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皇女殿下とは別人ですので!
皇女殿下とは別人ですので!②
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急な訪問にも関わらず、リスバイ公爵はステラ達をもてなしてくれた。
テーブルの上に置かれたドッシリとした鮭のパイ包みは、帝国の秋の味覚を詰め込んだ一皿。
外のパイ生地はサクッとした歯応えでありながら、中身はジューシーで、ステラはその味わい深さに驚き、何度も瞬きした。
「……美味しいです」
「うん! お酒に良く合う味!!」
レイチェルはすっかり気に入ってしまったのか、もりもりと食べ進める。
「酒は各種取り揃えてあるから、欲しい物があれば、遠慮無く言ってほしい」
「はぁ~い! お金持ちのおじ様さいこ~う!」
「ははは」
意気投合する二人の様子にステラは肩を竦める。
料理は確かに美味しい。だが、イマイチ食欲が湧かないので、自分の皿からチーズをとり、アジ・ダハーカの深皿の中に入れてやる。
「悪いな」
「鮭の切り身だけだと足りないかと思ったので」
「まぁ、そうだな。長い旅路だったからな」
喋る猫を見てもリスバイ公爵は驚かず、むしろ面白がって、夕食にはアジ・ダハーカも招待してくれた。
動物に対して心が広いのかもしれない。
ステラの皿からパイが全く減らなくなったのを気にしたのか、公爵が話しかけてきた。
「王国出身の令嬢には、帝国料理は質素すぎるようだな。口に合わないなら残してくれていい」
「いえ、とても美味しいです。この鮭も、始めて食べる魚ですし」
「ネイック伯爵領でも鮭が漁れると聞いたことがあったが……、ご家族の中に誰か苦手とする者がいるのかな?」
またか、と思い、口を曲げる。
先ほどから何度もプライバシーに踏み込むような質問をされている。
正直不快だが、公爵に皇室との橋渡しを頼む手前、不興を買うのもよくないので、こっそり嘆息して答える。
「私は最近養女にしていただいたんです。前は修道院で暮らしていました。えぇと……、私の事を知っても別に面白くないんじゃ?」
「いや、とても興味深いよ」
「公爵~、やめた方がいいですよ~! この子は、ちょっと年上くらいの坊ちゃんくさい男がタイプみたいなんで~」
何を勘違いしたのか、レイチェルが余計な事を言い出した。
「男性のタイプなんて考えた事ないです! ちなみに、ジョシュアは部屋に閉じ込めれるくらい、何とも思ってない相手です! 向こうだって、今回の件で私に愛想尽かしたと思いますしっ」
「またまた~、知ってるよ~。ポピー様に聞いたんだけど、あの人ステラが十六歳になるまで待ってるらしいじゃ~ん」
「む……。待つって何をです?」
「ステラさんの誕生日は何時なんだ?」
変なタイミングで口を挟んできたのは公爵だった。その質問が彼にとって何の意味を持つのか分からないものの、仕方がなしに答える。
「誕生日が何時なのか、知らないです。捨てられているのを発見された日なら教えてもらいましたけど」
「それは何時?」
「……」
ステラは口をつぐむ。
シスターアグネスによると、彼女がステラを発見したのは、十五年前の一月、冷え込みの酷い朝だった。
修道院入口前で発見された時、毛布に包まれていたらしいのだが、発見が少しでも遅くなってたらたぶん凍死していただろう。
記憶が残っているわけじゃない。
だけど思うのだ。一人見知らぬ場所に置いていかれた自分は、その時何を考えていたんだろうと。
「私を捨てた人は、たぶん温かい血が通ってないのかなってくらい……寒い日だったらしいです」
恨み混じりに吐いた言葉のせいで、場の空気が冷えてしまった。室内に居た人達全てがステラに注目している。
ステラは謝罪し、コースが終わらないうちに退室した。
◇
あくる朝、ステラとレイチェルはカントリーハウス最寄りのカフェで朝食をとる。
邸宅の方でどうか、と誘われたのだが、これ以上ボロを出してしまわないように公爵と同席しないことにした。
「今後の予定は今言った通りだからね~」
「分かりました!」
帝国名物の赤かぶスープをかき混ぜながら、レイチェルの話に頷く。
昨日ダイニングルームから逃亡したステラの代わりに、レイチェルが公爵と予定を話し合ってくれたようだ。
皇族への謁見は直ぐに出来るわけではなく、まず公爵が宮殿とアポイントを入れ、皇族の予定と擦り合わせを行わなければならないらしい。それを待つまでの間に、ステラ達は帝都へと移動し、皇族に会うのに相応しい衣装を仕立てることになった。
ちなみにレイチェルは帝都に着いた後、独自の人脈を利用して行方不明中の師匠を探すのだそうだ。
「帝都に着いたらホテル? という宿泊施設に行って、二週間程部屋を借りればいいわけですね」
「リスバイ公爵は帝都内の別邸に滞在してはどうかって言ってたけどね~」
「嫌です! 性格が合わなそうなので!」
「あらら~。昨日ステラが怒って出て行った後、公爵はずーとアンタの事気にしたのに、ひどーい」
「それが不気味なんです。皇族と橋渡しを頼んできた面倒な小娘に、深入りしようとするのが意味不明です」
「アンタがナターリア皇女様に似ているから、血の繋がりを考えてるんじゃない? その人、十数年も宮殿の立ち入り禁止区域から出て来ない変人みたいだけど、腐っても皇族だから利用価値あるとか?」
「何で出てこないんですか?」
「さぁ? 公爵も知らないって」
「そうですか……」
自分の親かもしれない人物とちゃんと会えるのかどうか微妙に思えてくる。
立入禁止区域というくらいだから、一般人であるステラが入るのは難しいだろう。
(気が進まないけど、リスバイ公爵に、ナターリア皇女に直接フレグランスを献上出来ないか相談してみようかな)
こんな遠くまで来たのに、些細な事に拘り、チャンスを逃すのは馬鹿げている。
テーブルの上に置かれたドッシリとした鮭のパイ包みは、帝国の秋の味覚を詰め込んだ一皿。
外のパイ生地はサクッとした歯応えでありながら、中身はジューシーで、ステラはその味わい深さに驚き、何度も瞬きした。
「……美味しいです」
「うん! お酒に良く合う味!!」
レイチェルはすっかり気に入ってしまったのか、もりもりと食べ進める。
「酒は各種取り揃えてあるから、欲しい物があれば、遠慮無く言ってほしい」
「はぁ~い! お金持ちのおじ様さいこ~う!」
「ははは」
意気投合する二人の様子にステラは肩を竦める。
料理は確かに美味しい。だが、イマイチ食欲が湧かないので、自分の皿からチーズをとり、アジ・ダハーカの深皿の中に入れてやる。
「悪いな」
「鮭の切り身だけだと足りないかと思ったので」
「まぁ、そうだな。長い旅路だったからな」
喋る猫を見てもリスバイ公爵は驚かず、むしろ面白がって、夕食にはアジ・ダハーカも招待してくれた。
動物に対して心が広いのかもしれない。
ステラの皿からパイが全く減らなくなったのを気にしたのか、公爵が話しかけてきた。
「王国出身の令嬢には、帝国料理は質素すぎるようだな。口に合わないなら残してくれていい」
「いえ、とても美味しいです。この鮭も、始めて食べる魚ですし」
「ネイック伯爵領でも鮭が漁れると聞いたことがあったが……、ご家族の中に誰か苦手とする者がいるのかな?」
またか、と思い、口を曲げる。
先ほどから何度もプライバシーに踏み込むような質問をされている。
正直不快だが、公爵に皇室との橋渡しを頼む手前、不興を買うのもよくないので、こっそり嘆息して答える。
「私は最近養女にしていただいたんです。前は修道院で暮らしていました。えぇと……、私の事を知っても別に面白くないんじゃ?」
「いや、とても興味深いよ」
「公爵~、やめた方がいいですよ~! この子は、ちょっと年上くらいの坊ちゃんくさい男がタイプみたいなんで~」
何を勘違いしたのか、レイチェルが余計な事を言い出した。
「男性のタイプなんて考えた事ないです! ちなみに、ジョシュアは部屋に閉じ込めれるくらい、何とも思ってない相手です! 向こうだって、今回の件で私に愛想尽かしたと思いますしっ」
「またまた~、知ってるよ~。ポピー様に聞いたんだけど、あの人ステラが十六歳になるまで待ってるらしいじゃ~ん」
「む……。待つって何をです?」
「ステラさんの誕生日は何時なんだ?」
変なタイミングで口を挟んできたのは公爵だった。その質問が彼にとって何の意味を持つのか分からないものの、仕方がなしに答える。
「誕生日が何時なのか、知らないです。捨てられているのを発見された日なら教えてもらいましたけど」
「それは何時?」
「……」
ステラは口をつぐむ。
シスターアグネスによると、彼女がステラを発見したのは、十五年前の一月、冷え込みの酷い朝だった。
修道院入口前で発見された時、毛布に包まれていたらしいのだが、発見が少しでも遅くなってたらたぶん凍死していただろう。
記憶が残っているわけじゃない。
だけど思うのだ。一人見知らぬ場所に置いていかれた自分は、その時何を考えていたんだろうと。
「私を捨てた人は、たぶん温かい血が通ってないのかなってくらい……寒い日だったらしいです」
恨み混じりに吐いた言葉のせいで、場の空気が冷えてしまった。室内に居た人達全てがステラに注目している。
ステラは謝罪し、コースが終わらないうちに退室した。
◇
あくる朝、ステラとレイチェルはカントリーハウス最寄りのカフェで朝食をとる。
邸宅の方でどうか、と誘われたのだが、これ以上ボロを出してしまわないように公爵と同席しないことにした。
「今後の予定は今言った通りだからね~」
「分かりました!」
帝国名物の赤かぶスープをかき混ぜながら、レイチェルの話に頷く。
昨日ダイニングルームから逃亡したステラの代わりに、レイチェルが公爵と予定を話し合ってくれたようだ。
皇族への謁見は直ぐに出来るわけではなく、まず公爵が宮殿とアポイントを入れ、皇族の予定と擦り合わせを行わなければならないらしい。それを待つまでの間に、ステラ達は帝都へと移動し、皇族に会うのに相応しい衣装を仕立てることになった。
ちなみにレイチェルは帝都に着いた後、独自の人脈を利用して行方不明中の師匠を探すのだそうだ。
「帝都に着いたらホテル? という宿泊施設に行って、二週間程部屋を借りればいいわけですね」
「リスバイ公爵は帝都内の別邸に滞在してはどうかって言ってたけどね~」
「嫌です! 性格が合わなそうなので!」
「あらら~。昨日ステラが怒って出て行った後、公爵はずーとアンタの事気にしたのに、ひどーい」
「それが不気味なんです。皇族と橋渡しを頼んできた面倒な小娘に、深入りしようとするのが意味不明です」
「アンタがナターリア皇女様に似ているから、血の繋がりを考えてるんじゃない? その人、十数年も宮殿の立ち入り禁止区域から出て来ない変人みたいだけど、腐っても皇族だから利用価値あるとか?」
「何で出てこないんですか?」
「さぁ? 公爵も知らないって」
「そうですか……」
自分の親かもしれない人物とちゃんと会えるのかどうか微妙に思えてくる。
立入禁止区域というくらいだから、一般人であるステラが入るのは難しいだろう。
(気が進まないけど、リスバイ公爵に、ナターリア皇女に直接フレグランスを献上出来ないか相談してみようかな)
こんな遠くまで来たのに、些細な事に拘り、チャンスを逃すのは馬鹿げている。
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