116 / 156
水の神殿で残る雑務
水の神殿で残る雑務④
しおりを挟む
マリは塔を出て、昨日散歩中に見つけていたベンチへと向かう。後ろを振り返ると、藤色の髪の少女がとぼとぼと付いて来る。手を引かなくても、逃げようとしないのは、基本的に素直な性格だからだろう。
石を積み上げただけの簡素な階段を上り、見晴らしのいい高台に出る。
今日の海は随分と穏やかだ。
マリがピョンとベンチに腰掛け、カリュブディスも恐る恐るといった感じに座る。
冷たい風が吹き、二人の髪を乱す。
隣に座る少女の膝をチラリと見ると、その爪は意外にも綺麗な金色に染められていた。彼女は見られるのが嫌なのか、手を握りしめ、マリの視線から爪を隠した。
その様子に少々落胆しながらも、口を開く。
「海の中と、土の上、どっちが居心地いい?」
我ながらしょうもない質問だと思ったが、カリュブディスは真剣な表情で腕を組んだ。
「…………海」
長い沈黙の後の小さな声。彼女はちゃんと話せるらしい。
マリは会話が成立したことに安堵する。
「……ずっと…………海の中で……眠っていたかった。父上の揺り籠で…………。醜い私は、誰からも見られるべきじゃ……ない」
ポツリポツリと紡がれる言葉は随分ネガティブだ。
マリは改めて彼女の顔を見る。どこも醜くなんかない。それどころか、堂々と道を歩いたら、その辺の男が何十人も釣れそうなくらいに可憐だ。
「めっちゃ綺麗じゃん。私はアンタの見た目好き」
「……!?」
彼女は真っ赤になってマリを見つめる。いつまでも赤みが引かないそのホッペを見ていると、こっちまで照れてしまうので、ワザと咳払いして話題を変える。
「神界に行って、何して来たの?」
「神界…………生みの親に会った。……一緒に暮らさないかって……。……断った……。顔を見たくない」
「ふぅん」
水の神から聞いた彼女の過去を考えたら、嫌うのは当然かもしれない。
実の親に捨てられてしまうなんて、マリだったら死ぬまで呪う。
「……父上も、それがいいだろうと言った。でも…………、この世界は私にはまだ危険…………、だから……お前と共にあれと」
「うん。……んん!? どういう事!?」
聞き捨てならない事を言われた気がする。
彼女はマリの問いには答えず、茹で蛸の様に真っ赤なまま両の手を伸ばしてくる。
小さな手は、マリの右手を大切そうに握り込む。
冷水の様な感覚だ。
彼女の潤んだ眼差しは異性に向けるべきものだと思うのだが、その金色の瞳はヒタリとマリだけを映す。
「お前は……善良…………。父上に従う事にする。…………私を受け入れよ」
「何する気……?」
「お前は私を……、私はお前を……守る」
「ふぇっ!?」
少女の姿がグニャリと歪む。それと同時に、先日浴びた冷たい海水にもう一度浸る感覚になり、頭が混乱する。窒息するように苦しくて、落ち着くまで目をギュッと閉じた。
数十秒が経ち、漸く空気をうまく吸える様になった。目を開けると、さっきまで隣にいた少女の姿が消えてしまっていた。
「どこ行った……?」
辺りを見回してみても、それらしき姿はない。
先日無理やりアルコールを詰め込んだ事への意趣返しだったんだろうか?
モヤモヤしながら両手を組むと、爪の色がおかしいのに気がつく。何故か金色に染まっている。料理をするマリは、普段からネイルをしないのに、どういう事なのか。
その色がカリュブディスの爪の色にも似ている気がして、微妙に嫌な予感がしてくる。
(さっき、あの子何て言ってたっけ? 『私を受け入れよ』? いったいどういう……)
爪の表面を引っ掻いてみたりしていると、独特な足音が近付いて来るのに気がついた。ベンチから立ち上がり、そちらを見ると、水の神がコチラに向かって来ていた。マリを見上げ、ニンマリと笑う。
「あら。うまくいったみたいねぇ」
「……うまくいった?」
聞き間違えだろうか? マリは彼の言葉をちゃんと聞くために、走り寄る。
「カリュブディスに、オーパーツの機能が元通りになるまではお前と一体化しておいたらいいと、伝えておいたのよ」
「一体化!?」
「瘴気はあの子にとって、脅威なの。だけど、お前と共にある事で、あの子の身体に変化が起きるかもしれない。そしてお前はカリュブディスにその身を守ってもらえる。仲良くやんなさい」
水の神の話に、マリは愕然とする。神の子と一体化するだなんて、全く予想していなかった。というか、普通承諾を得てから実行するんじゃないだろうか。親子揃って言葉が足りなすぎる!
だんだん腹が立って来たマリは、水の神に食ってかかった。
「あのさぁ! 人の事なんだと思ってんの! 神だからって、勝手すぎ!!」
「うふ……。アタシの役に立てる者は少ないの。使ってもらった事を有り難く思いなさい。ねぇ、それより、カミラの石板は読んだ?」
石を積み上げただけの簡素な階段を上り、見晴らしのいい高台に出る。
今日の海は随分と穏やかだ。
マリがピョンとベンチに腰掛け、カリュブディスも恐る恐るといった感じに座る。
冷たい風が吹き、二人の髪を乱す。
隣に座る少女の膝をチラリと見ると、その爪は意外にも綺麗な金色に染められていた。彼女は見られるのが嫌なのか、手を握りしめ、マリの視線から爪を隠した。
その様子に少々落胆しながらも、口を開く。
「海の中と、土の上、どっちが居心地いい?」
我ながらしょうもない質問だと思ったが、カリュブディスは真剣な表情で腕を組んだ。
「…………海」
長い沈黙の後の小さな声。彼女はちゃんと話せるらしい。
マリは会話が成立したことに安堵する。
「……ずっと…………海の中で……眠っていたかった。父上の揺り籠で…………。醜い私は、誰からも見られるべきじゃ……ない」
ポツリポツリと紡がれる言葉は随分ネガティブだ。
マリは改めて彼女の顔を見る。どこも醜くなんかない。それどころか、堂々と道を歩いたら、その辺の男が何十人も釣れそうなくらいに可憐だ。
「めっちゃ綺麗じゃん。私はアンタの見た目好き」
「……!?」
彼女は真っ赤になってマリを見つめる。いつまでも赤みが引かないそのホッペを見ていると、こっちまで照れてしまうので、ワザと咳払いして話題を変える。
「神界に行って、何して来たの?」
「神界…………生みの親に会った。……一緒に暮らさないかって……。……断った……。顔を見たくない」
「ふぅん」
水の神から聞いた彼女の過去を考えたら、嫌うのは当然かもしれない。
実の親に捨てられてしまうなんて、マリだったら死ぬまで呪う。
「……父上も、それがいいだろうと言った。でも…………、この世界は私にはまだ危険…………、だから……お前と共にあれと」
「うん。……んん!? どういう事!?」
聞き捨てならない事を言われた気がする。
彼女はマリの問いには答えず、茹で蛸の様に真っ赤なまま両の手を伸ばしてくる。
小さな手は、マリの右手を大切そうに握り込む。
冷水の様な感覚だ。
彼女の潤んだ眼差しは異性に向けるべきものだと思うのだが、その金色の瞳はヒタリとマリだけを映す。
「お前は……善良…………。父上に従う事にする。…………私を受け入れよ」
「何する気……?」
「お前は私を……、私はお前を……守る」
「ふぇっ!?」
少女の姿がグニャリと歪む。それと同時に、先日浴びた冷たい海水にもう一度浸る感覚になり、頭が混乱する。窒息するように苦しくて、落ち着くまで目をギュッと閉じた。
数十秒が経ち、漸く空気をうまく吸える様になった。目を開けると、さっきまで隣にいた少女の姿が消えてしまっていた。
「どこ行った……?」
辺りを見回してみても、それらしき姿はない。
先日無理やりアルコールを詰め込んだ事への意趣返しだったんだろうか?
モヤモヤしながら両手を組むと、爪の色がおかしいのに気がつく。何故か金色に染まっている。料理をするマリは、普段からネイルをしないのに、どういう事なのか。
その色がカリュブディスの爪の色にも似ている気がして、微妙に嫌な予感がしてくる。
(さっき、あの子何て言ってたっけ? 『私を受け入れよ』? いったいどういう……)
爪の表面を引っ掻いてみたりしていると、独特な足音が近付いて来るのに気がついた。ベンチから立ち上がり、そちらを見ると、水の神がコチラに向かって来ていた。マリを見上げ、ニンマリと笑う。
「あら。うまくいったみたいねぇ」
「……うまくいった?」
聞き間違えだろうか? マリは彼の言葉をちゃんと聞くために、走り寄る。
「カリュブディスに、オーパーツの機能が元通りになるまではお前と一体化しておいたらいいと、伝えておいたのよ」
「一体化!?」
「瘴気はあの子にとって、脅威なの。だけど、お前と共にある事で、あの子の身体に変化が起きるかもしれない。そしてお前はカリュブディスにその身を守ってもらえる。仲良くやんなさい」
水の神の話に、マリは愕然とする。神の子と一体化するだなんて、全く予想していなかった。というか、普通承諾を得てから実行するんじゃないだろうか。親子揃って言葉が足りなすぎる!
だんだん腹が立って来たマリは、水の神に食ってかかった。
「あのさぁ! 人の事なんだと思ってんの! 神だからって、勝手すぎ!!」
「うふ……。アタシの役に立てる者は少ないの。使ってもらった事を有り難く思いなさい。ねぇ、それより、カミラの石板は読んだ?」
0
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

叶えられた前世の願い
レクフル
ファンタジー
「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる