なんて無かったし、勿論、俺の事を誰かに自慢してもらった事なんて一度もない。……ましてや、俺の為に泣いてくれた奴なんて……、一人も居なかった」
笑顔を浮かべてはいるが、困りながらも話す大三郎の話をパハミエスとターニャは黙って聞いていた。
「初めて、守りたいって思ったんだ。どんな事があってもさ。初めて……守りたいって。正直に言えば、不安て言うより、今は怖いって思ってる。守れなかったらと思うとさ。だって、神様から使えないスキルばっかしか貰えないんだよ? てか、何であんなのしかくれないんだろ? って、マジで不思議に思うよ」
大三郎がそう言うと、パハミエスは神託の紙に書かれていた神技を思い出し、顎鬚を摘まみながら眉間にシワを寄せ「うむぅ……」と唸る。流石のパハミエスも、あれには相当度肝を抜かれたらしい。
「でもさ、俺にはそれしか無いし……。なのに、使い過ぎると闇落ちってやつをまたしちゃうかもしれない。一番の不安要素は、スキルをどれだけ使うと危ないのか、その回数だって分かんない事だよ。教えてくれる人も居ないしさ」
ターニャほどではないにしろ、パハミエスも救世主について他の者よりは知識がある。そのパハミエスでさえ、神々が何故あんな神技を授けるのか理解できず、大三郎が不安や疑問に思う事は尤もだと頷いた。そして、ぼそりと呟く。
「確かにな……。ふむ。回数か……」
大三郎はチラリとパハミエスを見て、申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。
「じーさんにも言ったけどさ、俺の事を聞ける相手がじーさんしか居ない。だから、じーさんを仲間にしたんだ。仲間にならなかったらしつこく勧誘するつもりだったし。あはは」
申し訳なさそうな苦笑いを誤魔化すように空笑いした後、「それに……、じーさん以外に知られたらマズイ事だってあるから……ね」と、大三郎は視線を落とす。
「ほう。我以外に知られたらマズイ事とな?」
「うん。ま、そんな中でさ、突然、救世主に成ってね? なんて言われて、はい分かりましたなんて言えないよ。言える訳ない」
「まぁ、そうだな」
「パニティーが居なかったら、この森の妖精の娘達と仲良くなる事も無かっただろうし、アネチアの花を貰う事もなかったと思う」
大三郎はそう言いながら、胸に挿している一輪のアネチアの花をそっと触り、サプライズされた朝を思い出す。
「ターニャ」
「なに?」
「ターニャが言ったさ、自分を犠牲にしてでもこの世界を守りたいって思わないかもしれないって言ったじゃん?」
「ええ」
「そんな事ない。そんな事はなかったよ。ちょっとだけしかここに居なかったけど、無駄に35年も生きて来た俺の人生より価値がある世界だよ」
にっこりと微笑む大三郎に、ターニャは少し目を潤ませ「ありがとう」と笑顔を見せた。
「パニティーが居なかったらターニャや妖精の娘達、下手すればじーさんともこうやって――――……そっか。……あはは。……そうだ。うん。そうなんだ。今気づいたよ」
大三郎は話している最中、ある事に気付き思わず笑ってしまった。
「何がだ?」
「パニティーが俺を救世主にしてくれたんだなって。んで、この森に住む妖精の娘達が俺の背中を押してくれた。……ほんと、35にもなって、一人じゃ何も出来ないんだなって痛感するわ。情けない救世主ですよ、ほんと」
大三郎は自分自身の情けなさに苦笑いを浮かべながら溜息をついてしまう。
「惨めでも情けなくても良いのだろう?」
その一言に「え?」と言う顔をしパハミエスを見て、「まぁね。俺はどう頑張ったってカッコ良くは成れないからね」と、笑みを浮かべた。
「ならばそれを貫けばよい」
「貫く?」
「そうだ。人に称えられ語り継がれる者は、誰しも一度は馬鹿と呼ばれるほど己を貫くものだ。そして、無様な姿も、時として格好良く見える事もある。体裁を飾る必要などない、大三郎は大三郎を貫けばよい」
無表情で諭すパハミエスに大三郎はにこりと笑い、「うん。そうするよ」と返した。
パハミエスは大三郎の言葉に「うむ」と言うと、ターニャに視線を移す。
「時に、光の妖精よ」
「何でしょう?」
「パニティーと言う妖精を後釜にする気なのか?」
ターニャはパハミエスの言葉に少し間を置き、「……。そうなるでしょう」と答えた。
そのやり取りを見ていた大三郎は、不思議な顔をしながらパハミエスに質問をする。
「後釜って何?」
「妖精には妖精としてやる事があるのだ」
「そう……なんだ」
大三郎は、パニティーとこの森でお別れなのかなと寂しい気持ちになった。
「光の妖精は監視人と同じで、最初から最後まで救世主と共に居る者」
「え?」
「大三郎よ。パニティーと言う妖精をどんな事があっても守り抜け。それがお主のお主としての使命だ」
大三郎はパハミエスの言葉に電撃を受けたような感覚になった。
「救世主としてじゃなく、俺としての使命……?」
「そうだ」
大三郎は一点を見つめ、自分が言った言葉を何度も心の中で繰り返す。そして、パハミエスの目を見て「分かった」と告げる。
動画で何度も見た、出来ればミックミクにして欲しい架空の美少女。
動画の中で歌う架空の美少女に、心が疲れへこたれた時は何度も何度も励まされ元気を貰った。
その架空の美少女似の、これまた地球では想像上の存在、妖精。この世界では想像ではなく、自分と同じに生きている。そして、その妖精はこんな情けない自分を自慢してくれて泣いてくれる。
唯一と言って良いそんな存在を、心の底から「守りたい」と思わないヲタクはいないだろう。
特に大三郎は普通のヲタクではなく、社畜休日引きニートと言う、社会人なら誰しもダッシュで逃げる要らないコンボを身に付けているモブ。その上、地球では魔法が仕えない『魔法使い』の称号も会得している35歳。
そんな男が、ミックミクにしてくれる妖精を守りたいと思わない方が不自然であり得ない事。
エスカはほっといて、どんなことがあってもパニティーだけは守ろうと心に固く誓う。
――エスカはほっといても大丈夫。強いから。うん、大丈夫。悪口とか意地悪とかじゃない。あいつ凄く強いもの。うん。そう、意地悪とかじゃない。
大三郎は何故か頭の中でも無意識に自分をフォローしてしまう。
――あ。寧ろ、エスカに俺達を守ってもらおうかな? ……ダメだ、ヤツは敵ごと俺を攻撃してくる。いや、寧ろ、俺を攻撃してくる! よし、ほっとこう。いや、寧ろ、何時か必ずゴッド・フィンガーでおっぱいを揉んでやる!
大三郎は、どんな事があってもエスカのおっぱいを揉んでやると心に固く誓うのだった。
エスカが妖精の泉に到着するまで後10分少々。
大三郎が無事でいられる時間も、後10分少々。
大三郎はパニティーに介抱され、夕食まで大人しくしていた。
夕食を済ませた後、パハミエスが妖精の泉に用があるからと大三郎とパニティーに案内を頼むが、パニティーはメルロ達と一緒に昼間に見せてもらったヘンキロの超絶手品や、腹ごなしのダンス教室を楽しんでいるマーヤとリリーの面倒を見なければならず、大三郎達とは一緒に妖精の泉に行けなかった。
森の景色を堪能しながら妖精の泉に向かう道中、そろそろ妖精の泉に着こうかという頃、大三郎はパハミエスに質問をする。
「じーさんさ、妖精の泉に行って何するの?」
「救世主と銀の聖杯に関わる事だ」
「聖杯に?」
「そうだ。銀の聖杯はただの聖杯と違い、妖精の泉が関わってくる」
大三郎はパハミエスの言葉を聞き、不思議そうな顔で聞き返す。
「銀の聖杯とただの聖杯って?」
「この世界に元々ある聖杯は、何かの儀式に使用したり所持する者の地位を確約する物だ。聖杯自体に特別な力がある訳ではない。それ単体では何の効力も無いただのコップだ」
「ただのコップって……」
この世界の人が崇める物でも、パハミエスにしてみれば食器程度にしか思わないのだろうと大三郎は苦笑いを浮かべた。
「それに比べ、神々から授かった銀の聖杯は神話で語り継がれる物。この世界にある聖杯とは全くの別物と言っていい」
「マジで?」
「この世界に元々ある聖杯など人が作った物。比べ物にならんくて当たり前だがな」
「そっかぁ~」
「銀の聖杯のようにそれ単体で効力がある物は、使用を間違うと何が起きる分からん。その為に用途について調べていたのだ」
「んで、妖精の泉が関係するって事ね」
パハミエスはチラリと大三郎を見る。
それに気づいた大三郎は「なに?」と言うような顔で見返す。
「……。珍しく理解したな」
「僕でもそのくらいは分かりますよ? 銀の聖杯の使用について妖精の泉が関係するから案内を頼んだんでしょ? そうでしょ? ね? そう言う事なんでしょ?」
パハミエスの軽口に、大三郎は顔を近づけパハミエスをガン見みしながら言い返し、パハミエスは無表情のまま「顔が近い」と、持っている杖で大三郎の顔を押し返す。
「しょーゆーこちょなんでひょ? ねぇ? じーひゃん? しょーゆーこちょなんでひょ?」
大三郎は杖に負けじと顔で押し返していると、パハミエスは大三郎の顔を押している杖を引っ込め、押し返す勢いで前につんのめってくる大三郎をスッと躱す。
「救世主よ」
「なに? じーさん。てかさ、救世主ってのはやめてくんない?」
「何故だ?」
「ん~。後でメルにも言おうと思ってたんだけどさ。嫌って訳じゃないんだけど、仲間に救世主って言われるのも何か、違うかなぁ~? って」
「そうか。では、何と呼べばよい?」
「普通に名前で良いよ」
「名前?」
「そ。杉田でも大三郎でも、じーさんが呼びやすい名前で良いよ」
パハミエスは少し考え、「ふむ。では、パブロフ」と無表情のまま大三郎を見て言う。
「やめて!」
「何でも良いと言ったではないか?」
「違うのにして!」
「ふむ。では、パブロフの犬」
「犬?! 人じゃなくなった! てか、じーさん、知ってて言ってるだろ!?」
「冗談だ。大三郎」
「じーさんの冗談はエスカ並みに冗談に聞こえないから怖いわ……」
「そうか」
「んで、俺に関わる事ってなに?」
「ふむ。我は暫く共に行けん」
「は? え? なんで?」
突然の意外な言葉に大三郎は目を見開き驚いてしまった。
「我はここでやらなければならぬ事ができた」
無表情のまま答えるパハミエスを見て、大三郎は不安そうにオズオズと尋ねる。
「……森を燃やすとかはやめてよ」
「違う。そんなどうでも良い事ではない」
「いやいや。森を燃やすとかどうでも良いレベルじゃないから……」
このじーさんは、どのレベルだとどうでも良くない事になるんだろう? と、苦笑いを浮かべながら大三郎は心の中で呟いた。
「神託は見たであろう?」
「うん、見たよ。メルがソフィーを抱き締めて凄い喜んでた」
神託に書かれている事を聞いたメルロがボロボロと涙を零し、燥ぐようにソフィーアを抱き締め歓喜していた事を思い出し笑顔になる。
「その事だ」
「え?」
「我がここでやらなければならぬ事。そして、それが共に行けぬ理由」
「どゆこと?」
「神々は何でもお見通しと言う訳だ」
顔は無表情だが、パハミエスの目は何かを物語るように虚空を見つめる。
「……意味が分からないんだけど?」
「では、大三郎に問題を出そう」
「う、うん」
「妖精の泉、銀の聖杯、我。これに共通するものは何だ?」
「……。全く分からない」
「よく考えよ」
大三郎は歩きながら腕を組み、眉間にシワを寄せ首を傾げながら必死に考える。
「ん~……。パッと浮かんだのは、じーさんが銀の聖杯で泉を汲んでソフィーに飲ませる?」
「違う。我ではない」
「じゃあ誰?」
「銀の聖杯は誰にしか使えん?」
「……俺?」
「そうだ」
「ん~? 俺が銀の聖杯で泉を汲んでソフィーに飲ませる? ……それだったら、じーさん関係ないし。それだけで一緒に行けない理由にはならないし……何だ?」
「本当に分からんのか?」
「……。じーさんが関係あること?」
大三郎は首を捻りながら暫く考え、「……。……分かった!」と手をポンと叩き、「じーさんが妖精の泉の力を復活させる!」とパハミエスを見て言う。
「ほう、正解だ」
パハミエスは顎鬚を摘まみ、無表情ながら少し感心した顔をする。
「おお! じーさんやっぱスゲーな! でも、何で一緒に行けないの?」
大三郎はパハミエスの底知れぬ力に目をキラキラさせながら感動するが、肝心な所は全く理解していなかった。パハミエスは少しでも感心した事に落胆を覚え、溜息交じりにぼそりと呟く。
「分かっておらんではないか」
「えー。正解じゃないじゃん」
「我の魔力を泉に与えるのだ」
「魔力を? 魔法で復活させるんじゃなくて?」
「そうだ。他者の魔力を回復させる魔法はあるが、妖精の泉は生物ではない。それに、生物の魔力を回復させる程度の魔法では泉の力は戻らん」
「え? じゃ、じゃあ、魔力を分け与えるって、じーさんの力そのものを泉にやるってこと?」
「そうだ」
飄々とした返答を聞き、大三郎は心配そうにパハミエスの顔を見る。
「じーさんは大丈夫なの? 死んだりしない?」
「死にはせん。が、泉に力を分け与えた後、暫くは魔力の回復に専念せねばならん」
「どのくらい?」
「それは我にも分らん」
「そっか……」
「それまではヘンキロが大三郎を手助けするはずだ」
「魔力が回復したら戻ってくるんだろ?」
「そうなるな」
「分かった。気長に待つよ、って一年以内には戻って来てね。じゃないと間に合わないからさ」
「ふむ。これを渡しておこう」
パハミエスは懐からペットボトルのキャップほどの大きさがある、淡い空色のクリスタを取り出し手渡した。
「なにこれ?」
「魔晶石で作ったコンテ・ビオと言う通話機だ」
「これが? へー。で、どうやって使うの?」
「それに向かって我の名を言えば良い」
「パハミエスのじーさん」
大三郎がパハミエスの名を言うと、コンテ・ビオから逆円錐状に淡い空色の光が立ち上がり、その中に目の前に居るパハミエスが現れた。
「おお! すげー! ホログラムだ!」
「大抵は出るが、出れん時もある。その時は履歴が残るから、後にこちらから掛け直す」
「分かった。てか、すげーなぁこれ。アニメや映画で見た事はあるけど、実物だとこうなるんだぁ~。へぇー」
「何か困った事があったら使え」
「分かった。ありがとう、じーさん」
大三郎はコンテ・ビオをまじまじと見た後、大事そうにウエストポーチにしまう。
そこから少し歩くと妖精の泉に辿り着いた。
「ここが妖精の泉だよ。てか、俺達だけであんまり長居はしたくないからパパッと済ませて帰ろうぜ」
元とは言え、森を燃やそうとしたアウタル・サクロの有名人と、闇落ちした自分の二人だけだと何もしなくても誤解されるかもしれない上に、その所為でまたパニティーが泣く事になるかもしれないと心配になり、大三郎はそれだけはどうしても避けたかった。
「ふむ。そんなに時間は掛からん」
パハミエスはそう言うと杖を掲げ、大三郎に「少し下がっておれ」と言うと、大三郎は少し離れた場所でパハミエスを見ることにした。
パハミエスが掲げている杖の先端が曼珠沙華のように開く。すると、パハミエスの腹部辺りに帯状の魔方陣が出現し、それを中心に頭から足元まで幾つもの帯状の魔方陣が次々に現れ始めた。帯状の魔方陣に描かれている何の言語か分からない文字や数式のようなモノが次々と姿形を変えていく。
その帯状の魔方陣は左右対称に時計仕掛けのように動き、カチリと金庫のダイヤル錠がハマった様な動きを見せると、その魔方陣を囲むようにまた新たな魔方陣が出現する。それを幾度か繰り返していると、今度は帯状の魔方陣同士が上下左右と立体パズルの様な動きを見せた。
「ス、スゲーな……」
感動と驚きが混ざり合い呆けた顔になる大三郎。
重圧や圧迫感にも似た魔法による波動、その波動による大気の振動がビリビリと体中を包むように刺激する。戦闘機が音速を超えた時のソニックブームや戦車の砲撃を画像で見るのと、実際に目の前で見るのとでは全く違うくらい、アニメや映画の見事なCGでも伝わらない圧倒的な臨場感を肌で感じ、そしてその美しさに目を奪われていた。
立体パズルのような動きをしていた魔方陣が全体的にカチンと止まると、その魔方陣にクインデコミノのような、規則正しいくも不規則な細かい無数の線が走る。そして、その線の形に魔方陣が光の粒のようにバラバラになると、曼珠沙華のように開いた杖の先端へと集まり、妖精の泉へ導かれるように光の尾を引きながら流れていく。妖精の森とも相まって、それは言葉で表せれない程の幻想的な光景。まるで美しい幻想絵画の中に入ってしまったかのような錯覚に陥るほどだった。
パハミエスの魔力でもある無数にある光の粒は、天の川銀河のように泉一面に広がり、ポツリポツリと星の雫のように落ちていき妖精の泉の水面を揺らす。
雫のようにポツリポツリと落ちていた光は、小雨から雨、そして大雨というように落ちる数を増やしていくと、妖精の泉がこれまた美しい輝きを見せ始め、妖精の泉から放たれる輝きが、星の雫を大雨のように泉に振らせているパハミエスの魔力を包み込むほどの光の柱を立ち上がらせた。
大三郎はその圧倒的で幻想的な美しさに言葉が出ない。
光の柱が消えた後、妖精の泉は水面を宝石のようにキラキラと美しい輝きを見せていた。一瞬だったのか数秒ほどだったのか分からないが、時間の感覚が無くなるほどの光景とその出来事に大三郎は呆然と立ち尽くしていた。
そして、キラキラと輝く妖精の泉の中央に人影がある事に気付く。
「……ターニャ?」
大三郎は呆然としながらも、その人影がターニャだと気付いた。
ターニャは光の粒の尾を引きながら大三郎の下まで飛んでくると、「やっぱりあなたで良かった」と、優しい微笑みを浮かべる。
「何が?」
呆けた顔でターニャを見つめる大三郎。
ターニャは大三郎の質問に答えず、パハミエスに視線を移す。
それにつられ大三郎もパハミエスを見ると、パハミエスは項垂れる様に片膝をついていた。
「じーさん!」
大三郎は慌ててパハミエスに駆け寄る。
「大丈夫か? じーさん?」
「問題ない。少し力が抜けただけだ」
もしこの場に魔法の知識がある者が居たとしたら、妖精の泉を復活させるほどの魔力を注ぎ込んだパハミエスの「少し力が抜けただけだ」と言う言葉に愕然とするだろう。それ程の膨大な魔力だった。
地球で比較するなら、普通の魔法使いの魔力が一般家庭の電力だとすると、高位魔法使いの魔力は大手工場の電力、そして妖精の泉は大都市一個分の電力をまかなえる原子力空母級。
それに復活するほどの魔力を注ぎ込んで、少し力が抜けただけだと言うパハミエスの言葉がどれだけ異常なのかが分かる。だが、大三郎にそんな知識があるはずもなく「そっか。んじゃ少し休もう」で終わるのだった。
「まだやる事がある」
パハミエスはそう言うと、大三郎の肩を借りて立ち上がった。
「無理すんなよ」
「案ずるな。む?」
立ち上がったパハミエスの前にターニャがふわりと飛んできて、「礼を言います」と、胸の前で手を組み頭を垂れた。
「光の妖精か。我は我の為すべき事をしたまで、礼には及ばん」
「そうではありますが、私達の救世主に力添えをして頂いた事に感謝しなければなりません」
「そうか。ならば素直にその礼を受け取ろう」
パハミエスはそう言い返礼をする。
「じゃ、俺も」
大三郎はパハミエスの真似をし、ターニャにただのお辞儀する。
「大三郎はせんでいい」
「え~。俺だってちょっとカッコいい事したいもん」
大三郎は記号の大なり小なりのような目で、その間の口を数字の3のようにし文句を言う。
パハミエスは何が格好良いのか理解できず、大三郎の顔がギャグマンガの手抜きの絵の様な間の抜けた顔に見えた。パハミエスの目に映る大三郎の顔は絵文字で表すなら(>3<)こんな感じだろう。
そんな顔の大三郎を見て、世の全てを理解すより大三郎を理解する方が遥かに難解なのだろうと溜息交じりに思うのだった。
そんな二人を見てターニャはクスクスと肩を揺らし笑う。
大三郎はクスクスと笑うターニャを見て、「あっ」と声を上げ、パハミエスに質問をする。
「じーさんさ」
「何だ?」
「ターニャを見て、光の妖精って言ってたけど、パニティー達と違うの? それともここの妖精達の事を光の妖精って言うの?」
子供向けの教育番組並みの質問の仕方に、パハミエスは「ふむ。大三郎には1から教えねばならんな」と、物知り博士のように答える。
「パニティーと言う妖精とそこに居る妖精は一緒だが、皆が皆そうではない」
「へー」
「パニティーと言う妖精は、自分が光の妖精だという自覚は無いようだがな」
「そうなの? てか、他の娘達と何が違うの?」
「大三郎と同じに選ばれた者だ」
「んん? 選ばれた? 誰に? 神様?」
「大三郎はそうだが、パニティーと言う妖精はこの森そのものにだ」
「この森……? 妖精の森に選ばれたってこと?」
「そうなるな」
「パニティーって、実は凄い娘だったんだ!? マジかぁ~。そっか~。でも、何となく分かるなぁ」
「何がだ?」
「パニティーが森に選ばれたこと」
「ほう」
大三郎は微笑みと苦笑いが混じったような顔で、軽く俯くように視線を落とした。
「もしパニティーが居なかったら、多分、俺……。本当の意味で救世主に成ってなかったかもしれないもの」
「ほう」
パハミエスは興味深げに大三郎の話に耳を傾ける。
「ターニャから自分がやる事は聞いたから、それは分かったけど。それ以外の……、例えば自分の体がさ、どんな風に丈夫になったのかさえ分からない。魔弾てやつを撃たれた時だって、おもちゃ屋で売ってるカラーボールを思いっきりぶつけられたような痛みだけだったし、剣で斬りつけられた時だって定規で思いっきり叩かれた感じだった。痛いことは痛いんだけどね。ほんと、めちゃめちゃ痛いんだけどね」
それを聞いているパハミエスは、「ほう」と言いながら更に興味深げに耳を傾ける。
「爆風で吹っ飛ばされて頭から落ちても、ベッドから落ちた程度の痛みだし。感電してもビリビリッとした痛みはあるけど傷一つないし、じーさんに燃やされた時だって、熱かったけど火傷一つしない。凍っても凍傷になる事もない。ギャグマンガの主人公みたいな体に成ったのかな? って、思ってたというか、……そう思わないと頭がパンクしそうだった……って、言った方が良いのかな?」
大三郎の顔は笑顔だが、どこか苦笑いと言うか困った感じの表情を浮かべている。言葉でどう表現して良いのか、伝わり易いか考えながら話しているようだった。
ガチのコミュ症ならそれはそれで個性だが、大三郎の場合、誰かと会話をする事自体は嫌いではないし苦手でもない。ただ、不運な事に趣味が合う人が周りには余り居らず、その趣味もゲームやアニメなどの限定付きな事もあって話し相手が殆どいなかった。更に、社畜な出不精という事もあり、コミケやオフ会などに行きたくても日時が合わず、休日はどこかに出かけるよりもっぱらPCの前に陣取る生活。そんな日常を送っていれば、女性どころか趣味や気の合う人間と出会う事なんてない。
それに35年も生きていれば、少し会話しただけで気が合わないと分かってしまう事も多々あり、次にその人との会話をする場面に出くわすと、良くある社交辞令的な嫌味にならない程度で早々に話を上手く切り上げたり、町中で会っても相手がこちらに気付いていなかったら、こちらも気付かなかったフリをして避けてしまう癖がついてしまっていた。
仕事以外で精神的に疲れたくないと言う、無意識の自己防衛本能なのかもしれないが、そんな事を続けていれば、事前に用意が出来るプレゼンとは違い、自分の気持ちや考えをその場で伝える事が下手になってしまう。今の大三郎がそうであるように。
「上手く言えないんだけど、……。パニティーみたいに、さ。誰かに心底信じてもらった事なんて無かったし、勿論、俺の事を誰かに自慢してもらった事なんて一度もない。……ましてや、俺の為に泣いてくれた奴なんて……、一人も居なかった」
笑顔を浮かべてはいるが、困りながらも話す大三郎の話をパハミエスとターニャは黙って聞いていた。
「初めて、守りたいって思ったんだ。どんな事があってもさ。初めて……守りたいって。正直に言えば、不安て言うより、今は怖いって思ってる。守れなかったらと思うとさ。だって、神様から使えないスキルばっかしか貰えないんだよ? てか、何であんなのしかくれないんだろ? って、マジで不思議に思うよ」
大三郎がそう言うと、パハミエスは神託の紙に書かれていた神技を思い出し、顎鬚を摘まみながら眉間にシワを寄せ「うむぅ……」と唸る。流石のパハミエスも、あれには相当度肝を抜かれたらしい。
「でもさ、俺にはそれしか無いし……。なのに、使い過ぎると闇落ちってやつをまたしちゃうかもしれない。一番の不安要素は、スキルをどれだけ使うと危ないのか、その回数だって分かんない事だよ。教えてくれる人も居ないしさ」
ターニャほどではないにしろ、パハミエスも救世主について他の者よりは知識がある。そのパハミエスでさえ、神々が何故あんな神技を授けるのか理解できず、大三郎が不安や疑問に思う事は尤もだと頷いた。そして、ぼそりと呟く。
「確かにな……。ふむ。回数か……」
大三郎はチラリとパハミエスを見て、申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。
「じーさんにも言ったけどさ、俺の事を聞ける相手がじーさんしか居ない。だから、じーさんを仲間にしたんだ。仲間にならなかったらしつこく勧誘するつもりだったし。あはは」
申し訳なさそうな苦笑いを誤魔化すように空笑いした後、「それに……、じーさん以外に知られたらマズイ事だってあるから……ね」と、大三郎は視線を落とす。
「ほう。我以外に知られたらマズイ事とな?」
「うん。ま、そんな中でさ、突然、救世主に成ってね? なんて言われて、はい分かりましたなんて言えないよ。言える訳ない」
「まぁ、そうだな」
「パニティーが居なかったら、この森の妖精の娘達と仲良くなる事も無かっただろうし、アネチアの花を貰う事もなかったと思う」
大三郎はそう言いながら、胸に挿している一輪のアネチアの花をそっと触り、サプライズされた朝を思い出す。
「ターニャ」
「なに?」
「ターニャが言ったさ、自分を犠牲にしてでもこの世界を守りたいって思わないかもしれないって言ったじゃん?」
「ええ」
「そんな事ない。そんな事はなかったよ。ちょっとだけしかここに居なかったけど、無駄に35年も生きて来た俺の人生より価値がある世界だよ」
にっこりと微笑む大三郎に、ターニャは少し目を潤ませ「ありがとう」と笑顔を見せた。
「パニティーが居なかったらターニャや妖精の娘達、下手すればじーさんともこうやって――――……そっか。……あはは。……そうだ。うん。そうなんだ。今気づいたよ」
大三郎は話している最中、ある事に気付き思わず笑ってしまった。
「何がだ?」
「パニティーが俺を救世主にしてくれたんだなって。んで、この森に住む妖精の娘達が俺の背中を押してくれた。……ほんと、35にもなって、一人じゃ何も出来ないんだなって痛感するわ。情けない救世主ですよ、ほんと」
大三郎は自分自身の情けなさに苦笑いを浮かべながら溜息をついてしまう。
「惨めでも情けなくても良いのだろう?」
その一言に「え?」と言う顔をしパハミエスを見て、「まぁね。俺はどう頑張ったってカッコ良くは成れないからね」と、笑みを浮かべた。
「ならばそれを貫けばよい」
「貫く?」
「そうだ。人に称えられ語り継がれる者は、誰しも一度は馬鹿と呼ばれるほど己を貫くものだ。そして、無様な姿も、時として格好良く見える事もある。体裁を飾る必要などない、大三郎は大三郎を貫けばよい」
無表情で諭すパハミエスに大三郎はにこりと笑い、「うん。そうするよ」と返した。
パハミエスは大三郎の言葉に「うむ」と言うと、ターニャに視線を移す。
「時に、光の妖精よ」
「何でしょう?」
「パニティーと言う妖精を後釜にする気なのか?」
ターニャはパハミエスの言葉に少し間を置き、「……。そうなるでしょう」と答えた。
そのやり取りを見ていた大三郎は、不思議な顔をしながらパハミエスに質問をする。
「後釜って何?」
「妖精には妖精としてやる事があるのだ」
「そう……なんだ」
大三郎は、パニティーとこの森でお別れなのかなと寂しい気持ちになった。
「光の妖精は監視人と同じで、最初から最後まで救世主と共に居る者」
「え?」
「大三郎よ。パニティーと言う妖精をどんな事があっても守り抜け。それがお主のお主としての使命だ」
大三郎はパハミエスの言葉に電撃を受けたような感覚になった。
「救世主としてじゃなく、俺としての使命……?」
「そうだ」
大三郎は一点を見つめ、自分が言った言葉を何度も心の中で繰り返す。そして、パハミエスの目を見て「分かった」と告げる。
動画で何度も見た、出来ればミックミクにして欲しい架空の美少女。
動画の中で歌う架空の美少女に、心が疲れへこたれた時は何度も何度も励まされ元気を貰った。
その架空の美少女似の、これまた地球では想像上の存在、妖精。この世界では想像ではなく、自分と同じに生きている。そして、その妖精はこんな情けない自分を自慢してくれて泣いてくれる。
唯一と言って良いそんな存在を、心の底から「守りたい」と思わないヲタクはいないだろう。
特に大三郎は普通のヲタクではなく、社畜休日引きニートと言う、社会人なら誰しもダッシュで逃げる要らないコンボを身に付けているモブ。その上、地球では魔法が仕えない『魔法使い』の称号も会得している35歳。
そんな男が、ミックミクにしてくれる妖精を守りたいと思わない方が不自然であり得ない事。
エスカはほっといて、どんなことがあってもパニティーだけは守ろうと心に固く誓う。
――エスカはほっといても大丈夫。強いから。うん、大丈夫。悪口とか意地悪とかじゃない。あいつ凄く強いもの。うん。そう、意地悪とかじゃない。
大三郎は何故か頭の中でも無意識に自分をフォローしてしまう。
――あ。寧ろ、エスカに俺達を守ってもらおうかな? ……ダメだ、ヤツは敵ごと俺を攻撃してくる。いや、寧ろ、俺を攻撃してくる! よし、ほっとこう。いや、寧ろ、何時か必ずゴッド・フィンガーでおっぱいを揉んでやる!
大三郎は、どんな事があってもエスカのおっぱいを揉んでやると心に固く誓うのだった。
エスカが妖精の泉に到着するまで後10分少々。
大三郎が無事でいられる時間も、後10分少々。
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