上 下
58 / 156
街の解放と魔王の目覚め

街の解放と魔王の目覚め③

しおりを挟む
『ベルセアデス様……、ベルセアデス様……』

 どこかから、艶やかな女の声が聞こえる。
 ベルセアデスとは誰だったかと、寝ボケた頭で考え、やや暫くした後、自分の事だったと思い出す。

(誰かがオレを呼んでいるな。メンドクサイ。まだ寝ていたいんだ……)

 魂が引かれる様な感覚が不快で、抵抗する。
 この声に応じたら、闇の中から出て行かなくてはならないが、ベルセアデスは気が乗らなかった。

 嫌な記憶がフラッシュバックする。
 長い眠りにつく前、“勇者”と呼ばれる男に聖剣で心臓を貫かれた。白い髪にアメジスト色の瞳。自信満々に笑うその顔を思い出せば、イライラした感情を思い出す。

(あーゆう、心を病んでるくせに、正義漢ぶる奴、ほんっと胸糞わりー)

 心根が黒く染まった男だったのに、“勇者”というだけで、人々に支持されていた。
 人間はどいつもこいつも、肩書きを重視しすぎるあまり、内面を軽視するのだ。バカバカしいにも程がある。

 前の“器”が破壊された時も、“勇者”は仲間を捨て駒にして、自分をおびき寄せた。あんな奴に破壊された事に、白けてしまい、虚無感が半端じゃない。

 今、自分を引っ張る力はとても弱い。使用した“贄”の質がイマイチなのだろう。これくらい微弱なら無視していい。

『ベルセアデス様。貴方様の為に用意した“器”は、極上の美少女でございます。黒髪に猫耳。きっと気に入って下さいますわ』

(むむ……)

 なかなか魅力的な事を言ってくれる。
 何を隠そう。ベルセアデスは美少女とモフモフが大好きなのだ。この二つを目の前に吊るされてしまうと、容易く心が揺らぐ。前回勇者の策略に嵌ってしまったのも、この二つにグラついてしまったからに他ならない。

(でも、なんで“器”をオレ好みに? オレ自身が可愛くなったら、存分に愛でれないような??)

 若干モヤモヤしつつも、『極上』の容姿には興味津々だ。一目見たいと思ってしまう。

 ウッカリそういう思考になったからなのか、ベルセアデスの魂はいとも容易く上昇を始める。

(あー、誘惑に負けてしまったな)

 起こそうとしている者は、ベルセアデスの好みを調べ上げている様だ。少しだけ感心する。

 魂はひたすらに上昇し、光の中に放り出される。すると急に、自由が制限される様な感覚になった。粘土かなにかの様に四肢が重く感じられる。腕や足に柔らかな布の感触があり、自分が横たわっているのを理解する。
 硬く閉じられた目を苦労して開くと、眩しい光がベルセアデスの身体に降り注いでいた。

「朝の……光……?」

 口から出た声音にギョッとして喉を抑える。鈴を転がす様な可愛らしい声。本当に自分が出したのだろうか?

「女の……声……。あぁ、今回は女の身体だったな」

 独り言を呟く声にまだ違和感を感じつつ、身を起こし、視線を下に向ける。
 漆黒のドレスを身に纏っていた。
 そして胸は……無い。

「ツルペタッ! 鏡とか無いのか?」

 キョロキョロと周りを見回すと、奥に姿見があった。
 寝台を下り、動きの鈍い身体でそこまで歩く。自分の姿を映し、気分が高揚する。
 艶やかな黒髪ロングに、吊り上がった目。頭部の黒い猫耳と、金色の瞳の組み合わせは、まるで黒猫だ。唇がアヒル口なのがとても可愛い。
 ベルセアデスは身に纏うドレスの裾を持ち上げ、クルリと回転する。

「媚び媚びな感じがまたいいな。もっと胸が大きかったら最高だったが、まぁ、これはこれで__」

__ドガン!!

 近くから聞こえてきた破壊音に、ベルセアデスは眉を顰める。人のお楽しみを邪魔するとは、無粋にも程がある。

「うるせーな」

 足音はこちらに近付いて来ている。複数人居て、友好的な感じではない。

「そう言えば、オレを呼んだ奴ってどこに居るんだ?」

 呑気に頭をボリボリかいているうちに、部屋の扉が吹っ飛んだ。礼儀という物を知らない奴等らしい。

「よーこそ」

 女っぽく、足を引いてお辞儀してやると、入室してきた男女五人が、狐に包まれた様な顔をした。
 先頭に立つのはつるっ禿げのオッサンで、後方に女の姿もある。色黒の肌に、綺麗な瞳をしていて美しいが、残念ながらベルセアデスの好みじゃなかった。

「もう五歳若かったら、いい線言ってたんだけどな」

「何言ってるんだぁ? お前、魔人の側近の獣人か? 魔人を倒したし、もう魅了の術は溶けてるはずなんだが」

 つるっ禿げの男が、鋭い視線でベルセアデスを見ながら、近付こうとする。

「ナスド、近付かない方が良さそうだ。この娘の魔力と瘴気、ただ事じゃない……」

「た……確かに……。お前は一体?」

 ベルセアデスの姿を観察し、困惑する人間達に、思わず笑いを漏らす。

「お前達、旨そうなエーテルを持ってるな。朝ご飯にちょうど良さそう」

「何だと!?」

「新しい器を得たベルセアデス様の、初めての飯になれるんだ。光栄に思えよ?」

「ベルセアデス!? ナスド! こいつは魔王だ! 下がれ!」

 ベルセアデスが放った衝撃波は、女が咄嗟に張ったバリアに防がれる。ぶつかり合う二つの力の余波で、窓や壁がビリビリと悲鳴を上げる。

「いつまで防げるかな……?」

 女の必死な表情を眺めながら、魔王ベルセアデスはニタリと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

【完結】ガラクタゴミしか召喚出来ないへっぽこ聖女、ゴミを糧にする大精霊達とのんびりスローライフを送る〜追放した王族なんて知らんぷりです!〜

櫛田こころ
ファンタジー
お前なんか、ガラクタ当然だ。 はじめの頃は……依頼者の望み通りのものを召喚出来た、召喚魔法を得意とする聖女・ミラジェーンは……ついに王族から追放を命じられた。 役立たずの聖女の代わりなど、いくらでもいると。 ミラジェーンの召喚魔法では、いつからか依頼の品どころか本当にガラクタもだが『ゴミ』しか召喚出来なくなってしまった。 なので、大人しく城から立ち去る時に……一匹の精霊と出会った。餌を与えようにも、相変わらずゴミしか召喚出来ずに泣いてしまうと……その精霊は、なんとゴミを『食べて』しまった。 美味しい美味しいと絶賛してくれた精霊は……ただの精霊ではなく、精霊王に次ぐ強力な大精霊だとわかり。ミラジェーンを精霊の里に来て欲しいと頼んできたのだ。 追放された聖女の召喚魔法は、実は精霊達には美味しい美味しいご飯だとわかり、のんびり楽しく過ごしていくスローライフストーリーを目指します!!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...