あたしは蝶になりたい

三鷹たつあき

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死ぬ日が分かっていたら健やかに生きられないじゃない

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理由も心得ていないのにそんな不気味な行動をするのか。明確な目当てもないのならやめてくれ。忌々しいのだ。

「ご下命なのだからやむを得ないじゃないか。その理由を知る必要もないだろう。優江はなんの為に、なにをするために生きているのか知っているのかい。」

 あたしが生きている理由。何度も探したことがある。幼い頃から考える癖はあったし、あの幻影が見えてからはなおさら意識してきた。行き着く答えは、理由などない、だった。だから、ソイツの言うことが正論だと認めるしかない。

 さっきからソイツが口にするそらとはなんなのか。ソイツがそらの言いつけでこの世に現れたのなら、あたしがここにいることもそらが決めたことなのだろうか。

「その通りだと聞いているよ。この世の生きものはすべてそらによって、ある目的を果たす為に生まれてくるのだと。そらがなにかとは回答を示せない。オレを造ってくれたこと。この世界の唯一の意思であることくらいしかオレも知らないからな。」

 あたしは頭を左右に激しく振ることが精一杯。悪魔の話を否定するわけでもない。そもそも理解が追いつかない。ただ、どこかで似たような話を聞いたことがある気もする。あれは宗教の本だったか。遠い昔の話だけど随分印象に残っている。これ以上、悪魔の存在と、あたしに憑依する理由を深く掘り下げても腑に落ちることはないだろう。それに実はどうでもいいことなのだ。あたしが知らなくてはいけないことはまったく他にある。あたしは本当にあと二年程しか生きられないのか。

 悪魔はこれまでより真剣になったような面貌をする。人間と同じ様な顔の造りをしていたが、さらに人間らしい顔色をして頷いた。

 あたしは縋るように、乞うように睨み返す。悪魔はあたしの気持ちを汲み取ったように静かに何度か首を縦に振った。

 どうしてあたしが選ばれたのだろうか。どうして死ななくてはならないのか。

「別に優江はなにかに捧げる為に死ぬわけではないさ。生贄として選ばれたわけではない。死ぬことに理由なんてない。そらが決めたことだから。優江は生まれたときにはもうすでに死ぬ日も定められていたんだよ。優江だけじゃない。他の人間も、象も白鳥も毛虫もデモンもみんないつ生まれて、いつ死ぬのかを決められてこの世に現れるんだ。そして、大概の生きものは自分の死ぬときというものを知りながら生きているんだ。オレはおよそ六百年後に死ぬんだよ。なぜか、人間は命がいつまで続くのか自覚していないものがほとんどだ。おそらく、その能力をそらに奪われてしまったのだろうな。だから、オレにしてみれば死期を存ずる優江が当たり前で、他の人間が劣っているものだと憶えるけど。」

 そんなのおかしい。死ぬ日が分かっていては健やかに生きていけるはずがない。そんなものが見えていては希望が湧かないじゃない。
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