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一番大事な人?
一番大事な人?③
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こちらからレイチェルに手紙を書こうと考えながら作業部屋に入ると、開いた窓からアジ・ダハーカが飛び込んで来た。
「アジさんお帰りなさい。アレを持ってきてくれたんですか?」
アジ・ダハーカは何も無い空間からガラス瓶を出現させ、床にゴロンと落とす。
それは、以前ステラが悪魔シトリーから受け取った物と同じデザイン。
実はこの黒猫に頼み、鈴蘭のフレグランスを貴族の邸宅から盗み出して貰っているのだ。
勿論褒められた行為ではないのは承知の上だが、人命がかかっているのだから仕方がない。
「フゥ……。カンプノス子爵家の執事に追いかけ回されて酷い目にあった……」
「ご苦労様です!」
「これで二十一本目か」
「そうです。着実に王都は安全に近づいているんじゃないですかね?」
鈴蘭のフレグランス保持者に、ジョシュアの口から、その使用を控えるように呼びかけてもらったものの、ちゃんと本人に伝わるかどうか、そして従うかどうか確証を持てない。
だから現物を回収してしまおうと考えた。
若干の罪悪感を感じつつ、アジ・ダハーカが落とした瓶を手に取る。
(元修道女なのに、こんな事させてしまうなんて……。でも見過ごすせないし……。うー……。あ……。そうだ! さっきオジサンが言っていた効果をこれで確認出来るかも!)
綺麗なクリスタルガラスの瓶を見ているうちに、いい事を閃き、蓋を開けた。
「おい、何やってるんだ」
「効果を自分でも確かめてみないと、と思いまして!」
「危険だぞ!」
心配してくれるアジ・ダハーカの言葉を無視して、自らの右手首に一滴だけフレグランスを落とす。
鈴蘭や様々な果物が混ざった素晴らしい香りは、心を捉えるのには十分だ。
ステラはそれを左の親指で動脈に塗り込む。
手首には何の変化も起こらない。手の平や腕、剥き出しの脚にも印らしき物は表れはしないようだ。
「服の下なのかな?」
ドレスのボタンを外してバサリと脱ぎ捨てる。
下着や靴下もどんどん床の上に落としてから、身体の表側を見下ろしてみるが、異変はないようだ。強いて上げるなら、カボチャパンツの上の腹周りが少々プクプクになってきているくらいか。
「背中の方? アジさん私の後ろ側見てくれませんか?」
「そんな事より助けてくれ!」
「む……」
「儂の上に布を放るな!」
ややくぐもった声はクリーム色のドレスの方から聞こえる。裾の部分がモソモソ動いているので、そこにアジ・ダハーカが埋まっているのだろう。
どかしてやると、黒猫がブルルと身震いした。
「ごめんなさいですよ」
「フン! ……お主、何故裸になっている?」
「このフレグランスを肌に塗って、悪魔の印が付くかどうか見てみたかったんです」
身体の表側は何ともなっていない。
背面をアジ・ダハーカに見てもらいたいので、後ろを向いてしゃがみ込む。
「何かついてないですか?」
「うーむ……。むむ……。二重の円に三つの十字……」
「! それって、外周に『シトリー』と書いてないです!?」
「小さいので見辛いが、そう読めなくもないな」
肩甲骨の下辺りに肉球を当てられ、くすぐったい。間近で印を見てくれているのかもしれない。
「やっぱり、フレグランスで悪魔の印が付いちゃうんだ……。私のフレグランスで、ちゃんと消えてくれるかな」
ステラは立ち上がり、作業台へと向かう。
上に置かれた地味な小瓶の中に入った液体は、“聖水Ex”が混ざったフレグランス。
これが効いてくれなければ、自分は再びシトリーに魂を抜かれてしまう。
やや緊張しながら蓋を開け、小皿に注ぐ。
クチナシをベースにした香りは、改めて自分で嗅いでみても、鈴蘭のフレグランスに負けていないように思える程に出来が良い。
だが、今は香りよりも効果が重要だ。
「どれ、背中を向けて見せよ」
作業台の上に乗ったアジ・ダハーカに従って、再び背中を見てもらうと「おぉ!」と感嘆の声が上がった。
「どうなってます!?」
「印が徐々に薄くなっているぞ」
「やった! さっきのオジサンの話は本当だったんだ!」
シトリーの手口を知り、妨害する手法を得たからには、もう怖いもの無しという気持ちになってくる。
もしかするとフレグランス以外の方法で悪魔の印を付けられても、生き延びれるかもしれない。
「私、実はかなりの人命を救っているかもしれません」
「ちょっとまて、この印を付けられたら、悪魔に魂を抜かれるのか? んで、お主のフレグランスで、印を消せると?」
「そのようです!」
「大したものだな。流石儂の結石を使っているだけある」
「私の事も褒めて下さい!」
「偉いぞ!」
「わーい!」
一人と一匹でわいわい騒いでいると、唐突に作業部屋のドアが開いた。
「うっわ!? 何やってんの、アンタ! カボチャパンツ一枚で……」
立っていたのは召喚士のレイチェルだった。
呆れた顔でステラを見ている。
「あ、レイチェルさん久し振りです! ちょうど貴女に手紙を書こうとしていました」
「もしかして、アタシがなかなか来ないから心配になってたとかー?」
「そうですよ! お師匠様はどうしてました?」
「いくら待っても返事が来ないから、ルフテックまで行って来たんだよね。話が長くなるから、取り敢えず服着なよ。カーテン全開なの忘れてるでしょ?」
「本当だ! うわぁぁ! 恥ずかしい!」
「アンタ無防備すぎー!」
ステラは先程脱いだ服を拾い集め、急いで身に付けた。
「アジさんお帰りなさい。アレを持ってきてくれたんですか?」
アジ・ダハーカは何も無い空間からガラス瓶を出現させ、床にゴロンと落とす。
それは、以前ステラが悪魔シトリーから受け取った物と同じデザイン。
実はこの黒猫に頼み、鈴蘭のフレグランスを貴族の邸宅から盗み出して貰っているのだ。
勿論褒められた行為ではないのは承知の上だが、人命がかかっているのだから仕方がない。
「フゥ……。カンプノス子爵家の執事に追いかけ回されて酷い目にあった……」
「ご苦労様です!」
「これで二十一本目か」
「そうです。着実に王都は安全に近づいているんじゃないですかね?」
鈴蘭のフレグランス保持者に、ジョシュアの口から、その使用を控えるように呼びかけてもらったものの、ちゃんと本人に伝わるかどうか、そして従うかどうか確証を持てない。
だから現物を回収してしまおうと考えた。
若干の罪悪感を感じつつ、アジ・ダハーカが落とした瓶を手に取る。
(元修道女なのに、こんな事させてしまうなんて……。でも見過ごすせないし……。うー……。あ……。そうだ! さっきオジサンが言っていた効果をこれで確認出来るかも!)
綺麗なクリスタルガラスの瓶を見ているうちに、いい事を閃き、蓋を開けた。
「おい、何やってるんだ」
「効果を自分でも確かめてみないと、と思いまして!」
「危険だぞ!」
心配してくれるアジ・ダハーカの言葉を無視して、自らの右手首に一滴だけフレグランスを落とす。
鈴蘭や様々な果物が混ざった素晴らしい香りは、心を捉えるのには十分だ。
ステラはそれを左の親指で動脈に塗り込む。
手首には何の変化も起こらない。手の平や腕、剥き出しの脚にも印らしき物は表れはしないようだ。
「服の下なのかな?」
ドレスのボタンを外してバサリと脱ぎ捨てる。
下着や靴下もどんどん床の上に落としてから、身体の表側を見下ろしてみるが、異変はないようだ。強いて上げるなら、カボチャパンツの上の腹周りが少々プクプクになってきているくらいか。
「背中の方? アジさん私の後ろ側見てくれませんか?」
「そんな事より助けてくれ!」
「む……」
「儂の上に布を放るな!」
ややくぐもった声はクリーム色のドレスの方から聞こえる。裾の部分がモソモソ動いているので、そこにアジ・ダハーカが埋まっているのだろう。
どかしてやると、黒猫がブルルと身震いした。
「ごめんなさいですよ」
「フン! ……お主、何故裸になっている?」
「このフレグランスを肌に塗って、悪魔の印が付くかどうか見てみたかったんです」
身体の表側は何ともなっていない。
背面をアジ・ダハーカに見てもらいたいので、後ろを向いてしゃがみ込む。
「何かついてないですか?」
「うーむ……。むむ……。二重の円に三つの十字……」
「! それって、外周に『シトリー』と書いてないです!?」
「小さいので見辛いが、そう読めなくもないな」
肩甲骨の下辺りに肉球を当てられ、くすぐったい。間近で印を見てくれているのかもしれない。
「やっぱり、フレグランスで悪魔の印が付いちゃうんだ……。私のフレグランスで、ちゃんと消えてくれるかな」
ステラは立ち上がり、作業台へと向かう。
上に置かれた地味な小瓶の中に入った液体は、“聖水Ex”が混ざったフレグランス。
これが効いてくれなければ、自分は再びシトリーに魂を抜かれてしまう。
やや緊張しながら蓋を開け、小皿に注ぐ。
クチナシをベースにした香りは、改めて自分で嗅いでみても、鈴蘭のフレグランスに負けていないように思える程に出来が良い。
だが、今は香りよりも効果が重要だ。
「どれ、背中を向けて見せよ」
作業台の上に乗ったアジ・ダハーカに従って、再び背中を見てもらうと「おぉ!」と感嘆の声が上がった。
「どうなってます!?」
「印が徐々に薄くなっているぞ」
「やった! さっきのオジサンの話は本当だったんだ!」
シトリーの手口を知り、妨害する手法を得たからには、もう怖いもの無しという気持ちになってくる。
もしかするとフレグランス以外の方法で悪魔の印を付けられても、生き延びれるかもしれない。
「私、実はかなりの人命を救っているかもしれません」
「ちょっとまて、この印を付けられたら、悪魔に魂を抜かれるのか? んで、お主のフレグランスで、印を消せると?」
「そのようです!」
「大したものだな。流石儂の結石を使っているだけある」
「私の事も褒めて下さい!」
「偉いぞ!」
「わーい!」
一人と一匹でわいわい騒いでいると、唐突に作業部屋のドアが開いた。
「うっわ!? 何やってんの、アンタ! カボチャパンツ一枚で……」
立っていたのは召喚士のレイチェルだった。
呆れた顔でステラを見ている。
「あ、レイチェルさん久し振りです! ちょうど貴女に手紙を書こうとしていました」
「もしかして、アタシがなかなか来ないから心配になってたとかー?」
「そうですよ! お師匠様はどうしてました?」
「いくら待っても返事が来ないから、ルフテックまで行って来たんだよね。話が長くなるから、取り敢えず服着なよ。カーテン全開なの忘れてるでしょ?」
「本当だ! うわぁぁ! 恥ずかしい!」
「アンタ無防備すぎー!」
ステラは先程脱いだ服を拾い集め、急いで身に付けた。
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