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香水は高級品でございます
香水は高級品でございます⑤(※ウィロー視点)
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ウィローは目の前に座る男を複雑な気持ちで眺める。
フレディに近づいてから今日で十八日目。
二人で朝から王都郊外に出かけ、美しい田園地帯を散策した。
そこで見た彼の意外な行動に、ウィローは少なからず動揺している。
彼は痩せた土地があれば、自らのスキルを惜しみなく使用し、改良してあげていた。立ち会った農夫の話によると、フレディは今日だけではなく、たびたびこの地を訪れ、土壌を良くしているのだそうだ。
ゆえに農夫達の人気者だった。
兄から聞いた彼のひととなりとの乖離がある気がしてならない。
確かに女好きだし、浪費癖がある。
しかし、困っている者を捨て置けない性分であるらしく、男女問わず力を貸している。
何か大事な事を見落としているかもしれない。もう少し慎重に彼と接したほうがいいだろう。
「貴女と会うようになり、悪夢を見なくなりました」
「どの様な悪夢をご覧になっていたのです?」
「大切な友人を、目の前で亡くす……という内容です。胸が張り裂けるように痛くて……。すみません、こんな時にする話ではないですね」
「いえ。お気の毒に……」
兄の事のように聞こえた。
ここでわざわざ伝える意味は身元が割れてしまったからなのかと、身構えるが、それ以降フレディはだんまりを決め込んだので、馬車の客車の中は静寂に包まれる。
暫く微妙な雰囲気のまま馬車は進み、王都中央部にある高級ホテルの前に停まった。
気まずさに辟易としてたウィローは、淑女らしからぬ野蛮な動きで馬車を降り、彼から距離を取る。
「フレディ卿! 今日は有難うございます。素敵な一日でしたわ」
「貴女と過ごせて楽しかったです。次回お会いする時に、欲しい物はありますか? 貴女の為になら何でも手に入れてみせます」
「……では、またシスターステラの香水を」
「これで四度目。よほど好んでいらっしゃるのですね。必ず買い求めておきましょう」
「有難うございます」
客車のドアをやや乱暴に締めると、馬車が動きだす。
角を曲がり、消え去るのを見届けてから、ウィローはつめていた息を吐いた。
人を騙すのは、思った以上に心身が疲弊する。もうこれっきりにしたいくらいだ。
さっさと家に帰りたいが、今日はもう一件用事をこなさなければならない。
ホテルを素通りし、その近くのパブに入る。
夕暮れ時だからなのか、店内は混雑していた。
着飾った男女が談笑を交わす中を奥へと進み、約束している人物の姿を探す。
最奥のテーブルに、その男は居た。
柔らかな雰囲気の容姿に、嫌味な程似合う上質なウェストコートと藤色のタイ。
一見上品で育ちの良さを感じさせるのに、彼と接した事のある者なら口を揃えて、その性質を極悪だと評すだろう。
彼はウィローに気がつくと、無表情に片手を上げた。
「待たせたね。フラーゼ侯爵」
「時間は守ってほしいね。君なんかのために時間を割くだけでも怠いのにさ」
ジョシュアは相変わらず嫌味ったらしい態度だ。
自分よりも一つ歳上のこの少年は幼少の頃から優しさとは無縁で、本来であれば、フレディの件に協力なんかしなかったはずだ。
しかし侯爵家の客人であるステラに仲介してもらったところ、呆気なく了解を得られた。
(コイツ、ステラを随分気に入ってるよね……)
社交界では、ジョシュアがとある令嬢と婚約破棄した話題で持ちきりだ。
彼は生まれた時から婚約者が居て、周りはそのまま結婚するものだと思っていたのに、何故急にその関係を壊したか? 答えは簡単。彼が自分に相応しい相手を見つけたからだ。
タイミングからしても、その相手はステラだと思える。
貴族は古来から、有用なスキルを保持する者を配偶者とする風習がある。
優秀な者を本能的に好む、という理由もあるのだろうが、それ以上に大事なのがスキルからもたらされる利益だ。
当代の繁栄のみならず、子孫の代までも繁栄させるには『優れた血』によるスキルの継承が不可欠。
その点、ステラは適した存在と言える。
加えてあの純粋さと容姿なので、自分が男だったら、まず間違いなく、彼女に結婚を申し込んだだろう。
女の身ですら時々グラついてしまうくらいなのだから。
だとしても……。
(こんな奴に目をつけられて可哀想)
まず間違いなく不幸にされるだろう。彼女の幸せのため、この魔の手から救い出してあげたほうがいいのだろうか。
麗しき悪魔のご尊顔を半眼で観察する。
彼はそんなウィローにめんどくさそうな表情をみせ、紙切れを投げた。
「財務官に調べさせた。有り難く思いなよ」
紙を拾い上げ、そこに書かれた几帳面な文字を目で追う。
内容はこうだ。
ここ三週間以内どころか、一年間ずっと国庫における不審な金の流れは見つけ出せなかったが、それ以前であれば、フレディの名義で何度か巨額の機密費が動かされた記録があるらしい。
機密費とは外交官に許される費用なのだが、諜報員を雇ったり、買収したりなど、表沙汰にしづらい活動に使用する費用の事である。使用目的は告げなくてもよいため、実際に必要な金額よりも多く使いこめる。
(この機密費、私的に利用したか?)
やはりフレディは黒なのだろうか? プライベートの活動が素晴らしく思えていただけに、若干落胆する。
ウィローがアレコレ考えているうちに、ジョシュアは上衣を羽織り、帰り支度を始めた。
長々と同席し、変な噂を立てられたくないのかもしれない。
「要領の悪い君に、一つアドバイスしてあげよう。ダドリーの元恋人殿に会えよ。面白い事を教えてくれるんじゃない?」
「兄の恋人?」
口の端を上げて笑う彼は、ウィローが知らない事実を掴んでいそうだ。
それを今ここで教えてくれたらいいのに、それをしないのがこの男なのである。
ウィローは苛立ちのまま、一つ舌打ちした。
フレディに近づいてから今日で十八日目。
二人で朝から王都郊外に出かけ、美しい田園地帯を散策した。
そこで見た彼の意外な行動に、ウィローは少なからず動揺している。
彼は痩せた土地があれば、自らのスキルを惜しみなく使用し、改良してあげていた。立ち会った農夫の話によると、フレディは今日だけではなく、たびたびこの地を訪れ、土壌を良くしているのだそうだ。
ゆえに農夫達の人気者だった。
兄から聞いた彼のひととなりとの乖離がある気がしてならない。
確かに女好きだし、浪費癖がある。
しかし、困っている者を捨て置けない性分であるらしく、男女問わず力を貸している。
何か大事な事を見落としているかもしれない。もう少し慎重に彼と接したほうがいいだろう。
「貴女と会うようになり、悪夢を見なくなりました」
「どの様な悪夢をご覧になっていたのです?」
「大切な友人を、目の前で亡くす……という内容です。胸が張り裂けるように痛くて……。すみません、こんな時にする話ではないですね」
「いえ。お気の毒に……」
兄の事のように聞こえた。
ここでわざわざ伝える意味は身元が割れてしまったからなのかと、身構えるが、それ以降フレディはだんまりを決め込んだので、馬車の客車の中は静寂に包まれる。
暫く微妙な雰囲気のまま馬車は進み、王都中央部にある高級ホテルの前に停まった。
気まずさに辟易としてたウィローは、淑女らしからぬ野蛮な動きで馬車を降り、彼から距離を取る。
「フレディ卿! 今日は有難うございます。素敵な一日でしたわ」
「貴女と過ごせて楽しかったです。次回お会いする時に、欲しい物はありますか? 貴女の為になら何でも手に入れてみせます」
「……では、またシスターステラの香水を」
「これで四度目。よほど好んでいらっしゃるのですね。必ず買い求めておきましょう」
「有難うございます」
客車のドアをやや乱暴に締めると、馬車が動きだす。
角を曲がり、消え去るのを見届けてから、ウィローはつめていた息を吐いた。
人を騙すのは、思った以上に心身が疲弊する。もうこれっきりにしたいくらいだ。
さっさと家に帰りたいが、今日はもう一件用事をこなさなければならない。
ホテルを素通りし、その近くのパブに入る。
夕暮れ時だからなのか、店内は混雑していた。
着飾った男女が談笑を交わす中を奥へと進み、約束している人物の姿を探す。
最奥のテーブルに、その男は居た。
柔らかな雰囲気の容姿に、嫌味な程似合う上質なウェストコートと藤色のタイ。
一見上品で育ちの良さを感じさせるのに、彼と接した事のある者なら口を揃えて、その性質を極悪だと評すだろう。
彼はウィローに気がつくと、無表情に片手を上げた。
「待たせたね。フラーゼ侯爵」
「時間は守ってほしいね。君なんかのために時間を割くだけでも怠いのにさ」
ジョシュアは相変わらず嫌味ったらしい態度だ。
自分よりも一つ歳上のこの少年は幼少の頃から優しさとは無縁で、本来であれば、フレディの件に協力なんかしなかったはずだ。
しかし侯爵家の客人であるステラに仲介してもらったところ、呆気なく了解を得られた。
(コイツ、ステラを随分気に入ってるよね……)
社交界では、ジョシュアがとある令嬢と婚約破棄した話題で持ちきりだ。
彼は生まれた時から婚約者が居て、周りはそのまま結婚するものだと思っていたのに、何故急にその関係を壊したか? 答えは簡単。彼が自分に相応しい相手を見つけたからだ。
タイミングからしても、その相手はステラだと思える。
貴族は古来から、有用なスキルを保持する者を配偶者とする風習がある。
優秀な者を本能的に好む、という理由もあるのだろうが、それ以上に大事なのがスキルからもたらされる利益だ。
当代の繁栄のみならず、子孫の代までも繁栄させるには『優れた血』によるスキルの継承が不可欠。
その点、ステラは適した存在と言える。
加えてあの純粋さと容姿なので、自分が男だったら、まず間違いなく、彼女に結婚を申し込んだだろう。
女の身ですら時々グラついてしまうくらいなのだから。
だとしても……。
(こんな奴に目をつけられて可哀想)
まず間違いなく不幸にされるだろう。彼女の幸せのため、この魔の手から救い出してあげたほうがいいのだろうか。
麗しき悪魔のご尊顔を半眼で観察する。
彼はそんなウィローにめんどくさそうな表情をみせ、紙切れを投げた。
「財務官に調べさせた。有り難く思いなよ」
紙を拾い上げ、そこに書かれた几帳面な文字を目で追う。
内容はこうだ。
ここ三週間以内どころか、一年間ずっと国庫における不審な金の流れは見つけ出せなかったが、それ以前であれば、フレディの名義で何度か巨額の機密費が動かされた記録があるらしい。
機密費とは外交官に許される費用なのだが、諜報員を雇ったり、買収したりなど、表沙汰にしづらい活動に使用する費用の事である。使用目的は告げなくてもよいため、実際に必要な金額よりも多く使いこめる。
(この機密費、私的に利用したか?)
やはりフレディは黒なのだろうか? プライベートの活動が素晴らしく思えていただけに、若干落胆する。
ウィローがアレコレ考えているうちに、ジョシュアは上衣を羽織り、帰り支度を始めた。
長々と同席し、変な噂を立てられたくないのかもしれない。
「要領の悪い君に、一つアドバイスしてあげよう。ダドリーの元恋人殿に会えよ。面白い事を教えてくれるんじゃない?」
「兄の恋人?」
口の端を上げて笑う彼は、ウィローが知らない事実を掴んでいそうだ。
それを今ここで教えてくれたらいいのに、それをしないのがこの男なのである。
ウィローは苛立ちのまま、一つ舌打ちした。
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