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崩れる家族

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 そう考えるとおろすなんてとても出来るわけがない。父もどんなに怒鳴ったり、あたしや亮君を責めたりしてもこの子とあの子をダブらせているあたしを見るとそれ以上はなにも言えなくなるのだった。それに加えて、あたしは父を困らせるすべを持っていた。あたしはこの子をおろすのなら、自分も一緒に死んでやるとあの日亮君の家で宣言した台詞を今でも繰り返していた。バカなことを言うなと父はいうが、全くこの言葉を信じていない訳でもないようだった。自分でこう言うのもなんだが、あたしの放つ死ぬという言葉には他人の言うそれとはなにか違う重みがあったと思う。事実、あたしはカウントダウンの始まったあの日から自分の命というものを軽く見ていたところがあった。なにも自殺願望者と言うわけではないのだけれど、あたしは過去に二回本気で死のうと思ったことがある。

 一回目は初めて自分の命の短さを教えられたとき。なぜ死ななければならないのか、どうなって死ぬことになるのかを考えることで相当苦しんだ。いっそのこと自分の選んだ方法、場所、時間に死にたいと本気で思っていた。だけど、残されることになる岳人や家族や友人を悲しませることに気付きそうすることをやめた。

 二回目は岳人が亡くなったとき。もう、あたしが死ぬことで一番悲しませたくない人がこの世に居なくなったのなら自らの命を絶ってもいいと思ったのだ。だけれども、苦しんで苦しんで出した答えは岳人のために、頑張って生きてみようというものだった。あたしは昔から自分の命は誰か他の人の為にあると考えてきた。だからこそ自分の命が消えることで他人を悲しませてはいけないと考えていた。

 だけどあたしは自らの命に固執なんてしていない側面もあった。悲しむ人がいないのだったら。いつ命の灯が消えても構わない。毎晩毎晩寝る前に自分の部屋と岳人の部屋の戸締りをしつこいくらいに往復運動をしていたあの頃からあたしは寝る前に、家族の誰かに災いが降り注ぐなら代わりのあたしの命を持ち去ってくださいと神様に祈っていた。

 そんなに自分の命を重宝しないあたしが放つ「死んでやる。」と言う台詞はなにか真実味をもって父に届いていたのではないだろうか。

 あたしは生まれてくる命の大切さ、そして自分の命の粗末さをたてに父に対峙していた。これからもその姿勢は変わ らないつもりだ。
 
 そのころ母はどうしていたか。可哀そうなことに再び精神的にかなり追い詰められた状態にあった。あたしが部屋に引きこもって、その部屋のドアの前で父が怒鳴っているのを見ていつも苦しんでいるようだ。ただ、父が家におらず、あたしとふたりでいるときにはいつもの優しい母だった。あたしが気分が悪いとこぼすと話し相手になってくれた。その会話の中にあたしに対する咎など一切なかった。温かい飲み物を用意してくれて、あたしにリラックスするように促してくれた。きっとあたしが子供を産みたいということにも大きく反対をしていなかったような気がする。ただ、母はあたしと同じように壊れやすく、脆い心の持ち主になってしまった。時々、ひどく疲れたようにリビングのソファの上でうずくまったりしていた。あたしが声をかけるとあたしのことが心配であたしがふさぎ込んでいるのを見ると非常に気分が重くなるとも話していた。

 母の具合が悪いことは大層心配ではあったが、あたしはその言葉を聞くと不愉快な気分になるというのが正直なところだった。あたしだって好んでふさぎ込んでいるわけではない。おなかの中の赤ん坊のためにも明るく元気を出して生きていたいが、それを阻まれるような環境におかれているのだ。その環境のせいであたしの寒々しい心はよけいに凍えているのだ。あたし自身が悪いのではない。環境が悪いのだ。そう考えるあたしは母の気持ちを察してやれない自己中心的な我がままな子供だった。
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