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ホッコリ養生生活

ホッコリ養生生活②(※ジョシュア視点)

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「君さぁ……、主人に対しての忠誠心が足りてないんじゃない?」

「忠誠心云々の話ではないです! ポピー様に言われた事をお忘れですか!? あれ程、ステラ様には無理強いするなと言われたではありませんか!」

 ジョシュアは私室のカウチに腰掛け、自らの従者を半眼で見つめる。
 ステラとの大切な時間を邪魔した挙句、主人である自分に説教を始めるとは良い度胸だ。

「一緒に風呂に入る話?」

「そうです! ステラ様を養女にしたいとのポピー様の希望を跳ね除けたのはジョシュア様ですよ。彼女が他の家の令嬢だという意識を持って接しませんと!」

「分かってないなぁ。そんなんじゃ永遠に平行線を辿るだけなんだよ」

 自分の母であるポピーは、ステラが還俗したと知るや否や、フラーゼ家の養女にするよう圧力をかけてきた。
 可愛いステラを娘として迎えたいという願望は充分理解出来るが、ジョシュアとしては、彼女と兄妹の関係になるわけにはいかないのだ。自らの恋心を実母に対して切々と訴えるという苦行を経て、今の状況に至っている。

「例えそうだとしても! 恋愛には順序というものがあるはずです! まずは二人でお散歩を__」

「あー……。はいはい」

 つまらない会話にウンザリとし、カウチの上に横になる。
 レイフは自分に、ごく普通の人畜無害な男として彼女と接しろと言うが、そもそも、スタートの時点が普通ではない。
 信用されて無い上で、ただの良い人を演じているのでは、そのうちただの財布としか認識されなくなるだろう。
 それよりなら玉砕覚悟で攻め続ける方が幾分がマシというもの。

(ステラは可愛いけどちょっと変わってるんだよなぁ。いつも素直なのに恋愛の話となると、わざと会話をずらそうとするし)

 想像するに、あの態度は彼女が捨て子だった事や、修道院での禁欲的な暮らしが関連してそうだ。
 父母の関係を見て育ったわけではなく、恋愛に至っては御法度。
 意図して考えないようにしているのかもしれない。

 その逃げの態度を苦々しく思いはするものの、何となく甘ったるくも感じているあたり、ジョシュアは変態の領域に足を踏み入れている可能性がある。

「ジョシュア様、ネイック家の事をどうなさるおつもりですか?」

「『どう』とは?」

「伯爵家のお茶会の席で供された飲食物に毒が仕込まれた件を、どう処理なさるかお聞きしたく……。被害者の中には公爵家の嫡男もいたと聞きますし」

「……」

 正直なところ、ネイック家には失望している。
 ステラを預かっておきながら、危険に晒し、三日間も昏睡状態にした。
 しかも、さっさと犯人を探し出して吊し上げる事もせず、ちょうど良さそうな人間に罪を着せる事もせず、醜聞を垂れ流させておくなど無能極まっていて、反吐がでそうだ。

 とはいえ、腐っても親類。こちらに余波がこないとも限らない。
 面倒でも動かないわけにはいかないだろう。

「……君はネイック家の家令から出席者名簿を手に入れ、興信所でも使って、身辺を調査しておいて。俺はステラやネイック家の者共に当日の様子を聞いておこう」

「了解いたしました!」

「それと各新聞社に情報を流してもらおうかな」

「情報、ですか?」

「そう。“ネイック家で起きた無差別殺人事件は、当家の凋落を目論む者の仕業らしい”とね」

「そうだったんですね!?」

「本当のところは知らないよ。でも、世間の風向きが変わるかもしれないだろ?」

「なるほど……。これ以上変な噂を立てられないように、他に罪をなすりつけるおつもりですか」

 従者の返事に、ガクリと肩を落とす。

「人聞きの悪い事を言うなよ。ネイック家の仕業と決まったわけじゃない」

「申し訳ございません!」

「紙面に載ると、真偽不明でも信じる奴等が多いだろうしね。頼んだよ」

「直ぐにでも!」

 キビキビとした動きで部屋から出て行くレイフを見送り、ジョシュアはカウチから立ち上がった。

(まぁ、当たらずも遠からずって気がするな)

 把握しておくべき事がまた一つ増えたのは嘆かわしいが、妙な巻き込まれ方をされる前に、対処しておくのが無難だろう。
 下がった口角を人差し指で押し上げながら、向かう先は一階下のステラの部屋。
 寝る前に彼女に会いたいのは、ちゃんと生きているのを確認し、安心したいからだ。
 白い扉をノックすると、マーガレットが応対してくれ、快く中へと通される。

 レースの天蓋に覆われたベッドの上にペタンと座っているステラは、クッションを抱きしめ、ボンヤリとしていた。
 こころなしか、出会った頃よりも美少女っぷりに磨きがかかったかもしれない。
 それに、病み上がりだからなのか、儚げな雰囲気を醸し出している。

(どの方向から見ても可愛いな……)

 以前彼女を見た知人が、隣国の皇族に似た方が居ると言っていたが、ジョシュアにはそれがただの偶然だとは思えなかった。
 類まれな能力と、容姿の美しさ、普通の捨て子であるはずがない。

「あ……」

 ジョシュアの不躾な視線に気がついたのか、ステラがこちらを向き、驚きの表情を浮かべていた。
 いつもの様に軽い嫌味の一つでも投げてくるかと思いきや、そんな事もなく……。
 見間違いでないなら、彼女は頬を染め、しかも恥ずかしそうにクッションに顔を埋めている。
 
 その仕草に少なからぬ衝撃を受けるが、平静を装って彼女に近づく。

 フワリと香るのは、甘いバニラの香り。

「お湯加減はどうだった?」

「……ちょうど良かったです。何の用ですか?」

 クッションから片目だけ覗かせてコチラを見る様子が最高に可愛いだなんて、彼女は思いもしないんだろう。
 ウッカリ暴走してしまわないよう、ポピーに殴られた時の痛みを十回ほど思い起こし、胡散臭いと思われそうな笑みを何とか顔にはりつける。

「……寝る前にどうしても話したくなったんだ。駄目かな?」

「私もちょうど話したかったです!」

 クッションから上げた顔からは、もう赤みが引いていたが、答えは嬉しいものだった。


 


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