異世界で探がす愛の定義と幸せカテゴリー

彦野 うとむ

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妖精の森編

クレイジー・サイコ・百合の花

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 はたから見れば、スタイルの良い美女が変質者から暴行を受けているようにも見える。が、それは”普通の話であれば”である。一つ普通ではないと言える事は、理不尽な暴行を受けるのは大抵”変質者大三郎”の方であると言うこと。
 しかし、初めてそのシチュエーションを目撃した者には分からないことである。

 「あんた……」

 ロシルは怒りがこもった敵意の眼差しで大三郎を睨みつける。

 「お、俺?」
 「そうよ。あんたよ」
 「なに?」
 
 何故か敵意の眼差しで睨みつけられている事を不思議に思いながらも、”あ~、また変質者扱いなのかなぁ? 面倒くさいなぁ”と、諦めにも似た感情が込み上がる。

 「あんたねぇ……」
 「なに? あ~、これ? 別にエスカにへん――――」
 「私だって姉様においそれと触れられないのに、何であんたみたいな糞な男が姉様を触ってんのよ!」
 「は? ねえさま?」

 想像もしてない予想外な事を言われ目を丸くしてしまう。
 
 「離しなさいよ! このクソ男!」
 「く、くそ? てか、掴まれてるの俺の方なんだけど」
 「言い訳するなクソ男! 早く姉様を離しなさいな!」

 自分を罵倒する言葉より、”ねえさま”と言う言葉に耳を奪われロシルに対しての言葉が口から出ない。
 大三郎はゆっくりとエスカの方を見る。

 「ああ言ってますが?」

 エスカは大三郎の言葉に何も答えず、下を向いたまま目を合わせようとはしない。

 「エスカ?」
 「姉様! 早くそのクソ男から離れてください!」
 「エスカ? あの娘は妹? でも、似てないから知り合いか何かか?」
 「姉様!」

 エスカは下を向いたままなので顔は見えないが、顔から滝のような汗が噴き出している雰囲気が伝わる。

 「そのクソ男が姉様を離さないのね。良いわ、私がそのクソ男を成敗する」
 「え? 俺? 何で?」

 ロシルは両手を高く上げ呪文を唱えだす。
 
 「聖なる風よ。我の願いを聞き届け、我の敵を切り刻め。ファンネ――――」
 「だぁめ~!」

 呪文を唱え終えようとしたロシルの背中をプルシラが思いっきり突き飛ばす。

 「きゃー!」

 両手を上げた格好で前のめりに突き飛ばされ、ヘッドスライディングのように地面に激突する。

 「ナイスプルシラ、と言いたいけど。少し加減をした方が良かったかもね?」

 ホーデリーフェはプルシラにそう言いながらヘッドスライディングのような恰好で地面に転がっているロシルを起こす。

 「だってぇ~。ファンネ・リンネを唱えたらぁ~、エスカさんまで巻き添えになるも~ん」
 「ええ、だからそこまではナイスプルシラなの。要はその後。起きれますか? 副支長」
 
 ロシルはホーデリーフェに起こされ、礼も言わずにプルシラの方へ歩いて行く。

 「……。プルシラ」
 「なぁに~? プルシラ、悪い事してないよぉ~?」
 
 ――スパーン!

 「いっったぁーい!」

 ロシルはプルシラのたわわな胸を平手打ちすると、プルシラのたわわな胸がぷるる~んと揺れる。

 「くっ! そのバカみたいな胸を少しでも頭に回しなさいな!」
 「ひどぉーい! ロシルちゃんの~、おっぱい無いのは~、プルシラの所為じゃないも~ん」

 叩かれたたわわな胸を押さえながら、頬をぷくりと膨らませトンチンカンな口答えをする。

 「なはっ!? だ、誰が貧乳よ!」
 「ロシルちゃんだよ~」
 「なあっ!?」
 「二人とも、いい加減にしなさい。皆が見ていますよ」

 ホーデリーフェは二人を諫めると、大三郎の方を向き、姿勢を正し自己紹介を始める。

 「失礼しました。私はホーデリーフェ・セス・ヒュテンブレナ―。お初目にお目にかかります。救世主、杉田大三郎様」
 「え? 俺を知ってるの?」
 「はい。そちらに居るエスカさんとは所属は違いますが、同じ国家機関の者です」
 「こ、国家?」
 「詳しい事は私の口からは言えませんが、私とプルシラはエスカさんに用がありまして」
 「エスカに? 俺にじゃなくて?」
 「はい。今回は杉田様に用は御座いません」
 「そ、そうなんだ? もう一人は?」
 「副支長は妖精の森に居る、とある妖精に用があります」
 「そ、そうなんだ。おい、エスカ。お前に用があるんだってさ」

 下を向いたままだったエスカは、大三郎の手を離すと背筋を伸ばし、一つ小さな咳払いをする。そして、何時もの口調でホーデリーフェに問いかける。

 「お久しぶりですね。ホーデリーフェさん」
 「はい。エスカさんもお元気そうで」
 「で? 私に用とは?」
 「それはですね――――」
 「はぁあ~ん。ねーさまぁ~ん!!」

 ロシルは大三郎並みのGダッシュでエスカに飛びつこうとするが、ホーデリーフェに襟を掴まれ阻止される。

 「げふっ!」
 「副支長。任務で来ているので私情は挟まないでください」
 「げほげほっ! ちょっと、ホーデリーフェ! 首の骨が折れちゃうじゃないの!」
 「余りおいたが過ぎると局長に報告しますよ?」
 「ぐっ……。ま、まぁ良いわ。それよりも姉様」
 「な、何でしょう?」
 「私と言う者がありながら、そのクソ男と何をなさっておられたのですか?」
 「何と言われても……、いつもの事ですから説明し難いですね」
 「なっ! い、いつ、何時も? 何時もと、仰いましたか?」
 「え? えぇ」
 
 それを聞いたロシルは、ベルサイユのお花やガラスのお面のような長いまつ毛で口元に手の甲を当て、”何て恐ろしい娘”と言いだしそうな青ざめた顔でわなわなと震えだす。
 
 「い、いつ、何時も、あぁ……まさか。ぐへへ、良いじゃねーか、早く俺の(ピ――)を(ピ――)して(ピ――)しろよ。な事や……はっ! もしくは、わ、私の姉様の(ピ――)をクソ男が(ピ――)して『見せられないよ』な事を。ああ! 何てことなの!」

 ホーデリーフェ達にしてみれば、ロシルの妄想は何時もの事なので慣れてはいるが、大三郎達はあんぐりと口を開け、目を丸くし、妄想にふけり一人芝居をしているロシルを呆然と見ている。

 「ふぅ。処女のくせに妄想だけは一人前なんですから。うちの副支長は」
 「ちょ、ちょちょちょっと! しょ、処女は、かかか関係ないじゃないの!?」
 「ロシルちゃんは面白~い。うふふ」
 「面白くないわよ!」

 そんなやり取りを見ていたメルロがぼそりと呟く。

 「あいつ、救世主様と同じにおいがするな……」
 「え!? 傍から見たら俺あんなんなの!?」
 「自覚は、無いのか? 救世主様よ?」
 「えぇ? パ、パニティー?」
 「なに?」
 「お、俺、あんな感じ?」
 「え? いや、その、あはは……。まぁ、そんな時も、あるかなぁ~? なんて。あはは……」
 「ズバッと言われるよりパニティーの心遣いが痛い……」
 「で、でも、私はそんなスギタも好きだぞ!」
 「うぅ。優しさが突き刺さる」

 大三郎は口に手を当て本気でパニティーの優しさに涙した。
 
 「それにしても、パニティー殿は部外者が森に入って来ているのに何も言わないのだな?」
 
 メルロはエスカが姉様と呼ばれている事より、部外者である者を目の前にしても騒がないパニティーが気になった。  
 
 「え? ああ。皆の寝る所を作ってる時に人間の女達が来るって聞いたから」
 「そうなのか?」
 「うん。妖精の森に入って良い許可を貰ってる人間もいるからね。多分、あの人間の女達は許可を貰ってると思う。森が騒がないもん」
 「森が?」
 「うん。許可を貰ってない奴が入ると森が騒ぐんだ。私の妹が斬られたのもその時だから」
 「あ……すまない! 嫌な事を思い出させた。許してくれ」
 
 メルロは後悔の念に押し潰されそうな顔をし、深々とパニティーに頭を下げた。
 騎士道や武士道気質の根が真面目過ぎるメルロにとって、軽はずみな自分の興味本位の質問で家族を傷つけられた事を思い出させてしまったと深く後悔する。

 「メルが謝る事じゃないよ。ほんと、メルもソフィーも真面目だね。あはは」
 
 パニティーは笑顔でそう言いうとメルロの周りを一周するように飛ぶ。

 「しかし……」
 「気にしないでよ。私だってメルを冒険者と勘違いして酷い事を言っちゃったし」
 「ま、まぁ、そんな事もあったが……。だが、家族を傷つけられた事に比べれば、私が何を言われようとそれは大した事では無い」
 
 パニティーは真剣な面持ちで言うメルロの肩に腰を掛ける。

 「メルは優しいね。スギタが二人を助けたくなる気持ちが分かるよ」
 「私は……。優しくなど」
 「うふふ。優しいよ。それにメルなら冒険者が現れた時さ、スギタを手伝ってくれるでしょ?」
 「勿論だとも! もし戦いになったら私が闘おう! これでも剣を生業としている家系の出だ」

 メルロは真剣な顔でフンスと意気込む。パニティーはその顔を見てにこりと笑顔になり、それを見ていた大三郎やソフィーアも優しい笑顔になる。
 仲間としての絆を強めた大三郎達。
 それとはあからさまに、真逆な面倒臭い展開になりそうな雰囲気を漂わせている、姉様大好きっ娘が何やら騒いでいた。

 「姉様! お答えください!」
 「な、何でしょう?」
 「したんですか!?」
 「……? 何をですか?」
 「したんですね!?」
 「だから、何をです?」
 「うぎゃぁああー! したんですねー! いやぁあああ!」
 
 ロシルは一人で騒ぎ、何を問われているのか分からないエスカ。
 ホーデリーフェとプルシラはロシルが何を言っているのか分かるが故、プルシラはたわわな胸を揺らしながらクスクスと笑い、ホーデリーフェは口を挟む気にはなれず溜息をつき呆れていた。

 「ロシルさんは私に用は無いんですよね?」
 「私に”さん”はいりません。ロシル、もしくは嫁、それか妻、うふふ、お前とお呼びくださいと、うふふ、何度も言っているではありませんか? うふふ」
 「ふぅ……。私達は女性同士なのですよ? 慕われるのは嬉しいですが、それ以上の感情は――――」
 「姉様!!! ねーさむぁあー!! ああああ!」

 エスカが言い終わる前に叫ぶロシルは、一人タイタニックをしているように両手を伸ばし、悦な表情を浮かべ空を見上げる。

 「ど、どうしたのですか?」
 「う、ううう、うう」
 「大丈夫ですか?」
 「ぅぅううう嬉しいぃいいい!! キターーーー!! きゃーーー!!」
 「は?」
 
 ロシルは両手を広げ、見えないお花畑の中をミュージカルのように回り歌いだす。

 「ねーさまが~。私にぃ~。慕われ~。ららら~。嬉しがる~。ららら~。らら~ん。んふ! ンフ! ンフフ!」
 「ロシルさん、私に用が無ければホーデリーフェさんと話をしたいのですが?」
 
 悦に入り、一人の世界を堪能しながら両手を広げ踊っていたロシルだったが、エスカの言葉を聞くやいなや両足を広げ、般若の形相でがばりとホーデリーフェの方を向く。その姿はまるでゴールキーパーのようだった。

 「ホーデリーフェ! 私と姉様の恋路を邪魔するの気!? 死なす! ホーデリーフェ! 死なす!」
 「副支長が私と戦いたいと言うなら構いませんが、容赦はしませんよ?」
 「ロシルちゃ~ん。また~、コテンパンにされるからぁ~、止めといた方が良いよ~?」 
 「ぐっ……。今日は勘弁してあげるわ」
 「そうですか。それは良かったです」

 ロシル達のやり取りを見ていたパニティーがボソッと呟く。

 「なんかあいつ、スギタみたい」
 「え!? 再び聞くけど、俺あんな感じ!?」
 「え? いや、まぁ~……あはは」
 「うむ。さしずめ、あのホーデリーフェと言う人物はエスカ殿だな」
 
 メルロの言葉を聞き、大三郎は顎に手を当てホーデリーフェを品定めするように目を細めジッと見る。

 「ん~、そうだな、エスカより優しいそうだし。うん、あの娘とチェンジで――」
 「ライトニング!」
 「あばばばばばば!!!」

 エスカは振り向きざまに大三郎めがけ渾身のライトニングを放つ。

 「ちょっと! そこの女騎士」
 「私か?」

 ロシルは鬼の形相でメルロを睨みつけたまま、肩を怒らせズンズンと近づいて来る。

 「どこが姉様とホーデリーフェが似ていると言うの!? 全く違うじゃない!」
 「え? まぁ、ホーデリーフェと言う人物は色々と苦労しているのだな、と思っただけだ。他意は無い」
 「え? 待って? エスカが俺で苦労しているとも聞こえるんですが?」
 
 ライトニングを受け、何時ものように地面に転がっていた大三郎は、メルロの言葉に納得がいかず立ち上がろうとしたがロシルに頭を踏みつけられる。

 「黙れ、クソ男!」
 「デフ!」
 「スギタ! おい! 人間の女!」 
 「何よ?」
 「スギタを踏んでいいのはエスカだけだぞ!」
 「え? これって姉様の下僕だったの? ふん、こんな糞でゴミ男より、私がもっと良い下僕を探してあげるわ」
 「なにぃ!? 人間の女! スギタの事を悪く言うのは許さないぞ!」
 「そう。だったら、どう許さないと言うのかしら? 教えていただきたいものね」

 ロシルは腕を組み、顎を少し上げツンとした表情で言う。どう見てもエスカの真似に見えてしまうのだが、今の怒り心頭なパニティーにはそんな事はどうでもよかった。
 パニティーは真っ赤な顔をしてロシルの鼻先に体当たりをする。
 
 「きゃあ!」

 ロシルは鼻を両手でおさえ座り込む。その前には仁王立ちしたパニティー。

 「二度とスギタを馬鹿にするな!」
 「い、痛い……、痛いじゃないの。よくも……やってくれたわね?」
 
 鼻をおさえ、涙目でパニティーを睨みつけるロシルは立ち上がりざま、腰に下げていた剣に手を添え抜こうとした瞬間、メルロがロシルの手を取り、合気道の小手返しのように投げ飛ばす。
 投げ飛ばされたロシルは背中を地面にぶつけ短い悲鳴を上げた。
 
 「メルゥー」
 「大事ないかパニティー殿? こう言った輩は何をするか分からないから一人で無暗に突っかかっては駄目だぞ」
 「うん、分かった。ありがとう」

 凛々しくも優しい顔で言うメルロにパニティーは大三郎と同じくらいの信頼を感じた。
 
 投げ飛ばされたロシルはホーデリーフェに起こされ、プルシラに軽く心配される。

 「副支長。今のは副支長が悪いですよ。反省してください」
 「だいじょ~ぶぅ? 見事に投げられたねぇ~」

 ロシルは立ち上がると抱えてくれているホーデリーフェの手を振りほどき、わなわなと震えだした。
 
 「……さない。あんた達、……絶対、許さない」

 そう言いながらロシルは腰に下げていた剣を抜く。
 
 「副支長」
 「ロシルちゃ~ん。やめなよ~」
 「うっさい! チビと女剣士は絶対許さないんだから!」

 ロシルは子供の癇癪のように怒りをあらわにしている。
 それを見たメルロは自分の腰に下げている剣の柄に手をスッと添える。その姿は何時ものメルロではなく、正に堂に入る剣士の立ち姿だった。
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