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皇女殿下とは別人ですので!
皇女殿下とは別人ですので!⑤
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ジョシュアはリスバイ公爵の追及に肩を竦め、切り返した。
「許せないのはこちらの台詞です。ステラの名誉を傷つけるおつもりですか?」
「なんだと……?」
“名誉”というのは、レイチェルが言っていた、”年の離れた男女が一緒にホテルに行くと、あらぬ疑いをかけられる“事に関連があるのだろうか。男性二人の剣呑な雰囲気に周囲が気がついたのか、注目が集まっている。
このまま会話し続けるのは宜しくない気がする。
「名誉を傷つけるなど、有り得ない。私はステラさんの……ち……」
「……血?」
リスバイ公爵は最後まで言葉を紡がなかった。自分の血がどうかしたのか気になり、見上げると、弱々しい空色の瞳が逸らされる。一歩、二歩と、ステラから離れて行く様子は普通ではない。
それ程言い辛い内容なのだろう。
(最後まで言ってくれないとモヤモヤしちゃうな。でも、帰りたそうだし……)
そのまま帰るだろうと判断し、ペコリと頭を下げる。
「色々と有難うございました! 連絡をお待ちしていますね」
「あ、ああ……。ジョシュア君、節度を保ってステラさんに接してくれ」
「勿論ですよ」
逃げる様に回転扉から出て行く後ろ姿を微妙な気分で見送っていると、右手が掴まれた。
「あ」
「行くよ」
ジョシュアに痛いくらいの力で引っ張られ、歩かされる。
前を行く彼の顔を見ることが出来ないため、どんな表情なのか分からないけれど、ステラがに対して怒っているのは確かだろう。
レイフが通り過ぎざまに十字を切ってくれる様子に不安が煽られる。
釣り合い重り式のエレベーターで上の階まで行くと、一つのフロア全体が彼の部屋なのが分かった。ようやく手も離され、ステラは物珍しさに、キョロキョロと辺りを見回す。
こちらを向かないままで、奥に歩いて行ったジョシュアは、荒っぽい仕草でカウチに倒れ込み、「リスバイ公爵は不快なオッサンだな」と低く呟いた。
いつもの上品な立ち居振る舞いは封印してしまっているようだ。
部屋の中を良く見ると、ローテーブルの上には、酒瓶と、琥珀色の液体が入ったグラスが置かれ、日中から飲酒していた事を窺わせる。
(ジョシュア、あんまり酒に強くないのに)
ステラはカウチの背面側に歩いていき、寝転ぶ男の顔を見下ろした。
「何で追って来たんですか?」
「君こそ何なの? ポピー様に変な伝言頼んでさ。まるで、オレと永遠に会うつもりがないみたいだった」
どうやらステラがポピーに託した伝言を聞き、傷ついたらしい。
しかしステラにも言い分がある。
「貴方を巻き添えにしてくないから、旅立ったんですよ」
「巻き添えだって? オレは何時だって進んで君に関わったよね。君の周りで何かが起こってるなら、巻き込んでよ。そうしなかったのは……、結局オレの告白が嫌だったからだろう?」
相変わらずの直球ぶりに、タジタジになる。
「嫌とかではないです……よ?」
「オレを好きって意味?」
「えーと……、それって、恋愛の意味で、ですか?」
「それ以外ないだろう!?」
「ヒェ!?」
憎々し気な紅茶色の瞳がギロリとこちらを向く。
だけど正直よく分からないのだ。
シトリーに渡された箱を見て、”一番大事な人の魂”はジョシュアの中にあるんじゃないかと思ってしまった。
だからこそ、自分が彼の側に居てはダメだと考えたわけで……。
この辺の事情はジョシュアに説明する気はなかった。だけど、それで彼が傷付くのなら、全て話した方がいいだろう。
バッグの中から布で厳重に包んだ小箱を取り出し、ジョシュアの前にあるローテーブルにドンと置く。
「何これ?」
「悪魔シトリーに渡された物です。“一番大事な人の魂”と私の産みの親の魂を取引すると言われて、あ……あなたの殺害を一瞬考えたというか……あわわ!」
言い方を間違えてしまった。
これでは誤解されてしまうだろうと、恐々とジョシュアを見ると、その顔は真っ赤に染まっていた。
「それって、幸せな死に方じゃないか」
「あの、酔ってます? どんな理由があっても、普通誰かに殺されそうだったと知ったら、怒ると思うんですけど」
「君からの愛の伝え方がそれしかないなら、受け入れるしかないのかなって」
「殺人犯になるのは嫌なので!」
ジョシュアがこれ以上おかしな事を言い出さないように、慌てて小箱をバッグの中に戻し入れる。
全くもってこの人の考える事はよく分からない。
「まぁ、冗談だけどね」
身を起こして、クリスと笑う彼は、もう以前の通りだ。
「ステラが産みの親に会うのを、妨害してやろうと思ってたんだけど、やめる事にする。君の話を聞いたら、最終的には、オレを選んでくれそうだな、と思えたし」
「うん……」
「ごめんね。閉じ込めたりなんかして。本当の親に会いたいよね」
「ちょっと事情が変わってきた感じですけど、やっぱり、会わなきゃと思ってます。それよりジョシュア」
「なに?」
「だ……抱っこして下さいっ」
唖然とした顔を見ていられず、ステラは茹でだこ状態になる。
相当はしたない事を言ってしまったかもしれない。
だけど、ジョシュアは嫌がらずに、引き寄せてくれた。
分厚い服ごしなので、体温は分からないものの、フニャリとなる。
「素直で可愛い」
「もうちょっとこのままが良いです」
「うん」
金木犀のエッセンシャルオイルの効果はやっぱり正しい。この人と離れて、相当寂しかったようだ。
「許せないのはこちらの台詞です。ステラの名誉を傷つけるおつもりですか?」
「なんだと……?」
“名誉”というのは、レイチェルが言っていた、”年の離れた男女が一緒にホテルに行くと、あらぬ疑いをかけられる“事に関連があるのだろうか。男性二人の剣呑な雰囲気に周囲が気がついたのか、注目が集まっている。
このまま会話し続けるのは宜しくない気がする。
「名誉を傷つけるなど、有り得ない。私はステラさんの……ち……」
「……血?」
リスバイ公爵は最後まで言葉を紡がなかった。自分の血がどうかしたのか気になり、見上げると、弱々しい空色の瞳が逸らされる。一歩、二歩と、ステラから離れて行く様子は普通ではない。
それ程言い辛い内容なのだろう。
(最後まで言ってくれないとモヤモヤしちゃうな。でも、帰りたそうだし……)
そのまま帰るだろうと判断し、ペコリと頭を下げる。
「色々と有難うございました! 連絡をお待ちしていますね」
「あ、ああ……。ジョシュア君、節度を保ってステラさんに接してくれ」
「勿論ですよ」
逃げる様に回転扉から出て行く後ろ姿を微妙な気分で見送っていると、右手が掴まれた。
「あ」
「行くよ」
ジョシュアに痛いくらいの力で引っ張られ、歩かされる。
前を行く彼の顔を見ることが出来ないため、どんな表情なのか分からないけれど、ステラがに対して怒っているのは確かだろう。
レイフが通り過ぎざまに十字を切ってくれる様子に不安が煽られる。
釣り合い重り式のエレベーターで上の階まで行くと、一つのフロア全体が彼の部屋なのが分かった。ようやく手も離され、ステラは物珍しさに、キョロキョロと辺りを見回す。
こちらを向かないままで、奥に歩いて行ったジョシュアは、荒っぽい仕草でカウチに倒れ込み、「リスバイ公爵は不快なオッサンだな」と低く呟いた。
いつもの上品な立ち居振る舞いは封印してしまっているようだ。
部屋の中を良く見ると、ローテーブルの上には、酒瓶と、琥珀色の液体が入ったグラスが置かれ、日中から飲酒していた事を窺わせる。
(ジョシュア、あんまり酒に強くないのに)
ステラはカウチの背面側に歩いていき、寝転ぶ男の顔を見下ろした。
「何で追って来たんですか?」
「君こそ何なの? ポピー様に変な伝言頼んでさ。まるで、オレと永遠に会うつもりがないみたいだった」
どうやらステラがポピーに託した伝言を聞き、傷ついたらしい。
しかしステラにも言い分がある。
「貴方を巻き添えにしてくないから、旅立ったんですよ」
「巻き添えだって? オレは何時だって進んで君に関わったよね。君の周りで何かが起こってるなら、巻き込んでよ。そうしなかったのは……、結局オレの告白が嫌だったからだろう?」
相変わらずの直球ぶりに、タジタジになる。
「嫌とかではないです……よ?」
「オレを好きって意味?」
「えーと……、それって、恋愛の意味で、ですか?」
「それ以外ないだろう!?」
「ヒェ!?」
憎々し気な紅茶色の瞳がギロリとこちらを向く。
だけど正直よく分からないのだ。
シトリーに渡された箱を見て、”一番大事な人の魂”はジョシュアの中にあるんじゃないかと思ってしまった。
だからこそ、自分が彼の側に居てはダメだと考えたわけで……。
この辺の事情はジョシュアに説明する気はなかった。だけど、それで彼が傷付くのなら、全て話した方がいいだろう。
バッグの中から布で厳重に包んだ小箱を取り出し、ジョシュアの前にあるローテーブルにドンと置く。
「何これ?」
「悪魔シトリーに渡された物です。“一番大事な人の魂”と私の産みの親の魂を取引すると言われて、あ……あなたの殺害を一瞬考えたというか……あわわ!」
言い方を間違えてしまった。
これでは誤解されてしまうだろうと、恐々とジョシュアを見ると、その顔は真っ赤に染まっていた。
「それって、幸せな死に方じゃないか」
「あの、酔ってます? どんな理由があっても、普通誰かに殺されそうだったと知ったら、怒ると思うんですけど」
「君からの愛の伝え方がそれしかないなら、受け入れるしかないのかなって」
「殺人犯になるのは嫌なので!」
ジョシュアがこれ以上おかしな事を言い出さないように、慌てて小箱をバッグの中に戻し入れる。
全くもってこの人の考える事はよく分からない。
「まぁ、冗談だけどね」
身を起こして、クリスと笑う彼は、もう以前の通りだ。
「ステラが産みの親に会うのを、妨害してやろうと思ってたんだけど、やめる事にする。君の話を聞いたら、最終的には、オレを選んでくれそうだな、と思えたし」
「うん……」
「ごめんね。閉じ込めたりなんかして。本当の親に会いたいよね」
「ちょっと事情が変わってきた感じですけど、やっぱり、会わなきゃと思ってます。それよりジョシュア」
「なに?」
「だ……抱っこして下さいっ」
唖然とした顔を見ていられず、ステラは茹でだこ状態になる。
相当はしたない事を言ってしまったかもしれない。
だけど、ジョシュアは嫌がらずに、引き寄せてくれた。
分厚い服ごしなので、体温は分からないものの、フニャリとなる。
「素直で可愛い」
「もうちょっとこのままが良いです」
「うん」
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