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妖精の森編
最凶の鉾VS最強の盾⑧
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「救世主よ」
「んだよ?!」
ぐったりとしているエブルットの両襟を掴んだままパハミエスを睨む。
「直接関係ないとはいえ、呪いを掛けたのは我だ」
「でも、何か違うんだろ?! じーさんじゃ、もう、どーにも出来ないんだろ?!」
「今の我では何も出来ん」
「だったら、黙ってろよ!」
「救世主よ。エブルットを痛めつけても変わらんぞ」
「……。んな事、……んな事ぁー分かってんだよ!」
大三郎はエブルットを投げ捨てるように両襟から手を離し立ち上がる。
固く握りしめた手からは血が滴り落ち、やり場のない怒りで体を小刻みに震えさせたまま俯く。
「救世主よ」
「……何だよ?」
パハミエスの呼びかけに、大三郎は俯いたまま小声で答える。
「我もあの女子を見た時、不思議であった」
「……何がだよ?」
「呪いと言うのは、他者に解かれた場合、術師に知らせが来るものだ。だが、我には来なかった」
「どういう意味だよ?」
「そこが不思議なのだ」
「言いたい事があるなら、はっきり言えよ! ……俺はバカだからさ、遠回しに言われても分かんねーんだよ……。どーして良いかも、分かんねーんだよ……」
大三郎は俯いたまま、ボロボロになった両手で自分の顔を掴むように覆う。
神々が最初に大三郎から『自尊心』を奪ったのかは、後に知る事になるのだが、その片鱗が今の大三郎に現れ始めていた。
「我の呪術を解くとしたら、妖精の泉くらいだ」
その言葉を聞いた大三郎は、覆っていた手をゆっくり降ろしパハミエスを見る。
「……そうなのか? だ、だったら、妖精の泉に連れて行けばソフィーの呪いは解けるのか? じーさん? そうなのか?」
「救世主様!」
メルロの大声に、大三郎は驚き振り向く。
「ど、どうした?!」
「無理なのだ……。妖精の泉は……」
「なに? 聞こえないぞ? 待ってろ、今そっちに行くから」
大三郎がメルロの方へ歩き出した時、パハミエスが大三郎の知らない真実を話し始める。
「ふむ。今の妖精の泉では呪いは解けん」
「え? なん、で? 今さっき、解けるって言ったじゃん?」
大三郎は立ち止まり、パハミエスに振り返った。
「妖精の泉は本来の力を失っている」
「な、何で?」
「泉に妖精の血が流れたからだ」
「血? 血って……、どういう意味だよ、じーさん?」
「我の手下が妖精を斬り、その血が泉に流れた。その事で、泉は森の終焉の知らせとして受けとり、泉の力を自ら消滅させた」
大三郎は顔を青ざめさせ、信じられないと言う表情でパハミエスを見る。
「……ちょっと待てよ。……今、……何て……言った?」
「妖精の泉と言うのは、魔力の源でもあり、その魔力は計り知れん。それを外部の者に悪用されない為に、妖精が森から居なくなる時、最後に残った者が泉に血を流す。そして――――」
「そーじゃねーよ!」
「何がだ?」
「斬ったって……、何時だよ? それ、何時の事だよ?」
「半年前の事だが?」
それを聞いた大三郎は愕然とした。
「何で……、何で、そんな事すんだよ? ……何で。 何でだよ!? じじぃ!!」
「呪いを解かせない為以外の事は知らん。我が直接、命令をした訳ではないからな」
「誰が命令したんだよ?」
「そこに寝ておるだろう」
パハミエスは地面にぐったりと転がっているエブルットに目線を送る。
大三郎は小刻みに震えながら、ゆっくりとエブルットに顔を向けた。
「お、おま、お前……。お前ぇええええ!!!」
大三郎が大声で叫ぶと、ドン! と、大三郎を中心に空気が振動した。
「む?!」
パハミエスは、その空気の振動が異常なのを察知し、左手に持っていた本を前に出す。すると、分厚い本がパラパラパラパラと、勝手にめくれ、あるページで止まる。
「杉田様! どうなさ――――ッ?!」
エスカも異変に気付き、大三郎の名を呼ぶが、何処から聞こえてくるのか、誰かの囁く声が聞こえる。何を言っているのか分からないが、一人や二人ではない。大勢の囁き。その囁く声が徐々に大きくなっていく。
「な、何だ?」
メルロとソフィーアは辺りをキョロキョロと見渡す。そしてメルロは気づく。その声は四方八方から地面を這って聞こえてきている事に。
「エスカ殿。こ、これは一体? ――エスカ殿?」
メルロがエスカを見ると、「……ま、まさか。……そ、そんな。……そんな」と、体を震えさせながら、魂が抜けかけたように呆然とした顔をしている。
その時、囁き声が大三郎めがけ、エスカやメルロ達を特急列車が通り過ぎていくように駆け抜けた。
囁き声だと思っていたモノは、悲鳴、奇声、叫び、泣き声、恨み辛みの嘆きが混ざり合い、大勢の囁く声に聞こえていただけだった。
そして、声達が大三郎の下でぶつかり合うように一つになる。
一瞬の静寂の後、大三郎の真下から、ぶつかり混ざり合った声達が一斉に断末魔を上げる。それと同時に、大三郎を囲むように無数の黒い影の手が天を突くように現れた。
地面から無数に伸びる黒い影の手が、大三郎にしがみ付くように集まっていき、しがみ付いた所から黒いタール状の何かをボタボタと滴り落としていた。
「闇落ちか……。手が出せんな」
パハミエスは、チラリと捲られたページに目をやり、ぼそりと呟く。
エスカは、よろよろと大三郎に向かい歩き出すが、余りの出来事の所為で足に力が入らないのか、ガクンと膝をついてしまう。それでもエスカは、這いつくばるように大三郎に向かう。
「杉田様……。ダメ……、ダメ、行っちゃダメ……。行っちゃダメ……。行かないで―!!」
エスカの叫び声が聞こえたのか分からないが、大三郎は影の手に包まれながら「エ、ス……カ?」と呟いた。その一瞬だけ、大三郎の体に纏わりついていた影の手の動きが止まった。
「む!」
パハミエスはその瞬間を見逃さなかった。分厚い本を上に放り投げ、本に向かい杖を掲げ魔名を唱えた。
「サ・ヴァマティ・ゼヴィント!」
魔名を唱えた直後、分厚い本がバラバラになり、全てのページが一斉に大三郎と影の手を包み込む。
パハミエスは間髪入れず、大三郎の下まで転移魔法で瞬間移動すると、杖で大リーガーのホームラン王の如く、見事なフォームで大三郎をかっ飛ばした。
地面から伸びている影の手が、かっ飛ばされた大三郎について行けないのか、ブチブチと千切れていく。
「トリナル・インフォルデッド!」
パハミエスはすかさず杖を振り上げ魔名を唱えると、そのまま地面に振り下ろす。
腹に響くほどの鈍い音がすると、地面から伸びていた無数の影の手が消え、声達も霧散していく。
パハミエスは、人差し指と中指を額に当て、持っている杖にその指を擦るように当てると、杖の両端が光を帯びた。そして杖をグルンと一回転させ、杖の先端を地面にドン! と、置いた瞬間、パハミエスを中心に円形の立体魔方陣が現れ、エスカ達の目の前まで急速に膨れ上がった。
「結……界?」
エスカがぼそりと呟く。
「エ、エスカ殿? これは結界なのか? こ、こんな巨大な結界なんて、見た事がないが?」
エスカはメルロの問いかけには答えなかった。聞こえていなかったと言った方が正しいのか、エスカはよろよろと結界にもたれ掛かるように両手をつき、声にならない声で「杉田様……。杉田様……」と繰り返し、結界を弱弱しく叩く。
「聖騎士よ。答えなくていい。そのまま聞け。先ほどの機会などもう無いだろう。闇落ちを防げるのも、これが最初で最後だと知れ」
パハミエスは蚕の繭のようにページに包まれ、うずくまっている大三郎を見ながら、声に魔力を込め話しかけた。
エスカはパハミエスの魔力を込めた声にピクリと反応する。
「良いか聖騎士よ。あの救世主が名を上げた者を一人とて死なすな。誰か一人でも命を落とす事があれば、二度目の闇落ちが起きるだろう。その時、全てが終わり、誰も新世界へ行く事はできぬ。努々忘れるな」
「新、世界? 新世界とは何ですか? 何の事を言って――――」
エスカがパハミエスに問いかけた時だった、パキン、パキンと細い鉄を折るような音がした。
それは、繭のようになっている大三郎から聞こえる。
「聖騎士よ。話は終わりだ」
「待って! 杉田様はどうなるのですか!? 無事なのですか!? パハミエス!! 答えて!!」
パハミエスは持てる全ての魔力を解放するため集中し始めた。
「パハミエス!! 杉田様は――――」
「エスカさん。そう興奮しないで見てれば分かるよ」
不意に声を掛けられ、振り向くと見覚えの無い男が立っていた。
「……貴方は?」
「僕はダルト。杉田君に妹と妹の知り合いがお世話になった者、そう覚えておいてくれれば良いよ」
「妹……?」
「ああ。それより、始まるよ」
「え?」
ダルトは大三郎達に目をやる。
「パハミエスなら、何とかしてくれるだろう」
「貴方はパハミエスを知っているのですか?」
「まぁね。それより、ラ・レボルテが始まる」
「ラ・レボルテ……。古代語で『退魔戦』まさか!?」
エスカが慌てて大三郎を見ると、蚕の繭のようになっていた背中の部分が割れ始め、その中からドロッとした黒い液体を垂らしながら大三郎が現れた。
「杉田様!」
「人の形は保ってるみたいだね」
少しホッとした顔をするダルト。
そのダルトにメルロが問いかける。
「人の形を保っているとは、どういう意味だ? 御仁よ」
「勇者や英雄などが闇落ちするとね、人ではなくなるんだよ」
「人ではなくなる?」
「そう。魔に堕ちた者に成ってしまう」
「悪魔になると言う事か? 御仁よ」
「形は様々だけど、悪魔さえも喰らう生き物。生物。生命体。そんなところだよ」
「きゅ、救世主様は、救世主様はどうなってしまうのだ? 御仁よ!?」
「完全に闇落ちをした訳じゃないからね、今ならまだ、パハミエスが何とかしてくれると思う」
「何とかならなかったら、救世主様はどうなるのだ? どうなってしまうのだ!?」
「杉田君がどうなるって言うより、その時点で、この世界に存在している全ての命が終わるよ」
それを聞いたメルロは言葉を失い、よろよろとエスカの所へ行くと、エスカの服を掴む。
「エスカ殿。大丈夫だろう? 救世主様は大丈夫だろう? エスカ殿の最大魔法を受けても平気な人だ。大丈夫だろう? エスカ殿……、だい……じょうぶ、だろう? な? そうだろう? なぁ……、エスカ……どの?」
メルロはエスカの服を掴み、何度も問いかける。その声が徐々に弱弱しく震えた声になっていく。エスカの横顔を見てしまったから。
あれだけ毅然としていたエスカが、まるで、大切な宝物を失い悲しみに暮れる少女のような顔で、涙を流し大三郎を見ていた。
そして、結界に両手を添えたまま、前のめりで寄りかかるように、ズルズルとへたり込んでいった。
「今はまだ五分五分と言ったところだけど、大丈夫。僕はパハミエスを信じるよ。だから、君達も、君達の救世主を信じるんだ。杉田君なら戻ってくると信じるんだ」
もうその言葉にしか頼るところの無いエスカ達は、これから起きる退魔戦を見守るしかなかった。
「んだよ?!」
ぐったりとしているエブルットの両襟を掴んだままパハミエスを睨む。
「直接関係ないとはいえ、呪いを掛けたのは我だ」
「でも、何か違うんだろ?! じーさんじゃ、もう、どーにも出来ないんだろ?!」
「今の我では何も出来ん」
「だったら、黙ってろよ!」
「救世主よ。エブルットを痛めつけても変わらんぞ」
「……。んな事、……んな事ぁー分かってんだよ!」
大三郎はエブルットを投げ捨てるように両襟から手を離し立ち上がる。
固く握りしめた手からは血が滴り落ち、やり場のない怒りで体を小刻みに震えさせたまま俯く。
「救世主よ」
「……何だよ?」
パハミエスの呼びかけに、大三郎は俯いたまま小声で答える。
「我もあの女子を見た時、不思議であった」
「……何がだよ?」
「呪いと言うのは、他者に解かれた場合、術師に知らせが来るものだ。だが、我には来なかった」
「どういう意味だよ?」
「そこが不思議なのだ」
「言いたい事があるなら、はっきり言えよ! ……俺はバカだからさ、遠回しに言われても分かんねーんだよ……。どーして良いかも、分かんねーんだよ……」
大三郎は俯いたまま、ボロボロになった両手で自分の顔を掴むように覆う。
神々が最初に大三郎から『自尊心』を奪ったのかは、後に知る事になるのだが、その片鱗が今の大三郎に現れ始めていた。
「我の呪術を解くとしたら、妖精の泉くらいだ」
その言葉を聞いた大三郎は、覆っていた手をゆっくり降ろしパハミエスを見る。
「……そうなのか? だ、だったら、妖精の泉に連れて行けばソフィーの呪いは解けるのか? じーさん? そうなのか?」
「救世主様!」
メルロの大声に、大三郎は驚き振り向く。
「ど、どうした?!」
「無理なのだ……。妖精の泉は……」
「なに? 聞こえないぞ? 待ってろ、今そっちに行くから」
大三郎がメルロの方へ歩き出した時、パハミエスが大三郎の知らない真実を話し始める。
「ふむ。今の妖精の泉では呪いは解けん」
「え? なん、で? 今さっき、解けるって言ったじゃん?」
大三郎は立ち止まり、パハミエスに振り返った。
「妖精の泉は本来の力を失っている」
「な、何で?」
「泉に妖精の血が流れたからだ」
「血? 血って……、どういう意味だよ、じーさん?」
「我の手下が妖精を斬り、その血が泉に流れた。その事で、泉は森の終焉の知らせとして受けとり、泉の力を自ら消滅させた」
大三郎は顔を青ざめさせ、信じられないと言う表情でパハミエスを見る。
「……ちょっと待てよ。……今、……何て……言った?」
「妖精の泉と言うのは、魔力の源でもあり、その魔力は計り知れん。それを外部の者に悪用されない為に、妖精が森から居なくなる時、最後に残った者が泉に血を流す。そして――――」
「そーじゃねーよ!」
「何がだ?」
「斬ったって……、何時だよ? それ、何時の事だよ?」
「半年前の事だが?」
それを聞いた大三郎は愕然とした。
「何で……、何で、そんな事すんだよ? ……何で。 何でだよ!? じじぃ!!」
「呪いを解かせない為以外の事は知らん。我が直接、命令をした訳ではないからな」
「誰が命令したんだよ?」
「そこに寝ておるだろう」
パハミエスは地面にぐったりと転がっているエブルットに目線を送る。
大三郎は小刻みに震えながら、ゆっくりとエブルットに顔を向けた。
「お、おま、お前……。お前ぇええええ!!!」
大三郎が大声で叫ぶと、ドン! と、大三郎を中心に空気が振動した。
「む?!」
パハミエスは、その空気の振動が異常なのを察知し、左手に持っていた本を前に出す。すると、分厚い本がパラパラパラパラと、勝手にめくれ、あるページで止まる。
「杉田様! どうなさ――――ッ?!」
エスカも異変に気付き、大三郎の名を呼ぶが、何処から聞こえてくるのか、誰かの囁く声が聞こえる。何を言っているのか分からないが、一人や二人ではない。大勢の囁き。その囁く声が徐々に大きくなっていく。
「な、何だ?」
メルロとソフィーアは辺りをキョロキョロと見渡す。そしてメルロは気づく。その声は四方八方から地面を這って聞こえてきている事に。
「エスカ殿。こ、これは一体? ――エスカ殿?」
メルロがエスカを見ると、「……ま、まさか。……そ、そんな。……そんな」と、体を震えさせながら、魂が抜けかけたように呆然とした顔をしている。
その時、囁き声が大三郎めがけ、エスカやメルロ達を特急列車が通り過ぎていくように駆け抜けた。
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そして、声達が大三郎の下でぶつかり合うように一つになる。
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「闇落ちか……。手が出せんな」
パハミエスは、チラリと捲られたページに目をやり、ぼそりと呟く。
エスカは、よろよろと大三郎に向かい歩き出すが、余りの出来事の所為で足に力が入らないのか、ガクンと膝をついてしまう。それでもエスカは、這いつくばるように大三郎に向かう。
「杉田様……。ダメ……、ダメ、行っちゃダメ……。行っちゃダメ……。行かないで―!!」
エスカの叫び声が聞こえたのか分からないが、大三郎は影の手に包まれながら「エ、ス……カ?」と呟いた。その一瞬だけ、大三郎の体に纏わりついていた影の手の動きが止まった。
「む!」
パハミエスはその瞬間を見逃さなかった。分厚い本を上に放り投げ、本に向かい杖を掲げ魔名を唱えた。
「サ・ヴァマティ・ゼヴィント!」
魔名を唱えた直後、分厚い本がバラバラになり、全てのページが一斉に大三郎と影の手を包み込む。
パハミエスは間髪入れず、大三郎の下まで転移魔法で瞬間移動すると、杖で大リーガーのホームラン王の如く、見事なフォームで大三郎をかっ飛ばした。
地面から伸びている影の手が、かっ飛ばされた大三郎について行けないのか、ブチブチと千切れていく。
「トリナル・インフォルデッド!」
パハミエスはすかさず杖を振り上げ魔名を唱えると、そのまま地面に振り下ろす。
腹に響くほどの鈍い音がすると、地面から伸びていた無数の影の手が消え、声達も霧散していく。
パハミエスは、人差し指と中指を額に当て、持っている杖にその指を擦るように当てると、杖の両端が光を帯びた。そして杖をグルンと一回転させ、杖の先端を地面にドン! と、置いた瞬間、パハミエスを中心に円形の立体魔方陣が現れ、エスカ達の目の前まで急速に膨れ上がった。
「結……界?」
エスカがぼそりと呟く。
「エ、エスカ殿? これは結界なのか? こ、こんな巨大な結界なんて、見た事がないが?」
エスカはメルロの問いかけには答えなかった。聞こえていなかったと言った方が正しいのか、エスカはよろよろと結界にもたれ掛かるように両手をつき、声にならない声で「杉田様……。杉田様……」と繰り返し、結界を弱弱しく叩く。
「聖騎士よ。答えなくていい。そのまま聞け。先ほどの機会などもう無いだろう。闇落ちを防げるのも、これが最初で最後だと知れ」
パハミエスは蚕の繭のようにページに包まれ、うずくまっている大三郎を見ながら、声に魔力を込め話しかけた。
エスカはパハミエスの魔力を込めた声にピクリと反応する。
「良いか聖騎士よ。あの救世主が名を上げた者を一人とて死なすな。誰か一人でも命を落とす事があれば、二度目の闇落ちが起きるだろう。その時、全てが終わり、誰も新世界へ行く事はできぬ。努々忘れるな」
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エスカがパハミエスに問いかけた時だった、パキン、パキンと細い鉄を折るような音がした。
それは、繭のようになっている大三郎から聞こえる。
「聖騎士よ。話は終わりだ」
「待って! 杉田様はどうなるのですか!? 無事なのですか!? パハミエス!! 答えて!!」
パハミエスは持てる全ての魔力を解放するため集中し始めた。
「パハミエス!! 杉田様は――――」
「エスカさん。そう興奮しないで見てれば分かるよ」
不意に声を掛けられ、振り向くと見覚えの無い男が立っていた。
「……貴方は?」
「僕はダルト。杉田君に妹と妹の知り合いがお世話になった者、そう覚えておいてくれれば良いよ」
「妹……?」
「ああ。それより、始まるよ」
「え?」
ダルトは大三郎達に目をやる。
「パハミエスなら、何とかしてくれるだろう」
「貴方はパハミエスを知っているのですか?」
「まぁね。それより、ラ・レボルテが始まる」
「ラ・レボルテ……。古代語で『退魔戦』まさか!?」
エスカが慌てて大三郎を見ると、蚕の繭のようになっていた背中の部分が割れ始め、その中からドロッとした黒い液体を垂らしながら大三郎が現れた。
「杉田様!」
「人の形は保ってるみたいだね」
少しホッとした顔をするダルト。
そのダルトにメルロが問いかける。
「人の形を保っているとは、どういう意味だ? 御仁よ」
「勇者や英雄などが闇落ちするとね、人ではなくなるんだよ」
「人ではなくなる?」
「そう。魔に堕ちた者に成ってしまう」
「悪魔になると言う事か? 御仁よ」
「形は様々だけど、悪魔さえも喰らう生き物。生物。生命体。そんなところだよ」
「きゅ、救世主様は、救世主様はどうなってしまうのだ? 御仁よ!?」
「完全に闇落ちをした訳じゃないからね、今ならまだ、パハミエスが何とかしてくれると思う」
「何とかならなかったら、救世主様はどうなるのだ? どうなってしまうのだ!?」
「杉田君がどうなるって言うより、その時点で、この世界に存在している全ての命が終わるよ」
それを聞いたメルロは言葉を失い、よろよろとエスカの所へ行くと、エスカの服を掴む。
「エスカ殿。大丈夫だろう? 救世主様は大丈夫だろう? エスカ殿の最大魔法を受けても平気な人だ。大丈夫だろう? エスカ殿……、だい……じょうぶ、だろう? な? そうだろう? なぁ……、エスカ……どの?」
メルロはエスカの服を掴み、何度も問いかける。その声が徐々に弱弱しく震えた声になっていく。エスカの横顔を見てしまったから。
あれだけ毅然としていたエスカが、まるで、大切な宝物を失い悲しみに暮れる少女のような顔で、涙を流し大三郎を見ていた。
そして、結界に両手を添えたまま、前のめりで寄りかかるように、ズルズルとへたり込んでいった。
「今はまだ五分五分と言ったところだけど、大丈夫。僕はパハミエスを信じるよ。だから、君達も、君達の救世主を信じるんだ。杉田君なら戻ってくると信じるんだ」
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