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妖精の森編
選択は君次第
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何の取柄も無く、何の特技も無く、自慢できるものは特に無く、何処にでも居るモブ的一般人。
下手をすれば、一般人の中でも下層。
平日は有給も取らせてもらえない社畜で、休日は彼女が出来た事がない上、人付き合いも無いため、もっぱらPCの前に陣取る生活。
小説やアニメを見た後は何時も妄想に耽り、頭の中で都合の良い主人公を演じていた。
異世界に行けたら「俺TUEEEEE!」に成れると思っていた。
美女や美少女にチヤホヤされるハーレムがあると思っていた。
何をやっても都合の良い世界が待っていると思っていた。
『現実はそんなに甘くはない』
仕事でも私生活でも嫌と言うほど味わい、妄想に逃げ込む切っ掛けになった事を、ここでも思い知らされる。
ここにあったのは、残酷な現実と涙が出るほど情けない自分。
変態の技しか使えない名ばかりの救世主。
その技も対価が必要な課金制。
美女に会っても電撃されるか変質者扱い。
唯一の心の拠り所な美少女は、神々がやった事とは言え、自分が居なかった所為で一度滅亡によって死んでいる。
本当に現実は甘くない。
小説やアニメの主人公のように現状をすぐ理解でき、すぐに行動できる事なんてない。
何も分からないという現実が鏡のように、何も出来ない今の自分を見せつけてくる。
それでも、守りたい、救いたいと強く思えば思う程、手が震えるほどの不安が伸し掛かってくる。
それをやるのは他でもない自分だから。
「前の救世主も、だいざぶろーのように泣いてくれていた」
「……え?」
不意な言葉に大三郎はターニャの顔を見る。
「妖精の間で語り継がれるお話。幼い妖精達が好きなお話」
「それって?」
「ヴィレア・ステイリーからの贈り物」
「リリーが好きな本の……」
「”私は何も分からない、何も出来ない。神々ですら教えてはくださらない。だけど私は、私の指を握るこの小さな手を、小さな妖精を守りたいのです。”そう言って、ヴィレアは泣いてくれるの。今のだいざぶろーのように」
「それって、前の救世主の話なの?」
「そうよ」
――だから俺と被らせていたのか……。
「……前の救世主は、この世界を守ったんだよね?」
「この世界と言うより、私達を守ってくれた。今も」
「今も?」
「ええ。今も」
「えっ……? てことは、この世界の何処かに居るって事?」
「数百年前の事ですもの、流石に居ないわ」
ターニャはそう言い、にこりと微笑む。
「そ……うだよな。居る訳ないよな」
肩を落とす大三郎。それを見てターニャはクスクスと笑う。
「な、なに?」
大三郎は、クスクスと笑うターニャをキョトンとした顔で見る。
「凄い顔。ふふふ」
「え?」
決してイケメンとは言えない顔が、涙と鼻水で更にイケメンとはお世辞でも絶対に言えない顔になっていた。
「あ……」
大三郎は自分の顔が更に酷い顔になっている事に気付く。
「ご、ごめん。いい年のおっさんが、泣くとか、見っともないよね。はは……」
大三郎はそう言いながら苦笑いを浮かべ、ローブで顔を拭う。
ターニャはとても優しい顔で大三郎を見つめていた。
「だいざぶろー」
「な、なに? コホン、コホン」
大三郎は顔を拭いながら返事をするが、ほんの少し、自分の声がまだ涙声になっていて気恥ずかしそうに、声を戻そうと咳をする。
「これを、だいざぶろー、あなたに」
ターニャはそう言うと、両手の手のひらを上に向け、胸の前に持ってくると、目を閉じ小声で何かを唱える。すると、ターニャの両の手のひらの上が輝き出し、そこに一般的な消しゴムほどの大きさがあるサファイアが出現した。
ターニャはそれを大三郎に渡す。
「これは?」
「鍵よ」
「鍵?」
「そう。だいざぶろーが青星に帰る為に必要な鍵」
「帰る……ための、鍵?」
「そう。それを扉に押し当てれば扉が開くわ」
大三郎は渡された扉の鍵を見つめる。
鍵の形状とは程遠い、ペアシェイプのサファイア。
「これを、どうしろと?」
大三郎はキョトンとした顔でターニャを見つめた。
ターニャはそんな大三郎を真っ直ぐに見つめ返す。
「だいざぶろーの好きに使えば良いわ」
「好きに?」
「そう」
それ以上、ターニャは何も言わず、パニティーを優しい眼差しで見つめ頬を撫でる。
大三郎はターニャから手に持っている鍵に目を移す。
滅亡が起きるなどとは思えないほど、静かで平和な妖精の森の夜。
心地よい夜風が悪戯程度に髪を揺らし、木々には葉擦れを奏でさせる。
それに協奏するような虫達の羽音。
「スギタァ……」
不意な声にハッとし、パニティーを見る。
ターニャも少し驚いている様子だった。
「ふふ……。エスカに怒られるぞぉ……。ふふ」
パニティーの寝言。
夢の中でも俺と一緒に居るのかと、微笑みが零れてしまう。
「そうだな。怒られちゃうな」
大三郎とターニャはクスクスと笑う。
「ターニャ、これは返すよ。今の俺には必要ない」
そう言い、鍵をターニャに差し出した。
ターニャは本当に嬉しそうに微笑む。
「それは持っておいて」
「いや、良いよ」
「それは扉を開けるための鍵」
「うん、だから――――」
大三郎が言葉を言いかけている最中にターニャはスッと立ち上がり、羽を広げふわりと浮き上がる。
「それは帰る為の鍵。そしてもう一つ」
初めて見た時のように白銀に輝き出す。
「だいざぶろー、あなたが救世主としてあなたを認める為の鍵」
「俺を認める……?」
「そう。神々があなたを認めたように、だいざぶろー、今度はあなたがあなたを認めるの」
「……俺は」
ターニャを見ていた視線を落とし呟く大三郎を、ターニャは優しい微笑みで見つめる。
「あなたが誰かの為の救世主に成りたいと心から思った時、それを空に翳して神々に宣言して」
その言葉に視線を落としていた大三郎は、不思議そうな顔でターニャをもう一度見る。
「宣言?」
「”我、杉田大三郎はこの世界を救う者、先人の思いを尊び、引き継ぐ者。闇夜を払い、夜明けの鐘を鳴らす者。神々に宣言する、例えどんな七難八苦に見舞われようとも、生きとし生ける者の命をこの手で守り、命を導く。神々に宣言する、我、杉田大三郎はこの世界を救う者である事を、この世界に生きる者達の救世主であることを、ここに誓う”そう、宣言して」
大三郎は滝のような汗をかき、目を水泳競技者の如く泳がせ、口をあわわあわわと動かしながら素で焦る。
「お、おお、覚えれない……。か、紙に、紙に書いて……。あぁ……か、紙が無い。はっ! 手に書けば……、あぁ、書く物も無い」
白銀に輝くターニャは、おたおたする大三郎を見てクスクスと笑う。
「大丈夫よ。だいざぶろーが心から守りたいと思いながら鍵を翳せば、自然と口にするわ」
「そ、そうなの?」
「ええ。ただ、本当にそう思った時だけ」
「わ、分かった」
「後、もう一つ」
「ま、まま、まだあるの?」
「ええ。まだあるわよぉ」
本気で焦っている大三郎を揶揄うように、ターニャは悪戯っぽく言う。
それを真に受け、大三郎は頭を小刻みに動かし更に動揺しまくっていた。
クスクスと笑うターニャ。
「ふふ。だいざぶろー」
「な、なな、なんでせう」
「神々に宣言をし、その宣言を神々が聞き届けたら、その鍵は柔らかくなるわ」
「そうなの?」
「ええ。その鍵が柔らかくなった時、その鍵を力一杯握って」
「その後は?」
「鍵が砕けるわ」
「え? 砕ける? 大丈夫なの? 大事な物じゃないのこれ?」
「大事な物よ。その鍵が砕けたら、もう青星へは帰れない。それでも良いと思ったら力一杯握って。その時から始まる」
「なにが?」
「救世主としてのだいざぶろーが」
「救世主としての……俺?」
ターニャは湖の上まで飛んで行く。
”神々よ。私こと、ティターニア・ラーシェルードは、杉田大三郎を救世主として認めます”
ターニャの声なのだが、その声は近くに聞こえるようで、遠くでこだまする声のような不思議な感じだった。
大三郎がターニャを見ていると、妖精の泉が透き通るオーロラのような光を発し、ターニャを包み込む。
”ここは始まりの場所”
”いつまでも貴方達を見守っているわ”
”妖精の加護があなたを守りますように”
妖精の泉の光が優しく消えていく。
そこにターニャの姿は無かった。
夢でも見ていたのかと呆けていると、太ももにモゾモゾと動く感触が伝わる。
「んん……。あれ? 私、寝ちゃってた?」
パニティーは目を擦りながら起き上がり、大きな欠伸をする。
大三郎は妖精の泉から可愛い寝起きの顔を見せるパニティーに視線を移し、にこりと微笑む。
「おはよう、パニティー」
「おはよう、スギタ。んんー!」
両手を高く上げ背伸びをした後、「ふぅ」と息を吐き大三郎の顔を見上げる。
「……。スギタ、目が赤い。どうしたの?」
「え? あ、目にゴミが入っただけだよ」
「そうなの? 大丈夫?」
心配してくれるパニティーに微笑みを返し、指先で頬を撫でる。
「大丈夫だよ」
「ふふふ。くすぐったい」
自分の頬を撫でる指先に手を添え、大三郎に可愛らしい笑顔を見せる。
「帰ろっか」
「うん」
大三郎はパニティーをそっと両手で掬い、自分の肩に乗せ立ち上がる。
「晩飯まだだったよね?」
「うん。お腹空いた。スギタ、帰り際に果物いっぱい取っていこう」
「取って良いの?」
「うん! 沢山あるから、皆の分も取って帰ろ」
「そうだね」
パニティーは大三郎の肩から飛び上がり、果物が沢山ある場所に案内する。
大三郎は一度、妖精の泉に顔を向け少し見つめた後、にこりと微笑みパニティーの後について行く。
妖精の泉は、大三郎の笑顔に答えるかのように水面をキラキラと輝かせた。
◇
取って来た果物をマーヤとリリーが居る自宅に持って行くと、二人は既に寝ていた。普段はぺリスヘデスの園と言われる妖精王の住まいがある所に、左臣翼賛として常駐しているミルミネが帰ってきており、果物をミルミネに渡し大三郎達が寝泊まりする部屋に行く。
左臣翼賛とは、神祇伯令のアウレリアの次に偉いらしく、……それ以上は分からない。何せ、大三郎に説明してくれているのがパニティーだから。
説明してくれる内容も「何か偉いらしいよ」レベルの説明。
3ビットとの説明に、4ビットの頭脳が自分で補足して深く理解できる訳もなく、「何か偉いんだ」と納得する。
取りあえず、大三郎が他に理解したのは、「何か偉い」所為もあってか、ミルミネは自宅に帰れないほど忙しく、マーヤとリリーの面倒は殆どパニティーが見ている事。
そしてなんと、パニティーが少し料理が出来るという事。これには流石の大三郎も一番驚いた。
料理の概念が無い妖精の中で、少しでも料理が出来るという事は、普通のJKがマグロを一人で捌き、マグロ尽くしの寿司まで握ってしまうレベル。大げさではなく、料理の概念が無いという事は、周りは誰も料理が出来ないと言う事。そう、誰も教えてくれる人が居ないその中で、少しでも料理が出来るという事は驚くべき事なのだ。それも、パニティーがである。
その晩は、妖精の森に戻ってから何処かに行ったっきり戻って来ないエスカを除き、大三郎、パニティー、メルロ、ソフィーア、そして、ロシル、プルシラ、ホーデリーフェで取って来た果物を食べながら笑い話をしたり、軽い身の上話をしたり、メルロ達の二カ月間の旅の話を聞いたり、パニティーが料理が出来る事に皆が驚愕したりと、楽しい時間を過ごした。
翌朝、可愛い目覚まし時計が大三郎を起こす。
「スーギちゃん、おーきて」
顔の上に跨り、瞼をぺしぺしと叩く。
マーヤだ。と、大三郎はすぐに気付き、目を閉じたまま笑顔になり、「ん?」と、大三郎はもう一つある事に気付く。
胸元に小鳥でも居るのかと思うほど、とても軽い重みを感じる。
「おはよう、マーヤ」
「スギちゃん起きたー! おはよー、スギちゃん」
マーヤは元気の良い嬉しそうな声を出して大三郎の顔に抱き着く。
「はは、目が開けられないよ」
顔に抱き着いているマーヤを両手で優しく包むように持ち上げる。
にっこりと微笑んでくるマーヤ。その笑顔に微笑み返す。
そして、顎を引き胸元を見るとリリーがちょこんと座っていた。
「おはよう、リリー」
「お、おあひょう! あ……あぅ」
緊張しているのか、朝の挨拶を噛んでしまって焦りながら頬を赤くしている。
「体は大丈夫かい?」
リリーは大三郎の問いかけに「うん」と頷く。
「そっか。良かった」
にこりと微笑む大三郎に、リリーはモジモジしながらはにかんだ笑顔を見せた後、手に持っていたアネチアの花を差し出した。
「これは?」
「ア、アネチアのお、お花」
――これが……。
大三郎はマーヤをリリーの横に座らせ、リリーから一輪のアネチアの花を受け取る。
アネチアの花は、花の可愛らしさを見事に演出させている赤と黄色のコントラストが特徴的で、ともい良い香りがする。
――この花を俺に渡すために、たった一人で森の外に行って。……あんな危険な目にあっても手放さなかったんだ。
胸元に、にっこりと笑顔を見せるマーヤと、モジモジしながら恥ずかしそうに上目遣いでチラチラと大三郎を見ているリリー。
35年間生きた中で、こんなにも素敵な朝をサプライズしてもらったのは初めてだった。
心の奥からグッとくる感動と感謝。
「ありがとう。大切にするよ」
大三郎は涙目になりながら微笑み感謝を言った。
リリーはその言葉を聞いて満面な笑顔になり、マーヤは「良かったねリリー! スギちゃん、喜んでくれたよ」と、リリーを抱きしめた。
――本当にありがとう。本当に大切にするよ。
「あとね! あとね!」
マーヤがそう言いながら胸元で座ったまま飛び跳ねる。
「ぐす。何だい?」
感動で涙目になってしまい鼻水が出てしまう。
アネチアの花を右手に持ち、左手で涙を拭い鼻をすする。
「起きて起きて! 早く起きて! スギちゃん起きて!」
「お、起きてるよ。はは、どうしたの?」
「リリー、スギちゃんを連れてくよ」
「うん!」
二人はそう言うと、起こそうとしているのか「んー! んー!」と、大三郎の指を引っ張る。
「わ、分かった分かった。起きるから、待って」
妖精という幼い天使達に催促されながら、大三郎は思わず笑顔になりベットから起き上がる。
何時もならここでエスカが登場し、気分の良い朝をぶち壊すのだが今日は姿を現さない。
大三郎はローブを纏い、胸元にアネチアの花を挿し、窓の外を見るとまだ少し薄暗い。夜明けちょっと前くらいだろうか?
「あれ? 今日は凄い早起きだね?」
「うん! 少ししかお手伝いできなかったけど、マーヤもリリーも頑張ったよ! ね? リリー」
「うん!」
元気よく答える二人。
だが、言葉の内容が今一分からず、大三郎はキョトンとしてしまう。
「何を頑張ったのかな?」
「スギちゃん、早く来て!」
マーヤはそう言いながら、リリーと部屋を出て言った。
大三郎は小首を傾げながら部屋を出る。
一階のリビングには既に二人は居らず、玄関のドアが開いている。
――外に出てったのかな?
大三郎はそう思いながら玄関から外に出る。
するとそこには、妖精達がズラッと並んでおり、大三郎を待っていた。
「ど、どうしたの? 何かあったのかい?」
驚きと戸惑いを隠せない大三郎。
そんな大三郎の下に、ミルミネとパニティーがやって来た。
「スギタ、おはよ」
「お、おは、よう、パニティー」
にこりと微笑みながら朝の挨拶をするパニティーに、驚いた顔のまま挨拶を返す。
その横からミルミネが声を掛ける。
「おはようございます。救世主、杉田大三郎様」
「お、おはようございます……。パニティーのお姉さん」
「ミルミネと申します。以後、お見知りおきを」
ミルミネはそう言い頭を下げる。
「あ、は、はい。こ、こちらこそ、ふつつかものですが宜しくお願いします。ミルミネのお姉さん」
大三郎もそう言いながら頭を下げると、ミルミネは思わず吹いてしまった。
「ぷふ!」
「え? ……あ、あの?」
ミルミネは口元に手をあて、顔を俯かせたまま肩を揺らし、必死に笑いを堪えている。
「ミル姉。スギタって面白いだろ?」
「そ、そうね……。ふつつかものって……ぷふ! そ、それにミルミネのお姉さんって……、わ、私は誰なのですか? ぐふ!」
「あは……あはは……」
何かがウケたらしく、大三郎は戸惑いながらも頭を掻きながらテレる。
「ミル姉。ほら、笑ってないで」
「そ、そうね」
パニティーに催促され、コホンと一つ咳をし、背筋を伸ばし大三郎に向き直る。
大三郎は(え? なに? 怒られるの?)と思い、少し身構えた。
「救世主、杉田大三郎様」
「は、はい」
「この森とこの森に住む皆を守って頂いた事、左臣翼賛、ミルミネ・フラッシェンの名の下に、妖精の森を代表してお礼を言わせていただきます。本当に有難うございました」
ミルミネはそう言い、深々と頭を下げた。
それに大三郎が驚き戸惑っていると、パニティーが後ろで並んでいる妖精達に向かい「せーの」と掛け声をかけると、妖精達が一斉に感謝の言葉を言う。
「「この森とみんなを守ってくれて、ありがとー!」」
衝撃と言うのは凄いもので、体の芯から心の底から響き渡る。
産まれて初めて人に感謝された事に、大三郎は目を見開いたまま固まってしまう。
出て行けと言われると思っていた。
罵声を浴びせられると思っていた。
そうではなく、感謝された。
守りたいとは思っていた。でも、記憶が殆どない。
結果的に守れただけで、守った訳ではない。
それでも、嬉しいものは嬉しい。
言葉が出ない。
妖精達の笑顔から目が離せない。
――どうしよう……。泣いちゃいそうなんですけど……。35のおっさんが、また人前で泣いちゃいそうなんですけどぉ~。
目をウルウルさせ、口は漫画で描くとするなら「富士山の形になる口」にさせ、必死に感動の涙を堪える。
そんな大三郎にパニティーが近寄って来た。
「スギタ」
「にゃ、にゃにぃ?」
ちょっとでも気を緩めると泣いてしまいそうな大三郎は、パニティーに返事するのもやっとだった。
「これ」
パニティーは小さな袋を大三郎に手渡す。
「こ、こにょは、にゃ、にゃにぃ?」
「約束の物」
「にゃ、にゃく、しょ、しょくぅ?」
「うん。妖精の粉だよ」
「え?」
大三郎は驚いて小さな袋をまじまじと見る。
「マリリアン様はちょっと忙しくてさ、妖精の粉を出すお祈りが出来なくてさ。アウレリア様とミル姉と皆が手伝ってくれたんだ」
「え?!」
パニティーの言葉に驚きを隠せない大三郎。
驚き過ぎて固まったままパニティーを見ている大三郎にミルミネが説明する。
「マリリアン様はビックマウド様とエスカさんとで大事なお話をしておられて、聖舞式の儀を執り行えないので、代わりにアウレリア様と私、そして、妖精の子達とで夜通し聖舞式の儀を行い、妖精の粉を集めました」
「え?!」
大三郎はもう「え?!」としか言えない。
それもそのはず、大三郎の目に映る妖精の娘達は皆、くたくたの顔で笑顔を見せてくれている。
パニティーも、凛とした立ち姿で立っているミルミネも、良く見れば目の下に隈を作っている。
パニティーは言っていた。
”妖精の粉はマリリアン様の力を借りてやっと出せるもの”だと。
妖精王マリリアンの魔力は神々と直接会話が出来るほど。あのパハミエスにも勝るとも劣らないだろう。
それを、アウレリアを筆頭に、ミルミネ、パニティー、他の妖精の娘達でやってくれた。それも夜通し。
本当に言葉が出ない。
たった数グラムの重さが物凄く重く感じる。
大三郎はターニャの言葉を思い出す。
”だいざぶろーが自分を犠牲にしてでも守りたいと思えない世界かもしれない。自分自身を犠牲にする事が馬鹿らしく思ってしまう世界かもしれない”
――そんなこたぁねーよ。十分だ。この先、何があっても、これで十分だ。
”だけど、この世界に居る者達にとっては、あなたはたった一人の救世主。たった一つの希望”
――成りてぇな。本当に、そう成りたいよ。本当にそう思うよ。
大三郎は妖精の粉が入った小さな袋を胸に抱き、膝まづいて泣いてしまった。
妖精の粉を貰った事が嬉しいのではない。
妖精の粉をくれた事が嬉しかった。感謝の言葉が嬉しかった。
――よそよそしかったのは俺に気付かれない為。姿を現さなかったのは聖舞式の儀ってやつを行っていた為。何時間も何時間も……皆で夜通し。どれだけ大変だっただろう。
そう思うと涙が溢れ出てしまう。
人生で誰かに心から感謝された事も、涙が出るくらいこんなに感動してしまう事も無かった。
こう言った事に全く耐性の無い大三郎は、見ている皆が思っている以上に嬉しくてたまらなかった。
拝啓 父上様 母上様
僕はそちらに帰る事は多分ないと思います。
この世界に居る人達を救う為に色々と失うらしいので、この世界に住む人達を救った時、僕は僕でなくなっている可能性があるからです。
後悔はしてません。
自分で選んだ事ですから。
小説や漫画のような格好良い主人公に成りたかったですけど、成れそうもないので、惨めで格好悪いけど、この世界を絶対救うマンってやつに成ろうと思います。
それと、部屋の事と会社の事で迷惑をかけると思います。
そちらに帰れないので、家賃を滞納する事になると思いますし、会社も無断欠勤になってクビになると思います。
大家さんと僕の上司から苦情が行くと思いますが、最後の親不孝だと思って許してください。
そして、最初で最後の親孝行は、貴方の息子は沢山の命を救う男に成ると言う事です。
さよならは言えませんが、35年間ありがとうございました。
そして、もう異世界に来てますが、大勢の人の命を救いに行ってきます。
誰かの為に生きてきた事の無い男の決断。
他の誰もが想像できないほどの不安はあった。
だけど、それ以上の決意を小さな袋と一緒に貰った。
――頑張って、いっぱいおっぱい揉もう。おっぱい揉んで、皆を守ろう。
小さな袋を胸元で握り締めながら深く心に誓う。
下手をすれば、一般人の中でも下層。
平日は有給も取らせてもらえない社畜で、休日は彼女が出来た事がない上、人付き合いも無いため、もっぱらPCの前に陣取る生活。
小説やアニメを見た後は何時も妄想に耽り、頭の中で都合の良い主人公を演じていた。
異世界に行けたら「俺TUEEEEE!」に成れると思っていた。
美女や美少女にチヤホヤされるハーレムがあると思っていた。
何をやっても都合の良い世界が待っていると思っていた。
『現実はそんなに甘くはない』
仕事でも私生活でも嫌と言うほど味わい、妄想に逃げ込む切っ掛けになった事を、ここでも思い知らされる。
ここにあったのは、残酷な現実と涙が出るほど情けない自分。
変態の技しか使えない名ばかりの救世主。
その技も対価が必要な課金制。
美女に会っても電撃されるか変質者扱い。
唯一の心の拠り所な美少女は、神々がやった事とは言え、自分が居なかった所為で一度滅亡によって死んでいる。
本当に現実は甘くない。
小説やアニメの主人公のように現状をすぐ理解でき、すぐに行動できる事なんてない。
何も分からないという現実が鏡のように、何も出来ない今の自分を見せつけてくる。
それでも、守りたい、救いたいと強く思えば思う程、手が震えるほどの不安が伸し掛かってくる。
それをやるのは他でもない自分だから。
「前の救世主も、だいざぶろーのように泣いてくれていた」
「……え?」
不意な言葉に大三郎はターニャの顔を見る。
「妖精の間で語り継がれるお話。幼い妖精達が好きなお話」
「それって?」
「ヴィレア・ステイリーからの贈り物」
「リリーが好きな本の……」
「”私は何も分からない、何も出来ない。神々ですら教えてはくださらない。だけど私は、私の指を握るこの小さな手を、小さな妖精を守りたいのです。”そう言って、ヴィレアは泣いてくれるの。今のだいざぶろーのように」
「それって、前の救世主の話なの?」
「そうよ」
――だから俺と被らせていたのか……。
「……前の救世主は、この世界を守ったんだよね?」
「この世界と言うより、私達を守ってくれた。今も」
「今も?」
「ええ。今も」
「えっ……? てことは、この世界の何処かに居るって事?」
「数百年前の事ですもの、流石に居ないわ」
ターニャはそう言い、にこりと微笑む。
「そ……うだよな。居る訳ないよな」
肩を落とす大三郎。それを見てターニャはクスクスと笑う。
「な、なに?」
大三郎は、クスクスと笑うターニャをキョトンとした顔で見る。
「凄い顔。ふふふ」
「え?」
決してイケメンとは言えない顔が、涙と鼻水で更にイケメンとはお世辞でも絶対に言えない顔になっていた。
「あ……」
大三郎は自分の顔が更に酷い顔になっている事に気付く。
「ご、ごめん。いい年のおっさんが、泣くとか、見っともないよね。はは……」
大三郎はそう言いながら苦笑いを浮かべ、ローブで顔を拭う。
ターニャはとても優しい顔で大三郎を見つめていた。
「だいざぶろー」
「な、なに? コホン、コホン」
大三郎は顔を拭いながら返事をするが、ほんの少し、自分の声がまだ涙声になっていて気恥ずかしそうに、声を戻そうと咳をする。
「これを、だいざぶろー、あなたに」
ターニャはそう言うと、両手の手のひらを上に向け、胸の前に持ってくると、目を閉じ小声で何かを唱える。すると、ターニャの両の手のひらの上が輝き出し、そこに一般的な消しゴムほどの大きさがあるサファイアが出現した。
ターニャはそれを大三郎に渡す。
「これは?」
「鍵よ」
「鍵?」
「そう。だいざぶろーが青星に帰る為に必要な鍵」
「帰る……ための、鍵?」
「そう。それを扉に押し当てれば扉が開くわ」
大三郎は渡された扉の鍵を見つめる。
鍵の形状とは程遠い、ペアシェイプのサファイア。
「これを、どうしろと?」
大三郎はキョトンとした顔でターニャを見つめた。
ターニャはそんな大三郎を真っ直ぐに見つめ返す。
「だいざぶろーの好きに使えば良いわ」
「好きに?」
「そう」
それ以上、ターニャは何も言わず、パニティーを優しい眼差しで見つめ頬を撫でる。
大三郎はターニャから手に持っている鍵に目を移す。
滅亡が起きるなどとは思えないほど、静かで平和な妖精の森の夜。
心地よい夜風が悪戯程度に髪を揺らし、木々には葉擦れを奏でさせる。
それに協奏するような虫達の羽音。
「スギタァ……」
不意な声にハッとし、パニティーを見る。
ターニャも少し驚いている様子だった。
「ふふ……。エスカに怒られるぞぉ……。ふふ」
パニティーの寝言。
夢の中でも俺と一緒に居るのかと、微笑みが零れてしまう。
「そうだな。怒られちゃうな」
大三郎とターニャはクスクスと笑う。
「ターニャ、これは返すよ。今の俺には必要ない」
そう言い、鍵をターニャに差し出した。
ターニャは本当に嬉しそうに微笑む。
「それは持っておいて」
「いや、良いよ」
「それは扉を開けるための鍵」
「うん、だから――――」
大三郎が言葉を言いかけている最中にターニャはスッと立ち上がり、羽を広げふわりと浮き上がる。
「それは帰る為の鍵。そしてもう一つ」
初めて見た時のように白銀に輝き出す。
「だいざぶろー、あなたが救世主としてあなたを認める為の鍵」
「俺を認める……?」
「そう。神々があなたを認めたように、だいざぶろー、今度はあなたがあなたを認めるの」
「……俺は」
ターニャを見ていた視線を落とし呟く大三郎を、ターニャは優しい微笑みで見つめる。
「あなたが誰かの為の救世主に成りたいと心から思った時、それを空に翳して神々に宣言して」
その言葉に視線を落としていた大三郎は、不思議そうな顔でターニャをもう一度見る。
「宣言?」
「”我、杉田大三郎はこの世界を救う者、先人の思いを尊び、引き継ぐ者。闇夜を払い、夜明けの鐘を鳴らす者。神々に宣言する、例えどんな七難八苦に見舞われようとも、生きとし生ける者の命をこの手で守り、命を導く。神々に宣言する、我、杉田大三郎はこの世界を救う者である事を、この世界に生きる者達の救世主であることを、ここに誓う”そう、宣言して」
大三郎は滝のような汗をかき、目を水泳競技者の如く泳がせ、口をあわわあわわと動かしながら素で焦る。
「お、おお、覚えれない……。か、紙に、紙に書いて……。あぁ……か、紙が無い。はっ! 手に書けば……、あぁ、書く物も無い」
白銀に輝くターニャは、おたおたする大三郎を見てクスクスと笑う。
「大丈夫よ。だいざぶろーが心から守りたいと思いながら鍵を翳せば、自然と口にするわ」
「そ、そうなの?」
「ええ。ただ、本当にそう思った時だけ」
「わ、分かった」
「後、もう一つ」
「ま、まま、まだあるの?」
「ええ。まだあるわよぉ」
本気で焦っている大三郎を揶揄うように、ターニャは悪戯っぽく言う。
それを真に受け、大三郎は頭を小刻みに動かし更に動揺しまくっていた。
クスクスと笑うターニャ。
「ふふ。だいざぶろー」
「な、なな、なんでせう」
「神々に宣言をし、その宣言を神々が聞き届けたら、その鍵は柔らかくなるわ」
「そうなの?」
「ええ。その鍵が柔らかくなった時、その鍵を力一杯握って」
「その後は?」
「鍵が砕けるわ」
「え? 砕ける? 大丈夫なの? 大事な物じゃないのこれ?」
「大事な物よ。その鍵が砕けたら、もう青星へは帰れない。それでも良いと思ったら力一杯握って。その時から始まる」
「なにが?」
「救世主としてのだいざぶろーが」
「救世主としての……俺?」
ターニャは湖の上まで飛んで行く。
”神々よ。私こと、ティターニア・ラーシェルードは、杉田大三郎を救世主として認めます”
ターニャの声なのだが、その声は近くに聞こえるようで、遠くでこだまする声のような不思議な感じだった。
大三郎がターニャを見ていると、妖精の泉が透き通るオーロラのような光を発し、ターニャを包み込む。
”ここは始まりの場所”
”いつまでも貴方達を見守っているわ”
”妖精の加護があなたを守りますように”
妖精の泉の光が優しく消えていく。
そこにターニャの姿は無かった。
夢でも見ていたのかと呆けていると、太ももにモゾモゾと動く感触が伝わる。
「んん……。あれ? 私、寝ちゃってた?」
パニティーは目を擦りながら起き上がり、大きな欠伸をする。
大三郎は妖精の泉から可愛い寝起きの顔を見せるパニティーに視線を移し、にこりと微笑む。
「おはよう、パニティー」
「おはよう、スギタ。んんー!」
両手を高く上げ背伸びをした後、「ふぅ」と息を吐き大三郎の顔を見上げる。
「……。スギタ、目が赤い。どうしたの?」
「え? あ、目にゴミが入っただけだよ」
「そうなの? 大丈夫?」
心配してくれるパニティーに微笑みを返し、指先で頬を撫でる。
「大丈夫だよ」
「ふふふ。くすぐったい」
自分の頬を撫でる指先に手を添え、大三郎に可愛らしい笑顔を見せる。
「帰ろっか」
「うん」
大三郎はパニティーをそっと両手で掬い、自分の肩に乗せ立ち上がる。
「晩飯まだだったよね?」
「うん。お腹空いた。スギタ、帰り際に果物いっぱい取っていこう」
「取って良いの?」
「うん! 沢山あるから、皆の分も取って帰ろ」
「そうだね」
パニティーは大三郎の肩から飛び上がり、果物が沢山ある場所に案内する。
大三郎は一度、妖精の泉に顔を向け少し見つめた後、にこりと微笑みパニティーの後について行く。
妖精の泉は、大三郎の笑顔に答えるかのように水面をキラキラと輝かせた。
◇
取って来た果物をマーヤとリリーが居る自宅に持って行くと、二人は既に寝ていた。普段はぺリスヘデスの園と言われる妖精王の住まいがある所に、左臣翼賛として常駐しているミルミネが帰ってきており、果物をミルミネに渡し大三郎達が寝泊まりする部屋に行く。
左臣翼賛とは、神祇伯令のアウレリアの次に偉いらしく、……それ以上は分からない。何せ、大三郎に説明してくれているのがパニティーだから。
説明してくれる内容も「何か偉いらしいよ」レベルの説明。
3ビットとの説明に、4ビットの頭脳が自分で補足して深く理解できる訳もなく、「何か偉いんだ」と納得する。
取りあえず、大三郎が他に理解したのは、「何か偉い」所為もあってか、ミルミネは自宅に帰れないほど忙しく、マーヤとリリーの面倒は殆どパニティーが見ている事。
そしてなんと、パニティーが少し料理が出来るという事。これには流石の大三郎も一番驚いた。
料理の概念が無い妖精の中で、少しでも料理が出来るという事は、普通のJKがマグロを一人で捌き、マグロ尽くしの寿司まで握ってしまうレベル。大げさではなく、料理の概念が無いという事は、周りは誰も料理が出来ないと言う事。そう、誰も教えてくれる人が居ないその中で、少しでも料理が出来るという事は驚くべき事なのだ。それも、パニティーがである。
その晩は、妖精の森に戻ってから何処かに行ったっきり戻って来ないエスカを除き、大三郎、パニティー、メルロ、ソフィーア、そして、ロシル、プルシラ、ホーデリーフェで取って来た果物を食べながら笑い話をしたり、軽い身の上話をしたり、メルロ達の二カ月間の旅の話を聞いたり、パニティーが料理が出来る事に皆が驚愕したりと、楽しい時間を過ごした。
翌朝、可愛い目覚まし時計が大三郎を起こす。
「スーギちゃん、おーきて」
顔の上に跨り、瞼をぺしぺしと叩く。
マーヤだ。と、大三郎はすぐに気付き、目を閉じたまま笑顔になり、「ん?」と、大三郎はもう一つある事に気付く。
胸元に小鳥でも居るのかと思うほど、とても軽い重みを感じる。
「おはよう、マーヤ」
「スギちゃん起きたー! おはよー、スギちゃん」
マーヤは元気の良い嬉しそうな声を出して大三郎の顔に抱き着く。
「はは、目が開けられないよ」
顔に抱き着いているマーヤを両手で優しく包むように持ち上げる。
にっこりと微笑んでくるマーヤ。その笑顔に微笑み返す。
そして、顎を引き胸元を見るとリリーがちょこんと座っていた。
「おはよう、リリー」
「お、おあひょう! あ……あぅ」
緊張しているのか、朝の挨拶を噛んでしまって焦りながら頬を赤くしている。
「体は大丈夫かい?」
リリーは大三郎の問いかけに「うん」と頷く。
「そっか。良かった」
にこりと微笑む大三郎に、リリーはモジモジしながらはにかんだ笑顔を見せた後、手に持っていたアネチアの花を差し出した。
「これは?」
「ア、アネチアのお、お花」
――これが……。
大三郎はマーヤをリリーの横に座らせ、リリーから一輪のアネチアの花を受け取る。
アネチアの花は、花の可愛らしさを見事に演出させている赤と黄色のコントラストが特徴的で、ともい良い香りがする。
――この花を俺に渡すために、たった一人で森の外に行って。……あんな危険な目にあっても手放さなかったんだ。
胸元に、にっこりと笑顔を見せるマーヤと、モジモジしながら恥ずかしそうに上目遣いでチラチラと大三郎を見ているリリー。
35年間生きた中で、こんなにも素敵な朝をサプライズしてもらったのは初めてだった。
心の奥からグッとくる感動と感謝。
「ありがとう。大切にするよ」
大三郎は涙目になりながら微笑み感謝を言った。
リリーはその言葉を聞いて満面な笑顔になり、マーヤは「良かったねリリー! スギちゃん、喜んでくれたよ」と、リリーを抱きしめた。
――本当にありがとう。本当に大切にするよ。
「あとね! あとね!」
マーヤがそう言いながら胸元で座ったまま飛び跳ねる。
「ぐす。何だい?」
感動で涙目になってしまい鼻水が出てしまう。
アネチアの花を右手に持ち、左手で涙を拭い鼻をすする。
「起きて起きて! 早く起きて! スギちゃん起きて!」
「お、起きてるよ。はは、どうしたの?」
「リリー、スギちゃんを連れてくよ」
「うん!」
二人はそう言うと、起こそうとしているのか「んー! んー!」と、大三郎の指を引っ張る。
「わ、分かった分かった。起きるから、待って」
妖精という幼い天使達に催促されながら、大三郎は思わず笑顔になりベットから起き上がる。
何時もならここでエスカが登場し、気分の良い朝をぶち壊すのだが今日は姿を現さない。
大三郎はローブを纏い、胸元にアネチアの花を挿し、窓の外を見るとまだ少し薄暗い。夜明けちょっと前くらいだろうか?
「あれ? 今日は凄い早起きだね?」
「うん! 少ししかお手伝いできなかったけど、マーヤもリリーも頑張ったよ! ね? リリー」
「うん!」
元気よく答える二人。
だが、言葉の内容が今一分からず、大三郎はキョトンとしてしまう。
「何を頑張ったのかな?」
「スギちゃん、早く来て!」
マーヤはそう言いながら、リリーと部屋を出て言った。
大三郎は小首を傾げながら部屋を出る。
一階のリビングには既に二人は居らず、玄関のドアが開いている。
――外に出てったのかな?
大三郎はそう思いながら玄関から外に出る。
するとそこには、妖精達がズラッと並んでおり、大三郎を待っていた。
「ど、どうしたの? 何かあったのかい?」
驚きと戸惑いを隠せない大三郎。
そんな大三郎の下に、ミルミネとパニティーがやって来た。
「スギタ、おはよ」
「お、おは、よう、パニティー」
にこりと微笑みながら朝の挨拶をするパニティーに、驚いた顔のまま挨拶を返す。
その横からミルミネが声を掛ける。
「おはようございます。救世主、杉田大三郎様」
「お、おはようございます……。パニティーのお姉さん」
「ミルミネと申します。以後、お見知りおきを」
ミルミネはそう言い頭を下げる。
「あ、は、はい。こ、こちらこそ、ふつつかものですが宜しくお願いします。ミルミネのお姉さん」
大三郎もそう言いながら頭を下げると、ミルミネは思わず吹いてしまった。
「ぷふ!」
「え? ……あ、あの?」
ミルミネは口元に手をあて、顔を俯かせたまま肩を揺らし、必死に笑いを堪えている。
「ミル姉。スギタって面白いだろ?」
「そ、そうね……。ふつつかものって……ぷふ! そ、それにミルミネのお姉さんって……、わ、私は誰なのですか? ぐふ!」
「あは……あはは……」
何かがウケたらしく、大三郎は戸惑いながらも頭を掻きながらテレる。
「ミル姉。ほら、笑ってないで」
「そ、そうね」
パニティーに催促され、コホンと一つ咳をし、背筋を伸ばし大三郎に向き直る。
大三郎は(え? なに? 怒られるの?)と思い、少し身構えた。
「救世主、杉田大三郎様」
「は、はい」
「この森とこの森に住む皆を守って頂いた事、左臣翼賛、ミルミネ・フラッシェンの名の下に、妖精の森を代表してお礼を言わせていただきます。本当に有難うございました」
ミルミネはそう言い、深々と頭を下げた。
それに大三郎が驚き戸惑っていると、パニティーが後ろで並んでいる妖精達に向かい「せーの」と掛け声をかけると、妖精達が一斉に感謝の言葉を言う。
「「この森とみんなを守ってくれて、ありがとー!」」
衝撃と言うのは凄いもので、体の芯から心の底から響き渡る。
産まれて初めて人に感謝された事に、大三郎は目を見開いたまま固まってしまう。
出て行けと言われると思っていた。
罵声を浴びせられると思っていた。
そうではなく、感謝された。
守りたいとは思っていた。でも、記憶が殆どない。
結果的に守れただけで、守った訳ではない。
それでも、嬉しいものは嬉しい。
言葉が出ない。
妖精達の笑顔から目が離せない。
――どうしよう……。泣いちゃいそうなんですけど……。35のおっさんが、また人前で泣いちゃいそうなんですけどぉ~。
目をウルウルさせ、口は漫画で描くとするなら「富士山の形になる口」にさせ、必死に感動の涙を堪える。
そんな大三郎にパニティーが近寄って来た。
「スギタ」
「にゃ、にゃにぃ?」
ちょっとでも気を緩めると泣いてしまいそうな大三郎は、パニティーに返事するのもやっとだった。
「これ」
パニティーは小さな袋を大三郎に手渡す。
「こ、こにょは、にゃ、にゃにぃ?」
「約束の物」
「にゃ、にゃく、しょ、しょくぅ?」
「うん。妖精の粉だよ」
「え?」
大三郎は驚いて小さな袋をまじまじと見る。
「マリリアン様はちょっと忙しくてさ、妖精の粉を出すお祈りが出来なくてさ。アウレリア様とミル姉と皆が手伝ってくれたんだ」
「え?!」
パニティーの言葉に驚きを隠せない大三郎。
驚き過ぎて固まったままパニティーを見ている大三郎にミルミネが説明する。
「マリリアン様はビックマウド様とエスカさんとで大事なお話をしておられて、聖舞式の儀を執り行えないので、代わりにアウレリア様と私、そして、妖精の子達とで夜通し聖舞式の儀を行い、妖精の粉を集めました」
「え?!」
大三郎はもう「え?!」としか言えない。
それもそのはず、大三郎の目に映る妖精の娘達は皆、くたくたの顔で笑顔を見せてくれている。
パニティーも、凛とした立ち姿で立っているミルミネも、良く見れば目の下に隈を作っている。
パニティーは言っていた。
”妖精の粉はマリリアン様の力を借りてやっと出せるもの”だと。
妖精王マリリアンの魔力は神々と直接会話が出来るほど。あのパハミエスにも勝るとも劣らないだろう。
それを、アウレリアを筆頭に、ミルミネ、パニティー、他の妖精の娘達でやってくれた。それも夜通し。
本当に言葉が出ない。
たった数グラムの重さが物凄く重く感じる。
大三郎はターニャの言葉を思い出す。
”だいざぶろーが自分を犠牲にしてでも守りたいと思えない世界かもしれない。自分自身を犠牲にする事が馬鹿らしく思ってしまう世界かもしれない”
――そんなこたぁねーよ。十分だ。この先、何があっても、これで十分だ。
”だけど、この世界に居る者達にとっては、あなたはたった一人の救世主。たった一つの希望”
――成りてぇな。本当に、そう成りたいよ。本当にそう思うよ。
大三郎は妖精の粉が入った小さな袋を胸に抱き、膝まづいて泣いてしまった。
妖精の粉を貰った事が嬉しいのではない。
妖精の粉をくれた事が嬉しかった。感謝の言葉が嬉しかった。
――よそよそしかったのは俺に気付かれない為。姿を現さなかったのは聖舞式の儀ってやつを行っていた為。何時間も何時間も……皆で夜通し。どれだけ大変だっただろう。
そう思うと涙が溢れ出てしまう。
人生で誰かに心から感謝された事も、涙が出るくらいこんなに感動してしまう事も無かった。
こう言った事に全く耐性の無い大三郎は、見ている皆が思っている以上に嬉しくてたまらなかった。
拝啓 父上様 母上様
僕はそちらに帰る事は多分ないと思います。
この世界に居る人達を救う為に色々と失うらしいので、この世界に住む人達を救った時、僕は僕でなくなっている可能性があるからです。
後悔はしてません。
自分で選んだ事ですから。
小説や漫画のような格好良い主人公に成りたかったですけど、成れそうもないので、惨めで格好悪いけど、この世界を絶対救うマンってやつに成ろうと思います。
それと、部屋の事と会社の事で迷惑をかけると思います。
そちらに帰れないので、家賃を滞納する事になると思いますし、会社も無断欠勤になってクビになると思います。
大家さんと僕の上司から苦情が行くと思いますが、最後の親不孝だと思って許してください。
そして、最初で最後の親孝行は、貴方の息子は沢山の命を救う男に成ると言う事です。
さよならは言えませんが、35年間ありがとうございました。
そして、もう異世界に来てますが、大勢の人の命を救いに行ってきます。
誰かの為に生きてきた事の無い男の決断。
他の誰もが想像できないほどの不安はあった。
だけど、それ以上の決意を小さな袋と一緒に貰った。
――頑張って、いっぱいおっぱい揉もう。おっぱい揉んで、皆を守ろう。
小さな袋を胸元で握り締めながら深く心に誓う。
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