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試供品は退魔のフレグランス
試供品は退魔のフレグランス①
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ステラは二日間じっくり休養を取りつつ、悪魔への対処法を考えていた。ジョシュアの考えでは他に首謀者がいるのではないかとの事だったが、実際に悪魔と対面した身としては、あのさりげない悪意は人を惑わすには十分であり、首謀者を探すよりまず、実行者をどうにかしたいところである。
また、王都の人間に悪魔の存在を吹聴し、恐怖に陥れるのもよろしくないので、出来るだけさり気ない対抗措置がいいだろう。
そこでマーガレットと共に訪れたのがナルアトル大聖堂だ。
王都中心部に位置する宗教施設は、都市で暮らす住民達の心の拠り所なのだが、それだけでなく、過去に起きたであろう悪魔との闘争の資料館としても活用出来るだろうと踏んだ。
突然の訪問にも、司教は嫌な顔一つせず、礼拝堂の中でステラの話を真剣に聞いてくれている。
「__では貴女は、悪魔と接触したと?」
「そうです。まさか元修道女なのに、悪魔に魂を抜かれてしまうとは思いもしませんでした。これは、祈り方がおかしかったからなんでしょうか!?」
「それは存じ上げませんが……。高位の悪魔であれば、修道士の力が及ばぬ事もあるかもしれませんね」
「うーん……。高位……。そうなんですね」
麗しの悪魔が手強い相手なのは少々都合が悪いので、ついつい唇を尖らせて唸り声を上げてしまう。
そんなステラに司教は一つ頷き、手招きした。
「なんでしょう?」
「書庫に行きましょう。そちらの方もご一緒に……。確か以前読んだ記録の中に、今回の件と似た様な内容が書いてあった気がします」
ステラはマーガレットと顔を見合わせてから、一緒に司教の後を付いて行く。
長い回廊を奥へ、奥へと進み、たどり着いたのは、無数の本が保管された書庫。司教は老体にもかかわらず、素早い身のこなしで脚立に上り、茶色に変色した巻物を持って降りてきた。
「過去に、愚かな女性が美しい悪魔を召喚した事がありました。その特徴や行いが、先程貴女がおっしゃった事柄に一致するのです。ご覧なさい」
紐を解かれた羊皮紙には、大きな二重の円が描かれていた。
中心部には三つの十字。外周には文字。
それらが伝えんとするモノとは……。
「『S』『I』『T』『R』『L』。シトリ、ですか?」
「シトリーと読むのが正しいようです。七十二魔神のうち、序列は十二番目。彼、いや、今回は彼女になりますか……。人の心の隙間に付け入り、容易く魂を奪いました。それは、召喚者ですら例外ではなかった。過去にシトリーを呼んだ者は、変わり果てた姿で見つかっています」
「今回も……、誰かが彼女を召還したんですか?」
「可能性は十分にあるかと。それか、悪魔側の勢力に何らかの目論みがあり、シトリーが遣わされているとも考えられます」
「むぅ……。恐ろしい話ですね」
「えぇ、全く……」
シトリーの様子を思い起こす。
フワフワとした印象の彼女は、その場の感情でターゲットを決めているように思えたが、よくよく考えてみると、良質なフレグランスを用意するなどの周到な面も持ち合わせている。
(私が魂を抜かれかけたのって、絶対あのフレグランスがキーになっているよね。まずい事に、あれを持っているのは私以外に大勢居る……)
シトリーに貰ったオーデコロンの中身は、いつの間にか消えてなくなってしまっていたが、美しい小瓶は手元に残った。
それをジョシュアの従者に調べてもらったら、王都の有名調香師が扱う物だと判明した。
調香師の話では、シトリーと思わしき美少女から入手した鈴蘭の香料を使用してオーデコロンを百本製作し、頭が痛いことに、それらを全て売り払ってしまったらしい。
フラーゼ家の使用人総出で購買者を調査すると、分かっている範囲では今のところそのオーデコロンの使用者の中に死んだ者はいなかった。
しかし、何となく時間の問題という気もしている。
(魂が抜かれるのには、複数の条件があるんじゃないかな? フレグランスと、シトリーの何らかの行動とか……。とすると、彼女が動く前に出来る事は……)
ステラは考えをめぐらし、司教に一つの質問をしてみた。
「あの……。愚かな質問かもなのですが……。悪魔に聖水は効きますか?」
「そうですね。一定の効果が確認されていますよ」
「本当ですか! 少しの量でいいから譲って下さい!」
「もしかして、シトリーに対抗するおつもりで?」
「はい! だって、やられてばかりは悔しいですからっ!」
握り拳を作ってギリギリと歯軋りするステラに、司教は深く頷く。
彼も聖職者として、現在の脅威をなんとかしたいと考えているのかもしれない。
「喜んで協力いたしましょう。今から聖別いたしますので、暫しここで待たれよ」
「宜しくお願いします!」
司教が書庫を立ち去るのを見守ってから、マーガレット楽し気にステラの方を向いた。
「聖水を使用して、何をなさるおつもりですの?」
「それでフレグランスを作ってみようと思ってます。それをシトリーのオーデコロンを持つ人や、王都の他の人々に、試供品として配ります。妨害行為をするんです! シトリーのオーデコロンの購入者全員とコンタクトを取れているわけじゃありませんし、プレゼントになった物もありそうですよね? 保有者を完全に把握するのは難しいです。でもフレグランスを付ける層はある程度決まっていますから、そういう人達を守る意味でも、聖水入りのフレグランスの配布は意味のある事なんじゃないかって思ってます!」
「流石ステラ様ですわ! 私にもお手伝いさせてくださいな!」
「マーガレットさんのお手伝いがあれば、百人力ですね!」
美しい悪魔に一泡吹かせてやろうと、ステラはニヒヒと笑った。
また、王都の人間に悪魔の存在を吹聴し、恐怖に陥れるのもよろしくないので、出来るだけさり気ない対抗措置がいいだろう。
そこでマーガレットと共に訪れたのがナルアトル大聖堂だ。
王都中心部に位置する宗教施設は、都市で暮らす住民達の心の拠り所なのだが、それだけでなく、過去に起きたであろう悪魔との闘争の資料館としても活用出来るだろうと踏んだ。
突然の訪問にも、司教は嫌な顔一つせず、礼拝堂の中でステラの話を真剣に聞いてくれている。
「__では貴女は、悪魔と接触したと?」
「そうです。まさか元修道女なのに、悪魔に魂を抜かれてしまうとは思いもしませんでした。これは、祈り方がおかしかったからなんでしょうか!?」
「それは存じ上げませんが……。高位の悪魔であれば、修道士の力が及ばぬ事もあるかもしれませんね」
「うーん……。高位……。そうなんですね」
麗しの悪魔が手強い相手なのは少々都合が悪いので、ついつい唇を尖らせて唸り声を上げてしまう。
そんなステラに司教は一つ頷き、手招きした。
「なんでしょう?」
「書庫に行きましょう。そちらの方もご一緒に……。確か以前読んだ記録の中に、今回の件と似た様な内容が書いてあった気がします」
ステラはマーガレットと顔を見合わせてから、一緒に司教の後を付いて行く。
長い回廊を奥へ、奥へと進み、たどり着いたのは、無数の本が保管された書庫。司教は老体にもかかわらず、素早い身のこなしで脚立に上り、茶色に変色した巻物を持って降りてきた。
「過去に、愚かな女性が美しい悪魔を召喚した事がありました。その特徴や行いが、先程貴女がおっしゃった事柄に一致するのです。ご覧なさい」
紐を解かれた羊皮紙には、大きな二重の円が描かれていた。
中心部には三つの十字。外周には文字。
それらが伝えんとするモノとは……。
「『S』『I』『T』『R』『L』。シトリ、ですか?」
「シトリーと読むのが正しいようです。七十二魔神のうち、序列は十二番目。彼、いや、今回は彼女になりますか……。人の心の隙間に付け入り、容易く魂を奪いました。それは、召喚者ですら例外ではなかった。過去にシトリーを呼んだ者は、変わり果てた姿で見つかっています」
「今回も……、誰かが彼女を召還したんですか?」
「可能性は十分にあるかと。それか、悪魔側の勢力に何らかの目論みがあり、シトリーが遣わされているとも考えられます」
「むぅ……。恐ろしい話ですね」
「えぇ、全く……」
シトリーの様子を思い起こす。
フワフワとした印象の彼女は、その場の感情でターゲットを決めているように思えたが、よくよく考えてみると、良質なフレグランスを用意するなどの周到な面も持ち合わせている。
(私が魂を抜かれかけたのって、絶対あのフレグランスがキーになっているよね。まずい事に、あれを持っているのは私以外に大勢居る……)
シトリーに貰ったオーデコロンの中身は、いつの間にか消えてなくなってしまっていたが、美しい小瓶は手元に残った。
それをジョシュアの従者に調べてもらったら、王都の有名調香師が扱う物だと判明した。
調香師の話では、シトリーと思わしき美少女から入手した鈴蘭の香料を使用してオーデコロンを百本製作し、頭が痛いことに、それらを全て売り払ってしまったらしい。
フラーゼ家の使用人総出で購買者を調査すると、分かっている範囲では今のところそのオーデコロンの使用者の中に死んだ者はいなかった。
しかし、何となく時間の問題という気もしている。
(魂が抜かれるのには、複数の条件があるんじゃないかな? フレグランスと、シトリーの何らかの行動とか……。とすると、彼女が動く前に出来る事は……)
ステラは考えをめぐらし、司教に一つの質問をしてみた。
「あの……。愚かな質問かもなのですが……。悪魔に聖水は効きますか?」
「そうですね。一定の効果が確認されていますよ」
「本当ですか! 少しの量でいいから譲って下さい!」
「もしかして、シトリーに対抗するおつもりで?」
「はい! だって、やられてばかりは悔しいですからっ!」
握り拳を作ってギリギリと歯軋りするステラに、司教は深く頷く。
彼も聖職者として、現在の脅威をなんとかしたいと考えているのかもしれない。
「喜んで協力いたしましょう。今から聖別いたしますので、暫しここで待たれよ」
「宜しくお願いします!」
司教が書庫を立ち去るのを見守ってから、マーガレット楽し気にステラの方を向いた。
「聖水を使用して、何をなさるおつもりですの?」
「それでフレグランスを作ってみようと思ってます。それをシトリーのオーデコロンを持つ人や、王都の他の人々に、試供品として配ります。妨害行為をするんです! シトリーのオーデコロンの購入者全員とコンタクトを取れているわけじゃありませんし、プレゼントになった物もありそうですよね? 保有者を完全に把握するのは難しいです。でもフレグランスを付ける層はある程度決まっていますから、そういう人達を守る意味でも、聖水入りのフレグランスの配布は意味のある事なんじゃないかって思ってます!」
「流石ステラ様ですわ! 私にもお手伝いさせてくださいな!」
「マーガレットさんのお手伝いがあれば、百人力ですね!」
美しい悪魔に一泡吹かせてやろうと、ステラはニヒヒと笑った。
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