上 下
69 / 89
道中は危険に溢れている!

道中は危険に溢れている!①

しおりを挟む
 ただ一つの明かりすらない暗い夜道をひた走る。
 奇跡的に誰にも見つからずにフラーゼ家の邸宅を抜け出せたものの、別種の危険が待ち受けていた。深夜という事もあり、街は不穏な気配に満ちているのだ。
 かつてない程の距離を走ったステラは、一度足を止め、息を整える。

「ハァ……ハフゥ……ぐるじぃ……」

 ここはフラーゼ家と王城のちょうど中間辺り。
 だいぶ進めたとはいえ、自分の店まではまだまだ距離がある。

「今何時位なんだろ?」

 懐中時計を取り出すと、時計の針は十一時半を指し示す。

「お化けとか出ないよね?」

 胸に下げた十字架をギュッと握りしめる。
 取り敢えず店まで行き、そこで夜を明かすのがいいだろう。
 疲れた足に鞭打ち、二十分程歩き続けると、香水店があるストリートに出た。

 店まではあと少しだ。緊張感が緩みかけたのだが、直ぐに聞こえて来た怪しげな唸り声で心臓が凍りつく。

 何かにつけられている。
 人ではない。もっと荒々しく、獰猛な息遣い。
 グルリと身体ごと回し、周囲を見てみると、暗闇の中に八つほど赤い光が浮かんでいた__いや、闇に紛れて黒い動物が居る。赤いのは目だ。
 個体数は四体。

「うわ……」

 自分が狙われているのだと分かり、ステラは全速力で駆け出す。
 それが合図になったのか、赤い目の生き物達も追いかけて来た。
 速い!!

(夜ってこんなヤバイのが彷徨いているの!? やだやだやだ! まだ死にたくないよ!)

 しかし悲しいかな、圧倒的な脚力差でグングン距離が縮まってしまう。
 空にピカリと稲妻が走ると、その生き物の姿が露わになった。

 大型の犬の様な姿だ。
 たしかそれはヘルハウンドという名のモンスターだったはず。何故こんな所に居るのか考えるのは後だ。
 どうしたらこの絶体絶命の状況を抜け出せるのか。

 直ぐ真後ろから「グガァ!!」と吠えられる。
 ハッとして振り返ると、四匹のうち一匹が飛びかかってきた。
 ステラはそれに手を向け、スキルを使用する。
 まがまがしい犬は苦しげな声を上げながら、地面に落下した。
 その身体からブシューと音が鳴るのは、体内の水分が大量に気化しているから。
 ステラは『物質運動スキル』をヘルハウンドに対して使用したのだ。
 みるみる干からびていく黒い犬の姿から、目を逸らす。

 手の上に集まった水分を巨大なボール状にし、残りの個体に投げつけた。

「お……同じ目にあいたくないなら、犬小屋に帰りやがれです! ゴー! ホーム!」

 理解しているのか、いないのか。
 ヘルハウンド達はステラの周りをウロウロ歩き回る。
 三体同時に襲ってきたら、流石に対応が難しいかもしれない。普段からトロいため、スキルの使用速度もお察しなのである。

 どうしたものかと冷や汗が流れる。

 と、その時、空気を切り裂く様な鋭い音が鳴った。
 犬達の胴が太い鞭の様な物に巻かれ、後方に飛んでいく。

「ふぇ……? 何が起こったの?」

 困惑しながらそちらを注視すると、巨木が道のど真ん中に生え、口の様な部分にヘルハウンドを詰め込んでいた。
 見間違いでないなら捕食している。
 先程まではなかったはずなのに、一体どうした事だろうか。
 犬達の悲痛な鳴き声が怖くて、状況をうまく整理出来ない。

「こんな夜中にチビッコが一人で出歩いたら駄目じゃん」

 巨木の影から人が一人出てきた。
 綺麗に巻いた髪に、とんがり帽子、短いスカートを履いた人物なんて、この王都で一人しかいない。
 
「レイチェルさん! 助けてくれたんですか?」

「アンタが犬コロ達につけられているのを見ちゃったからね」

「有難うございます。怖かったー」

「とか言って、一匹仕留めてたじゃない。ヘルハウンドの素材を取ろうとしてんのかなーっと、思って、助けるの躊躇っちゃった」

「いえ、違います! 単に襲われていただけですよ!」

「アンタって……、まぁいいや。それより、どうしたの? もう0時近いのに、家出とかー?」

「ええと……、まぁそうなります。話せば長いのです……」

「取り敢えず私の家に来ない? ホットココア飲みながら話そ」

 ジョシュアに追いつかれないように、急いで王都を抜けるべきだと思う。
 しかし、ステラは無策でフラーゼ家を抜けて来たため、帝都への行き方すら知らないのだ。
 彼女に色々と教えてもらった方がいいのかもしれない。

「お言葉に甘えちゃいます」

 ステラは彼女にペコリと頭を下げた。



 ひとまずお店に寄らせてもらい、トランクの中に香水や香料等をせっせと詰め込む。
 そうしていると、店の奥からカサリと聞こえてきた。

 ギクリとしてそちらを見ると、闇の中に小さな毛玉が佇んでいた。

「物盗りかと思ったが、ステラだったか」

「アジさん!」

 彼がこの店の二階に住んでいたのを思い出す。
 危うく、大事なモノを忘れてしまうところだった。
 ステラは彼の首根っこを掴み、バッグに詰める。

「何をするんだ!?」

「アジさん、帝国までお供してください! 一人旅行はやっぱり嫌です!」

「ちゃんと説明しろ! お主、儂の扱いが酷いぞ!」

「レイチェルさんと一緒に聞いて下さい! きっと楽しめますよ!」

「疑わしいものだな……、はぁ……」

 頼もしい仲間を拉致出来て、これから待ち受ける長旅が少しだけ楽しみに思えてきた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

処理中です...