異世界で探がす愛の定義と幸せカテゴリー

彦野 うとむ

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妖精の森編

最凶の鉾VS最強の盾③

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 「止めても無駄のようだね」
 「ダルトはティリス達の家が燃やされそうな時、黙って見てる訳ないだろ?」
 「確かに、そうだね。うん、黙って見てる事はしないね」
 「今の俺がそうって事だ」
 
 大三郎はダルトの目を真っ直ぐ見返す。その目を見てダルトはゆっくりと立ち上がった。

 「分かったよ」
 「んじゃ、行こっか」
 「ただ一つ。杉田君に言っておきたい事があるんだ」
 「何?」
 「君がどんな目に合っても助ける事はできないし、加勢する事もできない。僕にも事情があるからね」
 「分かってるよ。俺からも一つだけ言って良いか?」
 「何だい?」
 「邪魔だけはしないでくれ」
 「邪魔?」
 「そ。燃やすのを止めさせる邪魔だけはしないでくれってこと」
 「……。分かったよ」

 大三郎がどうやってあの二人を退かすかダルトには想像もできなかった。だが、心のどこかで、何となく何かをしそうな感じがしてやまなかった。
 ダルトは大三郎を先導しようと歩き出した時、遠くの方で、打ち上げ花火の爆発音に似た音が間隔を開けて三度小さく響いた。

 「何だ? 花火か?」
 
 大三郎は音のする方を見て不思議そうな顔をする。

 「あっちの方角には、確か町があったはずだね」
 「祭りでもあるのかな? エスカやつ、何も言ってなかったけど」
 「いや、違うな。……急いだ方が良さそうだ」
 

                ◇


 「ヒャヒャ。何でかな~? 何でかな~? ヒャヒャ」
  
 ヒャヒャと声高に笑うジェスターハットと、両目と口が三日月型を模り、薄笑いを描く仮面を被った男。その男の服装は正しくピエロの恰好なのだが、妙に長い両手足は交互に赤と黒に別れ、胴体は赤と黒と白のダイヤチェック。首から胸元までギザギザに垂れ下がっている黒のピエロカラーが特徴的な、ジュオニカスとは違う、正しくダークピエロと言った感じだった。

 「本当に何でだろうな?」

 声高に笑う男の横に、右手に等身ほどの杖を持ち、左手には分厚い本を持った60歳代の老人。見た目は、頭が見事に禿げあがり、口髭と顎鬚が繋がった立派な髭を貯え、トゥニカの上にヒマティオンを着た古代ギリシャの哲学者のようだった。その老人の表情は、無表情と言うより最初から表情が無いと言った、顔の彫りが深いデスマスクを思わせた。

 「ヒャヒャ。パハミエスの魔法が解けちゃってるよ。ヒャヒャヒャ」
 「妖精の泉か?」
 「一足遅かったよ~だねぇ、パハミエス」
 「う~む。……手下を使って妖精を斬らせ、泉に血を流させたはずなんだが?」
 「失敗してたのに嘘の報告をされたとか? ヒャヒャヒャ」
 「いや、それはない。奴に授けた魔剣から微かに妖精の血の匂いがしてたからな」
 
 パハミエス達は言葉に魔力を込めて話しているからだろうか、メルロ達と20メートル以上の距離があるのにメルロには二人の会話がはっきりと聞こえていた。
 足を押さえ座り込んでいるソフィーアを庇う様に、ソフィーアを背にパハミエス達と対峙していたメルロは、会話の内容が信じられないといった顔でワナワナと震え目を見開く。
 
 「ま、まさか貴様……、ソフィーの魔法を解かせない為だけに、妖精を斬ったのか?!」
 「ん? ああ、そうだが?」
 
 怒りに震え大声で怒鳴るメルロ。その姿にまるで関心が無いように、パハミエスは無機質な顔で返答した。

 「き、貴様……、貴様! 何て事を!!」
 
 今にもパハミエスに襲い掛かりそうなメルロを遮る様に、ヘンキロはお道化た仕草で二人の間に割って入る。

 「パハミエス、僕達はラッキーだねぇ。ヒャヒャ」
 「何がだ? ヘンキロ」
 「まさか、ビックマウドだけじゃなく、エブルットの想い人まで手に入る何てさ。ヒャヒャ」
 「ん? 何故、あやつの想い人まで手に入れる必要がある? ビックマウドだけ殺せれば良いではないか?」
 「エブルットにまた一つ貸しを作れるじゃん。それに、どうやってパハミエスの魔法を解いたかも調べられるし。一石二鳥じゃないかなぁ? ヒャヒャヒャ」  
 「……ふむ。言われてみればそうだな。だがヘンキロよ」
 「何だい? パハミエス」
 「どうやって連れて行く? 我々はこれから森の中へビックマウドを探しに行くのだぞ? 我もヘンキロも、ここから離れる訳にもいかぬが、誰がロスロマンテの居城に連れて行くのだ?」
 「ヒャヒャヒャ。言われてみればそうだねぇ。んじゃ、直接、本人に来てもらおうかぁ?」
 「本人? エブルットにか?」
 「ヒャヒャ。そうだよ。エブルットは居城で留守番してるからさ、暇していると思うし。見つけたから取りにおいでって言ったら、すっ飛んでくるかも。ヒャヒャヒャ」
 「……ふむ。その方が良さそうだな」

 パハミエスは杖を前に掲げ、短く詠唱を唱えると、楕円形の姿見のような物が現れた。

 「エブルット」
 
 パハミエスが姿見に名を告げると、姿見にエブルットが映る。

 「あれ? パハミエス。もう終わったのか? 早いな」
 「僕も居るよぉ」
 「ヘンキロの木偶か。何の用だ? 終わったなら早く帰って来いよ」
 
 パハミエスの後ろからひょっこり顔を出すヘンキロに、エブルットは興味無さげな顔をし冷めた口調で言う。
 ヘンキロは、”傷ついたよ僕”的なお道化た仕草をした後、軽く挑発するような口調で言い返す。

 「つれないなぁ。折角、君の想い人を僕とパハミエスが見つけてあげたってのに。ヒャヒャ」
 「何?! それは本当か?」
 「ああ。我らの用はまだ済んでないのでな、お主の想い人は今ここに居るから取りに来い」
 「分かった! クックック……。礼を言うぞ、パハミエス」
 「僕にもお礼を言って欲しいなぁ」
 「ふん。お前は礼を言われるより物だろ?」
 「ご名答ぉ。ヒャヒャヒャ」
 「エブルット。我はこれから兵隊を召喚しなければならんのでな。余計な魔力の消費は抑えたい。お主に転移魔法は使えんぞ」
 「構わない。俺の方でそっちに転移する。大量の魔晶石を使うが、それに見合うものだ」
 「分かった。では、お主を待ってから行動しよう」
 「すぐに行く」
 「待ってるよぉ。ヒャヒャ」

 メルロからは、パハミエス達の前に黒い楕円形のもやがあるだけにしか見えず、何やら会話をしているようだったが、言葉に魔力を込めていないのか、メルロ達には会話の内容が聞こえず、エブルットの姿も確認できなかった。
 パハミエスは持っている杖の先端で地面をトンと軽く叩くと姿見が消えた。
 そして、無機質な顔でメルロ達を見る。

 「暫くお主達にはここに居てもらうぞ」
 「ヒャヒャ。ま、どっち道、何処にも行けないけどねぇ。ヒャヒャヒャ」

 パハミエス達は言葉に魔力を込めたのか、メルロにはっきりと聞こえる。
 確かに今の状況では、あの二人から逃げる事はできないとメルロは理解していた。

 「くっ……」

 苦虫を噛み潰したような顔をするメルロに、ヘンキロはお道化ながら話しかける。

 「それよりもさぁ。お姫様は大丈夫かぁい? パハミエスの魔法は凄いからねぇ。ヒャヒャ」
 「足止め程度の魔法だ。大した事は無かろう」

 ヘンキロはその言葉に少し驚いた仕草をしてパハミエスを見る。

 「いやいやいや。僕達には足止め程度でも、あの爆発は普通の人間には危険だよぉ。ヒャヒャ」
 「そのディエレ家の女が身を挺して庇っている。外傷は無かろうて」
 「ホント、ディエレ家の女性は頑丈だねぇ。ヒャヒャ。あの時、エブルットを追い返しただけの事はあるよ。ヒャヒャヒャ」

 ヘンキロはメルロに向き直ると、軽いステップを踏みながら少し近づいた。

 「じゃあ、エブルットが来るまで暇だから、ディエレ家のお嬢様、僕と踊っては頂けませんか? ヒャヒャ」

 ヘンキロは紳士が淑女をダンスに誘う時のお辞儀をする。 
 
 「断る!! 誰が貴様と踊るものか!」

 二の句も告げない言い方で拒絶するメルロの返答を聞いたヘンキロは、空を見上げる様に仮面に手を当て、舞台役者のように大袈裟に悲しんでみせる。

 「おお! 何と言う事だ。愛しき女性に僕はフラれてしまった。ああ! 何という事だ。この身を引き裂かんばかりの悲しみを、どう癒せば良いのだろうか? ……そうだ、エブルットを見習おう。ヒャヒャ、ヒャヒャヒャ」

 肩を揺らし不気味に笑うヘンキロにメルロは身構える。

 「愛しき君が僕と踊りたいと思うまで、僕の下僕がお相手しよう。ヒャヒャヒャ」

 ”光無く、救い無く、くら底道そこみちで彷徨う哀れな魂よ。今一度、この世の骸に蘇りて、果てしなき苦痛、終わり無き苦痛を我が示し者に分け与えよ”

 ヘンキロの詠唱が始まると、ヘンキロを中心に魔方陣が広がり、魔方陣から赤黒い霧が噴き上がると数十体の骸骨の群れが這い出てきた。
 その光景を見たメルロは慌てて自分の腰に手を宛がうが、剣が無い。
 
 「――――ッ!?」

 メルロはハッとする。
 
 ――ソフィーをラムダン家の屋敷から連れ出したあの日から、一度も剣を手放した事など無かったのに……。救世主様と出会った事で、気を抜き過ぎていたのかもしれない。たかが買い物。まさかここで。無意識にそんな考えになってしまっていたのか……。剣はおろか、何時も着用しているはずのハーフプレートすら身に付けていないなんて。自分の愚かさに腹が立つ!

 メルロの後ろには足首を押さえ、心配そうに見つめているソフィーア。
 メルロはソフィーアだけでも逃がそうと思考を巡らすが、二度目の魔法で起きた爆風がこぶし大ほどの石を飛ばし、メルロを直撃しそうになった。ソフィーアはそれから救おうと、無理な体勢でメルロに飛びついた時に足を挫いてしまった。 
 
 ソフィーアを逃がす事もできない。助けも呼べない。骸骨共は迫ってきている。メルロは意を決し、周りをキョロキョロと見渡すと、落ちていた脇差ほどの棒を手に取る。

 「それで戦おうと言うのかなぁ? ヒャヒャヒャヒャヒャ。良いよぉ良いよぉ。ではでは、まずは一体。次は二体、その次は三体と行くよぉ~。どこまで頑張れるかなぁ? ヒャヒャヒャヒャ」

 ヘンキロが肩を揺らし笑いながらメルロ達を指さすと、一体の骸骨が木製のマリオネットのようにガシャリ、ガシャリと音を鳴らし近づいて行く。

 
                ◇
 

 窓から差し込む暖かな日差しの中、ビックマウドは腰辺りで後ろ手に手を組み、窓から外を眺めていた。
 
 「エスカよ」
 「はい」
 「その救世主とやらは本物か」
 「はい。私が青星から連れて来ましたので間違いありません」
 「うむ。お前が連れて来たのは知っている」
 
 窓の外を見ていたビックマウドはエスカに振り向き言葉を続ける。

 「その救世主は、この世界を救えるのか?」
 「救いさせます」
 「ふふ、お前らしい返答だ。して、救世主はどうやってこの世界を救うと言っていた?」

 答え辛い。
 
 ――どんなに言葉を選んでも該当する類語が見つからない。寧ろ、変に言葉を選んだ方が誤解されかねないけど、そのままを伝えて……いや、ダメ。ダメ過ぎる。おっぱいを揉む。そんな事を言ったら……。でも、それ以外に言いようが無い。けど、おっぱいを揉んで世界を救うなんて、誰が信じてくれる? 私だったら絶対に信じない。信用しない。それを、ビックボスに信じろと言えるだろうか? 信じてくれるだろうか? 最初からビックボスに会わせる予定だったのだから、結局はこの質問はされると考えてはいたけど、おバカの事だから、おバカな事を言いだして、相手が動揺した隙に、私が面倒を見ると押し切って、なし崩し的に認めさせようとしていた。でも、それはおバカが居ての話。私一人でビックボスを相手に変な印象を与えず、ビックボスが納得する言い回しが出来るだろうか? 答えは、無理。
 
 ビックマウドは返答に困っているエスカを怪訝な顔で見る。帝国に居た頃、エスカはどんな質問も即答、且つ的確に返してきていた。そのエスカが、少し下を向いて眉間にシワを寄せ、目を泳がし額に汗をかいている。エスカの異様な雰囲気に、場の雰囲気も徐々に重くなっていく。 
 ビックマウドはそんなエスカを見るのは初めてだった。重苦しい雰囲気を醸し出しているエスカを一旦落ち着かせるため、話を変えようとビックマウドが口を開きかけた時、エスカがゆっくりと話し始めた。

 「む、胸を……」
 
 しかし、その後の言葉が続かない。エスカはまた、重苦しい雰囲気を醸し出す。
 ビックマウドは話し出すまでエスカの言葉を少し待ってみたが、どうも話始める様子がない。寧ろ、その内、禍々しいオーラでも出すのではないかと心配になるほど、エスカの表情が険しくなっていく。

 「胸? 何のだ?」
 
 その質問にエスカは更に険しい顔になる。
 ビックマウドは、”救世主に固く口止めされる程の最高機密の内容なのか?”と思いゴクリと息を飲む。
 
 「……女性の」
 「何?」
 「女性の、胸を……揉めと」
 
 一瞬、エスカが何を言っているのか分からなかったが、冗談を言っている雰囲気でもない。それに、エスカは質問に対し、冗談で返す娘ではない事をビックマウドは理解している。

 「女性の胸? 乳か?」
 「……はい」
 「神々は、救世主に、女の乳を揉んで世界を救えと言ったのか?」
 「はい」
 
 エスカの返答に、歴戦の大将軍だったビックマウドも、流石に驚きを隠せなかった。が、同時に疑問が浮かぶ。

 「揉んでどうする?」
 「え?」

 至極真っ当な疑問。

 「乳を揉んだからといって、――まぁいい。それは置いておこう」

 エスカにこれ以上、女性の胸に対して質問をすれば、また重苦しい雰囲気を醸し出すかもしれない。そうなれば、話が一向に進まないと判断したビックマウドは、もう一つ、重要な質問をする。

 「エスカよ。この世界は何が原因で滅亡するのだ? 聖都の者共も、神殿の者共も、この世界がどうやって滅亡するのか突き止められなかった。八百年前の信託も徹底的に調べたらしいが、何も分からんかったらしい。神々や救世主は何と言っていた?」
 「滅亡する原因も要因も分かりません。ただ、神託には胸を揉めとだけ」
 「救世主は乳を揉んだのか?」
 
 答え辛い。
 乳を揉む乳を揉むと。一応、エスカも女性だ。
 それでも、エスカはビックマウドの目を見据えて即答する。

 「はい」
 
 その返答を聞いたビックマウドは少し安堵の表情を浮かべる。

 「では、世界は救われたのだな?」
 「いえ。まだ信託は降りておりますので」
 
 エスカの返答を聞き、ビックマウドの内心は、見えかけていた希望が霧散していく感じだった。
 
 「そうか」

 そう呟き落胆にも似た表情を浮かべ、再び窓の外を眺める。
 窓の外を眺めるビックマウドの背中をエスカは黙ったまま見ていた。
 数秒の沈黙。
 暖かな日差し、妖精達の笑い声や歌声と小鳥の囀り。
 旅の途中で寄ったのなら、さぞ心癒されただろう。
 そんな雰囲気とは対照的に、会議室は重苦しい雰囲気に包まれていた。
 このまま沈黙が続くかと思った矢先、不意にビックマウドが口を開く。

 「時にエスカよ」
 「はい」
 「お前も揉まれたのか?」
 「は?」
 「お前も救世主に乳を揉まれたのか?」

 何を言うのかと思えば、乳を揉まれたかと聞いてくるとは思いもしなかった。

 「揉まれては、いません」

 確かに、揉まれてはいない。一度だけ、胸の谷間に大三郎の手を自ら入れたが、大三郎から揉まれた事は無い。叩かれてはいるが……。

 「そうか。お前ほどの者でも対象外なのか。して、どういった者が揉まれたのだ?」
 「妖精王マリリアン様です」
 「なっ?! 妖精王マリリアンだと?」
 「はい」
 「何時?! 何処で?!」
 「昨晩、神木の聖地で」

 ビックマウドはマリリアンの名前を出されたうえ、神木の聖地でと言われ、時が止まるほど驚いた。
 地球で言えば、謁見の間でエリザベス女王陛下の胸を揉みましたレベルの話だ。驚くなと言う方が無理だろう。

 「……ほ、他は?」
 「リトットに居るサノスさんです」
 「サノス?」
 「ガンフさんの弟さんです」
 「ガンフ? ……闘鬼ガン・ガンフか?!」
 「はい。そのガンフさんの弟さんです」
 「弟……。男ではないか?」
 「はい」
 「先ほど、女性の胸と言ってたではないか?」
 「はい。ですが、サノスさんはミュール・サラトガさんの下で、マリスターの金の卵として働いています」
 「ミュール・サラトガ、マリスター、金の卵。……そうか」

 ビックマウドはそれだけ言うと色々と察した。

 「もう一つ質問しても良いか?」
 「はい。答えられるものでしたらお答えします」
 「救世主とは、どんな人物だ?」
 
 答えられるが、一番答え辛い質問だった。
 エスカは脳内で目まぐるしく思考を巡らす。 

 「どうした? 一言では例え辛い程の人物か? 時間はある。詳しく説明しても良いぞ」
 
 一言の方が例えやすい。寧ろ、ビックマウドに大三郎の事を事細かに説明をしたら、どう思われてしまうかの方が心配だった。が、例えやすい一言も「おバカ」や「変質者」など、どっちに転んでも良いイメージは持たれない。
 エスカは更にマザーコンピューターの如く思考を高速で巡らせている時だった。

 「エスカー!」

 そう叫びながら慌ただしくパニティーが会議室に入って来た。

 「そんなに慌ててどうしたのですか?」
 「あのな、マリリアン様がな」
 「はい」
 「森の外で闇魔法が発動したって言ってたぞ」
 「闇魔法?! どの辺ですか? 近場ですか?」
 「んと、星降りの丘の方。でも、闇魔法は消えたんだ」
 「消えた?」
 「うん。でもな、今度はリトットの方から闇魔法の召喚がなんたらって」
 「闇魔法の召喚……。まさか! 誰かが亡者を召喚したんですか?!」
 「分かんない。でも、マリリアン様がとっても嫌な予感がするって」
 
 闇魔法と聞いて、外を眺めていたビックマウドが険しい顔で振り向く。

 「闇の召喚は捨ておけん」
 「そうですね。消えた闇魔法も気になりますが、まずは召喚された方へ行ってきます」
 「うむ。儂も行こう」
 「ですが」
 「審問はこれで終わりだ。マイゼルとアゲイルは、そうだな……。妖精よ」
 「なに?」
 「言伝を頼む」
 「え? 私もエスカと一緒に行くよ」
 「パニティーさん」
 「なに?」
 「一応、杉田様には朝にここへ来るように言っておいたので、もしかしたら、ここへ来るかもしれません。その時、私達が居ないと知ったら、杉田様はまたフラフラと何処かへ行ってしまうかもしれません。その為にもパニティーさんが残っててもらえませんか?」
 「分かった。スギタが来たら、エスカはリトットの方へ行ったって言っておくよ」
 「お願いします」
 「うん! 後、ついでに何とかって奴にも言っておくよ」


                ◇


 剣を持つ骸骨の腕を折っても、怯むどころか、折れて鋭く尖った腕で襲い掛かって来る。動きを封じようと、足を狙い折っても、這いずりながら襲い掛かって来る。頭蓋骨を粉砕する以外は倒せる方法が無い。だが、倒しても倒しても、魔方陣から湧いて出てくる。

 どのくらい経ったのか、何体目を相手にしているのかも分からない。深手は無いにしろ無傷ではないうえに、どんなに鍛えても生きている者には体力の限界がある。徐々に疲弊していくメルロ。骸骨は生きている人間ほど俊敏な動きはしないが、体力の限界も無ければ、痛みで怯む事も死を恐れる事も無い亡者。そんな相手にいつ終わるとも知れない命懸けの戦いをしていた。
 
 ――何十体倒した? ソフィーは大丈夫か?

 メルロは霞む目でチラリとソフィーアの安否を確認する。ソフィーアは、這いずりながらメルロの足を襲おうとしている骸骨の頭に、必死になって石を投げつけ撃退していた。
 目が霞み、荒く呼吸する度、肺に焼ける様な痛みが走っていた。腕も痺れ、足もガクついていた。正直、”このままだと”と、最悪な事も一瞬だが頭を過った。
 だが、守っていたつもりのソフィーアが、這いずる骸骨に必死に石を投げつけメルロを守っていた。 
 
 『一緒に戦っていたんだ』

 骸骨から奪い取った剣の柄を握る手に、力が入っているのかいないのか分からない。メルロはその手に渾身の力を込め、剣の柄を握り直す。

 「来いっ!!」

 気合を込め叫び、襲い掛かる骸骨をなぎ倒していく。

 「凄いねぇ! 本当に凄いよ君は。人間でここまで戦える者はそう居ないよぉ。でもぉ、まだまだ湧いちゃうよぉ。ヒャヒャヒャ。そぉしぃてぇ、こんな感じに攻められたら、どうするかなぁ?」

 襲い掛かって来ていた骸骨が今度は群れをなし、メルロに剣を投げつけ掴み掛かってきた。
 投げつけられた剣を避けたり、持っている剣で弾き返したりしていたが、骸骨が投げた剣が他の骸骨に当たろうがお構いなしで投げつけてくる。同士討ちを気にする事など骸骨には無い。これをソフィーアにまでやられたらと、メルロは焦りソフィーアの方を見る。
 血の気が引いた。静寂の世界に放り込まれたように、全ての音がメルロの耳から消える。今まさに、ソフィーアの背後から襲い掛かろうとしている骸骨が居たのだ。
 メルロは形振り構わず、ソフィーアに駆け寄ろうとしたが、骸骨の群れに背中を掴まれ、髪を掴まれ、足を掴まれ、腕を掴まれた。
 骸骨の群れに捕まったままソフィーアに手を伸ばす。声が出ない。何をしても間に合わないと本能が察している。メルロの涙だけが”やめてくれ!!”と、叫んでいた。
 ソフィーアは自分に手を伸ばすメルロに気付く。骸骨の群れに捕まっているメルロを見て、ソフィーアはメルロを助けようと這いつくばりながらメルロの方へ向かおうとしたが、自分の背後に居る骸骨の影に気付き振り返った。
 骸骨の頭上まで掲げられた剣。眼球の無い眼窩は獲物を見下ろしていた。
 その時、襲われる原因である自分がここで死ねば全てが終わり、メルロは助かるかもしれない。ソフィーアの事だ。そう思っていたかもしれない。
 もう一度、メルロを見るソフィーアは微笑んでいた。”さようなら”と言うように。
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