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試供品は退魔のフレグランス
試供品は退魔のフレグランス②
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司教が用意してくれたのは、大型のガラス瓶二本分の聖水だった。
それを受け取り、今後悪魔と交流があった場合は必ず報告すると約束し、ステラ達は大聖堂を後にした。
ちょっとした買い物や、昼食を済ませてから向かったのは、王城近くの自分の店。
意欲が高いうちに、少しでも調香に取り掛かっておきたい。
「アジさんにはチーズの方が良かったですかね?」
ステラは馬車の中から荷物を取りだしながら、マーガレットに話しかける。
魔神シトリーに嵌められて、死後の世界へと通ずる空間に渡ったステラを救い出してくれたのはアジ・ダハーカなので、彼へのお礼の為に牛肉の塊を購入してきたのだ。
ズッシリと重いそれを掲げてみせると、彼女は小首を傾げた。
「どうでしょう? あの方はチーズを好んでいますし、牛繋がりで、気に入るかもしれませんわよ」
「出来れば美味しく食べてほしいんですよね」
無難にチーズにすべきだったか、等と考えながら腰に下げた鍵でドアを開け、店内に入る。
中を見回してみると、彼は出窓の上で長まり、こちらに向かって首をもたげていた。
「お主、もう動いても平気なのか?」
「アジさん、こんにちわ! まだ少々ダルいですが、ゴロゴロしてばかりでも飽きてしまいますから」
「ふぅむ……。あの性悪男と四六時中イチャつくのに飽きたの間違いではないか?」
「イチャ!? えーと……何を言ってるのか分からないですね!」
「クックック」
アジ・ダハーカに笑われ、ステラは顔を赤くした。
確かに一緒に居る時間は長かった様な気がするが、茶化される様な関係ではない。
それどころか、困っているくらいなのだ。
最近のジョシュアは前にも増して扱い辛い存在になっている。体力が戻らないステラを無駄に病人扱いし、看病と称してアレコレ面倒を看ようとする。
(今日だって、ジョシュアの前でスプーンを持って見せてるのに、取り上げて、自分の手で食べさせようとしてくるしっ! 意味分かんないよ)
ニッコリ笑ってスプーンを差し出してくる姿を思い出し、慌てて頭を振る。
冷静に考えると腹立たしいのに、やられている瞬間ごとでは、微妙に嬉しい気がして逆らえなくなるのは何故なのか。
「アジ・ダハーカ様。ステラ様をあまりからかってはいけませんわ! 使用人一同で、お二人の仲をそっと応援しているのですから! アジ・ダハーカ様も陰から温かく見守って下さいな!」
「ヒィ……!?」
アジ・ダハーカの言葉よりも、マーガレットの暴露の方が精神的なダメージが大きい。
皆何食わぬ顔をしているのに、実際は陰でステラ達を噂しているのだろう。
(ある事ない事言われてそう……。ジョシュアをちょっと避けとこうかな)
「そんな事より、ステラ。お主何を持っておるのだ?」
話題に飽きたのか、黒猫は窓枠からストンと飛び降り、こちらに近寄って来た。
「これはアジさんの為に買って来た肉です。この間のお礼に」
「おお!!」
包み紙を開き、床の上に肉塊を置いてやると、彼はランランと目を輝かせ、思い切り齧り付いた。
やはり生肉を前にすると野生の血が騒ぐのかもしれない。
「うんまいぞ!!」
「気に入ってくれて良かったです!」
一生懸命に肉を頬張るアジ・ダハーカの為に、マーガレットは陶器の皿に水を汲んで来てくれ、店内はノンビリした空気に包まれた。
ステラも食後の所為か、体力が戻っていない所為か、次第に眠くなってくる。
カクリとなったところをマーガレットに目撃されてしまった。
「今日はもう帰って休まれては? 聖水は手元にありますし、後はユックリ調香するとかでも……」
「うーん、そうかもですが……」
「聖水をどうするつもりなんだ?」
何故か聖水に興味を示した黒猫は、肉を齧るのをやめ、こちらを見ている。
「私の魂を捕らえようとした悪魔を、アジさんも見ましたよね? あの人が私にフレグランスで嫌がらせしたように、私もフレグランスで対抗してやろうと思ってます。聖水はそれに入れるんですよ!」
「ふぅむ。なるほどな。試しに儂の結石の溶液も加えてみろ」
「うん? 今回は使用者が美しくならなくてもいいんです。むしろさり気なく使ってほしいというか」
「そうなのか。残念だな。儂の結石にはエーテルが込められているから、聖水の効果を高められるかもしれんと思ったのだが」
「むむ……。そのお話はなかなかに魅力があります……」
アジ・ダハーカが口にした“エーテル"とは、この世界に生きるモノの力の源だ。
そしてスキルを保持する者は、その特異な力を使用する時、このエーテルを様々な形で外部へと放出している。
(アジさんの結石、神秘的だなぁ。他の素材の効果を引き立てる様な効果もあるとは……)
興味を抱いたら試してみないと気が済まない性分のステラは、聖水を一瓶掴み、作業部屋に入った。
棚の中からフラスコや、アジ・ダハーカの結石の溶液を取りだし、作業台の上に並べる。
「お、火が着いたみたいだな」
肉を食べ終えたのか、アジ・ダハーカがノッソリと室内に入って来た。
「効き目が良い方がやっぱり望ましいですから、ちょっと試してみたいです」
フラスコの中に聖水と結石の溶液を適当な分量で入れ、クルクルと回してみる。
普段スキルを利用する者としては、これだけでエーテルが作用すると思えず、自分の力で刺激を加えてみる事にする。
ジワジワと融合スキルを発動すると、フラスコ内が淡く光り出す。
特殊な力を秘めた素材特有の反応だ。
ステラの手元を凝視する元邪竜の目の前で、容赦の無い力を込めていくと、混合液は白濁として色合いになった。
粉雪の様な輝きがフラスコの周囲に舞い、セリ科の植物特有の香りが漂う。
「あ! これって、修道院に植えられていたアンジェリカみたいな香りです!」
アンジェリカとは、200年程前にこの国で疫病が流行った時に利用されたハーブである。
その万能さゆえか、はたまた、大天使ミカエルがもたらしたという逸話ゆえか、天使のハーブとも呼ばれていて、聖ヴェロニカ修道院でも栽培されていた。
(これはもしかすると、いい感じの効果になっているかも!)
ステラの胸は期待に高鳴った。
それを受け取り、今後悪魔と交流があった場合は必ず報告すると約束し、ステラ達は大聖堂を後にした。
ちょっとした買い物や、昼食を済ませてから向かったのは、王城近くの自分の店。
意欲が高いうちに、少しでも調香に取り掛かっておきたい。
「アジさんにはチーズの方が良かったですかね?」
ステラは馬車の中から荷物を取りだしながら、マーガレットに話しかける。
魔神シトリーに嵌められて、死後の世界へと通ずる空間に渡ったステラを救い出してくれたのはアジ・ダハーカなので、彼へのお礼の為に牛肉の塊を購入してきたのだ。
ズッシリと重いそれを掲げてみせると、彼女は小首を傾げた。
「どうでしょう? あの方はチーズを好んでいますし、牛繋がりで、気に入るかもしれませんわよ」
「出来れば美味しく食べてほしいんですよね」
無難にチーズにすべきだったか、等と考えながら腰に下げた鍵でドアを開け、店内に入る。
中を見回してみると、彼は出窓の上で長まり、こちらに向かって首をもたげていた。
「お主、もう動いても平気なのか?」
「アジさん、こんにちわ! まだ少々ダルいですが、ゴロゴロしてばかりでも飽きてしまいますから」
「ふぅむ……。あの性悪男と四六時中イチャつくのに飽きたの間違いではないか?」
「イチャ!? えーと……何を言ってるのか分からないですね!」
「クックック」
アジ・ダハーカに笑われ、ステラは顔を赤くした。
確かに一緒に居る時間は長かった様な気がするが、茶化される様な関係ではない。
それどころか、困っているくらいなのだ。
最近のジョシュアは前にも増して扱い辛い存在になっている。体力が戻らないステラを無駄に病人扱いし、看病と称してアレコレ面倒を看ようとする。
(今日だって、ジョシュアの前でスプーンを持って見せてるのに、取り上げて、自分の手で食べさせようとしてくるしっ! 意味分かんないよ)
ニッコリ笑ってスプーンを差し出してくる姿を思い出し、慌てて頭を振る。
冷静に考えると腹立たしいのに、やられている瞬間ごとでは、微妙に嬉しい気がして逆らえなくなるのは何故なのか。
「アジ・ダハーカ様。ステラ様をあまりからかってはいけませんわ! 使用人一同で、お二人の仲をそっと応援しているのですから! アジ・ダハーカ様も陰から温かく見守って下さいな!」
「ヒィ……!?」
アジ・ダハーカの言葉よりも、マーガレットの暴露の方が精神的なダメージが大きい。
皆何食わぬ顔をしているのに、実際は陰でステラ達を噂しているのだろう。
(ある事ない事言われてそう……。ジョシュアをちょっと避けとこうかな)
「そんな事より、ステラ。お主何を持っておるのだ?」
話題に飽きたのか、黒猫は窓枠からストンと飛び降り、こちらに近寄って来た。
「これはアジさんの為に買って来た肉です。この間のお礼に」
「おお!!」
包み紙を開き、床の上に肉塊を置いてやると、彼はランランと目を輝かせ、思い切り齧り付いた。
やはり生肉を前にすると野生の血が騒ぐのかもしれない。
「うんまいぞ!!」
「気に入ってくれて良かったです!」
一生懸命に肉を頬張るアジ・ダハーカの為に、マーガレットは陶器の皿に水を汲んで来てくれ、店内はノンビリした空気に包まれた。
ステラも食後の所為か、体力が戻っていない所為か、次第に眠くなってくる。
カクリとなったところをマーガレットに目撃されてしまった。
「今日はもう帰って休まれては? 聖水は手元にありますし、後はユックリ調香するとかでも……」
「うーん、そうかもですが……」
「聖水をどうするつもりなんだ?」
何故か聖水に興味を示した黒猫は、肉を齧るのをやめ、こちらを見ている。
「私の魂を捕らえようとした悪魔を、アジさんも見ましたよね? あの人が私にフレグランスで嫌がらせしたように、私もフレグランスで対抗してやろうと思ってます。聖水はそれに入れるんですよ!」
「ふぅむ。なるほどな。試しに儂の結石の溶液も加えてみろ」
「うん? 今回は使用者が美しくならなくてもいいんです。むしろさり気なく使ってほしいというか」
「そうなのか。残念だな。儂の結石にはエーテルが込められているから、聖水の効果を高められるかもしれんと思ったのだが」
「むむ……。そのお話はなかなかに魅力があります……」
アジ・ダハーカが口にした“エーテル"とは、この世界に生きるモノの力の源だ。
そしてスキルを保持する者は、その特異な力を使用する時、このエーテルを様々な形で外部へと放出している。
(アジさんの結石、神秘的だなぁ。他の素材の効果を引き立てる様な効果もあるとは……)
興味を抱いたら試してみないと気が済まない性分のステラは、聖水を一瓶掴み、作業部屋に入った。
棚の中からフラスコや、アジ・ダハーカの結石の溶液を取りだし、作業台の上に並べる。
「お、火が着いたみたいだな」
肉を食べ終えたのか、アジ・ダハーカがノッソリと室内に入って来た。
「効き目が良い方がやっぱり望ましいですから、ちょっと試してみたいです」
フラスコの中に聖水と結石の溶液を適当な分量で入れ、クルクルと回してみる。
普段スキルを利用する者としては、これだけでエーテルが作用すると思えず、自分の力で刺激を加えてみる事にする。
ジワジワと融合スキルを発動すると、フラスコ内が淡く光り出す。
特殊な力を秘めた素材特有の反応だ。
ステラの手元を凝視する元邪竜の目の前で、容赦の無い力を込めていくと、混合液は白濁として色合いになった。
粉雪の様な輝きがフラスコの周囲に舞い、セリ科の植物特有の香りが漂う。
「あ! これって、修道院に植えられていたアンジェリカみたいな香りです!」
アンジェリカとは、200年程前にこの国で疫病が流行った時に利用されたハーブである。
その万能さゆえか、はたまた、大天使ミカエルがもたらしたという逸話ゆえか、天使のハーブとも呼ばれていて、聖ヴェロニカ修道院でも栽培されていた。
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ステラの胸は期待に高鳴った。
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