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皇女殿下とは別人ですので!

皇女殿下とは別人ですので!③(※リスバイ公爵視点)

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 リスバイ公領を治めるアレクセイ・エルメは、昨日この屋敷を訪れた少女二人__正確にはそのうち一人に心をかき乱れされ、何をするにも身が入らぬありさまだ。
 晴れた日に咲く、チェリーブロッサムを連想させる容姿の少女、ステラ・グリフィス。
 彼女の姿は、アレクセイのかつての想い人とあまりに似ている。

(やはり、ステラさんはあの時の子供なのだろうか)

 この国で最も高貴な女性を思い浮かべる。
 強い光を放つアーモンド型の双眸と、いつも硬く引き結ばれた唇。
 国中の少女が羨む、桃色の髪色をもってしても、その傲慢な雰囲気は緩和されていなかった。
 幼少期から、友人の一人として彼女の側にあてがわれたアレクセイは彼女のストレス発散の道具でしかなく、会話が成立した事など数えるほどしかなかった。

 最初は彼女と共に居るのが苦痛でしかなかったが、それが変化したのは、彼女が置かれた状況を理解したからだ。
 現皇帝は、実の娘であるナターリアの能力を利用し、軍事兵器の開発を行なっていた。彼女が類い稀なスキル“融合“を有していたためだ。
 資源に乏しい帝国は、個々人の能力に頼り、発展を遂げてきた歴史がある。
 周辺諸国を併合し、国土を広げた今ですら、昔からの悪習が続き、十にも満たない程幼い少女をも利用していた。
 幼き日より、残酷な実験の現場に同行させられていた彼女は次第に心が歪み、いつしか周りの人間をゴミや虫ケラのように扱うようになってしまった。
 アレクセイは泣き喚きながら自傷する彼女を放っておけず、何時間でも殴られ続けた。
 自分だけは彼女の特別だと錯覚したのは何時からだったか。

 強請られるまま体の関係を持ち、ナターリアも自分を愛しているのだと思った。
 しかしそれは、彼女がただアレクセイの心を弄びたいがための行為でしかなかった。幾度めかの逢瀬の後、彼女の騎士達に痛めつけられ、それを嫌というほど思い知った。
 彼女に嗤いながら投げつけられた『勘違い馬鹿野郎』という言葉は、今でも耳に残っている。

 肋骨を二本折る大怪我を負ってすらなお、アレクセイのナターリアに対する恋愛感情は消えてはくれず、愚かにも慕い続けた。彼女を苦しみから救ってやれるのは自分だけだと信じて疑わなかったのである。

 暫くして聞こえてきたナターリアの懐妊の噂。
 たしかに彼女の腹部は不自然に盛り上がっており、生命が宿っているのは明かだった。
 『自分との子供だったら責任をとらせてほしい』と縋りついたアレクセイだったが、告げられたのは『失敗作なら捨てるから』のただ一言。
 彼女には何かを愛しく思う感情など備わっていなかったのだ。

 あれからもう十六年程経つ。
 ナターリアは宮殿の奥から出て来なくなり、子供が産まれたという噂も聞こえてこなかった。

(お腹の子は流れてしまったか、出産後直ぐに殺してしまったと思っていたが……)

 アレクセイが赤児の父であるかどうかについて、否定されたわけではない。だがそれが何よりの答えだ。
 幼少期からの付き合いで、”否定されない事が、彼女にとっての肯定“なのだと知っている。
 だから昨夜のステラの言葉が胸に突き刺さった。

「温かい血が通っていない人間……か。確かに私はそうなのかもしれない。子供の事よりも、彼女に愛されたいがために、その意思を尊重してしまった」

 ステラは修道院で暮らしていたのだと言っていた。
 きっと抑圧されるように育てられたのだろう。欲しい物を十分に与えられず、我儘を許されず……。
 今は貴族に引取られたらしいが、何故彼女が選ばれたかを想像するに、ナターリアから受け継いだ類い稀なスキルに価値を見い出されたからだとしか考えられない。
 あれは、他国でも十分に認められるものなのだ。

 ナターリアと自分の娘であれば、出来れば彼女を引き取りたい。
 父として守り、身分に相応しい教育を受けさせる義務があるからだ。
 なかなか結婚出来ずにいるアレクセイは後継者問題を抱えているため、想い人との子であれば、喜んで受け入れたいくらいだ。

 しかしながら、あのナターリアそっくりな容姿でこれから皇族に会うのならば、向こうが黙っていないだろう。しかもステラが指名するのは、何故か実の母かもしれないナターリアなのだ。
 彼女は謁見に応じはしないだろうが、皇帝周辺はきっと何かあると勘ぐるはず。
 保有するスキル次第では、かつてナターリアがされたように、帝国の為に大量殺人兵器の開発に協力させられるのではないだろうか。

 皇帝付きの侍従に宛てた書状を封筒にしまい、スキルでインク壺の中身を増量させてから、眉間に指をあてる。
 
「本当に皇族に合わせていいのか……? いや、まずはステラさんに保有するスキルについて質問するのが先か」

 昨日質問を繰り返した所為で、彼女に随分嫌われてしまったのを思い出し、アレクセイはキリキリ痛む胃を押さえるのだった。
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