異世界で探がす愛の定義と幸せカテゴリー

彦野 うとむ

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妖精の森編

中途半端に生きて来たからこそ分かる事だってある

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 妖精の森。
 大三郎達が宿泊している施設のリビングに、エスカ、メルロ、ソフィーア、パニティー、遊びに来ていたマーヤとリリー。そして、大三郎に連れられた訪問者が二人。
 
 「新しい仲間を紹介します」

 大三郎はエスカ達に新しい仲間を紹介する。

 「えっと、まず、ちょー強ぇじーさん。んで、こっちがピエロ」
  
 おバカがまた馬鹿な事を言っている。
 メルロ達は素直に驚いていたがそんな中、エスカは無表情と言うより何か諦めに近い呆れた顔になっていた。

 「皆、面識有るんだよね? これからさ、このメン――――」
 「杉田様」
 「ん? なに?」
 
 相変わらず能天気な顔でエスカを見る大三郎。
 エスカは大三郎の目の前まで来ると、クレーンゲームのように大三郎の頭をガシッと掴む。

 「馬鹿も休み休み言って頂けませんか?」
 「新しい。仲間を。連れて。きました」

 首を窄め、オドオドしながら休み休み言う大三郎。その瞬間、掴まれている大三郎の頭からメキョっと音が聞こえた。

 「ンぷ」

 ぶら下がる人形のように頭を掴まれたままぷらーんとする大三郎。
 エスカは大三郎を足元に投げ捨て、またとんでもない事をされないよう頭を踏みつける。

 「パハミエス」
 「何だ?」
 「このおバカがあなたに何を言ったのか知りませんが、アウタル・サクロの人間と行動するつもりはありません」
 
 一瞬にしてピンと張り詰める空気。
 メルロ達もその雰囲気に言葉が出ない。

 「我はもうアウタル・サクロの者ではない」
 
 無表情のパハミエスをエスカは無表情ながら鋭い視線で見据え、フンと鼻を鳴らすように口を開く。

 「アウタル・サクロの主要核として、討伐に向かった同盟国の一軍をたった一人で壊滅させた者の言葉を信じろと?」
 「聖騎士に信じてもらう必要は無い」
 「私もあなたの言葉を信じる筋合いはありません」
 
 無表情VS無表情の会話。
 見ている者の心の臓を押し潰しそうなほどの威圧感を放つ二人。
 メルロ達は額から頬へ、頬から顎先へと伝う冷汗を垂らしながら見守る。

 エスカは勿論の事、パハミエスも大三郎の闇落ちを防ぐため行ったラ・レボルテを目の当たりにしたメルロ達にしてみれば、この二人は天上人のような存在。
 もしここで戦いが始まってしまったら、スライムの前で繰り広げられるラスボスVSラスボスの戦いになる。これを止める事ができるのは大三郎ただ一人なのだが、エスカの足元に転がり頭を踏みつけられていて身動きがとれないでいた。
 緊迫した雰囲気から徐々に殺気が混じっていく。
 
 ――さわさわさわさわ

 ゾクゾクゾクっとする感覚がエスカの足から伝わる。
 エスカは慌てて下を見ると、大三郎が見事な指使いでエスカの脹脛ふくらはぎやらをさわさわしていた。

 「な、何をしているのですか?!」

 大三郎の指から逃げるように足をどかす。
 大三郎はゆっくりと立ち上がりエスカを見る。

 「まず、話を聞け」
 「パハミエスの件なら聞く気はありません」
 
 即答するエスカに大三郎は小さく溜息をつき、少し真顔で質問をする。

 「じゃあ、エスカにひとつ聞いても良いか?」
 「何です?」
 「聖騎士長だった頃の使命と、この世界の滅亡。どっちを最優先するべきだ?」
 「この世界の滅亡を阻止する事です」 
 「その為にも、俺はじーさんとピエロが必要だと判断した」
 「それは許可できません」
 「分かった」
 「分かって頂けましたか。では――」
 「エスカ、お前が許可するしないで世界が救えるんだな? なら、俺はお前の判断に従う」

 真顔で真っ直ぐ見つめてくる大三郎。
 雰囲気が何時もと違う。
 エスカは少し考えた後、大三郎に聞き返す。

 「では、パハミエスが居れば世界が救えると言うのですか?」
 「世界を救うのは俺だ。その手助けをしてもらう」

 即答で返す大三郎にエスカは驚いた。
 数日前と今の大三郎が別人に見えてしまう。
 ついこの間まで、どこか他人事のように捉えていた大三郎が、今は自分自身を語るように真っ直ぐ見つめてくる。これほど短期間に人が変わる事は余程の事がない限りありえない。
 疑問が膨らむ。
 
 「何かあったのですか?」
 
 その質問に少し間を置き「……。別に何も無い」と答えた。
 
 包み隠さず言ってしまえば、エスカは必ず一人で背負い込む。
 ターニャに言われた事を全て話してしまえば、エスカは必ず自分を責める。
 言えるはずがない。
 それに言える内容でもない。
 ここに居る皆は一度死んでいるなんてことを……。
 言える訳がない。
 
 その未来は自分がこの世界に着た事で、到来する事のない未来になってはいるが、大三郎が知った事実は消せない。
 エスカもメルロもソフィーアも、そしてパニティーも『存在を許されなかった存在』なんて事は、絶対に認める訳にはいかない。自分の何かと引き換えでも認める訳にはいかない。
 
 大三郎はテーブルの上にちょこんと座っているパニティー達の所へ行き、一人一人の頬を指先で優しく撫でる。
 リリーは恥ずかしそうに、マーヤはにっこりと笑いながら、パニティーは安らぎにも似た笑みを浮かべ大三郎の指先に手を添える。

 「エスカに言っておく事がある」
 「何ですか?」
 
 大三郎はパニティー達に微笑みを浮かべた後、エスカに振り向き真顔で告げる。

 「俺は正義の味方になるつもりはないし、スーパーヒーローになるつもりもない。惨めでも情けなくてもこの世界中の人にどう思われようとも、どんな手を使ってでもこの世界に住む人を救う。その行為が誰かに認められない行為だとしても、俺は迷う事は無い。じーさんだけじゃない。この世界に住む皆を救えるのなら、悪魔でも天使でも味方にする。それが大魔王だろうと大天使だろうとだ」
 
 パハミエスどころか大魔王や大天使すら味方にするなんて発想は、ここに居る誰しもが思わなかったこと。それを真顔で言い放つ大三郎をエスカは驚いた顔で見る。

 「な、何を言っているのですか? 話が飛躍し過ぎです」

 驚いた顔で少したじろいでいるエスカに、大三郎は目を伏せ、自分が情けないと思うような悔しさと悲しげな顔で呟くように言う。

 「俺は今まで中途半端に生きて来たから分かるんだ」
 「……何がですか?」
 「中途半端な俺じゃ無理だってこと」
 
 その言葉にエスカは何も言えなかった。

 「俺は何も出来ない。何も知らない。じーさんやエスカみたいに凄い魔法を使える訳じゃない。パニティーみたいに誰かを癒せる力を持っている訳じゃない。メルみたいに剣を使える訳じゃない。本当に何も出来ない。知識も知恵も無い。だから……。いや、だったら……」

 大三郎は一度唇をギュッと噛み、伏せていた目を見上げ、エスカを真剣な眼差しで見つめる。

 「力を、知恵を、何かの技術を持っている人を、一人でも多く味方にして手助けしてもらうしかないんだ。何の取柄も無くて、何も出来ない俺が唯一出来る事はそのくらいしかない。情けない男だと思われても、惨めな男だと思われても構わない。やれる事は全部やるんだ。やるしかないんだ」

 何をどうすればこの世界に居る人達を救えるのかは誰にも分らない。
 ターニャも全てが手探りと言っていた。
 神託は何を意味するのかも分からない今、この世界の人達を救う前に自分が自分でなくなるかもしれない。だから、やらないで後悔するよりも、やって後悔する方を選んだ。
 
 「さ、さっきから何を……」

 ターニャから全てを聞かされた大三郎の変わりように、何も知らないエスカは戸惑いを隠せないでいた。

 「エスカ!」
 「は、はい……」
 
 突然大声で名を呼ばれ、少し驚いた表情をする。

 「お前は絶対に死なせない」
 「誰かに殺されるつもりはありません」
 「そんな事を言っているんじゃない!」
 「な、何を言っているのですか?」

 ”この世界が滅亡した所為で扉は力を失い、エスカさんは戻って来れなくなった。神々は、エスカさんを青星でも生きられるようにしてたみたいだけど……自ら――――”

 大三郎の頭の中で鮮明に繰り返される言葉。
 勿論、エスカは知らない。
 
 「……死なせてたまるか」
 
 地球にたった一人残され、絶望の淵で自ら命を絶ったエスカを思うと辛くなる。
 両手に握り拳を作りながら目をギュッとつぶり、呟くように言う大三郎をエスカは戸惑いながら見ているしかなかった。そして大三郎はバッと顔を上げ、メルロ達の名を呼ぶ。

 「メル、ソフィー!」
 「な、何だろうか? 救世主様」
 「お前達も絶対に死なせない」
 「あ、ああ……」
 「じーさんもピエロも死なせない!」
 「む?」
 「ヒャ?」

 大三郎はパニティー達に振り向き、優しい微笑みを浮かべながらマーヤとリリーの頭を指先で撫で、「マーヤもリリーも俺が守るって約束したしな」と微笑むと、マーヤは「うん!」と、元気良く可愛らしい笑顔で返事をし、リリーは照れながらにこりと微笑んだ。
 そして、パニティーを見つめ名を呼ぶ。

 「パニティー」
 「なに?」

 大三郎はパニティーを両手で掬うように顔の前まで持ち上げると鼻先をパニティーにつける。

 「えへへ。どうしたのスギタ?」
 
 どんな時もこんな自分を信じ、自慢してくれるたった一人の妖精。
 自分の為に泣いてくれた妖精。

 「必ず守るからな」
 
 大三郎は目を閉じ、誓うように告げた。
 パニティーは大三郎の鼻先に小さな手を添えた後、おでこをつけて目を閉じ、「うん」と返事をし微笑む。
 
 ”決意は遅くとも、実行は迅速なれ”
 
 昔、本で読んだ言葉が頭の中で囁く。
 大三郎はパニティーをテーブルに戻すと、くるりと背を向け玄関に向かいそのまま出て行った。
 それを皆は黙ったまま見ていた。

 部屋の窓から大三郎が見える。
 何処に向かうのか分からなかったが、一同は目で大三郎を追った。
 すると大三郎はピタリと立ち止まり、懐からターニャから貰った鍵を取り出した。

 「あ、あれは!?」

 それを見たエスカは目を見開き、慌てて外に出て大三郎の名を呼ぶ。
 エスカの尋常ではない様子に、リビングに居たメルロ達やパハミエス達も外に出た。

 「杉田様!」

 大三郎は返事をしないままエスカを見る。

 「そ、それを、ど、どこで……?」

 大三郎は何も言わないままエスカを見つめ返している。

 「帰られるのですか?」

 その問いにも答えない。

 「……。そう、ですか……」

 エスカは肩を落とし項垂れる。
 
 「エスカ」
 「……何ですか?」
 「お前が連れて来た救世主はハズレだけどさ。……俺はハズレだけどさ。それでも、ハズレなりに頑張るからさ。どんな事があっても……」
 
 ――自分の何かと引き換えにでも。必ず。……だから言わせてくれ。
 
 大三郎は大きく息を吸うと空を見上げ、鍵を翳しながら叫んだ。

 「我、杉田大三郎はこの世界を救う者! 先人の思いを尊び、引き継ぐ者! 闇夜を払い、夜明けの鐘を鳴らす者!」

 大三郎がそう叫んだ瞬間、周りの空気が一気に変わった。

 「神々に宣言する! 例えどんな七難八苦に見舞われようとも、生きとし生ける者の命をこの手で守り、命を導く!」

 空に浮かぶ雲が大きな輪を作るように大三郎の頭上だけ晴天になった。

 「神々に宣言する! 我、杉田大三郎はこの世界を救う者である事を! この世界に生きる者達の救世主であることを、ここに誓う!!」

 その瞬間、翳していた鍵が輝き出し、空に向かい一筋の光を放つ。
 
 
 ”勇者を超える者よ、己の意志を我らに示せ”
 
 ”勇者を超える者よ、己の覚悟を我らに示せ! 

 ”勇者を超える者よ、さすれば汝の誓いは果たされる”

 
 あの声が聞こえた。
 手にある鍵が柔らかくなるのを感じる。
 大三郎は迷う事無く鍵を力一杯握った。

 パァーン! と、砕け散る鍵。

 今まさに、この世界の救世主が誕生した瞬間だった。
 
 
 ”この世界の救世主よ、汝の決意を受け入れた”

 ”この世界の救世主よ、汝の行く道に幸運あれ”

 ”この世界の救世主よ、この世界に行きとし生ける者を、どうか”

 ””救い給え””


 神々の言葉が『勇者を超える者』から『救世主』と変わった。
 そして、最後に声を揃え”救い給え”と大三郎に告げたのだった。

 空から神々しい光が降り注ぐ。
 その光を一身に浴びる大三郎。
 妖精の森は大三郎を祝福するように、木々や草花、地面からと優しい光の粒が舞い上がる。

 それは、言い伝えに聞いていた救世主の降臨と同じ。
 美化し過ぎているメルロだけではなく、美化していない者でさえもその光景から目を離せなかった。

 空を見上げていた大三郎が「ふぅー……」と、息を吐き手を下ろす。
 そして何時もの顔で、「ま、そゆ事なんで、よろしく頼むわ。あはは」と笑う。

 エスカは大三郎にかける言葉が見つからない。
 メルロやソフィーアは感動の余り固まったまま。
 マーヤとリリーは目をキラキラさせながら大三郎を見ている。
 ヘンキロは素直に「凄い凄い」と楽しんでいた。
 パハミエスは珍しい物を見たと関心をしている。
 
 パニティーは大三郎の下まで飛んで行くと、涙が浮かぶ目で大三郎に「ありがとう」と告げる。
 妖精は何も言わなくても、大三郎がした行為が何を意味するのか何となく分かるのだろう。
 大三郎は涙が浮かぶパニティーの瞼をローブで優しく拭い、「お姫様を守るのはナイトの役目だから」と微笑えみ「ま、格好悪いナイトだけどな。あはは」と笑い、「そんなことない」と、パニティーは大三郎の顔に抱き着いた。

 大三郎が優しい微笑みで顔に抱き着いているパニティーを撫でていると、また大三郎の首元や胸元から光が溢れだした。

 「ん?」
 「どうしたの? スギタ?」
 「いや、何か神託の紙が光ってる」
 「お告げ?」
 「何だろ?」
 
 大三郎は懐から神託の紙を取り出し書かれている文字を読む。


 ”神々との契約は結ばれました。
 これより杉田大三郎は、この世界の救世主と成ります。
 
 八百万神から初回特典の贈り物があります。
  
 初回特典のスキルを習得しました。
 尚、今回のみ習得における対価は有りません”


 大三郎が読み終えると、文字が消える。

 「……ソシャゲじゃあるまいし初回特典って。 10連ガチャみたいなもんか?」

 再び、文字が浮かび上がる。
 それを読み始めると大三郎はフルフルと震えだし、読み終えると神託の紙を放り投げ走り出した。

 「うわぁあああああああああ!!!」

 大三郎の叫び声に一同は驚いた。
 神託の紙がパハミエスの足元に舞い落ちる。それを拾い上げ、書かれている文字を読む。

 「むぅ……」
 「ヒャ―……」

 パハミエスも横から覗き見るヘンキロも言葉が出ない。
 メルロとソフィーアもつま先立ちになりながら斜め後ろから覗き込んだ。

 「あ……あぁ。なん……ん……んん」 

 メルロも唸り、ソフィーアは目を丸くしている。
 エスカはパハミエスの下まで行き、「見せてもらえますか?」と神託の紙を受け取る。



 ”⒈ゴッド・目つぶし。※ゴッド・フィンガー使用時、命中すると暫く視力を奪う。

 ⒉ゴッド・カンチョ―。※一時的に相手の思考と動きを止める。尚、ヘイトは凄い。ゴッド・フィンガーと併用する事により威力は増す。

 ⒊ゴッド・猫だまし。※一瞬だけ相手の動きを止める。ヘイトは無い。

 ⒋ゴッド・死んだフリ。※死んだと思わせる。ヘイトを無くする。怒り相手には追撃を喰らう場合があるので仕様には注意が必要。

 ⒌ゴッド・オヤジギャグ。※相手を爆笑させるか同情を買う。

 ⒍ゴッド・あっち向いてホイ。※強制的に指をさした方に顔を向けさせる。

 ⒎ゴッド・デコピン。※ゴッド・フィンガー使用時のみ発動。
 
 ⒏ゴッド・しっぺ。※ゴッド・フィンガー使用時のみ発動。
 
 ⒐ゴッド・しりとり。※強制的にしりとりをさせる。
 
 ⒑ゴッド・貧乏ゆすり。※足を高速で動かせる。

 ⒒ゴッド・子守唄。※強制的に眠らせる事ができる、時もある。

 ⒓ゴッド・コンボ。※一度のスキル発動でゴッド・シリーズの中で三つまで連続で出せる:ゴッド・猫だまし+カンチョ―+目つぶし、など。 

 尚、特典効果により、覚えようとしなくとも杉田大三郎の記憶に刻まれます。”
 

 エスカは無言になり、大三郎は地面をゴロゴロとのたうち回る。

 「エスカァ……。エスカァ……」
 「はい」
 
 少し離れた所でうつ伏せで泣くように寝転がっている大三郎。
 
 「こんなのしかくれない神様だよ……」
 「は……い」
 「じーさんの力だって、ピエロの力だって必要じゃん……」
 「そ……う、ですね」
 
 エスカはチラリとパハミエス達を見ると、パハミエスは顎鬚を摘まんだまま眉間にシワを寄せ目を閉じている。ヘンキロは長い両手をだらりと下げ小首を傾げていた。

 「ゴッド・貧乏ゆすりってなんだよ……。何処で使うんだよ……? 何に使うんだよ?」
 「わ、分かりません……」
 「貧乏ゆすりでこの世界の皆を救えってか……?」
  
 その言葉に何も言えないエスカ。

 「それにさぁ、ゴッド・子守唄って何だよ……? 寝る時もあるって事は、寝ない時もあるって事だろぉ? 相手が寝なかったら、相手の目の前で子守唄を唄っている俺はただのバカじゃん……」

 その言葉にも何も言えない。

 「頑張ろうって……。これからマジで頑張ろって時にさぁ……、なんで神様が俺の心を折りにくるのぉ? なんでぇ? ねぇ? なんでぇ?」

 徐々に涙声になる大三郎。
 エスカは俯いた後、顔を上げパハミエスの名を呼ぶ。

 「パハミエス!」

 その声に大三郎は”また喧嘩をし始めるのか”と思い、バッと起き上がりエスカの方を見る。

 「何だ?」
 
 エスカは目を閉じギュッと唇を噤み、胸元に右手を当て拳を握る。
 そして、目を開きパハミエスを見る。

 「私は今ここで聖騎士の誓いを捨てます」
 「む?」
 
 その言葉にパハミエスだけではなく、メルロ達も驚きを隠せないほど目を見開く。

 「私は救世主、杉田大三郎の監視人。救世主を補佐し、己の全てを捧げる者。その私からあなたにお願いします」
 「何だ?」
 「どうか、我らの救世主、杉田大三郎に力を貸してください」

 そう言うとパハミエスに向かい頭を下げた。

 「エスカ……」

 その光景に大三郎だけではなく、皆が驚く。
 パハミエスはエスカをジッと見たと、「ふむ」と呟き口を開く。

 「聖騎士――いや、なんと呼べばいいのだ?」
 「エスカでも何でも良いです」
 「ふむ。浅からぬ因縁があろうとも、誓いを捨てるまで覚悟を決めた監視人エスカの言葉を受け入れねばなるまい」

 パハミエスはそう言うと、杖の先で地面をトンと叩き、「我はパハミエス・マルク・ロダリア。救世主、杉田大三郎の力になろう」と宣言をした。
 
 「ありがとうございます」
 「其方の覚悟を見届けたのだ、礼には及ばん」
 「ですが、万が一にでも裏切る事があ――――」
 「ゥゥエスクァアアア!!」
 「きゃあ!」

 何かを言いかけていたエスカの腰にタックルをする大三郎。
  
 「な、何をするんですか?! は、放し――――ッ!!」
 「ゥエスクァアアア!!」
 
 大三郎はエスカの名を叫びながら爆乳に顔を埋め、これでもかと言うくらい顔を左右に振る。

 「やっぱりお前は良い女だぁああ! 爆乳だけが取り柄じゃなかったんだ! こんちきしょー!」
 「は、離れなさい!!」
 「嫌だぁああー!」
 
 余りにも密着し過ぎていて、殴りたくても殴れず、蹴りたくても蹴れない。
 エスカは両腕で大三郎の頭をロックする。

 「エスクァアアア……ア……んぷ。エス……フンぐ。い、息でき、な……」

 大三郎は必死にエスカの腕をタップするが、エスカが離す訳がない。

 「エス……ぐ。エ……エ……ス…………」

 エスカの腕をタップしていた手がパタリと地面に倒れ、エスカは胸元でぐったりとする大三郎を投げ捨てるようにどかし立ち上がる。
 
 「監視人エスカよ」
 「……何ですか?」
 「顔が赤いぞ?」
 「よ、よよ、よけ、余計なお世話です」
 「そうか」
 「そ、それよりも――」
 「心配せずともよい。我に二言は無い」
 「……。そうですか。では、共に行く者として見ても良いんですね?」
 「無論だ」
 「分かりました。それと」
 
 エスカはヘンキロを見る。
 
 「ヒャ?」
 「あなたは何ですか?」
 「ヒャ! これは僕とした事が大変失礼をば。僕の名はヘンキロと――――」
 「こやつも共に行くものだ」
 「ヒャ―! パハミエス! いくらパハミエスでも自己紹介を邪魔するのは良くないよ! 自己紹介は大事――――」
 「こやつはここに居る者を傷つけたりはせんのでな」
 「ヒャ―!! まだ、僕がはな――――」
 「それを信じる根拠は?」
 「ヒャ……」
 「我と約束をしたからな」
 「あなたと?」
 「そうだ。我との約束を破ればどうなるかは、こやつらは理解している」
 「そうですか。分かりました」
 
 エスカはそう言うとヘンキロに向き直る。
 見るとヘンキロは背中を丸めいじけていた。

 「ヘンキロさん。あなたに一つお尋ねします」
 「ヒャ……。……なに?」
 「あなたはアウタル・サクロの者ですか?」
 「……パハミエスに辞めさせられたよ。ものの数秒で」
 
 その言葉を聞き、少し驚いた様子のエスカ。

 「そうですか。では、あなたは我々を傷つける事は無いと信じて良いのですね?」
 「ヒャ……。……良いんじゃない?」
  
 ヘンキロは背中を向けたまま体育座りに近い丸まり方をして答える。

 「分かりました」

 エスカはそう言うとパハミエスと話し始めた。

 「ヘンキロ殿」
 
 いじけているヘンキロに声を掛けるメルロ。

 「ヒャ……。なんだい?」
 「私はメルロ・ラ・ディエレ。こっちの女性は私の無二の親友、ソフィーア・パル・ラムダンだ」

 ヘンキロが顔を上げると、メルロ達は正式な作法で挨拶をした。 

 「ヒャ!」

 ヘンキロは慌てて立ち上がり、「僕はヘンキロ。以後お見知りおきを」と、足を交差させ、左手を後ろに回し右手を下ろすと同時に頭を下げる。

 「それとだ。ヘンキロ殿」
 「ヒャ? なんだい――ヒャ?」

 メルロはヘンキロの長い手を取る。

 「ヒャ~? 何かな?」
 「私とダンスがしたいのだろう?」
 「ヒャ?!」

 メルロはそう言うとワルツを踊り出す。

 「ダンスは得意ではないのだが、ヘンキロ殿はこれから仲間になる者だ。ダンスくらいなら――っと、すまん。本当に得意ではないのだ」

 メルロはつまずきそうになる。
 
 「ヒャヒャヒャ! 気にする事はないよー。ダンスならいくらでも僕が教えてあげるさ。ヒャヒャヒャ! 手品もできるから後で見せてあげるね」
 「本当か? 手品はソフィーも好きなのだ」

 ソフィーアを見るとにこりと微笑んでいる。

 「ヒャ―! そうなのかい? アウタル・サクロに居るよりも、こっちの方が楽しい事がいっぱいあるかもね。ヒャヒャヒャ!」

 ヘンキロはダンス=殺し合いだったのだが、普通にダンスをするのも好きだった。特に手品など誰かに見せ、驚く顔を見るのがとても好きだった。
 アウタル・サクロでは、そう言った事を喜ぶ者は少ない。
 ヘンキロ的にはこっちの方が合っているのかもしれなかった。

 一方、投げ捨てられた大三郎はパニティーに介抱されながら呟く。

 「……。おっぱいでっけ」

 それを聞いたパニティーにペチッと頬を叩かれた。

 「パニティーの方が好きです」
 「知らない」

 頬を膨らませるパニティー。
 そして、自分の胸を見て、(やっぱり、大きい方が良いのかな……?)と心の中で呟く。
 それを察知したのかしてないのか、大三郎は一言、「ちっぱいも好きです」と言い、静電気ライトニングを鼻先に喰らう。
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