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妖精の森編
一途な妖精の救世主
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妖精の森マリスゼミル。
川のせせらぎ、鳥のさえずり、森の木々達がそよぐ風で奏でる心地よい葉擦れ、そして妖精達の笑い声や歌声が聞こえ、迷い込んだ者が思わず楽園かと思ってしまうような場所。
その森の奥に、透き通る湖に囲まれた巨木が聳え立つ小さな島がある。唯一、妖精王マリリアンと謁見が叶う場所。
普段なら厳かな謁見も今日ばかりは祭りのような騒ぎ。と、言っても、騒いでいるのは約一名なのだが……。
「マリリアン様だって、突かれて気持ち良いから無抵抗でおっぱい突かれた訳じゃないよ! ちゃんとした理由があるんだからね! アウレリア様にはそれが分からないの?」
「き、気持ち良いって、貴女は……ふぅ。では、どんな理由があると言うのですか?」
「さっきも言ったじゃん! 神様からの指示だって!」
「この世界を救う為に、マリリアン様のお胸を触るなどと、そんな、たわけた事を神が言うはずがありません。余り適当な事を言うと、いくら貴女でも罰を与えなければなりませんよ?」
パニティーは、自分の言葉を理解してもらえない怒りからなのか、小さな肩をふるふると震わせ、更なる大声で叫ぶ。
「たわけで適当な事を言ってるのはアウレリア様じゃん!!」
「なっ!? し、神官長のアウレリア様に何て言い草を! 貴女は誰に向かって言ってるのか分かっているのですか!?」
パニティーの剣幕に気圧され、今まで黙っていたクルミンだったが、アウレリアに対するパニティーの言い方には、流石に黙っていられず、叱りつけるように怒鳴った。
「だってそうじゃん! スギタや私どころかマリリアン様の話だって聞いてないじゃん! 話も聞かないで勝手に決めつけてるじゃんか!」
「私が何を勝手に決めつけてるのと言うのですか?」
アウレリアは静かな口調で聞き返す。
それとは対照的に、パニティーは顔を真っ赤にさせ、やかんのお湯が沸騰したように、今にもピィー! と鳴ってしまうほど怒り心頭で答える。
「もー! さっきから言ってるじゃん! マリリアン様のおっぱいを突いたのは世界を救う為なの! それに文句があるならスギタじゃなくて神様に言えって言ってるの!」
「神が世界を救う為に、マリリアン様のお胸を触れなど――」
「そこ!」
「な、何ですか?」
アウレリアは、自分の言葉に被るように大声で指摘するパニティーを、少し驚いた表情で見た。
パニティーは、自分を驚いた表情で見るアウレリアを、真っ直ぐな目で見返し聞き返す。
「神様が言わない? じゃあ聞くけど、神様に聞いたの? マリリアン様のおっぱいを触れって言いましたかって聞いたの?」
「そんなふしだらな事を聞く訳がありません。第一、神と言葉を交わすなど、そう易々と出来るわ――」
「スギタは出来るの! 出来ないアウレリア様とは違うの! 出来るスギタが神様にマリリアン様のおっぱいを揉んで来いって言われたの! それを、端から確かめもしないで、勝手に決めつけて、何もかも否定してるのはアウレリア様だって言ってるの!」
一歩間違えれば子供が癇癪を起こしているようにも見える、怒り心頭なパニティーの言葉を、アウレリアは凛とした姿勢で受け止め、諭すように語る。
「パニティーの言う通り、私は、自分の都合だけで、神と言葉を交わす事は出来ません。それで、どうやって確かめろと言うのですか? 仮に、心道の祈りで、人間の男の記憶を見れば分かるから見て欲しいと言われても、私は拒否しますし、貴女がどんなに懇願したとしても、私は拒絶します。神祇伯令の名のもとに、神官長を務めている立場も含め、その理由は、妖精の貴女なら分かりますよね? その上で、私が人間の男を信頼し、人間の男がした許されざる行為を致し方ないと納得できる方法を、貴女は私に言えますか?」
パニティーはアウレリアの問いかけに一瞬だけ口を閉ざす。しかし、それは納得させれる言葉が無いからではなく、ただただ、自分の言いたい事はそうじゃない。分かって欲しいのはそう言う事じゃない。という思いからだった。
一瞬の沈黙の後、ゆっくりとパニティーが問う。
「……。アウレリア様が一番信頼しているのは私? ミル姉? 今日、祈祷神官しているシャヤ様? それとも、頭の固いクルミン様? 違うでしょ?」
「何が言いたいのです?」
「アウレリア様が一番信頼しているのはマリリアン様でしょ?」
「そうです」
「神様の言葉が聞けなくて、私の言葉も信頼できないら、一番信頼している、マリリアン様の話を聞いてって言ってるの。聞いてないじゃん! 誰も聞いてくれないじゃん! ……うぐっ……聞いてくれないじゃんか……ひっく」
アウレリアを含めたひな壇に居る妖精達は、パニティーの悔しそうな、悲しそうな表情の目に、溢れんばかりの涙を溜めたまま、小さな手をぎゅうっと握りしめ、小さな肩をふるふると震わせている、その姿に何も言えずにいた。
一瞬の沈黙の後、パニティーは、零れ落ちそうな涙を両腕でグイグイと拭い言葉を続ける。
「マリリアン様は、私みたいに、好奇心でスギタの神様から貰った技を受けた訳じゃないよ。妖精の私達の中で、唯一、いつでも神様と話せる人だよ、記憶を見た私なんかより、よっぽど、スギタがおっぱいを突く理由を知ってたはずだよ。気持ち良かったから突かせただけじゃないんだよ。スギタは馬鹿でちょっと変だけど、世界を救ってくれる救世主なんだよ。誤解されても、酷い目に合わされても、救おうとしている人から殺されそうになっても、スギタは皆を救ってくれるスギタァァアー!」
パニティーが泉に目をやると、大三郎は水柱に跳ね上げられては水柱の中に沈み、また跳ね上げられては沈みを繰り返していた。
今まで見守るように話を聞いていたマリリアンは、パニティーの叫び声にハッと我に返り、泉に手をかざすと水柱を消した。そして、水面に浮かんでいる大三郎を波で島まで運ぶように助け出す。
どざえもんのように島に打ち上げられた大三郎は、むくりと立ち上がり、ずぶ濡れのまま、ひな壇の前まで歩いて行くと妖精達が騒めいていた。
見ると、マリリアンが玉座の前でアウレリアに支えられるようにへたり込んでいた。
「マリリアン様!」
「大丈夫です。少し力を使い過ぎたのでしょう」
マリリアンはアウレリアに力なく答えると、パニティーの姉であるミルミネが大三郎達に凛とした姿勢で告げる。
「これ以上は、マリリアン様にご無理をさせる訳にはいきません。謁見はここまで。後日改めて」
その声と言葉に威圧感はないが、自分の言葉に反論は許さないと言う意思表示が込められているのは大三郎も感じた。
「そうだね。早くマリリアンを休ませてやってくれ」
「はい。他の方達も、パニティーも分かりましたね?」
「う、うん。早くマリリアン様を休ませてあげて」
「構いません。ここで少し休めば大丈夫です」
「これ以上ご無理をされてはなりません。自室でお休みくださいませ」
アウレリアは自室で休むように促すのだが、マリリアンは弱弱しく体を起こし、自室には戻ろうとしなかった。
「良いのです。話さなければならない事があるのです」
「ご無理をされても、話さなければならない事なのですか?」
「ええ。大切な事なのです」
「しかし――」
ひな壇でのやり取りを見ていた大三郎は、堪らずか見かねてか申し訳程度で口を挟む。
「あのさ。そこで休みたいって言ってるのに、質問してたら休めなくないか? せめて、椅子に座らせてやるなり、飲み物を持って来てやるなりくらいはした方が良いと思うけど」
大三郎の尤もな言い分に、アウレリアは「そうですね」と言うと、マリリアンを玉座に座らせ、ひな壇の周りで警備している妖精達に飲み物を持ってくるよう指示をする。そして、玉座に座り一息ついたマリリアンは大三郎に礼を言う。
「救世主の気遣いに感謝します」
「いやいや。まぁ、それと、休ませろって言っといて何だけど、一つだけ言わせてほしい事があるんだ。良いかな? 一つだけだから」
「はい。何でしょう?」
「ごめんね。マリリアンて、この森には必要不可欠な存在なんだろ? それが、無理して万が一の事があったら、俺で何とかできる話じゃなくなると思うんだ。多分、話ってのは俺関係の事だと思うから、俺さ、この森のどっかで野宿でもして待ってるから休んでくれ。んで、元気になったら、他の妖精に俺を呼びに来させてくれれば、すぐここに来るからさ」
マリリアンは大三郎の目を見て黙って聞いている。
「あ、あれ? もしかして、早急なマジでヤバめの話なのかな? だったら聞きたくないな……。できれば聞きたくないなぁ……」
「杉田様、寧ろ早急な話であれば伺った方が宜しいのでは?」
「ま、まぁ、そうなんだけどさ。何か、エスカのお仕置きが可愛く思える程の事を言われそうで怖い」
「大丈夫です。救世主となった杉田様は簡単には死にませんから」
「そゆことじゃないって」
大三郎はエスカに耳打ちするように小声で言う。何時もなら勢いよく言い返してくる大三郎が、小声で言ってくる事を不思議に思い、エスカも小声で聞き返す。
「何がですか?」
「滅亡の話ならさ、一年て期限があるから、それまでは滅亡しないって事だろ? だったら、それ関係じゃないって事だ。滅亡関係なら神が言ってくる事だからな」
「では、何でしょう?」
「忘れたか? 妖精が言ってくる内容が頼み事だったらヤバいってこと。それも、妖精の女王様ならお前、それこそ、俺で何とか出来るレベルじゃないぞ」
エスカは、その言葉の意味を瞬時に理解し”まさか”と、思いつつ少し不安になるが、そうじゃない事を願い大三郎に聞き返す。
「もし、頼み事なら、すでに言われているのではないでしょうか?」
しかし、エスカの願いも簡単に打ち砕く言葉が返って来る。
「俺が言うのもなんだけどさ、俺がここに来てから今の今までで、マリリアンが俺に何か言えるようなタイミングがあったか?」
「……。無かった、ですね」
「だろ? 言うなら今じゃない?」
色々と察したエスカは、マリリアンに質問するどころか見ることも出来ず、大事な話になると大体はグダグダにさせる大三郎に任せる事にした。
二人は聞こえないように小声で話していたが、マリリアンはそれを察したように静かな口調で言う。
「頼み事ではありません」
「え?」
「え?」
「話と言うよりは聞きたい事……と、言った方が正しかったかもしれません」
「そ、そうなんですか?」
エスカはホッとすると同時に”心を読まれた?”と焦り、気持ちの面で身構える。
「エスカさん、心を閉ざそうとしなくても大丈夫ですよ。心を読む事はしませんから」
「は、はい」
そう言ったものの、マリリアンはエスカ達が警戒している今、話をすべきではないと考え大三郎を見て言う。
「……。今日は救世主の心遣いに甘えるとします。話はまた改めてと言う事にしましょう」
「うん。そうした方が良い。何時でも呼びに来てくれ」
「はい。それでは」
アリリアンがそう言うと、ミルミネとクルミンが立ち上がり、声を揃え謁見の終了を告げ、アウレリアに支えられながらマリリアンは去って行った。
◇
「風邪引いちゃう……」
「そうだな。そのままでは風邪を引いてしまう」
「大丈夫です」
メルロは自分の言葉に被るように即答するエスカを驚いた表情で見る。
「救世主様は風邪どころか病気すらしないのか? エスカ殿?」
「いいえ。でも大丈夫です」
「どういう事だ、エスカ殿?」
メルロは、エスカの言っている意味がいまいち要領を得ず、不思議そうな顔をしていると、大三郎がエスカを恨めしそうに見て言う。
「馬鹿は風邪ひかないって言いたいんだろ」
「え? 馬鹿は風邪を引かないものなのか?」
「はい。メルロさんの言う通り、馬鹿は風邪を引きません」
「救世主様は病気にも強いのか……流石だな」
「馬鹿は否定しないのね? 俺はメルロの中で馬鹿確定ってことなのね?」
「杉田様に質問しますが、ご自分を馬鹿だと思っていないのですか?」
「言い返したいけど、ぐうの音も出ない!」
「まぁ、ずぶ濡れなままともいかないだろうから……仕方ない、私のマントを貸そう。その間に濡れた服を乾かせば良い」
「良いのか?」
「ああ。色んな面で強いと言っても、救世主様に万が一の事があったら私も困るしな」
メルロはそう言いながら凛々しい笑顔でマントを差し出す。
「メルもソフィーもパニティーも優しいよな。ほんと、メルもソフィーもパニティーも優しいよな」
「そうですね」
マントを受け取った大三郎は、エスカの顔を見ながら言うが、エスカはしれっとした顔でさらっと返事をする。
「大事な事なので二度言ったのですが、お分かりいただけただろうか? リプレイしましょうか? 何なら、本当にあった杉田のビデオでも作ってシリーズでお見せいたしましょうか?」
「結構です」
「それともここで脱いで産まれたままの俺を見せましょうか?」
「見せれるほどのモノをお持ちでしたら、どうぞ」
「今すぐどっかで着替えて来ます」
大三郎はメルロから受け取ったマントを持ち、背中に哀愁を漂わせながら物陰で着替える。
少しして大三郎が物陰から出て来た。勿論、ズボンなど穿いてなく、素足をさらけ出した膝上までのマントに身を包んだ大三郎。その姿は絵に描いたような変質者そのものだった。
「濡れたこの服ってどこで乾かせばいい?」
そう言いながら歩いて来る大三郎を見たエスカが言い放つ。
「すみません。素で気持ち悪いので、それ以上は近づかないでください」
「待って。素ってなに?」
「素ですか? 地のまま、他の物やしぐさが加わっていないこと。分かりやすく言えば、正直な心情を短く且つ的確に表現した言葉です」
「ご丁寧に教えてくれてありがとう。的確すぎてちょっと傷ついたよ。お礼に抱きしめてあげよう。うん。そうしよう」
「絶対やめてください」
円を描くようにジリジリと間合いを取り合う二人。
「エスカ殿。ライトニングでマントが破れたら替えが無いので、マントだけには気を付けてもらいたい」
「分かりました」
「俺の心配は?」
「スギター。ちんちん痛くなったら言うんだぞー」
「パニティーだけだ、俺を心配してくれるのは……ピンポイントだけど。あ、目から唾液が」
「ちんちん治してあげるからなー」
「天使キタコレ! よしエスカ! ここを狙え!」
大三郎は腰を前に突き出しながらエスカに突進して行く。
「分かりました」
エスカはそう返事をすると、突進してくる大三郎の顔面めがけ、容赦のない飛び後ろ回し蹴りを華麗に決める。
「でぶら!」
踵が顔面にめり込むほどの蹴りを受け、きりもみしながら、たまに地面にバウンドし飛んで行く。パニティーは、私の出番だ! と、大三郎の下まで行き治癒の祈りを始める。
「パニティー」
「なに?」
「ありがとな」
「え?」
「……。聞こえてたよ」
「なにが?」
「パニティーが俺を信じて庇ってくれてたの」
「あ、うん。あのね、スギタはね……、スギタは」
「ん?」
「私の救世主だから」
屈託のない微笑みで救世主と言ってくれる言葉に、大三郎はこの世界に来て初めて嬉しさを感じた。メルロとソフィーアの願い、エスカに言われた世界を救うための”やらなきゃ”と言う感じではなく、素直に”そうだな”と。
「ああ、俺はパニティーの救世主だ」
「うん! えへ」
パニティーは可愛らしい笑顔で返事をする。
パニティーの”私の救世主だから”その一言がこの後すぐ、大三郎にちょっとした変化をもたらす事になるとは誰も予想していなかった。
その”ちょっとした変化”が、この世界と大三郎を切っても切れないものにする。
川のせせらぎ、鳥のさえずり、森の木々達がそよぐ風で奏でる心地よい葉擦れ、そして妖精達の笑い声や歌声が聞こえ、迷い込んだ者が思わず楽園かと思ってしまうような場所。
その森の奥に、透き通る湖に囲まれた巨木が聳え立つ小さな島がある。唯一、妖精王マリリアンと謁見が叶う場所。
普段なら厳かな謁見も今日ばかりは祭りのような騒ぎ。と、言っても、騒いでいるのは約一名なのだが……。
「マリリアン様だって、突かれて気持ち良いから無抵抗でおっぱい突かれた訳じゃないよ! ちゃんとした理由があるんだからね! アウレリア様にはそれが分からないの?」
「き、気持ち良いって、貴女は……ふぅ。では、どんな理由があると言うのですか?」
「さっきも言ったじゃん! 神様からの指示だって!」
「この世界を救う為に、マリリアン様のお胸を触るなどと、そんな、たわけた事を神が言うはずがありません。余り適当な事を言うと、いくら貴女でも罰を与えなければなりませんよ?」
パニティーは、自分の言葉を理解してもらえない怒りからなのか、小さな肩をふるふると震わせ、更なる大声で叫ぶ。
「たわけで適当な事を言ってるのはアウレリア様じゃん!!」
「なっ!? し、神官長のアウレリア様に何て言い草を! 貴女は誰に向かって言ってるのか分かっているのですか!?」
パニティーの剣幕に気圧され、今まで黙っていたクルミンだったが、アウレリアに対するパニティーの言い方には、流石に黙っていられず、叱りつけるように怒鳴った。
「だってそうじゃん! スギタや私どころかマリリアン様の話だって聞いてないじゃん! 話も聞かないで勝手に決めつけてるじゃんか!」
「私が何を勝手に決めつけてるのと言うのですか?」
アウレリアは静かな口調で聞き返す。
それとは対照的に、パニティーは顔を真っ赤にさせ、やかんのお湯が沸騰したように、今にもピィー! と鳴ってしまうほど怒り心頭で答える。
「もー! さっきから言ってるじゃん! マリリアン様のおっぱいを突いたのは世界を救う為なの! それに文句があるならスギタじゃなくて神様に言えって言ってるの!」
「神が世界を救う為に、マリリアン様のお胸を触れなど――」
「そこ!」
「な、何ですか?」
アウレリアは、自分の言葉に被るように大声で指摘するパニティーを、少し驚いた表情で見た。
パニティーは、自分を驚いた表情で見るアウレリアを、真っ直ぐな目で見返し聞き返す。
「神様が言わない? じゃあ聞くけど、神様に聞いたの? マリリアン様のおっぱいを触れって言いましたかって聞いたの?」
「そんなふしだらな事を聞く訳がありません。第一、神と言葉を交わすなど、そう易々と出来るわ――」
「スギタは出来るの! 出来ないアウレリア様とは違うの! 出来るスギタが神様にマリリアン様のおっぱいを揉んで来いって言われたの! それを、端から確かめもしないで、勝手に決めつけて、何もかも否定してるのはアウレリア様だって言ってるの!」
一歩間違えれば子供が癇癪を起こしているようにも見える、怒り心頭なパニティーの言葉を、アウレリアは凛とした姿勢で受け止め、諭すように語る。
「パニティーの言う通り、私は、自分の都合だけで、神と言葉を交わす事は出来ません。それで、どうやって確かめろと言うのですか? 仮に、心道の祈りで、人間の男の記憶を見れば分かるから見て欲しいと言われても、私は拒否しますし、貴女がどんなに懇願したとしても、私は拒絶します。神祇伯令の名のもとに、神官長を務めている立場も含め、その理由は、妖精の貴女なら分かりますよね? その上で、私が人間の男を信頼し、人間の男がした許されざる行為を致し方ないと納得できる方法を、貴女は私に言えますか?」
パニティーはアウレリアの問いかけに一瞬だけ口を閉ざす。しかし、それは納得させれる言葉が無いからではなく、ただただ、自分の言いたい事はそうじゃない。分かって欲しいのはそう言う事じゃない。という思いからだった。
一瞬の沈黙の後、ゆっくりとパニティーが問う。
「……。アウレリア様が一番信頼しているのは私? ミル姉? 今日、祈祷神官しているシャヤ様? それとも、頭の固いクルミン様? 違うでしょ?」
「何が言いたいのです?」
「アウレリア様が一番信頼しているのはマリリアン様でしょ?」
「そうです」
「神様の言葉が聞けなくて、私の言葉も信頼できないら、一番信頼している、マリリアン様の話を聞いてって言ってるの。聞いてないじゃん! 誰も聞いてくれないじゃん! ……うぐっ……聞いてくれないじゃんか……ひっく」
アウレリアを含めたひな壇に居る妖精達は、パニティーの悔しそうな、悲しそうな表情の目に、溢れんばかりの涙を溜めたまま、小さな手をぎゅうっと握りしめ、小さな肩をふるふると震わせている、その姿に何も言えずにいた。
一瞬の沈黙の後、パニティーは、零れ落ちそうな涙を両腕でグイグイと拭い言葉を続ける。
「マリリアン様は、私みたいに、好奇心でスギタの神様から貰った技を受けた訳じゃないよ。妖精の私達の中で、唯一、いつでも神様と話せる人だよ、記憶を見た私なんかより、よっぽど、スギタがおっぱいを突く理由を知ってたはずだよ。気持ち良かったから突かせただけじゃないんだよ。スギタは馬鹿でちょっと変だけど、世界を救ってくれる救世主なんだよ。誤解されても、酷い目に合わされても、救おうとしている人から殺されそうになっても、スギタは皆を救ってくれるスギタァァアー!」
パニティーが泉に目をやると、大三郎は水柱に跳ね上げられては水柱の中に沈み、また跳ね上げられては沈みを繰り返していた。
今まで見守るように話を聞いていたマリリアンは、パニティーの叫び声にハッと我に返り、泉に手をかざすと水柱を消した。そして、水面に浮かんでいる大三郎を波で島まで運ぶように助け出す。
どざえもんのように島に打ち上げられた大三郎は、むくりと立ち上がり、ずぶ濡れのまま、ひな壇の前まで歩いて行くと妖精達が騒めいていた。
見ると、マリリアンが玉座の前でアウレリアに支えられるようにへたり込んでいた。
「マリリアン様!」
「大丈夫です。少し力を使い過ぎたのでしょう」
マリリアンはアウレリアに力なく答えると、パニティーの姉であるミルミネが大三郎達に凛とした姿勢で告げる。
「これ以上は、マリリアン様にご無理をさせる訳にはいきません。謁見はここまで。後日改めて」
その声と言葉に威圧感はないが、自分の言葉に反論は許さないと言う意思表示が込められているのは大三郎も感じた。
「そうだね。早くマリリアンを休ませてやってくれ」
「はい。他の方達も、パニティーも分かりましたね?」
「う、うん。早くマリリアン様を休ませてあげて」
「構いません。ここで少し休めば大丈夫です」
「これ以上ご無理をされてはなりません。自室でお休みくださいませ」
アウレリアは自室で休むように促すのだが、マリリアンは弱弱しく体を起こし、自室には戻ろうとしなかった。
「良いのです。話さなければならない事があるのです」
「ご無理をされても、話さなければならない事なのですか?」
「ええ。大切な事なのです」
「しかし――」
ひな壇でのやり取りを見ていた大三郎は、堪らずか見かねてか申し訳程度で口を挟む。
「あのさ。そこで休みたいって言ってるのに、質問してたら休めなくないか? せめて、椅子に座らせてやるなり、飲み物を持って来てやるなりくらいはした方が良いと思うけど」
大三郎の尤もな言い分に、アウレリアは「そうですね」と言うと、マリリアンを玉座に座らせ、ひな壇の周りで警備している妖精達に飲み物を持ってくるよう指示をする。そして、玉座に座り一息ついたマリリアンは大三郎に礼を言う。
「救世主の気遣いに感謝します」
「いやいや。まぁ、それと、休ませろって言っといて何だけど、一つだけ言わせてほしい事があるんだ。良いかな? 一つだけだから」
「はい。何でしょう?」
「ごめんね。マリリアンて、この森には必要不可欠な存在なんだろ? それが、無理して万が一の事があったら、俺で何とかできる話じゃなくなると思うんだ。多分、話ってのは俺関係の事だと思うから、俺さ、この森のどっかで野宿でもして待ってるから休んでくれ。んで、元気になったら、他の妖精に俺を呼びに来させてくれれば、すぐここに来るからさ」
マリリアンは大三郎の目を見て黙って聞いている。
「あ、あれ? もしかして、早急なマジでヤバめの話なのかな? だったら聞きたくないな……。できれば聞きたくないなぁ……」
「杉田様、寧ろ早急な話であれば伺った方が宜しいのでは?」
「ま、まぁ、そうなんだけどさ。何か、エスカのお仕置きが可愛く思える程の事を言われそうで怖い」
「大丈夫です。救世主となった杉田様は簡単には死にませんから」
「そゆことじゃないって」
大三郎はエスカに耳打ちするように小声で言う。何時もなら勢いよく言い返してくる大三郎が、小声で言ってくる事を不思議に思い、エスカも小声で聞き返す。
「何がですか?」
「滅亡の話ならさ、一年て期限があるから、それまでは滅亡しないって事だろ? だったら、それ関係じゃないって事だ。滅亡関係なら神が言ってくる事だからな」
「では、何でしょう?」
「忘れたか? 妖精が言ってくる内容が頼み事だったらヤバいってこと。それも、妖精の女王様ならお前、それこそ、俺で何とか出来るレベルじゃないぞ」
エスカは、その言葉の意味を瞬時に理解し”まさか”と、思いつつ少し不安になるが、そうじゃない事を願い大三郎に聞き返す。
「もし、頼み事なら、すでに言われているのではないでしょうか?」
しかし、エスカの願いも簡単に打ち砕く言葉が返って来る。
「俺が言うのもなんだけどさ、俺がここに来てから今の今までで、マリリアンが俺に何か言えるようなタイミングがあったか?」
「……。無かった、ですね」
「だろ? 言うなら今じゃない?」
色々と察したエスカは、マリリアンに質問するどころか見ることも出来ず、大事な話になると大体はグダグダにさせる大三郎に任せる事にした。
二人は聞こえないように小声で話していたが、マリリアンはそれを察したように静かな口調で言う。
「頼み事ではありません」
「え?」
「え?」
「話と言うよりは聞きたい事……と、言った方が正しかったかもしれません」
「そ、そうなんですか?」
エスカはホッとすると同時に”心を読まれた?”と焦り、気持ちの面で身構える。
「エスカさん、心を閉ざそうとしなくても大丈夫ですよ。心を読む事はしませんから」
「は、はい」
そう言ったものの、マリリアンはエスカ達が警戒している今、話をすべきではないと考え大三郎を見て言う。
「……。今日は救世主の心遣いに甘えるとします。話はまた改めてと言う事にしましょう」
「うん。そうした方が良い。何時でも呼びに来てくれ」
「はい。それでは」
アリリアンがそう言うと、ミルミネとクルミンが立ち上がり、声を揃え謁見の終了を告げ、アウレリアに支えられながらマリリアンは去って行った。
◇
「風邪引いちゃう……」
「そうだな。そのままでは風邪を引いてしまう」
「大丈夫です」
メルロは自分の言葉に被るように即答するエスカを驚いた表情で見る。
「救世主様は風邪どころか病気すらしないのか? エスカ殿?」
「いいえ。でも大丈夫です」
「どういう事だ、エスカ殿?」
メルロは、エスカの言っている意味がいまいち要領を得ず、不思議そうな顔をしていると、大三郎がエスカを恨めしそうに見て言う。
「馬鹿は風邪ひかないって言いたいんだろ」
「え? 馬鹿は風邪を引かないものなのか?」
「はい。メルロさんの言う通り、馬鹿は風邪を引きません」
「救世主様は病気にも強いのか……流石だな」
「馬鹿は否定しないのね? 俺はメルロの中で馬鹿確定ってことなのね?」
「杉田様に質問しますが、ご自分を馬鹿だと思っていないのですか?」
「言い返したいけど、ぐうの音も出ない!」
「まぁ、ずぶ濡れなままともいかないだろうから……仕方ない、私のマントを貸そう。その間に濡れた服を乾かせば良い」
「良いのか?」
「ああ。色んな面で強いと言っても、救世主様に万が一の事があったら私も困るしな」
メルロはそう言いながら凛々しい笑顔でマントを差し出す。
「メルもソフィーもパニティーも優しいよな。ほんと、メルもソフィーもパニティーも優しいよな」
「そうですね」
マントを受け取った大三郎は、エスカの顔を見ながら言うが、エスカはしれっとした顔でさらっと返事をする。
「大事な事なので二度言ったのですが、お分かりいただけただろうか? リプレイしましょうか? 何なら、本当にあった杉田のビデオでも作ってシリーズでお見せいたしましょうか?」
「結構です」
「それともここで脱いで産まれたままの俺を見せましょうか?」
「見せれるほどのモノをお持ちでしたら、どうぞ」
「今すぐどっかで着替えて来ます」
大三郎はメルロから受け取ったマントを持ち、背中に哀愁を漂わせながら物陰で着替える。
少しして大三郎が物陰から出て来た。勿論、ズボンなど穿いてなく、素足をさらけ出した膝上までのマントに身を包んだ大三郎。その姿は絵に描いたような変質者そのものだった。
「濡れたこの服ってどこで乾かせばいい?」
そう言いながら歩いて来る大三郎を見たエスカが言い放つ。
「すみません。素で気持ち悪いので、それ以上は近づかないでください」
「待って。素ってなに?」
「素ですか? 地のまま、他の物やしぐさが加わっていないこと。分かりやすく言えば、正直な心情を短く且つ的確に表現した言葉です」
「ご丁寧に教えてくれてありがとう。的確すぎてちょっと傷ついたよ。お礼に抱きしめてあげよう。うん。そうしよう」
「絶対やめてください」
円を描くようにジリジリと間合いを取り合う二人。
「エスカ殿。ライトニングでマントが破れたら替えが無いので、マントだけには気を付けてもらいたい」
「分かりました」
「俺の心配は?」
「スギター。ちんちん痛くなったら言うんだぞー」
「パニティーだけだ、俺を心配してくれるのは……ピンポイントだけど。あ、目から唾液が」
「ちんちん治してあげるからなー」
「天使キタコレ! よしエスカ! ここを狙え!」
大三郎は腰を前に突き出しながらエスカに突進して行く。
「分かりました」
エスカはそう返事をすると、突進してくる大三郎の顔面めがけ、容赦のない飛び後ろ回し蹴りを華麗に決める。
「でぶら!」
踵が顔面にめり込むほどの蹴りを受け、きりもみしながら、たまに地面にバウンドし飛んで行く。パニティーは、私の出番だ! と、大三郎の下まで行き治癒の祈りを始める。
「パニティー」
「なに?」
「ありがとな」
「え?」
「……。聞こえてたよ」
「なにが?」
「パニティーが俺を信じて庇ってくれてたの」
「あ、うん。あのね、スギタはね……、スギタは」
「ん?」
「私の救世主だから」
屈託のない微笑みで救世主と言ってくれる言葉に、大三郎はこの世界に来て初めて嬉しさを感じた。メルロとソフィーアの願い、エスカに言われた世界を救うための”やらなきゃ”と言う感じではなく、素直に”そうだな”と。
「ああ、俺はパニティーの救世主だ」
「うん! えへ」
パニティーは可愛らしい笑顔で返事をする。
パニティーの”私の救世主だから”その一言がこの後すぐ、大三郎にちょっとした変化をもたらす事になるとは誰も予想していなかった。
その”ちょっとした変化”が、この世界と大三郎を切っても切れないものにする。
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