異世界で探がす愛の定義と幸せカテゴリー

彦野 うとむ

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妖精の森編

幻想的な森の中で③

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 妖精の森の昼間は春のような温かい陽気に包まれ、夜は北海道の夏の夜のように蒸し暑さがなく涼やかなうえ、時折、頬をそっと撫でる心地よいそよ風が更に過ごしやすさを増してくれる。
 手を洗い終え、妖精の森特有の幻想的な夜の景色を楽しみながら部屋に続く道を歩くロシルと大三郎。
 ほのぼのと歩く中、大三郎は不意に頭に浮かんだ疑問を何気なく問いかけた。

 「そう言えば、ロシルちゃんさ」
 「何ですの?」
 「ロシルちゃん達はこの世界の滅亡って何時知ったの?」
 「噂は二年ほど前からありましたけど、正式に知ったのは一年ほど前ですわね」
 「そんな前から!?」
 
 思いもよらない返答に大三郎は歩みを止めそうになるほど驚く。

 「ええ、そうですわよ?」
 「な、なんでそんな前から?」
 「何でって、あんたはどこまでこの世界の事を知ってますの? もしかして全く知らない……?」
 「ま、まぁ、ほぼ知らないって言った方が良いね」
 「あんたは何時この世界に来たの?」
 「ん~……、数日前?」
 「数日? 数日!?」
 「うん」
 
 今度はロシルが歩く足を止めそうになるほど驚く。

 「私達があんたの存在を知ったのとほぼ同時期ってことじゃない……」
 「え? そうなの?」
 「今日まで姉様はあんたにどんな事を教えましたの?」
 「どんな事?」 
 「この世界の事ですわ」
 「この世界……? 神様が作った遊び場とか、妖精は普通に居るとか」
 「他には?」
 「ん~……、滅亡を知ったのも今日の昼間だし」
 「……は? はあ!? か、神々が救世主とお認めになられた時ではないの?」
 「違うよ。この森に着いた時だよ」
 「え? えええ!?」
 
 ロシルを含めた大半の者は救世主を知っていても、それは伝え聞いていた救世主の事だけ。
 大三郎と出会うまで、自分の時代に訪れた救世主の事は深くまでは知らない。
 というより、それを知るために監視人が居る。
 監視人はその時代の『救う者』、所謂、勇者や英雄、そして救世主を見つけ出し、事細かい詳細を記録に残す役目と共に、救う者を補佐するという役目がある。
 最初から最後まで救う者と共にする監視人の助言は、時に国や世界の行く末を左右してしまう事がある為、監視人の役は大役中の大役なのだ。
 特に救世主の監視人ともなれば尚更である。

 「この森の入り口でパニティーと出会って、その時ちょっとあってさ、木陰で休んでる時にエスカにこの世界ってヤバいの? って聞いたら、一年後この世界は滅亡しますってさらっと言われた」
 「え? え?」
 「あいつ、冗談言わないじゃん? さらっと滅亡しますって、マジでびっくりしたよ。あはは」
 「う、嘘でしょ?」
 「嘘? こんなん嘘ついてどーすんだよ? あはは」
 「世界を救う具体的な話とかは……?」
 「ん? クエストこなせって」
 「そ、それだけ……ですの?」
 「うん」
 
 他の星から来た勇者や英雄がそうであるように、救う者と認められた時、神々もしくは監視人にこの世界の事をある程度は説明されると思っていた。
 特に救世主は勇者や英雄と違い、この星そのものの運命を握る存在。救世主と認められた時、最低限「滅亡」の事くらいは教えられているとばかり思っていたのだが、この救世主は滅亡を今日の昼間に知ったと言うではないか。
 他の星から来た者がこの世界の事を知らなくて当然なのだが最低限の事も知らない。 
 
 「本当に……、本当に、何も、知らないの……ですのね?」
 「この世界の事? うん、あんま知らない」

 ロシルは驚きの余り、歩く足どころか呼吸をする事も忘れてしまいそうになるほど驚いたが、エスカ並みにさらっと言う大三郎に気が抜けそうになる。
 
 「本来は私の役目ではないのだけど、……仕方ありませんわ」
 「何が?」
 「最低限の知識として少しだけ教えておきますわ」
 「何を?」
 「この世界と姉様の事ですわ」
 「世界とエスカ? ん~……、別にいいよ」  
 「この星に住む全ての命が掛かってますのよ?」
 
 大三郎はどうせクレイジー・サイコ・レズビアン的な、悦に浸りながらエスカを称賛するだけの話だろうと思い遠慮したかったのだが、そうではなく、真面目な顔でそれを言われると何も言い返せない。

 「んじゃ、分かり易くお願いします」  
 「基本的な知識としての話だけですので、余程のおバカさんではない限りすぐ理解できますわ」
 「よ、よろしくお願いします」
 
 ロシルはエスカほど大三郎がおバカなのを知らない。
 余程のおバカさんな大三郎は、(理解できるかなぁ?)と、少し不安になりながら話を聞く。

 「まずはこの世界の天災の事ね。この世界に起きる天災と、その天災から人々を救う者が何処に現れるのかを知るため、パルテミア神殿と言う場所で神々から啓示を受けますわ。そして、どの位の被害が出るのかを、救う者が何処の星に現れるかで知りますの。その星も複数示され、監視人は啓示を受けた後、救う者が現れるであろう星々へとそれぞれ赴くのですわ」
 「す、救う者?」
 「あんたや勇者、英雄の事よ」
 「あ、はい。てか、それぞれって?」
 「監視人も一人ではなく複数いるの」
 「そうなんだ? エスカだけじゃないんだ」
 「そうですわよ」
 「では、次に姉様の事ね」
 「聖騎士長の話?」
 「違いますわ。黙って聞きなさいな」
 「すみません」 
 「姉様が務めている監視人の話」
 「あ、それちょっと気になってた」 
 「監視人は階級制で構成されていますの」
 「階級?」
 「ええ。大まかに言うと、勇者を担当する1級と英雄を担当する2級がありますわ。そして、何らかの理由で1級者や2級者が任務中に定期連絡が途絶え、行方不明と推測された後に帰還困難と断定された場合や殉職になった時など、任務遂行が不可能になった者の代わりに派遣される准級がありますわ」
 「大まかって事は本来はもっと細かく分かれてんの?」
 「そうですわよ。准級は3つに区分けされ、その中で更に3つ階級がありますの」
 「そんなに階級があるんだ。凄いね」

 大三郎はエスカの役目について深く考えた事が無かったので、改めてエスカが就いている役職を知り感心するのだが、ロシルは本当に何も考えていない大三郎に溜息交じりで話す。

 「一国の運命を握る英雄や、国々の運命を預かる勇者を補佐する大役ですもの、准級だけで9段階あるのは当然ですわ。誰かれ構わず勤まるものではないですのよ」
 「そ、そうだね。そう言われると納得する」
 「そして監視人に成る前は監視官。その監視官にも階級がありますわ」
 「まだあんのか? んで、監視人とその監視官の違いって?」
 「監視官は二~四名でチームを組み行動しますの。主な任務は興味がありませんので知らないけど、監視人と監視官の能力は桁違いとだけは言えますわ」
 「そうなんだ。監視人て映画に出てくるインポッシブルなトムやボーンのアイデンティティー並みのスーパーエージェントみたいなもんか……」
 「何ですの?」
 「いやいや。それより、俺を担当するエスカは?」
 「姉様は特別階級監視人になりますわ」
 「特別階級?」
 「ええ。担当する者が神々に救世主と認められた時点で、その監視人は特別階級監視人と成りあらゆる権限や特権を与えられますわ」
 「権限や特権?」
 「例えば、立ち寄った国の国家機密を無条件で知る事が出来たり、全ての施設を無料で使い放題でしたり、国家予算から援助金を好きなだけいただけたり。言えばキリがない程に様々な権限や特権を与えられますわ」
 「へー。そうなんだ~。へー」
 「何ですの?」
 「俺、この世界に来てから、衣食住、全部自分で稼いでるんですけど」
 「え?」  
 「へー。あいつ、そゆこと出来るんだー。へー」
 「で、でも、姉様は自分の為に使う事はないですわよ! 絶対に!」
 「いやー。あいつ、すっかり忘れてるな~。そゆ大事な事、絶対忘れてるなー」
 「ね、姉様に限ってそんな事ありえませんわ!」
 「俺と一緒に居ると皆バカになるんだよね~」
 「え? ま、まさか……。姉様がおバカに」
 
 ロシルは顔を青ざめさせ口元に手を当てる。 

 「冗談だ。真に受けんな」
 「笑えない冗談はやめていただけませんこと?」
 
 冗談だと聞いたロシルは一安心し大三郎を睨みつける。
 
 「そんなに俺は馬鹿に見えるかね?」
 「あんたが妖精にした事なんかを見てるとそう思いますわ。妖精のスカートを捲るとか在りえないし」
 「ですよね」
 
 エスカのような憎まれ口ではなく、正論を言われぐうの音も出ない。

 「話を戻しますわよ」
 「はい……」
 「先ほども言いましたけども、監視人や監視官は誰でも成れるわけではなく、この世界に住んでいる人種を含めた知的種族の選りすぐりで構成されていますわ。でも、欠点と言うか問題と言うか」
 「何かあんの?」
 「監視人は、必ずしも救う者を見つける事が出来るとは限らないと言うことですの。実際、英雄や勇者を見つけられず滅びた国も過去にはありますわ」
 「マ、マジか?」
 「ええ」

 実際に滅んだ国があると聞き、流石の大三郎もその真実に冗談も軽口も言えない。
 言葉が出ない大三郎はエスカが言っていた言葉を思い出す。
 
 ”それを律儀に神々のルールと言って神々のお遊びに付き合わされて……。実際、大勢の人が亡くなって……その中には、幼い子供達も居て……”

 ――あれは、冗談でも何でもなく本当の話だったのかよ……。

 パニティーを受け入れた時の驚きとは全く異なる驚き。それこそ、驚愕と言う言葉が最も相応しいと言えるほどだった。
 事実、本当の話だったと知った大三郎の顔から血の気が引いていた。

 「姉様があんたを見つけるまで、この世界は滅亡のカウントダウンを何も出来ずに消費するしかなかったの。ですから、監視人が神々から救世主と認められる者を連れて来たと、私の所に知らせが入った時は、局の皆は歓声を上げてましたわ」
 「ロシルちゃんも?」
 「私ですの? そうなんだと思ったくらいですわね」
 「はは……。割と淡泊なんだね」
 
 大三郎はロシルの素っ気ない感想に思わず苦笑いをした。
 おバカな大三郎でさえ、この世界で起きている事を現実感を持って受け入れ驚いていると言うのに、この世界の住人であるロシルは、他の星から来た者より他人事のように捉えているのだ。大三郎が思わず苦笑いしてしまうのもしかたがないと言えるだろう。

 「私は直接関係する所属の人間ではないですし、何より管轄外の事ですもの。知らせを受けたと言っても、関係する所以外には秘密の保持もあって、全ての所に均一に情報が行くわけではないのですのよ。だから、あんたに数日前と聞くまで、何時来たのかも知りませんでしたし。ただ、その監視人が姉様だと知った時は、驚きと嬉しさの余り気絶しそうになりましたけど」
 「あ、そう……」
 
 滅亡の事よりエスカかよ。本当、ブレねーな。と、大三郎は呆れが混じる関心をしてしまう。
 
 「まぁ、皆が歓声を上げてしまう気持ちも分からなくもないですけど」
 「どゆこと?」
 「噂は二年前からあったと言ったでしょ?」
 「うん」
 「二年前以前に、神々からの啓示は既にあったって事ですわ」
 「そうなの?」
 「何かがあって噂は立つものですもの、少し考えれば分かる事ではなくて?」 
 「ですね……」
 
 心をスパッと切るエスカの無慈悲な指摘の仕方とはまた違う、心にサクッと刺さるロシルの純粋な指摘の仕方に、心の中で涙を流し純粋と言う刃が刺さった胸に手を当てた。

 「救う者関連は悪用されない為に、関連する所に公表するまで秘密の保持が徹底されてますわ。なのに、二年前に噂が広まった。今考えると、神殿や監視調査政かんしちょうさせいは余程切羽詰まってたのでしょうね。興味が無かったので、その時は深くは考えませんでしたけど」
 「興味が無いって……」
 「救う者を探すのは監視人の役目で、私の管轄外ですもの。それに、救世主が必要なほどの天災なんて、この数百年一度もなかった事ですしね」
 「す、数百年?」
 「ええ、正確には八百八十年前に救世主が必要な天災がありましたわ。そんな度々滅亡するような啓示を出されたら、この星は既に消滅してますわよ」
 「ま、まぁ、そうだね」
 「今までは、啓示があると英雄に関連する国や勇者に関連する国々に公表するのに、それも無い。なのに噂だけは広まる。そして、一年前に啓示に青星が含まれていたと公表した。と、言う事は」
 「と、言う事は……?」
 「究極の啓示、この星の滅亡しかありませんわ」
 「そ、か……」
 「想像してみてくださいまし」
 「何を?」
 「もしあんたの星、青星が滅亡すると決定されて、それを阻止できる者が居るのに見つからない。滅亡まで残り一年。お気楽に日常をおくれる?」
 「い、いや……無理だと思う」 
 「勇者や英雄が見つからない時があるのに、伝説級の救世主なんて一年以内に見つかると思えないでしょ? 諦める者も出てきますわよ」
 「そ、そうですね……」
 「と、私が話せるのはここまで。この世界の現状と姉様の立場、理解できた?」
 「ええ、嫌と言うほど理解しました……」
 「良かったですわ。この話をして理解しなかったら、姉様に夜這いをかけて心残りを無くすところでしたわ」
 「んなことしたら殺されるよ?」
 「この話を理解できない救世主なら、この世界を救えるはずなどありませんもの、どの道死ぬのなら、姉様に夜這いをかけて姉様と(ピー)して処女を頂くか、頂けなくても姉様に殺されるなら本望ですわ」
 「おいおい……(エスカ、処女なんだ)」
 「冗談は置いといて、あんたにはこの星に住む大勢の人の命がかかってますのよ」
 「それをおっぱい揉んで救えってか……」
 「何ですの?」
 「いやいや、何でもない」

 大三郎が自分の時間と給料を投資しまくり見てきたアニメや漫画、ファンタジー小説やファンタジーゲーム。それらの格好良い主人公を妄想の中で自分に置き換え演じてた。
 それはもう、アニメなどを見ている時やゲームをプレイしている時だけではなく、仕事中は勿論、ご飯を食べている時も、風呂に入っている時も、トイレで用を足している時も、寝る時も、妄想の中で何度も何度も格好良い主人公を演じた。
 重い事実に救世主としての使命。ここまでなら格好良い主人公にも成れる。だが……。

 ”この星に生きる全ての命、その運命が自分のおっぱいを揉む手にかかっている”

 どんなに自分を美化しようが、お世辞にも格好良い主人公の立ち位置ではない。
 実際、情けない主人公の話はいくらでもある。が、自分はそんなレベルではない。
 一歩間違えなくてもただの変態。
 
 大三郎がこよなく愛するパンティーを被って悪者と戦うヒーロー漫画。
 想像してみて欲しい、実際にほぼ全裸でパンティーを被って悪者と戦う30過ぎの成人男性がリアルに居たとしたら? 周りの人はどちらに恐怖を感じ、お巡りさんは率先してどっちを捕まえようとするだろう?
 それを踏まえてもう一度想像して欲しい、世界を救うためと言って、男女問わずおっぱいを揉みまくる30過ぎのおっさんを誰が格好良い主人公だと思ってくれるだろうか、思えるだろうか? 思えるわけが無い。
 寧ろ、同じ男性に苦笑いされながら目を反らされ、女性にはこれでもかと容赦なく石を投げつけられる。そして、親子連れに「お母さん、あれ」「見てはいけません!」とリアルに言われるだろう。
 
 格好良い主人公に成りたかった。でも、おっぱいは揉みたい。小さいのから大きいのまで……。うん、俺、変態でいいや。
 大三郎はそう思った素直な自分に笑顔で涙した。
 
 「あんた、何故泣いていますの?」
 「気にしないで」 

 ロシルは笑顔で涙している大三郎を不思議そうな顔で見る。
 大三郎は遠い目をしながら「ほら、部屋に着いたよ」と、扉を開けた。

 「ん?」

 部屋の扉を開けると、パニティーではない妖精がテーブルの上にちょこんと座っていた。
 大三郎はパニティーの友達かなと思い声を掛ける。

 「君は誰かな? パニティーの友達?」

 大三郎の声に気付き振り向く妖精。両手にはプラームを持っており、頬をリスのように膨らませもぐもぐと口を動かしている。

 「ん? ……あ」
 「どうしたの? 早く入りなさいな、入り口で立たれると中に入れませんわ」
 「え? あ、いや」
 「何ですの? ……まさか姉様? 姉様が帰って来たの!?」
 
 そう言いながら大三郎を押しのけ部屋へと入る。
 が、部屋を見渡してもエスカの姿は無い。

 「姉様? ……居ないじゃないですの。まったく、何をボーッとし――ッ!」

 ロシルは文句を言いかけ、テーブルを見て我が目を疑った。
 テーブルの上に見慣れない妖精がちょこんと座り、リスがドングリを食べるように両手にプラームを持ちながら口をもぐもぐ動かしている。
 知らない妖精がプラームを食べていたのだ。
 木の小皿を見ると5つあったはずのプラームが、綺麗さっぱり無くなっている。
 どう見てもどう解釈しても、テーブルの上にちょこんと座り両手にプラームを持ち、口をもぐもぐ動かしている妖精が食べてしまったとしか思えない。
 
 「あ、あん、あんた……、な、なな、何をしてますの?」

 予想外の出来事に、顔を青くさせ全身が震えてしまうほど驚きを隠せないロシル。
 そんなロシルをよそに、もぐもぐと口を動かしていた妖精は、口に含んでいた物をごくりと飲み込む。
 そして両手に持っていたプラームをしゃくりと食べ始めた。

 「――ッ!? ちょっとあんた! 聞いてんの!?」
 
 その大声に、妖精と大三郎は同時にびくりとなる。 
 別に大三郎に怒鳴った訳ではないのだが、大三郎は心臓をドキドキさせながら驚いてしまった。
 一方、怒鳴られた妖精は食べかけたプラームをことりと落とし固まっている。
  
 「何とか言いなさいな!!」

 ロシルは凄い剣幕で更に怒鳴ると、肩を怒らせ足早に近づいて行く。
 それを見た大三郎は、これはマズイと素早くテーブルの前に立ち、ロシルの歩みを止めさせるように両の手を前に出し二人の間に割って入る。

 「ちょちょちょ。落ち着けって」
 「どきなさいな!」
 「い、一旦落ち着こう、な?」
 「これは立派な犯罪、窃盗よ! 妖精だとしても例外はないわ! 連行して処罰よ!」
 「ちょちょちょちょ! 待て待て、取りあえず落ち着けって。処罰って流石にそれは」
 「犯罪に関しては種族関係なく一律法で処罰できるのよ! 一番重い刑で死罪だってあるんだから! そこの妖精! 覚悟なさい!」
 「おいおいおいおい。死罪ってお前。ちょっと待てって」
 「何よあんた? 犯罪者の肩を持つわけ?」
 「いやいやいやいや。つまみ食いみたいなもんだろ? そう興奮すんなって。な?」
 「つまみ食い? そんな程度で済む話じゃないのよ!?」
 
 地球もこの世界も、食べ物、特にスイーツに対する女性の恨みと言うのは同じなんだなと思い大三郎は苦笑いしてしまう。 

 「ま、ま、ま。短気は損気っていうじゃない? そうカッとならずに。ね?」
 「私の邪魔をする気?」
 「邪魔とかじゃないけどさ」
 「だったらどきなさいな!」
 「だ、だから、取りあえず、一旦落ち着――どわっ!」
 
 ロシルを落ち着かせようとした大三郎は、突然の突風に吹き飛ばされる。
 
 「覚悟なさい」

 恐怖で涙目になりながら、ふるふると震える妖精を鬼の形相で睨みつけ手を伸ばす。
 その瞬間、黒い影が突如として現れ妖精をさらって行く。
 ロシルは驚き、黒い影を追うように見ると、大三郎が妖精を両手で胸元に抱えるようにし、ゴキブリの如き速さで部屋を出て行った。
 一瞬の出来事に呆気にとられたが、すぐに我に返り大三郎を追い、外に出て周りを見渡す。
 すると森の中に逃げ込む大三郎の後姿を見つけた。 
 ロシルは突風の如く後を追い駆けるのだった。
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