異世界で探がす愛の定義と幸せカテゴリー

彦野 うとむ

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妖精の森編

能天気に異世界の常識は通じない

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 朝日が眩しい。
 妖精の森からリトットへ向かう道。
 数日前、エスカと二人で歩いた道が一年近く前の事のように感じる。
 サノスの為に妖精の粉を貰いに行くだけだったはずが、まさかあれだけの事が起きるとは想像もしていなかった。
 
 立ち止まり、後ろを振り向く。
 人生の起点があるとすれば異世界に来た事もそうなのだが、それ以上に大三郎にとっては間違いなく、あの森で出会った妖精達だろう。
 
 漫画やアニメで良く見る、魔法使いが着ている漆黒のローブに身を包み、アネチアの花を胸に挿す今の姿。コスプレをした事はないが、もし、地球でこんな格好をするならコスプレする以外は着る事はないだろう。
 それと、ミルミネから貰った白柄に可愛い花びら模様が沢山付いたショルダーバック。
 ショルダーバックは、以前、妖精の森に迷い込んでしまった職人が数日泊めてもらったお礼にと、特別な何かの皮で作った物らしい。
 妖精には大き過ぎて使えないし、持っていればこれから何かと役に立つはずと渡された。
 花びら模様は、妖精達が大三郎の為にこしらえたアップリケを特別な技法でくっ付けたらしい。
 聖舞式の儀をやる前に妖精の娘達で作ってくれたと聞いた時は、自分に似合う似合わないは別として素直に嬉しかった。

 大分余っているローブの裾を引きずらないよう、腰の部分で手繰り寄せ、これまたミルミネに貰ったウエストポーチで止めている。このウエストポーチも職人が作った物らしいが、こちらはブラックドラゴンの皮で作った物で、頑丈な上、魔法耐性が物凄いらしい。これには花びらアップリケは付いていなく、漆黒のローブと色が一緒な所為もあり、傍から見ると同化しているように見える。

 大三郎は思った事を呟く。
 
 「ドラゴンとか本当に居るんだぁ。……絶対、会いたくないな」

 見事なくらいフラグを立てた。
 神々が「絶対、会わせてやろう」と思うくらい、それはそれは見事なまでにフラグを立てた。 
 大三郎は言い知れぬ悪寒にブルッと体を震えさせリトットへ向かう。

 暫く歩くとメルロ達を助けた場所に差し掛かった。その時、人影がある事に気付く。
 目を凝らし人影を見るとパハミエスが立っていた。

 「あれじーさんだよな? 何やってんだ?」

 大三郎はてくてくと歩いてパハミエスに近づく。

 「じーさん。こんな所で何してんの?」
 「お主を待っておった」
 「俺を待ってた? なんで?」
 「お主にちょっと用があってな」
 「俺に? なに?」

 キョトンとする大三郎。パハミエスは杖で地面をトンと叩くと、西日に伸びる影の中に片膝をついた忍者っぽい男が現れた。

 「うお! 忍者だ! え? え? 俺に忍者を会わせたかったの? てか、どっから現れたんだ?」

 何故かテンションが上がる大三郎を忍者っぽい男は気に留める様子も無く、片膝をついて俯いたまま微動だにしない。

 「お主に会わせたいのはこやつではない」
 「え? じゃあ誰?」
 
 パハミエスはチラリと忍者っぽい男を見ると、忍者っぽい男は忍者っぽく消えた。

 「うお! 忍者どこ行った? 忍者!」

 更にテンションが爆上がりする大三郎。
 キョロキョロと見渡すと、地面に自分とパハミエス以外の影がある事に気付き上を向くと、忍者っぽい男が空中に飛び上がっていて数本のクナイを両手で地面に投げつける瞬間だった。
 放たれたクナイは円形状に地面に刺さり、忍者っぽい男は地面に着地するまでに印を数回結び、着地と同時に片手で地面を叩くと、円形状に刺さっているクナイを繋ぐように魔方陣が浮かび上がった。

 「うおー! すげー! かっけー!」

 大三郎のテンションは最高潮。
 忍者っぽい男はスクッと立ち上がると、肘を立て再び印を数回結ぶ。
 『臨の印』を結んだ後、何やら呪文のような言葉をブツブツと言うと、結界に向けて『在の印』を結んだ。すると、魔方陣が光り出し人が現れた。
 
 「な?! 人? 女? す、すげー」

 意識がある時にロシル以外で魔法が発動する瞬間を見たのは初めてだった事もあり、大三郎はその凄さに目を奪われ感動していた。だが、その感動もすぐに驚きに変わる。
 転移された女性は魔方陣の中で髪を振り乱しながら暴れ出した。

 「アアアア! アアアア!」

 魔方陣は転移と結界が施されており、見えない壁があるようで女性は魔方陣の中からは出られない様子だった。それでもお構いなしに見えない壁を叩きまくる女性。
 その光景を見た大三郎はドン引きする。

 「な、なな、なに? どうしたのこの人? すげー暴れてるんだけど」
 「私からご説明いたします」

 忍者っぽい男は大三郎に向き直る。

 「あ、忍者さん。お願いします」 
 「……。私はパハミエス様の配下の者でサイガと申します」
 「あ、はい。サイガさん」
 「この女性はどこかの村娘で、元々は冒険者を生業としていた者のようです。そして、妖精を斬った者でございます」
 「え? この人が?」
 
 大三郎は目を丸くして女性を見る。

 「はい。私がパハミエス様からお預かりしている魔剣をエブルット様がパハミエス様の許可を貰っていると偽り、私の魔剣をこの者に渡しました」
 「クソぶりットが嘘をついて魔剣てやつをサイガさんから取り上げて、この人に渡したのか?」
 「はい。魔剣は訓練を受けていない者が所持すると、精神を魔剣に支配されこのようになってしまいます。エブルット様はこの者が妖精を斬った後、放置すると仰いましたが私達が砦にて保護、管理しておりました」
 「放置?! あんのやろぉ~! 人をこんな風にしといて使い捨てみてーにぃ!」
 
 大三郎の怒りが頂点に達しそうになる。

 「落ち着け、救世主よ」
 「でもよ、じーさん!」
 「聞け」
 
 パハミエスの諫める様な口調に大三郎は口を尖らせ黙る。

 「この者を救う方法はいくつかあるが、その殆どがこの者の精神を傷つけるやり方だ」
 「精神を傷つける? 傷つくとどうなるんだ?」
 「良くて精神病患者、悪くて廃人だ」
 「なっ?!」
 
 パハミエスの言葉に絶句する大三郎。
 
 「そこでお主の出番と言うわけだ」
 「俺の? ……。まさか、ゴッド・フィンガーって事?」
 「そうだ」
 
 パハミエスの返答に大三郎はチラリと女性を見る。
 物凄い勢いで魔方陣の中でホラー映画に出てきそうな女性のように暴れている。
 
 「こ、怖いんですけど……」
 「では、放置するか?」
 「え? ……そ、それは」
 「出来んだろ?」 
 「ま、まぁ、放置はちょっと……」
 「このままだと誰かに危害を加え、捕らえられた上で処刑されるだろうな」
 「そ、それもぉ、ちょっとぉ~、ねぇ」
 「では、どうする?」
 「……じーさんが、魔法でちょちょいと」
 「精神を傷つけてしまうとさっき言っただろう? 聞いておらんかったのか?」
 「あ、はい。すみません。聞いてました」
 「では、どうする?」

 もうこれはやるしかないパターンだと悟る大三郎。
 
 ――怖いけどやるしかない。

 チラリと女性を見る。

 ――マジ怖ぇえええ!!

 頭をプルプルと震えさせ本気で怖がる大三郎を尻目に、パハミエスはサイガに結界を解くように命令をする。
 
 「サイガ」
 「はっ」

 サイガは印を数回結び、結界を解除した。

 「よ、よぉ~し。が、頑張って、お、おっぱい、も、揉むぞぉ。もも、揉みまくるぞぉ……」
 
 大三郎は道の端まで歩いて行くとショルダーバックをそっとに置き、振り返りながらパハミエスに声を掛ける。

 「んじゃ、じーさん! 魔法を解除してくれ!」
 「もう解除しておるぞ?」
 「え?」

 その言葉に驚いてパハミエスを見た後、女性の方を見ると物凄い勢いで襲い掛かってきている。

 「アアアアアア!!」
 「ひぃぃいいいいい!!」

 大三郎は逃げ出した!
 しかし、まわりこまれてしまった!
 女性の攻撃。大三郎は数回、顔面を引っかかれ114514ダメージ!
 大三郎の攻撃。大三郎は逃げ出した!
 しかし、まわりこまれてしまった!
 女性の攻撃。大三郎は数回、顔面を殴られ45451919jpダメージ!
 大三郎の攻撃。大三郎は逃げ出した!
 しかし、まわりこまれてしまった!
 
 「何をしておる?」
 「た、助けでー!」
 「神技を使わんか」
 「こ、怖ひぃいい!」
 
 女性は大三郎を押し倒し顔面に噛みつこうとしている。
 大三郎は女性の顔を必死に押さえ食い止める。

 「アアアアアア!!」
 「ひぃいいいい!!」

 泣きそうになっている大三郎。
 サイガはそれを見て不思議に思う。

 「パハミエス様」
 「ん?」
 「本当にあの者が救世主なのでしょうか?」
 「ああ。本物の救世主だ」

 パハミエスが嘘をつく人物ではない事は重々に承知しているサイガだが、どう見ても戦い方が素人。
 特別なにかある訳でもなく、一般人がただ必死に食われないようにしているにしか見えない。
 サイガは徐に拳を握り、吹き矢を噴くように拳を口元に当て「フッ!」と、空気を吐く。
 すると、大三郎の顔面に喰らいつこうとしている女性が突然片目を押さえ大三郎から離れた。

 「余計な事をするな」
 「はっ。申し訳ございません」

 サイガも何故自分が助ける様な事をしてしまったのか分からなかった。
 パハミエスはそんなサイガを見て、何か悟った様に「ふむ」と頷く。
 その時、大三郎の大声が響き渡った。

 「ひとーつ! 一つのおっぱい見つければ! ふたーつ! 二つの乳首がそこにある! みーっつ! 見事に抓んでみせようこの指で! 怖いけどおっぱい揉ませて頂きます! ありがとうございます!」
 
 女性が自我を持っていたのなら、大三郎のトンチンカンな言葉に遊び人にお尻を触られ身動きが取れなくなった女戦士のようになるのだろうが、魔剣に精神を乗っ取られている女性には効果が無い。
 女性は片目を赤くさせ、大三郎に再び襲い掛かる。
 
 「アアアアアアアアア!!」
 「ひぃいいいいい!!」
 
 流石のパハミエスも無表情ながら呆れたように告げる。

 「馬鹿な事を言ってないで早よせい」
 「ス、スキル発動! ゴッド・フィンガー!」

 襲い掛かる女性の胸をスキルを発動させた右手で押さえ揉む。
 揉んで揉んで揉まれて揉んで揉み疲れて眠るまで揉んで、やがて女は激しくイクのでしょう。
 そんな何かの替え歌が聞こえてきそうなほど、大三郎は揉みまくった。

 「あーーーーっ!」

 女性の声が響き渡る。
 その瞬間、女性の体から黒味がかった紫の煙状の何かがぶわりと浮き上がった。
 女性はドサッと地面に倒れぐったりとしている。
 煙状の物は大三郎の目の前で人の上半身ほどの大きさの塊となっていく。
 大三郎が呆然と煙を見ていると、徐々に何かの形へと変化していった。それは頭蓋骨のような形となる。

 「その煙を掴め!」
 
 パハミエスの大声に、大三郎は反射的に右手でその煙の顔面を握ると、「ギャァアアア!」と言う悲鳴と共に、バシュンと音を立て霧散した。
 息を切らせながらへたり込む大三郎。
 
 「な、なに今の?」
 「魔剣の一部だ」
 「魔剣の一部?」
 「そうだ。魔剣は精神を乗っ取り、自分の一部を乗っ取った者に寄生させる」
 「マ、マジで?」

 引きつった顔でゾッとする大三郎。
 パハミエスはサイガに振り向く。

 「どうだ? これで分かっただろう?」
 「はっ。一部とはいえ、魔剣を一撃、それも片手で触れただけで消滅させれる者はパハミエス様と並ぶ力があるという事。我ら透破すきはの者は、その方を本物の救世主と認識致します」
 「ふむ。分かれば宜しい。だが、一つだけ違うぞ」
 「何でしょうか?」
 「我以上だ」
 「は?」
 「我の力など、この者に及ばぬ」
 「な、なんと?!」
 
 あからさまに動揺する忍者っぽい男。
 
 「ちょーっと待って! じーさん、ホント、ね? やめて。ね?」
 「何をだ?」
 「誤解を招くような事を言うのはやめて」
 「誤解?」
 「そう! じーさんがちょー強ぇーって事は知ってる。そのじーさんがそんな事を言えば誤解されるでしょ?」
 
 パハミエスは少し考え、大三郎を見る。

 「たまにお主が何を言っているのか分からん時がある」
 「分かってくれなくてびっくりする! マジでびっくりする!」 
 
 パハミエスに対して間髪入れず、大声でツッコミを入れる大三郎を見てサイガはただただ驚くばかり。
 そんな中、大三郎の首元や胸元から光が溢れだした。

 「む? 何だその光は?」
 「え? あぁ、これ。てか、このローブ便利だよ。内側に色々しまえるポケットがいっぱい付いてるんだ」

 大三郎はローブの中にしまっていた神託の紙を取り出した。

 「そのローブは魔術師専用のローブだからな。魔術に関する巻き物や書物なども余裕で入るだろうて」
 「そうなんだ。超便利――って、今回は何が書かれてんだろ?」

 大三郎は取りだした神託の紙を見る。
 

  ”サブクエスト 冒険者の胸を揉み倒せ” 完了。

 銀の聖杯を使用可能になりました。 


 「……。どゆ意味?」 

 神託の紙に書かれている短い文章を見ながら小首を傾げる。

 「それは何だ?」
 「これ? 神様に貰った俺専用の神託の紙ってやつだよ」
 「ほう。神々から。して、何と書かれておった?」
 「銀の聖杯を使用可能になりましたって」
 「ほう。銀の聖杯とな」
 「うん。……使用可能になったって、何に使えばいいんだろ?」 

 興味津々の様子で話を聞いていたパハミエスは、顎鬚を摘まみ撫でながら思考を巡らせ口を開く。

 「が、ではなく、を、と言う事は、それもお主専用と言うわけか」
 「え? どゆこと?」
 「聖杯が使用可能になったとあらば誰でも使えるという事だが、聖杯を使用可能になったと書かれてあるならば、お主だけが聖杯を使えるという事だ」
 
 パハミエスの説明を聞き、大三郎も思考を巡らせる。

 「……。で、何に使うんだ?」

 何も分からなかった。

 「神々から何かを授かるという事は、お主に関わる物だ」
 「俺関連? ……てか、聖杯って何?」
 「何とは?」
 「いや、言葉のまんまだけど」

 二人の間に沈黙が流れる。
 「もしや」と「まさか」が同時にパハミエスの脳裏を過る。

 「お主、聖杯が何なのか知らんのか?」
 「うん」

 間の抜けた顔でパハミエスを見る大三郎。
 顎鬚を摘まみ撫でていた手が止まる。
 
 「お主は青星から来たのだったな?」
 「そうだよ?」
 「この世界に関わる予備知識はどのくらいある?」
 「滅亡以外は無いよ」
 
 間の抜けた顔で鼻をほじりながら答える。
 この星に来た英雄や勇者でさえ、ある程度の知識を教え込まれるもの。だが、大三郎は何も知らない。知らな過ぎるほど知らない。
 
 「あ。この先のリトットとかは知ってるよ」

 局地的過ぎる知識。
 
 「この星の名は知っているか?」
 「知らない」
 「この国の名は?」
 「知らない。あ、妖精の森は知ってるよ」
 
 幼児を相手にしている気分になるパハミエス。
 
 「そうか……」

 パハミエスはそう言うと何やら考え込む。
 サイガは横たわっている女性を介抱している。
 大三郎は徐にとんでもない事を言い出す。

 「じーさんにさ、頼みがあるんだ」
 「何だ?」
 「仲間になってくんない?」
 「何?」
 「俺の仲間になって欲しいんだ」

 その言葉を聞いたサイガも驚きあまり顔を見上げる。
 パハミエスは大三郎と会った事で無機質だった顔は無表情に変わっていた。
 無機質と無表情とでは大分違う。
 美術室にある胸像のような、無機質で人としては不自然な顔から、色んな表情はあるがだけの顔の大きな違い。
 その無表情の顔の眉がピクリと少し動く。だが、傍から見れば無表情のままに見える顔でパハミエスは大三郎をジッと見る。
 
 「駄目かな?」
 
 間の抜けた顔でヘラヘラと笑うように小首を傾げながらパハミエスを見る大三郎。
 
 「後さ。ダルトとかも仲間になってくれないかなぁ?」

 パハミエスだけではなく、この世界の事を少しでも知っている者から今の大三郎を見たら、「この能天気男は何も考えていなさそうな顔で、何てとんでもない事を言うのだろうか?!」と、驚愕するだろう。それを代表するかのように、サイガは石像のように固まっている。
 この世界でアウタル・サクロの名を聞けば、魔族でさえ道を譲ると言われるほど。その中で、パハミエスは最も恐れられている人物。その相手にヘラヘラと笑い仲間になってくれと平然と言っている。
 
 「お主は何故、我を仲間にしたいのだ?」
 
 至極当然の疑問。

 「じーさん、ちょー強いから」

 単純バカの至極当然な返答。
 
 「それだけか?」
 「後、色々知ってそうだし」
 「知ってそう?」
 「この世界の事とか、魔法の事とか、その他諸々とさ」
 「聖騎士に聞けばよかろう?」
 
 確かに、元聖騎士長だったエスカなら様々な知識は身に付けているはず。
 パハミエスの言葉は当然と言えば当然だろう。
 大三郎はヘラヘラ顔に少しだけ苦笑いが混じった顔になる。

 「……聞けない事もあるんだ」
 「聞けない事?」
 「ま、色々とね。あるのよ」

 大三郎はそう言うと、またヘラヘラ顔に戻る。

 「ほう。色々とな?」
 「そ。それにじーさんだってさ、俺の事を知りたいって言ってただろ? 俺の仲間になれば間近で俺を観察できるじゃない? 近くに居てくれれば俺も知りたい事があればすぐに聞けるし、じーさんも俺の事が知りやすい。win-winになれるってことさ」
 「うぃんうぃん?」
 「お互い得するって事」

 パハミエスは大三郎の言葉を聞き少し考えた後「……。ま、良かろう」と告げる。

 「マジか?! 本当だな?! じーさん!」
 
 興奮気味に聞き直す大三郎。

 「二言は無い」
 「よっしゃー! 初回でラスボスゲットだぜ!」
 
 ガッツポーズを取りながら大喜びする大三郎。だが、大声で喜んでいた大三郎はピタリと動きを止めパハミエスを見て一言。
 
 「アンババ・何とかは辞めてね?」
 「アンババ? ……アウタル・サクロの事か?」
 「そう、それ。何かさ、エスカがそれを言う度に、じーさんに食って掛かるじゃん? んだったら、辞めたら食って掛かる事も減るんじゃないかなって思ってさ」
 
 サイガはエスカと言う名を聞いてすぐにエスカ・ぺルトルだと理解する。
 パハミエスがアウタル・サクロを辞めたからと言って、今までの因縁が消えるはずもない事はサイガでなくとも分かる事なのだが、その前に、パハミエスにアウタル・サクロを辞めろと言う時点でこの世界に居る者は異次元の言葉に聞こえてしまう。
 パハミエスはアウタル・サクロの中心的人物。本人はそう思っていなくとも実質的にそう見られている。
 
 「良かろう」

 軽く承諾するパハミエスにサイガは驚き、立ち上がりパハミエスを止めようとする。

 「パハミエス様! 何を言っておられるのですか?!」
 「何がだ?」
 「アウタル・サクロを抜けるおつもりですか?!」
 「そうだが?」
 「なっ!?」

 パハミエスの飄々とした返答に言葉を失うサイガ。

 「少し待っておれ」

 パハミエスはそう言うと転移魔法で姿を消した。
 ほど良い西日の温かさと、少し夜の冷たさが残る風がとても気持ちよく大三郎達に吹く。
 それに合わせ、雀のような小鳥の囀りが心地よさを増してくれる。
 そんな中、サイガは呆然とした顔で石化し、大三郎はゆっくりと腰を下ろしパハミエスが帰ってくるのを待っている。

 「良い天気だね」

 良い天気より、能天気な大三郎に何を言って良いのか分からないサイガ。
 
 「この女の人、大丈夫なの?」

 女が大丈夫などより、お前の頭は大丈夫か? と思うサイガ。

 「何か、寝てるっぽいだけみたいだから大丈夫そうだね」

 胡坐をかいたまま女性の顔を覗き込んでいる大三郎。
 それから5分くらいしてパハミエスが戻って来た。

 「パハミエス様!?」

 転移魔法で戻って来たパハミエスにサイガは駆け寄り片膝をつく。

 「ふむ。辞めて来たぞ」
 「なっ!?」
 「そっか、んじゃ行こっか」
 「何処にだ?」
 「妖精の森。皆に紹介する――って駄目だ。この女性をどうにかしないと……。妖精の森にこの女性を連れて行く訳にはいかないし……。よし! まず、リトットへ行こう」
 「リトットへは何しに行くのだ?」
 「サノスって子に用事があって行くんだったんだけどさ、ついでにエスカ達を連れて来るまでこの女性を預かっててもらおうと思ってさ」
 「ふむ。良かろう」

 大三郎はそう言うとショルダーバックを肩に掛け、女性を背負おうと立ち上がる。

 「お、お待ちください! パハミエス様!」
 「何だ?」

 サイガは慌ててパハミエスを呼び止めた。

 「パハミエス様がアウタル・サクロを抜けられるのであれば我らはどうすれば宜しいのですか?!」
 「ふむ。好きにすれば良い」
 「す、好きにすれば……とは?」
 「言葉の通りだ。お主らの好きにすれば良い」

 その言葉に愕然とするサイガ。
 何やら空気が重く感じて何かを考えている大三郎は、これまたとんでもない事を言い出す。

 「んじゃ、サイガさんも仲間になれば良いじゃん?」

 サイガは大三郎の言葉に、何を言っているんだ? と、言わんばかりに目を見開く。
 
 「ふむ。そうだな。だが、大変になるぞ」
 「え? 大変? 誰が? ……も、もしかして、お、俺が?」

 大三郎はパハミエスを見ながらオロオロしだす。

 「いや、この者らがだ」
 「え? どゆ事?」
 「我がアウタル・サクロを抜けた今、アウタル・サクロの者と対峙する時も来るだろう。当然、この者らも仲間になれば、この者らもアウタル・サクロの者らと対峙する事になると言う事だ」

 それを聞いた大三郎は少し考える。
 
 「んじゃ、元仲間と戦う事になっちゃうって事かぁ……。それはマズイな」
 「我ら透破の者は、アウタル・サクロに仲間などおりません。あくまでも我らは我ら」
 
 サイガは大三郎にそう言い、そしてパハミエスに片膝をつき「パハミエス様以外に透破の者が仕える事もありません」と、頭を垂れる。

 「その忠義、痛み入る」
 「勿体なきお言葉」
  
 パハミエスはサイガを見下ろし、顎鬚を摘まみ撫でながら少し考える。

 「ふむ。その忠義に応え、この者らの責は我が負おう」

 パハミエスがそう言うと、サイガは片手の拳を地面に立て更に頭を垂れる。

 「んじゃ、サイガさんも俺らの仲間って事で良いんだね?」
 「そうだな。その前に――ちょっと待っておれ。すぐ戻る」

 パハミエスはそう言うと転移魔法で姿を消したが、ものの数秒で戻って来た。

 「こやつも共に行かせよう」
 「ヒャ?」
 「お! ピエロ。お前も仲間になるのか?」
 「ヒャ?」
 「ダルトは少し事情があって連れては来れぬ」
 「そうなんだ……。残念だ」
 「ヒャ?」
 「ま、事情があるなら仕方ないよね。サイガさんとピエロ、これから宜しく!」
 「我らはパハミエス様の仰せに従うだけ」
 
 サイガはパハミエスに頭を垂れたまま答える。

 「ヒャ?」

 突然連れて来られたヘンキロは良く分かっていない。
 と言うよりも、この事をエスカが知ったらどうなるか。
 一悶着で済めば良いのだが……。
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