上 下
49 / 89
魂の狩場

魂の狩場②

しおりを挟む
「そこに誰か居るの?」

 鈴蘭が咲き乱れる花畑の中、美しい悪魔は立ち上がり、周囲を見回す。
 気付かれたかもしれないと思えば、緊張感が増す。

「……幻覚を見破られたら厄介だ」

 アジ・ダハーカはステラを掴んだまま、時空の亀裂にスルリと入り込む。
 立ち去る間際に見たのは、こちらに視線を合わせ、ポヤンとした表情をする少女。
 彼女の姿に、ステラは何故か悲しい気持ちになった。
 魂を鳥籠の中に閉じ込めてなお、彼女は清純な美しさを保つ。人を殺すのは、彼女にとって当たり前の行いで、心のあり様を変えるほどの出来事ではないのだ。



 アジ・ダハーカと元の世界へと帰る途中、ステラは麗しの悪魔から貰ったオーデコロンについて考えを巡らす。

(鈴蘭の香りがした時点で、怪しむべきだったかな。私の知る限りでは、どの花を混ぜても鈴蘭の香りに近くはならないし……。普通に暮らしている令嬢が、偶然作れる物ではないかも。とりあえずあのオーデコロンを調べてみないと……)

 オーデコロン自体を調べるのも重要だし、彼女がこれ以上王都の人間に悪さ出来ない様に、自分なりに何か対策を練ってみてもいいかもしれない。

「ステラ、ずっと無言だが、大丈夫か? 肉体と魂が長時間離れると、両方弱まっていくのだが」

「考え事をしていただけです! まだピンピンしてますよ!」

 握り拳を作ってみせると、「クックック」と笑われる。
 ドラゴン姿の彼の声は随分と低い。普段は可愛らしい猫の声だから違和感があるが、こうしてステラを迎えに来てくれたのだから、その本質に変わりはない。

「アジさん、迎えに来てくれて有難うです! すっごく安心しました!」

「なーに。また美味いものを食わせてくれたら何の問題もない」

「任せて下さい!」

「楽しみにしているぞ。下を見ろ。あの穴を抜けたら、儂等が住む街に辿り着く」

 真っ暗な闇の下方に、ポッカリと穴が開いているのが分かる。
 そこから見えるのは、幾つもの小さな光。あれは何だろうかと考えているうちに、アジ・ダハーカはそこを潜り抜けた。

 急に視界が開ける。
 周囲のモコモコは雲で、小さな光はおそらく人間の営みによるもの。

「わぁぁ! 凄い眺め!」

 眼下に広がるのは王都の街並みだ。
 橙色の外灯が整然と並び、貴族の屋敷と思わしき建物には煌々と灯りがともる。
 これ程上空から自らが住む街を眺めるのは初めてで、ステラの胸は高鳴る。

「アジさんはこの位の高さには慣れきっているんですか?」

「うむ。恐れ入ったか?」

「それはもう!」

「調子の良い奴め」

 邪竜はグングンと高度を下げ、一軒の屋敷の上空で旋回する。
 貴族街の中でも一際大きなそこに、見覚えがありすぎた。

「ここは、フラーゼ家?」

「そうだ。スンナリ肉体に戻れるようにしてやろう」

「えーと、……どうするつもりなんです?」

 ふと感じた嫌な予感は、大当たりだった。
 彼はステラを掴む手を大きく振りかぶり、フラーゼ家の外壁へと、とんでもない勢いで放り投げたのだ。

「そぉれ!」

「うきゃぁぁぁ!!!?? アジさんの馬鹿ー!!!」

 あり得ない程のスピードで飛ばされたステラは、目前に迫り来る外壁にギュウと目を瞑る。
 絶対にぶつかり、重傷を負ったあげくに地面に落下するだろうと想像するが、いくら経っても激突の衝撃はおとずれない。

 その代わり、優しいぬくもりに包まれていた。

(え、何がどうなったの!?)

 妙に重い目蓋を開けてみると、すぐ近くにジョシュアの顔があり、驚く。
 何故か彼の頬は濡れ、嗚咽を漏らしている。

「ステラ……、死なないでよ。目を開けて……」

(私のために、泣いてる?)

 彼の涙がステラの胸に落ちるのが見え、ギョッとしてしまう。
 自らの身に起きている事が妙にリアルに感じられるのは、ちゃんと肉体に入り込めたからだろうか? 状況を確認したくて、目を動かす。
 どうやら、自分はいつも寝起きする部屋の中に居て、そのベッドの上でジョシュアに抱えられているようだ。
 背中に感じられるシッカリとした腕と、お尻の下にある硬い太腿。
 燭台の明かりだけの薄暗い室内で、異性にされるのは問題ありすぎる行為といえる。

 それなのに嬉しい気がするのは、誰も見ていない、ステラですら気を失った状態で、彼が涙を流しているからだからだろうか。
 あまりうまく動かせない手を持ち上げ、その頬にピトリと触れてみる。

 弾かれた様に目を開けたジョシュアは、信じられないものでも見るかの様な表情をした。

「ステラ!」

「……ジョシュア、ただいま……です」

「良かった……、良かった……」

 カラカラに乾いた喉で懸命に言葉を紡ぐと、抱きしめる腕に更に力が込められる。
 あばら骨と背骨が丸ごと折れそうな感覚に呻き声を漏らすが、離してくれはしなかった。

(いつも余裕な表情をしているくせに、なんで私なんかの為に泣くのかな?)

 複雑な思いで、その柔らかい髪を撫でる。
 正直なところお腹が減りすぎて厨房に走りたいくらいなのだが、身体をホールドするジョシュアの腕の力が強すぎて、抜け出せない。

 十分程我慢し、ついに「お腹減った……」と呟くと、ジョシュアは漸く微笑んでくれた。


 


 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」  貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。  そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。  厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。  これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。 ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。 ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。 保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。 周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。 そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。 そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

処理中です...