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皇女殿下とは別人ですので!
皇女殿下とは別人ですので!①
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国境を越えると、暫く荒涼とした大地が続いた。
寒冷な風土であるため紅葉が早いようで、所々に生えた広葉樹は既に赤や黄色に染まり、殺風景な街道に彩りを添えている。
その色合いから今年の日照時間について考察するアジ・ダハーカの話を聞いたり、レイチェルと聖歌を歌ったりしているうちに、行く手に巨大な建築物が見えてきた。
「あれがリスバイ公爵のカントリーハウスだったはずだよ!」
「凄く大きいですね! フラーゼ家のカントリーハウスといい勝負かもです」
「公爵家は帝国の中で最も広大な領地を所有しているらしいし、税収ガッポリなんじゃなーい?」
「なるほど、少し緊張しますね」
他国の大貴族の元をいきなり訪問する無謀さを改めて思い、心臓がギュッと縮む。
一応ポピーに紹介状を書いてもらったもらったものの、追い払われてしまったらどうしようか。
封筒の中身を読んでみたくとも、キッチリと封蝋で閉じれられてしまっているため、それを割って中身を見てしまうのはマナー違反に思われる。
(どういう紹介の仕方をしてくれたんだろ。気になるなぁ……)
ステラの不安を他所に、馬車はリスバイ家の門扉に辿り着いてしまった。
「あのオジサンにポピー様の紹介状を渡してね」
「あ、はい!!」
レイチェルが指差すのは門扉の前に立つゲートキーパーだ。怪訝な顔でこちらを見ている。
ステラは馬車からピョンと飛び降り、そんな彼へと駆け寄る。
「えぇと……、私はステラ・グリフィスと申します。ルフロス王国のネイック伯爵家の者なのですが、フラーゼ家からの紹介状をリスバイ公爵にお渡しいただけませんでしょうか?」
一気に話きると、ゲートキーパーは「修道服を着ているのに、伯爵家の令嬢?」と目を細めた。
ギクリとする。
ジョシュアに買ってもらったドレスはどれも華美なので、旅装に出来ないと判断し、あえて地味な修道服を着てきた。しかしそれが裏目に出てしまったようだ。
どうしたものかとレイチェルの方を見ると、彼女は馬の世話を始めてしまっていて、こちらを見ていない。
(うぅ……、私だけで対応しなきゃ……)
何と説明しようか悩んでいるうちに、屋敷の方から長身の男性が犬を連れて歩いて来た。
「そこで何をしている?」
年齢は三十代半ばくらいだろうか。グレーの髪に、空色の瞳の持ち主で、端正な顔には疲れの色が見える。
彼はステラに目を留めるやいなや、驚愕の表情を浮かべた。
「ナターリア皇女!?」
「……ナターリア?」
様々な感情が彼の中に渦巻いているかのように、コロコロとその目つきが変わる。
自分は皇族の誰かと似ていると聞いていたわけなのだが、その“ナターリア皇女”という方がそうなのだろうか。
初めて会う人間の感情を揺さぶる程に似てしまっているようだ。
「違います。私の名前はステラ・グリフィスです」
「そうか……。確かに彼女であるはずがないな。君は幼すぎるし、彼女の瞳は榛色なのだ」
「あ、そうですか」
言葉では納得しているようだが、内心ステラへの疑問でいっぱいらしく、不躾な視線を向けてくる。
居心地悪くてしかたがなく、すぐにでもレイチェルと役割交換したいくらいだ。
彼が門を開いて外に出て来たせいで、犬がステラの修道服に鼻先を押し付けてくる。
犬の扱いは分からないので、適当に垂れた耳をチョイチョイ触ってやると、上機嫌に転がり、腹を見せてくれた。
「フ……チョロい犬コロですね」
「私以外には心を開かないのだがな」
二人でボンヤリ犬の腹回りを見ていると、ゲートキーパーが痺れを切らしたように男に話しかけた。
「リスバイ公爵! この方はルフロス王国の名家の令嬢なのだそうです! そして旦那様の取引先の一つであるフラーゼ家の紹介状を持っておられます! どうなさりますか!?」
この男がリスバイ公爵だったのかと、改めてその姿を上から下までじっくり観察する。
たしかに、なかなか高貴な雰囲気だ。
「君は両親がいるのか」
ゲートキーパーは勇気を出して割り込んだだろうに、公爵は彼を無視し、ステラに不思議な問いを投げかける。
「どういう意味ですか?」
少々カチンときている。
まさかとは思うが、ぱっと見で捨て子だと分かったのだろうか。
それで、出自が卑しいと判断し、見下しているのかもしれない。
「いや……、君の容貌を見て、過去の出来事を思い出しただけだ。親が居るのならば、何の問題もない。非礼を詫びよう」
その取り澄ました顔を軽く睨みながら封筒を差し出す。
「私には素敵な両親とお兄様、ベタベタしてくる従兄と能力を認めてくださる叔母様が居ます。これ、叔母様が書いてくれた紹介状なので、読んで下さい!」
「怒った顔も皇女殿下にソックリだ」
「……」
リスバイ公爵は困ったように笑った後にステラから封筒を受け取り、上着から出したペーパーナイフで開封した。
広げられた便箋は裏からでもビッシリと書き込まれているのが分かる。
時間がかかりそうに思えたが、公爵は要点だけかいつまんで読んだのか、直ぐに顔を上げ、頷いた。
「なるほど、悪魔に良く効く香水を皇族に献上するためにこの国に来たのだな。歓迎しようじゃないか」
「あ、はい。有難うございます」
ポピーはレイチェルあたりから、新しいフレグランスの効能を聞き、紹介状を書いたのだろう。
ステラの親はシトリーを召喚した疑惑があり、もしかするとそのナターリア皇女がそうなのかもしれない。だとしたらこれは彼女に対しての宣戦布告に他ならない。
寒冷な風土であるため紅葉が早いようで、所々に生えた広葉樹は既に赤や黄色に染まり、殺風景な街道に彩りを添えている。
その色合いから今年の日照時間について考察するアジ・ダハーカの話を聞いたり、レイチェルと聖歌を歌ったりしているうちに、行く手に巨大な建築物が見えてきた。
「あれがリスバイ公爵のカントリーハウスだったはずだよ!」
「凄く大きいですね! フラーゼ家のカントリーハウスといい勝負かもです」
「公爵家は帝国の中で最も広大な領地を所有しているらしいし、税収ガッポリなんじゃなーい?」
「なるほど、少し緊張しますね」
他国の大貴族の元をいきなり訪問する無謀さを改めて思い、心臓がギュッと縮む。
一応ポピーに紹介状を書いてもらったもらったものの、追い払われてしまったらどうしようか。
封筒の中身を読んでみたくとも、キッチリと封蝋で閉じれられてしまっているため、それを割って中身を見てしまうのはマナー違反に思われる。
(どういう紹介の仕方をしてくれたんだろ。気になるなぁ……)
ステラの不安を他所に、馬車はリスバイ家の門扉に辿り着いてしまった。
「あのオジサンにポピー様の紹介状を渡してね」
「あ、はい!!」
レイチェルが指差すのは門扉の前に立つゲートキーパーだ。怪訝な顔でこちらを見ている。
ステラは馬車からピョンと飛び降り、そんな彼へと駆け寄る。
「えぇと……、私はステラ・グリフィスと申します。ルフロス王国のネイック伯爵家の者なのですが、フラーゼ家からの紹介状をリスバイ公爵にお渡しいただけませんでしょうか?」
一気に話きると、ゲートキーパーは「修道服を着ているのに、伯爵家の令嬢?」と目を細めた。
ギクリとする。
ジョシュアに買ってもらったドレスはどれも華美なので、旅装に出来ないと判断し、あえて地味な修道服を着てきた。しかしそれが裏目に出てしまったようだ。
どうしたものかとレイチェルの方を見ると、彼女は馬の世話を始めてしまっていて、こちらを見ていない。
(うぅ……、私だけで対応しなきゃ……)
何と説明しようか悩んでいるうちに、屋敷の方から長身の男性が犬を連れて歩いて来た。
「そこで何をしている?」
年齢は三十代半ばくらいだろうか。グレーの髪に、空色の瞳の持ち主で、端正な顔には疲れの色が見える。
彼はステラに目を留めるやいなや、驚愕の表情を浮かべた。
「ナターリア皇女!?」
「……ナターリア?」
様々な感情が彼の中に渦巻いているかのように、コロコロとその目つきが変わる。
自分は皇族の誰かと似ていると聞いていたわけなのだが、その“ナターリア皇女”という方がそうなのだろうか。
初めて会う人間の感情を揺さぶる程に似てしまっているようだ。
「違います。私の名前はステラ・グリフィスです」
「そうか……。確かに彼女であるはずがないな。君は幼すぎるし、彼女の瞳は榛色なのだ」
「あ、そうですか」
言葉では納得しているようだが、内心ステラへの疑問でいっぱいらしく、不躾な視線を向けてくる。
居心地悪くてしかたがなく、すぐにでもレイチェルと役割交換したいくらいだ。
彼が門を開いて外に出て来たせいで、犬がステラの修道服に鼻先を押し付けてくる。
犬の扱いは分からないので、適当に垂れた耳をチョイチョイ触ってやると、上機嫌に転がり、腹を見せてくれた。
「フ……チョロい犬コロですね」
「私以外には心を開かないのだがな」
二人でボンヤリ犬の腹回りを見ていると、ゲートキーパーが痺れを切らしたように男に話しかけた。
「リスバイ公爵! この方はルフロス王国の名家の令嬢なのだそうです! そして旦那様の取引先の一つであるフラーゼ家の紹介状を持っておられます! どうなさりますか!?」
この男がリスバイ公爵だったのかと、改めてその姿を上から下までじっくり観察する。
たしかに、なかなか高貴な雰囲気だ。
「君は両親がいるのか」
ゲートキーパーは勇気を出して割り込んだだろうに、公爵は彼を無視し、ステラに不思議な問いを投げかける。
「どういう意味ですか?」
少々カチンときている。
まさかとは思うが、ぱっと見で捨て子だと分かったのだろうか。
それで、出自が卑しいと判断し、見下しているのかもしれない。
「いや……、君の容貌を見て、過去の出来事を思い出しただけだ。親が居るのならば、何の問題もない。非礼を詫びよう」
その取り澄ました顔を軽く睨みながら封筒を差し出す。
「私には素敵な両親とお兄様、ベタベタしてくる従兄と能力を認めてくださる叔母様が居ます。これ、叔母様が書いてくれた紹介状なので、読んで下さい!」
「怒った顔も皇女殿下にソックリだ」
「……」
リスバイ公爵は困ったように笑った後にステラから封筒を受け取り、上着から出したペーパーナイフで開封した。
広げられた便箋は裏からでもビッシリと書き込まれているのが分かる。
時間がかかりそうに思えたが、公爵は要点だけかいつまんで読んだのか、直ぐに顔を上げ、頷いた。
「なるほど、悪魔に良く効く香水を皇族に献上するためにこの国に来たのだな。歓迎しようじゃないか」
「あ、はい。有難うございます」
ポピーはレイチェルあたりから、新しいフレグランスの効能を聞き、紹介状を書いたのだろう。
ステラの親はシトリーを召喚した疑惑があり、もしかするとそのナターリア皇女がそうなのかもしれない。だとしたらこれは彼女に対しての宣戦布告に他ならない。
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