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妖精の森編
最凶の鉾VS最強の盾⑤
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「何してんだお前!」
「――――ッ?!」
抵抗するソフィーアを連れ去ろうとしている男が、大声で叫びながら猛ダッシュして来る大三郎に気付く。そして、大三郎に手のひらを向け、何かを言っているように口を動かすと、禍々しい赤黒い色の短槍が手のひらの前に現れ、ボウガンの矢の如く大三郎めがけ飛んでいった。
「危ない! 避けろ救世主様!」
メルロの叫び声に一瞬遅れて大三郎に命中し爆発を起こす。
元々、ただの一般人。危ないと言われて瞬時に避けられる訳がない。
大三郎は黒い煙の尾を引きながら吹き飛ばされていった。
「救世主様!!」
男は再びソフィーアを無理やり連れ去ろうと腕を引っ張る。
「うぉら! テメー! ソフィーは足を怪我してんだぞ! 無理やり腕を引っ張ってんじゃねー! 放せボケ!」
その大声を聞いて男は大三郎の方を見ると、大三郎は怒り狂った顔で猛ダッシュしてくるではないか。男は驚いた表情を浮かべ、少し動揺を見せたが、先ほどと同じく手のひらを向け、今度は赤黒い短槍を連続で撃ち放った。
撃ち放った赤黒い短槍は全弾命中し大爆発を起こすと、大三郎は爆発の衝撃で側転のようにきりもみしながら天高く舞い、ドシャっと頭から地面へ落ちた。
男は抵抗するソフィーアの腕を引っ張るのを止め、肩に担ぎあげようと抱き寄せ、ソフィーアのお尻の部分に腕を回し落ち上げようとしたその時、むくりと立ち上がる大三郎が視界に入った。
男は持ち上げようとした姿勢のまま、言葉を失うほど驚愕した表情でその光景を見ていた。
立ち上がった大三郎はキョロキョロと周りを見渡し、ソフィーアのお尻に腕を回している男を見つけると、狂ったように男に向かって走り出した。
「ソフィーぬぉおお! 小っちゃいぃいい! お尻にぃいい! 何しとんじゃぁあああ!! ワレこらボケー!!」
今にも血の涙を流しそうな血走った目で、更なる大声で叫び、両腕をこれでもかと高速で前後に振り、ダカールラリーで砂漠を爆走する競争車の如く土煙を上げながらソフィーア達に向かって行く。
「うぉおおお前だけはぁああ! 殴る! 絶対殴る! 殴りまくる! お前が! 泣くまで! 殴るのを! 止めないぃいいい!」
足を怪我しているのに無理やり連れ去ろうとしている事もさることながら、ソフィーアの体、特にお尻を触っている事が大三郎の逆鱗に触れた。
ソフィーアやパニティーのような、心優しい女性に触れあった事が無い大三郎にとって、二人は神格化に近いほど、本物の聖女や天使のような存在になっていた。ある意味、大三郎を見るメルロのような感覚である。
女性が優しいのはイケメンにだけ。優しい世界は二次元だけ。現実には無い。そう思っていた。
社畜扱いする会社から帰宅して、笑顔で「おかえり」と、言ってくれるのも。
「どうしたの? 大丈夫?」と、気遣ってくれるのも。
「元気出して。私がずっとそばに居てあげるから」と、励ましてくれるのも。
頬を赤らめ「好き」と、言ってくれるのも。
全部、画面の中だけだと思っていた。
女性の優しさとは無縁の非リア充にとって、画面の中が全てだった。
だから、睡眠時間を削ろうが、食費を削ろうが、我が生涯に一片の悔いなしで課金してき。
そんな大三郎に、ソフィーアとパニティーは優しさを与えてくれた。
許せるはずがない。
普段怒らない者の怒りは歯止めがきかない。
特にオタク系が、自分の大切にしているものを傷つけられた時の怒りは尋常ではない。
今の大三郎は、それに匹敵するほどの、尋常じゃない怒りに溢れていた。
ソフィーアを担ぎ上げようとしていた男は、色々と異常な大三郎に焦ったのか、ソフィーアをドサッと地面に落とし、慌てた様子で両手を左右に広げた。
その広げた両手を胸元でパン! と、合わせた後、何やら詠唱のような言葉を発し、もう一度両手を広げると、その間に帯状の魔方陣が現れ、その中から卓球の玉ほどの黒い球体が対人地雷のクレイモアのように無数に飛んできた。
さながら、戦争映画の最前線で絨毯爆撃をされたように、大三郎の近くのあちらこちらで爆発を起こす。
勿論、大三郎にも数え切れないほどの黒い球体が命中し、何度も吹っ飛ばされるが、その度ガバリと立ち上がり、命中して体勢を崩そうが吹っ飛ぼうがお構いなしで狂ったように向かってくる。
「ぬぅぉおおぉらあぁあああっ!!」
大三郎は勢いのまま男を殴り倒そうとしたが、怒りで我を忘れている事と喧嘩慣れしていない所為もあり、握り拳が男の横を通過した。が、それすらお構いなしで振り抜いた事で、手加減無しのラリアットの形になり男に炸裂した。
男は回転しながら勢いよく転がっていく。
「ふーっ! ふーっ! ふーっ!」
大三郎は大きく肩で息をしながら、額に血管が浮き出るほど顔を真っ赤にしていた。
荒く息をしたまま、ソフィーアをお姫様抱っこしてメルロの下まで運んで行き、そっと降ろすとメルロがソフィーアの肩を掴む。
「ソフィー! 大丈夫か? 怪我はないか?」
メルロは心配そうにソフィーアの体に傷が無いか確かめていると、ソフィーアは”大丈夫”と言うように、メルロの腕に手を置いた。
大三郎は二人の頭に優しくポンと手を置き、背を向け再び男の下へ歩いて行く。
「きゅ、救世主様」
メルロの呼ぶ声に、振り向かないまま立ち止まる。
「あいつが、ソフィーに……求婚を無理強いした奴だ」
それを聞いた大三郎は少し顔を上げ、背中がピクリと動いた。
「私があいつを倒さなければならない。前に一度、追い払ったが……でも、今の、私では……、まだ、あ、あいつの……、あいつの足元にも、及ばない。く、悔しいが、悔しいが……」
メルロの涙声、悲痛な訴え。どれだけ悔しい顔で言っているのか、振り向かなくても分かる。見なくても分かる。
「きゅ、救世主様! どうか、どうか――」
「メル」
「な、何だろうか? 救世主様?」
「何も言わなくていい。分かってるから。大丈夫だから。何も心配すんな」
メルロはその言葉を聞き、悔し涙を堪えギュッと唇を噤む。
「俺はさ、ダメ人間だから、この世界の人達が思い描くような格好良い救世主には成れないと思う。でもな、どんなに格好悪くても、お前らを救う救世主には成れるから、成るから。絶対。だから、心配すんな」
大三郎は振り向き、にこりと笑う。
メルロはその笑顔を見て涙を流しながら頷いた。
そして、再び大三郎は男に向かい歩き出す。拳を固く握り、奥歯をギリッと鳴らし、今にも怒りが爆発してしまいそうなのを堪えながら。
男は既に立ち上がり、魔法詠唱を始めていた。
強力な魔法なのだろうか、今までの詠唱とは違い唱える時間が長い。
「ヒャヒャ。エブルットは、僕と彼のダンスを見てなかったのかなぁ?」
「あやつは女子の事しか見てないかったのだろう」
「だろ~ねぇ。ヒャヒャ。亡者召喚しても、何故か彼には焼け石に水になっちゃうんだよね。ヒャヒャ」
パハミエスは無機質な顔に生えている髭を摘まみ撫でながら、少し考えを巡らせる。
「……。あやつ」
「何だい? パハミエス?」
「救世主と呼ばれておったな?」
「うん? そうだねぇ」
「勇者や英雄の名を語る者はいるが、救世主は初めてだな」
「確かに。まぁ、伝説の救世主の名を語っても、誰も信じてはくれないからねぇ。ヒャヒャ」
「ああ。それに、勇者や英雄の名を語っても大体は偽物。しかし、あやつは、どうも違う」
「ヒャ? 違う? 何がだい?」
「ヘンキロ、お主とあやつのじゃれ合いを見て思ったのだが、何らかの加護を受け、魔法を効かせなくさせたり、効き辛くさせたりする者はいる。だが、あやつは、無効化しているように見えるのだ」
「ヒャ? 無効化? 効かなくするってこと?」
「効かなくさせるのと無効化は違う」
「ヒャ~? 同じじゃないのかい? パハミエス?」
「効かなくさせるのは、その魔法の効果、効力に対してだが、無効化は魔法そのものを”無かった事”にする」
「それがどう違うと言うのかなぁ?」
「だが、それも違う」
「ヒャァ~? 何が言いたいんだい? パハミエス?」
「あやつ、何もかもが中途半端で、何もかもが完璧なのだよ」
「よく分からないなぁ?」
「ああ。よく分からないのだ」
「ヒャ! パハミエスが不思議がってるよ。ヒャ―、こりゃ珍しい」
「うむ。不思議だ」
「ヒャ―……。(ありゃりゃ。興味示しちゃった。折角、面白い人間を見つけたのになぁ)」
その時、周囲を夜のように暗くさせ、地鳴りを鳴らすほどの闇魔法が発動した。
「貴様が何者か知らないが、アウタル・サクロの中でも召喚魔法にかけては右に出る者が居ないと言われる、このエブルット様を怒らせた事を死んで後悔しろ! いでよ、ア・タント・エボク・ザディアート!」
エブルットが何かの名前を叫び両手を高々と上げると、エブルットの背後に、嘴を下に向けたカラスのようなモノが、翼を閉じ腹を見せる形で地面から現れた。それは巨大で禍々しく、全体から黒いタール状の何かをボトボトと垂れ流していた。
それが完全に地面から這い出ると、ビクンビクンと頭を動かしながら嘴を上に向けていき、それに合わせるようにゆっくりとタール状の何かを垂らしながら翼を広げた。
「さぁ! ア・タント・エボク・ザディアートよ! お前に囚われし亡者共を呼び起こせ!」
エブルットが大声で命令すると、ア・タント・エボク・ザディアートは空に向かい、耳を劈くばかりの鳴き声を上げた。それに呼応するかのように、翼からボトボトと垂れていた黒いタール状の何かが飛び散る。
飛び散った先で、地面を汚染するようにあちらこちらで赤黒い魔方陣が現れ、そこから骸骨やら人、犬問わず、あらゆるゾンビが這い出てきた。
地獄絵図と言っても過言ではないその光景は、見た者の生きる希望を根こそぎ奪い去ってしまうほど絶望的で圧倒してしまう数。
メルロはその光景に「……そ、そんな。……そんな」と、絶望の声を上げ、ソフィーアは涙を流し、神々に”私の全てと引き換えに、どうか、メルと救世主様をお助け下さい”と、祈るしかなかった。
「エブルットかクソぶりっトか知らねーが、喋れなくなるまで殴りまくる前に、テメーに一言言っておく」
大三郎は地獄絵図のような光景の中、無人の野を行くが如く、拳を固く握り、肩を怒らせ、エブルットを睨みつけまま一直線に歩いて行く。
「ふん。命乞いか? 貴様はここで死――――」
エブルットの言葉をかき消すように大三郎は大声で叫ぶ。
「マイクチェックの時間だゴラァアアア!!!」
そう叫び、鬼の形相になるとエブルットに走り出した。それと同時に、亡者共は大三郎に襲い掛かる。
「ラト・ラテス!!!」
その声が響き渡った瞬間、エブルットとア・タント・エボク・ザディアートを包み込むほどの巨大な光の柱が天から降り注ぎ、それを中心に幾つもの光が枝のように無数に別れ、召喚された者達を貫いた。
その光は、夜のような暗闇に包まれていた周囲を昼間より明るく照らし出すほどだった。
直後、何かが大爆発したような音が頭上から鳴り響き、地面からは地震でも起きたかのような衝撃で揺れる。
もう、何が起きているのか分からないメルロとソフィーア。
呆然としていると、背後から自分達を呼ぶ声がする。
「メルロさん、ソフィーアさん大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
その声の主は、心配そうに二人を見ると、メルロの怪我を見て驚く。
「その傷はどうしたのです?! 傷だらけではありませんか?!」
メルロは呆けたまま声の主を見る。
「……エ、エス、カ……殿?」
「大丈夫ですか?」
「エ、スカ、殿……」
メルロは力無くエスカの腕をとる。エスカはその手に手を添える。
「すぐに手当てをしますから、余り動いてはいけません。分かりましたか? ソフィーアさんもどこか怪我をしていますか? すぐに――――」
メルロとソフィーアを気遣うエスカに、メルロは力無く何度もエスカの名を呼ぶ。
「エ、スカ、殿……。エス、カ……殿」
「もう大丈夫ですよ。召喚された亡者は私の最大魔法で一掃しましたから」
「あ、あそ……あそこ……」
「あそこ?」
メルロは力無く指を指す。
「あ、あそこに……、きゅ、救世主、さ、様が……、居た」
「え? 杉田様ですか?」
メルロはぽろぽろと涙を流しながら力無く頷いた。
エスカは大三郎が居たであろう方向を見ながら一言呟いた。
「……。杉田様も一掃してしまいましたね」
ぽろぽろと涙を流すメルロ。
全身の力が無くなった様にへたり込んでいるソフィーア。
特に気にしていないエスカ。
「バカっぱ―――い!!!!」
その声にメルロとソフィーアは驚き、声のする方を見ると、大三郎が立ち上がっていた。そして、大三郎はプンスコしながらエスカ達の方へ歩いて来た。
「おい、ウルトラバカっぱい。おいコラ、ウルトラバカっぱい」
「何ですか?」
「何ですかって何ですか?」
「質問を質問で返さないでください」
「ねぇ、スーパーウルトラバカっぱい」
「だから、何です?」
「どうして、お前は、何時も、ホイホイと、魔法を、撃つの? それも、俺に」
「今回は杉田様にではありません」
「今回? って事は、それ以外は、ホイホイ俺に撃ってるって事だよね? そうだよね?」
「ライトニングだけです。最大魔法は撃ってません」
「今、撃ったよね? 聞こえてたよ? 最大魔法だって、聞こえてたよ?」
「そんな事より」
「待って。ホントに待って。死ぬかもしれない魔法を撃っといて、そんな事はないでしょ? そんな事扱いしないでくれませんか?」
「何ですかその恰好は?」
「え?」
見ると、大三郎は今までの事があってか、上着も何もかもが無くなっており、タイツに至っては、ピンクのTバックを履いているかのように、お尻丸出しで股間をもっこりとさせていた。
「あれ?」
「あれ? ではありません。見っともない。それでは救世主ではなく、本当の変質者ではありませんか。馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが、ここまで馬鹿だとは知りませんでした。そんな恰好でウロウロしているなんて、元からおかしい頭が更にどうにかなってしまったのですか? 元々、底なしのおバカだから許されると思っているのですか? それでも救世主ですか? いい加減、救世主だと言う自覚を持ってください。そんな事をしていたら、いずれ、粗チンの救世主と二つ名がつきますよ。見っともない。本当に見っともない」
大三郎のピュアなガラスのハートに容赦なくデンプシーロールを喰らわせるエスカ。
大三郎は、メルロとソフィーアを手当てしようとしゃがんでいるエスカの顔が、丁度、自分の股間の位置にあるので、股間をエスカの顔にくっ付ける事にした。
「おい、エスカ」
「何ですか、今は忙し――――」
名を呼ばれ、振り向いた瞬間に、ペトッとピンクのもっこりが顔にくっ付いた。
くっ付いたので、エスカの頭を押さえシェイクする事にした。
「ダイナミックレインボー!」
「――――qあwせdrfgthyじゅいkぉpワ(灬º 艸º灬)ォ;@:「」ッ!!」
「もっこりとのシンクロ率が、400パーセントを超えています!」
「引き剥がして!」
「もっこり顔面深度が100をオーバー!」
「駄目。突然の出来事に身動きがとれていない」
「もっこり顔面深度、180をオーバー! もう危険です!」
「何かないの?! 何か!」
「もっこり顔面深度、危険域を超えます!」
「い、いかん。このままでは……」
「精神崩壊濃度が危険域に達します!」
「なんて恐ろしく速いシェイクだ」
「エスカ、思考限界まであと3シェイク! 2.5、2、1.5、1、0.5……」
「時間が無いわ! 何か手は無いの?!」
「エスカ、思考限界です、理性も動きません!」
「意識を遮断させるんだ! リミッタープラグ展開! 急げ!」
「ダメです、制御不能!」
「……暴走するぞ」
そんな慌ただしい声が、天界から聞こえてきそうなほど、地獄絵図より信じ難い光景がメルロとソフィーアの目の前で起きていた。
この世の全てを救う伝説の救世主が、歴史上初の元女聖騎士長の頭を押さえ、顔面を股間に押し付けながら高速で腰を上下左右に動かしている。
「ッんパぁ!!」
突然、素っ頓狂な声を出す大三郎は、エスカの顔を股間に押し付けていた恰好のまま、まるでロケットのように垂直に飛んで行く。エスカは大三郎の股間に慈悲無きガゼルパンチを叩き込んだのだ。
そして、そのままの形で落ちてくる大三郎の股間にスマッシュを叩き込む。
「ッんピョ!!」
また、素っ頓狂な声と鼻水を出して吹っ飛んで行く。
エスカは吹っ飛んで行く大三郎に最大級のライトニングを撃ち放つと、大三郎はその衝撃で鋭角に地面へ落ちた。
エスカは大三郎めがけ駆け出すと、ピクピクと痙攣して仰向けに倒れている大三郎を蹴り上げるように、股間にサッカーボールキックをお見舞いする。空中を舞う大三郎は、更に股間へ、容赦の無いサマーサルトキックを受け、一瞬空中で停止しているように浮く。エスカは着地と同時に大三郎の股間へ百裂脚をくり出した。もう、砕けていてもおかしくない股間に多段ヒットを受けた大三郎は、真っ白になりながら鳥の糞のように地面に落ちる。
それで終わるかと思いきや、エスカはトドメと言わんばかりに、大三郎の股間へ鷹爪脚を追撃させた。
一瞬の静寂。
本当に一瞬の静寂だった。
エスカは踏みつけている股間をグリッと踏むと、今度は大三郎の股間を削岩機のように殴り始めた。
「ヒャァー……。あ、あれで下半身が残ってたら、それこそ化け物だよ。そう思わないかい? パハミ――あれ?」
遠くで一部始終を見ていたヘンキロは、執拗に股間ばかりを攻撃される様を見て、呆れと驚きが混じった顔のままパハミエスに話しかけるが、いつの間にかパハミエスが居なくなっていた。
「ふむ。興味深い」
エスカの真横で声が聞こえ、エスカは飛び退き身構えた。
「ん? 何故止める?」
無機質な顔でエスカを見るパハミエス。
エスカは一瞬驚いた顔をしたが、何か納得したような表情を浮かべた。
「……そうですか。なるほど。貴方が居ると言う事は、一連の出来事はアウタル・サクロの仕業と言う事ですね?」
「一連?」
「他の場所でも闇魔法が発動したと報告を受けています」
「それは我とは関係ない。それより、聖騎士よ。続けぬのか?」
「何をですか?」
「この男の股間を攻めるのをだ」
「貴方に言われる筋合いはありません」
「ふむ。確かに。だが、好きなのだろ?」
「何がですか?」
「この男の股間が?」
「好きではありません!!」
「そうか。顔にくっ付けたり、執拗に股間ばかり攻めるのでな、好きなのかと思ったが、違うらしいな」
「あ、あ、当り前です! だ、だ、誰が、す、すぎ、杉田様の、こ、股間を――な、何を言わすのです?!」
身構えたまま動揺するエスカを気にするでもなく、パハミエスは大三郎を見下ろす。
「ふむ。あれだけの攻撃を受けても無事なのだろう?」
「何がですか?」
「いや、聖騎士に聞いているのではない。杉田? と、言ったか?」
「ぶ、無事では、ない、です」
見方によっては素っ裸にも見える大三郎は、小刻みに震えながら股間を押さえていた。
「見た所、魔法攻撃と物理攻撃で受けた多少の傷はあるにせよ、あれだけの攻撃を受けて、致命傷どころか重傷すら負っていない。うふ。二度も不思議な事に出会うとは、今日は運が良い」
パハミエスは無機質な顔で髭を摘まみ撫でる。
「いいえ。貴方にとっては最悪な日になりますよ」
「最悪? 何でだ? 聖騎士よ」
「私はもう聖騎士ではありませんが、生死問わず、貴方を捕らえる使命は、私の中で何一つ変わっていませんから。それに、貴方が抱えているエブルットも指名手配されている者。逃がす訳にはいきません」
「ん? あぁ。これか」
パハミエスは小脇に抱えていたエブルットをゴミのように地面へ落とした。その衝撃で、気を失っていたエブルットが目を覚ます。
「ん、んん? ……ここは?」
「よぅ。クソぶりっト」
「――――ッ!?」
先ほどまで股間を押さえ転がっていた大三郎が、意識を取り戻し上半身を起こしたエブルットの目の前に立っていた。
「歯ぁ、食いしばれぇええ!!!」
そう叫ぶと同時に、エブルットの顔面に渾身の力を込めた拳を叩き込んだ。
「――――ッ?!」
抵抗するソフィーアを連れ去ろうとしている男が、大声で叫びながら猛ダッシュして来る大三郎に気付く。そして、大三郎に手のひらを向け、何かを言っているように口を動かすと、禍々しい赤黒い色の短槍が手のひらの前に現れ、ボウガンの矢の如く大三郎めがけ飛んでいった。
「危ない! 避けろ救世主様!」
メルロの叫び声に一瞬遅れて大三郎に命中し爆発を起こす。
元々、ただの一般人。危ないと言われて瞬時に避けられる訳がない。
大三郎は黒い煙の尾を引きながら吹き飛ばされていった。
「救世主様!!」
男は再びソフィーアを無理やり連れ去ろうと腕を引っ張る。
「うぉら! テメー! ソフィーは足を怪我してんだぞ! 無理やり腕を引っ張ってんじゃねー! 放せボケ!」
その大声を聞いて男は大三郎の方を見ると、大三郎は怒り狂った顔で猛ダッシュしてくるではないか。男は驚いた表情を浮かべ、少し動揺を見せたが、先ほどと同じく手のひらを向け、今度は赤黒い短槍を連続で撃ち放った。
撃ち放った赤黒い短槍は全弾命中し大爆発を起こすと、大三郎は爆発の衝撃で側転のようにきりもみしながら天高く舞い、ドシャっと頭から地面へ落ちた。
男は抵抗するソフィーアの腕を引っ張るのを止め、肩に担ぎあげようと抱き寄せ、ソフィーアのお尻の部分に腕を回し落ち上げようとしたその時、むくりと立ち上がる大三郎が視界に入った。
男は持ち上げようとした姿勢のまま、言葉を失うほど驚愕した表情でその光景を見ていた。
立ち上がった大三郎はキョロキョロと周りを見渡し、ソフィーアのお尻に腕を回している男を見つけると、狂ったように男に向かって走り出した。
「ソフィーぬぉおお! 小っちゃいぃいい! お尻にぃいい! 何しとんじゃぁあああ!! ワレこらボケー!!」
今にも血の涙を流しそうな血走った目で、更なる大声で叫び、両腕をこれでもかと高速で前後に振り、ダカールラリーで砂漠を爆走する競争車の如く土煙を上げながらソフィーア達に向かって行く。
「うぉおおお前だけはぁああ! 殴る! 絶対殴る! 殴りまくる! お前が! 泣くまで! 殴るのを! 止めないぃいいい!」
足を怪我しているのに無理やり連れ去ろうとしている事もさることながら、ソフィーアの体、特にお尻を触っている事が大三郎の逆鱗に触れた。
ソフィーアやパニティーのような、心優しい女性に触れあった事が無い大三郎にとって、二人は神格化に近いほど、本物の聖女や天使のような存在になっていた。ある意味、大三郎を見るメルロのような感覚である。
女性が優しいのはイケメンにだけ。優しい世界は二次元だけ。現実には無い。そう思っていた。
社畜扱いする会社から帰宅して、笑顔で「おかえり」と、言ってくれるのも。
「どうしたの? 大丈夫?」と、気遣ってくれるのも。
「元気出して。私がずっとそばに居てあげるから」と、励ましてくれるのも。
頬を赤らめ「好き」と、言ってくれるのも。
全部、画面の中だけだと思っていた。
女性の優しさとは無縁の非リア充にとって、画面の中が全てだった。
だから、睡眠時間を削ろうが、食費を削ろうが、我が生涯に一片の悔いなしで課金してき。
そんな大三郎に、ソフィーアとパニティーは優しさを与えてくれた。
許せるはずがない。
普段怒らない者の怒りは歯止めがきかない。
特にオタク系が、自分の大切にしているものを傷つけられた時の怒りは尋常ではない。
今の大三郎は、それに匹敵するほどの、尋常じゃない怒りに溢れていた。
ソフィーアを担ぎ上げようとしていた男は、色々と異常な大三郎に焦ったのか、ソフィーアをドサッと地面に落とし、慌てた様子で両手を左右に広げた。
その広げた両手を胸元でパン! と、合わせた後、何やら詠唱のような言葉を発し、もう一度両手を広げると、その間に帯状の魔方陣が現れ、その中から卓球の玉ほどの黒い球体が対人地雷のクレイモアのように無数に飛んできた。
さながら、戦争映画の最前線で絨毯爆撃をされたように、大三郎の近くのあちらこちらで爆発を起こす。
勿論、大三郎にも数え切れないほどの黒い球体が命中し、何度も吹っ飛ばされるが、その度ガバリと立ち上がり、命中して体勢を崩そうが吹っ飛ぼうがお構いなしで狂ったように向かってくる。
「ぬぅぉおおぉらあぁあああっ!!」
大三郎は勢いのまま男を殴り倒そうとしたが、怒りで我を忘れている事と喧嘩慣れしていない所為もあり、握り拳が男の横を通過した。が、それすらお構いなしで振り抜いた事で、手加減無しのラリアットの形になり男に炸裂した。
男は回転しながら勢いよく転がっていく。
「ふーっ! ふーっ! ふーっ!」
大三郎は大きく肩で息をしながら、額に血管が浮き出るほど顔を真っ赤にしていた。
荒く息をしたまま、ソフィーアをお姫様抱っこしてメルロの下まで運んで行き、そっと降ろすとメルロがソフィーアの肩を掴む。
「ソフィー! 大丈夫か? 怪我はないか?」
メルロは心配そうにソフィーアの体に傷が無いか確かめていると、ソフィーアは”大丈夫”と言うように、メルロの腕に手を置いた。
大三郎は二人の頭に優しくポンと手を置き、背を向け再び男の下へ歩いて行く。
「きゅ、救世主様」
メルロの呼ぶ声に、振り向かないまま立ち止まる。
「あいつが、ソフィーに……求婚を無理強いした奴だ」
それを聞いた大三郎は少し顔を上げ、背中がピクリと動いた。
「私があいつを倒さなければならない。前に一度、追い払ったが……でも、今の、私では……、まだ、あ、あいつの……、あいつの足元にも、及ばない。く、悔しいが、悔しいが……」
メルロの涙声、悲痛な訴え。どれだけ悔しい顔で言っているのか、振り向かなくても分かる。見なくても分かる。
「きゅ、救世主様! どうか、どうか――」
「メル」
「な、何だろうか? 救世主様?」
「何も言わなくていい。分かってるから。大丈夫だから。何も心配すんな」
メルロはその言葉を聞き、悔し涙を堪えギュッと唇を噤む。
「俺はさ、ダメ人間だから、この世界の人達が思い描くような格好良い救世主には成れないと思う。でもな、どんなに格好悪くても、お前らを救う救世主には成れるから、成るから。絶対。だから、心配すんな」
大三郎は振り向き、にこりと笑う。
メルロはその笑顔を見て涙を流しながら頷いた。
そして、再び大三郎は男に向かい歩き出す。拳を固く握り、奥歯をギリッと鳴らし、今にも怒りが爆発してしまいそうなのを堪えながら。
男は既に立ち上がり、魔法詠唱を始めていた。
強力な魔法なのだろうか、今までの詠唱とは違い唱える時間が長い。
「ヒャヒャ。エブルットは、僕と彼のダンスを見てなかったのかなぁ?」
「あやつは女子の事しか見てないかったのだろう」
「だろ~ねぇ。ヒャヒャ。亡者召喚しても、何故か彼には焼け石に水になっちゃうんだよね。ヒャヒャ」
パハミエスは無機質な顔に生えている髭を摘まみ撫でながら、少し考えを巡らせる。
「……。あやつ」
「何だい? パハミエス?」
「救世主と呼ばれておったな?」
「うん? そうだねぇ」
「勇者や英雄の名を語る者はいるが、救世主は初めてだな」
「確かに。まぁ、伝説の救世主の名を語っても、誰も信じてはくれないからねぇ。ヒャヒャ」
「ああ。それに、勇者や英雄の名を語っても大体は偽物。しかし、あやつは、どうも違う」
「ヒャ? 違う? 何がだい?」
「ヘンキロ、お主とあやつのじゃれ合いを見て思ったのだが、何らかの加護を受け、魔法を効かせなくさせたり、効き辛くさせたりする者はいる。だが、あやつは、無効化しているように見えるのだ」
「ヒャ? 無効化? 効かなくするってこと?」
「効かなくさせるのと無効化は違う」
「ヒャ~? 同じじゃないのかい? パハミエス?」
「効かなくさせるのは、その魔法の効果、効力に対してだが、無効化は魔法そのものを”無かった事”にする」
「それがどう違うと言うのかなぁ?」
「だが、それも違う」
「ヒャァ~? 何が言いたいんだい? パハミエス?」
「あやつ、何もかもが中途半端で、何もかもが完璧なのだよ」
「よく分からないなぁ?」
「ああ。よく分からないのだ」
「ヒャ! パハミエスが不思議がってるよ。ヒャ―、こりゃ珍しい」
「うむ。不思議だ」
「ヒャ―……。(ありゃりゃ。興味示しちゃった。折角、面白い人間を見つけたのになぁ)」
その時、周囲を夜のように暗くさせ、地鳴りを鳴らすほどの闇魔法が発動した。
「貴様が何者か知らないが、アウタル・サクロの中でも召喚魔法にかけては右に出る者が居ないと言われる、このエブルット様を怒らせた事を死んで後悔しろ! いでよ、ア・タント・エボク・ザディアート!」
エブルットが何かの名前を叫び両手を高々と上げると、エブルットの背後に、嘴を下に向けたカラスのようなモノが、翼を閉じ腹を見せる形で地面から現れた。それは巨大で禍々しく、全体から黒いタール状の何かをボトボトと垂れ流していた。
それが完全に地面から這い出ると、ビクンビクンと頭を動かしながら嘴を上に向けていき、それに合わせるようにゆっくりとタール状の何かを垂らしながら翼を広げた。
「さぁ! ア・タント・エボク・ザディアートよ! お前に囚われし亡者共を呼び起こせ!」
エブルットが大声で命令すると、ア・タント・エボク・ザディアートは空に向かい、耳を劈くばかりの鳴き声を上げた。それに呼応するかのように、翼からボトボトと垂れていた黒いタール状の何かが飛び散る。
飛び散った先で、地面を汚染するようにあちらこちらで赤黒い魔方陣が現れ、そこから骸骨やら人、犬問わず、あらゆるゾンビが這い出てきた。
地獄絵図と言っても過言ではないその光景は、見た者の生きる希望を根こそぎ奪い去ってしまうほど絶望的で圧倒してしまう数。
メルロはその光景に「……そ、そんな。……そんな」と、絶望の声を上げ、ソフィーアは涙を流し、神々に”私の全てと引き換えに、どうか、メルと救世主様をお助け下さい”と、祈るしかなかった。
「エブルットかクソぶりっトか知らねーが、喋れなくなるまで殴りまくる前に、テメーに一言言っておく」
大三郎は地獄絵図のような光景の中、無人の野を行くが如く、拳を固く握り、肩を怒らせ、エブルットを睨みつけまま一直線に歩いて行く。
「ふん。命乞いか? 貴様はここで死――――」
エブルットの言葉をかき消すように大三郎は大声で叫ぶ。
「マイクチェックの時間だゴラァアアア!!!」
そう叫び、鬼の形相になるとエブルットに走り出した。それと同時に、亡者共は大三郎に襲い掛かる。
「ラト・ラテス!!!」
その声が響き渡った瞬間、エブルットとア・タント・エボク・ザディアートを包み込むほどの巨大な光の柱が天から降り注ぎ、それを中心に幾つもの光が枝のように無数に別れ、召喚された者達を貫いた。
その光は、夜のような暗闇に包まれていた周囲を昼間より明るく照らし出すほどだった。
直後、何かが大爆発したような音が頭上から鳴り響き、地面からは地震でも起きたかのような衝撃で揺れる。
もう、何が起きているのか分からないメルロとソフィーア。
呆然としていると、背後から自分達を呼ぶ声がする。
「メルロさん、ソフィーアさん大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
その声の主は、心配そうに二人を見ると、メルロの怪我を見て驚く。
「その傷はどうしたのです?! 傷だらけではありませんか?!」
メルロは呆けたまま声の主を見る。
「……エ、エス、カ……殿?」
「大丈夫ですか?」
「エ、スカ、殿……」
メルロは力無くエスカの腕をとる。エスカはその手に手を添える。
「すぐに手当てをしますから、余り動いてはいけません。分かりましたか? ソフィーアさんもどこか怪我をしていますか? すぐに――――」
メルロとソフィーアを気遣うエスカに、メルロは力無く何度もエスカの名を呼ぶ。
「エ、スカ、殿……。エス、カ……殿」
「もう大丈夫ですよ。召喚された亡者は私の最大魔法で一掃しましたから」
「あ、あそ……あそこ……」
「あそこ?」
メルロは力無く指を指す。
「あ、あそこに……、きゅ、救世主、さ、様が……、居た」
「え? 杉田様ですか?」
メルロはぽろぽろと涙を流しながら力無く頷いた。
エスカは大三郎が居たであろう方向を見ながら一言呟いた。
「……。杉田様も一掃してしまいましたね」
ぽろぽろと涙を流すメルロ。
全身の力が無くなった様にへたり込んでいるソフィーア。
特に気にしていないエスカ。
「バカっぱ―――い!!!!」
その声にメルロとソフィーアは驚き、声のする方を見ると、大三郎が立ち上がっていた。そして、大三郎はプンスコしながらエスカ達の方へ歩いて来た。
「おい、ウルトラバカっぱい。おいコラ、ウルトラバカっぱい」
「何ですか?」
「何ですかって何ですか?」
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「だから、何です?」
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「待って。ホントに待って。死ぬかもしれない魔法を撃っといて、そんな事はないでしょ? そんな事扱いしないでくれませんか?」
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「え?」
見ると、大三郎は今までの事があってか、上着も何もかもが無くなっており、タイツに至っては、ピンクのTバックを履いているかのように、お尻丸出しで股間をもっこりとさせていた。
「あれ?」
「あれ? ではありません。見っともない。それでは救世主ではなく、本当の変質者ではありませんか。馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが、ここまで馬鹿だとは知りませんでした。そんな恰好でウロウロしているなんて、元からおかしい頭が更にどうにかなってしまったのですか? 元々、底なしのおバカだから許されると思っているのですか? それでも救世主ですか? いい加減、救世主だと言う自覚を持ってください。そんな事をしていたら、いずれ、粗チンの救世主と二つ名がつきますよ。見っともない。本当に見っともない」
大三郎のピュアなガラスのハートに容赦なくデンプシーロールを喰らわせるエスカ。
大三郎は、メルロとソフィーアを手当てしようとしゃがんでいるエスカの顔が、丁度、自分の股間の位置にあるので、股間をエスカの顔にくっ付ける事にした。
「おい、エスカ」
「何ですか、今は忙し――――」
名を呼ばれ、振り向いた瞬間に、ペトッとピンクのもっこりが顔にくっ付いた。
くっ付いたので、エスカの頭を押さえシェイクする事にした。
「ダイナミックレインボー!」
「――――qあwせdrfgthyじゅいkぉpワ(灬º 艸º灬)ォ;@:「」ッ!!」
「もっこりとのシンクロ率が、400パーセントを超えています!」
「引き剥がして!」
「もっこり顔面深度が100をオーバー!」
「駄目。突然の出来事に身動きがとれていない」
「もっこり顔面深度、180をオーバー! もう危険です!」
「何かないの?! 何か!」
「もっこり顔面深度、危険域を超えます!」
「い、いかん。このままでは……」
「精神崩壊濃度が危険域に達します!」
「なんて恐ろしく速いシェイクだ」
「エスカ、思考限界まであと3シェイク! 2.5、2、1.5、1、0.5……」
「時間が無いわ! 何か手は無いの?!」
「エスカ、思考限界です、理性も動きません!」
「意識を遮断させるんだ! リミッタープラグ展開! 急げ!」
「ダメです、制御不能!」
「……暴走するぞ」
そんな慌ただしい声が、天界から聞こえてきそうなほど、地獄絵図より信じ難い光景がメルロとソフィーアの目の前で起きていた。
この世の全てを救う伝説の救世主が、歴史上初の元女聖騎士長の頭を押さえ、顔面を股間に押し付けながら高速で腰を上下左右に動かしている。
「ッんパぁ!!」
突然、素っ頓狂な声を出す大三郎は、エスカの顔を股間に押し付けていた恰好のまま、まるでロケットのように垂直に飛んで行く。エスカは大三郎の股間に慈悲無きガゼルパンチを叩き込んだのだ。
そして、そのままの形で落ちてくる大三郎の股間にスマッシュを叩き込む。
「ッんピョ!!」
また、素っ頓狂な声と鼻水を出して吹っ飛んで行く。
エスカは吹っ飛んで行く大三郎に最大級のライトニングを撃ち放つと、大三郎はその衝撃で鋭角に地面へ落ちた。
エスカは大三郎めがけ駆け出すと、ピクピクと痙攣して仰向けに倒れている大三郎を蹴り上げるように、股間にサッカーボールキックをお見舞いする。空中を舞う大三郎は、更に股間へ、容赦の無いサマーサルトキックを受け、一瞬空中で停止しているように浮く。エスカは着地と同時に大三郎の股間へ百裂脚をくり出した。もう、砕けていてもおかしくない股間に多段ヒットを受けた大三郎は、真っ白になりながら鳥の糞のように地面に落ちる。
それで終わるかと思いきや、エスカはトドメと言わんばかりに、大三郎の股間へ鷹爪脚を追撃させた。
一瞬の静寂。
本当に一瞬の静寂だった。
エスカは踏みつけている股間をグリッと踏むと、今度は大三郎の股間を削岩機のように殴り始めた。
「ヒャァー……。あ、あれで下半身が残ってたら、それこそ化け物だよ。そう思わないかい? パハミ――あれ?」
遠くで一部始終を見ていたヘンキロは、執拗に股間ばかりを攻撃される様を見て、呆れと驚きが混じった顔のままパハミエスに話しかけるが、いつの間にかパハミエスが居なくなっていた。
「ふむ。興味深い」
エスカの真横で声が聞こえ、エスカは飛び退き身構えた。
「ん? 何故止める?」
無機質な顔でエスカを見るパハミエス。
エスカは一瞬驚いた顔をしたが、何か納得したような表情を浮かべた。
「……そうですか。なるほど。貴方が居ると言う事は、一連の出来事はアウタル・サクロの仕業と言う事ですね?」
「一連?」
「他の場所でも闇魔法が発動したと報告を受けています」
「それは我とは関係ない。それより、聖騎士よ。続けぬのか?」
「何をですか?」
「この男の股間を攻めるのをだ」
「貴方に言われる筋合いはありません」
「ふむ。確かに。だが、好きなのだろ?」
「何がですか?」
「この男の股間が?」
「好きではありません!!」
「そうか。顔にくっ付けたり、執拗に股間ばかり攻めるのでな、好きなのかと思ったが、違うらしいな」
「あ、あ、当り前です! だ、だ、誰が、す、すぎ、杉田様の、こ、股間を――な、何を言わすのです?!」
身構えたまま動揺するエスカを気にするでもなく、パハミエスは大三郎を見下ろす。
「ふむ。あれだけの攻撃を受けても無事なのだろう?」
「何がですか?」
「いや、聖騎士に聞いているのではない。杉田? と、言ったか?」
「ぶ、無事では、ない、です」
見方によっては素っ裸にも見える大三郎は、小刻みに震えながら股間を押さえていた。
「見た所、魔法攻撃と物理攻撃で受けた多少の傷はあるにせよ、あれだけの攻撃を受けて、致命傷どころか重傷すら負っていない。うふ。二度も不思議な事に出会うとは、今日は運が良い」
パハミエスは無機質な顔で髭を摘まみ撫でる。
「いいえ。貴方にとっては最悪な日になりますよ」
「最悪? 何でだ? 聖騎士よ」
「私はもう聖騎士ではありませんが、生死問わず、貴方を捕らえる使命は、私の中で何一つ変わっていませんから。それに、貴方が抱えているエブルットも指名手配されている者。逃がす訳にはいきません」
「ん? あぁ。これか」
パハミエスは小脇に抱えていたエブルットをゴミのように地面へ落とした。その衝撃で、気を失っていたエブルットが目を覚ます。
「ん、んん? ……ここは?」
「よぅ。クソぶりっト」
「――――ッ!?」
先ほどまで股間を押さえ転がっていた大三郎が、意識を取り戻し上半身を起こしたエブルットの目の前に立っていた。
「歯ぁ、食いしばれぇええ!!!」
そう叫ぶと同時に、エブルットの顔面に渾身の力を込めた拳を叩き込んだ。
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