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妖精の森編
幻想的な森の中で⑤
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「何が馬鹿よ!?」
「馬鹿だろーが! 後先考えろよオイ!」
「仕方ないじゃない!」
「何がだよ!?」
「言っちゃったんだもん」
「ぅぅううおおいいぃぃ……」
開き直った子供が、「だって、やっちゃったんだもん」と、言うのと同じ言葉を迷いもせず口にするロシルに、大三郎は唸り声の様なツッコミを入れるのが精一杯だった。
暴走も勘違いも限度がある。
だが、ロシルにはその限度が無い、もしくは果てしないのだと理解した。
本来ならば、本性を現した時のホーデリーフェがその役なのだろうが、ロシルの暴走や勘違いは何時もどんな時もそんなものを軽く超えていたのだろう。
何でもない問題も大問題にする、”歩く爆心地”の所為で、ホーデリーフェは本性を押さえ、常に冷静さを保たなければならなかったのかと思うと、ホーデリーフェの心労に同情もしたくなる。
ただ、何か切っ掛けさえあれば、暴走してもすぐに我に返る所が救いと言えば救いなのだが、暴走した時点で、すでに大問題になっている事が多いので手遅れな時も多々ある。今がそうであるように。
「武装した部隊がここへ来たら大問題へと発展してしまうかもしれないわ」
「何で?」
「そりゃ、あんた。ここで宣言した私が何処の支部にも支局にも戻らないんですもの、妖精達はあらぬ嫌疑をかけられるわよ」
「誰の所為だよ」
まるで他人事のように言うロシルに、大三郎は心の中で苦笑いするしかなかった。
「ま、そうならない為にもあんた達を連行するわよ」
「あのな」
「何ですの?」
「何度も言うけど妖精は渡さないよ」
「通達が行ったこの状況で、よくそんな事が言えますわね?」
「憲兵が来ようが、何が来ようが、無理なもんは無理。渡さないもんは渡さない」
「あんたも頑固ですわね、もういい加減負けを認めて引き下がりなさいな」
ロシルの訳の分からない言葉に大三郎は思わず、(俺は何に負けたんだよ)と、呆れに近い軽い笑いが込み上がる。
「大問題に成りそうなら、原因を作った自分で何とかしなよ」
「あんたに言われなくたってそうするわよ。ま、あんたは情状酌量の余地があるから良いとして、宣言通り、妖精の窃盗罪は間違いないんですもの、妖精だけは連行するわ。それで丸く収ま――」
堂々巡りの会話の最中、ロシルのターンが終えそうになった時、ロシルの胸の位置にある何かの紋章のような飾りが光る。
ロシルはそれに気づき、紋章のような飾りを右手で軽く触れると、そのまま右手を耳に当てた。
「――はい? 誰ですの? ――え? ――ッ! ――そ、そそ、そんな事ありませんわ! ――宣言? ――ああ、その事ですの? ――え!? ――ま、待ってくださいまし! ――そそ、それは本当ですの!? ――……う、嘘でしょ?」
一見すると、スマホや携帯で電話をしている様にも見えるが、ロシルは手に何も持ってはいない。
「何してんの?」
ロシルは大三郎の問いかけに答えず、顔を青ざめさせながらワナワナと震えている。
「……ど、どど、どうしま、しましょう」
「何が?」
「お、おじ、お、おじ、おお」
「お? 何?」
「伯父様がここへ来るわ……」
「おじさま? ロシルちゃんの?」
「もう……こうなったら……、手段を選んでいられないわ!」
「はい?」
「どきなさい!」
「だから、どかな――どわっ!」
再び突風が吹き荒れる。
「聖霊よ我の声を聞き届よ! 我の敵を切り刻め!」
「ちょちょちょっ! 待てって!」
「あと魔名を唱えれば魔法が発動するわ。切り刻まれたくなかったら、そこをどきなさい!」
先ほどの周りを巻き込む暴風ではなく、ロシルの周りだけ目に見えるほどの風のカーテンが立ち上がる。そのカーテンの中は凝縮された暴風がまるで生き物のように渦巻いていた。
周囲を惨事にしたあの吹き荒れた暴風を凝縮したカーテン。
ただ、”カーテン”と呼ぶには表現の欠落と言われてもおかしくないほど、それは暴力的で圧倒的で神秘的だった。
荒々しさと禍々しさとそれらを上回る美しさ。
大三郎はエスカにライトニングをされる時、何の前触れもなく雷撃される事が多い。その為、魔法が発動する前を見た事が無かった。
魔法と言う物は、アニメで見てきたものと全く違うんだと大三郎は思う。
そう、あれはアニメの見せ物ではなく、殺傷能力がある生き物だと確信する。
ロシルは右手を前に出すと手のひらを大三郎へ向けた。
すると、ロシルの手のひらにラーメンの具の忍者が使う必殺技のようなモノが現れる。
「どかないなら……もう、戦うしかないわよ」
「ちょっ、待てって、俺のはな――」
大三郎が言い終える前に、ロシルは大三郎へ向けていた手を自分の少し離れた横の地面へ向ける。
周囲の音が一瞬、消えた。
それは奇妙な、そして不自然な音の消滅。
正確には音が自分の耳に入る前に、何かに吸い込まれたと言った方が正しいかもしれない。
次の瞬間、破裂音とも衝突音とも言い難い、全身を叩きつけてくる衝撃音が大三郎を襲う。
大三郎は咄嗟に両腕で顔を庇う。
続けざまには何も起こらない。大三郎はゆっくりと衝撃音がした方を見る。
土煙は上がっていなかった。
だが、ロシルが手を向けた方の地面が抉られている。消失と言った方が良いのか。兎に角、直径1m、深さ50cmほどの円形状に地面が消えていた。
「ま、この程度じゃ、あんたに敵うどころか脅しにもならないわね」
ロシルの魔法を実際に大三郎が受けたとしよう。
間違いなく上半身は吹っ飛ぶ。
そして、脅しにならないどころか、色々漏らしそうなほど効果てきめんである。
もし大三郎が、猫とネズミが仲良く喧嘩しちゃったアニメのような表現ができるとしたら、間違いなく眼球を飛び出させながら驚き、顎が地面に着くほど開いた口が塞がらないだろう。
事実、大三郎は魔法で穿がれた地面があったであろう穴を、それこそ眼球が落ちそうなほど目を見開き、凝視したまま固まっている。
「ふん。この程度じゃ無反応ってことなのね。ま、当然でしょうけど」
――バカなのこの娘? 死ぬに決まってんだろ? なにこれ怖い。
大三郎は他者より異常に丈夫で死にづらいだけであり、絶対死なないマンではない。
それに、神技を使えるチート級と言ってもおっぱいを揉むだけ。他には何も無い。
「魔力を全開放して目くらまし程度に成るか成らないか……、賭けね」
――エスカ、この娘、俺以上にバカだよ。何か賭けてるよ。
「この辺の木々には悪いけど、森全体に――」
「スキル発動!!!」
「――ッ!!?」
大三郎の大声に言いかけていた言葉を止めるロシル。
そして、スキル発動と聞こえた。
「ス、スキル? ま、まさか……、し、神技?」
ロシルの顔からみるみる血の気が引いて行く。
自分に対して神技を発動したと言いう事は、自分がこの世界の敵として救世主に見なされた。と、ロシルは勘違いする。
「ロシルちゃん悪いが、君と同じく、この後、神技の名を言えば神技は発動する」
大三郎のマントはロシルの魔法が起こす風でなびいていた。その姿がロシルの目には、神の力が降臨する前の状態に見えてしまっていた。
ロシルの心情を代弁するとしたら『絶望』の一言だろう。この時、一番恐怖を感じていたのはロシルなのだから。
救世主が自分に対して神技を発動しようとしている。
大三郎の事を何一つ知らない者でスキルを発動されたとしたら、この世界で恐怖を感じない者は居ないだろう。
おっぱい揉むだけなのに。
「頼む。神技を使わせないでくれ」
後でエスカに怒られるから。とは、口が裂けても言えない。
「神技を使ったらただでは済まないんだ」
俺が。と口が裂けても言えない。
大三郎の訴えに近い言い方が、『絶大なる者からの確実なる死』と、ロシルに更なる勘違いを生ませる。
「そ、それでも……、それでもよ!!」
「何故、そこまで意地を張る?」
大三郎には理解できなかった。この世界ではプラームは貴重な物だろう。
だが、ここまで意固地になるほどのものか? そんなに妖精を裁きたいのか? と不思議でしかたなかった。
しかし、ロシルの返答は違うものだった。
「伯父様がここへ来たら、妖精王が居る森だとしても無事では済まないの! あんただって無事で済むか分からないのよ」
「え? 何で?」
「何でもよ! この森を……この森を……」
――何だか良く分からないが、兎に角、プラームの事は二の次になっている事は確かだ。色々無茶ぶりをしてやる気を萎えさせようと思っていたけど、やり方を変えた方が良さそうだな。
「ロシルちゃん」
「何よ!?」
「スキル解除!」
「え?」
「はい。これで俺は神技を使えません」
「ど、どう言う事よ?」
「それと」
「な、何よ」
「実は俺さ、神技以外、何も使えないんだ」
「え?」
「剣も魔法も徒手格闘もね。てか、まともに喧嘩もしたことねーし。ヘタレだから、あはは」
ロシルは大三郎が何を言っているのか分からなかった。
「な、何を言って……」
「だから、俺は丈夫だけが取り柄の男ってこと」
「え?」
大三郎が何を意図して言っているのか、ロシルは混乱する頭の中で必死に思考を巡らせる。
「ロシルちゃん、俺と勝負したいんだろ?」
「え? えぇ……。で、でも」
「さっきも言ったけど、俺は神技以外、何も使えない。んで、神技は使わない。それで良いかい?」
「それだと……、あんたはどうやって私に勝つつもりなの?」
「さぁね? どうやってだろ?」
これほど勝負に対して他人事のようにお気楽に言う者を見た事が無かった。
それもそのはず、この世界では命懸けになる事がしばしばあるからだ。
「馬鹿にしてるの?」
「いや。馬鹿にしてないよ」
「不利じゃない、あんた」
「そうだねぇ」
「私は全力で行くわよ?」
「ま、そうなるな」
「良いの?」
「良いんじゃない?」
ロシルはその言葉を聞き、魔力を思いっきり高めた。
すると、風のカーテンがロシルを囲むように、大三郎に剣先を向けた無数の剣に姿を変えた。
「すげーな。透明なクリスタルの剣みてーだ。どうなってんだ?」
大三郎は何かのアトラクションでも見ているかのようにお気楽モードが変わらない。
「あんた、愚かにもほどがあるわよ」
「何が?」
「剣も魔法も徒手格闘も使えないって、使わないって言いたいんでしょ? その上、神技も使わない」
「いや、剣道もフェンシングもやったことねーし、格闘技は好きで見てたけど道場もジムにも行った事ないし。ダチ共と遊び半分で真似事はしてたけどね。それに、魔法なんてこの世界に来て初めて見たし」
大三郎がどこまで本気で言っているのかロシルには分からなかった。
ただ、かなりのハンデをくれると言っているのだけは分かった、と勘違いする。
「この、ファネル・リンク・アシュテラはその辺の名刀より切れるわよ」
「何それ?」
「私の周りにある風の剣よ」
「ああ。それ」
「ああ、それって……。あんたはどこまで本気なの?」
「どこまで?」
「自分は何もしないって言っているようなもんじゃない!? いくら丈夫なあんたでも、ファネル・リンク・アシュテラを喰らったらただでは済まないわよ」
「だろうね」
「……だろうねってあんた。何もしないんじゃ、私に勝てる訳が無いでしょ!? もういいから妖精を渡しなさないな! 引くとこは引いてよ!」
大三郎は少し困った顔をし、だが笑顔でロシルに「申し訳ないんだけどさ、引く訳にも負ける訳にもいかないんだよね」と、素足を出した膝上のマントをなびかせながらそう言い放つ。
◇
「それであの騒ぎになったのですか?」
「ばい……」
呆れながら問うエスカの前に正座をし腫れ上がった顔で答える大三郎。
「ね、姉様……。元はと言えば、妖精がくれたプラームを他の妖精に食べられ逆上してしまった私も悪いのです。クソお、救世主はその妖精を庇ったにすぎませんわ」
普通の人間なら即死していてもおかしくない、エスカのエグいシャイニング・ウィザードと、倒れざまに半回転しながら顔面へ肘鉄を喰らわせ、その衝撃で気を失った大三郎の胸ぐらを掴み、容赦なく往復ビンタで叩き起こしたエスカのお仕置きスペシャルコンボを目の当たりにしたロシルは、驚きと恐怖でオドオドとしながらも大三郎を擁護する。
「ロシル、貴女は良いのです。今回の加害者はどう見ても杉田様ですから」
「た、確かに、変な物を見せられ触らさせられたりもしましたが……」
「べんばぼぼべばばい!」
「何か言いましたか?」
「べべべ……」
大三郎は、自分のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲DX(願望)を変なモノと言われ、言い返したかったのだが、ギロリと睨むエスカが怖くて「いいえ」としか答えられない。
「ところで、メルロさんとソフィーアさんは?」
「メルとソフィーは妖精の泉の近くにある温泉に入ってるよ。はぁはぁ……」
騒ぎを聞きつけて慌てて戻って来たパニティーが息を切らせながら言う。
ロシルはパニティーを見つけると申し訳なく頭を下げた。
「ごめんなさい。折角、貴女に頂いたプラームを台無しにしてしまいましたわ……」
「人間の女が気にする事じゃないよ。話は妖精の仲間から聞いたから」
「でも……」
ロシルは、折角の好意を台無しにしてしまった事を本当に申し訳なく思い、パニティーの顔が見れない。
「ううん。寧ろ、こっちがごめんね」
「え?」
パニティーはそう言うとロシルに頭を下げた後、プラームを食べた妖精に振り向き、大声で怒り始めた。
「マーヤ! この事はミル姉だけじゃなくてアウレリア様にも報告するからね!」
「おね~ちゃ~ん。やだよ~。それだけはやめてよ~」
マーヤと呼ばれた妖精はパニティー四姉妹うちの三女、マーヤ・フラッシェン。
「だめ! 皆に迷惑をかけたんだからね! 人の物を黙って食べて謝りもしないなんて、お姉ちゃん悲しいよ!」
「うぅぅ……ごめんなさい」
「私に謝るんじゃないの! 謝らなきゃいけない人は他に居るでしょ!?」
「はぅぅ……」
パニティーに怒られたマーヤは、涙目になりながらロシルの前まで飛んで行くと「ごめんなさい」と頭を下げた。
「私こそムキになってごめんなさいね」
ロシルは申し訳ない顔に微かな微笑みを浮かべ、指先をマーヤの手に添える。
マーヤはロシルの指先を握り、首を左右に大きく振った後、ロシルににこりと微笑む。
「ほら! ミル姉のトコに行くよ!」
「はぅぅ……」
パニティーはマーヤを連れ何処かへ飛んで行った。
「パニティーがお姉ちゃんしてる……」
大三郎はいつしかパニティーを元気で心の優しい姪っ子、もしくは年の離れた小さい妹のような感覚になっていた。
そのパニティーがマーヤにお姉ちゃんをしている。それが大三郎に新鮮な驚きを感じさせた。
「副支長」
その声を聞き、ロシルはビクンと体を揺らす。
「こっちを向いていただけませんか? 副支長」
ロシルは恐る恐る声の主の方へ向くと、そこには、鬼神ホーデリーフェが見た者の心臓を凍りつかせてしまうほどの無表情で立っていた。
「馬鹿だろーが! 後先考えろよオイ!」
「仕方ないじゃない!」
「何がだよ!?」
「言っちゃったんだもん」
「ぅぅううおおいいぃぃ……」
開き直った子供が、「だって、やっちゃったんだもん」と、言うのと同じ言葉を迷いもせず口にするロシルに、大三郎は唸り声の様なツッコミを入れるのが精一杯だった。
暴走も勘違いも限度がある。
だが、ロシルにはその限度が無い、もしくは果てしないのだと理解した。
本来ならば、本性を現した時のホーデリーフェがその役なのだろうが、ロシルの暴走や勘違いは何時もどんな時もそんなものを軽く超えていたのだろう。
何でもない問題も大問題にする、”歩く爆心地”の所為で、ホーデリーフェは本性を押さえ、常に冷静さを保たなければならなかったのかと思うと、ホーデリーフェの心労に同情もしたくなる。
ただ、何か切っ掛けさえあれば、暴走してもすぐに我に返る所が救いと言えば救いなのだが、暴走した時点で、すでに大問題になっている事が多いので手遅れな時も多々ある。今がそうであるように。
「武装した部隊がここへ来たら大問題へと発展してしまうかもしれないわ」
「何で?」
「そりゃ、あんた。ここで宣言した私が何処の支部にも支局にも戻らないんですもの、妖精達はあらぬ嫌疑をかけられるわよ」
「誰の所為だよ」
まるで他人事のように言うロシルに、大三郎は心の中で苦笑いするしかなかった。
「ま、そうならない為にもあんた達を連行するわよ」
「あのな」
「何ですの?」
「何度も言うけど妖精は渡さないよ」
「通達が行ったこの状況で、よくそんな事が言えますわね?」
「憲兵が来ようが、何が来ようが、無理なもんは無理。渡さないもんは渡さない」
「あんたも頑固ですわね、もういい加減負けを認めて引き下がりなさいな」
ロシルの訳の分からない言葉に大三郎は思わず、(俺は何に負けたんだよ)と、呆れに近い軽い笑いが込み上がる。
「大問題に成りそうなら、原因を作った自分で何とかしなよ」
「あんたに言われなくたってそうするわよ。ま、あんたは情状酌量の余地があるから良いとして、宣言通り、妖精の窃盗罪は間違いないんですもの、妖精だけは連行するわ。それで丸く収ま――」
堂々巡りの会話の最中、ロシルのターンが終えそうになった時、ロシルの胸の位置にある何かの紋章のような飾りが光る。
ロシルはそれに気づき、紋章のような飾りを右手で軽く触れると、そのまま右手を耳に当てた。
「――はい? 誰ですの? ――え? ――ッ! ――そ、そそ、そんな事ありませんわ! ――宣言? ――ああ、その事ですの? ――え!? ――ま、待ってくださいまし! ――そそ、それは本当ですの!? ――……う、嘘でしょ?」
一見すると、スマホや携帯で電話をしている様にも見えるが、ロシルは手に何も持ってはいない。
「何してんの?」
ロシルは大三郎の問いかけに答えず、顔を青ざめさせながらワナワナと震えている。
「……ど、どど、どうしま、しましょう」
「何が?」
「お、おじ、お、おじ、おお」
「お? 何?」
「伯父様がここへ来るわ……」
「おじさま? ロシルちゃんの?」
「もう……こうなったら……、手段を選んでいられないわ!」
「はい?」
「どきなさい!」
「だから、どかな――どわっ!」
再び突風が吹き荒れる。
「聖霊よ我の声を聞き届よ! 我の敵を切り刻め!」
「ちょちょちょっ! 待てって!」
「あと魔名を唱えれば魔法が発動するわ。切り刻まれたくなかったら、そこをどきなさい!」
先ほどの周りを巻き込む暴風ではなく、ロシルの周りだけ目に見えるほどの風のカーテンが立ち上がる。そのカーテンの中は凝縮された暴風がまるで生き物のように渦巻いていた。
周囲を惨事にしたあの吹き荒れた暴風を凝縮したカーテン。
ただ、”カーテン”と呼ぶには表現の欠落と言われてもおかしくないほど、それは暴力的で圧倒的で神秘的だった。
荒々しさと禍々しさとそれらを上回る美しさ。
大三郎はエスカにライトニングをされる時、何の前触れもなく雷撃される事が多い。その為、魔法が発動する前を見た事が無かった。
魔法と言う物は、アニメで見てきたものと全く違うんだと大三郎は思う。
そう、あれはアニメの見せ物ではなく、殺傷能力がある生き物だと確信する。
ロシルは右手を前に出すと手のひらを大三郎へ向けた。
すると、ロシルの手のひらにラーメンの具の忍者が使う必殺技のようなモノが現れる。
「どかないなら……もう、戦うしかないわよ」
「ちょっ、待てって、俺のはな――」
大三郎が言い終える前に、ロシルは大三郎へ向けていた手を自分の少し離れた横の地面へ向ける。
周囲の音が一瞬、消えた。
それは奇妙な、そして不自然な音の消滅。
正確には音が自分の耳に入る前に、何かに吸い込まれたと言った方が正しいかもしれない。
次の瞬間、破裂音とも衝突音とも言い難い、全身を叩きつけてくる衝撃音が大三郎を襲う。
大三郎は咄嗟に両腕で顔を庇う。
続けざまには何も起こらない。大三郎はゆっくりと衝撃音がした方を見る。
土煙は上がっていなかった。
だが、ロシルが手を向けた方の地面が抉られている。消失と言った方が良いのか。兎に角、直径1m、深さ50cmほどの円形状に地面が消えていた。
「ま、この程度じゃ、あんたに敵うどころか脅しにもならないわね」
ロシルの魔法を実際に大三郎が受けたとしよう。
間違いなく上半身は吹っ飛ぶ。
そして、脅しにならないどころか、色々漏らしそうなほど効果てきめんである。
もし大三郎が、猫とネズミが仲良く喧嘩しちゃったアニメのような表現ができるとしたら、間違いなく眼球を飛び出させながら驚き、顎が地面に着くほど開いた口が塞がらないだろう。
事実、大三郎は魔法で穿がれた地面があったであろう穴を、それこそ眼球が落ちそうなほど目を見開き、凝視したまま固まっている。
「ふん。この程度じゃ無反応ってことなのね。ま、当然でしょうけど」
――バカなのこの娘? 死ぬに決まってんだろ? なにこれ怖い。
大三郎は他者より異常に丈夫で死にづらいだけであり、絶対死なないマンではない。
それに、神技を使えるチート級と言ってもおっぱいを揉むだけ。他には何も無い。
「魔力を全開放して目くらまし程度に成るか成らないか……、賭けね」
――エスカ、この娘、俺以上にバカだよ。何か賭けてるよ。
「この辺の木々には悪いけど、森全体に――」
「スキル発動!!!」
「――ッ!!?」
大三郎の大声に言いかけていた言葉を止めるロシル。
そして、スキル発動と聞こえた。
「ス、スキル? ま、まさか……、し、神技?」
ロシルの顔からみるみる血の気が引いて行く。
自分に対して神技を発動したと言いう事は、自分がこの世界の敵として救世主に見なされた。と、ロシルは勘違いする。
「ロシルちゃん悪いが、君と同じく、この後、神技の名を言えば神技は発動する」
大三郎のマントはロシルの魔法が起こす風でなびいていた。その姿がロシルの目には、神の力が降臨する前の状態に見えてしまっていた。
ロシルの心情を代弁するとしたら『絶望』の一言だろう。この時、一番恐怖を感じていたのはロシルなのだから。
救世主が自分に対して神技を発動しようとしている。
大三郎の事を何一つ知らない者でスキルを発動されたとしたら、この世界で恐怖を感じない者は居ないだろう。
おっぱい揉むだけなのに。
「頼む。神技を使わせないでくれ」
後でエスカに怒られるから。とは、口が裂けても言えない。
「神技を使ったらただでは済まないんだ」
俺が。と口が裂けても言えない。
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「そ、それでも……、それでもよ!!」
「何故、そこまで意地を張る?」
大三郎には理解できなかった。この世界ではプラームは貴重な物だろう。
だが、ここまで意固地になるほどのものか? そんなに妖精を裁きたいのか? と不思議でしかたなかった。
しかし、ロシルの返答は違うものだった。
「伯父様がここへ来たら、妖精王が居る森だとしても無事では済まないの! あんただって無事で済むか分からないのよ」
「え? 何で?」
「何でもよ! この森を……この森を……」
――何だか良く分からないが、兎に角、プラームの事は二の次になっている事は確かだ。色々無茶ぶりをしてやる気を萎えさせようと思っていたけど、やり方を変えた方が良さそうだな。
「ロシルちゃん」
「何よ!?」
「スキル解除!」
「え?」
「はい。これで俺は神技を使えません」
「ど、どう言う事よ?」
「それと」
「な、何よ」
「実は俺さ、神技以外、何も使えないんだ」
「え?」
「剣も魔法も徒手格闘もね。てか、まともに喧嘩もしたことねーし。ヘタレだから、あはは」
ロシルは大三郎が何を言っているのか分からなかった。
「な、何を言って……」
「だから、俺は丈夫だけが取り柄の男ってこと」
「え?」
大三郎が何を意図して言っているのか、ロシルは混乱する頭の中で必死に思考を巡らせる。
「ロシルちゃん、俺と勝負したいんだろ?」
「え? えぇ……。で、でも」
「さっきも言ったけど、俺は神技以外、何も使えない。んで、神技は使わない。それで良いかい?」
「それだと……、あんたはどうやって私に勝つつもりなの?」
「さぁね? どうやってだろ?」
これほど勝負に対して他人事のようにお気楽に言う者を見た事が無かった。
それもそのはず、この世界では命懸けになる事がしばしばあるからだ。
「馬鹿にしてるの?」
「いや。馬鹿にしてないよ」
「不利じゃない、あんた」
「そうだねぇ」
「私は全力で行くわよ?」
「ま、そうなるな」
「良いの?」
「良いんじゃない?」
ロシルはその言葉を聞き、魔力を思いっきり高めた。
すると、風のカーテンがロシルを囲むように、大三郎に剣先を向けた無数の剣に姿を変えた。
「すげーな。透明なクリスタルの剣みてーだ。どうなってんだ?」
大三郎は何かのアトラクションでも見ているかのようにお気楽モードが変わらない。
「あんた、愚かにもほどがあるわよ」
「何が?」
「剣も魔法も徒手格闘も使えないって、使わないって言いたいんでしょ? その上、神技も使わない」
「いや、剣道もフェンシングもやったことねーし、格闘技は好きで見てたけど道場もジムにも行った事ないし。ダチ共と遊び半分で真似事はしてたけどね。それに、魔法なんてこの世界に来て初めて見たし」
大三郎がどこまで本気で言っているのかロシルには分からなかった。
ただ、かなりのハンデをくれると言っているのだけは分かった、と勘違いする。
「この、ファネル・リンク・アシュテラはその辺の名刀より切れるわよ」
「何それ?」
「私の周りにある風の剣よ」
「ああ。それ」
「ああ、それって……。あんたはどこまで本気なの?」
「どこまで?」
「自分は何もしないって言っているようなもんじゃない!? いくら丈夫なあんたでも、ファネル・リンク・アシュテラを喰らったらただでは済まないわよ」
「だろうね」
「……だろうねってあんた。何もしないんじゃ、私に勝てる訳が無いでしょ!? もういいから妖精を渡しなさないな! 引くとこは引いてよ!」
大三郎は少し困った顔をし、だが笑顔でロシルに「申し訳ないんだけどさ、引く訳にも負ける訳にもいかないんだよね」と、素足を出した膝上のマントをなびかせながらそう言い放つ。
◇
「それであの騒ぎになったのですか?」
「ばい……」
呆れながら問うエスカの前に正座をし腫れ上がった顔で答える大三郎。
「ね、姉様……。元はと言えば、妖精がくれたプラームを他の妖精に食べられ逆上してしまった私も悪いのです。クソお、救世主はその妖精を庇ったにすぎませんわ」
普通の人間なら即死していてもおかしくない、エスカのエグいシャイニング・ウィザードと、倒れざまに半回転しながら顔面へ肘鉄を喰らわせ、その衝撃で気を失った大三郎の胸ぐらを掴み、容赦なく往復ビンタで叩き起こしたエスカのお仕置きスペシャルコンボを目の当たりにしたロシルは、驚きと恐怖でオドオドとしながらも大三郎を擁護する。
「ロシル、貴女は良いのです。今回の加害者はどう見ても杉田様ですから」
「た、確かに、変な物を見せられ触らさせられたりもしましたが……」
「べんばぼぼべばばい!」
「何か言いましたか?」
「べべべ……」
大三郎は、自分のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲DX(願望)を変なモノと言われ、言い返したかったのだが、ギロリと睨むエスカが怖くて「いいえ」としか答えられない。
「ところで、メルロさんとソフィーアさんは?」
「メルとソフィーは妖精の泉の近くにある温泉に入ってるよ。はぁはぁ……」
騒ぎを聞きつけて慌てて戻って来たパニティーが息を切らせながら言う。
ロシルはパニティーを見つけると申し訳なく頭を下げた。
「ごめんなさい。折角、貴女に頂いたプラームを台無しにしてしまいましたわ……」
「人間の女が気にする事じゃないよ。話は妖精の仲間から聞いたから」
「でも……」
ロシルは、折角の好意を台無しにしてしまった事を本当に申し訳なく思い、パニティーの顔が見れない。
「ううん。寧ろ、こっちがごめんね」
「え?」
パニティーはそう言うとロシルに頭を下げた後、プラームを食べた妖精に振り向き、大声で怒り始めた。
「マーヤ! この事はミル姉だけじゃなくてアウレリア様にも報告するからね!」
「おね~ちゃ~ん。やだよ~。それだけはやめてよ~」
マーヤと呼ばれた妖精はパニティー四姉妹うちの三女、マーヤ・フラッシェン。
「だめ! 皆に迷惑をかけたんだからね! 人の物を黙って食べて謝りもしないなんて、お姉ちゃん悲しいよ!」
「うぅぅ……ごめんなさい」
「私に謝るんじゃないの! 謝らなきゃいけない人は他に居るでしょ!?」
「はぅぅ……」
パニティーに怒られたマーヤは、涙目になりながらロシルの前まで飛んで行くと「ごめんなさい」と頭を下げた。
「私こそムキになってごめんなさいね」
ロシルは申し訳ない顔に微かな微笑みを浮かべ、指先をマーヤの手に添える。
マーヤはロシルの指先を握り、首を左右に大きく振った後、ロシルににこりと微笑む。
「ほら! ミル姉のトコに行くよ!」
「はぅぅ……」
パニティーはマーヤを連れ何処かへ飛んで行った。
「パニティーがお姉ちゃんしてる……」
大三郎はいつしかパニティーを元気で心の優しい姪っ子、もしくは年の離れた小さい妹のような感覚になっていた。
そのパニティーがマーヤにお姉ちゃんをしている。それが大三郎に新鮮な驚きを感じさせた。
「副支長」
その声を聞き、ロシルはビクンと体を揺らす。
「こっちを向いていただけませんか? 副支長」
ロシルは恐る恐る声の主の方へ向くと、そこには、鬼神ホーデリーフェが見た者の心臓を凍りつかせてしまうほどの無表情で立っていた。
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