異世界で探がす愛の定義と幸せカテゴリー

彦野 うとむ

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妖精の森編

幻想的な森の中で④

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 5分ほど森の中を探すと、大三郎がこちらに背を向け、木の前で何やらごそごそやっていた。
 ロシルはすかさず大三郎に近づき声を掛ける。

 「あの妖精をどこにやったの?」
 
 不意に後ろから声を掛けられた大三郎は、小さくビクッと体を動かすと、ゆっくりロシルに振り向き何食わぬ顔で惚ける。

 「さ、さぁ? んぴゅぴゅ~」
 
 ロシルの愛情とは全く別物の熱視線を浴び、堪らず目を反らし、吹けない口笛を吹きながら更に惚けた。
 そんな大三郎を今度はジト目で見ると、後ろにある木に視線を移しジッと木を見る。

 「ふ~ん……。後ろにある木の樹洞の中ね」
 「な、ななな、何の事でセう?」

 性格上、隠し事が下手な大三郎は動揺しまくり声が上ずってしまう。
  
 「渡しなさいな」
 「それは出来ません」
 
 詰め寄るように迫るロシルの言葉に即答で拒否をする。
 ロシルは真顔で大三郎を見つめ言い返す。
 
 「犯罪者を隠すなら犯人蔵匿罪であんたも連行するわよ」 
 「ぞ、蔵匿罪って……」
 「それが嫌なら、そこをどくか渡しなさいな」
 「嫌だし、どかないし、渡さない」
 「何でそこまで犯罪者の妖精を庇って、私の邪魔をするの?」 
 「たかがつまみ食いで、犯罪者だの死罪だのと言われたら渡せないでしょ?」
 「……。そう」

  ロシルはそう言うと、大三郎をじっと見たまま少し考え込むように黙る。
  そして、大三郎から視線を外し、うん。と、頷くと、大三郎を再度見て言う。
 
 「ついでにあんたの腕を確かめさせてもらうわ」
 「ついで?」
 「私と勝負して、あんたが勝ったら妖精が犯した窃盗罪は無かった事にしてあげますわ」 
 「しょ、勝負? な、何の?」
 「何の? 戦うのですわ」
 「戦う? 誰と誰が?」
 「私とあんたがよ」
 
 さも当然のように言ってくるロシルに驚いたが、大三郎は少し考えてあることを閃いた。

 「……。戦い方は俺が決めて良いなら勝負しても良いよ」
 「ええ、構いませんわ。剣でも魔法でも徒手格闘でも」
 「よし! 話は決まった。野球拳で勝負しよう」
 「やきゅう、けん? 何ですのそれ?」
 「青星で古くから度々行われる、男女の間で勝敗を決める戦い方だよ」
 「青星で? そう、良いですわよ。エリート集団で名高い青星での戦い方、興味ありますわ」
 
 ロシルのその言葉に大三郎はニヤリとほくそ笑む。

 「これには絶対的ルールが一つだけあるんだけど、良いか?」
 「絶対的ルール? 何ですの?」
 「負けた時、勝負規定に従うってこと」
 「それは当然の事ですわ。それだけですの?」
 「うん。ルールはそれだけ」
 「そう。ではどう戦うか教えていただきますわ」
 「勝負規定は2つ。1つは、ジャンケンして負けた方が着衣を一枚づつ脱いでいく。2つ目は着衣が無くなった方が負け。以上」
 「……は?」
 「あれ? この世界にはジャンケン無かった?」
 「ジャンケンはありますわ。グーチョキパーですわよね?」
 「そうそう。良かった良かった。んじゃ、始めようか?」
 「嫌ですわよ」
 「何で?」
 「何故、服を脱がなきゃならないの?」
 「野球拳だから」
 「意味が分からないですわ。何でジャンケンごときで服を脱がなければならないの? 馬鹿馬鹿しい」
 
 吐き捨てるような溜息をつき、呆れ顔になるロシルに大三郎は真顔で言い返す。

 「何を言っている? この世界にも”戦いに負けて身ぐるみを剥がされる”って言葉はあるだろ?」
 「ありますわ。それが何か?」
 「野球拳はその語源ともなったに等しい勝負方法だ」
 「え?」
 「野球拳は負けたら身ぐるみを剥がされる。負けた方は素っ裸になるんだ、そりゃプライドを賭けた戦いになる。だがな、普通の戦いだと男女の間で行われる場合、必然的に不公平になる事が多い。何故か分かるだろ? 鍛えてる者同士の戦いなら腕力、技術勝負は出来るが、戦いに素人の男女なら腕力の差が出て必然的に不公平になる場合が大半だからだ。でも、野球拳は男女とも平等に勝負ができる。その上、誰も傷つかない。血が流れる事は無い。そう、これほど平等且つ公平で平和的な勝負方法は無いのだよ! 分かるかねロシル君!?」

 ロシルは雷に撃たれたような衝撃が走る。
 確かに、これほど平等で公平な平和的勝負方法は無い。
 この世界は魔法が普通に存在する。
 腕力に差があれば知力がものを言う魔法で相対し、腕力が無くとも技術があれば剣や徒手格闘で勝負する。だから、必ずどちらか又は一方が怪我をする。
 だが、大三郎の提案した勝負方法はプライドを賭けた戦いだが、腕力も知力も技術も要らない、何より誰も怪我をしない。
  
 青星はエリート集団。つまり、この世界で地球から来た者は『全ての戦いに秀でた者』と言う認識。
 そのエリート集団の中でも大三郎は神々に認められた救世主。あらゆる加護を一身に受けた上に、神技も使えるチート級の存在。
 端から勝負にはならない。
 だから大三郎は誰も傷つかない方法を提案したのだ、とロシルは勘違いをする。

 しかしロシルはその提案を飲むことができない。
 この世界で、お互いの合意の上で相手に裸体を見せると言う事は、結ばれると言う事になるからだった。
 所謂、結婚をしなければならないのだ。
 飲めるはずがない。
 
 「無理ですわ」
 「んじゃ、俺の勝ちと言う事で」
 「何でそうなるのよ!?」
 「え? だって勝負放棄でしょ? なら俺の不戦勝って事になるじゃん?」
 「ならないですわ!」
 「どうして? ロシルちゃんは俺の提案を承諾したじゃん? その上で勝負をしないって事は必然的に俺の不戦勝になるじゃん? まぁ、別な勝負でも良いけど、野球拳以上の公平で平和的な勝負を提案できる? あるならそれで勝負しても良いよ? あるならね?」
 「ぐっ……」

 大三郎は野球拳をしようがしまいがどっちでも良かった。要は、物理的な勝負以外なら何でも良いのだ。
 町中で刃渡り6センチ以上の刃物を所持していると、銃刀法違反で捕まってしまう現代の日本と比べ、この世界は戦国時代や江戸時代みたく刃渡り60センチ以上ある剣を普通に持ち歩ける。
 下手をすると、道端で切り捨て御免をされてしまう可能性だってあるかもしれない。 
 何よりも、ファンタジー特有の殺傷能力がある魔法が存在する。
 クエストや仲間の危機以外、大三郎はそんなものと真面に戦う気などないのだ。
 
 「無いならこれで終わりにしよう? プラームの事はロシルちゃんより、パニティーの方が怒ると思うし」
 「……。どうしてですの?」
 「そりゃ、俺達をもてなす為に自分の分を出してくれた物だもの、パニティーがマジ切れしないか、俺はそっちの方が気掛かりなんだよね」

 大三郎の言葉にハッとした顔をするロシルは、俯き両の手に拳を握る。

 「……そうよ」
 「ん?」
 「あんな事をしてしまった私をもてなしてくれたんですもの……、許せる訳が無いですわ」
 「え?」
 「神技を使える救世主に実力行使をしても、返り討ちに遇うのは目に見えてますわ。それでも、許せないものは許せない」
 「え?」
 
 ロシルは目の色を変えて叫びだす。

 「犯罪は断罪! 断罪! 断罪!! 断罪!!!」
 「うええええええ!? まさかのヤマザナドゥー!」

 ロシルはスーパー何とか人に成るように、空に向かい大声で気合いを入れると突風が巻き起こる。
 その突風がロシルを中心に円を描くように狂飆きょうひょうの如く天高く渦を巻く。
 
 「待ってロシルちゃん! 落ち着けって!」
 「断罪ぃぃぃいいい!!」
 
 静かで情緒溢れる幻想的な妖精の森に吹き荒れる突風。
 周りにある木の枝が鉈で切られたのように折れていく。
 ロシルが洗礼を受けている四大聖霊の一つでもある、エアリエルの魔力で周囲の大気がついて行けず、所々で真空状態を引き起こしていた。

 このままでは自分はおろか、木の樹洞に隠した妖精も周りの木々もただでは済まない。
 大三郎は意を決して大声で叫ぶ。

 「あ! エスカ! お帰り!!」

 ロシルがその言葉を聞くと、突風で逆立っていた髪の毛がふわりと下り、吹き荒れていた風が止む。
 そして、キョロキョロと周りを見渡す。が、エスカは何処にも居ない。

 「……居ないじゃないの」
 「嘘だもん」
 「はぁ!? あ、あんたねぇー」
 「そうでも言わなきゃ大変な事になってたぞ」
 「何がよ!?」
 「もう一度、周り見てみろ」

 今度はエスカを探すのではなく周りの景色を見渡す。
 そこには、エアリエルの魔力で巻き起こった風で森の木々の枝は折れ、草木は見るも無残な姿になり惨事を物語っていた。 

 「これ、エスカが見たら怒るぜ」
 
 惨状を見たロシルは、無意識に(どうしよう、絶対怒られる)と冷汗をかく。
 エスカはロシル達に手を出したりしないが、激怒した時のエスカの説教は数時間にもおよび、精神を容赦なくごりごり削っていく。
 それはもう、提督室を爆撃するツインテールが、青鬼に大説教を食らい精も根も尽き果てるが如く。
 だが、ツインテールと違うのはロシルの目の前に人身御供が居ることだ。

 「まぁ良いわ。あんたの所為だし」
 「何で!?」
 「あんたが妖精を庇うからよ!」
 「それでエスカが納得すると思う?」
 「ぐっ……。じゃ、じゃあ、一緒に怒られてあげるわよ」
 「何で俺が怒られる前提なんだよ!? 俺、悪くねーじゃん!」
 「うっさいわね! 原因はあんたよ! それ以上でもそれ以下でもないわ!」
 「おいおいおい、待て待て待て。何処をどう見て俺が原因なんだ?」
 「素直に妖精を渡せばこうならなかったじゃない!?」
 「いや。渡す渡さない以前にここまでしなきゃ良い話だろ?」
 「ぐっ……。そ、そんな事より勝負よ!」
 「何でだよ!?」
 
 ロシルの無茶苦茶な誤魔化しかたに、大三郎は思わず食い気味にツッコんでしまった。

 「こ、これで何もしなかったら本当に姉様に怒られるじゃない!」
 「え~……、どっちにしても怒られると思うぞぉ?」

 エスカに対する恐怖で少し涙目になっているロシルを、大三郎は目を細めながら、横目で他人事のように言う。
 
 「そ、そそそ、そんなこと無いわよ!」
 「いや~。エスカの性格じゃあ、余程の正しい理由が無いと納得しないと思うぞぉ?」
 「あんたを負かして、あんたが隠している妖精の窃盗罪を断罪すれば姉様だって納得するわよ!」
 「どっちにしろ、妖精は渡さないし断罪もさせない」
 「何でよ!?」
 「今のロシルちゃんは自分が怒られたくないために、妖精を犠牲にしようとしてる様にしか見えないから」
 「なっ!?」
 「そんな事をエスカが大切にしている奴にさせる訳にもいかないし」
 「――ッ!」

 ロシルは痛い所を突かれた事で冷静さを取り戻した。
 確かに大三郎の言っている事は正しい。その上、妖精の事は勿論、自分やエスカの事まで考えている。
 そんな大三郎に、何時もの暴走で対峙するのは失礼だとこれまた勘違いをする。

 「分かったわ」
 「分かってくれた?」
 「ええ。少し頭に血が昇り過ぎたみたい」
 「良かった。んじゃ――」
 
 大三郎がホッと胸を撫でをしかけたが、ロシルは一瞬エスカと見間違えてしまいそうになるほど、今までの雰囲気ががらりと変わった。
 そして、ピシリと背筋を伸ばし、高圧的ではないが威圧感のある淡々とした口調でとんでもない事を言いだす。

 「聖都中央管理局西陸支部副支長ロシル・ピュワイト上級管理官の名の下に一律法を宣言します。樹洞の中に隠れている妖精! 一律法第43条2項、窃盗罪の容疑で身柄を拘束します。救世主、杉田大三郎! 一律法第59条1項、犯人蔵匿罪の容疑で身柄を確保。尚、青星の法律は適用されず、同律帝連どうりつていれん国群諸法こくぐんしょほうに従って裁きを下すものとする。もし、確保した後、逃走を図りし時は逃走罪などの併合罪が適用される場合がある。判決が下されるまで一律法を宣言した者の指示に従うように。以上!」
 「は? どう、どう何?」
 「同律帝連国群諸法。先ほど言った一律法の事です。国や種族、異世界人問わずこの世界の法律で裁くと言う事を示します」
 
 大三郎は一律法より、せんわ。ですわ。口調ではなくなっているロシルに驚いていた。
 これが本来のロシルなのだろう。
 正しくエスカそのものだった。

 「いや、一律法とか言われても、はいそうですかっていかないよ?」
 「指示に従はない場合、一律法第17条前項、武力による強制連行を行使します」
 
 暴走ロシルなら何とか言い包めれると思っていたが、変な所で素に戻られると言い包めれそうにも無いなと大三郎は悟る。
 ではどうするか? 答えは簡単。また暴走させるか、こちらもとんでもない事を言って動揺させれば良い。 

 「んじゃ、俺も救世主特権を行使しまーす」
 「何ですかそれは?」
 
 大三郎は大きく息を吸うと大三郎の特技をくり出す。

 「すぅー……。救世主特権! 世界救うのやーめた!!」
 「はあー!?」
 「あ~あ。エスカが一生懸命、俺に世界を救ってくれって言ってたのになぁ~。ロシルちゃん無駄にしちゃったな~。あ~あ、エスカ可哀想に。あんなに一生懸命だったのになぁ~」
 「ちょ、ちょっと」
 「監視人だっけ~? 救世主を連れて来る役目のやつぅ。成るのにも大変だったろ~になぁ~。あ~あ、世界救うのやめたって知ったら、さぞ悲しむだろ~なぁ~? 可哀想に」
 「ひ、卑怯ですわよ!」
 
 世界を救う事をやめる発言とエスカの事を出されロシルは本気で焦りだす。

 「えぇー。ロシルちゃんだって~、この世界の法律とか出してきてるじゃ~ん?」
 「そ、そそ、それは、あ、あんたが妖精を渡さないからでしょ!?」
 「じゃ、お互いさまと言う事で、今回はこれで終わり」
 「……そう言う事にはいきませんわ」
 「何でだよ?」
 「宣言してしまいましたもの」
 「何が?」
 「私の名の下に一律法を宣言してしまったんですもの」
 「だから、それはもう良いじゃん。あんまり聞き分けが無いとエスカに嫌われちゃうぞ」
 「姉様は関係ありませんわ」
 「はい?」

 何を置いてもエスカ第一のロシルの口から、エスカは関係ないと言う言葉が出てくるとは思いもしなかった大三郎は、驚いてロシルの顔を凝視するように見る。すると、ロシルの目がどことなくだが泳いでいるように見えた。
 そして、子供が都合が悪い事を告白するように少し口を尖らせぼそぼそと言う。
 
 「私が洗礼を受けている聖霊から管理局に通達が行っちゃってますもの。覆すことはできませんわ」
 「え? 聖霊から通達? 何それ?」

 自分の言葉に疑問を投げかけて来る大三郎をチラリと横目で見ると、少し間を置き、今度は目を反らしながら何か開き直ったように説明し始めた。

 「一律法を宣言し行使する場合、聖霊の魔力が必要になりますの」
 「で?」
 「聖霊の魔力の源である宝玉は中央管理局に保管してあって、魔力を解放した時点で宝玉が法的事案が発生したと反応してしまいますの」
 「ちょっと待って、それって聖霊センサーが反応して管理局って所から青星で言う警察署に通報したってことかよ?」
 「警察署? ああ、総憲庁のことですわね? ちょっと違うけど、まぁ、大体そう言う事になりますわ」
 「ですわって、おいおい……」
 「一律法を宣言し魔力を解放した以上、宣言通りにあんた達を確保し48時間以内にこの地区の支部又は支局へ連行しなければ、私の魔力を追って武装した部隊がこの森へやって来ますわ」
 「何でそんな事をになるんだ?」
 「宣言しちゃったからじゃいのよ」
 「何で宣言しちゃったんだ?」
 「思わずよ」
 
 ロシルの言葉は大三郎にとってザ・ワールド並みの威力を持っていた。
 二、三秒固まった後、ぼそりと呟く。

 「……はい出たバカ」
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