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彦野 うとむ

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妖精の森編

最凶の鉾VS最強の盾⑦

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 「お主の秘密を見させてもらうぞ」
 「え?」
 「ま、まさか!? 杉田様! 精神魔法攻撃です! 気を付けて!」
 「き、気を付けてって、どうやって?」
 「攻撃ではない。見るだけだ」
 「え? え?」
 
 エスカは気を付けてと顔を青くして言ってくるし、パハミエスは攻撃ではないと言うし、というより、魔法に対して受ける事以外、何もできないしで大三郎はオロオロするばかり。
 そんな大三郎に構わずパハミエスは魔法を唱える。

 「ビュパース・モレイ」

 パハミエスはそう唱え、持っている杖でコツンと大三郎の額を軽く小突いた。
 一瞬、硬直する大三郎。

 「ビュパース・モレイ……。パハミエス! 杉田様に何をしようとしているのです!?」
 「ムキにならずともよい。こやつの秘密を見るだけだ」
 「秘密?」
 「そう。こやつは謎だらけだ。人は、人に知られたくない過去にこそ秘密がある。そこに、こやつの本質があるのだ。心の奥で何を感じ何を考え、それを如何に原動力とするのか、全てはそこにある」

 パハミエスの言葉にエスカは少し考えた。

 ――確かに。ビュパース・モレイは攻撃魔法でも闇魔法でもなく、精神、肉体に一切の害を与えない、精神魔法の中で最高位に位置するもの。それに、杉田様の過去、秘密、本質……。何時も何を考えているのか、そこにこそ本来の杉田様がいる。本心を言えば、私も知りたいこと。寧ろ、私が知らなければならないこと。本来の杉田大三郎。最初に神技を授かりし時、対価として失った自尊心。そして、次に失った羞恥心。その所為で、たかが外れている部分は多々ある。更にその奥にあるもの……。そこにこそ、私が支えるべき杉田様の姿がある。

 全てを預けたメルロもソフィーアも、その場にいた全員が大三郎に注目する。
 すると、大三郎はガクガクと震えだし、腹部を両腕で押さえるようによろめきながらエスカ達から離れていく。

 「う、うう、ううう……」
 「む?」
 「す、杉田様?」
 「うあ……あ、ああ」
 「ほう。ビュパース・モレイに抵抗するか」
 「パハミエス! 何をしたのです!?」
 「何もしておらん」
 「明らかに様子がおかしいではありませんか!」
 「余程、知られたくないのだろう」
 「知られたくない? ……それ程の事」 

 エスカは大三郎が心配だったが、ビュパース・モレイは人体などに悪影響を及ぼすことは無い。
 それに、既に魔法は発動している。魔力が底を尽きかけている今のエスカには、魔法を解除できる程の魔力は残ってはいなかった。
 見守るしかない。本来の杉田大三郎を見届けるしかない。己の全てを捧げ、支えるべき男の本来の姿を。
  
 大三郎は少し離れた所で立ち止まり、「うぉおおおお!」と、雄たけびを上げ、腹部を押さえていた両腕の右手だけを高らかに上げると同時に叫んだ。

 「俺のターン! 袋からドロー! 18禁をデッキにセットし、画面の前を陣取りティッシュを片手にヘッドフォンを装着! ヘッドフォンの効果により、大音量で聞いても外に漏れない効果発動! 更に、スタミナドリンク服用! スタミナドリンクの効果により、二発目発射を可能にする! そして、次のエロを場に伏せターンエンド!」
  
 ピンクのTバック姿で、今にもデュエルしそうなポーズを決める大三郎。

 「……は?」

 エスカは大三郎が何を言っているのか分からなかった。エスカだけではなく、その場に居た全員。
 
 大三郎が地球にいる時、18禁DVDをレンタル店から借りて来て、部屋で一人、賢者タイムの前の儀式をする時に言った、誰にも言えない秘密だった。

 「ど、どう言う意味だ? 救世主様?」
 
 皆が石化状態の中、唯一口を開いたのはメルロだけだった。
 そのメルロに対して、大三郎はデュエルポーズのまま答える。

 「賢者になるための儀式をする前に言った言葉です。それ以上は聞かないでください」
 「なっ?! 救世主様は青星で賢者もしておられたのか?! か、神々が貴方を救世主にした理由がよく分かった」
 「不思議と恥ずかしくはないので一つだけ言っても良いですか?」
 「何だ救世主様? まだ凄い秘密があるのか?」
 「秘密じゃない」
 「では何だ?」
 「それ以上、俺を美化した目で見ないでください」
 「美化? 何の事を言っているのか分からんが、貴方は凄い御仁だぞ救世主様!」
 「うん。申し訳なくて泣きそうなんだ。俺が救世主でごめんね。ホント、ごめんね」
 「救世主様。貴方は謙虚すぎる。だが、権力や地位をかさに威張り散らす奴等などより、遥かに崇高な人物だ」
 「うん。色々ポジティブに捉えてくれるメルロに、罪悪感を感じ過ぎて、もう俺、泣きそうなの通り越して吐きそう」
 
 大三郎自身、格好良い救世主には成れないと分かっていた。
 ほぼ全裸で、股間をもっこりとさせたお尻丸出しのピンクのTバックを履き、もう、どう足掻いても誤魔化しがきかない賢者タイム前の秘密の儀式を知られたうえ、それを美化した目で見られ褒め称えられている。
 自尊心と羞恥心があったとしたら、消えて無くなりたいと思う程の耐えられない現状。

 「何を言うか救世主様! 貴方は、神から授かりし神技の御業で、ソフィーの呪いを触れただけで解いてくれたではないか!? 何よりも、何よりも! 私達の為に我が身を顧みず戦ってくれる貴方は、何の見返りも要求しない! そんな御仁を崇高な人物と言っても過言ではない!」

 真っ直ぐ見つめ胸を張り言ってくるメルロに、大三郎は口に手を当て、今にも泣きそうな顔でメルロを見る。 
 
 「そうか。お主……、賢者の知識と能力も兼ね備えていると言うわけか。ふむ、なるほどな。それなら我が魔法も容易く解かれたのにも合点がいく。そして、聖騎士がお主に対する態度、そこの女子がお主を救世主と呼ぶ。お主は本物の救世主というわけか。ふむ。いくら神の御業が使えるといえ、その魔法に対する知識が無ければ ――」
 「そこ! 俺を美化させるような事を言わない! ほんとやめてほんと!」
 「お主。あの青星から来た者だろう? その青星から来た本物の救世主で、その青星では賢者まで経験している。実に、実に面白い。……ふふ……はは……、あははは!」
 
 無機質な顔だったパハミエスが声を出して笑う。

 「あは、あはは……何か面白い事でもあったのかな?」
 「ああ、実に面白い。これからは、お主を救世主と呼ばねばならんな」
 「そ、そうですか」
 
 腹を抱え笑いながら観客のように事の流れを楽しんでいたヘンキロも、流石にパハミエスが声を出して笑っている事に驚きを隠せなかった。 

 「ヒャー! あのパハミエスが笑うとはねぇ。ヒャヒャヒャ、凄いじゃないか。やっぱり、本物の救世主というのは違うねぇ。――ん? あらあら。そのまま居城に戻ればいいものを。舞台から退場させられたのに、自分からまた舞台に上がるとは。折角、転移魔法で助けてもらったと言うのに……。ん~、彼はちょっと邪魔になってきたねぇ」

 ヘンキロの視線の先に、エブルットが禍々しいオーラを出し立っていた。

 「こ、このままで、済むと思うなよ。殺してやる……。殺してやるー!! 俺を殴った奴も、俺の恋路の邪魔をする奴も殺してやる! その女は俺のだ!! あはは、俺のなんだよ。そう、俺のなんだよ!」
 
 その大声に大三郎は立ち上がっているエブルットに気が付く。 

 「あのクソ野郎! 性懲りもなくまだ言うか! ソフィー達を散々傷つけておいて、お前こそタダで済むと思うなよ!!」

 大三郎は大声で叫ぶと、エブルットに向かい走り出した。
 エブルットは自分に走ってくる大三郎に向けて魔法を撃ち放つ。まだ、頭がハッキリしないのか、魔弾の狙いが定まらず、殆どが大三郎をかすめる。
 大三郎は、魔弾がかすめようが当たろうがお構いなしで、暴走機関車の如く突撃して行った。
 
 「うぉおおりぁあああ!!」

 大三郎はエブルットにフライング・クロスチョップをお見舞いするが、勢いがあり過ぎて、そのままエブルットの顔面へ大三郎のロケット頭突きも加わった。
 鼻血を吹き出しながら飛ぶエブルット、クロスチョップの形でオットセイのように腹滑りする大三郎。
 すかさず大三郎は立ち上がり、エブルットをうつ伏せに寝かせ足を掴み、渾身のサソリ固めをする。

 「ぎぃやぁあああ!!」
 
 足を掴んでサソリ固めをする大三郎は、エブルットの頭に自分の頭がついてしまいそうなくらい後ろに反り、エブルットは背骨が折れるんじゃないかと思うくらい、弓なりに体を曲げられ悲鳴を上げた。
 
 遠くで見ていたヘンキロを含め、エスカもメルロもこんな戦い方を見た事がなかった。エブルットは闇の召喚魔術士として恐れられている人物。そんな相手に、子供の喧嘩のような戦い方をしている。それも悲鳴まで上げさせてしまっている事に、驚きを通り越し絶句していた。 

 そんな中、パハミエスは言葉に魔力を込め、静かな口調で大三郎に語り掛ける。
 
 「救世主よ」
 「何?! って、あれ? 居ない。……あ、エスカ達の所に居るのに、凄い近くに聞こえるんだけど? 何で?」
 
 近くにパハミエスが来ていると思い返事をするが、近くに居ない事に気付き、サソリ固めをしたまま辺りを見渡すと、パハミエスはエスカ達の所から動いてはいなかった。

 「我はな、己の身に余る力に酔いしれる者を、掃いて捨てるほど見てきた」
 「え? どうしたじーさん? って、うおりゃー!」
 「ぎゃぁああああ!!」
 
 一瞬、力が緩んだ隙に逃げ出そうとしたエブルットの両足を自分の両脇に持ち替え、渾身のボストンクラブをお見舞いする。

 「その力に溺れる者も、嫌と言うほど見てきた」
 「はいぃぃいいい!!」
 「ぐぁあああああ!!」
 「そして、己の力に喰われ、滅ぶ者も呆れるほど見てきた」
 「うりゃあああ!!」
 「あああああああ!!!」
 「我はな、救世主よ」
 「何でしょぉおおお?!!」
 「ぎゃぁああああ!!」
 「嫌いではないのだよ」
 「何がぁああああ?!」
 「ぐぁあ……あ、ああ……」
 「愚か者は嫌いではない」
 「ありがとうございます!」
 「お主の事では無い」
 「え? いやだって、愚か者って」
 
 ぐったりとしているエブルットを放し、パハミエスの方を見る。
 大三郎にはパハミエスの無機質な顔が、いつしか微かに表情を浮かべているように見えた。

 「真の愚か者は愚か者のままでいるから嫌いではない」
 「はぁ?」
 「だが、お主のように、愚か者のフリをする輩は嫌いなのだよ」
 「え?」
 「魔法の知識も無い者が、私の魔法が解けるわけがない」
 「いや、半分だけだけど」
 「救世主よ。お主はどこまで猫を被れば良い?」
 「え? 何が?」
 「魔法が半分だけ解ける訳が無かろう? 余り我を馬鹿にするなよ?」
 「ば、馬鹿にはしてませんが……?」 
 「魔法を掛ける解くより遥かに、いや、異次元的な技術でもある半分まで解く……、そんな芸当が出来る者はこの世に存在せん。我を侮るではないぞ」
 「は?」
 
 大三郎はパハミエスが何を言っているのか、何を言いたいのか全く分からなかった。

 「他の者は騙せたかもしれんが我はそうはいかん。気づいているぞ」
 「へ?」
 「我の高等魔法の一つでもあるモートスを”無かった事”にし、書き換えた・・・・・のではなく、別な魔法に置き換えた・・・・・事に……、我が気づかないとでも思ったか?」
 「そうなの!?」

 パハミエスはそう言いながら大三郎の方へ歩き出した。
 今までの事を見守っていたエスカが、ぼそりと呟くように口を開く。

 「確かに……。言われてみればそうかもしれません」 
 「何がだエスカ殿?」
 「魔法は高等に成れば成るほど、その反動や副作用が強くなります」
 「どう言う事だ?」 
 「そうですね……。メルロさんに分かりやすく言えば、誰かが殺意をもって本気で斬りつけてきたとします。その殺意も剣の速度も腕や足腰、全身の力もきっちり半分の力にさせる事が出来るか? と言う事です」
 「自分ではなく相手をか? はっきり言えば無理だ。殺意は精神的なもの、その半分など知る由もない。それに、相手を制御したり抑止するならともかく、一瞬の動作の中で、きっちり半分という曖昧過ぎる事など、誰も出来はしない。人は、相手を本気にさせ実力を知る術は持っていても、相手の実力の半分を知る術を持ってはいないからな。一瞬の出来事なら尚更だ。その前に、反動や副作用の事と関係あるのか? 全く意味が分からないのだが?」
 「杉田様は、それをやってのけたと言う事です」
 「んん?」
  
 メルロは分かるようで分からない説明に小首を傾げる。

 「無理なんですよ。きっちり半分にさせる事なんて」
 「だから、どんな意味が?」
 「さっきの例えを混ぜて話すと、普通は殺意を持った相手を宥めたり説得したり、相手の話を聞いたり一緒に解決策を探したりして殺意を無くしていくもの。その行為が魔法で言う所の解呪の呪文です」
 「ああ。そうか」
 「本気で斬りつける動作と言うのは、魔法が発動していると言う事。魔法効果そのものと言って良いでしょう」
 「ふむ」
 「魔法は一定の流れで発動している訳ではありません。色んなものが複雑に絡み合い一つに成っているだけ。その一つ一つが独立したもの。人の体がそうであるように」
 「人の体?」
 「眼球、舌、首、関節、骨格、筋肉、神経、血液、各種内臓、傍は細胞。全てが独立した性能機能を持って独自の働きをしています。心臓の鼓動と一緒にでしか眼球が動かない事はないでしょ?」
 「ふむ。確かに」
 「全てが独立し、複雑に絡み合い、一人の人間を形成し存在している。魔法も一緒です。物に寄りますが、低級魔法なら発動している効果を半減できるかもしれません。斬りつけて来る者の話を聞いたり、動作を制御したりするだけで良いですから。ですが、モートスなどの高等魔法は、先ほど説明した人そのもの。パハミエスが”別の魔法に置き換えた”と言ったのは無理からぬ事なのです。斬りつけて来る相手の殺意どころか、人体を形成している物全ての力を半分に出来る者など居ないのですから」
 「し、しかし……救世主様は実際ソフィーを……」
 「ええ。だから、反動も副作用も無しに”やってのけた”と言ったのです」
 「――――ッ!!?」
 
 分かるようで分からなかった謎解きのような説明が、たった一言の答えのための内容だった事にメルロは気付いた。

 「無理に人体を弄れば、人体の至る所で拒絶反応を起こしたり、何らかの機能不全を起こしたり、最悪の場合、それが原因で死に至ります。魔法で言う反動と副作用です。悪戯に魔法を弄れば掛けられた者はただでは済まない。勿論、弄った者も」
 「な、なんと……。し、しかし、ソフィーは何ともなかったぞエスカ殿……?」
 「そう。だからなのです。パハミエスが杉田様のやってのけた事を信じられず、モートス自体を無かった事にし、別な魔法に置き換えたと思っても仕方ない事なのです」 

 メルロはエスカの説明を聞いて、大三郎がソフィーアを救った行為がどれだけ神懸かっていたのかを改めて知る。
 
 「だ、だから……、誰も……、ソフィーを……助けて……くれなかったのか。ソフィーだけじゃなく……自分もどんな目に合うか分からないから」

 呟く小さな震えた声で言うメルロの言葉をエスカは黙って聞いていた。
 勿論、大三郎も一歩間違えればそんな事になるなど知らない。
 だが、エスカは思う。杉田様なら知っていても知ったとしても救おうとしただろうと。

 「救世主様!!」
 「は、はい!?」

 突然、メルロに大声で呼ばれ、反射的に返事をし大三郎は恐る恐るメルロの方を見る。

 「な、何でしょう?」
 「貴方は……、貴方は……」
 「は、はい?」
 
 メルロは俯き体を震わせている。
 その姿を見た大三郎は、全く悪い事はしていないのに、警察官を見ると何故か逃げ出したくなる衝動と似た感覚になってビクついていた。 

 「貴方は……」
 「は、はい。な、なな、なんでしょう?」
 「貴方は紛うことなき、本物の救世主様だ!」
 「え?」
 「救世主様! 貴方は誰よりも素晴らしく、誰よりも気高く、誰よりも慈悲深く、そして、誰も与えられなかった神の力を授かりし者! そんな貴方に敵う者など居はしない! 例えそれが高位魔法を操る者が相手だとしても、貴方に敵う者など居はしない! 貴方の存在自体が奇跡なのだから!」
 「お、おい、どうした?」
 「聞けい! エブルット! 貴様などが救世主様と対等に話せるだけでも有り難いと思え! いや、存在自体が汚れている貴様に、有り難い救世主様のお言葉が聞けるだけでも感謝し、そして、貴様の汚らわしい存在を救世主様の御前に晒した事を懺悔しろ!!」
 
 突然、メルロが捲し立てるように大声で大三郎の事を褒め称えたと思ったら、続けざまに、エブルットを罵倒し始めた。 

 「お、おい、どうした? メル? どうした?」

 何が起こっているのか、何故、メルロがそんな事を言いだすのか分からず、大三郎はオロオロするばかりだった。

 「エブルット! 女に相手にされない顔も心も醜い貴様が身の程も弁えず、あろう事かソフィーに求婚し、拒絶され、へこみ捻くれるならまだしも、人に頼んでまで呪いをかけるなど、男の風上にも置けぬ――いや! 男としての存在価値すら無いクズで最低な貴様がどんなに足掻こうが、ソフィーが振り向くはずが無いと知れ! 更に、寄りにもよって、我らの救世主様に歯向かうなどと万死に値する罪! その罪を悔いて死ね! 直ちに死ね! 己の底なしの愚かさを恥じて死ね!」
 
 いつの間にか大三郎から逃げ出していたエブルットは、顔を真っ赤にさせ怒りに震えていた。

 「あれ? あいつ、何時の間に?!」
 「い、言いたい事はそれだけか? 女ぁ~?!」
 「言い足りぬわ!」
 「ぐっ! ……お、お前の話など聞きたくない! パハミエスの力など必要ない! 俺が直々にお前を殺してやる!」

  ”深淵と常闇の申し子達よ、飢えし餓鬼達よ、地より這い出し血肉を食らい尽くせ”

 エブルットが詠唱を始めると、エブルットの前にどす黒く揺らめいた禍々しい魔方陣が地面に現れた。
 それを見た大三郎は魔方陣めがけ走り出す。
 
 「死ねい! バラク・ダイート!」
 「スキル発動! ダブル・ゴッド・フィンガー!!」
 エブルットが魔名を言うのと同時に、大三郎が大声で叫びながらスキルを発動させ、地面に浮き出た禍々しい魔方陣を地面ごと両手で鷲掴みにする。

 「はは……。あはは! 馬鹿め! そんな事をしても魔法は発動しているのだ。無駄な事を――!?」
 「ぬぅううぅううぉおぉおおおああああ!!!」

 この世界と言うか、異世界的に前代未聞と言うべきか、大三郎は額に血管が浮き出るほど顔を真っ赤にし、気合いを込めた叫び声を上げると、魔方陣を地面から引っぺがし両手で持ち上げてしまった。
 これにはヘンキロやエスカどころか、流石のパハミエスも目を丸くしポカンと口を開け呆けた顔で見る。

 全ての理を無視したその行為は、後に伝説となり永遠と語り継がれる事になる。

 「ふるえるぞハート! 燃えつきるほどヒート!! むぅぉおお! 刻むぞ俺のビート!!」

 大三郎は叫びながら持ち上げた魔方陣をこねくり回す。
 そこに居た全員が、白昼夢を見ているんだと錯覚してしまうほどのあり得ない光景。実体のない魔方陣を掴むどころか持ち上げるなど、ましてやこねくり回しているなんて事が実際に目の前で起きている。
 魔法の心得がある者に、目の前で起こっている事を説明しても理解してもらえないだろう。いや、信じてすらもらえないだろう。

 「でっきるっかなー! でっきるっかなー! はてはてムフーン! でっきるっかなー! でっきるっかなー! さてさてホホォーーン!!」

 気合いの代わりに何かを叫びながら魔方陣をこねくり回し、徐々に自分の真上へと持ち上げていく。
 こねくり回された魔方陣は、バレーボールくらいの大きさの球体になった。
 大三郎はその球体をバレーボールのトスをするように、ポンと軽く斜め上にあげる。

 「苦しくったって、悲しくったってぇええ!!」

 大声で叫びながら鬼の形相でエブルットの顔面めがけアタックを決める。

 「ぐぁああ!!」

 自分の召喚した魔方陣の威力を、そのまま顔面に受けたエブルットは、体を痙攣させながら倒れ込む。
 
 「コートと言う男女の空間で、どんなになぁ……、女に無視と言うブロックをされようが、二の句が告げられないクイックアタックされようが、一撃で轟沈させられる拒絶サービスエースを決められようがなぁ、泣かしちゃダメだろうが……」

 スキルを同時発動させた事と、発動している魔法の理を無視し魔方陣を無理矢理に引き剥がた事で、魔方陣が魔力暴走を起こしかけていた。その暴走直前の魔力を強引に両手で抑え込み、エブルットめがけアタックを決めた大三郎の手はボロボロになっていた。
 神々の加護があるとはいえ、通常の人間が、連鎖爆発している大量の爆竹を両手で掴み、バレーボールの大きさになるまで素手で丸め込み、それを、アタックしたのと同じくらいのダメージを大三郎の手は負っていた。
 火傷と裂傷で血が滴り落ち、激痛が走る手をギュッと握りしめ、エブルットの下まで歩いて行く。

 「自分の事を棚に上げてよぉ、相手を……、好きになった女を、自分勝手に傷つけて良いわけねーだろが。 好かれるわけねーだろが! それにだ、好きになった女が、ソフィーが泣いてる時、テメーは何してた? メルがソフィーの為に傷ついてる時、テメーは何してた? ほくそ笑んでたのか? おい? 答えろ!!」

 大三郎の手と同様にエブルットの顔もボロボロになっていた。だが、メルロ達がエブルットから受けた傷はこんなものではない。

 「歯ぁ食いしばれ!!」

 大三郎はエブルットの両襟を掴んで、顔面に渾身の頭突きをかます。

 「ギャッ!」
 「痛いか?」
  
 大三郎はそう聞くと、今度はエブルットの側頭部の髪を掴み、もう一度、エブルットの顔面に渾身の頭突きをかます。

 「ギャッ! ……や、やめ」
 「痛いか?」
 
 一撃目の頭突きで、エブルットの鼻が折れていたが、構わず二撃目の頭突きをかます。
 大三郎は額にエブルットの鼻血をべっとりと付けながら、怒りを通り越した無表情で再び同じことを聞く。
 
 「や、やめで……」
 「おい? どうした? 得意の魔法で治せよ? 攻撃して来てもいい、ぞ!」
 「ギャーッ!!」

 折れた鼻に二度三度と頭突きを食らうと、想像している痛みより遥かに痛い。それは、想像を絶すると言う言葉通りに。
 側頭部の髪を掴まれ顔を背ける事も出来ず、大三郎の頭を押さえようとしても力が入らず押さえる事が出来ない。エブルットは必死に手で顔を隠すが大三郎は構わず頭突きを繰り返す。

 エスカ達は怒りに任せたこんな大三郎を見た事が無かった。
 止めようにも止められない。怒り狂っている大三郎の背中が、何故か泣いているように見えてしかたなかった。

 大三郎は思い出していた。
 パニティーに見せてもらったメルロの記憶の中で、メルロが屈辱と侮蔑の中、ソフィーアの前では笑顔を絶やす事無く励まし、一人になった時、ソフィーアを守れなかったと人知れず泣きながら謝っていた事を。
 大三郎と出会った時、恥も外聞もなく泣きながら哀願してきた事も、そして、爬虫類の顔にされ、その目から大粒の涙を流していたソフィーアを。
 
 大三郎は思い出していた。
 悲痛な声も出せないまま大粒の涙を流し、自分の首に剣を突き刺そうとしたソフィーアを。
 それを泣きながら必死に止めたメルロを。
   
 許せるわけがない。
 ただで済ませれる訳が無い。
 戦いどころか喧嘩もまともにした事もない大三郎だが、男として喧嘩以上の事をしてしまう。
 これは男としての制裁。
 ねじ曲がった根性を叩き直す制裁。

 こんな事をしても、メルロとソフィーアが受けた傷が癒えることなど無いことは百も承知。
 だが、何もしない男になるのはまっぴらごめんだった。
 どんな相手でも暴力は駄目な事だと体裁を飾るくらいなら本能のまま怒りをぶつける。

 「どれだけ泣いたと思う?」
 「や、やめ、やめで……ぎゃっ!」
 「どれだけ泣いたと思う!?」
 「たじげ、たじげで」
 
 大三郎はボロボロになったエブルットの顔を、自分の顔の前まで引き上げ叫んだ。
 
 「死を覚悟するまで傷ついたんだぞ!! どれだけ泣いたと思う!? どれだけ泣いたと思う!!」
 
 大三郎の叫びを聞いたメルロとソフィーアは、ギュッと噤んだ唇を揺らしながら、止まらぬ涙を目から溢れさせていた。
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