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それぞれの思惑
それぞれの思惑⑤
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皇帝が床に倒れ伏すと、その身体から紫色に輝く玉が出て、ステラが持つ箱の中に吸い込まれた。
パタムと蓋が閉じたのは、箱が求める物が収まったからだろう。
白地から、ドス黒い色合いに変色した箱を、ステラはしっかり握りしめる。
騒めくエントランスで、ナターリアただ一人が真っ直ぐにステラを見つめる。
大罪を犯した娘に、失望しただろうか? だけどそれはお互い様なのだ。
(血は争えないってやつだよ。私はやっぱり、ナターリア皇女と皇帝の非道な所を受け継いでしまったんだ)
ヒタヒタと忍び寄るような絶望に耐えるために目を硬く瞑る。
産みの親に少しばかり同情したかもしれない。それに、自分が捨てられた理由もよく分かった。
帝国とルフロス王国の未来を考えて、といってはおこがましいが、彼の行動を止めなければならないと思ってしまったのだ。
唇を噛み締めると、誰かの手がステラのソレに重ねられた。
「ステラちゃんは愚か者ね」
薄目を開けて前方を見遣れば、優美な乙女が淡い微笑みを浮かべて、目の前に現れていた。
美しき悪魔シトリーだ。
「私……、自分の手で祖父を……」
皇帝の亡骸は側近に囲まれてしまっている。
ステラが兵士に囚われていないのは、彼等がナターリアに制されているからだが、皇帝殺しはこの国においても一番重い罪だろう。極刑になってしまうかもしれない。
ガクガク震える身体をシトリーは優しく引き寄せ、抱きしめてくれた。
「本当はね、あの人間の男に嫉妬してしまったの。ステラちゃんの心が完全に傾いてしまうより早く、魂を汚して、地獄に連れていってしまおうと思った。でもね、分かっちゃった」
「シト……リー?」
彼女の柔らかな身体は、徐々に硬くなり、女性のものとは思えないような感触になった。
骨張った指が、ステラの肩甲骨をなぞる。
「綺麗なままの、貴女の魂が欲しいなぁ……。だから今回は、別のものを貰っていくことにしよっと」
フワリと唇に当たったのは、マシュマロの様な感触。
シトリーと良く似た美しい顔を呆然と見ているうちに、その少年はステラの手から小箱を奪い、開け放った。
エントランスの方から、皇帝の苦し気な呻き声が上がる。
「皇帝陛下が息を吹き返したぞ!!」
「なんと!!」
エントランスでくり広げられる光景は現実味が薄い。こんなに簡単に生死を左右してしまえるのかと思ってしまう。
少年は皇帝の魂を解放したのだろう。
その気紛れな感情を、ステラはきっといつまでも理解出来ない。
シトリーだったはずの何かは、ステラの手に一輪の鈴蘭を握らせた。
「また遊んでね、ステラちゃん」
「二度と……現れんなです……」
クスクス笑いながら美しい悪魔の姿は消え、残された鈴蘭の花は、ステラの手の中に溶けてしまった。
◇◇◇
皇帝陛下に謁見した日から三日後、ステラ達は未だにミクトラン帝国の宮殿に留め置かれている。
とはいっても、行動を制限されているわけではない。
自由に市街地や観光地に出掛けてもいいのだ。しかしステラは何もする気力が湧かず、自分にあてがわれた部屋に篭って、福音書等を再読している。
悪事に手を染めた自分を、誰も罰っしてはくれなかった。
それどころか、皇族の一員として、歓迎してくれている。それが非常に居心地悪くて仕方がない。
あの日、皇帝は目を覚ました後、それまで彼がやってきた行いを悔いた。
大量破壊兵器の研究、身内の命を自分の野望の為に犠牲にした事、幾度も悪魔召喚に手を染めた事。
今回のシトリー召喚は、皇帝がルフロス王家の血を引くため、自分よりも王位継承順位が高い者を殺させる目的があったようだ。王位に就く権利を主張し、戦争をしかけようとしていたのかもしれない。
これだけの事をやらかした皇帝は、その全てに責任をとるため、皇位をナターリアに譲り、退位すると宣言した。
ここまでくると、彼の心のあり様が劇的に変わったのが分かる。
シトリーの小箱の中で何かされたのだろう。
ステラの方はというと、極刑になるかもしれないとの予想に反し、適当に放置されている。
それでも、自分自身の行動の罪深さは理解しているため、この三日間ずっと気持ちが沈んでいる。
自分の祖父に対してした事もそうなのだが、シトリーとのキスもかなり際どい。
一応ステラにはジョシュアという恋人がいて、毎日ほっぺにチュウし合うくらいには仲良くしていたのに、性別不明な悪魔にファーストキスを奪われたのは不覚といえる。
あのムニュムニュした感触を忘れたくて、クッションに顔を埋めて呻く。
「うぅぅ……シトリーめ」
隠し事をしてはいけないと、その行為をジョシュアに伝えたのも悪かった。
感触がマシュマロの様だったのと、レモン味ではなかったのを説明している最中に怒り出し、それ以来ずっと避けられている。二日間会いに来てくれないのは少しだけ寂しい。
「レイチェルさんに会いに行こうかな。引き篭もりは良くないよね」
気分転換というより、気になっている事についての見解が欲しい。
シトリーから渡された鈴蘭が自分の体内に吸い込まれたのが、危険なのかどうか知りたいのだ。
頻繁に部屋に来てくれるアジ・ダハーカの話によると、レイチェルは無事に師匠と再会出来たようであるし、一度彼等に会って色々聞いてみた方がいいかもしれない。
ステラは部屋着を脱ぎ捨て、モコモコの毛皮付きのドレスに着替えた。
パタムと蓋が閉じたのは、箱が求める物が収まったからだろう。
白地から、ドス黒い色合いに変色した箱を、ステラはしっかり握りしめる。
騒めくエントランスで、ナターリアただ一人が真っ直ぐにステラを見つめる。
大罪を犯した娘に、失望しただろうか? だけどそれはお互い様なのだ。
(血は争えないってやつだよ。私はやっぱり、ナターリア皇女と皇帝の非道な所を受け継いでしまったんだ)
ヒタヒタと忍び寄るような絶望に耐えるために目を硬く瞑る。
産みの親に少しばかり同情したかもしれない。それに、自分が捨てられた理由もよく分かった。
帝国とルフロス王国の未来を考えて、といってはおこがましいが、彼の行動を止めなければならないと思ってしまったのだ。
唇を噛み締めると、誰かの手がステラのソレに重ねられた。
「ステラちゃんは愚か者ね」
薄目を開けて前方を見遣れば、優美な乙女が淡い微笑みを浮かべて、目の前に現れていた。
美しき悪魔シトリーだ。
「私……、自分の手で祖父を……」
皇帝の亡骸は側近に囲まれてしまっている。
ステラが兵士に囚われていないのは、彼等がナターリアに制されているからだが、皇帝殺しはこの国においても一番重い罪だろう。極刑になってしまうかもしれない。
ガクガク震える身体をシトリーは優しく引き寄せ、抱きしめてくれた。
「本当はね、あの人間の男に嫉妬してしまったの。ステラちゃんの心が完全に傾いてしまうより早く、魂を汚して、地獄に連れていってしまおうと思った。でもね、分かっちゃった」
「シト……リー?」
彼女の柔らかな身体は、徐々に硬くなり、女性のものとは思えないような感触になった。
骨張った指が、ステラの肩甲骨をなぞる。
「綺麗なままの、貴女の魂が欲しいなぁ……。だから今回は、別のものを貰っていくことにしよっと」
フワリと唇に当たったのは、マシュマロの様な感触。
シトリーと良く似た美しい顔を呆然と見ているうちに、その少年はステラの手から小箱を奪い、開け放った。
エントランスの方から、皇帝の苦し気な呻き声が上がる。
「皇帝陛下が息を吹き返したぞ!!」
「なんと!!」
エントランスでくり広げられる光景は現実味が薄い。こんなに簡単に生死を左右してしまえるのかと思ってしまう。
少年は皇帝の魂を解放したのだろう。
その気紛れな感情を、ステラはきっといつまでも理解出来ない。
シトリーだったはずの何かは、ステラの手に一輪の鈴蘭を握らせた。
「また遊んでね、ステラちゃん」
「二度と……現れんなです……」
クスクス笑いながら美しい悪魔の姿は消え、残された鈴蘭の花は、ステラの手の中に溶けてしまった。
◇◇◇
皇帝陛下に謁見した日から三日後、ステラ達は未だにミクトラン帝国の宮殿に留め置かれている。
とはいっても、行動を制限されているわけではない。
自由に市街地や観光地に出掛けてもいいのだ。しかしステラは何もする気力が湧かず、自分にあてがわれた部屋に篭って、福音書等を再読している。
悪事に手を染めた自分を、誰も罰っしてはくれなかった。
それどころか、皇族の一員として、歓迎してくれている。それが非常に居心地悪くて仕方がない。
あの日、皇帝は目を覚ました後、それまで彼がやってきた行いを悔いた。
大量破壊兵器の研究、身内の命を自分の野望の為に犠牲にした事、幾度も悪魔召喚に手を染めた事。
今回のシトリー召喚は、皇帝がルフロス王家の血を引くため、自分よりも王位継承順位が高い者を殺させる目的があったようだ。王位に就く権利を主張し、戦争をしかけようとしていたのかもしれない。
これだけの事をやらかした皇帝は、その全てに責任をとるため、皇位をナターリアに譲り、退位すると宣言した。
ここまでくると、彼の心のあり様が劇的に変わったのが分かる。
シトリーの小箱の中で何かされたのだろう。
ステラの方はというと、極刑になるかもしれないとの予想に反し、適当に放置されている。
それでも、自分自身の行動の罪深さは理解しているため、この三日間ずっと気持ちが沈んでいる。
自分の祖父に対してした事もそうなのだが、シトリーとのキスもかなり際どい。
一応ステラにはジョシュアという恋人がいて、毎日ほっぺにチュウし合うくらいには仲良くしていたのに、性別不明な悪魔にファーストキスを奪われたのは不覚といえる。
あのムニュムニュした感触を忘れたくて、クッションに顔を埋めて呻く。
「うぅぅ……シトリーめ」
隠し事をしてはいけないと、その行為をジョシュアに伝えたのも悪かった。
感触がマシュマロの様だったのと、レモン味ではなかったのを説明している最中に怒り出し、それ以来ずっと避けられている。二日間会いに来てくれないのは少しだけ寂しい。
「レイチェルさんに会いに行こうかな。引き篭もりは良くないよね」
気分転換というより、気になっている事についての見解が欲しい。
シトリーから渡された鈴蘭が自分の体内に吸い込まれたのが、危険なのかどうか知りたいのだ。
頻繁に部屋に来てくれるアジ・ダハーカの話によると、レイチェルは無事に師匠と再会出来たようであるし、一度彼等に会って色々聞いてみた方がいいかもしれない。
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