異世界で探がす愛の定義と幸せカテゴリー

彦野 うとむ

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妖精の森編

誰がための君

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 可愛らしい笑顔に滲み出るエスカ並みの怖さに、大三郎はパブロフの犬のように思わず謝ってしまう。

 「あ、……はい。すみません」
 「ふふふ。物分かりが良くて助かるわ」
 「一つ聞きたいんだけど、良い?」
 「なに?」 
 「神々のルールってやつは知ってる? そのルールって何?」
 「それは、予期せぬ歪を生まない為の決め事よ」
 「予期せぬ歪?」
 「そう。この世界を存在させ続ける事で起きる歪。その歪から守るために起きるまた新たな歪。そして、それらを行うがために起きる予期せぬ歪」
 「歪みっぱなしだね……」
 
 ターニャの言葉に思わず苦笑いでぼそりと呟く。
 そんな大三郎にターニャは静かな声で答える。

 「そうよ。この世界自体が不安定と言ったでしょ? 存在するという形を保つために様々な事が起きているの。存在する事自体、許されてはいないから」
 
 存在自体が許されていない。突き刺さる言葉。どんな罵声や罵倒より心を抉る。
 誰かに嫌われ、存在を認められないのとはわけが違う。
 嫌われるならまだマシだろう。相手を怒らせそう思われるなら全然マシだろう。
 この世界は不要だと、有ってはならないんだと、そこに芽生えた命全てが存在した時点で存在を否定され、消去されるのが当然だと決められた。
 
 太ももに感じるパニティーの温もり、息をする感触、聞こえる小さな寝息。
 地球ではあり得ない存在、妖精。想像上の生命。
 この世界ではあり得ない存在ではないし、想像上の生命でもない。
 ここに、確かに、生きている。

 「神々のルールってやつは、パニティー達を守るために必要なものかい?」
 「ええ。絶対に必要なもの。その所為で、誰かに悲劇が生まれようとも、悲劇に見舞われようとも、この世界を守るために必要な事」
 「そっか」
 
 エスカの言葉が蘇る。
 神々のルールの所為で大勢の人が亡くなった。
 今なら分かる。それは違うんだと。勘違いなんだと。
 大三郎が誰かにそれを説明しようとしても、上手く説明できないだろう。
 ただ、存在が許された世界の者だから分かるとしか言えない。
 自分や誰かに悲劇が訪れたとしても、それは運命。幸運も不運も、幸せも不幸せも人それぞれの運命。
 この世界は、その運命すら与えてはもらえなかった。その運命すら、そこに住む者には不要だと不必要だと決められた世界。神々のルールが無ければ、運命すら否定された世界。

 しかし、その事をエスカに話したとしても理解してもらえないだろう。
 理解してくれたとしても納得はしてくれないだろう。
 守り導く者だったエスカには、様々な事を受け止めてきたエスカには、悲劇ですらこの世界では幸運な事なんだと、到底、受け止められない事だから。
 もし、大三郎本人もパニティーを失う悲劇に見舞われたら、それはこの世界では幸運な事なんだと受け止められないのと同じだから。
   
 「だいざぶろーはこの世界は好き?」
 
 ターニャの唐突な質問に少し戸惑う。

 「え? ん~まぁ、好き、って言うか、来て良かったとは思ってるよ」
 「そう」
 「うん。パニティーに会えたし」

 大三郎はそう言いながらパニティーの頬を指で優しく撫で言葉を続ける。

 「こんなに可愛い妖精がいるとは思わなかったよ」
 「守りたいと思う?」
 「そりゃ勿論」
 「そう」

 ターニャは優しい顔から真顔になり大三郎を見る。

 「だいざぶろー」
 「何?」 
 「これからだいざぶろーに話す事は、だいざぶろーが知っておかなきゃならない事。でも、他の人には知られてはイケない事。いい?」
 「え? あ、うん」 

 ターニャが真顔で見つめ、重みを感じる言葉を言ってくる事に少し驚く。

 「不安定な世界に人を送るというのは、想像を絶するほどの力が必要なの。それは、青星の文明より進んだ星の化学でも解明できないほどの力」
 「そ、そうなんだ」
 「もう存在していない星。その星に、存在していた頃の時間にだいざぶろーを送るというのは、存在している星に送る以上の力が必要なの。その一瞬の力は、この世界を存在させる為に必要な力と同等なくらい」
 「……ん? ちょっと待って。もう、存在していない星に俺を送った?」
 「そうよ」

 ターニャの返答を聞いた大三郎は、パニティーより1ビット高い4ビットの頭脳をフル回転させ、ターニャの言葉を理解しようとしたがフリーズした。そして、再起動してみたら頭の中がブルースクリーンになった。それでも必死に考えた。
 ターニャはそんな大三郎を気にする事も無く、優しい目をしながらパニティーを見つめる。
 そして、4ビット頭脳ではじき出した答え。

 「……。……もしかして、ここは過去なのか? すでに滅亡した過去の異世界なのか?」

 大三郎は真っ青な顔をしてターニャを見る。 
 ターニャはそんな大三郎の目を真っ直ぐ見つめ、「そうよ」と一言だけ言った。

 沈黙が続く。
 心地よい音を奏でる虫達の羽音や、木々の葉擦れの音がはっきりと聞こえる沈黙の中、その音が聞こえなくなるほど大三郎の時が止まった。
 
 「言ったでしょ? この娘達の存在を認めさせるのが、今の救世主であるあなたの役目だと」
 「そ、それは分かるけど……。そうじゃなくて、この世界って滅亡したのか? 滅亡から救う為に俺が呼ばれたんじゃないのか?」
 「そうよ」
 
 更に混乱する大三郎。

 「……。ど、どう言う事?」
 「だいざぶろーの監視人はエスカさんって言ったわよね?」
 「あ、ああ」
 「あなたを見つけたの」
 「う、うん、だ、だから、俺が来てる訳で……」
 
 大三郎は話について行けず、かなり動揺している。

 「今はね」
 「今は?」
 「見つけたけど、あなたはすでに亡くなっていた」
 「は?」
 
 想像もしていなかった事を突拍子も無く言われ、大三郎は目を丸くして固まる。

 「事故死か、病死か、老衰か、原因は知らないけど、エスカさんがだいざぶろーを見つけた時、もう青星に存在していなかったの」
 「な、なに言っているんだ?」
 「それが理由でこの世界は滅亡したわ」
 「ま、待って……、ちょちょ、ちょっ待って。俺が死んでた?」
 「そうよ」
 「な、なな、んん?」
 
 混乱する頭でターニャが何を言いたいのか理解しようとしたが、理解できず更に混乱する。

 「生きとし生ける者は、いずれ死を迎える。当り前の事よ」
 「いやいやいやいや。意味分かんない。意味分かんない」

 当り前だと言われても分かる訳が無い。
 大三郎にしてみれば、さっきから唐突に何を言っているんだと思うばかり。

 「でも、それは必要な事」
 「な、なな、何が必要なの?」
 「滅亡する事」
 「いやいやいやいや。必要じゃないから滅亡を阻止するんでしょ?」
 「滅亡するという答えが無いと、阻止するどころか回避も出来ないわ」

 ターニャのその言葉に大三郎は絶句した。
 冷静に少し考えれば分かる事。
 があってそれに向かうか回避するか。至極単純な答え。
 だが、そんな単純に割り切れるものでもない。
 だが、それが無い限り何も始まらない。何も終わらない。
 滅亡は最悪な終りではなく、全ての始まりだった。
  
 「不安定な世界だけど、そのまま存在し続けれるかもしれない。アリナイの意志が存在を認めてくれる時が来るかもしれない」

 その先を言わなくても大三郎は理解していた。
 
 「どうなるかは見てみないと分からない。そうなってみないと分からない。だから、神々はだいざぶろーの居ない世界にエスカさんを送った。その結果が……、この世界の滅亡だった」

 結果は見てからのお楽しみと言うやつだ。
 体の力が抜ける感覚。それに近いほど、大三郎は肩を落とす。
 大三郎は目を伏せ、もう一度ターニャの目を見て質問する。

 「エスカは……、どうなった?」
 「この世界が滅亡した所為で扉は力を失い、エスカさんは戻って来れなくなった。神々は、エスカさんを青星でも生きられるようにしてたみたいだけど……自ら――――」
 「分かった。それ以上は……言わなくていいよ」
 「ごめんなさい」
 「ターニャが謝る事じゃない」 

 凄く凄く辛く悲しい顔をして話すターニャに、これ以上、辛く悲しい話の結末を語らせたくなかった。
 大三郎はターニャの頭を指で撫で笑顔を見せる。
 ターニャは申し訳なさそうににこりと微笑み返した。 
 
 しばしの沈黙。
 ターニャは可愛い寝顔で小さな寝息を立てているパニティーを優しい目で見ている。
 大三郎もそんな二人を見ながら思考を巡らす。

 ――滅亡と言う結果が出た世界。……。ん? いや待てよ。この世界の滅亡は神様が決めた訳じゃない……。寧ろ、神様はこの世界を守ってきた。どうやって……? 本来、起こるべくして起こる事を起こさず、起こりえない事を起こしてその通りにしない。
 
 大三郎は徐々に気付き始める。 
 神々が何をしようと、大三郎に何をさせようとしているのかを。

 ――タイムパラドックスを敢えて起こす――と言う事……か。

 タイムパラドックスが起きた所為で、有ったモノが無かったり、無かったモノが有ったりと、本来起こりえない事が起きてしまい、元の世界線に戻すため、主人公が色々何かするという小説やアニメなどは見た事がある。だが、その逆は見た事も聞いた事も無い。
 しかし、滅亡するこの世界を救うのなら、あるはずのない『存在する』という選択肢をタイムパラドックスを敢えて起こし、本来あるはずのない『存在する』という選択肢を存在させる。

 タイムパラドックスを起こす映画やアニメや小説は今まで見てきたから、起こしたらどうなるかは想像がつく。暇つぶし程度でネットでも調べた事がある。
 大抵は元の世界線に戻す話が大半だった。存在するべきものが存在しなくなるからと。だから、元に戻さなければならないと。
 ここである疑問が浮かぶ。
 
 ――でもそれだったら、タイムパラドックスを起こしたって 滅亡は回避されないんじゃないか? だって、回避できたら、結局は最初から存在が許されてる事になるし。この世界は存在が許されていないんだもの、起こしたからと言って意味が無いんじゃないか? どう言う事だ? でも、過去に何かしらの出来事という既成事実を作った事で、その未来で本来はあり得なかった事が起こるからタイムパラドックスと言う言葉が出来た訳だし……。この世界を滅亡から回避させる……。滅亡から回避……。回避……。
  
 大三郎はある事に気付く、でもそれは根拠も確信も無い、あくまでも閃きに近い発想。だが、それしかないと大三郎は理解する。

 ――まさか……。嘘だろ? 出来るのかそんな事?

 口元に手を当て、目を見開いたまま一点を見つめる大三郎。
 閃きに近い発想に、それを思いついた大三郎本人が驚きを隠せないでいる。
 閃きが確信に変わるよう、辻褄を合わせようと考えれば考えるほど疑問が浮かび混乱していく。
 今はまだ知らない事の方が多い。多すぎると言っても良い。
 それでも大三郎は考える事を止めなかった。止める訳にはいかなかった。
 一つでも良い、一欠けらでも良い、閃きが確信に変わる何かが欲しと大三郎は必死に考え込む。  

 「だいざぶろーが使えるものって、ゴッド・フィンガーって言ってたわよね?」
 
 不意にターニャが話題を変えてきた。
 
 「え? あ、う、うん……」
 
 考え込んでいた大三郎はピクリと顔を上げ、ターニャを見て戸惑いながらも返事を返した。

 「それって、神技の事でしょ?」
 「そうだけど……。良く知ってるね?」
 「救世主が神技を使えるのは、この世界に住む者なら誰でも知っているわ」
 「そうなんだ?」
 「対価で失ったものがあるでしょ?」
 「それも知ってるのかい?」
 「ええ、知っているわ。救世主が神々から神技を授かる時、必ず対価を求められる」
 「まぁ、大したもんじゃなかったけど」
 「それは、自尊心?」 
 
 大三郎はターニャの言葉に目を丸くして驚く。

 「な、なんで分かるの? す、凄いね。ターニャって何者なの?」
 「ただの妖精よ。それより、だいざぶろーは異常なほど丈夫になったでしょ?」
 「う、うん」
 「……そう。やっぱり」
 「やっぱりって?」

 ターニャは少し考えるように黙り込み、そして、大三郎の目を見て話し始める。
 
 「最初に神々がだいざぶろーから自尊心を奪ったのは自覚を持たせないため」
 「自覚?」
 
 大三郎はターニャの言葉にキョトンとする。

 「そう。自覚は自尊心から芽生えるもの。自覚は自身の経験から得た記憶から生まれる。その記憶は時に一番厄介なものをも生んでしまう」
 「な、なに?」
 「神々も経験を積んでいく。不死身にした者や大三郎のように異常なまでに丈夫にした者が一番恐れるものを神々は知っていた」
 「な、なな、なに?」
 「それは、トラウマ」
 「トラウマ?」
 「そう。普通では死んでしまうような事が起きた時、不死身にした者や異常なまでに丈夫にした者の体は何ともなくても、そういった事を何度も繰り返すうちにトラウマが生まれ、やがて恐怖に耐え切れなくなり、心が壊れてしまう」
 
 ターニャの言葉を聞き大三郎はボソリと呟く。

 「廃人か……。そう成らないように俺から自尊心を取ったって事ね」
 「ええ、そう」
 「じゃあ、羞恥心は?」
 「自尊心も羞恥心も心の歯止め。自分自身を律する心。どちらもトラウマに関係する人の感情」
 「まぁ、言われてみればそうだね。だからか、エスカに何度も電撃を喰らっても何とも思わなかったのは」
  
 大三郎は納得したような顔と苦笑いが混じった顔で、溜息に似た笑みを零す。

 「そう。人の体を不死身にしても精神は無敵には出来ない。精神までをも無敵にするのであれば、それこそ最初から感情の無い人形や機械にしなければならない。人を人以外にする事は神々の間で禁止していて、言わばタブー中のタブー」
 「なんで?」
 「生命を生命では無いモノにするから」
 「あ……。そっか」
 
 会話をしている最中、大三郎はずっと気になっていた。
 パニティーに会った時、パニティーは滅亡の事を知っていた。理由は、自分は妖精だからと。
 ターニャも妖精だが、何故か、言葉の一つ一つがとても辛そうに話しているように聞こえてしまう。
 パニティーは性格上、あっけらかんとしている所がある。だから滅亡の事も、さして気にする様子も無く口にしたのだろうが、ターニャはまるで自分事のように話す。ターニャの性格なのだろうが、それ以上に感じて仕方がない。

 言葉の一つ一つを選び、本当に申し訳なく、語り掛けるように話してくれる。
 大三郎は心の中で、(この世界の妖精と言うのは本当に慈悲深い天使のようだ)と、心から思う。
 
 「それと、もう一つ神技について大切な話があるの」
 「何だい?」
 「神技はだいざぶろーの心の力を使うの」
 「心の力? 精神力ってこと?」
 「全て」
 「全て?」
 「そう。心の全て」
 
 心の全てと言われても大三郎に分かるはずもなく、キョトンとした顔を通り越し、呆けた顔でターニャを見る。
 そんな大三郎をターニャは悲しい目で見つめ返す。
 
 「だいざぶろー」
 「何?」
 「だいざぶろーは……」
 「うん?」
 「……。……闇落ちしたでしょ?」
 
 その言葉を聞いて、大三郎はターニャから視線を外し一瞬黙り込んだ後、もう一度ターニャを見て返事を返す。

 「……。みたいだね。あんまり覚えてないんだ」

 苦笑いで答える大三郎の目をターニャは真っ直ぐ見つめる。

 「神技を使い過ぎると心が暴走するの」
 「心が暴走する?」
 
 大三郎はその言葉に不思議そうな顔で聞き返す。

 「そう。神々の加護に、だいざぶろーの心が追いつかなくなるの」
 「発狂するって事?」
 「言葉の表現的には、それが一番近いかもね」
 「そうなんだ……」
 「問題はそこではないの」
 「何?」
 「対価として奪われた自尊心が、心の許容範囲を超え易くさせてしまったの。その所為で、自分自身の許容範囲を超えた怒り、悲しみ、そう言った感情が呼び水となり、だいざぶろーの意思とは関係なく念疫を呼び寄せてしまった」
 「それで、闇落ちしたって事か……」
 
 溜息のように呟く。

 「そして、心に入って来た念疫は、だいざぶろーの心を占拠してしまう」
 「乗っ取られるって事だね」
 「いいえ」
 「え? 違うの?」
 
 大三郎は驚いた顔でターニャを見る。

 「乗っ取る意志はないの。ただ占拠する。そして、占拠した念疫は自分の負の感情をだいざぶろーの心に撒き散らす」
 「撒き散らす? 何故に?」
 「自分達の痛みを知って欲しくて、辛さを分かって欲しくて、助けて欲しくて。だいざぶろー、あなたに縋るの」

 その言葉を聞いて言葉を失う。
 嫌な夢だと思っていた曖昧な記憶。
 夢ではなく現実。
 負の感情と言われる人達と大三郎は確かに触れ合った。
 そして、拒絶した。

 曖昧な記憶が少しだけ鮮明になる。
 拒絶する前、大勢の人のような、縋る手、縋る目、縋る声。そして、聞こえた『お願い、助けて』『連れて行って』という言葉。

 パニティーの声が聞こえなかったら、その負の感情達に飲み込まれていた。
 そして思い出す。

 ”何も出来ない自分に怒りが爆発したんだ”と。
 
 メルロ、ソフィーア、そして、パニティーの家族。
 恥も外聞も無く、必死に懇望してきたメルロ。
 自ら命を絶とうとしたソフィーア。
 誰よりも自分を自慢してくれるパニティーと、心から懐いてくれる幼さが残るマーヤの家族を傷つけられた。
 こんな自分を大好きな本の主人公と被らせてくれた幼いリリーを傷つけられた。
 そして、縋る人達。

 そんな人達を前に、何も出来ない自分に心底腹が立った。それが爆発したんだと。

 心のブレーキがあったとしたら、「俺には無理だよ」「俺は何もしてやれない」などと、自分を卑下し、無理矢理にでも理由を作って、誰かの為に怒れる自分に目を反らそうとしていたはず。
 
 後悔にも似た、遣る瀬無い思いに駆られる大三郎に、ターニャは優しく声をかける。

 「だいざぶろーが救世主で良かった」

 ターニャの言葉に驚く。
 
 ――こんな俺で良かった?

 素直には受け止められない。

 「……。良くなんかないよ。……俺以上に適任な奴が居ただろ。必ずこの世界を救える奴は居ただろ……なんで、俺なんか、連れて来たんだ、……あいつは」

 俯いて独り言のように呟く。
 ターニャはそんな大三郎を真っ直ぐ見つめる。

 「それは、滅亡した時のエスカさんが、だいざぶろーに決めたから」
 
 ターニャの言葉に、大三郎は俯いたまま眉間にしわを寄せ、憤りが混じるように呟く。

 「前のエスカも今のエスカも、何を考えてんだ。ここに来たのだって、アンケートに答えただけで……。それだけで、俺を連れてくるとか……、馬鹿じゃねーの。ほんと、マジで、馬鹿じゃねーの。……ちゃんと探せよ。他に居るだろ……ちゃんとした奴が」 

 何もやり遂げたことの無い自分だから、必ず救えるという自信が無いから。でも、それでも、この世界をパニティー達を守りたいから、ちゃんと救ってくれる奴を連れて来てほしかった。

 「エスカさんが他の人を連れて来ても、神々は認めなかったと思うわ」
 「……なん、で?」
 
 大三郎は顔を上げ、困惑した表情でターニャを見る。

 「あなただから認めたのよ」
 「何で俺なんだ? 何で俺なんか神々は認めたんだ?」
 「分からないわ。でも、理由はある」

 そう言いながら真っ直ぐ見つめてくるターニャの視線から、大三郎は目を反らし口を閉ざす。
  
 「だいざぶろーは、この世界を、パニティー達を守ってはくれないの?」

 大三郎はその言葉にピクリと体を動かす。 

 「……救いたいよ、守りたいよ。でも、俺、馬鹿だし、何の取柄も無いし。無駄に年食ってきた、ただの30過ぎのおっさんだから……。……ほんと、自分で言ってて情けねぇな……ほんと。……守りてぇ~なぁ。ちくしょ……」

 大三郎は自分が情けなくて涙が出そうになる。それを作り笑いで必死に堪え、パニティーの頭を指先で優しく撫でる。

 「これからも神技を授かる事になるわ。そして、対価として色々な物を失う。色々失っていく中で神技を使えば、だいざぶろーの心の負担は更に大きくなる。人に記憶がある限り、自尊心や羞恥心を取り除いたとしてもトラウマを完全に無くす事はできない。負担に耐え切れなくなった時、だいざぶろーがどうなるか分からない。だけど、神技を使わなければ神々が示した神託はこなせない。この世界を救う事ができなくなる」

 クエストをこなせば世界を救える道を歩めるが、同時に自分の何かを失っていく。その中で、絶対に必要な神技以外を使えば、クエストをこなす確率は高くなるが、使えば使う程、何かを失う以上の自分がどうなるのか分からない危険に晒される。

 「アリナイの意志がこの世界を滅亡させる前に、また闇落ちをして、だいざぶろーがこの世界を終わらせてしまうかもしれない。だけど、これだけは忘れないで」
 
 ターニャは少し間を置き、パニティーの頭を指先で優しく撫でながら自分の話を聞いている大三郎の指に手を添える。

 「あなただからこそ、神々はあなたを選んだの。あなただからこそ、神々はあなたに託したの。だいざぶろーにとっては迷惑かもしれない、迷惑この上ないかもしれない」

 パニティーの頭を撫でている指が止まる。

 「だいざぶろーが自分を犠牲にしてでも守りたいと思えない世界かもしれない。自分自身を犠牲にする事が馬鹿らしく思ってしまう世界かもしれない。だけど、この世界に居る者達にとっては、あなたはたった一人の救世主。たった一つの希望」

 指先に感じるパニティーの感触。
 自分の指に触れているターニャの小さな手の感触。

 「ごめん。この世界の事は、あんまり分かんないから、……正直、今は、心の底から守りたいとは思えていない」

 話す声が震える。

 「……だけど、俺……、俺さ、パニティーの救世主なんだ、私の救世主だって言ってくれたんだ。エスカもさ、こんな俺をさ、世界を救える救世主だって信じてんだ。バカみてーに……、信じて、救世主として見てんだ」

 堪えていたものが溢れだす。

 「だからさ、……本物の救世主に成りてぇんだ。本当は、俺自身が俺を認めるほどの救世主ってやつに成りてぇんだ。……でも、どうして良いか分かんねぇんだ。どうやったら、皆を救える救世主に成れるか分かんねぇんだ」

 パニティーがたった一人で、こんな自分を庇ってくれた事を思い出すと悔しくて悔しくて、自分に悔しくて涙が出てしまう。
 
 「二度も滅亡なんかさせたくねぇよ……。二度も死なせたくねぇよぉ……。でも、どうして良いか分かんねぇんだよぉ……。どうしたら、本物の救世主ってやつに成れるか……分かんねぇんだ……」

 自分の不甲斐なさに涙が止まらない。
 自分の頭の悪さに涙が止まらない。
 悔し涙が止まらない。

 現実世界で誰かの為に何かをした事の無い男の初めての思い。
 誰かの為に。
 誰かの為の自分に成りたい。
 
 成りたいのに成り方が分からない。
 成りたいのに成れない自分への悔しさ。
 だがそれでも切に思う。成りたいと。

 誰がための君。

 そう聞かれた時、どんなに格好悪くても胸を張って答えられる、誰かの為の救世主自分に成りたいと。
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