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彦野 うとむ

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妖精の森編

最凶の鉾VS最強の盾⑥

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 「ぐわぁっ!」

 今度はエブルットの顔面に大三郎の拳が見事に直撃した。
 アンダースローのようなフルスイングを顔面に受けたエブルットは、後頭部を地面に激突させ、後方へ滑るような形で寝転ぶ。

 「す、杉田様……」

 さっきまでの、そして何時ものおちゃらけた雰囲気が全くない、別人でも見ているような錯覚に陥るほど、初めて見る大三郎の本気の怒り顔。
 
 エスカはパハミエスを警戒しつつも、何故、大三郎がここまで怒りを露にしているのか分からず、戸惑いを隠せない。メルロの傷が原因だとしても、尋常じゃない大三郎の雰囲気に、それだけではない事を直感的に感じた。
 
 「おい、クソぶりっト。お前、何か凄い魔法使いなんだって? さっき、自分で言ってたよな?」
 「う、うぐっ……」

 大三郎はそう言いながら、鼻血を出して寝転がっているエブルットの下へと歩いて行く。

 「じゃあよ。俺の故郷、青星で聞いた死刑方をお前にやってやるからよ、耐えてみろよ。な?」

 エスカは、まさか大三郎の口から死刑などと言う言葉が出るとは思わなかった。そして、何時もの冗談やハッタリで言っている顔ではない事に気付く。

 「す、杉田様。どうしたんですか? 一体何があったんですか?」

 青ざめた顔で大三郎に声を掛けたが、全くこちらに反応を示さない。
 エスカの視界に入っているパハミエスは、無機質な顔で何をする訳でもなく、ただ黙って大三郎を見ている。この状況が呑み込めないエスカだったが、このままだと大三郎が本当にエブルットを殺してしまうと思った。

 「杉田様! その男は罪人ですが、理由も無くその男を貴方が殺めてしまうのはお止めください!」
 
 大三郎はその言葉を聞き、ぼそり呟く。

 「理由……? あるさ」
 
 聞き取れるか取れないかの小声だったが、エスカには大三郎の言葉が聞こえていた。

 「それは何ですか? 教えてください」
 
 大三郎はエブルットを見下ろす所まで行くと、ぼそりと一言呟く。

 「呪いだ……」
 「呪い? 私のですか?」
 「違う。……お前のじゃない」
 「では、一体何の呪いだと――まさか……、ソフィーアさんの?」
 「そうだ」

 大三郎の返答を聞き、エスカは固まってしまった。
 アウタル・サクロの主要メンバーとして、世界中から指名手配されているエブルットが、ソフィーアに呪いを掛けた張本人だとは思いもしなかった。そして、ここで出会う事も。
 
 ――神託がズレる? ズレている? メインクエストとサブクエストを終わらせてから、呪いを掛けた者と出会うのではないの? 神託には終わらせてからだと、そう示してあったはず。神託がズレたらどうなるの? これも神々の意志なの?

 大三郎はエブルットを見下ろしたまま右手を高く上げた。スキルを発動する気だという事は、エスカは分かっていた。だが、見ているしかない。
 その時だった、今まで黙って見ていたパハミエスが、思い出したかのように無機質な顔のまま口を開く。

 「呪いを掛けたのは我だが?」

 その言葉を聞いて大三郎はピクリと反応する。

 「何だって?」
 「エブルットの想い人に呪いを掛けた件ではないのか?」
 「想い人?」
 「あそこに居る女子の事だ」

 パハミエスは無機質な顔をソフィーアに向ける。

 「おい、じーさん」
 
 大三郎はパハミエスを見ずに呼ぶ。

 「ん? 我の事か?」

 無機質な顔を大三郎に向けるのと同じく、大三郎はゆっくりとパハミエスの方に顔を向ける。

 「何故、呪いを掛けた? ソフィーの事を好きなのか?」
 「あの女子に興味は無い」
 「じゃあ、何故、呪いを掛けた?」
 「頼まれたからだが?」
 「頼まれた? 誰に?」
 「そこに寝ているエブルットにだが?」
 
 大三郎は、鼻血を流しながら寝転がり呻いているエブルットをチラリと見た後、再びパハミエスを見る。

 「解けよ」
 「無理だ」
 「何で?」
 
 テンポの良い受け答えだった。
 
 「我の魔法は既に解けているからだが?」
 「え?」

 その返答に、目を丸くする大三郎。

 「と、解けてんの?」
 「見れば分かるだろう?」
 
 更にキョトンとする大三郎。

 「あれ? そう、なの? マジで?」

 大三郎はそう言うと、エスカの手を取りソフィーアの所へと走り出す。

 「す、杉田様! ちょ、ちょっと待ってください」
 「呪い解けてるって! 良かったぁ~。あのウンコ野郎は後回しだ。エスカ、急げ!」
 「ちょ、ちょっと待って、こ、転んでしまいます。ちょ、ちょっと」 

 大三郎はソフィーア達の所へ来ると、息を切らせながらソフィーアの肩に手を置く。

 「んハァ、ハァ。ソフィー。ハァ、ハァ。ソフィー。ハァハァ」
 「杉田様、気持ち悪いですよ」
 「何がだよ!?」
 「そんな姿で、はぁはぁ言いながら言い寄ったら、本当に変質者ですよ」

 確かに、ピンクのタイツが千切れまくって、ピンクのTバックになっている物以外、何も着ていない。
 
 「いやん。大三郎、恥ずかしい」
 
 大三郎はしゃがんだまま足を内股にし、体をくねらせ両手で自分を抱きしめるように腕を組む。
 その姿が全裸に見えてしまう。

 「本当に本気でドン引きするほど、何時もより倍に素で気持ち悪いです。そして、気持ち悪い」
 「言葉の羅列が酷い! 気持ち悪い二回も言ったし!」
 「素で気持ち悪い杉田様なんかの事より、ソフィーアさん」
 「ねぇちょっと! 何で何時もアタイをなんか扱いするの?! なんかって何? ねぇ?! なんかってなブぅッ!」
 
 オネエ言葉で騒ぐ大三郎の頭に拳骨をするエスカ。

 「五月蠅いです」
 「ごべんなさい……」
 
 拳骨をされ、ソフィーアにひれ伏す恰好で頭にタンコブを作る大三郎に、エスカは小さく溜息をつく。
 
 「ソフィーアさん」

 エスカはタンコブを作ってひれ伏している大三郎の背中に座り、ソフィーアの顔を見る。
 真顔で見てくるエスカに、ソフィーアは少しオドオドしながらキョトンとした目で見つめ返す。
 
 「話せますか?」

 ソフィーアはその言葉に小首を傾げ不思議そうな顔をする。
 一応、エスカが話せるかどうかを聞いてきているので、声が出るか試すが、やはり声は出ない。
 ソフィーアは首を左右に振り、声が出ない事を示す。

 「やはり、声は出ませんか?」

 ソフィーアはエスカの言葉に頷く。

 「……声、出ないの?」

 意識の高いどこぞの提督のように椅子になっている大三郎が問いかける。

 「そうみたいですね」
 「マジか……」
 「まだ、呪いは解け――きゃっ!」

 エスカが何かを言いかけている最中に、意識の高い大三郎は起き上がった。
 そして、ソフィーアの顔をジッと見つめ、頬に手を当てる。
 
 「いたた。杉田様、いきなり立ち上がらないでください」
 
 大三郎はエスカの言葉には反応を示さず、ソフィーアの頬に手を当てたまま顔をジッと見つめた後、ソフィーアの頭にポンと優しく手を置き立ち上がった。
 そして、くるりとソフィーア達に背を向け大声で叫ぶ。

 「おい! じーさん!」

 後頭部を強く打った所為か、鼻血を垂らし意識が朦朧としているエブルットの顔を観察するように、杖の先で左右に動かしていたパハミエスは、自分を呼ぶ大声を聞き、無機質な顔を大三郎の方に向ける。

 「何だ?」
 「呪い解けてねーじゃねーか!」
 「何?」

 無機質な顔のパハミエスも、大三郎の言葉を聞き、流石に少し驚いた顔をして大三郎達の所まで歩いて行く。
 それを見たエスカは戦闘態勢に入る。大三郎は本気と書いてガチのエスカを見て驚いた。

 「エ、エスカ、どうした? クソぶりっトが何かしたのか?」

 大三郎はそう言いながら辺りをキョロキョロと見渡す。

 「違います」
 「じゃ、何?」
 「杉田様」
 「なに?」
 「気を付けてください」
 「な、なな、何に?」
 
 エスカの本気モードの雰囲気に、大三郎は辺りをキョロキョロしながら両手をチョップの形にして前に出し、腰を引かせオドオドとしている。怒り対象以外にはヘタレ全開になる大三郎。

 「あの男は、パハミエス・マルク・ロダリアと言って、アウタル・サクロの中で最も危険な人物として世界中から警戒されているほどの男です」
 「え? あの、じーさんが?」
 「はい。なので、気を付けてください。下手にあの男に興味を示されると、私一人では杉田様を守れる自信がありません」
 「え?! マジで? エスカでも勝てないの?」
 「分かりません。ですが、相打ち覚悟であれば討ち取る事はできます」
 「ええ?!」

 パハミエスが大三郎達の下まで来ると、グルッとエスカの方を向いた。
 エスカは、メルロ達を巻き込まないように、パハミエスの意識を自分に向けさせようとしていたが、パハミエスの方からエスカに意識を向けた。

 戦闘態勢のまま警戒しているエスカが、ジリッと少し足をズラした瞬間だった。

 「じーさん」

 大三郎がパハミエスに不意に話しかける。

 「ん? 何だ?」

 エスカの方に向いていたパハミエスが大三郎達の方へ向き直る。
 それを見たエスカが慌てるように、少し大き目な声でパハミエスを呼んだ。

 「パハミエス。私に何か用があるのではありませんか?」

 パハミエスはチラリとエスカを見る。
 
 「エスカ。ちょい待って。先にソフィーの呪いを何とかしないとなんねーからさ。お前の用事は後にしてくれ。な?」

 ――おバカ―!! 何であの人は空気を読めないの? さっき、説明したばかりなのに!

 エスカは目を見開き、アイコンタクトを送るが、大三郎はキョトンとした顔をして「何だ? 便所か?」と、素っ頓狂な事を言いだす始末。エスカは呆れて言葉を失う。

 「聖騎士よ」
 「何でしょう?」
 「そう警戒しなくてもいい。今は戦う気は無い」
 「今は。ですか? その言葉を信じる根拠は私にはありませんが?」
 「うむ。確かにな」

 二人の間の空気が一気に重くなる。
 いつ戦いが始まってもおかしくないほど、重くなった空気が緊張感を伴い張り詰めていく。
 
 「バカっぱ―い!」

 ――スパパーン!

 「いったーい!」

 張り詰めた空気が大三郎のバカっぱいトルネードで一気に吹き飛んだ。

 「こんのバカっぱいが!」
 「何をするんですか?!」
 「何をするもへったくれもあるか! お前はじぶ」
 「ライトニング!」
 「あばばばばばば!!」

 何時ものように、頭から煙を出して倒れる大三郎。
 それを見ていたパハミエスの無機質な顔が、少しだけ不思議な顔をしてエスカを見る。

 「聖騎士よ」
 「何ですか?!」
 「何故、この男に攻撃魔法を掛けるのだ?」
 「馬鹿だからです!」
 「ふむ。馬鹿だから高位雷撃魔法を受けてもほぼ無傷なのか。ふむ」 
 
 パハミエスは髭を摘まみ撫でながら、頭から煙を出して倒れている大三郎を観察するように見下ろす。
 大三郎はむくりと立ち上がると、ピンクのTバックの腰部分に親指をかける。
 
 「何をする気ですか?」

 エスカはそう言いながらジリッと後ずさる。

 「脱ぐぞ」
 「……。馬鹿な事はやめてください」
 「脱いで、抱き着くぞ」
 「殺しますよ」
 「殺される前に抱き着いて、俺のTバックをお前の頭に被せてやる」
 
 その一部始終を遠くで見ていたヘンキロは、うずくまるように腹を抱え、笑い声が出ないほど体をピクピクさせながら笑っていた。
 それに気づいたパハミエスは、無機質な顔のまま小さく溜息をつく。

 「聖騎士よ」
 「何ですか?」

 エスカはパハミエスに注意を払いながら、隙あらば襲い掛かろうとしている大三郎に警戒する。

 「その男の言うように、まずは我が掛けた呪いの方が大事ではないのか?」
 「……。そうですが、貴方が何もしないと言う保証はありません」
 「我も、己の魔法が解けているのか解けていないのか気になるのでな。戦う気は無い。が、お主がどうしても、今ここで我と戦いたいと申すのであれば、邪魔者として排除するが? どうする?」
 
 そう言った途端、押し潰されそうな重圧が一気にエスカ達に襲い掛かる。

 ――くっ! これ程とは。あの頃より魔力が強大になってる。
 
 エスカは、最初に最大魔法で大量の魔力を消費していたため、通常の魔力は底を尽きかけていた。パハミエス相手だと体術だけでどうにかできる相手ではないと知っている。そこで、聖騎士を降りた時に封印していた魔力を最終手段として解放しようとした。
 エスカの胸元に光る何かの紋章の様なものが現れ、瞳の色と髪の色が変わり始めた。それを見たパハミエスは、杖を前に出すと、杖の頭の部分がメキメキと音を立て、何かに変化しようとした、その瞬間だった。

 「あーとーにーしーろー!!!」

 大三郎の怒鳴り声が周囲に響いた。
 その声にエスカもパハミエスも同時に大三郎を見る。

 「お前らの因縁は後にしろ! エスカ! 今はソフィーの呪いを解くのが先だ! じーさん! 呪いがどうなってるのか分かるなら教えてくれ! それが出来ないなら、二人共どっか行け!!!」

 大三郎の怒鳴り声を聞いて、そこに居た全員が押し黙る。
 

 「ヒャ―。あのパハミエスにどっか行けとか、凄いな彼は……。ヒャヒャヒャ。やっぱり、彼をパハミエスだけに独占させるのはダメだねぇ。僕も彼を気に入っちゃったよぉ。ヒャヒャヒャヒャ」 

 
 とんでもない奴に気に入られた事も知らない大三郎は、二人を真剣な顔で見る。

 「我は最初から戦う気が無いと言っているが?」
 「そーだね! さっきからそー言ってたね!」
 「私は、パハミエスの言葉が信用できません」
 「そーだね! エスカにしてみればそーだね! 分かるよ! このじーさん、ちょー強ぇーって言ってたしね!」
 「我は、魔法がどうなっているのか知りたいだけだ」
 「俺も知りたい! 調べられるなら調べてください! 今すぐNowでお願いします!」
 「ソフィーアさんに何かをして、万が一にでも危害を加える事があったのなら、貴方を捕らえず、その場で粛清します」
 「そーだね! その時は俺もしゅくせーするね!」
 「きゅ、救世主様」
 「はい! 何ですか! メルロさん!」
 「あ、いや、そ、そんなに怒鳴らなくても、皆に聞こえていると思うが?」
 「そーですね!」
 「あ、ああ。少し、落ち着いたらどうだろうか?」
 「落ち着きます! ス―! ハー! スー! ハー! 落ち着きました!」
 「落ち着いてないではないか……救世主様……」

 そんなやり取りの中、既にパハミエスはソフィーアを調べ始めていた。
 その姿は医者が患者を診断している様にも見え、時には手を翳し、何やらブツブツと呪文らしきものを唱えたりしていた。そして数分後。

 「ふむ。んん」

 パハミエスは立ち上がり、髭を摘まみ摩りながら、納得したような、でも納得できていないような声を出す。

 「じーさん、何か分かった?」
 「うむ」
 「マジか?! どーなの?! 呪いはどーなってんの?」

 パハミエスに噛り付きそうな勢いで聞いてくる大三郎を、杖で制止ながら大三郎を見る。

 「お主達に聞きたい事があるが?」
 「何?」
 「この女子と、一緒だった者は誰だ?」
 「一緒?」
 「そうだ。呪い状態から、今の状態になった時に一緒に居た者だ」
  
 大三郎はその言葉を聞き、メル、ソフィー、エスカの顔を見た後、パハミエスを見る。
 
 「俺達が居たけど?」
 「俺達とは?」
 「俺とメルとエスカ」
 「ふむ。では、この状態になった瞬間を見ていた者は?」
 「俺達だけど?」
 「ほう。それはどのような状態だった? 詳しく教えてくれぬか?」
 「え? 詳しくって。俺がソフィーのほっぺた触ったら、パリーンってリザードマンの顔が砕けた」
 「何?」
 「だから、パリーンて」
 「そうではない。頬を触ったら砕けた? どんな魔法を使った?」
 「魔法? 俺、魔法は使えないけど?」
 「では、聖騎士か?」
 
 パハミエスはエスカを見ると、エスカは警戒しながら「私ではありません」とだけ返す。
 
 「なぁ、じーさん」
 「何だ?」
 「どーなってんの? 呪いは解けてんの? 解けてないの?」
 「ふむ。単刀直入に言うのであれば、別な魔法に書き換えらた可能性がある」
 「別な魔法?」
 「うむ。ただ」
 「ただ?」
 「我の魔法、モートスはそう簡単に解けるものでも書き換えれるものでもない」
 「で?」
 「……。しばし、考える時間をくれまいか?」
 「いいけど。どのくらい?」
 「数分ほどだ」
 「分かった」

 パハミエスは髭を摘まみ撫でながら思考を巡らせる。
 
 「じーさん。髭触るの癖なのか?」
 「ん? 癖? ……そうかもしれんな」
 「あ、話しかけちゃマズイよな。邪魔してごめん」
 「別に構わんよ」
 「そう。んじゃ、一つ聞いて良い?」
 「何だ?」
 「じーさん、ここに何しに来たの?」
 「ビックマウドを殺し、この先の森を燃やす為に来たのだが?」
 「え?」

 予想もしてなかった事を言われ、大三郎は目を丸くして驚いた顔をした。

 「他に聞きたい事は?」
 「え? え? 森を燃やすって……、じーさんだったのかよ?!」
 「ん? 如何にも?」
 「イカにもカニもねーよ! 何だその、ビックマウスだがビックマックだかは知らねーが、森は燃やすなよ!」
 「何故だ?」
 「この森には俺の大切な仲間が居るんだよ!」
 「仲間?」
 「そう。妖精の仲間」
 「妖精が仲間? ふむ。だが、妖精など蟲如きの存在。吐いて捨てるほどいる。死んだとて、また見つければいいではないか?」 

 その言葉を聞いた大三郎は無表情のまま、ピッチングマシーンのように後方から腕を振り上げ、パハミエスの禿げた頭をベシン! と、平手で叩いた。
 遠くで見ていたヘンキロを含め、それを見ていた全員が絶句する。

 「おい、じじぃ。年長者でもな、言って良い事と悪い事があんだ。そんな区別もつかんのか?」

 頭を叩かれ少し下を向いたパハミエスの無機質な顔が、少し驚いた表情をしたが、すぐに無機質な顔に戻り、大三郎に顔を向け、持っていた杖でゴンッ! と、大三郎の頭を叩く。

 「んブふ!」

 変顔で鼻水を噴き出し首をすぼめてしまうほど、杖で頭を叩かれた大三郎は、頭を押さえたまましゃがみ込み、痛みで体を小刻みに震えさせていた。そして、ガバッと立ち上がり憤慨する。

 「痛てーな! じじぃ!」
 「お主が先に我の頭を叩いただろう? お返しだ」
 「じーさんが言っちゃイケねー事を言うからだろうが!」
 「我がお主に叩かれるような言葉を言った覚えはないが? 我は何を言った?」
 「森を燃やすだの、妖精は虫だの、死んだらまた見つければ良いだの。叩かれて当り前の事を言っただろーが?!」
 「何だ。そんな事か」
 
 その言葉を聞いた大三郎は、見下ろすようにガンをくれながら、禿げた頭を撫でまわし「そんな事? 何処がそんな事なの? ねぇ? じーさん? 良く禿げあがった頭で太陽拳でもするか? まぶしっ! って言って欲しいのか? それとも、ピカピカに成るまで舐めまわしてやろうか? お?」
 
 パハミエスは無機質な顔で、大三郎の顔を杖で押す。

 「お主が何を言いたいのか理解できんのだが?」
 
 本当に理解できないパハミエスに、大三郎は杖で顔を押されながら質問をする。

 「じーさんに一つ聞きたい」
 「何だ?」
 「じーさんの大切なものは何だ?」
 
 パハミエスは大三郎の顔を杖で押すのを止め、髭を摘まみ撫でながら少し考える。

 「……。そうだな、強いて言えば、不思議だな」
 「不思議?」
 「そうだ」
 「何それ?」

 大三郎はパハミエスの言葉にキョトンとする。

 「それだよ」
 「え? どれ?」

 パハミエスは無機質な顔を大三郎に向けたまま、「それだよ」と、言うので、大三郎は自分の体や近くをキョロキョロと見る。そして、自分のピンクなもっこりを見て「……。これ、じゃねーよな」と、また、キョロキョロとする。

 「違う」
 「え?」
 「お主。今、何それ? と言ったな?」
 「う、うん」
 「それだよ」
 「は?」
 
 大三郎はパハミエスが何を言いたいのか分からなかった。

 「今のお主が感じている事だ」
 「分かんないんだけど……」
 「それだよ」
 「だから、どれ?」
 「分からない。その不思議が我にとって大切なモノなのだよ」
 「へ?」
 「長らく生きて来た。もう、どのくらい生きているのか分からぬほどに」
 「え? 60歳くらいじゃないの?」
 「その年で止まっているだけなのだよ」
 「止まってる?」
 「人は何かを考え、行きつく先は生と死。そして、幾人の人間が生と死を研究する」
 「はぁ……」
 「答えは出ない。答えはすでに出ているので当たり前なのだがな。お主に一つ質問をする」
 「え? あ、はい」
 「生と死。これに関係するモノは何だと思う?」
 「え? ……。何だろ?」

 女心ですら分からないのに、生と死について大三郎に分かる訳がない。

 「時間だよ」
 「時間?」
 「そうだ。時間と言う不確かなモノが関係している」
 「はぁ……」
 「時間と言う、存在していないモノが、存在しているモノの生と死を決める」
 「どゆこと?」
 「お主、時間というモノは分かるな?」
 「ま、まぁ」
 「では、その時間を証明して見せろ。と、言われたらどうする?」
 「時計?」 
 「それでは、時計を証明しているだけで、時間と言うモノを証明している事にはならんぞ。日時計も同じだ」
 「……分かんない。てか、それがどう関係してんの?」
 「存在していない不確かなモノに触れると、拒絶されるのだよ」
 「拒絶?」
 「そう。弾かれる」
 「弾かれる? 何に?」
 「時間にだ」
 「全然、全く、分からないのですが?」
 「お主が見えている我の姿が拒絶された姿なのだよ」
 「不老不死ってこと?」
 「違うが、そうだ」
 「どっちだよ?!」
 「どっちもだ」
 「えぇ~。何かもう、知恵熱が出そう」

 禅問答のようなやり取りに、パニティーに負けず劣らずな4ビット頭脳では、パハミエスの世間話程度ですらついて行けない。

 「お主が羨ましい」
 「え? 何が?」
 「無知が羨ましい。分からない事だらけが羨ましい。そして、お主自身、不思議の塊」
 「馬鹿にしてますか?」
 
 大三郎は少しムッとした顔をする。

 「馬鹿にはしておらん。お主は不完全で完璧な存在」
 「え?」
 「完璧に、有った事を無かった事に。そして、中途半端に、無かった事を有った事にする」
 「じーさん。さっきから何言ってんの?」
 「お主は全ての理を無視する。無視できる。そんな存在はあり得ない。有ってはならない。だが、存在している」
 「ん~。とりあえずさ」
 「何だ?」
 「森を燃やさせない。妖精を殺させない。ソフィーの呪いを解かせる。この三つだけなんだ、俺の用件は」
 「ふむ」
 「じーさんが、その不思議が大切だって言うならさ、その不思議だって思う事を、じーさんの意志を無視して全部無くしちゃったらどうする?」
 「謎を解くのではなく、無に帰すと言う事か?」
 「いや。じーさんの知的好奇心を奪ったらどうする? かってこと」
 「我の好奇心?」
 「そう。知ってみたいと思う好奇心、知り尽くしたいと言う欲求、その感情をじーさんから奪ったらどうする?」
 「……。考えた事も無かったな」
 「じーさんの事はあんま知らないけど、多分、じーさんは、もうそれしか残ってないんだろ?」

 大三郎の言葉にパハミエスは少し目を見開き驚く。

 「何故、そう思う?」
 「ん~。じーさんの顔さ、何か、何年も徹底的にやりつくしたゲームを強制的にやらされてる奴の顔してるからさ」
 「ゲーム? どういう意味だ?」
 「飽きてんのに、やっても面白くも無いのに、やる事ないのに、やっても意味が無いのに、理由も無く無理矢理に長時間やらされてる奴の顔。ん~、何て言うかな~? つまんなさも嫌気も通り越して、疲れ過ぎて何も感じなくなった顔って言うの? そんな感じの顔してるって言うか。上手く言えないけど」
 「……。そう見えるかね?」
 「んまぁ、そう見える。そうじゃないの?」
 「……。そうかも、しれんな」
 「そのさ、じーさんがさ、知りたいって好奇心だけしか残ってないとしてさ、それを、理由も無く、誰かに奪われたら嫌じゃない?」
 「……。そうだな」
 「俺にとっては、森に住んでる仲間がそうなの。この世界にさ、俺にあるのって、それしかないんだ。仲間しか。森に住んでるパニティー、メル、ソフィー、そしてエスカ。今の俺にはそれしかないからさ、奪われる訳にはいかないのよ」

 そう言う大三郎をパハミエスはジッと見る。

 「そうか」
 「そう」
 「……。では、森を燃やし、妖精を殺すのは止めよう」
 「マジで?!」
 「どの道、我には興味が無かった事だ。この件に関しては手を引こう」
 「マジか?! 良かった~。じーさん、何かあれだろ? やたらめったら強いんだろ? も~、一時はどうなる事かと思ったよ~。ふぃー」

 ホッと胸をなで下ろす大三郎。

 「その代わりに」
 「何?」
 「お主に興味を示そう」
 「ん?」
 「我の好奇心を満たしてもらうぞ?」
 「んん?」
 
 キョトンとする大三郎。青ざめるエスカ。事の成り行きを見守るしかないメルロ。大三郎のピンクな股間に目のやり場に困るソフィーア。

 とんでもない展開になりそうなやり取りを、ソフィーアが手を伸ばせば届く距離で起きており、そして、大三郎のピンクな股間がソフィーアの眼前にあった。
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