異世界で探がす愛の定義と幸せカテゴリー

彦野 うとむ

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妖精の森編

信じたっていいじゃない

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 この世界に訪れた勇者や英雄ですら与えられなかった神の力。
 どんな強者であろうと、どんなに鉄の意志がある者であろうと、その力の前では無力な弱者でしかなかった。
 
 顔が書いてある卵を手にしなくても、サクリファイスを捧げなくても、狂戦士の如き力を発揮する。しかし……

 それは、力というにはあまりにも卑猥すぎた。つまみ、さすり、揉む、そして変質者すぎた。それはまさに変態だった


 その手で触れる者全てを昇天させてしまう、救世主だけが神から与えられた絶大な力。その名は……
 
 『ゴッド・フィンガー』



 「神は何故、君を選んだのか分からない。神は何故、俺にこの力を授けたのか分からない」

 左手にマリリアンを優しく包み込み、ひな壇の頂きで立ち尽くす。
 妖精の森は事の次第を見守るように静かだった。

 「妖精王マリリアン。君の犠牲は無駄にはしない。……絶対に」

 左手の中でぐったりとしているマリリアンにそう小さく呟く。
 

 大三郎は、名人顔負けのゴッド・フィンガー32連射をし、マリリアンを昇天させた。
 
 パニティーにしたゴッド・フィンガー16連射で事足りたのだが、マリリアンの潤んだ美しいエメラルドの瞳と、美女なのに妙にロリっぽい見た目で悶える姿が余りにも妖艶で、それが大三郎の扇情を加速させた。

 どこぞの提督のように、画面を無駄にタップしてしまうあの感覚。艦の娘達のあちこちをつついてしまう、あの感覚。

 「分かっている……。自分が何をしてしまったのか」

 そう言いながらマリリアンをそっと玉座に座らせる。

 「マリリアン。君に詫びを言うのは失礼だと思う、だからありがとうと言わせてもらうよ。世界を救うため俺に身を委ねてくれて、ありがとう」

 くったりとした表情で、頬を赤らめながら甘く切ない吐息を小刻みに繰り返し、潤んだ美しいエメラルドの瞳で見つめるその瞳に、大三郎は笑顔で答え、指で優しく頬を撫でる。

 「さてさて。お仕置きされに行きますか。うちの鬼が角と牙を生やして待ってると思うし。はは」

 独り言のようにそれだけ言い残し去って行く後姿を、マリリアンは甘く切ない吐息を繰り返しながら、潤んだ美しいエメラルドの瞳で見つめる。

 「マリリアン様!!」

 今の今まで固まっていた妖精達がマリリアンに駆け寄る。
 メルロとソフィーアは、エスカの下へと歩いて行く大三郎をただ見ているしかなく、パニティーは自分がされた事を思い出し、顔を真っ赤にしていた。

 
 大三郎はへたり込んで俯いているエスカの前に立ち声を掛ける。

 「はい。世界を救ってきましたよ。ちゃんと見てたか?」
 
 エスカは大三郎の問いかけに何も答えず、俯いたまま身動き一つしない。

 「怒りの余り言葉も出ませんか? あ。まだ二つ目のクエストをこなしただけだから世界を救うとまではいかないか? あはは」
 
 冗談ぽく軽く煽るように問いかけるが、エスカは俯いた顔を上げる事も無く沈黙のまま。

 「あれ? 怒りを通り越して呆れちゃった? そりゃそうか。……まぁ、お仕置きは覚悟の上なので死なない程度にとっととお仕置きしてくださいな」

 流石に本気で怒らせたか呆れさせてしまったのだと思い、今回ばかりは、何時もよりキツイお仕置きになるなと覚悟を決めるが、エスカは何も言わず俯いている。

 「おい。何か言えよ。……ったく。ガチギレっすか?」
 
 何度も問いかけてみたが、何の反応も示さないエスカに、どうして良いか分からなくなった。大三郎も、それ程の事をしてしまった自覚があるがゆえ、売り言葉に買い言葉を誘うような憎まれ口は叩けず、頭を掻きながらエスカの前にあぐらをかいて座る。

 「……よか……」
 「え? 何だって?」

 大三郎は、ぼそぼそと何かを呟いているエスカの顔を下から覗き込み驚いた。エスカの目からボロボロと涙がこぼれ堕ちている。

 「お、おい。……どうした?」
 「……うぅ……良かった」
 「え?」
 「良かった……殺されなくて良かった……うぅ」
 「……う~ん。まぁ、そうだな」
 「そうだなじゃない!!」
 
 俯いたまま大声を上げるエスカ。
 いくらおバカな大三郎でも、マリリアンがその気になれば、胸をつつかれる前に自分を瞬殺できた事は分かっていた。
 だから大三郎は、マリリアンに"身を委ねてくれてありがとう"と、言ったのだ。

 「心配してくれたん?」
 「うっさい!」
 「も~、エスカさんはツンデレなんだから~。も~」
 「うっさいバカ!!」
 
 エスカは両手で涙をぬぐい、ビンタくらいはしてやろうと顔を上げた時だった。  
 大三郎のポケットから光が溢れだす。

 「んお? 何だ?」
 「……。神々からのお告げではないでしょうか?」

 エスカは少し間を置き、気を取り直すように何時もの口調に戻す。
 大三郎はポケットから紙を取り出し、今度は何が書かれているのやらと、浮かび上がっている文字に目を落とし読み上げる。
 

 ”クエスト2 マストアの森に居る妖精王マリリアン・ソケットの胸を揉み倒せ” 完了。

 レベルが上がりました。
 
 アクティブステータスを習得しました。

 アクティブステータス内容:特定人物からの物理攻撃耐久度向上及び各属性攻撃耐久度向上。

 アクティブステータス習得の対価で失ったもの:羞恥心


 「……これってエスカに対する耐久度だよね? あからさまにそうだよね?」
 「そんな事はありません」
 「いや、どう見てもそうだよね? それで失った羞恥心てデカいよね?」
 「元から杉田様に羞恥心なんてありませんから問題ないと思います」
 「いやいや。問題だらけでしょ?」
 「どこがですか?」

 暫し見つめ合う二人。大三郎は気づいていた、エスカは絶対にフォローなんかしてくれないと。 

 「アクティブステータス何て聞いた事ないが今はそんな事どうでもいい。改めて言うが、一万歩譲ってエスカのお仕置き耐久度だとしよう」
 「はい」
 「攻撃系が一切ないのは何故? 何故なのです?」
 「必要ですか?」
 「必要か不必要かで言うと必要ですよね? 僕、冒険者とかこの先も色んな人と戦うんですよね?」
 「そうですね」
 「その戦い方がおっぱい揉むだけですか?」
 「逆にお聞きしますが、何故、胸を揉むだけと言う考え方になるのですか?」
 「ん? おっぱいには分からないの? ねぇ? おっぱいが分からないならおっぱいにでも分かるように話してあげるね。良いかい? 俺は神様からゴッド・フィンガーしか貰ってない上にクエストは揉み倒せばかりですよね? 必然的に胸を揉むだけと言う思考になりませんか?」
 「最初は喜んでいたではありませんか?」
 「喜んでねーよ! いつ喜んだよ!?」
 「川のほとりでおっぱいおっぱいと連呼していたではありませんか」
 「え? 何だって?」
 「ですから、川のほとりでおっぱいおっ……」
 「え? 何だって?」
 
 大三郎がわざとらしいく、耳に手を当て、にやけた顔で聞き返している事に気づき、エスカは大三郎の耳を引っ張り上げる。

 「痛い痛い痛い! 千切れる千切れる! 耳が取れちゃう!」
 「聞こえないのならいりませんよね?」
 「聞こえてますし、いります!」
 「次、変な事を言わせたら容赦しませんよ」
 「分かりました!」
 
 エスカは引っ張り上げた耳を離し、フンと言うように鼻を鳴らし背を向ける。

 「俺が言わせたわけじゃないのに……いてて」
 「何か?」
 
 エスカは少しだけ顔を振り向かせ、鋭い視線を向ける。
 
 「な、なな何も言ってま――え?」

 大三郎は、その鋭い視線に慌てて言い訳をしようとした時、ふわっと体が浮き上がる。そして、衝突音が聞こえたと同時に、透明なトラックにでも跳ねられたかのように勢いよく泉へ吹っ飛んで行った。

 「杉田様!」

 一瞬、エスカは何が起きたのか分からなかったが、魔力を感じそちらの方を見ると、三人官女の真ん中に居た妖精が、泉に飛んで行った大三郎を鬼の形相で睨んでいる。そして、語り掛けるように、だが、重みのある口調で話す。
 
 「人間の男。貴方は万死に値する事をしました。覚悟なさい」

 エスカは背中に寒気が走るのを覚え、大三郎を助けようと泉へ走り出す。が、三人官女の魔力が急速に膨れ上がり、直感的に間に合わない事を悟る。 
 泉を見ると、飛んだ勢いで沈んでいた大三郎が水面に顔を出していた。

 「杉田様! 逃げて!」

 エスカの叫び声と同時に、三人官女の妖精が無数の光の矢を大三郎めがけ撃ち放つ。
 光の矢が大三郎の間近まで迫った時、泉から地鳴りにも似た轟音が響くと水柱が立ち上る。
 その轟音と共に突如現れた水柱の壁が光の矢を全て弾き飛ばした。
 エスカは立ち止まり、その光景を呆然と見ていた。
 
 「マリリアン様……何故? 何故です!?」

 三人官女の妖精の声にエスカはハッと我に返りひな壇の方を見ると、マリリアンは光の粒子に包まれ、ひな壇の真上に両手を広げ浮いていた。

 「神官長アウレリア・ウベルティ」
 
 マリリアンは静かに語り掛ける。
 
 「は、はい」
 「浄階の立場にある貴女が、無暗に命を奪うような軽率な行為をしてはいけません」
 
 アウレリアは、静かな口調で自分を諫めるマリリアンに跪き頭を垂れると、膨れ上がった魔力は収縮していく。だが、大三郎がした行為は許せる範囲を超えており、黙って見過ごす訳にはいかない。

 「お言葉を返す無礼をお許しください。私は、禁忌を犯した者の罪に見合う罰を与えなければなりません。それが、命を奪う罰だとしてもです」
 「禁忌? 神官長アウレリア・ウベルティ。確かに、貴女は禁忌を犯した者に罰を与える役目もあります。ですが、救世主であるあの方が、何の禁忌を犯したと言うのですか?」
 「妖精王であられるマリリアン様のお体を許しもなく触れ、あまつさえ、あのような行為をする者をどうして許すことが出来ましょうか?」
 
 マリリアンはアウレリアの言葉を静かに聞いていたが、先ほどの事を思い出し頬を赤らめる。
 その時、パニティーの叫ぶ声が聞こえた。
 
 「スギタはただマリリアン様のおっぱいをつつきたいから突いた訳じゃないよ! 世界を救う為に、マリリアン様のおっぱいを突いたんだよ! 世界を救う為におっぱいを突いた事が罪と言うなら、スギタの命を取るんじゃなく神様に文句言いなよ! マリリアン様のおっぱいを揉めって言ったのは神様なんだから!」

 その言葉を聞いた妖精全員が、一斉にパニティーを目を丸くして見る。
 
 「パ、パニティー。あ、貴女は何を言っているのですか?」

 アウレリアは、パニティーが嘘を言う娘ではない事を知っている。だが、その内容が余りにも逸脱しているように聞こえ、理解できなかった。

 「何を言ってるもクルミン様の頭も無いよ!」
 「な!? 私の頭は関係ないでしょ!」
 「クルミン様は黙ってて!」
 「貴女が言ったんでしょうに……なによ」
 
 クルミンは、パニティーの剣幕に気圧され、口を尖らせながらブツブツと文句を言うように口ごもる。
 パニティーはまた、ひな壇に居る妖精達に向かって言葉を続けた。

 「スギタはね、私達やこの世界を救う為に青星から来てくれたんだよ。エスカが連れて来てくれたんだよ。それなのに何なの? 皆、何なの!? スギタの事もろくに知らないくせに、話も聞かないで木に吊るしたり、吹っ飛ばしたり、殺そうとしたり!」

 マリリアンを含めた妖精全員が、パニティーの叫び声に近い言葉を黙って聞いていた。

 「スギタはね、確かに変質者みたいな顔をしているよ。エスカに変な事して怒られてるよ。初めて会う人には悪い変質者だと必ず誤解されるよ。それでも……それでも、スギタは皆を、この世界を救ってくれるって言ってくれる良い変質者だよ!」 

 
 妖精は警戒心が強い。人前に滅多に姿を現さないのがその証拠とも言える。だが、ただ警戒心が強いから人前に姿を現さないのではない。
 パニティーが大三郎達にやって見せた”記憶を見る力”の所為が理由の大部分を占めている。
 
 何故それが、人前に姿を現さない理由の大分部を占めてしまうのか。それは、記憶を見る力の副作用とも言える”記憶を見た分と見せた分の時間の共有”と言うものがあるからだった。見た過去から現在まで、見せた現在から過去までの時間を、お共に過ごした感覚になる。それに加え、妖精は興味のあるモノしか記憶しないと言う事も相まって、記憶を見た興味のある相手、記憶を見せた興味のある相手に感情移入し易くなり、出会ってから時間が経っていなくても、数年来の友や家族のように慕ってしまう。
 過去、その所為で、語り継がれるほどの悲劇が生まれ、禁忌とまではいかなかったが、その出来事以降、自然と人と距離を置くようになり、いつしか暗黙のルールのように妖精達は無暗やたらと人前に現れる事がなくなった。

 勿論、その事は、パニティーがこの世界に生を受け、物心がついた時から聞かされていた。
 しかし、大三郎のあけすけな性格。見え隠れするが、本来は優しく面倒見の良いエスカ。大切な者のために愚直なまでのメルロ。言葉を話せずとも、その表情は分からなくとも、心の美しさが伝わるソフィーア。
 そんな大三郎達と出会って、時間が経ってはいないが”時間の共有”以上に、パニティーには十分過ぎる程、大三郎達は大切な友であり仲間になっていた。

 その大切な仲間が、話も聞いてもらえず捕らえられ、あろうことか、世界を救おうとしている大三郎を殺そうとしている。それが、家族であるはずの自分と同じ妖精達によって。これほど悲しく腹立たしい事は無い。

 「私ね。スギタ達に心道しんとうの祈りを使ったんだ」
 
 それを聞いたひな壇に居る妖精達は、パニティーの思いもよらない告白に驚きを隠せなかった。
 それもそのはず、おてんばで奇想天外の行動をするが、妖精の中で誰よりも人と距離を置いていたのはパニティーである。そのパニティーが、記憶を見る心道の祈りを使っていたとは想像もしていなかった。
 誰かが悲しむ事を誰よりも嫌い、悲劇の話を聞いた時は誰よりも泣いていた。冒険者に妹が斬られたと知ってから、人と会う事すら拒絶していた。そのパニティーが、大三郎達を連れて来た時、私の仲間だと言ったから、シャヤは素直にマリスゼミルへ招いたのだ。
  

 「な、何故、貴女が?」
 「スギタを信じたから。冒険者を追い払ってくれるって言ってくれたスギタを信じたから。救世主のスギタを信じたから」
 
 パニティーは、真っ直ぐな目で、ひな壇に居る妖精達を見据える。その、真っ直ぐな目に、誰も口を開ける者は居なかった。

 「心道の祈りを使って、ソフィーの記憶をスギタに見せた時、少しだけスギタの記憶も見たんだ。理不尽な神様の指示も、その時に知った」

 真っ直ぐにひな壇の妖精達を見ていたパニティーは、エスカに振り向き問いかける。

 「エスカ」
 「は、はい?」
 
 唐突に自分の名前を呼ばれ、驚きの表情でパニティーに返事をする。

 「スギタの事を信じてる?」
 「え?」
 「スギタが、この世界を救ってくれるって、信じてる?」
 
 真っ直ぐな目で問いかけてくるパニティーに、エスカも真っ直ぐに見つめ返し、真剣な顔で答える。

 「ええ、その為に連れて来ましたから。それに、杉田様は約束をしてくれましたからね、信じてますよ」
 「うん。信じて良いよ。スギタはどんな事があっても約束を守ってくれるから」
 「はい」

 パニティーは満面な笑みでエスカに断言する。エスカは優しい微笑みで返事をする。


 その頃、話の中心となっている大三郎は水柱に跳ね上げられ水柱に落下し、また跳ね上げられを繰り返していた。

 「ァぼ! だ、誰かオぼ……た、たすウぶ! べで」  
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