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聖ヴェロニカ修道院を襲う悪夢

聖ヴェロニカ修道院を襲う悪夢①

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 翌朝聖ヴェロニカ修道院にやってきたステラは、その変貌ゆえか、はたまた修道女としてあるまじき男連れゆえか、他の修道女達の度肝を抜いた。
 無理もない。
 赤子の時からこの修道院で育てられたステラは0歳から15歳に至るまで、地味極まりない色彩、かつ、袖と襟が付いているだけマシという程シンプルな服装ばかりであったし、髪もこれでもかというくらいにグチャグチャだった。修道女として、ヴェールを被るようになってから、漸くまともな外見になったのだ。
 それがヒラヒラフリフリな人間に作り変えられてしまったものだから、修道女達が揃って神に祈ってしまうのは当然と言えば当然。

 ステラは修道院入り口付近で繰り広げられる惨状に恐れ慄くが、こんな事ではいけないと、一人の老女に近寄る。
 彼女はガクガクと震えつつも、跪き、十字架を頭上に掲げる。

「救済……救済を……」

「シスターセシリア! 久し振りです! リュウマチの具合はどうですか?」

「そ、その声はシスターステラで間違いないのか。しかしその服装、正気を失っておるな!? 神よ! この小娘をお赦し下さい!!」

 極限まで瞳孔を開き、叫ぶ彼女は、それ自体不吉の象徴のようだ。
 なかなかの歓迎ぶりに、ステラの心拍数がえらいことになる。
 一度深く空気を吸う。
 ここでSAN値チェックを受けるよりも、話の通じそうな人達と会話したほうがいいだろう。

「えーと、シスターアグネスや、修道院長は今どこですか? 挨拶したいです」

「院長室に居るぞ。しかしな、シスターステラよ。院長達に会う前に、その服の色をどうにかした方が良いのではないか? 昨日降った雨のおかげで庭にちょうどいい水溜りが出来ておる。そこで転がれば、茶色に染められるぞ」

 老女の言葉に心が揺れる。

「……水溜り……ですか。その発想はありませんでしたね。まぁ今は確かに気温高めですし__」

「さぁ、ステラ! さっさと院長室に行こうか!!」

 言葉を遮ったのはジョシュアだ。
 彼はステラ達の修道女らしいやり取りをゲンナリした表情で聞いていたが、ついに耐えきれなくなったのか、割って入ってきた。ステラの手首をムンズと掴み、引き摺るかのごとく通路の先へと足を運ぶ。

 後方で上がる、嘆きの声、祈りの叫び。
 胸が痛む。

(妙な想像してないといいけど……)

 少しだけ、憂鬱になってきた。
 シスターアグネスは今のステラを見てどう思うだろうか。
 不安のせいで喉がカラカラになるが、向かっている先が院長室とは逆なのに、喋らないわけにはいかない。

「こっちですよ」

「最初から君が先に行ってくれたら良かったのに」

「侯爵がズンズン先に進むのが悪いんです!」

「生意気だなぁ。まぁ、そこが良いんだけどね!」

「オエ……」

 口を抑え、吐きそうなアピールをすると、ジョシュアがジロリと見下ろしてきた。
 流石に気分を害したか。

「念のため聞くけど、オレと一緒に王都に来てくれるんだよな? 修道院長達に、ここに残るだなんて言い出さないって思ってていい?」

 表情が、初めて見るくらい弱っている。
 しかしそんな態度を見せられても、ステラはしんみりするどころか、意地悪な気持ちになった。

「どうしますかね~? 侯爵は悪い事しまくってるみたいですし、悪事を見過ごしたりしてるし。ここで縁を切るのもありかもしれませんね~?」

「ステラ!!」

 本気で怒る様子が嬉しいだなんて、神様に知られてしまったら、罰を受けてしまう。
 だけど、もう少しだけ楽しみたい。

「誓って下さいよ。ちょっとずつでいいから、善い行いを増やしていくって。他人に愛される様な人になってください」

 彼から手首を取り返し、腕を組む。
 ニタニタと笑いながら無駄に整った顔を見上げれば、彼は決まりが悪そうにそうに明後日の方を向く。

「君だって……。ウィロー嬢に協力してフレディを嵌めたじゃないか。人の事をとやかく言えない立場なんだよ」

「あ、あれは! ちゃんとフレディさんにお金を返すつもりだし、チャラです! チャラになるんです!」

「無かった事にしようって? せこいなぁ。やった事実は変えられないんじゃないの?」

「じゃあ、ジョシュアが私を攫ったのも、帳消しには出来ませんね!」

「帳消しになんかさせるわけないだろ。オレは君を攫った判断を間違ってたなんて思ってない。んで、これから君の口から、この修道院に完全なる別離を告げてもらうんだから、愉快な気持ちだよ。近々必ずフラーゼ侯爵家の人間にしてやる! アハハハハ!!!」

「はぁ!? 何言ってんですか、この__」

__ガチャ……

 言い争いを遮る様に、すぐ近くの扉が開く。
 中から出てきたのは……。

「シスターステラ、漸く戻って来ましたか」

「シ……シスターアグネス……」

 いつの間にか、修道院長の部屋近くまで来てしまったようだ。シスターアグネスの妙に落ち着いた眼差しが怖い。
 まだ心の準備が出来ていないステラは、「アワワ……」と震えた。
 

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