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それぞれの思惑

それぞれの思惑③

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 ミクトラン帝国の皇帝が体調不良を訴えたため、フレグランスの再検査が行われる事になり、ステラ達は一時身柄を拘束された。
 やや対応が温いのは、ルフロス王国の大臣や大貴族であるジョシュアが共に居るからなのかもしれないし、皇帝が何か口添えしてくれたからなのかもしれない。
 どちらにせよ、検査を帝国側に任せるしかないので、非常に微妙な立場だ。

 ステラ達が閉じ込められているのは宮殿の中の一室。
 豪華ではあるものの、窓が無く、入口付近に見張りの者が二名立つため、居心地悪い事この上ない。
 心細さを感じ、両腕を抱きしめると、ジョシュアが近寄って来た。

「寒い?」

 彼は着ていた上着を脱ぎ、ステラの肩にかけてくれる。

「有難うです。他の人達は大丈夫ですか? 私の行動の所為で巻き込んでしまって、申し訳ないです……」

「ああ、気にしなくていいよ。あの人達は色んな国に行ってるし、似たような経験は幾らでもしてるんじゃない?」

 本当にそうだろうか。
 先程からこちらをチラチラ見て微妙な表情をしているのは、余計な行動をとったステラを厄介に感じているようにしか思えないが……。

「心配しないで。あのフレグランスから何か変な成分が検出されたら、フレディ卿の仕業という事にして、オレ達は王国に帰ってしまおう。オレは口が上手いからどうとでも捻じ曲げれるよ」

 耳元に囁かれた“あまりにも酷い内容”に呆れ、彼の身体を押し戻す。

「そんなのは駄目です! というか、私を信じてないんですね?」

「勿論信じているよ。だけど、あのフレグランスの効果は、全て判明しているわけではないんだろう? だったらさ__」

「悪魔の悪行に反応するのは確かだと思います!」

「うーん……、だとしたらヴァレルリー皇帝陛下は悪魔の影響下にあるって事になるんだけど」

「残念ながらそういう事になるかと!」

 二人で結論の出ない議論をしているうちに、だんだんお腹が減ってきた。
 もしかして夕飯抜きになってしまうんだろうか。
 ゲンナリしながら室内を見回すと、壁に飾られた肖像画の下に違和感を覚える。
 壁紙の模様が歪んでいるのだ。

「え……? 壁が変……」

「どうしたの?」

「アレを見てください」

 ジョシュアにも見てほしくて指さすと、彼も「本当だ」と目を細めた。
 歪みは大きくなり、ポコリと抜けてしまった。向こう側に見えるのは、どこかの通路のようで、人間一人と黒猫がこちらに侵入してきた。

「アジさん!!」

「ステラ。迎えに来てやったぞ」

「有難うございます!」

 何故迎えに来なければならなかったのか疑問に思いつつも、ステラはアジ・ダハーカの小さな身体を抱きしめる。
 時々ホテルを訪れて食事する以外、どこかをほっつき歩いていたのだが、ちゃんとステラの様子を見守っていてくれていたらしい。彼が来てくれたのは、嬉しいけれど、一緒に居るのは一体誰なのだろうか。

 フード付きのコートを着て、口元にスカーフを巻いている所為で性別も年齢も定かではない。
 しかし何故か覚えがあるような気がして、胸が騒めく。
 その人物は、ギラギラと輝くハシバミ色の瞳でステラを凝視した後、入口を向いた。

「誰だ!?」

「不審者!」

 室内に居た見張りの者達がフード姿の侵入者に駆け寄ろうとするが、ジョシュアが繰り出した回し蹴りに一人沈み、もう一人は侵入者に手を向けられると、大量の蒸気を上げながら倒れた。

(今この人が使用したのって……、まさか……)

 混乱する。
 自分以外にもこのスキルを使えるのかと。
 『物質運動』はあらゆる物質を分子レベルで操れるスキル。
 この宮殿で、自分に会いに来る人物がこのスキルを使える意味は……。

 ステラは唇を引き結び、ジッとその人の目を見つめる。

「来い」

 発せられたのは女性の声だ。
 ムクムクと湧いてくる反発心から、彼女に握られた手を力任せに振り払う。

「離して下さい。貴女に……、貴女なんかに命令されたくなんかありません」

「……」

 室内に居る者達が恐る恐るといった感じで周囲に集まって来るが、なりふりなど構ってはいられない。
 分かってしまったのだ。この人が誰なのかを。

 ステラをわざわざ隣国の修道院にまで行って捨てた女だ。

「ナターリア皇女。顔を隠さなければ私の前に来れなかったのは、過去の自分の行為を恥じているからですよね?」

 フードを被る女性は、一つ嘆息し、口元のスカーフを下げた。
 その、自分とあまりにもソックリな顔に、嫌悪感を覚える。

「折角遠くに捨ててやったのに、何故戻って来た? わたくしの手を煩わせないでくれる? この出来損ないが」

「出来損ないなのはっ、貴女の血を引いてるからです。責任を取れないなら、子供なんか作んなです!」

「皇族の力をキッチリ引き継いだから出来損ないと言っている。話は後。早く来い!」

「貴女なんか、大嫌いです。私はここに残ります!」

「残念なオツムに育ってるな」

 露骨に嫌な表情を浮かべられ、唇を噛み締める。
 馬鹿な行動かもしれない。だけど、こんな人に従いたくないのだ。

 攻防は長くは続かなかった。ステラの腰に誰かの腕が回され、身体が宙に浮いたからだ。

「ステラ、今は逃げよう! 感情は後回しにした方がいいよ!」

 どうやら、ジョシュアに担ぎ上げられたらしい。
 ジタバタと手足を動かしても、何の意味も無く、そのままの体制で壁に穿たれた穴の中に連れて行かれた。

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