異世界で探がす愛の定義と幸せカテゴリー

彦野 うとむ

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妖精の森編

世界を救うために出来る事

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 「ばぶべべびだだびばびばどうごばびばぶ」
 「えっと……。助けて頂き有難うございますって言ってる、と思う」
 
 瞼も唇も、顔のあらゆる部分が腫れ上がった顔で、マリリアンに礼を言う大三郎。
 だが、頬も唇もギャグ漫画のように腫れ上がっていて真面には話せず、パニティーが何となくで通訳をしていた。
 
 「大丈夫ですか? かなりの怪我をされているように見えるのですが?」
 「ばびびょーぶべぶ」
 「えっと……。大丈夫ですって言ってる、と思う」
 「手加減したので大丈夫に決まっています」
 
 エスカは悪びれも無く、寧ろ何事も無かったかのように話す。

 「ばびべ?」
 「えっと……。あれで? だって」
 「次は本気で殴りますよ?」
 「べっぽーべぶ」
 「結構ですだって」

 大三郎はパニティーに通訳をしてもらいながら丁重に断る。それに対し、エスカはフンと言うようにそっぽを向き、その間に挟まれたパニティーは、ただただ苦笑いをするしかなかった。
 
 「そちらの女性の方は確か……エスカと言いましたよね?」

 マリリアンはエスカの名を確かめるように尋ねると、エスカは姿勢を正し、マリリアンの問いに答える。

 「お初にお目に掛かります。エスカ・ぺルトルと申します。以後お見知りおきを」
 「一つ尋ねても宜しいですか?」
 「はい」
 「その方が救世主だと知っていますか?」
 
 エスカは大三郎をチラリと見る。

 「はい」
 「では何故、その救世主に対し暴行を加えていたのですか?」
 「躾けです」
 
 さも当たり前のように即答するエスカに、マリリアンを含めた妖精全員がどよめく。

 「し、躾け?」
 「はい。杉田様は青星からこの世界に来てまだ日が浅く、尚且つ救世主としての経験不足もあり、ご自分が救世主だと言う事の自覚が足りません。その為、私自ら自覚を持たせる為、たまにですが体に直接叩き込んだりします。他の方々に暴力と思われる事も、ひとえに杉田様を自他ともに認める救世主にさせるための行為なのです」
 
 本当と嘘のグレーゾーンを、さらりと真顔で言い放つエスカに、何の疑いも無く納得するマリリアン。

 「そうでしたか。そう言った事情があった事を知らなかったとはいえ、一方的に貴女を加害者として発言してしまった事を深くお詫びします」
 「いえ。救世主として自覚が全く足りない杉田様が悪いのであって、妖精王マリリアン様が詫びる事ではありません」
 「貴女は救世主のお仲間として、立派に勤めておられるのですね。感心します」
 「妖精王マリリアン様にそう言っていただけた事を誇りに思い、更に精進していく所存であります」
 「救世主は世界を救う者、この森を含めた全てを救う者、妖精王マリリアン・ソケットの名において、この森に居る全ての妖精は、救世主一行に微力ながらお力添えさせていただく事を宣言します」

 マリリアンがそう言うと、ひな壇に居た妖精全員が目を閉じ頭を下げる。そんな中、一人燥ぎ回っている妖精がいた。

 「うわー! 凄いよ凄いよ! マリリアン様がスギタの味方になってくれたよ! うわーい!」

 パニティーはそう言いながら大三郎の周りを飛び回る。だが、大三郎はエスカをジッと見たまま微動だにしない。

 「スギタ喜べ! マリリアン様が味方になったんだぞ! 凄い事なんだぞ! って……どうした?」
 「……。ばびびー」
 「なに?」
 「べぶばば、ぶぼぼびっべぶ」
 「エスカが嘘を言ってるだって? そうなのかエスカ?」
 「何の事でしょう? 嘘を言った覚えはありませんが?」
 「びぶべばべー。ずどべぶばいびょーばぼびっばばぼーば!!」
 「何を言っているのか分かりませんね」
 「え、えっと……。スギタが――」
 「パニティーさん」
 「な、なに?」

 エスカはパニティーの名を呼び、笑顔のままそれ以上は何も言わず、ただパニティーを見つめている。
 パニティーは直感した。余計な事を言ったら羽をむしられると。

 「躾でなったとはいえ、そのままでは痛みはあるでしょうし何より会話しずらいでしょう。皆の者、祈りを」

 マリリアンが妖精全員に声を掛けると、ひな壇に居た妖精達が両手の手のひらを上に向け、胸の位置まで上げると祈りの声を出す。
 それはそれは見事なまでに美しい声のハーモニーであった。そして、それに協奏するかのように、草花や木の葉が心地の良い葉擦れを奏でる。
 涼やかな風が、美しい声や心地よい葉擦れの音を大三郎の下へと運び、美しい音に包まれた大三郎の体の周囲が淡く光ると、腫れ上がっていた顔がみるみる治っていく。
 
 「こ、これは……?」
 
 驚いている大三郎にパニティーは満面な笑みで答える。

 「マリリアン様の治癒の祈りだ。凄いだろー」
 「痛みが消えてく……凄いな」
 「だろ~? 悪い所は全部治してくれるんだぞ」
 「でしたら杉田様の頭の中身も直ると言う事でしょうか?」
 「スギタの頭? えっと……それは、どうかな? あはは……」
 「ま、神々でさえ無理でしょうから仕方ありませんね」
 「そうだね、俺の頭はそう簡単には治らないもんね。あ、でも、エスカの変な乳首は治してもらえるかもよ? 治してもらえば? 無理か? 神々でさえ、え? 何それ? 蛇口? って言っちゃうレベルだもんね」
 「蛇口って……、スギタそれはちょっと言い過ぎじゃな……」
 「いでででででで!!」
 「蛇口ですか? そうですか? 杉田様は私の胸を見た事があるのですか? あるのですね?」
 「いぁあめやでぇええ!! 見だごどないがらぁああ!!」
 
 エスカはそれはそれは見事なコブラツイストを大三郎にお見舞いするのであった。

 「二人共、妖精王マリリアン様の御前ですよ。戯れるのも程々にしなさい」

 三人官女の真ん中に居る妖精が、静かな口調で二人を諫める。
 それを聞いたエスカは、ゴミを捨てるように大三郎を離し、マリリアンに深々と頭を下げる。
 
 「マリリアン様の御前で醜態をさらしてしまい申し訳ございません」
 
 ゴミのように捨てられ地面に転がっていた大三郎は、すぐさま立ち上り、頭を下げているエスカの尻めがけトルネード・バカっぱいをお見舞いする。

 ――スパパーン!

 エスカの尻と大三郎の手のひらが奏でるパーカッション。マリスゼミルに響き渡るその音色は、聞く者すべてに驚愕の二文字を与えた。そして、それは大三郎がいざなわれるであろう死へのゴングでもあった。

 「こんのバカっぱい! 少しは手加減しやがれ! 背骨が折れるだろうが!」
 
 大三郎が憤慨する中、四つん這いになりながら叩かれた尻を手で押さえ、ふるふると震えているエスカの前に居たパニティーが、後ずさりしながら大三郎の名前を呼ぶ。
 
 「ス、スギタ……スギタ……」
 「ったく。このバカっぱい放電女はゴリラ並みの力しやがって、ってどしたパニティー?」
 
 青ざめた顔をしているパニティーに気づき近づこうとした時、パニティーは涙目で大三郎を見る。

 「に、逃げろ……」
 「え?」
 「に、逃げろ……スギタ……逃げろー!」
 「逃げろってなに―――」
 
 その声と同時にゆらりと立ち上がるエスカ。

 「あ……ぁ。ス、スギタが死んじゃう……」
 「大丈夫だパニティー。いつものキレエスカだろ? ふん、神々から授かった無駄に丈夫なこの体にはどんな打撃ヴxpぉw―――」

 『もうね、言葉にならないよ』の意味合いのある由緒正しい『qあwせdrftgyふじこlp』のような言葉を発しながら、エスカの高速でくり出す裡門頂肘りもんちょうちゅうを喰らい吹き飛ぶ大三郎。ただ、それすらも最後まで言わせてもらえないほど物凄い勢いで吹き飛ぶ。が、それで終わるはずもなく、エスカは物凄い勢いで吹き飛んだ大三郎の足を瞬時に掴み、反対方向の地面へと叩きつけた。
 
 地面に叩きつけられバウンドした大三郎を、空中を舞う屍のように天高く蹴り上げ、更に特大のダーリンのバカスペシャルを喰らわす。
 後に妖精たちの間で、雷鳴と共に空中で感電する大三郎は「まるで空に輝くオブジェのようだった」と、語り継がれる事になる。
 
 「ス、スギター!」

 マリスゼミルに空しく響き渡るパニティーの叫び声。大三郎を何とか助けようと駆け出すソフィーア。それを引き留めるように抱きしめるメルロ。インドラの矢の如き雷撃を目の当たりにする妖精達。
  
 雷撃を受け、空中で感電していた大三郎は輝きを失うと、鳥の糞のように地面へと落ちる。
 
 「スギター!」

 パニティーは、燃えカスのように地面に転がっている大三郎の下へと飛んで行く。

 「ス、スギタ。大丈夫か? スギタ」
 「パ、パニ……ティー……」
 「スギタ! 良かったぁ生きてた」
 「旧約聖書にあ……る……、ソドムと……ゴモラを……滅ぼした……、天の……火だよ」
 「へ?」
 「ラ、ラーマヤーナでは……、インドラの矢とも……伝えている……がね。ガクッ」
 
 大三郎はそれだけ言うと、パニティーに笑顔で親指を立てながら満足そうに力尽きる。

 「ス、スギター! 良く分かんないよー! スギター!」
 「どこの大佐ですか。まったく。あ、さしずめ私はおさげのヒロインですね」
 
 エスカは腕を組みながら大三郎の頭を踏みつける。
 
 「おさげとか何だよそれ? てか、エスカ! お前やり過ぎだぞ! スギタが死んじゃうじゃないか?!」
 「この程度で死ぬようではこの先何度も死ぬことになります」
 「な、何度もって……」
 
 パニティーは大三郎がこの先、何度も死ぬ目に合うんだと確信し言葉を失う。

 「起きてらっしゃいますね? 杉田様」
 
 鳥の糞の様に地面に突っ伏したまま転がる大三郎に声を掛けるが、大三郎はピクリとも動かず返事もしない。
 
 「……。では、そのまま聞いてください。クエストには時間制限があります。神々からの恩恵があるとはいえ、杉田様の言動行動によっては協力を得られたはずの人物に協力を得られない事態になる事もありえます」
 
 大三郎はうつ伏せのまま口を開いた。

 「……それは、エスカが俺を見捨てると言う事ですか?」
 「私の事ではありません。マリリアン様を含めこの先で出会う人々の事です」
 「……そうなるとどうなるのですか?」
 「先ほども言いましたが、制限時間内にクエストをクリアー出来ない、取り返しのつかない事態に成りえると言う事です」
 「……。どうしてそんな大事な事を最初に言わなかったのですか?」
 
 エスカは大三郎の問いに答えず、うつ伏せのまま話す大三郎を見下ろすようにじっと見つめる。

 「……。忘れていたのですか?」
 
 その問いにも答えないエスカ。

 「忘れていたのですね? このバカっぱいは一番大事な事を忘れていたのですね?」
 「そんな事はありません」 
 「そんな事があり得るのがバカっぱいですよ?」
 「杉田様と一緒にしないでください」
 「僕はバカっぱいではありません」
 
 エスカは踏んでいた大三郎の頭を何度も踏みつける。
 
 「おい、バカっぱい。何度も、俺の頭を、踏みつけても、お前が、一番大事な事を、忘れていた事実は、消えないぞ」
 「ではお聞きしますが、私が最初にその事を杉田様に伝えたとして、杉田様はそれを自分事のように捉えましたか? 真剣に受け止めましたか?」
 
 エスカの問いに大三郎は答えない。いや、正確に言うのであれば答えられなかった。

 「今だから私の言葉を理解できたのではないのですか?」
 
 エスカは大三郎の頭を踏みつけていた足を止める。

 「杉田様。パニティーさんを見てください」
 「え? 私? 何?」

 大三郎はパニティーを見る。

 「自分の事より杉田様を心配しているソフィーアさんを見てください。そのソフィーアさんを必死に助けようとしているメルロさんを見てください」
 
 大三郎はソフィーアとメルロを見る。

 「死にますよ。この世界の消滅と共に」
 「!!!」
 「自覚してください」
 「……。分かってるよ」

 大三郎はそう言うと、むくりと立ち上がり溜息を一つつく。そして、周りを見渡し一言だけ言う。

 「本気でこの世界を救ってやるよ」
 「スギタァー!」
 
 大三郎のその言葉を聞きパニティーは満面な笑みになる。

 「もちろんソフィーも助けメルの願いも叶えてやる」

 それを聞いたメルロとソフィーアは涙を浮かべた。

 「分かれば良いんです」
 
 エスカは腕を組みながら、溜息交じりに少しだけ笑顔になった。

 「エスカ」
 「はい」
 「見てろ」
 「何をですか?」
 「世界を救うところをだ」
 「分かりました。杉田様が世界を救う所を見させていただきます」
 
 エスカはやっと大三郎が救世主として自覚をしたと安心した。

 「では、マリリアン様に――」
 
 エスカがそう言いかけ大三郎を見ると、大三郎は出会ってから一度も見た事も無い笑顔でエスカを見ている。
 大三郎が何故そんな笑顔で見てくるのかエスカには分からなかった。

 「見せてやるよ」
 「え?」
 「世界を救うところをだ」
 「はい。ですからマリリアン様に―――」
 
 大三郎はエスカの言葉を最後まで聞かず、マリリアンに向かって走り出した。
 
 「ちょ、杉田様! な、何を……ま、まさか!?」

 顔面蒼白になるエスカ。マリリアンに向かって、猛ダッシュをしていく大三郎が、何をする気なのか気づいたが時すでに遅く、マリリアンの居るひな壇の近くまで行ってしまっているため、大三郎を止めるためのライトニングが撃てない。
 パニティーは良く分かっていない。メルロもソフィーアも、大三郎が走り抜けて行くのをただ見ているだけだった。
 
 大三郎はひな壇をタンタンとリズム良く駆け上がり、マリリアンを左手で抱える。
 マリリアンを含めた妖精達は、一瞬の出来事に何が起きたのか、そして、何が起きるのか理解できず固まっていた。
 
 「妖精王マリリアン」
 「はい」
 「世界を救うため揉ませてまらう」
 「何をですか?」
 「おっぱい」
 「え?」
 
 ひな壇に居る他の妖精は驚きの余り、身動きすらできず固まったままだった。が、三人官女の真ん中の妖精が、マリリアンを助けようと森の木々達に命令をする。

 「森の木々達よ神木よ! マリリアン様を守りなさい!」

 が、マリスゼミルの木々達はおろか、ひな壇がある神木すらぴくりとも動かなかった。

 「な、何故? 森の木々達よ神木よ! 私の声が聞こえないのですか?! マリリアン様を守りなさい!」

 森の木々も神木も見守るように静かだった。

 「スキル発動!」
 「マリリアン様!!」

 三人官女の叫び声と共に大三郎のスキル発動の声だけが響き渡る。

 「ゴォッド・フィンガァアアア――!!!!!」
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