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父の望むもの

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今度は父ではなく彼がじっとテーブルの上に自身がおいた紙袋を見つめる番だった。二分程たったところで彼の携帯電話が鳴った。彼は対応し、「分かった。」とだけ言って電話を切った。

「息子からです。息子もお邪魔させて頂いてよろしいでしょうか?」

彼の問いに父は堂々と「どうぞ。」と答えた。

十五分程して亮君が我が家に到着した。父とあたしに一礼し、父に促されて彼の父親の隣に座った。それから間もなく彼の父親は口を開いた。

「今回の件について私はお前が一方的に悪いと考えている。だから私は今日、お前の父親としてけじめをつけに来たつもりだ。優江さんの未来の為にお腹の子供をおろして下さいとお願いにあがった。しかし、その本心ではどこかお前の未来の為にという気持ちが正直あった。

だが、優江さんもお父さんも子供を産むことを望んでいらっしゃるらしい。こうなれば話は別で、お前も私も出産と子育てにご協力、いや我らの家族、親族が一丸となって、すすんで新しい命の誕生を迎えなければならないと私は今考えている。亮。お前にその覚悟は出来ているのか。」

間髪いれずに、

「はい。出来ております。」

と頼もしい返事が返ってきた。この返事にふたりの大人もホッと一息ついたように見えた。本当に安堵しているように見えた。もしかしたら、彼も心のどこかでは孫の誕生を望んでいる部分もあったのではないかと思えるほどに。

「息子は見ての通りまだまだ幼い子供です。例え優江さんと一緒でも一人の子供を育てあげるだけの力は到底ありません。しかし、私と家内、そして親族全員で出来うる限りの努力をしたいと考えております。親子揃って頼りない部分も多々御座いますが今後とも宜しくお願い申し上げます。」

それに対して父も僅かだが微笑みながら答えた。

「それはこちらも一緒です。お互い力を合わせて新しい命が無事に生まれ、そして育つように努力しましょう。」

大人達はお互いの手を強く握りあった。あたしにはいまだこの話が真実だと受け止めるのに時間が必要だった。

それではこれで失礼しますと、亮君とその父親が帰ろうとしたときに、うちの父がテーブルに置かれた包みを指してどうかお持ち帰りくださいと促した。しかし、亮君の父親はそれはいくばくかの気持ちです、と言ってそれを置いて我が家を後にした。
ふたりが帰ったあと、まだ目の前で起きた大人達のやり取りを信じきれないあたしは改めて父に尋ねた。

「ねえ。本当にあたし赤ちゃん産んでいいの?お父さんも本当に賛成してくれるの?」

「優江の真剣に子供を産みたいという気持ちはよく伝わってきたよ。不安な面は確かにある。

だけど亮君のお父さんのおっしゃるあちら側のご家族も応援して頂けるという言葉を聞いて安心したよ。お父さんも優江の味方だよ。だから優江。安心してきちんと責任を持って一生懸命になって元気な子を産みなさい。」

あたしにはこと言葉が神様の言葉のように聞こえた。父はあたしの頭を優しく撫でながら続けた。

「お父さんはね。実は優江のおなかに出来た子供が岳人の生まれ変わりなのじゃないかと思えてならなかったんだ。お父さん、岳人が亡くなってからずっとあの子のことを考えない日は無かった。優江やお母さんに心配かけないように会社に行ってくる、と言いながらも実は会社までたどり着けない日も多かったんだ。ずっとずっとあの子の笑顔も、事故にあった日の辛そうな顔も忘れることなんて出来なかった。優江のおなかに子供が出来たと知ったときには正直、驚きも怒りもあった。だけど、どこか嬉しくもあったんだ。でも、どこか怖かったんだな。命というものを授かることが怖かった。優江と一緒になって子供を育てるということがおっかなかったのだな。

しかし、優江を見ているとその後ろに岳人が立っているように見えてきた。僕、またパパのところに戻ってきたよって言っているようだった。そう思うと優江に頑張って産んでもらおうという気持ちになってきたんだな。今は、もう迷いなんてないよ。お父さんもお母さんも協力するから、優江、頑張って元気な子を産んでくれ。」

溢れ出る涙を堪えられないまま父にありがとうと言った。あたしのおなかの中の子を、岳人のように可愛がってくれるんだ。あたしはおなかをさすりながら、良かったね、良かったねって心の中で子供に語りかけた。あなたは愛されているんだよ。みんなが笑顔であなたの誕生を待ちわびているのだよって。あたしの頭の中に「に~。」と笑う岳人の顔が浮かんできた。「ありがとう。待っててね。姉たん。」そう言って彼はすぐに姿を消した。
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