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妖精の森編
人を育てる時はアメ小さじ一杯、ムチ業務用
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「スギター!」
パニティーの叫び声が森に響き渡る。
腕を浸していた大三郎は、感電した所為で川の中へ倒れ込み、そのまま流されて行く。
「ス、スギタ! お、起きろ! うーっ!」
パニティーは慌てて大三郎の下まで行き、うつ伏せになって流されて行く大三郎の服を必死に引っ張るのだが、いかせん妖精の力、一人で大の男を引っ張り上げるには無理がある。
「お、おい! 人間の女! 見てないで手伝え!」
「大丈夫です!」
「な、何が!?」
パニティーは、やはり一人では無理だと、引っ張っている大三郎の服を離すと飛び上がり、エスカに呼びかけるが、エスカはしれっとした顔で大声で答えた。
「そのままほっといても、こちらに流されて来るので、ここまで来たら拾えたら拾います! 気が向いたらですが」
エスカの余りにも無情な言葉に、(あいつ多分、拾わないな)と直感的に感じた。
流されていた大三郎が、トプンと川の中へ沈む。
「ス、スギタ!」
パニティーは慌てて川の上を飛び回り沈んだ大三郎を探す。
「沈みましたか?」
「見れば分かるだろ!? 人間の女もスギタを探すの手伝え!」
「大丈夫です」
「何が?」
「大丈夫なんです」
「だから何が!?」
エスカに声は聞こえているはずなのだが、パニティーを見たまま何の反応も示さない。
「……人間の女。お前、探すの面倒臭いだけだな」
「……。え? 聞こえません」
「聞こえてるだろ!?」
その時、エスカの近くの水面からブクブクと気泡が立ち、そこから水しぶきを上げ大三郎が叫びながら現れた。
「ウルトラバカっぱい!!」
「あら? 思ったよりお元気そうで」
「あら? 思ったよりお元気そうで、じゃねーよ!」
「どうかしましたか?」
エスカは小首をかしげ、わざとらしく不思議な顔をして大三郎を見る。
「何、電撃してんの?」
「杉田様にライトニングをした訳ではありませんよ?」
「感電て言葉を知ってますか?」
「はい。私は杉田様ほど無知ではありませんので、一般知識程度は当たり前にありますが? 何か?」
「僕、感電したんですよ」
「そうですか」
「ええ。歩く発電所があっちこっちで放電しまくっている所為で」
「歩く発電所ですか? 凄いですね」
「ええ。正式名所、移動式大型チクビ発電所って言うんですけどね。そこのバカチクビ発電所がですね、ポンコツで頭がイカレている所為で、やたらめったら放電しやがるんで――」
「ライトニング」
「あばばばばばばばばば!!!!」
再び大三郎は感電し、うつ伏せに倒れ流されて行く。
「ス、スギター!」
パニティーは再び流されて行く大三郎を慌てて追いかける。
「ふぅ。ゴミ処理は終わりました。さ、話の続きをしましょう」
一仕事終えたようにさらっと言うエスカと、何度も何度も電撃魔法を受けて立ち上がる大三郎に、メルロとソフィーアは声も出せずに目を丸くしたまま、ただただ驚くばかりだった。
「あ! うし――」
パニティーが何かを叫ぶ。
メルロとソフィーアが、何かに恐怖と驚きでビクンと体を動かす。
その刹那、エスカの後ろから黒い物体が襲い掛かる。
「―――ッ!」
エスカはその殺気に気付き、振り向きざまに裏拳をかますが、そこには誰も居らず、エスカの裏拳が鋭い音を立てて空を切る。
「あら? ……誰か居たような?」
パニティーとメルロとソフィーアの三人は見ていた。
高速とも言えるエスカの裏拳を、空中を舞う羽のようにスルリと躱し、まるで影のようにエスカの動きに合わせ、背後に回る忍者の如き大三郎を。
そして、これから起きる事を見ていた三人は後にこう語る。
数秒の出来事が、まるでスローモーションを見ているようだった……、と。
キョロキョロと不思議がっているエスカの背後で、大三郎は忍者の如く姿勢を低く構え、忍術を唱える時のように両手を組み合わせ、人差し指を立て印を結ぶ。
エスカは背後に気配を感じ、振り向こうとするが、それより早く、大三郎は両手の人差し指を立てた印をエスカのお尻に勢いよく突き刺した。
エスカのお尻にブスリと突き刺さるカンチョー。
その衝撃で下腹部を前に突き出し、たわわな胸を空に向けエビ反りになるエスカ。
驚きの余り、お尻を押さえながら振り向くエスカに、大三郎はすかさず必殺のトルネード・バカっぱいをエスカのたわわな胸にお見舞いした。
トルネード・バカっぱいの衝撃で、ぶるるんと揺れるたわわな胸。
大三郎はそれを満足そうな顔で見る。
その満足そうな大三郎の顔面が、激しい衝撃を受けた時のように、顔の皮膚と頭蓋骨がずれ歪む。
そう、エスカの打ち下ろしチョッピングライトが大三郎の顔面に直撃する。
大三郎は吹っ飛ぶかと思いきや、チョッピングライトの衝撃で下を向いた大三郎の顔面に、エスカのギャラクティカ的なマグナム並みのロングアッパーが、ホワイトファングのように追撃し火を噴いた。
エスカのロングアッパーの威力で、垂直立ちのように空中へ舞い上がる大三郎。
その大三郎をすかざず抱きしめるように捕まえるエスカ。
そして、そのままバックドロップのように、真後ろの地面へと大三郎を叩きつける。
顔面を地面に叩きつけられた大三郎は、逆さまになりながらピンと大地に立つ。
ブリッジをしていたエスカは、大三郎に背を向け、スクッと立ち上がると、解き放たれた大三郎の体は地面へとパタリと倒れた。
エスカの後ろ姿は勇ましく、まるで絵画に描かれた勇者のようだったと三人は語る。
だが、それで終わる事は無かった。
背を向けているエスカに、大三郎はイタチの最後っ屁アタックを仕掛ける。
大三郎は全身に力を込め、背中を見せているエスカのお尻めがけ、ラスト頭突きファイナルアンサー? をお見舞いしたのだ。
ミサイルの如くエスカのお尻、それも菊の門を直撃する大三郎の頭突き。
鬼の形相になるエスカ。
大三郎はパニティーに振り向き親指を立て、じゃーな。と笑顔で別れを告げる。
地震が起きたから地面を殴って止めちゃった、あの地上最強の生物お父さんのように、エスカは両手を広げ、グググッ……と体を捻じり力を溜める。
そして、鬼の形相のエスカの目がカッと光った瞬間、渾身の一撃が最短距離の中を駆け抜け、エスカのぶん殴りは音速を超えた。
その死の一撃は吸い寄せられるように大三郎の顔面へとヒットした。
メルロはこの話の締めくくりをこう話す。
振りかぶったエスカ殿の腕と胸が、一瞬消えたように見えた。その時だった。
エスカ殿の方から、何かが爆発したような、バン! という物凄い音がしたと思ったら、ほぼ同時に、私達が居る木の上から、ドオン! と凄い音がした。
見上げると、今の今までエスカ殿の目の前に居た救世主様が、ひっくり返ったカエルのように木にめり込んでいたんだ。嘘じゃない。突然現れたように、めり込んでいたんだ。と……。
決着はついた。
ふしゅるる的な白い息を吐いていたエスカは、無言のまま木にめり込んでいる大三郎に近づく。
その木の下に居る、事の一部始終を見ていたメルロとソフィーアは、逃げ出すように道を開ける。
エスカは木にめり込んでいる大三郎の足を掴むと、まるで小枝でも一振りするように、めり込んでいる大三郎を片手で引っこ抜き、地面に叩きつけた。
「次は止めを刺しますからね」
車に引かれた蛙の様にうつ伏せの状態で地面に突っ伏している大三郎に問いかける。
「……。いい加減、起きてください」
メルロとソフィーアは、エスカの言葉が宇宙言語に聞こえてしまうほど理解不能だった。
人の原型を留めているだけでも驚愕な事なのに、あれだけの事をされ生きている訳が無い。
「死んだふりを続けるのでしたら、今、止めを刺しますか?」
「やめて下さい」
「ひぃ!」
大三郎の声を聞き、メルロは短い悲鳴を上げた。
大三郎はむくりと起き上がると悲鳴を上げたメルロを見る。
あれだけの事をされ、平然としている大三郎を、化け物でも見ているように顔を青ざめさせながらガタガタと震えている。
腰が抜けているのか体に力が入らないのか、メルロは尻もちをついた姿勢のまま、ズルズルと後ずさりながらソフィーアの盾になろうとしている。
大三郎は頭を掻きながらそれを見ていた。
ただ、恐怖に慄いているメルロは、大三郎の一つ一つの仕草や動作が恐怖の対象でしかなく、大三郎が少しでも動くと体をビクつかせる。
「ぅぁ……ぁ……」
「あのぉ」
「ひっ!」
「……」
「ぅぅ……ぅ……」
「わ!」
「ひぃいい!」
余りにも大袈裟に怖がるメルロを、大三郎は少し冗談交じりに脅かしてみた。
予想以上に怖がるメルロに、どうしたものか……と、悩む大三郎にエスカが話しかける。
「杉田様、女性を怖がらせるものではありませんよ?」
「だって、ここまでビビられると……、ねぇ」
「まぁ、大抵の人は救世主の異常なほどの丈夫さに驚きますからね」
「丈夫でも、かなり痛いんですけど」
「生きてる証拠です。杉田様はそう簡単に死にませんから」
「それを見越して、好き放題痛めつけてくれますね?」
「ストレス発散にはぴったりです」
「俺は貴女の健康器具ではないのですが?」
「今のところ、それ以外の価値が見当たりませんので」
「ひどい! 本当に酷い!」
大三郎とエスカのやり取りを見ていたメルロは、これは夢なんだ。と、必死に思い込もうとしていた。
「スギター!」
パニティーが心配そうに飛んでくる。
「おお。パニティー」
「スギタ、大丈夫か?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
「そうか、良かった。でも、女の子のお尻を指で刺すのはダメだぞ。人間の女じゃなくても、あれは怒られるからな」
胸をなで下ろし、ホッとしたパニティーは腰に手を当て、前かがみの姿勢で指を立て大三郎を怒る。
「そうですよ杉田様。私だからあれで済みましたが」
「あれ以上を出来る人は居ないと俺は思います」
「もし、マリリアン様に同じような事をしたら、地面の奥深くに閉じ込められちゃうぞ」
「エスカさん。居ました。1秒であなた以上なのが居る事を知りました」
「一つ賢くなりましたね?」
「はい。大三郎は一つ賢くなりました」
「良かったですね」
「良くはないです」
和気あいあいと会話する三人を、メルロ達はどこか神話の世界を見ているような感じがした。
パニティーはジッと自分達を見ているメルロに気付き近づく。
「おい、お前! 良いか、お前た――ッ!」
―――ぺろん。
パニティーがメルロ達に言い寄っていると、大三郎は後ろからパニティーのお尻を舐める。
「ぴぃや!」
パニティーは驚き振り返る。
「な、なな何するんだ、スギタ?」
「落ち着けパニティー。そこの二人はエスカが話を聞くから、俺達はその後だ」
「そうですよ。さっきので杉田様が救世主だと理解できたでしょうし、話やすくはなりましたから」
パニティーは不思議な顔をしてエスカに聞く。
「おい、人間の女」
「はい、何でしょう?」
「どうして、スギタが救世主だと理解できるようになったんだ?」
「あれだけの攻撃を受けて死なないのは、神々の加護を受けた救世主だけですから。勇者や英雄でも、あれだけの攻撃を受けたら、流石に死んでしまいますからね」
「ああー! そうか。成るほど、納得いったよ。教えてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
パニティーはエスカにお礼を言うと、大三郎の周りを飛びながら少し興奮気味に言う。
「本当にスギタは救世主なんだな! 私、救世主と話をするのは初めてだよ」
「そ、そうかい? 俺自身、あんまりピンと来ないんだけどね」
「人間の女は、私から見ても凄い奴だって分かる。その人間の女に攻撃されても死なないなんて、やっぱり救世主って凄いんだな」
「死なないだけで、ガチで死ぬほど痛いんだけどね。はは……」
「死なないだけでも凄いよ! よし決めた!」
「どうした?」
「私と友達になろう!」
「ともだち?」
「そう! 救世主の友達が出来たって言ったら、みんな驚くだろうな~。ふふふ」
パニティーは楽しそうに大三郎の周りをひとしきり飛んだ後、大三郎の肩に腰を下ろす。
「スギタは、私と友達になるのは嫌か?」
動くフィギュアは、リアルで見ると、もっと可愛く見えるものなんだな。と、大三郎は思った。
「んじゃ、俺とパニティーは今から友達だな」
「やったー! 救世主と友達になったぞー! あははは」
パニティーは再び大三郎の周りを飛び回る。
「パニティー、エスカも人間の女じゃなく、エスカって呼べばいいのに。おっぱいでも良いぞ」
「ん? エスカって誰だ?」
「は?」
流石の大三郎もパニティーの一言に驚く。
「だ、誰って、お前……」
「杉田様」
「何?」
「妖精は、深く興味があるモノや心を許した相手ではないと、モノの名や人の名を覚える事はありません」
「え? そうなの?」
「はい。ですから、パニティーさんが私の名を呼ばないのも不思議ではないのですよ」
「そうなんだ……」
大三郎は何故か少しだけ複雑な思いがした。
パニティーは、ちょっとだけ寂しそうな顔をする大三郎に気付く。
「おい、エスカ」
「え……?」
エスカはびっくりした顔でパニティーを見る。
「あれ? エスカって名前じゃなかったっけ?」
「私はエスカ・ぺルトルですが……」
「長いな~。エスカで良いだろ?」
「え? ええ、……はい」
「エスカもスギタの友達なんだろ?」
「と、ともだち、ですか?」
「そう。違うのか?」
「とも……だち、と言うよりは、……保護者ですね」
「ほごしゃ? 守護者みたいなものか? 凄いなエスカは!」
「す、凄い?」
「うん! 救世主を守護する者なんだもん!」
「……私が凄い? ……私は守護者?」
「今日は良い日だな。救世主と守護者の二人と友達になった。あはははは」
パニティーは更に高く飛び、喜びを全身で表している。
飛び回るパニティーの下で、一人でブツブツ言いだしているエスカに、大三郎は恐る恐る声を掛ける。
「お、おい、エスカ?」
「私は守護者」
「あ、そう」
「……。何ですか? その気の無い返しは?」
「守護者が守護する者を、一番攻撃しているように感じるのですが?」
「アメとムチです」
「ムチオンリーだよね?」
「そんな事はありません」
「いつかはアメを貰えるんですか?」
「はい。勿論」
「信じて良いんですか?」
「……。ハイ、モチロン」
「間があったって事は、事実上、無いって事ですね?」
「ソンナ、コトハ、アリマ、セン」
「お前……、徐々に俺に似てきたな」
「似る? それだけは身の毛もよだつほど絶対に嫌です」
「お前……、ホント、そのうち、俺、挫けるぞ」
何時ものやり取りをしていると、上で楽しそうに飛んでいたパニティーが声を上げる。
「あ! エスカ!」
「はい?」
「あいつらは、本当に私の妹を斬った奴じゃないのか?」
「ええ。おそらくは」
「……。ん~……、もう一回だけ、私も話を聞く」
パニティーは大三郎の頭の上に降り、メルロの話を聞くことにした。
大三郎達5人は木陰に座り話を始める。
パニティーの叫び声が森に響き渡る。
腕を浸していた大三郎は、感電した所為で川の中へ倒れ込み、そのまま流されて行く。
「ス、スギタ! お、起きろ! うーっ!」
パニティーは慌てて大三郎の下まで行き、うつ伏せになって流されて行く大三郎の服を必死に引っ張るのだが、いかせん妖精の力、一人で大の男を引っ張り上げるには無理がある。
「お、おい! 人間の女! 見てないで手伝え!」
「大丈夫です!」
「な、何が!?」
パニティーは、やはり一人では無理だと、引っ張っている大三郎の服を離すと飛び上がり、エスカに呼びかけるが、エスカはしれっとした顔で大声で答えた。
「そのままほっといても、こちらに流されて来るので、ここまで来たら拾えたら拾います! 気が向いたらですが」
エスカの余りにも無情な言葉に、(あいつ多分、拾わないな)と直感的に感じた。
流されていた大三郎が、トプンと川の中へ沈む。
「ス、スギタ!」
パニティーは慌てて川の上を飛び回り沈んだ大三郎を探す。
「沈みましたか?」
「見れば分かるだろ!? 人間の女もスギタを探すの手伝え!」
「大丈夫です」
「何が?」
「大丈夫なんです」
「だから何が!?」
エスカに声は聞こえているはずなのだが、パニティーを見たまま何の反応も示さない。
「……人間の女。お前、探すの面倒臭いだけだな」
「……。え? 聞こえません」
「聞こえてるだろ!?」
その時、エスカの近くの水面からブクブクと気泡が立ち、そこから水しぶきを上げ大三郎が叫びながら現れた。
「ウルトラバカっぱい!!」
「あら? 思ったよりお元気そうで」
「あら? 思ったよりお元気そうで、じゃねーよ!」
「どうかしましたか?」
エスカは小首をかしげ、わざとらしく不思議な顔をして大三郎を見る。
「何、電撃してんの?」
「杉田様にライトニングをした訳ではありませんよ?」
「感電て言葉を知ってますか?」
「はい。私は杉田様ほど無知ではありませんので、一般知識程度は当たり前にありますが? 何か?」
「僕、感電したんですよ」
「そうですか」
「ええ。歩く発電所があっちこっちで放電しまくっている所為で」
「歩く発電所ですか? 凄いですね」
「ええ。正式名所、移動式大型チクビ発電所って言うんですけどね。そこのバカチクビ発電所がですね、ポンコツで頭がイカレている所為で、やたらめったら放電しやがるんで――」
「ライトニング」
「あばばばばばばばばば!!!!」
再び大三郎は感電し、うつ伏せに倒れ流されて行く。
「ス、スギター!」
パニティーは再び流されて行く大三郎を慌てて追いかける。
「ふぅ。ゴミ処理は終わりました。さ、話の続きをしましょう」
一仕事終えたようにさらっと言うエスカと、何度も何度も電撃魔法を受けて立ち上がる大三郎に、メルロとソフィーアは声も出せずに目を丸くしたまま、ただただ驚くばかりだった。
「あ! うし――」
パニティーが何かを叫ぶ。
メルロとソフィーアが、何かに恐怖と驚きでビクンと体を動かす。
その刹那、エスカの後ろから黒い物体が襲い掛かる。
「―――ッ!」
エスカはその殺気に気付き、振り向きざまに裏拳をかますが、そこには誰も居らず、エスカの裏拳が鋭い音を立てて空を切る。
「あら? ……誰か居たような?」
パニティーとメルロとソフィーアの三人は見ていた。
高速とも言えるエスカの裏拳を、空中を舞う羽のようにスルリと躱し、まるで影のようにエスカの動きに合わせ、背後に回る忍者の如き大三郎を。
そして、これから起きる事を見ていた三人は後にこう語る。
数秒の出来事が、まるでスローモーションを見ているようだった……、と。
キョロキョロと不思議がっているエスカの背後で、大三郎は忍者の如く姿勢を低く構え、忍術を唱える時のように両手を組み合わせ、人差し指を立て印を結ぶ。
エスカは背後に気配を感じ、振り向こうとするが、それより早く、大三郎は両手の人差し指を立てた印をエスカのお尻に勢いよく突き刺した。
エスカのお尻にブスリと突き刺さるカンチョー。
その衝撃で下腹部を前に突き出し、たわわな胸を空に向けエビ反りになるエスカ。
驚きの余り、お尻を押さえながら振り向くエスカに、大三郎はすかさず必殺のトルネード・バカっぱいをエスカのたわわな胸にお見舞いした。
トルネード・バカっぱいの衝撃で、ぶるるんと揺れるたわわな胸。
大三郎はそれを満足そうな顔で見る。
その満足そうな大三郎の顔面が、激しい衝撃を受けた時のように、顔の皮膚と頭蓋骨がずれ歪む。
そう、エスカの打ち下ろしチョッピングライトが大三郎の顔面に直撃する。
大三郎は吹っ飛ぶかと思いきや、チョッピングライトの衝撃で下を向いた大三郎の顔面に、エスカのギャラクティカ的なマグナム並みのロングアッパーが、ホワイトファングのように追撃し火を噴いた。
エスカのロングアッパーの威力で、垂直立ちのように空中へ舞い上がる大三郎。
その大三郎をすかざず抱きしめるように捕まえるエスカ。
そして、そのままバックドロップのように、真後ろの地面へと大三郎を叩きつける。
顔面を地面に叩きつけられた大三郎は、逆さまになりながらピンと大地に立つ。
ブリッジをしていたエスカは、大三郎に背を向け、スクッと立ち上がると、解き放たれた大三郎の体は地面へとパタリと倒れた。
エスカの後ろ姿は勇ましく、まるで絵画に描かれた勇者のようだったと三人は語る。
だが、それで終わる事は無かった。
背を向けているエスカに、大三郎はイタチの最後っ屁アタックを仕掛ける。
大三郎は全身に力を込め、背中を見せているエスカのお尻めがけ、ラスト頭突きファイナルアンサー? をお見舞いしたのだ。
ミサイルの如くエスカのお尻、それも菊の門を直撃する大三郎の頭突き。
鬼の形相になるエスカ。
大三郎はパニティーに振り向き親指を立て、じゃーな。と笑顔で別れを告げる。
地震が起きたから地面を殴って止めちゃった、あの地上最強の生物お父さんのように、エスカは両手を広げ、グググッ……と体を捻じり力を溜める。
そして、鬼の形相のエスカの目がカッと光った瞬間、渾身の一撃が最短距離の中を駆け抜け、エスカのぶん殴りは音速を超えた。
その死の一撃は吸い寄せられるように大三郎の顔面へとヒットした。
メルロはこの話の締めくくりをこう話す。
振りかぶったエスカ殿の腕と胸が、一瞬消えたように見えた。その時だった。
エスカ殿の方から、何かが爆発したような、バン! という物凄い音がしたと思ったら、ほぼ同時に、私達が居る木の上から、ドオン! と凄い音がした。
見上げると、今の今までエスカ殿の目の前に居た救世主様が、ひっくり返ったカエルのように木にめり込んでいたんだ。嘘じゃない。突然現れたように、めり込んでいたんだ。と……。
決着はついた。
ふしゅるる的な白い息を吐いていたエスカは、無言のまま木にめり込んでいる大三郎に近づく。
その木の下に居る、事の一部始終を見ていたメルロとソフィーアは、逃げ出すように道を開ける。
エスカは木にめり込んでいる大三郎の足を掴むと、まるで小枝でも一振りするように、めり込んでいる大三郎を片手で引っこ抜き、地面に叩きつけた。
「次は止めを刺しますからね」
車に引かれた蛙の様にうつ伏せの状態で地面に突っ伏している大三郎に問いかける。
「……。いい加減、起きてください」
メルロとソフィーアは、エスカの言葉が宇宙言語に聞こえてしまうほど理解不能だった。
人の原型を留めているだけでも驚愕な事なのに、あれだけの事をされ生きている訳が無い。
「死んだふりを続けるのでしたら、今、止めを刺しますか?」
「やめて下さい」
「ひぃ!」
大三郎の声を聞き、メルロは短い悲鳴を上げた。
大三郎はむくりと起き上がると悲鳴を上げたメルロを見る。
あれだけの事をされ、平然としている大三郎を、化け物でも見ているように顔を青ざめさせながらガタガタと震えている。
腰が抜けているのか体に力が入らないのか、メルロは尻もちをついた姿勢のまま、ズルズルと後ずさりながらソフィーアの盾になろうとしている。
大三郎は頭を掻きながらそれを見ていた。
ただ、恐怖に慄いているメルロは、大三郎の一つ一つの仕草や動作が恐怖の対象でしかなく、大三郎が少しでも動くと体をビクつかせる。
「ぅぁ……ぁ……」
「あのぉ」
「ひっ!」
「……」
「ぅぅ……ぅ……」
「わ!」
「ひぃいい!」
余りにも大袈裟に怖がるメルロを、大三郎は少し冗談交じりに脅かしてみた。
予想以上に怖がるメルロに、どうしたものか……と、悩む大三郎にエスカが話しかける。
「杉田様、女性を怖がらせるものではありませんよ?」
「だって、ここまでビビられると……、ねぇ」
「まぁ、大抵の人は救世主の異常なほどの丈夫さに驚きますからね」
「丈夫でも、かなり痛いんですけど」
「生きてる証拠です。杉田様はそう簡単に死にませんから」
「それを見越して、好き放題痛めつけてくれますね?」
「ストレス発散にはぴったりです」
「俺は貴女の健康器具ではないのですが?」
「今のところ、それ以外の価値が見当たりませんので」
「ひどい! 本当に酷い!」
大三郎とエスカのやり取りを見ていたメルロは、これは夢なんだ。と、必死に思い込もうとしていた。
「スギター!」
パニティーが心配そうに飛んでくる。
「おお。パニティー」
「スギタ、大丈夫か?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
「そうか、良かった。でも、女の子のお尻を指で刺すのはダメだぞ。人間の女じゃなくても、あれは怒られるからな」
胸をなで下ろし、ホッとしたパニティーは腰に手を当て、前かがみの姿勢で指を立て大三郎を怒る。
「そうですよ杉田様。私だからあれで済みましたが」
「あれ以上を出来る人は居ないと俺は思います」
「もし、マリリアン様に同じような事をしたら、地面の奥深くに閉じ込められちゃうぞ」
「エスカさん。居ました。1秒であなた以上なのが居る事を知りました」
「一つ賢くなりましたね?」
「はい。大三郎は一つ賢くなりました」
「良かったですね」
「良くはないです」
和気あいあいと会話する三人を、メルロ達はどこか神話の世界を見ているような感じがした。
パニティーはジッと自分達を見ているメルロに気付き近づく。
「おい、お前! 良いか、お前た――ッ!」
―――ぺろん。
パニティーがメルロ達に言い寄っていると、大三郎は後ろからパニティーのお尻を舐める。
「ぴぃや!」
パニティーは驚き振り返る。
「な、なな何するんだ、スギタ?」
「落ち着けパニティー。そこの二人はエスカが話を聞くから、俺達はその後だ」
「そうですよ。さっきので杉田様が救世主だと理解できたでしょうし、話やすくはなりましたから」
パニティーは不思議な顔をしてエスカに聞く。
「おい、人間の女」
「はい、何でしょう?」
「どうして、スギタが救世主だと理解できるようになったんだ?」
「あれだけの攻撃を受けて死なないのは、神々の加護を受けた救世主だけですから。勇者や英雄でも、あれだけの攻撃を受けたら、流石に死んでしまいますからね」
「ああー! そうか。成るほど、納得いったよ。教えてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
パニティーはエスカにお礼を言うと、大三郎の周りを飛びながら少し興奮気味に言う。
「本当にスギタは救世主なんだな! 私、救世主と話をするのは初めてだよ」
「そ、そうかい? 俺自身、あんまりピンと来ないんだけどね」
「人間の女は、私から見ても凄い奴だって分かる。その人間の女に攻撃されても死なないなんて、やっぱり救世主って凄いんだな」
「死なないだけで、ガチで死ぬほど痛いんだけどね。はは……」
「死なないだけでも凄いよ! よし決めた!」
「どうした?」
「私と友達になろう!」
「ともだち?」
「そう! 救世主の友達が出来たって言ったら、みんな驚くだろうな~。ふふふ」
パニティーは楽しそうに大三郎の周りをひとしきり飛んだ後、大三郎の肩に腰を下ろす。
「スギタは、私と友達になるのは嫌か?」
動くフィギュアは、リアルで見ると、もっと可愛く見えるものなんだな。と、大三郎は思った。
「んじゃ、俺とパニティーは今から友達だな」
「やったー! 救世主と友達になったぞー! あははは」
パニティーは再び大三郎の周りを飛び回る。
「パニティー、エスカも人間の女じゃなく、エスカって呼べばいいのに。おっぱいでも良いぞ」
「ん? エスカって誰だ?」
「は?」
流石の大三郎もパニティーの一言に驚く。
「だ、誰って、お前……」
「杉田様」
「何?」
「妖精は、深く興味があるモノや心を許した相手ではないと、モノの名や人の名を覚える事はありません」
「え? そうなの?」
「はい。ですから、パニティーさんが私の名を呼ばないのも不思議ではないのですよ」
「そうなんだ……」
大三郎は何故か少しだけ複雑な思いがした。
パニティーは、ちょっとだけ寂しそうな顔をする大三郎に気付く。
「おい、エスカ」
「え……?」
エスカはびっくりした顔でパニティーを見る。
「あれ? エスカって名前じゃなかったっけ?」
「私はエスカ・ぺルトルですが……」
「長いな~。エスカで良いだろ?」
「え? ええ、……はい」
「エスカもスギタの友達なんだろ?」
「と、ともだち、ですか?」
「そう。違うのか?」
「とも……だち、と言うよりは、……保護者ですね」
「ほごしゃ? 守護者みたいなものか? 凄いなエスカは!」
「す、凄い?」
「うん! 救世主を守護する者なんだもん!」
「……私が凄い? ……私は守護者?」
「今日は良い日だな。救世主と守護者の二人と友達になった。あはははは」
パニティーは更に高く飛び、喜びを全身で表している。
飛び回るパニティーの下で、一人でブツブツ言いだしているエスカに、大三郎は恐る恐る声を掛ける。
「お、おい、エスカ?」
「私は守護者」
「あ、そう」
「……。何ですか? その気の無い返しは?」
「守護者が守護する者を、一番攻撃しているように感じるのですが?」
「アメとムチです」
「ムチオンリーだよね?」
「そんな事はありません」
「いつかはアメを貰えるんですか?」
「はい。勿論」
「信じて良いんですか?」
「……。ハイ、モチロン」
「間があったって事は、事実上、無いって事ですね?」
「ソンナ、コトハ、アリマ、セン」
「お前……、徐々に俺に似てきたな」
「似る? それだけは身の毛もよだつほど絶対に嫌です」
「お前……、ホント、そのうち、俺、挫けるぞ」
何時ものやり取りをしていると、上で楽しそうに飛んでいたパニティーが声を上げる。
「あ! エスカ!」
「はい?」
「あいつらは、本当に私の妹を斬った奴じゃないのか?」
「ええ。おそらくは」
「……。ん~……、もう一回だけ、私も話を聞く」
パニティーは大三郎の頭の上に降り、メルロの話を聞くことにした。
大三郎達5人は木陰に座り話を始める。
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