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妖精の森編
最凶の鉾VS最強の盾②
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「な、なん、何なんだよ、お、おま」
――ゴツン!! 「ゲッ!」
マイマールの魔弾が通じない相手は初めてだったのだろう。攻撃も反撃も抵抗も出来ず、ジュオニカスは自分の頭に振り下りる大三郎の拳骨を真面に受け、またもや地面に顔面から激突する。だが、倒れたからといって、大三郎は拳骨をする手を止めたりはしなかった。間髪入れず、倒れたジュオニカスの頭に、低空のロングアッパー拳骨を追撃させた。
ジュオニカスはまたゴロゴロと転がる。その転がった先で、四つん這いになりながら大三郎から逃げるが、その後を大三郎は無言のまま追いかけ、また拳骨をする。
――ゴツン!! 「ゲッ!」
何もそこまで。お前もそいつと同じ酷い事してる。そんな事を言う者もいるだろう。だが、大三郎にとって、そんな言葉など、偽善も気取れない糞っ食らえな建前にしか聞こえない。
やられて始めて分かる事の方が多い。特にジュオニカスのような者にとっては。
無言のまま、拳骨を振り上げた。
「や、やめで……。や、やめで……」
――ゴツン!! 「ゲッ!」
「お前は止めたのか? 今までいたぶられた者が、お前に止めてと言った時、お前は止めたのか?」
こういった者が、止める訳が無い事を知っている。だからこそ、怒りが込み上がる。
――ゴツン!! 「ゲッ!」
「お前はリリーに、拳骨以上の事をしようとしてたんじゃないのか?」
小さな命を奪う時、後悔する事もなく、罪悪感にさいなまれる事も無く、醜い顔を更に醜くし、遊び半分で小さな命を奪う。だからこそ、怒りが込み上がる。
――ゴツン!! 「ゲッ!」
「自分の時だけ、止めてもらえると思っているのか? 自分の時だけ、許してもらえると、本気で思ってるのか?」
自分より明らかに弱い者を散々いたぶり、遊び半分で命を弄んだあげく、自分の時だけ止めてもらう、自分の時だけ許してもらう。ご都合主義にも程がある。そんなご都合主義者を大三郎が許す訳も無い。
――ゴツン!! 「ゲェッ……」
「答えろ!!」
ジュオニカスは大三郎の怒鳴り声に、両手で頭を抱え、ぶるぶると震えていた。
大三郎は、頭を抱えているジュオニカスの片手を持ち上げると、そこに拳骨を振り下ろす。
――ゴツン!! 「ゲェッ!」
ガキだろうが何だろうが、小さな命を遊び半分で奪おうとした者に容赦する必要ない。そこに偽善を気取る必要も無い。ジュオニカスが大三郎の拳骨に恐怖している以上に、ジュオニカスに命を奪われた者はそれ以上の恐怖を感じ、命を奪われたに違いない。実際、リリーがその餌食になるところだった。
「もう、その辺で止めてはもらえないかい?」
不意に声を掛けてくる男の声。
見た目の年齢的には大三郎とそんなに違わなさそうな、高身長で爽やかな顔をしたイケメンの部類に入る、漆黒のローブを纏った男だった。
「誰だあんた? こいつの保護者か?」
大三郎は止めに入って来た男をジロリと睨む。
「保護者ではないが、まぁ、知り合いだね」
「で? 止めてどうする?」
「どうする?」
大三郎の言葉にキョトンとした表情をする男を無視するように、大三郎はまた、ジュオニカスの頭に拳骨を振り下ろす。
――ゴツン!! 「ゲェッ!」
止めに入った男は顎に手を当て、空を見るように上を向き考え込んでいる。
ジュオニカスは「ヒ、ヒィ、ヒィィ」と、情けない声を出しながら、四つん這いのまま虫のように、カサカサと男の足元にまとわりつく。
「だ、だずげで、グ、グリモル、ダ、ダルト、だ、だ、だずげで」
顎に手を当て、考え込んでいたグリモルダルトは、ん? と、言うように、自分の足に這いつくばっているジュオニカスに気付くと、しゃがんでジュオニカスの顔を見ながら小首を傾げ、「何で?」と、キョトンとした顔で聞く。
「な、何でって、た、助けに、き、来てくれ、くれたんじゃ……?」
「助ける? 何で僕が君を助けなくちゃいけないんだい? 僕は君に話が合って来ただけだよ」
グリモルダルトは爽やかな笑顔で助ける事を否定する。その笑顔と言葉にジュオニカスは言葉を失った。
「君さ、僕達を呼んどいて、こんな所で遊んでいるから、パハミエスやらヘンキロが怒っちゃっててね。仕方がないから、僕が君を折檻しに来たんだ」
「せ、せせ、折檻?」
「はは。冗談冗談。でも、皆、怒ってるのは、――あ」
グリモルダルトが何かに気付き、声を出した瞬間、ジュオニカスの頭上に鉄槌の拳骨が降り下りる。
――ゴツン!! 「ンゲェッ!」
「ぶないよ、ジュオニカスって、もう遅いか。それにしても、牛蛙みたいだね、君。ははは」
潰れたカエルのように、地面に突っ伏しているジュオニカスを見て、グリモルダルトは爽やかな笑顔で笑う。そんなグリモルダルトを存在していないかのように、大三郎は拳骨を振り上げる。
「おいおい、君」
グリモルダルトは爽やかな顔で、拳骨を振り上げている大三郎を見上げた。
「何だ?」
大三郎は無表情のまま、グリモルダルトを見下ろす。
「僕が牛蛙君と話をしている最中じゃないか?」
「牛蛙?」
「これ」
グリモルダルトは地面に突っ伏しているジュオニカスを指さす。
「こいつに何の用か知らんが、あんたが後から来たんだ。俺も急いでるんでね、俺の用が終わった後にしてくれ」
「うん。確かに後から来たのは僕だ。でもね、僕も急いでいるんだ」
「すまんが、こっちは命が掛かっている事だ。譲る気は無い」
大三郎はそう言うのと同時に拳骨を振り下ろす。その腕をグリモルダルトがガシッと掴んだ。
「……何すんだ? 放せ」
自分の腕を掴むグリモルダルトをギロリと睨む。
「僕も譲る気は無いんでね。それに、命が掛かってるって、もしかして、ペンバントカースの結界の事かい?」
「そうだ」
グリモルダルトはそう言うと、大三郎の腕を放し立ち上がる。
「じゃ、僕がこの結界を解くよ」
グリモルダルトは爽やかな笑顔をし、両手を空に掲げると解呪の詠唱を始めた。
「ちょい待ってくれ」
「ん? 何だい?」
「こいつに解かせないと意味が無い」
「え? 僕じゃ駄目なのかい?」
「ああ。急いでいるあんたには悪いが」
大三郎はそう言うと拳骨をジュオニカスの頭に振り下ろす。
――ゴツン!! 「ゲッ!」
「他人に擦り付けようとして、死んだフリしてんじゃねーぞ、小僧」
力一杯、拳骨を振り下ろし正論を言う大三郎を見て、グリモルダルトは驚いた顔した後、顎に手を当て空を見るように上を向きボソリと呟く。
「うん。確かに、牛蛙君は都合が悪くなると、すぐ逃げ出すか誰かに擦りつけようとするね。うん。だから僕、牛蛙君が嫌いなんだよね」
グリモルダルトは納得した顔をし、ジュオニカスの顔が見える位置にしゃがむと、ボソボソと言うように耳打ちをする。
「皆、君を嫌いなのに待ってあげてるんだから、早く結界を解いて皆の所へ行かないと、僕が君を殺しちゃうよ。でも、楽に死ねると思わないでね」
ジュオニカスは、爽やかに恐ろしい事を言うグリモルダルトをチラリと見た後、地面に視線を移し、ブツブツと言いながら立ち上がり、空に向かい奇声を上げた。
すると、ジュオニカスの頭上の空から色が広がるように結界が解けていった。
「これで結界は解けたよ」
グリモルダルトは立ち上がり、爽やかな笑顔で大三郎に言おうとしたのだが、大三郎の姿は無く、キョロキョロと見渡すと、すでに大三郎はティリス達の所へ行っていた。
「リリーは? リリーは助かるか?」
ティリスは結解が解けた瞬間に回復魔法を施していた。
「ええ。10分も経っていないから、このまま回復魔法を掛けていれば大丈夫だと思うわ」
「そっか~。良かった~。ありがとうな嬢ちゃん。ほんっと、ありがと」
大三郎はホッとしたのか、少し涙目になって腰を下ろす。
「あ、マーヤ。マーヤは?!」
大三郎は、ハッとした顔で慌てて立ち上がると、周りをキョロキョロと見渡す。
「大丈夫よ。マーヤって娘もピコラと一緒に寝かせてあるから」
「え?」
ティリスの視線の先の草むらに、マーヤとピコラが気持ちよさそうに眠っていた。
「ペンバントカースの中じゃ、回復魔法は使えないけど、防御魔法や防御結界は使えるから、貴方があの馬鹿の頭を殴っている間に、リリーとあの子達に防御結界を張って魔法で寝かせたの」
「そうなの?」
「ええ。下手に動いたりして無駄に体力を消耗したり、精神的に不安定だと、ペンバントカースの影響を受けやすいの。だから寝かせておいたのよ」
「ほんと、何から何まで助かるよ。この礼は必ずするから」
大三郎は膝をつき、自分の太ももに手を置き頭を下げる。
「別にいいわよ。……リリーや貴方達を巻き込んじゃったんだから」
「え?」
「何でもないわ」
ティリスの最後の言葉が小声過ぎて聞き取れず、大三郎は不思議そうな顔をした。その時、大三郎の後ろからグリモルダルトが話しかけてきた。
「ティリス、その娘は大丈夫かい?」
大三郎が振り向くと、グリモルダルトは心配そうにティリス達を見ている。
「ええ。ダルト兄様」
大三郎は「ええ?! 兄妹?!」と、声を上げて驚いた。
「いやいや。ティリスは僕を兄として慕ってくれてるだけで、血は繋がってないんだ」
「そうなんだ。あ、んじゃ、嬢ちゃんも、あのとっつあんぼーやと昔からの知り合いなの?」
「……そうよ。あいつと知り合いって言われるだけでも虫唾が走るけど」
「あ、……ごめん、変な事言って」
「別に貴方が謝る事じゃないわ」
「あ、はい」
ジュオニカスの事で、恩人でもあるティリスに、二度も嫌な思いをしてしまう質問をしてしまったと、大三郎は首をすぼめ縮こまった。
「とっつあんぼーやって、もしかして、ジュオニカスの事かい?」
「え? まぁ、俺が勝手に付けたんだけどね」
それを聞いたグリモルダルトは、額に手を当て大笑いしだした。
「あはははは! とっつあんぼーやって、あははは! 君は中々良いセンスをしているね。あはははは!」
「え? そ、そうかな? えへへ」
大三郎はウケた事と、良いセンスだと素で褒められた事に頬を赤らめテレる。
「ダルト兄様」
「あはは、ん? 何だい、ティリス?」
「少しお静かに」
「あ、すまない」
グリモルダルトはティリスに注意され、申し訳なさそうに少し離れようとした時、何気に視界に入った草むらにピコラ達が寝ているのを見つけた。
「ピ、ピコラ? な、何故、ピコラがここに居るんだい?!」
「あいつが連れて来たの」
「あいつ? ――ジュオニカスが?!」
「ええ……」
それを聞いたグリモルダルトは、驚愕した顔からスゥーッと鋭い殺気めいた真顔になる。
「ダルト兄様。あいつの事は放っておきましょう。今はリリーの回復が優先だから」
「……そうだね。その娘もジュオニカスの玩具にされそうだったのかい?」
「ええ。もう少しでそう成るところだったわ」
ティリスはそう言うと、チラリと大三郎を横目で見る。それに気づいた大三郎は、ん? と言う顔でティリスの顔を見た。
「ごめんなさい……」
「何が?」
ティリスはそれだけを言うと、後は口を噤んでしまい、黙々とリリーに回復魔法を施す。それを見ていたグリモルダルトは「もしや」とした顔をする。
「もしかして、その妖精の娘は、君の知り合いだったのかい?」
「んまぁ、正確に言うと俺の仲間の妹なんだ」
「仲間の妹……、身内か」
「そうなるね」
「すまない。本当に……すまない」
「いや、あんたが謝る事じゃないって、名前は確か」
「僕は、ダルト・ルギ・グリモルダルト。ダルトと呼んでくれ」
イケメンの超が付くほど爽やかな自己紹介に、大三郎は全てにおいて、何故が完敗した気分になった。
「俺は、一度で良いからダルトのように、足が長く高身長で、もう見るからに女にモテてて、アレが乾く暇が無いほど毎晩とっかえひっかえ出来て、沢山の女性を侍らかしたうえ、女の人生が破綻するまで貢がせていそうなイケメンになってみたいと思っている、杉田大三郎35歳です。うぅぅ……」
「そ、そうかい。す、杉田君って言うんだね」
大三郎に泣きながら訳の分からない自己紹介をされ、戸惑うダルトにティリスはボソリと呟く。
「ダルト兄様。そう言う人だったんだ。そっか」
「え? な、何を言っているんだい? 僕がそんな事をするはずが無いだろ? 杉田君! 変な事を言うのは止めてくれ」
「うぅぅ……。ごめん、ダルト。本当の事を言って。ごめん、うぅぅ……」
「なっ?!」
「へー。やっぱりそうなんだー。へー」
リリーに回復魔法を掛けながら、真顔で棒読みをするティリスに本気で焦る。
「ち、違う! 僕は潔白だ! それに、杉田君とはさっき会ったばかりじゃないか?! 僕の事を知っているはずがない!」
焦るダルトを見たティリスはクスクスと笑う。
「ふふふ。冗談よ、ダルト兄様」
「冗談? そ、そうかい。良かった」
にこりと微笑むティリス。ホッとするダルト。色々完敗して本気で泣いている大三郎。
「それより杉田君」
「うぅ……、何だい、ダルト兄様」
「に、兄様って。君が僕を兄様って呼ぶのはどうかと思うが……」
そのやり取りを見て、ティリスは肩を揺らしクスクス笑う。
「何だい? 俺をダルトの恋人にでもしたいのかい? 女に飽きたのかい? ダルトは男でもイケる口なのかい……。ケダモノ! ダルトのケダモノ! 僕と、やらないか? この、ケダモノ!」
「なっ?! な、何を言っているんだい、君は?!」
回復魔法を掛けていたティリスは、ダルトの口調を真似しながら内股で体をよじらせ、オネエのようにケダモノを連呼している大三郎と、それに対し、素で焦っているダルトを見て堪えきれずに声を出して大笑いしてしまった。
「あははは! もうっ! 集中できないじゃない!」
「あ、ごめん」
「す、すまない。ティリス」
ティリスに怒られた二人は、マーヤとピコラが眠っている草むらに移動し、回復魔法が終わるまで腰を下ろし待つことにした。
「気持ち良さそうに寝てるな」
大三郎はマーヤの頬を指先でそっと撫で、寝ている二人を見る。
「そうだね」
ダルトもピコラの寝顔を見て微笑む。
「そう言や、さっき何を言いかけてたんだ?」
「あぁ、そうだ」
ダルトはピコラに向けていた笑顔から真剣な眼差しになり大三郎を見る。
「ティリスが回復魔法を終えたら、妖精の娘達を連れて、出来るだけこの森から離れるんだ」
「え? 何で?」
突拍子もない事を真顔で言われキョトンとする大三郎の視線から、ダルトはピコラの寝顔に目を移し簡潔に説明する。
「この森のどこかに、僕達が探しているある人物が来ているらしいんだ」
「それと、俺達が森から離れなきゃならない理由と何の関係があるんだ?」
「……。もし、その人物が見つからなかった場合……」
「場合?」
「僕の仲間が、この森ごと焼き払うと思うから」
「え?」
「だから、君達は出来るだけ、この森から離れるんだ。良いかい?」
ダルトはそう言うと大三郎を真剣な目で見る。
「森は焼いちゃ駄目でしょ」
「あいつらに、善悪なんて無いんだ。あるのは利己だけだから」
辛そうと言うか、悔しそうと言うか、その中に諦めを混ぜた、何とも言えない表情をし目を反らすダルト。
その表情を見た大三郎は、たった一言だけ告げる。
「燃やさせないよ」
目を反らしていたダルトは、さらりと言う大三郎の顔に視線を移す。
その顔は無表情ではなく飄々とした顔であった。
「一国の軍隊でも連れてくれば、あるいは止められるかもしれないけど、それは無理だ」
「無理でも何でも、燃やさせないよ。それが、ダルトのダチでも」
「ダチ?」
「友達」
「仲間ではなあるけど、友ではないよ。成ってくれと言われてもお断りだね」
ダルトは嫌そうな顔で首を振るう。
「ダルトはそいつらの事が嫌いなのか?」
「まぁ、分類すればそうだね」
「そっか。ティリスは恩人だし、ダルトはイケメンだけど良いヤツそうだし。安心したよ」
「何がだい?」
「何でもない」
ダルトは不思議そうに大三郎を見ると、大三郎はにこりとした表情で空を見上げる。
「もう一度言うよ。妖精の娘を回復させたら、妖精の娘達を連れて、この森から出来るだけ離れるんだ。良いね?」
真剣な眼差しで再び避難を促すが、大三郎は空を見上げたまま意に介さない様子だった。
「杉田君は、妖精の娘達がどうなっても良いのかい? 連れて逃げれるのは君だけなんだよ? もし、あの娘達だけで逃げたとしても、どこかで知的種族に攫われたり、魔物に襲われ命を落とすかもしれないんだよ? 君はそれでも良いのかい?」
ダルトは大三郎に少し強めな口調で説得しようとした。
「ダルト」
「何だい?」
「心配してくれて、ありがとな。お前、やっぱ良いヤツだわ」
「は?」
空を見上げていた大三郎は、にっこりとした笑顔でダルトを見る。
「約束しちゃったんだ」
「約束?」
「そ。約束」
「約束って……、誰とだい?」
「この森の中に居る、俺の大切な仲間とさ」
「え? 君の仲間が森の中に居るのかい?!」
「あぁ。こんな俺をさ、信じてくれてんだ。出来損ないで、何の取柄も無い俺をさ。信じてくれてんだ。まぁ、鬼で魔神は自分で何とかすると思うから、全く心配してないけど。寧ろ、鬼魔神を怒らせた相手の方が心配だよ。はは」
「お、鬼魔神?」
「もう一人さ、……ちっこい体で、俺を庇ってくれて、俺がこの世界を救うって、誰よりも信じてくれて」
「世界を……、救う?」
「あぁ。ほんと、めっちゃ良い娘なんだよ。その娘がこの森に住んでるんだ。この森を守れなきゃ、世界なんか救えないじゃん? だから、誰にもこの森を燃やさせない」
この世界を救うと言う言葉にダルトは目を丸くする。
「き、君は、勇者かい?」
「勇者? 違うよ」
勇者ではないと知ると、ダルトは溜息に似た笑みを零す。
「そうか、勇者じゃないのか」
「うん。勇者ではない」
「だったら尚の事、君の仲間を連れて、早く離れた方が良い。少しくらいは僕が時間稼ぎできると思うから」
「ほんっっと。イケメンがイケメン発言するとさ、何だろうね、良いヤツだって分かってんのに、何かこう、腹立つね。非の打ち所がないって言うけどさ、ちんこに五寸釘打ってやろうかって思うよね」
「ち、ちんこ?」
「それで、お前、あれだ、お前。ちんこデカかったら、お前、もうあれだ、お前、枝ばさみだ」
「枝、ばさみ?」
「ちょんぎってやる。ちょんぎって煮て焼いて食ってやる」
大三郎の言葉に開いた口が塞がらないダルトは、しばらく呆然としていたが、溜息をついてゆっくりと話し始めた。
「はぁ……。真面目に聞いてくれないかい? 僕の仲間って言うのは、アウタル・サクロなんだよ? そのメンバーが来ているんだ。それに、運悪く、その中でも凶悪な二人が来ている。その時点で、もう、この森は無事では済まないんだ」
「二人? あのとっつあんぼーやの他にって事?」
「そうだよ。僕やティリスだけだったら、森を燃やさなかった事をアウタル・サクロのメンバーに責められても誤魔化しようがある。でも、あの二人には……」
ダルトは最後の言葉を言いかけ、下を向いたまま、それ以上は語らなかった。
「あのさ」
「……何だい?」
「あの嬢ちゃん、ティリスも、その何とかってメンバーなのか?」
「え? 知らなかったのかい?」
「まぁ、さっき会ったばっかだからね」
「そうか。……余計な事を言ってしまったみたいだね」
「ま、ティリスが何者であろうが、恩人には変わりないけどな」
大三郎はにこりとダルトに微笑む。
「そう思ってくれると有り難いよ」
ダルトもそう言い、大三郎にフッと笑みを零した。
「んで、そいつらって、もう来てんの?」
「そいつら? あぁ、ここじゃないけど、ここからそう遠くない所に来ているよ」
「そっか。んじゃさ、連れてって」
「え?」
「そいつらん所にさ」
「誰をだい?」
「俺を」
「何で、だい?」
「帰ってもらうのに」
ダルトは、この男は僕の話を聞いていたのか? と、言うような驚いた顔をする。
「な、何を言っているんだい、君は?」
「何って、帰ってもらわないと、森が燃やされちゃうじゃん?」
「……君、殺されるよ」
「いやいや、戦いに行く訳じゃないから。さ、行こう」
「君は正気なのかい?」
ダルトは立ち上がる大三郎を呆然とした表情で見上げる。
「そいつらが森を燃やすって言うなら、どっち道、そいつらと会う事になるんだし。だったら、燃やされる前に会わなきゃ。燃やされてからじゃ遅いもの」
アウタル・サクロの名を聞いても、恐怖を感じるどころか、平然とした顔で見てくる大三郎に、ダルトは何も言えなくなった。
恐怖を感じなくて当り前である。大三郎は知らないのだから。
「それにさ、俺、決めたんだよね」
「な、何をだい?」
「あの娘達の盾になるって」
「盾?」
「うん。俺、真面に戦えないからさ、だったら、盾に成ろうって」
「戦えないって……。それで、どうやってあの二人を追い払うっていうんだい、君は?」
「会ってから考える。さ、行こう」
大三郎の言葉に、ダルトは何を言い返せばいいのか分からなくなった。いや、正確には、何を言っても無駄だと悟る。
――ゴツン!! 「ゲッ!」
マイマールの魔弾が通じない相手は初めてだったのだろう。攻撃も反撃も抵抗も出来ず、ジュオニカスは自分の頭に振り下りる大三郎の拳骨を真面に受け、またもや地面に顔面から激突する。だが、倒れたからといって、大三郎は拳骨をする手を止めたりはしなかった。間髪入れず、倒れたジュオニカスの頭に、低空のロングアッパー拳骨を追撃させた。
ジュオニカスはまたゴロゴロと転がる。その転がった先で、四つん這いになりながら大三郎から逃げるが、その後を大三郎は無言のまま追いかけ、また拳骨をする。
――ゴツン!! 「ゲッ!」
何もそこまで。お前もそいつと同じ酷い事してる。そんな事を言う者もいるだろう。だが、大三郎にとって、そんな言葉など、偽善も気取れない糞っ食らえな建前にしか聞こえない。
やられて始めて分かる事の方が多い。特にジュオニカスのような者にとっては。
無言のまま、拳骨を振り上げた。
「や、やめで……。や、やめで……」
――ゴツン!! 「ゲッ!」
「お前は止めたのか? 今までいたぶられた者が、お前に止めてと言った時、お前は止めたのか?」
こういった者が、止める訳が無い事を知っている。だからこそ、怒りが込み上がる。
――ゴツン!! 「ゲッ!」
「お前はリリーに、拳骨以上の事をしようとしてたんじゃないのか?」
小さな命を奪う時、後悔する事もなく、罪悪感にさいなまれる事も無く、醜い顔を更に醜くし、遊び半分で小さな命を奪う。だからこそ、怒りが込み上がる。
――ゴツン!! 「ゲッ!」
「自分の時だけ、止めてもらえると思っているのか? 自分の時だけ、許してもらえると、本気で思ってるのか?」
自分より明らかに弱い者を散々いたぶり、遊び半分で命を弄んだあげく、自分の時だけ止めてもらう、自分の時だけ許してもらう。ご都合主義にも程がある。そんなご都合主義者を大三郎が許す訳も無い。
――ゴツン!! 「ゲェッ……」
「答えろ!!」
ジュオニカスは大三郎の怒鳴り声に、両手で頭を抱え、ぶるぶると震えていた。
大三郎は、頭を抱えているジュオニカスの片手を持ち上げると、そこに拳骨を振り下ろす。
――ゴツン!! 「ゲェッ!」
ガキだろうが何だろうが、小さな命を遊び半分で奪おうとした者に容赦する必要ない。そこに偽善を気取る必要も無い。ジュオニカスが大三郎の拳骨に恐怖している以上に、ジュオニカスに命を奪われた者はそれ以上の恐怖を感じ、命を奪われたに違いない。実際、リリーがその餌食になるところだった。
「もう、その辺で止めてはもらえないかい?」
不意に声を掛けてくる男の声。
見た目の年齢的には大三郎とそんなに違わなさそうな、高身長で爽やかな顔をしたイケメンの部類に入る、漆黒のローブを纏った男だった。
「誰だあんた? こいつの保護者か?」
大三郎は止めに入って来た男をジロリと睨む。
「保護者ではないが、まぁ、知り合いだね」
「で? 止めてどうする?」
「どうする?」
大三郎の言葉にキョトンとした表情をする男を無視するように、大三郎はまた、ジュオニカスの頭に拳骨を振り下ろす。
――ゴツン!! 「ゲェッ!」
止めに入った男は顎に手を当て、空を見るように上を向き考え込んでいる。
ジュオニカスは「ヒ、ヒィ、ヒィィ」と、情けない声を出しながら、四つん這いのまま虫のように、カサカサと男の足元にまとわりつく。
「だ、だずげで、グ、グリモル、ダ、ダルト、だ、だ、だずげで」
顎に手を当て、考え込んでいたグリモルダルトは、ん? と、言うように、自分の足に這いつくばっているジュオニカスに気付くと、しゃがんでジュオニカスの顔を見ながら小首を傾げ、「何で?」と、キョトンとした顔で聞く。
「な、何でって、た、助けに、き、来てくれ、くれたんじゃ……?」
「助ける? 何で僕が君を助けなくちゃいけないんだい? 僕は君に話が合って来ただけだよ」
グリモルダルトは爽やかな笑顔で助ける事を否定する。その笑顔と言葉にジュオニカスは言葉を失った。
「君さ、僕達を呼んどいて、こんな所で遊んでいるから、パハミエスやらヘンキロが怒っちゃっててね。仕方がないから、僕が君を折檻しに来たんだ」
「せ、せせ、折檻?」
「はは。冗談冗談。でも、皆、怒ってるのは、――あ」
グリモルダルトが何かに気付き、声を出した瞬間、ジュオニカスの頭上に鉄槌の拳骨が降り下りる。
――ゴツン!! 「ンゲェッ!」
「ぶないよ、ジュオニカスって、もう遅いか。それにしても、牛蛙みたいだね、君。ははは」
潰れたカエルのように、地面に突っ伏しているジュオニカスを見て、グリモルダルトは爽やかな笑顔で笑う。そんなグリモルダルトを存在していないかのように、大三郎は拳骨を振り上げる。
「おいおい、君」
グリモルダルトは爽やかな顔で、拳骨を振り上げている大三郎を見上げた。
「何だ?」
大三郎は無表情のまま、グリモルダルトを見下ろす。
「僕が牛蛙君と話をしている最中じゃないか?」
「牛蛙?」
「これ」
グリモルダルトは地面に突っ伏しているジュオニカスを指さす。
「こいつに何の用か知らんが、あんたが後から来たんだ。俺も急いでるんでね、俺の用が終わった後にしてくれ」
「うん。確かに後から来たのは僕だ。でもね、僕も急いでいるんだ」
「すまんが、こっちは命が掛かっている事だ。譲る気は無い」
大三郎はそう言うのと同時に拳骨を振り下ろす。その腕をグリモルダルトがガシッと掴んだ。
「……何すんだ? 放せ」
自分の腕を掴むグリモルダルトをギロリと睨む。
「僕も譲る気は無いんでね。それに、命が掛かってるって、もしかして、ペンバントカースの結界の事かい?」
「そうだ」
グリモルダルトはそう言うと、大三郎の腕を放し立ち上がる。
「じゃ、僕がこの結界を解くよ」
グリモルダルトは爽やかな笑顔をし、両手を空に掲げると解呪の詠唱を始めた。
「ちょい待ってくれ」
「ん? 何だい?」
「こいつに解かせないと意味が無い」
「え? 僕じゃ駄目なのかい?」
「ああ。急いでいるあんたには悪いが」
大三郎はそう言うと拳骨をジュオニカスの頭に振り下ろす。
――ゴツン!! 「ゲッ!」
「他人に擦り付けようとして、死んだフリしてんじゃねーぞ、小僧」
力一杯、拳骨を振り下ろし正論を言う大三郎を見て、グリモルダルトは驚いた顔した後、顎に手を当て空を見るように上を向きボソリと呟く。
「うん。確かに、牛蛙君は都合が悪くなると、すぐ逃げ出すか誰かに擦りつけようとするね。うん。だから僕、牛蛙君が嫌いなんだよね」
グリモルダルトは納得した顔をし、ジュオニカスの顔が見える位置にしゃがむと、ボソボソと言うように耳打ちをする。
「皆、君を嫌いなのに待ってあげてるんだから、早く結界を解いて皆の所へ行かないと、僕が君を殺しちゃうよ。でも、楽に死ねると思わないでね」
ジュオニカスは、爽やかに恐ろしい事を言うグリモルダルトをチラリと見た後、地面に視線を移し、ブツブツと言いながら立ち上がり、空に向かい奇声を上げた。
すると、ジュオニカスの頭上の空から色が広がるように結界が解けていった。
「これで結界は解けたよ」
グリモルダルトは立ち上がり、爽やかな笑顔で大三郎に言おうとしたのだが、大三郎の姿は無く、キョロキョロと見渡すと、すでに大三郎はティリス達の所へ行っていた。
「リリーは? リリーは助かるか?」
ティリスは結解が解けた瞬間に回復魔法を施していた。
「ええ。10分も経っていないから、このまま回復魔法を掛けていれば大丈夫だと思うわ」
「そっか~。良かった~。ありがとうな嬢ちゃん。ほんっと、ありがと」
大三郎はホッとしたのか、少し涙目になって腰を下ろす。
「あ、マーヤ。マーヤは?!」
大三郎は、ハッとした顔で慌てて立ち上がると、周りをキョロキョロと見渡す。
「大丈夫よ。マーヤって娘もピコラと一緒に寝かせてあるから」
「え?」
ティリスの視線の先の草むらに、マーヤとピコラが気持ちよさそうに眠っていた。
「ペンバントカースの中じゃ、回復魔法は使えないけど、防御魔法や防御結界は使えるから、貴方があの馬鹿の頭を殴っている間に、リリーとあの子達に防御結界を張って魔法で寝かせたの」
「そうなの?」
「ええ。下手に動いたりして無駄に体力を消耗したり、精神的に不安定だと、ペンバントカースの影響を受けやすいの。だから寝かせておいたのよ」
「ほんと、何から何まで助かるよ。この礼は必ずするから」
大三郎は膝をつき、自分の太ももに手を置き頭を下げる。
「別にいいわよ。……リリーや貴方達を巻き込んじゃったんだから」
「え?」
「何でもないわ」
ティリスの最後の言葉が小声過ぎて聞き取れず、大三郎は不思議そうな顔をした。その時、大三郎の後ろからグリモルダルトが話しかけてきた。
「ティリス、その娘は大丈夫かい?」
大三郎が振り向くと、グリモルダルトは心配そうにティリス達を見ている。
「ええ。ダルト兄様」
大三郎は「ええ?! 兄妹?!」と、声を上げて驚いた。
「いやいや。ティリスは僕を兄として慕ってくれてるだけで、血は繋がってないんだ」
「そうなんだ。あ、んじゃ、嬢ちゃんも、あのとっつあんぼーやと昔からの知り合いなの?」
「……そうよ。あいつと知り合いって言われるだけでも虫唾が走るけど」
「あ、……ごめん、変な事言って」
「別に貴方が謝る事じゃないわ」
「あ、はい」
ジュオニカスの事で、恩人でもあるティリスに、二度も嫌な思いをしてしまう質問をしてしまったと、大三郎は首をすぼめ縮こまった。
「とっつあんぼーやって、もしかして、ジュオニカスの事かい?」
「え? まぁ、俺が勝手に付けたんだけどね」
それを聞いたグリモルダルトは、額に手を当て大笑いしだした。
「あはははは! とっつあんぼーやって、あははは! 君は中々良いセンスをしているね。あはははは!」
「え? そ、そうかな? えへへ」
大三郎はウケた事と、良いセンスだと素で褒められた事に頬を赤らめテレる。
「ダルト兄様」
「あはは、ん? 何だい、ティリス?」
「少しお静かに」
「あ、すまない」
グリモルダルトはティリスに注意され、申し訳なさそうに少し離れようとした時、何気に視界に入った草むらにピコラ達が寝ているのを見つけた。
「ピ、ピコラ? な、何故、ピコラがここに居るんだい?!」
「あいつが連れて来たの」
「あいつ? ――ジュオニカスが?!」
「ええ……」
それを聞いたグリモルダルトは、驚愕した顔からスゥーッと鋭い殺気めいた真顔になる。
「ダルト兄様。あいつの事は放っておきましょう。今はリリーの回復が優先だから」
「……そうだね。その娘もジュオニカスの玩具にされそうだったのかい?」
「ええ。もう少しでそう成るところだったわ」
ティリスはそう言うと、チラリと大三郎を横目で見る。それに気づいた大三郎は、ん? と言う顔でティリスの顔を見た。
「ごめんなさい……」
「何が?」
ティリスはそれだけを言うと、後は口を噤んでしまい、黙々とリリーに回復魔法を施す。それを見ていたグリモルダルトは「もしや」とした顔をする。
「もしかして、その妖精の娘は、君の知り合いだったのかい?」
「んまぁ、正確に言うと俺の仲間の妹なんだ」
「仲間の妹……、身内か」
「そうなるね」
「すまない。本当に……すまない」
「いや、あんたが謝る事じゃないって、名前は確か」
「僕は、ダルト・ルギ・グリモルダルト。ダルトと呼んでくれ」
イケメンの超が付くほど爽やかな自己紹介に、大三郎は全てにおいて、何故が完敗した気分になった。
「俺は、一度で良いからダルトのように、足が長く高身長で、もう見るからに女にモテてて、アレが乾く暇が無いほど毎晩とっかえひっかえ出来て、沢山の女性を侍らかしたうえ、女の人生が破綻するまで貢がせていそうなイケメンになってみたいと思っている、杉田大三郎35歳です。うぅぅ……」
「そ、そうかい。す、杉田君って言うんだね」
大三郎に泣きながら訳の分からない自己紹介をされ、戸惑うダルトにティリスはボソリと呟く。
「ダルト兄様。そう言う人だったんだ。そっか」
「え? な、何を言っているんだい? 僕がそんな事をするはずが無いだろ? 杉田君! 変な事を言うのは止めてくれ」
「うぅぅ……。ごめん、ダルト。本当の事を言って。ごめん、うぅぅ……」
「なっ?!」
「へー。やっぱりそうなんだー。へー」
リリーに回復魔法を掛けながら、真顔で棒読みをするティリスに本気で焦る。
「ち、違う! 僕は潔白だ! それに、杉田君とはさっき会ったばかりじゃないか?! 僕の事を知っているはずがない!」
焦るダルトを見たティリスはクスクスと笑う。
「ふふふ。冗談よ、ダルト兄様」
「冗談? そ、そうかい。良かった」
にこりと微笑むティリス。ホッとするダルト。色々完敗して本気で泣いている大三郎。
「それより杉田君」
「うぅ……、何だい、ダルト兄様」
「に、兄様って。君が僕を兄様って呼ぶのはどうかと思うが……」
そのやり取りを見て、ティリスは肩を揺らしクスクス笑う。
「何だい? 俺をダルトの恋人にでもしたいのかい? 女に飽きたのかい? ダルトは男でもイケる口なのかい……。ケダモノ! ダルトのケダモノ! 僕と、やらないか? この、ケダモノ!」
「なっ?! な、何を言っているんだい、君は?!」
回復魔法を掛けていたティリスは、ダルトの口調を真似しながら内股で体をよじらせ、オネエのようにケダモノを連呼している大三郎と、それに対し、素で焦っているダルトを見て堪えきれずに声を出して大笑いしてしまった。
「あははは! もうっ! 集中できないじゃない!」
「あ、ごめん」
「す、すまない。ティリス」
ティリスに怒られた二人は、マーヤとピコラが眠っている草むらに移動し、回復魔法が終わるまで腰を下ろし待つことにした。
「気持ち良さそうに寝てるな」
大三郎はマーヤの頬を指先でそっと撫で、寝ている二人を見る。
「そうだね」
ダルトもピコラの寝顔を見て微笑む。
「そう言や、さっき何を言いかけてたんだ?」
「あぁ、そうだ」
ダルトはピコラに向けていた笑顔から真剣な眼差しになり大三郎を見る。
「ティリスが回復魔法を終えたら、妖精の娘達を連れて、出来るだけこの森から離れるんだ」
「え? 何で?」
突拍子もない事を真顔で言われキョトンとする大三郎の視線から、ダルトはピコラの寝顔に目を移し簡潔に説明する。
「この森のどこかに、僕達が探しているある人物が来ているらしいんだ」
「それと、俺達が森から離れなきゃならない理由と何の関係があるんだ?」
「……。もし、その人物が見つからなかった場合……」
「場合?」
「僕の仲間が、この森ごと焼き払うと思うから」
「え?」
「だから、君達は出来るだけ、この森から離れるんだ。良いかい?」
ダルトはそう言うと大三郎を真剣な目で見る。
「森は焼いちゃ駄目でしょ」
「あいつらに、善悪なんて無いんだ。あるのは利己だけだから」
辛そうと言うか、悔しそうと言うか、その中に諦めを混ぜた、何とも言えない表情をし目を反らすダルト。
その表情を見た大三郎は、たった一言だけ告げる。
「燃やさせないよ」
目を反らしていたダルトは、さらりと言う大三郎の顔に視線を移す。
その顔は無表情ではなく飄々とした顔であった。
「一国の軍隊でも連れてくれば、あるいは止められるかもしれないけど、それは無理だ」
「無理でも何でも、燃やさせないよ。それが、ダルトのダチでも」
「ダチ?」
「友達」
「仲間ではなあるけど、友ではないよ。成ってくれと言われてもお断りだね」
ダルトは嫌そうな顔で首を振るう。
「ダルトはそいつらの事が嫌いなのか?」
「まぁ、分類すればそうだね」
「そっか。ティリスは恩人だし、ダルトはイケメンだけど良いヤツそうだし。安心したよ」
「何がだい?」
「何でもない」
ダルトは不思議そうに大三郎を見ると、大三郎はにこりとした表情で空を見上げる。
「もう一度言うよ。妖精の娘を回復させたら、妖精の娘達を連れて、この森から出来るだけ離れるんだ。良いね?」
真剣な眼差しで再び避難を促すが、大三郎は空を見上げたまま意に介さない様子だった。
「杉田君は、妖精の娘達がどうなっても良いのかい? 連れて逃げれるのは君だけなんだよ? もし、あの娘達だけで逃げたとしても、どこかで知的種族に攫われたり、魔物に襲われ命を落とすかもしれないんだよ? 君はそれでも良いのかい?」
ダルトは大三郎に少し強めな口調で説得しようとした。
「ダルト」
「何だい?」
「心配してくれて、ありがとな。お前、やっぱ良いヤツだわ」
「は?」
空を見上げていた大三郎は、にっこりとした笑顔でダルトを見る。
「約束しちゃったんだ」
「約束?」
「そ。約束」
「約束って……、誰とだい?」
「この森の中に居る、俺の大切な仲間とさ」
「え? 君の仲間が森の中に居るのかい?!」
「あぁ。こんな俺をさ、信じてくれてんだ。出来損ないで、何の取柄も無い俺をさ。信じてくれてんだ。まぁ、鬼で魔神は自分で何とかすると思うから、全く心配してないけど。寧ろ、鬼魔神を怒らせた相手の方が心配だよ。はは」
「お、鬼魔神?」
「もう一人さ、……ちっこい体で、俺を庇ってくれて、俺がこの世界を救うって、誰よりも信じてくれて」
「世界を……、救う?」
「あぁ。ほんと、めっちゃ良い娘なんだよ。その娘がこの森に住んでるんだ。この森を守れなきゃ、世界なんか救えないじゃん? だから、誰にもこの森を燃やさせない」
この世界を救うと言う言葉にダルトは目を丸くする。
「き、君は、勇者かい?」
「勇者? 違うよ」
勇者ではないと知ると、ダルトは溜息に似た笑みを零す。
「そうか、勇者じゃないのか」
「うん。勇者ではない」
「だったら尚の事、君の仲間を連れて、早く離れた方が良い。少しくらいは僕が時間稼ぎできると思うから」
「ほんっっと。イケメンがイケメン発言するとさ、何だろうね、良いヤツだって分かってんのに、何かこう、腹立つね。非の打ち所がないって言うけどさ、ちんこに五寸釘打ってやろうかって思うよね」
「ち、ちんこ?」
「それで、お前、あれだ、お前。ちんこデカかったら、お前、もうあれだ、お前、枝ばさみだ」
「枝、ばさみ?」
「ちょんぎってやる。ちょんぎって煮て焼いて食ってやる」
大三郎の言葉に開いた口が塞がらないダルトは、しばらく呆然としていたが、溜息をついてゆっくりと話し始めた。
「はぁ……。真面目に聞いてくれないかい? 僕の仲間って言うのは、アウタル・サクロなんだよ? そのメンバーが来ているんだ。それに、運悪く、その中でも凶悪な二人が来ている。その時点で、もう、この森は無事では済まないんだ」
「二人? あのとっつあんぼーやの他にって事?」
「そうだよ。僕やティリスだけだったら、森を燃やさなかった事をアウタル・サクロのメンバーに責められても誤魔化しようがある。でも、あの二人には……」
ダルトは最後の言葉を言いかけ、下を向いたまま、それ以上は語らなかった。
「あのさ」
「……何だい?」
「あの嬢ちゃん、ティリスも、その何とかってメンバーなのか?」
「え? 知らなかったのかい?」
「まぁ、さっき会ったばっかだからね」
「そうか。……余計な事を言ってしまったみたいだね」
「ま、ティリスが何者であろうが、恩人には変わりないけどな」
大三郎はにこりとダルトに微笑む。
「そう思ってくれると有り難いよ」
ダルトもそう言い、大三郎にフッと笑みを零した。
「んで、そいつらって、もう来てんの?」
「そいつら? あぁ、ここじゃないけど、ここからそう遠くない所に来ているよ」
「そっか。んじゃさ、連れてって」
「え?」
「そいつらん所にさ」
「誰をだい?」
「俺を」
「何で、だい?」
「帰ってもらうのに」
ダルトは、この男は僕の話を聞いていたのか? と、言うような驚いた顔をする。
「な、何を言っているんだい、君は?」
「何って、帰ってもらわないと、森が燃やされちゃうじゃん?」
「……君、殺されるよ」
「いやいや、戦いに行く訳じゃないから。さ、行こう」
「君は正気なのかい?」
ダルトは立ち上がる大三郎を呆然とした表情で見上げる。
「そいつらが森を燃やすって言うなら、どっち道、そいつらと会う事になるんだし。だったら、燃やされる前に会わなきゃ。燃やされてからじゃ遅いもの」
アウタル・サクロの名を聞いても、恐怖を感じるどころか、平然とした顔で見てくる大三郎に、ダルトは何も言えなくなった。
恐怖を感じなくて当り前である。大三郎は知らないのだから。
「それにさ、俺、決めたんだよね」
「な、何をだい?」
「あの娘達の盾になるって」
「盾?」
「うん。俺、真面に戦えないからさ、だったら、盾に成ろうって」
「戦えないって……。それで、どうやってあの二人を追い払うっていうんだい、君は?」
「会ってから考える。さ、行こう」
大三郎の言葉に、ダルトは何を言い返せばいいのか分からなくなった。いや、正確には、何を言っても無駄だと悟る。
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