異世界で探がす愛の定義と幸せカテゴリー

彦野 うとむ

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妖精の森編

幻想的な森の中で①

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 テーブルの上に置かれたのは、パニティーが持って来た木の皿に乗る6個のプラーム。一つのプラームはライチくらいの大きさがあり、その一つ一つが宝石のような輝きを放っていた。

 ライチと言えば、美容効果があると言われており、楊貴妃の好物でも知られている。
 好物過ぎて、遠く離れた産地からわざわざ取り寄せていたと伝わるほどだった。

 地球でも美容効果のある果物は幾つもあるが、この世界での美容効果は、地球のそれとは比べ物にならない程の絶大な効果がある。 
 どのくらいの違いがあるかを簡単に言うのであれば、食べ続ければ効果がある地球の食べ物と、食べたその場で見て分かるほどの効果を発揮する、この世界の食べ物の違いと言えば分かり易いだろう。
 しかし、全てがそうではなく、海賊に成りたい男の子が食べた手とか足とか色々伸びちゃう実と同じく、プラームは宝並みの入手の困難さであり、バケツ数杯で一財産稼げるほどの価値がある。
 その為、富豪や貴族クラスの者でさえ滅多に口にできない代物。
 妖精や妖精の粉、プラームなどの本来は滅多にお目に掛かれない者達や品物に出会えてしまうのは、神々の”この世の全てが汝に力を授けるだろう”と言うお告げを体現しているのかもしれないのだが、当の大三郎本人はその事に全く気付いてはいない。


 「へー。これがプラームか」
 
 大三郎はテーブルに置かれたプラームを一つを摘まみ上げ、物珍しくまじまじと見る。
 
 「うまいぞー。食べてみろスギタ」
 「んじゃ、いただきますかって、これ皮も食べれるのか?」
 「うん。全部食べれるぞ」
 「ほう、ではでは」

 そう言いながら口に放り込む。
 一噛みした瞬間、プラームの皮部分はみずみずしい梨のシャリっとした歯ごたえに似ており、その先にあるプラーム本来の果肉は皮の歯ごたえをまるで熟れた苺のように優しく包み込む。更にプラームの果肉は高級メロンの甘味と果汁が詰まった中心部分のように果汁がじゅわりと溢れ口の中に広がっていく。
 大三郎が一噛み二噛みしていくうちに果肉はアイスクリームのようにプラームの皮と共に舌の上で溶けていった。
 その味は今まで食べた事も味わった事も無いほどの爽やかなのに濃厚な、それでいて全くしつこくない甘味と、それに伴う花の香りに似た心地よいふわりとした風味。
 大三郎はその味に目を見開きながら驚き感動する。

 「ぬふっ! んぐんぐ……。んーっま! なんだこれ!?」  
 「どーだ? うまいだろ?」
 「すげー美味い! 今までこんな美味い果物食べたことない!」
 「へへへー。プラームはな、マリリアン様が居る妖精の森でしか採れないんだ。それも毎年採れる訳でもないし、時期も決まってないからいつ採れるか分からないんだよね」
 「そうなのか?」
 「うん。だから私達妖精も滅多に食べれないんだ」
 「え? そんな貴重な物を俺が食っても良いの?」
 「いいぞ。今年は実ったし、マリリアン様にはもうあげたから」
 「そっか。パニティーは食ったのか?」
 「ん? まだだよ」
 「んじゃ、パニティーも食べなよ」
 「気にしなくていいよ。私の分しかないから数が少ないもの」
 「え? これって、パニティーの食べる分だったのか?」
 「うん。そうだよ」

 それを聞いた大三郎は二つ目に伸ばしかけていた手を止めた。
 一つを食べたので木の小皿には5個のプラームがあるが、会話を聞いていたロシルは食べる事を戸惑っている。

 「んじゃ、後はパニティーとロシルちゃんが食べなよ」
 「……流石に人様の物まで頂けませんわ」
 
 ロシルもはいそうですかと食べる事は出来ず、お預けを食らった子犬のようにシュンとした顔をする。
 
 「いいよ。スギタに食べて欲しいし、人間の女もエスカの友達なんだろ? だったら気にしないで食べていいよ」

 にこりと笑うパニティーの笑顔に大三郎は”天使かよ!”と思わず言いそうになった。

 「で、でも……。これしか無いのでしょう?」
 「俺も一個食べたし」

 大三郎の肩に座っていたパニティーは遠慮している二人を見て、テーブルに降り立ち腰に手を当てがい少し怒った感じで二人に言う。
 
 「食べないなら捨てちゃうぞ!」

 思いもよらないパニティーの発言に大三郎とロシルは目を丸くして驚く。

 「な、何で捨てちゃうんだよ?」
 「だって、スギタに食べて欲しくて持って来たのに食べないって言うからだよ!」
 「パ、パニティー……」
 「なに?」
 「お、お前は……」
 「なに!?」
 
 ――天使か……。
 
 「え?」
 
 ――お前は天使かぁぁ……ぁ……ぁぁ。
 
 「え? え? ス、スギタ? なんで泣くの?」
 
 今まで生きてきた中で、こんなにも女性に気を使われ優しくされた事など無かった。
 嬉しがるな感動するなと言う方が無理と言うもの。
 女性に気を使われ優しくされる事はイケメンだけの特権だと思っていた。
 それこそ異世界の話だと。
 そして大三郎は泣きながら思う(ぁぁ……、ここ異世界だった)と。

 「大丈夫か? スギタ?」

 パニティーは心配そうに大三郎を見上げ顔を覗き込む。
 そんなパニティーを大三郎は両手で掬うように優しく持ち上げ、椅子から降り床に両膝をつく。

 「ど、どうしたの? スギタ? お腹痛いのか?」
 「……お前は妖精じゃない」
 「え? 私は妖精だよ?」
 「……違う?」
 「? じゃあなに?」
 「……天使だ」
 「え?」
 「天使だぁああああ!! 俺の天使だぁあああ!! 惚れてまうやろー!!」
 
 大三郎の心からの叫びにパニティーは驚いたが徐々に顔を真っ赤にさせる。

 「ほ、惚れるって……、は、恥ずかしいよぉ~、スギタァ」
 「鬼に見せてやりたいこの優しさを、学ばせたいこの優しさを」
  
 パニティーは恥ずかしさが頂点に達しそうになり体がポワンと淡く光る。
 その光景は、両膝を着き頭を垂れながら天からの恵みを両手で受け取る何かの絵画のようだった。

 「も、もう、もういいから、た、食べてよ」

 パニティーは顔を真っ赤にさせ大三郎の手から飛び立ち指を引っ張る。

 
 拝啓 父上様

 僕は初めて女性の優しさに触れました。
 人ではなく妖精ですが、ちっこすぎて恋に落ちても物理的に色々無理ですが。
 それでも、それでもです。
 貴方の息子は女性の優しさに触れたのです。
 僕の日常だと取引先や買い物に行った時、大抵は愛想のない女性事務員さんや女性店員さんにぶち当たります。
 仕事ならまだ納得できます。納得できなくても納得します。が、人数合わせで呼ばれるコンパでもぶち当たります。
 大抵の場合、僕に対して自己紹介する女性は、契約書に書かれている規約を説明するかのように事務的に淡々と自己紹介をします。それも他の友人知人に自己紹介する時より1・25倍の微妙な早口で。
 そう、嫌味にならない程度で早く終わらせたい時に使う高等テクニックを駆使されます。
 いつも思うのです、要らないそんなテクニック! と。
 勿論、その時の女性は一切笑顔はありません。
 その時の僕ですか? 勿論、無です。無の境地です。たまに哀しみを感じ過ぎて、その女性に無想転生をくり出しそうになりますが。
 そんな事より、こんな僕にこの可愛い妖精は気を使い優しく接してくれるのです。
 人と同じ大きさなら、不二子ちゃ~んとどうやっているのか分からない服の脱ぎ方をしながら飛び込むのですが、出来たとしてもやれません。ヘタレですから。
 本当に、本当に悔しいです。
 僕の指を引っ張る妖精は本当に可愛いのです。美少女なのです。
 ネギを持って、ミックミクにしてやんよなフィギュアが、柔らかな肌をもって実際に動いたとしましょう。どう思いますか?
 へー。や、ほー。で済みますか? 済むわけがないのです。
 更に、ネギを持ったフィギュアが優しくしてくれたらどうしますか? どうにかなってしまうでしょう。今の僕です。スカートを捲ってました。
 ええ。妖精は可愛い顔を真っ赤にしてびっくりしてます。スカートを捲った僕もびっくりしてます。
 花びら模様が可愛いおぱんつでした。
 あ、鬼が大好きな胸部絶壁装甲の娘が、斎藤さんの牙突のような右ストレートをくり出しているので、そろそろ吹っ飛ぶ準備をしなければなりません。
 それでは、父上も母上様からの折檻に耐えつつ体には気を付けでください。

 貴方の親愛なる息子より。


 「あんたは何してんのさー!」
 「ウびバ!」

 エスカに負けず劣らずな威力を持った右ストレートを食らい盛大に吹っ飛ぶ大三郎。
 パニティーは顔を真っ赤にしまたまま固まっている。

 「あんたはどんだけ変態なのさ!? 本当に救世主なの!? 妖精のスカートを捲る男なんて聞いた事もないわよ! 妖精の貴女も何か言ってやりなさいな! ったく! 何なのこのクソ男は!?」
 
 ロシルは本気で憤慨していた。
 女性として当然と言えば当然の反応なのだが、少しでも大三郎と共に過ごした者はその奇行に慣れてしまう。
 その為、ロシルの反応は新鮮に感じた。

 「ス、スギタァ~……」
 「ご、ごべん、ね」
 
 殴られた勢いで壁まで吹っ飛び、逆さまになりながら壁にもたれ、思わずやってしまった自分の行為に反省し謝るのだが。

 「め、捲っても良いけどさぁ……、時と場所を選びなよぉ」

 あんな事をしてしまったのに、顔を赤らめモジモジしながら恥ずかしそうに、丙! 提督なバーニング・ラブ発言をするパニティーに大三郎は、”お前はダイヤモンド長女を超えた古鷹か? 大天使古鷹か!?”と心の中で叫ぶのだった。

 「あ、あんたね~……。少しは怒んなさいよ」
 「べ、別に……、ス、スギタなら、……良いもん」
 
 スカートをキュッと握り赤らめた顔を俯かせ、語尾が消えかけるように呟くパニティーの言葉を聞いたロシルは、溜息をつき姉様は何時もこんな思いをしているのかと心労を心配する。

 「貴女が良いならそれで良いけど。ちょっとクソ男! 今みたいな事を姉様にしたら殴るだけじゃ済まさないからね!」
 「ええ。パニティーのスカートを捲った時点でこの程度で済まなかったと思うので、エスカのスカートを捲ったら貴女の出番は無いと思われます」
 「え?」
 「取りあえず、万が一その時があったら迷わず僕から離れてください」
 「何でよ?」
 「巻き込まれます」
 「何に?」
 「マジ切れしたエスカの怒りに」

 ロシルは想像しただけで背筋が凍るのを通り越し死を直感した。 
 大三郎はむくりと立ち上がると、顔を赤らめ俯いているパニティーに近寄り頭を撫でる。

 「ごめんなパニティー」
 「べ、別に、いいよ」
 「あんまりにも可愛すぎて捲ってしまいました」
 
 頭からぷしゅーと湯気が出るほど赤らめた顔をさらに赤くする。
 
 「んもー! 良いから早く食べてよ!」

 そう言いながら再び大三郎の指を引っ張るパニティーを見て、こんなに可愛い生き物が居るのか? と感動してしまう。

 席に着き、プラームを頂くことにした。
 
 「さ、ロシルちゃん。折角のパニティーの好意だ、食べよう」
 「え? 頂いてもよろしいの?」
 「うん、いいよ。それしかないけどね」
 
 にこりと微笑むパニティーを見たロシルは、鼻に体当たりをされ怒りに任せ剣に手を掛けた自分に恥を感じた。
 あの時は脅かして謝らせようと思っていただけで斬るつもりなど端から無かったのだが、自分に向けるパニティーの屈託のない笑顔を見ると脅かそうとした自分の行為そのものが恥ずかしくなってしまう。
 誤算はホーデリーフェとプルシラが本当に剣を抜くとは思ってなかった事と、その後、とんでもない話になりかけた事だった。

 「姉様が居る時に貴女にした事はお詫びいたしますわ」
 「人間の女はエスカの友達なんだろ? なら、別い良いよ。私も妖精の友達とよく喧嘩するし。あはは」

 笑顔で答えるパニティーにロシルは笑みをこぼす。
 
 「あ。もし宜しければ2つほどプラームを頂けませんこと?」
 「ん? 2つ? スギタが良いなら良いんじゃない?」
 「俺は構わないけど、何で2つだけなんだ? 俺も2個だけでいいんだけど?」
 「え? あんたも2つだけでよろしいの?」
 「ああ。俺とパニティーの分だけで良い」
 「もー! スギタ! そゆのは――」
 
 大三郎は怒り出すパニティーの口に指を当て、「パニティーと一緒に食べたいんだ。駄目か?」と、にこりと微笑む。
 普段は変質者でおバカな大三郎だが、極々稀に考えも無しにイケメン発言をする。
 パニティーはにこりと微笑む大三郎から顔を隠すように、自分の口に当てられている指に額を付けて「いいよ」と小さく頷く。
  
 「んじゃ、俺とパニティーの分を貰うね。残りはロシルちゃんが食べなよ」
 「……ふ~ん。あんた、女性に対する最低限の接し方はできるみたいね」
 「は?」
 「いいえ。なんでもありませんわ。私は姉様と私の分があればよろしいので残りはそちらで頂いてくださいまし」
 「そうなの? んじゃ、パニティーは2個食べな」
 「いいよ。スギタが食べてよ」
 「パニティーが2個食べると俺と一緒の2個になる」

 そう言われたパニティーはまた大三郎の指に顔を隠し「……じゃ、半分こ」と呟く。大三郎は自分の指に顔を赤らめているパニティーのほんわりと伝わる暖かさを感じた。
 
 「食べよか」

 大三郎がそう言うとロシルがハッと何かに気付いたように声を出す。

 「手を洗わせていただけませんこと?」
 「て?」
 「ええ。リトットから今まで一度も手を洗っていないので、流石にこの手のままでは」
 「ああ、そうか。パニティー、どっかに手を洗える場所はある?」
 「え? 手? 外に泉の水を引いた場所があるからそこで手を洗えるよ」
 「まぁ! 妖精の泉ですの? 妖精の泉の水で手を洗えてプラームを頂けるなんて、一生に一度あるかないかの贅沢ですわ」
 「そ、そんなに?」

 ロシルの素の感動に驚く大三郎。
 この世界で生きる者にとってロシルの感動は当り前の反応なのだが、大三郎はこの世界に来てまだ数日。
 色々あり過ぎて体感的にひと月以上なのだが、実際は一週間経ったか経たないかくらいだった。
 妖精の森もサノスの事でエスカに言われるがまま来ただけであり、妖精や泉に関してもエスカにさらっと説明されただけ。何よりも大三郎はこの世界の事は滅亡以外さほど知らない。
 だからこの世界の住人であるロシルが、この世界での貴重な体験に感動している姿を見ると、この世界をさほど知らない大三郎にとって過剰反応に見えてしまう。
 だが、”知らない”だけが過剰反応に見える原因ではない。
 神々の加護を受け、本来は貴重と言われるものとほいほい出会えてしまう事も原因の一つでもあり、その為、自分がどれだけ貴重な体験をしているのか実感できないのだ。
 パニティーの存在を受け入れた時は、余りの驚きにパニック寸前になりかけた。それは時が止まるほどの驚きであり、感動とは程遠いものであった。
 と言うより、大三郎という”救世主”自体が貴重な存在なのだが、救世主というより変質者、貴重な存在というより奇行種。
 出会う女性には必ず誤解され、駆逐してやる! と同義な事を言われてしまう。
 この森での出来事もそう。
 妖精と出会う事が、どれだけ貴重な体験をしているのか実感する前に、妖精に駆逐されそうになった。
 それはもう、巨人に成れる青年に涙目で、駆逐してやる一匹残らず! と、言われるに近いほど駆逐されそうになった。
 そんな大三郎が、この世界で感動するのはパニティーの優しさくらいだろう。

 「手を洗える場所はどこにありますの?」
 「そこのドアを出て、右に曲がってまっすぐ行くとあるよ」
 「分かりましたわ。ほら、あんたも行くわよ」
 「え? 俺も?」
 「その汚い手で妖精にプラームを食べさせる気ですの?」
 「ああ、そうだね。俺も手を洗って来るよ」
 「じゃ、私は何か飲み物持って……、あ! そうだ! ミィチコの実の果汁を持ってくるよ」
 「んまぁ! ミィチコの実の果汁ですの!?」
 「うん。待ってろー」

 パニティーはそう言うと部屋の窓から出て行った。

 「このおもてなし……、痛み入りますわ。これ以上とはいきませんが、必ずお返しさせていただきますわね」
 
 ロシルはパニティーが出て行った窓の方に感謝を込め呟く。
 
 「パニティーに何かあったら守ってやってくれ。冒険者にあいつの妹が斬られたりしてるからさ」
 「え!? 何ですのそれ? 妖精が斬られた何て聞いてませんわよ!?」
 「俺も詳しくは知らないけど、半年前だったかな? 冒険者が妖精の泉に突然現れて、冒険者から泉を守ろうとしたパニティーの妹が斬られたって」

 ロシルは信じられないと言うような強張った顔で固まっている。
 
 「エスカの知り合いならそれ相当に強いと思うからさ、俺やエスカが居ない時にロシルちゃんが守ってくれるとパニティーも安心するだろうし」
 「それは構いませんが……(私の管轄内で妖精が斬られた?)。」
 「さ、手を洗いに行こう」
 「え? ええ」

 部屋を出ていく大三郎の後につづくようにロシルも部屋を出る。
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